説明

金属硫化物粒子の製造方法

【課題】噴霧熱分解法を用いた金属硫化物粒子の製造方法において、熱分解生成物の影響などにより半導体特性(例えば蛍光特性)を著しく低下させることなく、金属硫化物の粒子を製造する方法を提供することにある。
【解決手段】少なくとも一種の金属塩と少なくとも一種の硫黄化合物を含む溶液を液滴化し、液滴を加熱し、これにより金属塩及び硫黄化合物を熱分解させつつ反応させて金属硫化物を得る方法において、熱分解によって酸化性物質を発生しない金属塩を用いることにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属硫化物の粒状物、特に平均粒径が1nm〜数μmである金属硫化物粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属硫化物は、その半導体特性を利用し、蛍光体や太陽電池材料などとして広く用いられているが、近年の電子機器の小型化、薄型化に伴い、超小型デバイスの製造に適した、粒径サイズがナノメートルから数ミクロンの硫化物粒子に対するニーズが高まっている。
【0003】
金属硫化物粒子の製造方法としては、金属塩と水溶性硫黄化合物を含有する水溶液から微細な液滴を形成し、これを加熱して熱分解させつつ反応させることによって硫化物を得る噴霧熱分解法が開発されている(特許文献1〜4、非特許文献1参照)。しかしながら、公知の噴霧熱分解法では、金属硫化物粒子を効率的に調製することに主眼が置かれていたため、生成物の半導体特性(例えば蛍光特性)の向上には必ずしも十分な考慮が払われていなかった。本発明者らが公知の噴霧熱分解法を実施して、その生成物の半導体特性を検討したところ、熱分解の過程で生じた高濃度の酸化性物質によって、母体である硫化物が酸化され、生成物の蛍光特性が著しく低下させられることが明らかとなった。これは、原料化合物である金属塩の熱分解の効率を重視して硝酸塩を積極的に用いた結果、硝酸塩の熱分解によって発生するNOxなどの酸化性物質が硫化物の酸化を促進したためであると考えられる。
噴霧熱分解法では、硝酸塩以外の他の金属塩を用いた場合にも、熱分解の過程で酸化性物質が生成したり、あるいは、熱分解生成物が金属硫化物粒子の中に残留したりして、金属硫化物の性質に影響を与える可能性がある。しかしながら、原料化合物である金属塩の熱分解生成物が目的化合物である金属硫化物の半導体特性に与える影響に着目して金属硫化物粒子の製造を検討したという例は報告されていない。
【特許文献1】特開平7−61816号公報
【特許文献2】特開2003−19427号公報
【特許文献3】特開2003−201118号公報
【特許文献4】特開2006−8806号公報
【非特許文献1】ケミストリー オブ マテリアルズ(Chemistry of Materials) 14号 2002年 4969頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、噴霧熱分解法を用いた金属硫化物粒子の製造方法において、熱分解生成物の影響などにより半導体特性(例えば蛍光特性)を著しく低下させることなく、金属硫化物の粒子を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討した結果、熱分解によって酸化性物質を発生しない金属塩を原料化合物として用いることにより上記課題が解決されることを見出し、本発明を完成させた。
本発明は、以下の態様を包含する。
(1) 少なくとも一種の金属塩と少なくとも一種の硫黄化合物を含む溶液を液滴化し、液滴を加熱し、これにより金属塩及び硫黄化合物を熱分解させつつ反応させて金属硫化物を得る方法であって、熱分解によって酸化性物質を発生しない金属塩を用いることを特徴とする金属硫化物の製造方法。
(2) 前記金属塩がカルボン酸塩である前記(1)記載の金属硫化物の製造方法。
(3) 前記金属塩がギ酸塩又はシュウ酸塩である前記(1)記載の金属硫化物の製造方法。
(4) 前記金属塩が亜鉛、銅、マンガン、銀、金、イリジウム、ガリウム、マグネシウムおよびアルミニウムから選択される少なくとも1種の金属元素を含む前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の金属硫化物の製造方法。
(5) 前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の製造方法によって得られる金属硫化物からなる硫化物蛍光体であって、熱水によって抽出される金属硫化物中の硫酸イオン濃度が1000ppm以下である硫化物蛍光体。
【発明の効果】
【0006】
本発明の方法によれば、生成物中に残留する硫酸イオン濃度を著しく低減させることができ、半導体特性を損なうことなく金属硫化物の粒子を得ることができる。
【本発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明では、従来の噴霧熱分解法と同様、金属塩と硫黄化合物を含む溶液を液滴化し、キャリアガスによって液滴を加熱部(例えば加熱炉)に導入しながら、金属塩及び硫黄化合物を熱分解して金属硫化物を得る。使用する金属種は、硫化物を形成することができれば特に制限はなく、一種類の金属種のみを用いてもよいし、あるいは二種類以上の金属種を組み合わせてもよい。本発明のために使用される金属元素の例として、亜鉛、銅、マンガン、銀、金、イリジウム、ガリウム、マグネシウム、アルミニウム、セリウム、プラセオジム、サマリウム、テルビウム、ユーロピウムなどが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。
【0008】
本発明で用いる塩として、硝酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩のように加熱分解により酸化性物質を発生させる化合物以外のものが用いられる。硝酸塩、硫酸塩、亜硝酸塩などは、NOx、SOx、酸素などの酸化性物質を発生させ、生成する金属硫化物を酸化して分解するため好ましくない。本発明に用いる塩は、熱分解の際に酸化性物質を発生させるものでなければ、特に制限はなく、例えば、酢酸、ギ酸、シュウ酸などのカルボン酸塩、塩化物、臭化物などのハロゲン化物、炭酸塩、錯体、有機金属化合物などを用いることができる。得られる金属硫化物を半導体としての用途で用いる場合、残留不純物の含有量はできる限り低減させることが望ましい。そのため、使用する塩としては高温加熱下で分解性の高いカルボン酸塩が好ましく、さらに、炭素系分解生成物の残留可能性を抑制する観点から、より好ましくはギ酸塩及びシュウ酸塩である。
【0009】
本発明において、溶液中の金属塩濃度は、溶液を液滴化することができれば特に制限はない。液滴の大きさは得られる粒子の粒径に影響するため、所望の粒径に応じて金属塩濃度を適宜変更することができる。本発明に通常使用される金属塩濃度は0.001M/L〜10M/Lである。溶液中の金属塩濃度が薄すぎると収量が著しく低下し、他方、濃度が濃すぎると粒径制御が困難になるため、0.01M/L〜5M/Lが好ましい。
【0010】
本発明で用いる硫黄化合物には特に制限はないが、チオ尿素、チオホルムアルデヒド、チオアセトアミド、およびその誘導体が好ましい。これらの硫黄化合物は、単独で使用しても複数を混合して使用してもかまわない。硫黄化合物の濃度については、噴霧溶液中に含まれる金属が硫化物を生成するのに必要なモル比以上の硫黄を含有するような濃度であればよく、通常は硫黄が金属に対してモル比で0.1〜20倍となるような濃度で用いられる。硫黄化合物が少量になりすぎると反応が十分に進行せず、他方、過剰すぎると有毒ガスの発生が顕著になるため、好ましくは金属に対してモル比で1〜10倍となる濃度で用いられる。
【0011】
金属塩や硫黄化合物を溶解させる溶媒には特に制限はなく、金属塩と硫黄化合物が溶解すれば、水、有機溶媒又はそれらの組み合わせのいずれを用いてもよい。また、添加成分が可溶である限り、噴霧溶液のpHに特に制限はなく、酸性、中性、塩基性いずれの溶液も用いることができる。
【0012】
原料溶液から微細な液滴を形成する方法には、特に制限があるわけではなく、一般に知られているいずれの方法も使用することができる。例えば、超音波霧化器、加圧式噴霧器、回転式噴霧器などが挙げられる。形成される液滴の大きさは得られる粒子の粒径に影響するため、液滴形成の手段は所望の粒径に応じて適宜選択することが好ましい。
【0013】
原料溶液から形成された液滴を加熱部に導入するキャリアガスの種類は、非酸化性であれば特に制限はなく、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスの他、硫化水素、水素などの還元性ガスが好んで用いられる。これらの気体は一種類のみを用いることもできるし、混合して用いることも可能である。
【0014】
加熱部の温度は、熱分解反応が十分に進行する温度であれば特に制限はないが、100℃より低い場合には熱分解反応が十分に進行せず、1500℃以上であると硫化物が分解したり、酸化が進行したりするため、100℃〜1500℃が好ましい。また、加熱部における滞留時間は、短すぎると熱分解反応が十分に進行せず、長すぎると硫化物の分解や酸化が進行するため、0.1秒〜1分程度であることが好ましい。
【0015】
得られた金属硫化物の回収方法についても、特に制限はなく、慣用の静電捕集器やフィルター捕集器などを用いることができる。また、生成した粒子をガラスなどの基板に吹き付けて捕集することや、基板を加熱して基板上で熱分解反応を進行させ、硫化物の薄膜として捕集することも可能である。
【0016】
本発明により得られる金属硫化物は、金属硝酸塩を原料とした場合と比較して酸化が抑制されている。酸化の進行の程度は、得られた金属硫化物から100℃の熱水によって抽出される硫酸イオン量を、陰イオンクロマトグラフを用いて定量することによって確認することができる。本発明の方法によれば、得られた硫化物中の硫酸イオンは1000ppm以下である。
【実施例】
【0017】
以下に、本発明に従い硫化亜鉛及び硫化亜鉛系蛍光体を製造する実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲から逸脱することなく実施例に適宜修正ないし変更を加えてよいことは当業者には容易に理解されるはずである。下記の実施例において、硫化物中の硫酸イオン濃度を求めるために、ダイオネクス社製イオンクロマトグラムDX−120を使用した。
蛍光性の有無は、紫外線ランプを用いて紫外光(波長360nm)を試料に直接照射し、目視観察によって確認した。
【0018】
実施例1:ギ酸亜鉛二水和物9.6g(0.05モル)とチオ尿素15.2g(0.2モル)をイオン交換水1リットルに溶解した。この溶液から、超音波振動子によって液滴を発生させ、500℃に加熱した管状炉(40mmφ×120cm)に流量8L/分の窒素を用いて液滴を導入した。得られた粒子をフィルター捕集器で捕集し、抽出される硫酸イオン濃度を測定したところ、835ppmであった。
【0019】
比較例1:実施例1において、ギ酸塩の代わりに硝酸亜鉛六水和物14.9g(0.05モル)とチオ尿素15.2g(0.2モル)をイオン交換水1リットルに溶解した。この溶液から、実施例1と同様に硫化亜鉛を合成し、得られた硫化亜鉛から抽出される硫酸イオン濃度を測定したところ、1.6%であった。
【0020】
実施例2:ギ酸亜鉛二水和物9.6g(0.05モル)とチオ尿素15.2gをイオン交換水1リットルに溶解し、発光中心として酢酸銅(II)一水和物9.2mg、塩化ガリウム1.2mgを添加した。この溶液から超音波振動子によって液滴を発生させ、800℃に加熱した管状炉(40mmφ×120cm)に流量8L/分の窒素を用いて液滴を導入した。得られた粒子をフィルター捕集器で捕集し、抽出される硫酸イオン濃度を測定したところ592ppmであり、紫外線照射により発光を示した。
【0021】
比較例2:実施例2において、ギ酸亜鉛の代わりに硝酸亜鉛六水和物14.9g(0.05モル)とチオ尿素15.2gをイオン交換水1リットルに溶解し、発光中心として硝酸銅(II)三水和物11.1mg、硝酸ガリウムn水和物2.8mgを添加した。この溶液から実施例2と同様に硫化亜鉛を合成し、得られた硫化亜鉛から抽出される硫酸イオン濃度を測定したところ、1115ppmであった。本サンプルは、紫外線照射により発光を示さなかった。
【0022】
本発明による硫化亜鉛系蛍光体の結果を表1にまとめる。
【表1】

表1から、本発明の方法に相当する実施例1、2では、生成物から抽出された硫酸イオン濃度が、比較例1、2の場合よりも明らかに低いことが分かる。比較例では、従来方法に従い、噴霧熱分解法に使用する原料溶液の調製に際し硝酸塩を使用しているのに対し、実施例では、硝酸塩の代わりにギ酸塩を使用したことにより熱分解の過程で酸化性物質が高濃度に生成することがなかったために、硫化亜鉛中の硫黄分の硫酸イオンへの酸化が著しく抑制されたものと考えられる。
残留硫酸イオン濃度と生成物の蛍光特性との関係を検討するために、原料溶液中に発光中心金属として作用する付活元素を添加した実施例2と比較例2を比較すると、硫酸イオン濃度が低い実施例2では蛍光発光が観察されたが、比較例2では蛍光発光は観察されなかった。このことから、金属硫化物の酸化を抑制したことによって、金属硫化物の蛍光特性が十分に維持され得ることが確認された。
なお、実施例と比較例の間には、生成物の粒径及び収量並びに反応時間の点で大きな差はなかった。
以上のことから、ギ酸塩は、硝酸塩に比べて、噴霧熱分解法を用いた金属硫化物の製造に有利に使用できる金属塩であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の金属硫化物粒子の製造方法によれば、生成物の酸化による品質の劣化(半導体特性の著しい低下)を抑制することが可能になり、高品質の金属硫化物半導体粒子を提供することができるため、産業上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種の金属塩と少なくとも一種の硫黄化合物を含む溶液を液滴化し、液滴を加熱し、これにより金属塩及び硫黄化合物を熱分解させつつ反応させて金属硫化物を得る方法であって、熱分解によって酸化性物質を発生しない金属塩を用いることを特徴とする金属硫化物の製造方法。
【請求項2】
前記金属塩がカルボン酸塩である請求項1記載の金属硫化物の製造方法。
【請求項3】
前記金属塩がギ酸塩又はシュウ酸塩である請求項1記載の金属硫化物の製造方法。
【請求項4】
前記金属塩が亜鉛、銅、マンガン、銀、金、イリジウム、ガリウム、マグネシウム及びアルミニウムから選択される少なくとも1種の金属元素を含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の金属硫化物の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法によって得られる金属硫化物からなる硫化物蛍光体であって、熱水によって抽出される金属硫化物中の硫酸イオン濃度が1000ppm以下である硫化物蛍光体。

【公開番号】特開2009−196831(P2009−196831A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38205(P2008−38205)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(506297717)クラレルミナス株式会社 (20)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)