説明

金属材料の長寿命疲労強度設計法

【課題】機械部品の使用想定寿命に応じたODA(金属顕微鏡観察で黒く見える水素影響領域)寸法の拡大を考慮することにより、設定する耐用年数に応じた最適な機械部品を設計可能とした金属材料の長寿命疲労強度設計法の提供。
【解決手段】疲労試験結果から破断までの応力繰り返し数とトラップした水素が影響を及ぼしている介在物の周囲の水素影響領域の寸法との関数関係を求め、さらに、金属材料を用いる機械部品の使用想定応力繰り返し数に対応する介在物の拡大後の寸法である等価欠陥寸法を前記関数関係により求め、等価欠陥寸法を許容応力などの長寿命疲労強度の算定に使用して機械部品を設計することにより、機械部品の使用想定寿命に応じたODA寸法の拡大を考慮した破断寿命設計を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の変速装置、ばねや車両の軸受など、耐用期間に相当の繰り返し応力が加わる機械部品に使用する金属材料の長寿命強度設計法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車の変速装置や車両の軸受などの機械部品には、その使用において相当回数の繰り返し応力が加わる。したがって、これらの機械部品に使用する金属材料がどの程度の回数の繰り返し応力で破壊するかを把握するとともに、機械部品の大きさ、形状、耐用期間等を考慮して設計する必要がある。また、この種の機械部品に使用される金属材料については、107回までの試験で破壊されなければ永久に疲労破壊は起こらないとしていわゆる疲労限度が決定されてきた。
【0003】
ところが、近年107回までの疲労試験に耐えたものであっても、従来の定義による疲労限度以下の応力で繰り返し数が107回を超えたときに破壊が生じる現象が新たに発見されている。金属の疲労強度は材料そのものの強度の他に材料中に含まれる欠陥によって影響される。この欠陥は応力の集中源となり、疲労破壊の発生起点となる。金属材料に含まれる非金属介在物(以下、「介在物」と称す)はそのような欠陥の一種である。したがって、従来の疲労強度設計では、疲労破壊起点となる介在物の寸法をその面積の平方根で表した√areaに基づいて介在物の応力集中効果を考慮するなどの方法が採用されている。
【0004】
一方、この介在物は応力集中の他に水素をトラップする作用があり、金属中の水素は材料中で金属の微視的破壊機構に影響を与えることが知られている。この傾向は高強度鋼において特に著しい。水素が影響を及ぼしている介在物の周囲の領域は表面が粗いので金属顕微鏡観察で黒く見え、この領域はODA(Optically Dark Area)と呼ばれている。疲労試験の結果、このトラップされた水素が介在物の周囲の疲労強度を下げていることが分かっている。この作用は、トラップされた水素が強度の面からは介在物の寸法を実質的に拡大するものとして捉えることができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、このトラップされた水素の影響を金属顕微鏡観察によって詳細に調べた結果、破断寿命が105程度から108以上まで長くなるにつれ、ODA寸法が大きくなることが分かってきた。しかしながら、従来の疲労強度設計では介在物の初期寸法√areaに基づいて行うため、機械部品に設定する耐用年数に応じた最適な破断寿命設計となっていない。
【0006】
そこで、本発明においては、機械部品の使用想定寿命に応じたODA寸法の拡大を考慮することにより、設定する耐用年数に応じた最適な機械部品を設計可能とした金属材料の長寿命疲労強度設計法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
図1に水素をトラップした介在物の大きさと破断までの応力の繰り返し数の関係図を示す。図1に示す介在物(A0)の周囲のODA領域(A1)が水素影響領域である。図1では、破断起点となった介在物の寸法をその面積(area)の平方根√areaで表し、これに対する介在物の面積とODAの面積とを合わせた面積(area')の平方根√area'の比√area'/√area(>1)を無次元ODA寸法として縦軸に取り、破断までの応力繰り返し数Nfを横軸に取って、ODAが応力の繰り返し数Nfとともに拡大する傾向を定量的に表している。
【0008】
図1から分かるように、ODAの寸法は長寿命で破断した場合ほど大きい。破断までの応力の繰り返し数Nf、すなわち破断までの寿命が短いときにODAが小さいのは、負荷した応力が高いため、トラップした水素の助けを借りるまでもなく、介在物から疲労亀裂が発生、進展して破壊に至ったことを意味している。これに対し、応力が低い場合、水素の助けを借りながら多数の繰り返しを受けることでようやく亀裂が発生し、その進展にも水素の助けを受ける。そして、負荷した応力が単独で亀裂を進展させるに充分な大きさまでODAの寸法が拡大した後、水素の影響のない疲労亀裂の進展が起こる。そのため、ODAの外側であって水素の影響のない疲労亀裂の進展領域では、ODA内とは異なった疲労破壊面を形成することになる。
【0009】
このように介在物は、応力の繰り返しを受けることによってそれ自身がトラップしている水素の影響により、等価な欠陥としてのその介在物の拡大後の寸法である等価欠陥寸法を拡大していく。したがって、設計する機械部品の耐用年数をどの程度に設定するか、どの程度の繰り返し数までの使用を想定するかによって、その等価欠陥寸法の拡大の程度が異なる。
【0010】
すなわち、本発明の金属材料の長寿命疲労強度設計法は、周囲に水素をトラップした介在物を含む金属材料の長寿命疲労強度設計法であって、疲労試験結果から破断までの応力繰り返し数とトラップした水素が影響を及ぼしている介在物の周囲の水素影響領域の寸法との関数関係を求める第1のステップ、金属材料を用いる機械部品の使用想定応力繰り返し数に対応する介在物の拡大後の寸法である等価欠陥寸法を前記関数関係により求める第2のステップ、等価欠陥寸法を許容応力などの長寿命疲労強度の算定に使用して機械部品を設計する第3のステップからなることを特徴とする。これにより、使用想定応力繰り返し数に対応する等価欠陥寸法を求めて、機械部品の使用想定寿命に応じたODA寸法の拡大を考慮した破断寿命設計を行うことが可能となる。
【0011】
例えば、前記第1のステップは、破断までの応力繰り返し数Nfおよび金属材料に含まれる介在物のうち破断起点となった介在物の面積A0と水素影響領域の面積A1とを合わせた面積A0+A1の平方根で表した等価欠陥寸法√area'に対する破断起点となった介在物の面積A0の平方根で表した介在物の初期寸法√areaの比√area'/√areaをそれぞれ軸にとってプロットしたグラフに基づいて関数関係を求めること、前記第2のステップは、前記グラフのNf軸上に使用想定応力繰り返し数をとって関数関係により対応する√area'/√area軸上の値を求めることにより介在物の初期寸法√areaに対する等価欠陥寸法√area'を求めることにより実行可能である。
【0012】
ところで、介在物寸法は統計的ばらつきを示す。疲労強度に決定的影響を及ぼすのは、機械部品中に含まれる最大介在物である。機械部品中に含まれる最大介在物の予測には、本発明者がすでに提案している極値統計を利用することができる。図2に、疲労破壊起点となった介在物の極値統計分布を示す。図2はそれぞれ累積度数を縦軸、介在物の大きさを横軸に取って、疲労試験の試験片から得られたデータをプロットしたものである。なお、先に述べたように介在物は、水素の存在によってあたかも応力の繰り返しとともに、その寸法が成長するような挙動を示すので、水素の影響を考慮して極値統計プロットデータを使用想定寿命によって修正する。この修正には、図1の関係図を利用する。
【0013】
すなわち、本発明の金属材料の長寿命疲労強度設計法では、さらに、金属材料に含まれる介在物のうち破断起点となった介在物の寸法の極値統計分布を作成するステップを含み、前記第2のステップは、前記極値統計分布を前記介在物の初期寸法√areaに対する等価欠陥寸法√area'の関係に基づいて平行移動し、この平行移動した直線上において実際の機械部品の寸法と生産量に応じた再帰期間を算定して前記機械部品に使用する実際の金属材料に含まれる介在物のうち最大の介在物に対応する最大等価欠陥寸法√area'max*を許容応力の算定に使用することが望ましい。これにより、金属材料中に含まれる最大介在物に対応する等価欠陥寸法を設計上の欠陥寸法として想定し、より適切な破断寿命設計を行うことが可能となる。
【0014】
ここで、前記第3のステップの機械部品の設計は、例えば、最大等価欠陥寸法√area'max*をパラメータとする式
σ=1.56(HV/9.8+120)/(√area'max*1/6((1−R)/2)α
(但し、σ:使用想定応力繰り返し数に応じた許容応力(MPa)、HV:ビッカース硬さ(MPa)、R:応力比(=最小応力/最大応力)、α=0.226+HV/9.8×10-4とする)を用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、相当回数の繰り返し応力が加わる機械部品に使用する金属材料について、疲労亀裂の発生起点となっている欠陥すなわち介在物にトラップされた水素の影響を考慮に入れ、さらに実際の機械部品の寸法、生産量および設計寿命に応じた最大等価欠陥寸法を求めて許容応力などの算定に使用し、自動車の変速装置、ばねや車両の軸受などの機械部品の安全をより確実に確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】水素をトラップした介在物の大きさと破断までの応力の繰り返し数の関係図である。
【図2】疲労破壊起点となった介在物の極値統計分布を示す図である。
【図3】使用材料に含まれる介在物の極値統計分布を示す図である。
【図4】ODAの成長と破断までの繰り返し数との関係を示す図である。
【図5】実際の機械部品の寸法、生産量および設計寿命に応じた最大欠陥寸法の決定手順を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態における機械部品に使用する金属材料の長寿命疲労設計法について、図3〜図5を用いて説明する。
図3は使用材料に含まれる介在物の極値統計分布を示す図、図4はODAの成長と破断までの応力繰り返し数Nfとの関係を示す図、図5は実際の機械部品の寸法、生産量および設計寿命に応じた最大欠陥寸法の決定手順を示す図である。
【0018】
(1)設計する機械部品に使用する金属材料の試験片によって疲労試験を行い、図3に示すように累積度数を縦軸、介在物の大きさを横軸にそれぞれ取って、使用材料に含まれる介在物について図2に相当する極値統計分布を作成する。
【0019】
(2)また、この疲労試験の結果から、破断までの応力繰り返し数Nfとトラップした水素が影響を及ぼしている介在物周囲の無次元ODA寸法(√area'/√area)との関数関係を図4に示すように求める。無次元ODA寸法は、破断起点となった介在物の面積A0とODAの面積A1とを合わせた面積A0+A1の平方根で表した寸法√area'に対する介在物の面積A0の平方根で表した介在物寸法√areaの比である。なお、多くの材料に当てはまるものとして図1を近似的に使用してもよい。ただし、金属材料に含まれる水素量によって図1の曲線は変化する。
【0020】
(3)図4を用い、機械部品の使用想定応力繰り返し数に対応する介在物の拡大後の寸法、すなわち等価欠陥寸法√area'を求める。例えば、Nf=3×108と想定し、図4の横軸上に取ると、√area'/√area軸上の値は約3となるので、等価欠陥寸法√area'の値は介在物の初期寸法√areaの3倍と見積もることができる。ただし、実際の機械部品は試験片より寸法が大きく、実験で得られた介在物よりはるかに大きい介在物が含まれるので、それを推定するために図3のデータを機械部品の使用想定繰り返し数に応じて右側に平行移動し(図5参照)、さらにこの平行移動した直線上において実際の機械部品の寸法と生産量に応じた再帰期間T=T*を算定して、含まれることが予想される最大等価介在物寸法√area'max*を求める。すなわち、この最大等価介在物寸法√area'max*を実際の機械部品の寸法、生産量および設計寿命に応じた最大等価欠陥寸法として決定する。
【0021】
(4)等価欠陥寸法√area'を設計の許容応力などの算定に使用する場合には、例えば本発明者が既に提案している次式の√areaパラメータモデルを利用することができる。
σ=1.56(HV/9.8+120)/(√area')1/6((1−R)/2)α
ここで、σ:使用想定応力繰り返し数に応じた許容応力(MPa)、HV:ビッカース硬さ(MPa)、R:応力比(=最小応力/最大応力)、α:0.226+HV/9.8×10−4である。そして、等価欠陥寸法√area'として上で決定したODAを含めた最大等価欠陥寸法√area'max*(μm)を入力し、使用想定応力繰り返し数に応じた許容応力(MPa)を算出する。
【0022】
なお、上式を使用せず、他の設計式を使用する場合でも、上で述べた等価欠陥寸法√area'(最大等価欠陥寸法√area'max*)を考慮に入れた疲労強度設計をしなければ安全確保はできない。例えば、少数の試験片または実際の部品テストの結果によって使用想定繰り返し数に応じた許容応力を決める従来の方法では、実際に多くの部品に含まれる最大介在物の影響が考慮されないこと、さらに水素の影響による介在物の初期寸法からの亀裂の拡大の影響が考慮されないので、疲労強度信頼性は確保できない。
【0023】
以上のように、疲労試験結果から破断までの応力繰り返し数Nfと介在物の周囲の水素影響領域の寸法√area'/√areaとの関数関係を求めて、使用想定応力繰り返し数に対応する介在物の拡大後の寸法である等価欠陥寸法を求め、この等価欠陥寸法を許容応力などの長寿命疲労強度の算定に使用して機械部品を設計することにより、機械部品の使用想定寿命に応じたODA寸法の拡大を考慮した破断寿命設計を行うことが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周囲に水素をトラップした非金属介在物を含む金属材料の長寿命疲労強度設計法であって、
疲労試験結果から破断までの応力繰り返し数と前記トラップした水素が影響を及ぼしている非金属介在物の周囲の水素影響領域の寸法との関数関係を、前記破断までの応力繰り返し数Nfおよび前記金属材料に含まれる非金属介在物のうち破断起点となった非金属介在物の面積A0と前記水素影響領域の面積A1とを合わせた面積A0+A1の平方根で表した等価欠陥寸法√area'に対する前記破断起点となった非金属介在物の面積A0の平方根で表した介在物の初期寸法√areaの比√area'/√areaをそれぞれ軸にとってプロットしたグラフに基づいて求める第1のステップ、
前記金属材料を用いる機械部品の使用想定応力繰り返し数に対応する非金属介在物の拡大後の寸法である等価欠陥寸法を前記関数関係により求めるに際し、前記グラフのNf軸上に前記使用想定応力繰り返し数をとって前記関数関係により対応する√area'/√area軸上の値を求めることにより介在物の初期寸法√areaに対する等価欠陥寸法√area'を求める第2のステップ、
前記等価欠陥寸法を許容応力などの超長寿命疲労強度の算定に使用して前記機械部品を設計する第3のステップからなることを特徴とする金属材料の長寿命疲労強度設計法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−221044(P2011−221044A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175147(P2011−175147)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【分割の表示】特願2001−85347(P2001−85347)の分割
【原出願日】平成13年3月23日(2001.3.23)
【出願人】(800000035)株式会社産学連携機構九州 (34)
【Fターム(参考)】