説明

金属ガラス合金の機械加工方法

【課題】金属ガラス合金の加工位置およびその周辺部において結晶を生じさせることなく金属ガラス合金の機械加工を行うとともに、工具の摩耗の進展を遅くして工具の寿命を長くする金属ガラス合金の機械加工方法を提供する。
【解決手段】金属ガラス合金12の加工位置の温度を温度測定装置で測定し、最適温度になるように、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置Aに冷却媒Lを供給しつつ、金属ガラス合金12を結晶化温度以下の温度で機械加工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工性に乏しい材料として知られている金属ガラス合金の機械加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属ガラス合金は、切削や研削といった機械加工性に乏しい材料として知られている。すなわち、金属ガラス合金が機械加工を受けると、金属ガラス合金と工具とが接触する加工位置において摩擦熱が生じる。そして、この摩擦熱を受けて結晶化温度以上になった金属ガラス合金が結晶化して不良品になるが、このような不良品が生じないように金属ガラス合金を機械加工することは困難であった。
【0003】
また、金属ガラス合金の硬度は機械加工性に富む他の合金に比べて高いことから、金属ガラス合金の機械加工に用いられる工具は早く摩耗する。このように摩耗した工具で機械加工を行った場合、加工位置において生じる摩擦熱は、摩耗していない工具を用いた場合に比べてはるかに多くなり、前述した金属ガラス合金の結晶化の度合いが高まることから、頻繁に工具を交換する必要があり、工具を長持ちさせることは困難であった。
【0004】
このように、金属ガラス合金の機械加工には困難が伴うことから、従来から機械加工以外の金属ガラス合金の加工方法が用いられていた。例えば、金属ガラス合金をそのガラス転移点温度以上に加熱し、然る後、当該加熱された金属ガラス合金を金型で押圧することによって金属ガラス合金を所望の形状に成形する方法が用いられていた(例えば、特許文献1)。
【0005】
しかし、このように金型で押圧成形することのできる形状には限界があり、より多くの形状に加工することのできる金属ガラス合金の機械加工方法の開発が待たれていた。
【特許文献1】特開2005−121730号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような金属ガラス合金の機械加工における問題点に鑑みて開発されたものである。それゆえに本発明の主たる課題は、金属ガラス合金の加工位置およびその周辺部において金属ガラス合金に結晶を生じさせることがなく、かつ、工具の摩耗の進展を遅くして工具の寿命を長くする金属ガラス合金の機械加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載した発明は、「金属ガラス合金12に工具22を接触させて加工する金属ガラス合金12の機械加工方法において、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置Aに冷却媒Lを供給しつつ、金属ガラス合金12を結晶化温度以下の温度で加工することを特徴とする金属ガラス合金の機械加工方法。」である。
【0008】
本発明に係る金属ガラス合金12の機械加工方法によれば、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置Aに冷却媒Lを供給することにより、加工位置Aおよびその周辺部において金属ガラス合金12と工具22との摩擦により生じる摩擦熱を冷却媒Lが吸収する。これにより、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなることを防止できるとともに、工具22の温度が高くなることを防止できる。
【0009】
なお、本明細書において、「金属ガラス合金」には、アモルファス相あるいはナノ結晶を有する合金が含まれる。
【0010】
また、本明細書において、「機械加工」には、切削、研削、研磨、切断および孔あけなど、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置において摩擦熱が生じるすべての加工が含まれる。
【0011】
請求項2に記載した発明は、請求項1に記載の金属ガラス合金12の機械加工方法において、「加工位置Aの温度を温度測定装置32で測定し、測定した加工位置Aの温度と予め設定された最適温度との比較を行い、加工位置Aの温度が最適温度よりも高い場合、冷却媒Lの供給量を多くし、加工位置Aの温度が最適温度よりも低い場合、冷却媒Lの供給量を少なくする」ことを特徴とする。
【0012】
本発明に係る金属ガラス合金12の機械加工方法によれば、温度測定装置32で測定した加工位置Aの温度が高いときは冷却媒Lの供給量を多く、逆に、加工位置Aの温度が低いときは冷却媒Lの供給量を少なく制御することにより、加工位置Aの温度を所定の温度で一定に維持できる。このように、加工位置Aの温度を一定に維持できることから、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなること、および工具22の温度が高くなることを精度よく防止できるとともに、加工位置Aの温度が必要以上に低下して金属ガラス合金12の加工能率が低下することを精度良く防止できる。
【0013】
請求項3に記載した発明は、請求項1または2に記載の金属ガラス合金12の機械加工方法において、「加工位置Aの温度を温度測定装置32で測定し、測定した加工位置Aの温度と予め設定された最適温度との比較を行い、加工位置Aの温度が最適温度よりも高い場合、加工速度および送り速度の少なくとも一方を減少させ、加工位置Aの温度が最適温度よりも低い場合、加工速度および送り速度の少なくとも一方を増加させる」ことを特徴とする。
【0014】
本発明に係る金属ガラス合金12の機械加工方法によれば、温度測定装置32で測定した加工位置Aの温度が高いときは加工速度および送り速度の少なくとも一方を減少させ、逆に、加工位置Aの温度が低いときは加工速度および送り速度の少なくとも一方を増加させる制御をすることにより、加工位置Aの温度を所定の温度で一定に維持できる。このように、加工位置Aの温度を一定に維持できることから、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなること、および工具22の温度が高くなることを精度よく防止できるとともに、加工位置Aの温度が必要以上に低下して金属ガラス合金12の加工能率が低下することを精度よく防止できる。
【0015】
請求項4に記載した発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載の金属ガラス合金12の機械加工方法において、「20m/分以下の加工速度、1mm/回転以下の送り速度および20%以下の切込み率で前記金属ガラス合金を切削加工する」ことを特徴とする。
【0016】
本発明に係る金属ガラス合金12の機械加工方法によれば、加工位置Aにおける金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなることをより確実に防止することができる。
【0017】
すなわち、冷却媒Lを供給することにより、加工位置Aの周辺部の温度を低下させることができるものの、冷却媒Lが加工位置Aにおける金属ガラス合金12の温度に与える影響は小さく、加工位置Aにおける金属ガラス合金12の温度は、工具22が金属ガラス合金12を加工する加工条件に依存する。このため、加工条件によっては、加工位置Aが金属ガラス合金12の結晶化温度以上になるおそれがあった。そこで、発明者らは、金属ガラス合金12を回転させて加工する旋盤14を用いて数多くの切削条件で金属ガラス合金12を切削加工することにより、加工位置Aが金属ガラス合金12の結晶化温度以上になるおそれのない加工条件を見いだした。
【0018】
なお、「加工速度」とは、金属ガラス合金12の加工位置Aにおける、金属ガラス合金12に対する工具22の線速度である。したがって、「加工速度」が小さいほど、金属ガラス合金12が加工を受ける速度が小さくなることから、発生する摩擦熱が小さく、加工位置Aの温度が低くなる。
【0019】
また、「送り速度」とは、金属ガラス合金12あるいは工具22が1回回転する毎に工具22が加工方向に相対的に移動する距離をいう。したがって、「送り速度」が小さいほど、金属ガラス合金12あるいは工具22が1回回転する毎に工具22が金属ガラス合金12を加工する量が小さくなることから、発生する摩擦熱が小さく、加工位置Aの温度が低くなる。
【0020】
さらに、「切込み率」とは、加工する金属ガラス合金12の直径に対する、金属ガラス合金12と工具22とが接触する長さの割合である。したがって、「切込み率」が小さいほど、金属ガラス合金12を加工する量が小さくなることから、発生する摩擦熱が小さく、加工位置Aの温度が低くなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る金属ガラス合金の機械加工方法によれば、加工位置およびその周辺部における金属ガラス合金の温度が金属ガラス合金の結晶化温度よりも高くなることを防止することにより、金属ガラス合金に結晶を生じさせることなく金属ガラス合金の機械加工を行うことができる。また、加工位置およびその周辺部において工具の温度が高くなることを防止することにより、工具の摩耗の進展を遅くして工具の寿命を長くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明が適用された実施例について説明する。図1は、本発明に係る金属ガラス合金の機械加工方法に用いられる金属ガラス合金の機械加工装置10を示す図である。この機械加工装置10は、大略、金属ガラス合金12を切削加工する旋盤14と、冷却媒Lを噴射する冷却装置16とで構成されている。
【0023】
なお、本明細書において、「金属ガラス合金」には、アモルファス相あるいはナノ結晶を有する合金が含まれる。
【0024】
旋盤14は、図示しない回転装置によって回転するベース18と、ベース18に取り付けられており、金属ガラス合金12を把持するチャック20と、ベース18およびチャック20と一体的に回転する金属ガラス合金12にその先端(チップ)を接触させて金属ガラス合金12を切削加工する工具22と、工具22、後述する冷却装置16の冷却媒噴射ノズル24および温度測定装置32を一体的に駆動する駆動手段17(図示せず)とを備えている。
【0025】
工具22は、金属ガラス合金12の切削加工のために形成された超硬バイトであり、駆動手段17によって金属ガラス合金12の軸方向(図1中のX方向)、直径方向(図1中のY方向)および高さ方向(図1の表面から裏面方向、あるいはその逆方向)に移動する。
【0026】
冷却装置16は、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置Aに冷却媒Lをジェット噴射することによって供給し、加工位置Aの冷却を行う装置であり、冷却媒Lを噴射する冷却媒噴射ノズル24と、冷却媒Lを貯留する冷却媒タンク26と、冷却媒噴射ノズル24および冷却媒タンク26を連通する冷却媒配管28と、冷却媒配管28に取り付けられ、冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの量を調節する流量調節弁30と、加工位置Aの温度を測定する温度測定装置32と、温度測定装置32および流量調節弁30の間を電気的に接続する制御線34と、制御線34に取り付けられ、温度測定装置32からの温度信号に基づいて冷却媒Lを増加あるいは減少させる信号を流量調節弁30に出力する制御装置36とで構成されている。また、冷却媒配管28の冷却媒タンク26側端部には、冷却媒タンク26から冷却媒配管28に冷却媒Lが流入することを防止するための閉止弁38が取り付けられている。なお、本実施例では、一般的な金属の切削加工に用いられる切削油が冷却媒Lとして使用されている。
【0027】
冷却媒噴射ノズル24は、冷却媒を噴射するための円筒状体であり、その内径は、冷却媒噴射ノズル24と加工位置Aとの間の距離、冷却媒Lの性状および冷却媒Lの必要供給量および冷却媒Lのジェット噴射流速に応じて適宜設定される。また、冷却媒噴射ノズル24からジェット噴射した冷却媒Lがピンポイントで常に工具22の先端に直接当たるように、駆動手段17において冷却媒噴射ノズル24の位置調整がなされている。
【0028】
温度測定装置32は、加工位置Aの温度を測定する装置であり、金属ガラス合金12の切削が行われている加工位置Aの温度を直接測定することは困難であることから、本実施例では、加工位置Aおよびその周辺部から放出されている赤外線放射エネルギーの量に基づいて間接的に加工位置Aの温度を測定できる赤外線サーモグラフィ装置が使用されている。
【0029】
また、温度測定装置32は、加工位置Aの測定温度データを温度信号として制御線34を介して制御装置36に出力する。さらに、温度測定装置32が常に工具22の先端部分の温度を測定できるように駆動手段17において温度測定装置32の位置調整がなされている。
【0030】
制御装置36は、温度測定装置32からの温度信号に基づいて加工位置Aに供給する冷却媒Lの流量を決定し、この流量に応じた冷却媒Lの流量信号を流量調節弁30に出力するものである。具体的に説明すると、制御装置36内の記憶装置(図示せず)には、金属ガラス合金12の組成および工具22の組成に応じて決定された加工位置Aの最適温度条件が予め記憶されており、制御装置36は、この最適温度条件と温度測定装置32から出力された加工位置Aの測定温度との比較を行う。そして、比較の結果、加工位置Aの測定温度が最適温度条件よりも低い場合、制御装置36は、流量調節弁30に対して冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの流量減少信号を出力する。逆に、加工位置Aの測定温度が最適温度条件よりも高い場合、制御装置36は、流量調節弁30に対して冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの流量増加信号を出力する。
【0031】
また、制御装置36は、温度測定装置32からの温度信号に基づいて「加工速度」および「送り速度」の少なくとも一方を調節する。制御装置36が「加工速度」を調節する場合、制御装置36は金属ガラス合金1がこの「加工速度」に応じた回転数となるよう旋盤14の回転装置に回転数増加信号または回転数減少信号を出力する。また、制御装置36が「送り速度」を調節する場合、制御装置36は工具22を駆動する駆動手段17に送り速度の増加信号または減少信号を出力する。具体的に説明すると、「加工速度」を調節する場合、制御装置36は、予め記録された最適温度条件と温度測定装置32から出力された加工位置Aの測定温度との比較を行う。そして比較の結果、加工位置Aの測定温度が最適温度条件よりも低い場合、制御装置36は、回転装置に対して回転数増加信号を出力する。逆に、加工位置Aの測定温度が最適温度条件よりも高い場合、制御装置36は、回転装置に対して回転数減少信号を出力する。また、「送り速度」を調節する場合、制御装置36は、駆動手段17に対して工具22の送り速度(金属ガラス合金12が1回回転する毎に工具22が切削方向に移動する距離)の増加信号または減少信号を出力する。
【0032】
さらに、制御装置36は、温度測定装置32からの温度信号から得た加工位置Aの温度を時系列に並べて表示するとともに加工位置Aの最大温度等を表示するモニタ37を備えている。
【0033】
なお、制御装置36による冷却媒Lの流量調節、加工速度の調節および送り速度の調節は、すべて同時に行ってもよいし、いずれか1つだけを行い、他は一定にして切削加工を行ってもよい。
【0034】
この機械加工装置10を用いて冷却媒Lの流量調節のみを行い、金属ガラス合金12を機械加工する方法について以下に説明する。まず、機械加工を行う金属ガラス合金12をチャック20で把持する。そして、回転装置(図示せず)を起動してベース18、チャック20および金属ガラス合金12を一体的に回転させ、金属ガラス合金12の回転数が所定の加工速度に対応する回転数で安定することを確認する。
【0035】
次に、温度測定装置32の電源スイッチ(図示せず)をオンにして温度測定装置32を起動するとともに、制御装置36および流量調節弁30も起動する。そして、閉止弁38を全開にする。なお、この段階で、流量調節弁30は予め設定された最小流量の冷却媒Lが通流する弁開度を維持している。然る後、駆動手段17を駆動することにより工具22を加工開始位置まで移動させ、工具22の先端(チップ)を金属ガラス合金12に接触させて金属ガラス合金12の機械加工を開始する。また、冷却媒噴射ノズル24および温度測定装置32も駆動手段17によって工具22と一体的に移動し、冷却媒噴射ノズル24から常に工具22の先端に冷却媒Lが供給されるとともに、温度測定装置32が常に工具22の先端部分の温度を測定する。
【0036】
駆動手段17を駆動させることにより工具22を所定の切込み率および図1中左方向に所定の送り速度で移動させていくと、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置Aにおいて摩擦熱が発生し、この摩擦熱により、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12や工具22の温度が上昇する。なお、温度測定装置32による赤外線サーモグラフィ画像の例(図2上)および加工位置Aの温度を時系列表示したグラフ(図2下)を図2に示す。赤外線サーモグラフィ画像では、温度の高い部分が明るく、逆に温度の低い部分が暗く表示されており、図2によれば、加工位置Aおよびその周辺部において温度が高いことがわかる。
【0037】
加工位置Aの温度上昇に応じて制御装置36から流量調節弁30に冷却媒Lの流量増加信号が出力され、流量調節弁30が少しずつ開くことにより、冷却媒配管28を通って冷却媒噴射ノズル24からジェット噴射される冷却媒Lの流量が増加する。このように、加工位置Aに供給された冷却媒Lによって上記摩擦熱の大部分が吸収され、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12が結晶化温度よりも高くなることを防止することができるので、金属ガラス合金12に結晶を生じさせることなく金属ガラス合金12の加工を行うことができる。また、加工位置Aおよびその周辺部における工具22の温度が不所望に高くなることを防止することができるので、工具22の摩耗の進展を遅くして工具22の寿命を長くすることができる。
【0038】
また、加工中に加工位置Aの温度が予め設定された最適温度条件よりも高くなると、これを検知した制御装置36は、流量調節弁30に対して冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの流量増加信号を出力する。この信号を受けた流量調節弁30が冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの量を増加させることで加工位置Aに供給される冷却媒Lの量が増加し、より多くの摩擦熱が冷却媒Lに吸収されることにより、加工位置Aの温度が最適条件温度に向けて低下する。
【0039】
これに対して、加工中に加工位置Aの温度が予め設定された最適温度条件よりも低くなると、制御装置36は、流量調節弁30に対して冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの流量減少信号を出力する。この信号を受けた流量調節弁30が冷却媒配管28の内部を通流する冷却媒Lの量を減少させることで、加工位置Aに供給される冷却媒Lの量が減少し、冷却媒Lが吸収する摩擦熱が少なくなることにより、加工位置Aの温度が最適条件温度に向けて上昇する。これにより、加工位置Aの温度が必要以上に低下して金属ガラス合金12の加工能率が低下することを防止できる。
【0040】
このように、本実施例に係る機械加工装置10によれば、加工位置Aの温度が高いときは冷却媒Lの供給量を多く、逆に、加工位置Aの温度が低いときは冷却媒Lの供給量を少なく制御することにより、加工位置Aの温度を所定の温度で一定に維持できることから、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなること、および工具22の温度が高くなることを精度よく防止できる。
【0041】
また、上述のように加工位置Aの温度を時系列表示することにより、加工位置Aの最大温度およびその温度が発生したタイミングを把握することができるので、この最大温度が金属ガラス合金12の結晶化温度を下回っていれば、切削加工による結晶は生じていないと判断することができるとともに、少なくとも最大温度が発生したタイミングに対応する金属ガラス合金12の加工面を重点的に検査することでその金属ガラス合金12に結晶が生じているか否かの判断を行うことができる。
【0042】
このようにして金属ガラス合金12の加工を終了させた後、金属ガラス合金12の加工面をX線回折測定し、この測定により得られたグラフにおけるピークの有無を確認することにより金属ガラス合金12の切削面における結晶化の程度の評価を行う。具体的には、図3に示すように、X線回折測定グラフに針状のピークが存在する場合、その金属ガラス合金12中には結晶が存在し、このピークが高いほど結晶化の程度(=結晶化率)が大きいと判断する。逆に、図4に示すように、X線回折測定グラフに針状のピークが存在しない場合、その金属ガラス合金12中には結晶が存在しないと判断する。
【0043】
このように、金属ガラス合金12の加工面における結晶化の程度を評価することにより、金属ガラス合金製品の良否を判断することができ、結晶が生じた金属ガラス合金製品を誤って出荷してしまうおそれをなくすことができる。
【0044】
次に、この機械加工装置10を用いて「加工速度」の調節のみを用いて金属ガラス合金12の機械加工を行う方法について以下に説明する。当該機械加工方法において、加工位置Aの温度が予め設定された最適温度から逸脱した場合の対応方法以外は、すべて上述した「冷却媒Lの流量」調節のみを行う場合と同じである。そこで、以下では当該対応方法についてのみ説明し、ほかは「冷却媒Lの流量」調節のみを行う場合の記載を援用することとする。
【0045】
加工中に加工位置Aの温度が予め設定された最適温度条件よりも高くなると、これを検知した制御装置36は、回転装置に対して回転数減少信号を出力する。この信号を受けた回転装置が金属ガラス合金12の回転数を減少させることで金属ガラス合金12の加工速度が低下し、加工位置Aで発生する摩擦熱が減少するので、加工位置Aの温度が最適条件温度に向けて低下する。
【0046】
これに対して、加工中に加工位置Aの温度が予め設定された最適温度条件よりも低くなると、制御装置36は、回転装置に対して回転数増加信号を出力する。この信号を受けた回転装置が金属ガラス合金12の回転数を増加させることで金属ガラス合金12の加工速度が速くなり、加工位置Aで発生する摩擦熱が増加するので、加工位置Aの温度が最適条件温度に向けて上昇する。
【0047】
このように温度測定装置32で測定した加工位置Aの温度が高いときは加工速度を減少させ、逆に、加工位置Aの温度が低いときは加工速度を増加させる制御をすることにより、加工位置Aの温度を所定の温度で一定に維持できる。このように、加工位置Aの温度を一定に維持できることから、加工位置Aおよびその周辺部における金属ガラス合金12の温度が金属ガラス合金12の結晶化温度よりも高くなること、および工具22の温度が高くなることを精度よく防止できるとともに、加工位置Aの温度が必要以上に低下して金属ガラス合金12の切削加工能率が低下することを精度良く防止できる。
【0048】
また、「送り速度」の調節のみを行うことによっても、同様に加工位置Aの温度を所定の温度で一定に維持できる。
【実施例】
【0049】
本実施例に係る機械加工装置10を用いて金属ガラス合金12を切削加工した後、金属ガラス合金12の加工面における結晶化の程度を評価し、[表1]に示すように、「加工位置Aにおける加工中の最高温度」と「加工後の金属ガラス合金12中の結晶の有無」との関係を得た。なお、金属ガラス合金12には、Zrが55質量%、Alが10質量%、Niが5重量%およびCuが30重量%の組成を有する非結晶状態の円柱状金属ガラス合金を使用した。
【0050】
【表1】

【0051】
冷却媒Lを供給しない状態で金属ガラス合金12を切削加工した場合(表1中の左欄)、加工条件によって加工位置Aの最高温度が100℃から600℃までの範囲で変化した。そして、加工位置Aの最高温度が600℃、500℃および400℃の場合、加工後の金属ガラス合金12に結晶が生じていることを確認した。
【0052】
一方、冷却媒Lを供給して金属ガラス合金12を切削加工した場合(表1中右欄)、上述した冷却媒Lを噴霧しない状態の加工条件と同一の条件において、加工位置Aの最高温度は、30℃から200℃までの範囲に低下し、金属ガラス合金12に結晶が生じないことを確認できた。
【0053】
また、加工条件を変えて機械加工装置10により金属ガラス合金12の切削加工を行った後、金属ガラス合金12の切削面における結晶化の程度を評価して[表2]に示す結果を得た。なお、金属ガラス合金12の組成は、上述したものと同じである。また、冷却媒Lの噴射量を3リットル/分とした。
【0054】
【表2】

【0055】
送り速度を0.2mm/回転とし、かつ切込み率を金属ガラス合金12の直径の20%とした状態で、加工速度を変えて金属ガラス合金12を切削加工した。この結果、加工速度が20m/分以下のとき、加工後の金属ガラス合金12に結晶が生じていないことを確認した(表2中の左端欄)。
【0056】
また、加工速度を20m/分とし、かつ切込み率を金属ガラス合金12の直径の20%とした状態で、送り速度を変えて金属ガラス合金12を切削加工した。この結果、送り速度が1mm/回転以下のとき、加工後の金属ガラス合金12に結晶が生じていないことを確認した(表2中の中央欄)。
【0057】
さらに、加工速度を20m/分とし、かつ送り速度を0.2mm/回転とした状態で、切込み率を変えて金属ガラス合金12を切削加工した。この結果、切込み率が20%以下のとき、加工後の金属ガラス合金12に結晶が生じていないことを確認した(表2中の右端欄)。
【0058】
なお、本実施例では、冷却媒Lに一般的な金属の切削加工に用いられる切削油が使用されているが、加工位置Aにおいて発生する金属ガラス合金12と工具22との摩擦熱を吸収できるものであれば、冷却媒Lの種類はどのようなものであってもよい。
【0059】
また、本実施例では、加工位置Aの温度を測定する温度測定装置32に赤外線サーモグラフィ装置を用いているが、加工位置Aの温度を知ることができるのであれば他の温度測定原理を用いた装置を使用することができる。特に、金属ガラス合金12自体を回転させる必要のないフライス盤などによる切削加工では、加工位置Aの周辺部の温度を直接測定し、加工位置Aの温度を知るようにしてもよい。
【0060】
さらに、本実施例では、金属ガラス合金12の切削面における結晶化の程度の評価にX線回折測定を用いているが、他の方法を用いて当該評価を行うことができる。例えば、金属ガラス合金12の結晶化が進むと合金の硬度が低下する性質を利用し、硬度計を用いて当該評価を行うことができる。また、超音波を用いて当該評価を行うこともできる。
【0061】
また、本実施例では、工具22に超硬バイトを使用しているが、工具22はこれに限られず、ハイス(High Speed Steel)やダイヤモンドなどを用いたバイトを使用してもよい。
【0062】
また、本実施例では、旋盤14を用いた切削加工に本発明を適用した場合について記載したが、本発明は、切削、研削、研磨、切断および孔あけなど、金属ガラス合金12と工具22とが接触する加工位置において摩擦熱が生じるすべての「機械加工」に適用することができる。なお、工具22として、切削加工にはバイトが使用され、研削・研磨加工には、研磨工具が使用され、切断加工にはカッターが使用され、孔あけ加工にはドリルが使用されることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本件発明が適用された機械加工装置の概念図である
【図2】温度測定装置による赤外線サーモグラフィ画像の例(上図)および加工位置の温度を時系列表示したグラフ(下図)を示す
【図3】金属ガラス合金中に結晶が存在する場合のX線回折測定グラフの一例である
【図4】金属ガラス合金中に結晶が存在しない場合のX線回折測定グラフの一例である
【符号の説明】
【0064】
10…機械加工装置
12…金属ガラス合金
14…旋盤
16…冷却装置
17…駆動手段
18…ベース
20…チャック
22…工具
24…冷却媒噴射ノズル
26…冷却媒タンク
28…冷却媒配管
30…流量調節弁
32…温度測定装置
34…制御線
36…制御装置
37…モニタ
38…閉止弁



【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ガラス合金に工具を接触させて加工する金属ガラス合金の機械加工方法において、
前記金属ガラス合金と前記工具とが接触する加工位置に冷却媒を供給しつつ、前記金属ガラス合金を結晶化温度以下の温度で加工することを特徴とする金属ガラス合金の機械加工方法。
【請求項2】
前記加工位置の温度を温度測定装置で測定し、
測定した前記加工位置の温度と予め設定された最適温度との比較を行い、
前記加工位置の温度が前記最適温度よりも高い場合、前記冷却媒の供給量を多くし、
前記加工位置の温度が前記最適温度よりも低い場合、前記冷却媒の供給量を少なくすることを特徴とする請求項1に記載の金属ガラス合金の機械加工方法。
【請求項3】
前記加工位置の温度を温度測定装置で測定し、
測定した前記加工位置の温度と予め設定された最適温度との比較を行い、
前記加工位置の温度が前記最適温度よりも高い場合、加工速度および送り速度の少なくとも一方を減少させ、
前記加工位置の温度が前記最適温度よりも低い場合、前記加工速度および前記送り速度の少なくとも一方を増加させることを特徴とする請求項1または2に記載の金属ガラス合金の機械加工方法。
【請求項4】
20m/分以下の加工速度、1mm/回転以下の送り速度および20%以下の切込み率で前記金属ガラス合金を加工することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金属ガラス合金の機械加工方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−34772(P2009−34772A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201161(P2007−201161)
【出願日】平成19年8月1日(2007.8.1)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(592200338)日本素材株式会社 (29)
【出願人】(505461094)株式会社BMG (13)
【Fターム(参考)】