説明

金属特性測定装置

【課題】比較的安全性が高く、オーステナイト系ステンレス鋼の鋳物品についても再活性化率を測定できる金属特性測定装置を実現すること。
【解決手段】内部に飽和溶液が注入された保護管と本体が前記保護管内の前記飽和溶液中に挿入され取り出し部が前記保護管の開口端部に封着された照合電極と前記保護管の外周に巻き付けられた対極とが一体化されたセンサと、このセンサの対極部分を内包するように筒状に形成されて一端開口部は被測定物の表面に気密的に固着され、内部には前記センサの対極部分を浸すように電解溶液が注入されるセル容器と、正出力端子と2個の負出力端子を備え、第1の負出力端子には前記対極が接続され、第2の負出力端子には前記照合電極が接続され、正出力端子には前記被測定物が接続されるポテンショスタットとを含むことを特徴とする金属特性測定装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属特性測定装置に関し、詳しくは、オーステナイト系ステンレス鋼を用いた鋳物材料などの電気化学的再活性化率測定に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼は、650℃付近まで加熱して冷却する際の速度が遅いと金属組織の粒界が溝状組織になって腐食に対する感受性が増大し、耐食性能が低下した鋭敏化状態になる。この鋭敏化状態を定量的に測定する方法は、JIS G 0580として規定されている。
【0003】
図2は、従来の電気化学的再活性化率測定装置の一例を示す構成説明図である。図2において、電解槽1はビーカーセルで構成されたものであり、内部には電解溶液(たとえば硫酸)が注入されている。電解溶液中には、試験片2と対極3が挿入されるとともに、試験片2の近傍には先端部が位置するようにルギン管4が挿入されている。
【0004】
試験片2はポテンショスタット5の正出力端子51に接続され、対極3はポテンショスタット5の第1の負出力端子52に接続されている。ポテンショスタット5の第2の負出力端子53には、照合電極6が接続されている。なお、照合電極6は、ビーカーセルで構成され飽和KCl(塩化カリウム)溶液が注入されている溶液槽7の内部に、飽和KCl溶液に浸るように挿入されている。
【0005】
溶液槽7は、途中部分に寒天が充填された第1のパイプ8を介して、電解溶液が注入された中間槽9と連結されている。すなわち、第1のパイプ8の一端は溶液槽7の飽和KCl溶液内に挿入され、他端は中間槽9の電解溶液内に挿入されている。
【0006】
中間槽9は、全長にわたって電解溶液が充填された第2のパイプ10を介して、電解槽1と連結されている。すなわち、第2のパイプ10の一端は中間槽9の電解溶液内に挿入され、他端は電解槽1の電解溶液内に挿入されている。
【0007】
ポテンショスタット5の制御端子54、55には、電位掃引装置11から掃引信号が入力されている。ポテンショスタット5の出力端子56、57には、電位の掃引に伴う出力電流値の変化を記録する記録計12が接続されている。
【0008】
さらに、ポテンショスタット5および電位掃引装置11には、所定の測定条件や電流の測定値などに基づいて試験片2の再活性化率を演算処理して解析評価するための処理ソフトウェアが実装されたPC13がRS232Cなどのネットワークを介して接続されている。
【0009】
図3は図2の動作例を説明する実測波形例図であり、(A)は電位掃引装置11からポテンショスタット5の制御端子54、55に入力される掃引信号を示し、(B)は(A)の掃引信号に基づいて試験片2と対極3間の電位をポテンショスタット5により分極させた場合の往復アノード分極線を示している。
【0010】
掃引信号は、往路方向にたとえば−0.4Vから0.3Vまでを12分間かけて一定の勾配で上昇した後、復路方向として0.3Vから−0.4Vまでを再び12分間かけて一定の勾配で降下する。
【0011】
往路方向の掃引信号の電圧上昇に伴って、試験片2と対極3間における電位分極が始まる。アノード電流密度の変化に着目すると、往路方向の電圧上昇が始まることにより電流密度は急速に増大し、折り返し位置の電圧0.3Vに至るまでの往路の途中で電圧変化に対する電流密度の増加率は徐々に低下しながら電圧が−0.1149Vの位置で第1のピーク値PEAK1(0.0063049A)に到達する。
【0012】
電流密度は、第1のピーク値PEAK1に到達した後は急速に減少する方向に反転し、電圧が−0.1Vを越えると電圧変化に対する電流密度の減少率は徐々に低下しながら折り返し位置の電圧0.3Vで不動態維持電流といわれる第3のピーク値PEAK3(2.7426E−05A)に到達する。
【0013】
復路方向の掃引信号の電圧降下に伴って、再び試験片2と対極3間における電位分極が始まる。アノード電流密度の変化に着目すると、復路方向の電圧上昇が始まっても電圧が−0.1V以下になるまではほぼ不動態維持電流の状態(第3のピーク値PEAK3)に保たれている。電圧が−0.1V以下になるとアノード電流密度は緩やかに上昇を始め、電圧が−0.20782Vの位置で第2のピーク値PEAK2(0.0050232A)に到達する。
【0014】
さらに電圧が降下していくと、アノード電流密度も第2のピーク値PEAK2を中心にしてほぼ対称形の減少波形を描くように減少していき、電圧が−0.4Vまで降下することにより往路方向の開始点とほぼ等しくなる。
【0015】
図3の実測例における再活性化率Rmは、次式で求めることができる。
Rm=(PEAK2/PEAK1)*100 (1)
すなわち、
Rm=(0.0050232/0.063049)*100
=7.97(%)
になる。
【0016】
具体的には、図2のPC13に実装されている解析評価するための処理ソフトウェアがポテンショスタット5からPEAK2の値とPEAK1の値を取り込み、所定の演算処理を実行する。
【0017】
第2のピーク値PEAK2は、試験片2が鋭敏化(劣化)していると出るが、鋭敏化していないと出ない。第2のピーク値PEAK2が出ない場合には、(2)式に示すように第3のピーク値PEAK3を第2のピーク値PEAK2に代わる最大値として再活性化率Rmを求める。
Rm=(PEAK3/PEAK1)*100 (2)
【0018】
なお、図3(B)の縦軸は電流(A)になっているが、最終的には往復のピーク電流値を%表示しているので電流密度と同じと考えることができる。
【0019】
特許文献1には、既設金属構造物の溶接部における鋭敏化の程度を画像処理技術により自動的に行う技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開平4−290959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかし、図2の構成によれば、電解槽1や溶液槽7や中間槽9がガラス製のビーカーセルで構成されているとともに、これら各槽が第1のパイプ8と第2のパイプ10を介して連結されていることから、取り扱いの不注意などによりこれらを破損してしまう恐れがあり、安全面での課題がある。
【0022】
また、測定にあたっては、電解槽1に約700mmlの電解溶液を注入しなければならないことから、電解溶液に対する安全性を考慮した試験環境が必要である。
【0023】
また、試験片2を小さく切り出す必要があるとともに、設置済みの製品材料については非破壊での特性測定確認を行うことはできない。
【0024】
また、試験片2を電極とするためには配線を保護または樹脂で固める必要があるとともに、電極製作に相当の作業工数がかかってしまう。
【0025】
さらに、現状では、オーステナイト系ステンレス鋼の鋳物材料については再活性化率による評価データが無く、鋳物品の熱処理品質確認技術は用意されていない。
【0026】
本発明は、これらの問題点を解決するものであり、その目的は、比較的安全性が高く、オーステナイト系ステンレス鋼の鋳物品についても再活性化率を測定できる金属特性測定装置を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
このような課題を達成するために、本発明のうち請求項1記載の発明は、
内部に飽和溶液が注入された保護管と、本体が前記保護管内の前記飽和溶液中に挿入され取り出し部が前記保護管の開口端部に封着された照合電極と、前記保護管の外周に巻き付けられた対極とが一体化されたセンサと、
このセンサの対極部分を内包するように筒状に形成されて一端開口部は被測定物の表面に気密的に固着され、内部には前記センサの対極部分を浸すように電解溶液が注入されるセル容器と、
正出力端子と2個の負出力端子を備え、第1の負出力端子には前記対極が接続され、第2の負出力端子には前記照合電極が接続され、正出力端子には前記被測定物が接続されるポテンショスタット、
とを含むことを特徴とする金属特性測定装置である。
【0028】
請求項2は、請求項1記載の金属特性測定装置において、
前記セル容器の他端開口部は、前記センサ外周と前記対極の取り出し部外周との間を気密的に塞ぐように封着されていることを特徴とする。
【0029】
請求項3は、請求項1または請求項2記載の金属特性測定装置において、
前記保護管は、ポリエーテルエーテルケトン樹脂で形成されていることを特徴とする。
【0030】
請求項4は、請求項1から請求項3のいずれかに記載の金属特性測定装置において、
前記セル容器は、化学的に安定なプラスチックで形成されていることを特徴とする。
【0031】
これらの構成により、既設のオーステナイト系ステンレス鋼の鋳物材料についても、再活性化率による評価データを求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施例を示すブロック図である。
【図2】従来の金属特性測定装置の一例を示すブロック図である。
【図3】図2の動作説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。図1は本発明の一実施例を示すブロック図であり、図2と共通する部分には同一の符号を付けている。図1と図2の相違点は、センサが一体化構成されている点にある。
【0034】
図1において、照合電極14は、たとえばAg/AgClで構成されたものであり、その本体は二重管構造の保護管16の内管に注入されている飽和溶液(KCl)15に挿入され、取り出し部は保護管16の開口端部に封着されている。なお、保護管16は、耐薬品性と薄肉加工性に優れた材料であるたとえばPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)樹脂で構成されている。
【0035】
対極17はたとえばPt線で構成されていて、その一端は保護管16の端部近傍の外周に巻き付けられている。この巻き付けにより、被測定物20の測定対象となる表面積に対して対極17として十分な表面積を確保している。
【0036】
なお、対極17の巻き始め位置は、保護管16の端部を被測定物20の表面に接触させた状態で最適距離になるようにすることが望ましく、たとえば保護管16の端部から10mm離れた点とする。これにより、保護管16の端部を被測定物20の表面に接触させることで、対極17と被測定物20との距離を常に最適な状態に保つことができる。
【0037】
これら照合電極14と保護管16と対極17により、センサとして一体化される。
【0038】
セル容器18は化学的に安定なプラスチックで形成されたものであり、センサの対極17部分を内包するように筒状に形成されていて、一端開口部は被測定物20の表面にたとえばエポキシ系の接着剤19を介して気密的に固着され、内部にはセンサの対極17部分を浸すように電解溶液21が注入される。
【0039】
このセル容器18は消耗品であることから、比較的安価に入手できる市販品のプラスチック管を用いる。なお、内径寸法としては被測定物20の測定対象となる表面積がほぼ1cmになるものを選択する。
【0040】
エポキシ系の接着剤19を用いることにより、約5分の作業で堅固に接着できるとともに、剥離にあたっては衝撃を与えたり接着部分の温度を70℃付近まで上げればよく、容易に行える。
【0041】
被測定物20は、たとえばオーステナイト系ステンレス鋼の鋳物材料である。センサを取り付けるのにあたっては、その表面をたとえば320番のサンドペーパーで仕上げるようにする。
【0042】
電解溶液21は、被測定物20の材質に応じて適切なものを用いる。たとえばSUS304とSUS316では、感受性の異なる2種類の電解溶液を使い分ける。
【0043】
これらセル容器18や一体化構成されたセンサなどを、以下の手順で被測定物20の表面に組み立て固着する。
1)被測定物20の測定部分の表面をサンドペーパーで磨く
2)セル容器18を接着剤19で被測定物20の測定部分に接着する
3)接着剤19の硬化後にセル容器18内に被測定物20の材質に応じた適切な電解溶液21を注入する
4)あらかじめ一体化構成されたセンサを保護管16の端部が被測定物20の表面に接触するようにしてセル容器18内の電解溶液に挿入する
【0044】
このようにして被測定物20の表面にセル容器18や一体化構成されたセンサなどを組み立て固着した後、図1のように各部間を接続して、被測定物20の測定を行う。
【0045】
すなわち、被測定物20はポテンショスタット5の正出力端子51に接続され、対極17はポテンショスタット5の第1の負出力端子52に接続され、照合電極14はポテンショスタット5の第2の負出力端子53に接続される。
【0046】
ポテンショスタット5の制御端子54、55には電位掃引装置11から掃引信号が入力され、ポテンショスタット5の出力端子56、57には電位の掃引に伴う出力電流値の変化を記録する記録計12が接続される。
【0047】
さらに、ポテンショスタット5および電位掃引装置11には、所定の測定条件や電流の測定値などに基づいて被測定物20の再活性化率を演算処理して解析評価するための処理ソフトウェアが実装されたPC13がRS232Cなどのネットワークを介して接続される。
【0048】
これらの接続が完了すると、PC13により、電位掃引装置11に対する掃引速度の指定など、一連の測定処理を実行するために必要な所定のシーケンスを設定する。
【0049】
設定された所定のシーケンスにしたがって一連の測定処理が開始される。具体的には、ポテンショスタット5および電位掃引装置11を用いて前述の図3と同様な往復掃引を行うことにより、被測定物20と対極3間の電位を−0.4Vから0.3Vの間で所定の勾配で上昇および降下させてアノード分極させる。
【0050】
図1のように構成された装置を用い、オーステナイト系ステンレスの鋳物製品を被測定物20として、鋭敏化状態品と固溶化熱処理品についてそれぞれの再活性化率を測定したところ、これら再活性化率の測定値について顕微鏡による組織観察結果との間には明らかな相関関係がみられ、再活性化率の測定値に基づいて鋭敏化状態品と固溶化熱処理品を明確に判別できることが確認できた。
【0051】
なお、図1の実施例では、被測定物20が水平面として形成されている例について説明したが、セル容器18の一端開口部が接着剤を介して被測定物20の表面に気密的に固着できれば被測定物20は曲面であってもよい。
【0052】
また、被測定物20が傾斜面の場合には、セル容器18から電解溶液21が漏出しないようにセル容器18の上側開口端面をたとえばOリング付きの蓋で塞げばよい。
【0053】
また、図1の実施例では、保護管16の端部を被測定物20の表面に接触させることにより、対極17と被測定物20との距離を常に最適な状態に保つようにしているが、これに限るものではなく、保護管16の外周の対極17と被測定物20との距離を常に最適な状態に保てる位置に、セル容器18の開口端面に嵌め合わせることができる段付部を設けるようにしてもよい。このように構成することにより、保護管16の端部を被測定物20の表面から離すことができ、保護管16の端部と被測定物20の表面との間に電解溶液21を満たすことができる。
【0054】
以上説明したように、本発明によれば、ガラス製のビーカーセルを用いていないことから従来構成のように割れるおそれはなく、セル容器に注入する電解溶液は数cc程度と微量なことから比較的安全性が高く、オーステナイト系ステンレス鋼の鋳物品についても比較的簡単な作業で効率よく再活性化率を測定できる金属特性測定装置を実現できる。
【符号の説明】
【0055】
5 ポテンショスタット
11 電位掃引装置
12 記録計
13 PC
14 照合電極
15 飽和溶液(KCl)
16 保護管
17 対極
18 セル容器
19 接着剤
20 被測定物
21 電解溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に飽和溶液が注入された保護管と、本体が前記保護管内の前記飽和溶液中に挿入され取り出し部が前記保護管の開口端部に封着された照合電極と、前記保護管の外周に巻き付けられた対極とが一体化されたセンサと、
このセンサの対極部分を内包するように筒状に形成されて一端開口部は被測定物の表面に気密的に固着され、内部には前記センサの対極部分を浸すように電解溶液が注入されるセル容器と、
正出力端子と2個の負出力端子を備え、第1の負出力端子には前記対極が接続され、第2の負出力端子には前記照合電極が接続され、正出力端子には前記被測定物が接続されるポテンショスタット、
とを含むことを特徴とする金属特性測定装置。
【請求項2】
前記セル容器の他端開口部は、前記センサ外周と前記対極の取り出し部外周との間を気密的に塞ぐように封着されていることを特徴とする請求項1記載の金属特性測定装置。
【請求項3】
前記保護管は、ポリエーテルエーテルケトン樹脂で形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の金属特性測定装置。
【請求項4】
前記セル容器は、化学的に安定なプラスチックで形成されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の金属特性測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−233819(P2012−233819A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−103553(P2011−103553)
【出願日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)