説明

金属粉末射出成形法による鋏の指環部材の製造方法

【課題】MIM成形を理美容鋏の指環部材の製造に適用しても、指環部材に要求される機能を充分に発揮させられる製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】すなわち、金属粉末と有機バインダーとを含む成形材料を用いて、指環部材となるモールド型内に射出成形する金属粉末射出成形法において、金属粉末が、炭素を0.15wt%以下でありかつ銅を2.00〜5.00wt%含むことを特徴とする理美容鋏の指環部材を製造する。本発明に係る製造方法によれば、理美容鋏の指環部材として適度な硬さと柔軟性を有する成形体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、理美容鋏の製造方法に関するものであり、さらに詳しくは、理美容鋏が刃部材と指環部材とが脱着可能な接合構造である場合において、特に金属粉末射出成形法を適用するのに好適な金属粉末を特徴とする指環部材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
理美容鋏は通常の鋏と同様に一端に指環部を設けた刃体を交叉して該交叉部を枢着してなるもので、切れ味向上や髪を梳くなどのために刃部を対象とした開発が行われたり、回動の中心である枢着部を対象として開発が行われたり、或いは指が接触する指環部、指あて等を対象として開発が行われている。理美容鋏と通常の鋏との大きな相違は、理美容鋏が毎日のように継続使用され、カットの対象もほぼ一定の太さの髪であるという点である。また、髪の様に細くてしなやかな被切断物をカットするためには、刃部材の刃先の切れ味を長期間維持できるだけの強度および耐摩耗性が必要とされる。そのため、硬度の高い材質で形成する必要がある。一方、指環部は指先が接触し刃体の開閉操作の際に指先の皮膚との間で摩擦力を生じるので、刃部材に比較して軟性であり、極端に言えば使用者の指の形状に合わせて変形できる程度のものが好ましいとされる。当然であるが、刃部材と指環部材とでは求められる機能、作用、構造がこのように大きく異なるのである。
【0003】
また、理美容鋏には、直線状の刃を備えるカット鋏や、一方の刃を櫛歯状に形成した梳鋏といった種類があるだけでなく、ヘアーカットスタイル、カット手順、併用する櫛などに合わせて、理美容師が最適なものを自己の好みと経験により選択できるように刃部や指環部の形状も多様にある。そこで、理美容鋏のメーカーでは、顧客たる理美容師の様々なニーズに応じた理美容鋏を提供すべく、予め各種形状の刃部材と指環部材とを半製品の状態で用意しておき、顧客からの注文を受けてからその注文に応じた刃部材と指環部材とを選択して溶接した後、各種加工を行って完成品に仕上げて納入することが行われている。
【0004】
しかしながら完成品に仕上げるまでには、溶接、研削等の加工に時間を要するため、顧客の注文から納入までに時間がかかっていた。また、理美容師にとっては、使い慣れて指先に馴染んだ理美容鋏を使用したいという要望があるにもかかわらず、例えば、鋏の切れ味が低下したときに研ぎ直しを依頼する結果、理美容師は予備の鋏を用意する必要があるとともに、その間は指先に馴染んではいない理美容鋏を使用しなければならなかった。さらに近年では、刃板部や指環部材に模様を付けたり、著名なネーミングを刻印し、或いは宝飾を施すなど単なる理美容鋏から、個性を発揮するファッション性の高い理美容鋏へと変貌しつつある。しかし、刃部材と指環部材とが分離できないとなれば、指環部材に問題がなくても、刃先の再研磨(切れ味の回復)ができなくなった時点で、新しい理美容鋏に交換しなければならないため、ユーザーの要望を充分に満足させることができなかった。
【0005】
そこで、本願発明者は先に、刃部材と指環部材とが、強固に接合可能であるとともに係脱可能な理美容鋏の着脱構造を提案した(特願2006−275148など)。この提案は、従来溶接により接合されていた刃部材と指環部材とを第三の部材となる連結部材を用いて接合するか、或いは刃部材と指環部材のいずれかに形成された継手部によって固定することができるものである。こうして各部材が別個に製造されて、刃部材および指環部材を任意に組み合わせることにより需要者のニーズに柔軟に対応できることとなるのである。
【0006】
ところで、前記刃部材は従来、ステンレスの板材から、刃部の半製品を鍛造で作り出したり、単に型抜きにより得られていたが、より簡易な方法として金属粉末射出成形法(Metal Injection Molding:以下単にMIM成形という)により製造されるようになった(国際公開第2005/077612号参照)。MIM成形は、金属粉末と樹脂またはワックス等のバインダーを混合、混錬して流動性を持たせ、金型内に射出し、バインダーを除去(脱脂工程)した後、焼結して金属製品を製造する技術である。このMIM成形は、古典的な機械加工やダイキャスト、粉末冶金から現在の汎用技術であるロストワックス法の次の世代の金属加工法として近年脚光を浴びているものである。
【0007】
MIM成形に関する技術は各種のものが提案されており、例えば、スチレン−ブタジエン共重合体からなる骨格構造に官能基としてイミニウムイオンを持つ分散剤を、バインダーと金属粉末との合計量に対して1〜10容量%含み、金属粉末の分散性を向上させることによって高い寸法精度で製造することができることとしたもの(特開平5−125403号)。ニッケル基自溶合金で構成された金属粉末を用いて、高硬度で耐摩耗性に優れ、製造が容易なMIM成形を提供するもの(特開2000−96101号)。MIM成形時に結合材を除去する工程で成形体の変形を防止することを目的として、初期の約5vol%の結合材が残さとして成形体内に残るようにしたもの(特開2001−152205号)などがある。
【0008】
MIM成形の特徴は、高精度の製造が可能で、金属の部品がプラスチックと同じ成形感覚で作ることができるので、大量生産ができるものである。また、切削などの後工程も殆ど必要なく、材料の無駄がない環境に優しい製造方法でもある。このMIM成形は焼結して金属製品を製造する技術であり、特に刃物用金属粉末の化学的組成として炭素をある程度(通常0.6〜1.5wt%)含有することが一般的である。
【0009】
MIM成形は、金属粉末から製造するということ、樹脂またはワックス等の結合剤は途中の工程で除去されることから、収縮することは容易に理解できる。このため、成形体の寸法は、脱脂、焼結の工程における収縮分を見込んで決定されるが、製造する金属製品が複雑な形状を有していたり、微細な構造を有するものである場合、各固体間での収縮のバラツキや、同一固体内の各部位での収縮のバラツキが大きくなり易く、刃部材のように2次元的な平坦形状の製造方法に適用することは好適であるものの、指環部材のように三次元的な形状の製造方法としては適していない(特表2002−501631号)とされている。また、基本的に焼結によるので焼結後の相対密度が95%以上となって硬度が非常に高くなり、高硬質であるべき刃部材には適していても、指先の形状にある程度合わせて変形可能な柔軟性が必要とされる指環部材には適していないのである。従って、従来の理美容鋏の各部材の製造方法の常識としては、刃部材にはMIM成形を、指環部材にはロストワックス法が適用されているのである。
【0010】
指環部材に適用されるロストワックス法は、以下の通りである。まず製品設計の後に金型で製品の型を形成し、そこにワックスを注入して製品と同じ形状のワックスを作成する。ワックスをツリー状に組立て、スラリータンク内にどぶづけしサンディングして乾燥させるというコーティング作業の繰り返しにより、シェル(鋳型)を厚くする。次にツリーを加熱してワックスを溶かし出し、鋳型を高温で焼成してセラミック鋳型を作る。この鋳型に溶解したステンレスを注湯(鋳込)して、製品形状にしたのち製品を取り出し、さらに熱処理して酸洗などを経て最終製品を得ることができるものである。このロストワックス法の特徴は高温に焼成された鋳型にステンレスを鋳込むため、湯流れが良く、薄肉に製造できるので製品重量の軽量化が図れること、完成品と殆ど同じ形状・寸法のワックス型を使うので、精度の高い素材が得られること。圧延品や鍛造品などのように圧力が加えられていないので、材料強度の方向性がなく、硬度が高いものや粘りのあるものなど機械加工が難しい材質でも容易に成形できることなどである。
【0011】
前記のように、刃部材はMIM成形で、指環部材はロストワックス法で製造することは、製造業者にとって両方の設備投資が必要になるというやっかいな問題を有する。どちらか一方の方法で両部材が製造できれば、他方の設備投資を必要としないので、製造コスト削減に有効となるからである。しかし、理美容鋏の各部材に求められる用途・機能の違いによって、用いる金属材料が異なると、どうしても前記2通りの方法で個々に製造せざるを得ず、一品製作的な理美容鋏の業界においては、ある程度やむをえないとして許容されてきたのである。
【特許文献1】国際公開第2005/077612号
【特許文献2】特開平5−125403号
【特許文献3】特開2000−96101号
【特許文献4】特開2001−152205号
【特許文献5】特表2002−501631号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる従来技術の問題点に鑑みてなされたもので、MIM成形を理美容鋏の指環部材の製造に適用しても、指環部材に要求される機能を充分に発揮させられる高品質の製造方法を提供しようとするものである。さらに、理美容師の個性を重要視したデザインの付与や、原材料の無駄や設備投資の削減、刃部材だけでなく指環部材も量産できる方法を提供せんとするものでもある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の製造方法は、二本の刃体を枢着した理美容鋏に対して脱着可能である柄部と指環部を備えた指環部材の製造方法であって、金属粉末と有機バインダーとを含む成形材料を用いて、指環部材となるモールド型内に射出成形する金属粉末射出成形法において、金属粉末が、炭素を0.15wt%以下(好ましくは0.07wt%以下)であり、かつ銅を2.00〜5.00wt%含むことを特徴とする。銅を含むことにより析出硬化特性を持たせた粉末が意外にもMIM成形によると、得られた成形品の軟性が理美容鋏の指環部材として非常に適していることが判った。なお析出硬化とは、一般の炭素鋼の焼入(炭素が一定以上含まれる鋼をオーステナイト化温度以上に加熱し、急速冷却することにより鋼の硬度を上げる操作を言いう。非常に硬いが脆い。)とは違い、含まれる合金成分を析出させることによって硬くする処理のことである。この析出硬化の前に固溶化処理(鋼を1000〜1200℃程度に加熱後、急冷する操作を言う。溶体化処理とも呼ぶ。)が必要である。
【0014】
また、本発明の製造方法は、前記金属粉末が、ニオブまたはタンタルの少なくとも一方を0.15〜0.45wt%を含み、ケイ素を1.00wt%以下、マンガンを1.00wt%以下、リンを0.04wt%以下、硫黄を0.03wt%以下、ニッケルを3.0〜5.0wt%、クロムを15.5〜17.5wt%含む、析出硬化系ステンレスであることを特徴とする。ニオブとタンタルは化学的にほとんど同じ性質であり、融点が非常に高く、耐食性、加工性に優れる。
【0015】
さらに、前記金属粉末と有機バインダーの重量比率が100:7〜100:15であることを特徴とする。これにより射出成形時の流動性を確保し、金属粉末を均一に分散することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る製造方法によれば、理美容鋏の指環部材として適度な硬さと柔軟性を有する成形体を得ることができる。指環部材は、理美容師の指先に直接接触する部分であるため、本来は各理美容師の指先の形状・大きさ・接触する位置などの諸条件を考慮して1品ごとにオーダーメードの感覚で作成されることが好ましいが、本発明の指環部材は適度な柔軟性によりある程度変形可能であり、所謂量産品として製造されても、各理美容師の手に渡った後に自分の好みに応じた形態へと修正することができる。また、刃部材と同様の製造方法によって、両部材が得られるから製造に係るコストを下げることができ、精度良く生産できるので組み合わせる刃部材との接合に際しても、良好な固定力を得ることができるのである。
【0017】
また炭素含有量が少ない析出硬化系ステンレスは、従来のロストワックス法に適当な材料であり、得られる製品のロックウェル硬度(HRC)は40前後で、硬すぎてとても理美容鋏の指環部材には適さないと考えられていた材料である。しかし、本発明のMIM成形を適用することによって、有機バインダーが密度を適当に調整する結果、HRCが30前後に低下して丁度適当な硬さの指環部材が得られるものである。
【0018】
そして有機バインダーが金属粉末を均一に分散し、射出成形に必要な流動性を付与するので、理美容師の要望に応じた形状のデザインを施したり、成形品の精度、機械的強度に優れた、高品質の指環部材が得られる。また、ロストワックス法よりも最初に得られる成形品の表面状態が良いので、最終仕上げに費やす時間も短くて済むのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下本発明の製造方法について詳細に説明する。
【0020】
図1は本発明のMIM成形による製造方法の第一実施形態を示す工程図である。図1に示すように、理美容鋏の指環部材となる析出硬化系ステンレスの金属粉末と、プラスチック粒による有機バインダーとを混錬(S1)してコンパウンドを造粒する。このコンパウンド中では、金属粉末が均一に分散している。金属粉末と有機バインダーとは、互いに化学反応しないものであるのが好ましい。
【0021】
金属粉末を構成する金属の化学的組成は、炭素を0.15wt%以下(好ましくは0.07wt%以下)でありかつ銅を2.00〜5.00wt%含むことを特徴とする。また、ニオブまたはタンタルの少なくとも一方を0.15〜0.45wt%含み、ケイ素を1.00wt%以下、マンガンを1.00wt%以下、リンを0.04wt%以下、硫黄を0.03wt%以下、ニッケルを3.0〜5.0wt%、クロムを15.5〜17.5wt%含み、残りの成分が鉄と不可避的不純物からなる析出硬化系ステンレスである。例えばSUS630やSUS631(いずれもJIS規格品)が好ましい。
【0022】
この金属粉末の平均粒径は、特に限定されないが、0.1〜50μmであるのが好ましく、より好ましくは0.5〜30μmであり、1.0〜20.0μmであるのがさらに好ましい。平均粒径が前記100μmより大きくなると、混錬時、射出成形時におけるコンパウンドの流動性が低くなり、あるいは均一に混錬できなくなる。また、平均粒径が前記1μm未満であると、コンパウンドの流動性を確保するのに必要な有機バインダーの量が増え、脱脂、焼結時に変形し易く寸法安定性が低下する可能性がある。また、金属粉末の活性が高くなるので、発火等の危険性が高くなるおそれもある。
【0023】
なお、金属粉末の製造方法については、アトマイズ法、メルトスピニング法、回転電極法、機械プロセス法、科学プロセス法などにより製造されたものを用いることができる。
【0024】
金属粉末と有機バインダーとの混錬は、重量比率が100:7〜100:15が適当である。金属粉末の含有量が前記比率より大きくなると、有機バインダーの種類によってはコンパウンドの流動性が低下し、射出成形性が悪くなる傾向がある。また金属粉末の含有量が前記比率より小さいと、得られる製品の空孔率が大きくなり、機械的強度、寸法安定性が低下する傾向がある。
【0025】
有機バインダーとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリブチルメタクリレート等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエーテル、ポリビニルアルコール等の各種樹脂や、ワックス、パラフィン、高級脂肪酸、高級アルコール、高級脂肪酸エステルなどが挙げられ、これらのうち1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0026】
さらに、可塑剤、酸化防止剤、脱脂促進剤、界面活性剤などの各種添加物を必要に応じて添加することもできる。
【0027】
混錬条件は、用いる金属粉末の化学的組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件により異なるが、その一例を挙げれば、混錬温度:100〜250℃程度、混錬時間:10〜180分程度とすることができる。コンパウンドは、必要に応じてペレット化される。該ペレットの粒径は、例えば、0.5〜20mm程度とされる。
【0028】
次いで、図示しない金型を準備し、前記により得られたコンパウンドまたは造粒されたペレットを用いて、射出成形機により射出成形(S2)し、図2に示すような指環部材100の半製品を射出成形する。この金型内の形状は、以後の脱脂および焼結(S3)による収縮分を見込んで設計されることは言うまでもないことである。
【0029】
射出成形の成形条件についても、前記同様に用いる金属粉末の化学的組成や粒径、有機バインダーの組成、およびこれらの配合量等の諸条件により異なるが、例えば、コンパウンドの溶融温度が好ましくは100〜250℃程度、射出圧力は、好ましくは20〜150kgf/cm2程度とされる。指環部材の成形体は一つまたは複数を同時に行ってもよい。当然のことであるが、金型内にはコンパウンドが均一に充填されるように、指環部材の形状が配置されている。指環部材の金型空間に対するゲート位置は、好ましくは指環部と柄部との連結部の位置に構成するものが望ましい。これにより、その全体の重心位置から射出することができ均一な充填が可能となるからである。なお、指環部材は図2に示すように一端に円環状の指先挿入部を有し、他端が別途形成される刃部材との接合部を構成するので、これらの位置にゲートを形成することは望ましいものではない。
【0030】
金型の構造設計により、こうして得られる射出成形体は、目的とする指環部材を複数個同時に成形することもできる。その場合には、各金型内の内部空間配置をコンパウンドの溶融体が均一に流れ、各空間を充分に満たすように設計する。例えば、複数の指環部材が射出ゲートの軸に対して円筒上に並ぶように配置することが好ましい。
【0031】
前記工程(S2)で得られた射出成形体を型から取り出して、脱脂(脱バインダー)処理(S3)を施し、脱脂体を得る。この脱脂処理前に、目的とする指環部材に不要な部分(例えばランナー部分や、バリなど)は、切削加工、機械加工、レーザー加工、エッチング処理などにより除去することが望ましい。脱脂処理は特に限定されることはなく、非酸化性雰囲気、例えば真空または減圧状態下(例えば、1×10-1〜1×10-5Torr)、あるいは窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス中で、加熱処理を行うことにより可能である。この場合の処理条件は、有機バインダーの分解温度等により異なるが、好ましくは温度200〜600℃程度で0.5〜60時間程度、さらに好ましくは温度300〜400℃程度で1〜24時間程度である。
【0032】
このような脱脂処理は、複数の工程に分けて行うことが可能である。例えば、低温側で処理した後、高温側で処理するとか、徐々に昇温させつつ、バインダーの分解温度で長時間保持するなど、射出成形体から脱脂体への収縮が均一かつ脱脂体に変形や応力が生じないようにすることが肝心である。こうした加熱以外の脱脂処理としては、用いる有機バインダーの種類にもよるが、良溶媒にて除去する方法も考えられる。但し、脱脂処理が不完全となり、指環部材として脆いものとなる可能性もあるため留意すべきである。
【0033】
以上のようにして得られた脱脂体を焼結炉で焼成して焼結(S4)し、目的とする指環部材を得る。この焼結により、金属粉末は、拡散、粒成長して、全体として緻密な焼結体となる。焼結時における焼結温度は、金属粉末の種類・組成等により異なるが、例えば、1000〜1500℃であるのが好ましく、より好ましくは1100〜1300℃である。焼結温度が1000℃未満であると、金属粉末の拡散、粒成長が十分に進行せず、最終的に得られる指環部材内の空孔率が大きくなり、充分な機械的強度が得られない可能性がある。一方、1500℃より高いと、熱変形により、最終的に得られる指環部材の寸法精度が低下する傾向がある。なお、熱処理においては金属の酸化を防止するために非酸化性雰囲気下で行うのが望ましい。また焼結を減圧状態下、例えば1Torr以下(より好ましくは1×10-1〜1×10-6Torr)で行うこと、あるいは窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガス中で、加熱処理を行うことにより可能である。
【0034】
焼結処理の時間は、前記同様、用いられる金属粉末の種類等により任意に設定すればよいが、一般的には1〜74時間程度であり、より好ましくは10〜30時間程度である。焼結処理も前記脱脂処理と同様に、複数の工程に分けたり、特定の温度である程度の保持時間を持ちつつ徐々に昇温させることが可能である。
【0035】
こうして得られた焼結体を、そのまま指環部材として商品とすることも可能であり、所望により表面研磨や表面処理(例えば金メッキ、クロムメッキなどの金属メッキ処理や、イオンプレーティングやスパッタリングなどの物理的蒸着処理)を加えてもよい。また、従来技術にあるように別途製造された刃部材とを溶接等により接合して一体の製品とすることも無論可能である。さらに、MIM成形による製造は、金属粉末と有機バインダーとの配合を調整することにより得られる指環部材の硬度を微妙に調節できるので、特に動刃側に接合される指環部材と、静刃側に接合される指環部材とで、動刃側の指環部材を他方に比べて硬くしてより使用感に優れた理美容鋏を得ることもできるのである。
【0036】
以下に本発明の実施例を図に基づいて説明する。
【実施例1】
【0037】
図2には、実施例1に係る理美容鋏の指環部材100が示されており、図3には、該指環部材100と刃部材120を有する理美容鋏10が示されている。図3に示すように理美容鋏10は、2本の刃部材120がボルト300によって開閉自在に枢着されている。またこの理美容鋏10は、指環部100が連結部材130によって連結される構造となっている。連結される状態を示したのが図4に示されている。刃部材120には、枢着部123、継手収容部124が形成されていることが示され、指環部材110に形成された継手凸部113を収容する。継手収容部124は継手部材113が差し込まれて指環部材110との接合を担う部分であり、その内部形状は、継手凸部113の形状に対応するように形成されている。連結部材130は、指環部材110に形成される継手凸部113を、刃部材120に形成される継手収容部124に差し込んだ状態で、指環部材110と刃部材120との間に掛け渡すようにして取着されて、継手凸部が継手収容部から離脱することを防止するとともに、指環部材を密着させる機能を備えるものである。
【0038】
図2の指環部材100は、指環部111と柄部112とからなり、柄部112の端面112aには継手凸部113が突出して設けられるとともに、柄部112の平面112b上には、指環部材側の係止部115が設けられている。このような形状の指環部材を形成するような金型を予め準備した。
【0039】
平均粒径1〜20μmのSUS630の金属粉末(化学組成;炭素:0.06wt%、ケイ素:0.85wt%、マンガン:0.68wt%、リン:0.03wt%、硫黄:0.01wt%、ニッケル:3.38wt%、クロム:16.2wt%、銅:2.72wt%、ニオブ+タンタル:0.17wt%、残部は鉄)100重量部に対して、(ポリスチレン:40wt%、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA):40wt%およびパラフィンワックス:20wt%から構成される)有機バインダー10重量部と、ジブチルフタレート(可塑剤)2重量部とを混合し、これらを混錬機にて180℃、1時間の条件で混錬した。
【0040】
次に、この混錬物を粉砕、分級して円筒状(径2mm、長さ5mm程度)のペレットとし、該ペレットを用い、射出成形機にてMIM成形を行い、図2に示すような成形体を製造した。
【0041】
前記成形体の寸法は、後の脱脂処理、焼結時での収縮を見込んで成形したものである。射出成形時における成形条件は、金型温度60℃、射出圧力100kg/cm2である。得られた成形体に対して、脱脂炉を用いて脱脂処理を行った。この処理条件は、常圧の窒素雰囲気下で、400℃、1時間保持することにより行った。
【0042】
このような脱脂処理により得られた脱脂体を焼結(条件:常圧のアルゴンガス雰囲気下で1250℃、24時間)した。このようにして得られた焼結体(指環部材)の硬度は、HRC=26であった(ちなみに、同じ金属材料でロストワックス法により指環部材を成形するとHRC=36である。)。得られた指環部材は、理美容師ごとに手指の大きさや太さ形状などが異なっていても、ある程度の柔軟性によって、自分に合った形状へ変形することが可能であった。
(比較例1)
【0043】
金属粉末として前記SUS630に換えて、平均粒径1〜20μmのSUS304(従来の指環部材で一般的に使用されている材料)の金属粉末(化学組成;炭素:0.06wt%、ケイ素:1.20wt%、マンガン:1.62wt%、リン:0.03wt%、硫黄:0.01wt%、ニッケル:8.85wt%、クロム:18.6wt%、残部は鉄)を用いた他は、実施例1と同様の処理を行い指環部材を得た。
【0044】
この指環部材の硬度は、ロックウェル硬度(HRC)が測定不能であった。得られた指環部材は、かなり曲がりやすいものであり、毎日継続的に使用する理美容鋏としては問題があるものであった。すなわち、経時的に変形するおそれがあるために、太めに形成する必要があり、その結果重量が増すこととなるため、ハンドリング性が劣ることになる。
(比較例2)
【0045】
金属粉末として前記SUS630に換えて、平均粒径1〜20μmのSUS440(従来の刃部材で一般的に使用されている材料)の金属粉末(化学組成;炭素:0.98wt%、ケイ素:0.46wt%、マンガン:0.44wt%、リン:0.03wt%、硫黄:0.003wt%、クロム:17.2wt%、モリブデン:0.3wt%、残部は鉄)を用いた他は、実施例1と同様の処理を行い指環部材を得た。
【0046】
この指環部材の硬度は、HRC=58であった。(もともと刃部材の材料であるから)当然ではあるが、炭素を含有することによって得られた指環部材は、非常に硬質であって、各理美容師の手指に合わせて微妙な調整ができるようなものではなかった。また、炭素が含まれているので、指環部材に使用すると錆びの心配があるものであった。
【実施例2】
【0047】
図5は、実施例2に係る指環部材115と、刃部材125が示されている。該指環部材115と、刃部材125との連結の方式が前記実施例とは異なるものである。すなわち実施例1で示すような連結部材130を使用せず、充分な接合状態を保てるように、図6に示すような継手部117の構造を有するものである。この継手部117は端面116aから突出して設けられ、ネジ140が挿通されるネジ孔118が形成されるとともに、その両側には可撓部119が突設されており、刃部材125に形成されている継手収容部に収容されて接合を担う。このような形状の指環部材を形成するような金型を予め準備した。
【0048】
平均粒径1〜20μmのSUS630の金属粉末(化学組成;炭素:0.05wt%、ケイ素:0.75wt%、マンガン:0.6wt%、リン:0.02wt%、硫黄:0.01wt%、ニッケル:3.42wt%、クロム:16.7wt%、銅:3.0wt%、ニオブ+タンタル:0.20wt%)100重量部と、(ポリスチレン:40wt%、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA):40wt%およびパラフィンワックス:20wt%から構成される)有機バインダー10重量部と、界面活性剤2重量部とを混合し、これらを混錬機にて180℃、1時間の条件で混錬した。
【0049】
次に、この混錬物を粉砕、分級して円筒状(径2mm、長さ5mm程度)のペレットとし、該ペレットを用い、射出成形機にてMIM成形を行い、図5に示すような成形体を製造した。
【0050】
前記成形体の寸法は、後の脱脂処理、焼結時での収縮を見込んで成形したものである。射出成形時における成形条件は、金型温度50℃、射出圧力120kg/cm2である。得られた成形体に対して、脱脂炉を用いて脱脂処理を行った。この処理条件は、常圧の窒素雰囲気下で、400℃、1時間保持することにより行った。
【0051】
このような脱脂処理により得られた脱脂体を焼結(条件:常圧のアルゴンガス雰囲気下で1250℃、24時間)した。このようにして得られた焼結体の硬度は、HRC=26であった。この程度のHRCを有する指環部材は、理美容師ごとに手指の大きさや太さ形状などが異なっていても、ある程度の柔軟性によって、自分に合った形状へ変形することが可能であった。
【実施例3】
【0052】
図7は、実施例3に係る指環部材160と、刃部材170とを刃裏側から見た図が示されている。図からわかるように、この実施例では蓋部材180が両部材を安定して接合する役割を担っている。この接合構造は図8に拡大して示している。図8に示すように指環部材160には、柄部161の端面から継手部162が突出して設けられている。継手部162は、刃部材170に形成されている継手収容部171に収容されて、刃部材との接合を担う部分である。この継手部162の底面側、すなわち、刃部材と接合したときに、刃裏側に位置する面側には、継手収容部への差し込み方向と直交する方向に沿って形成された係止部169が形成されている。この係止部169は、蓋部180の凸部181が嵌め合わされる部分である。このような形状の指環部材を形成するような金型を予め準備した。
【0053】
平均粒径1〜20μmのSUS630の金属粉末(化学組成;炭素:0.05wt%、ケイ素:0.8wt%、マンガン:0.60wt%、リン:0.02wt%、硫黄:0.01wt%、ニッケル:3.38wt%、クロム:16.2wt%、銅:2.72wt%、ニオブ+タンタル:0.17wt%)100重量部と、(ポリスチレン:40wt%、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA):40wt%およびパラフィンワックス:20wt%から構成される)有機バインダー12重量部とを混合し、これらを混錬機にて160℃、1時間の条件で混錬した。
【0054】
次に、この混錬物を粉砕、分級して円筒状(径2mm、長さ5mm程度)のペレットとし、該ペレットを用い、射出成形機にてMIM成形を行い、図5に示すような成形体を製造した。
【0055】
前記成形体の寸法は、後の脱脂処理、焼結時での収縮を見込んで成形したものである。射出成形時における成形条件は、金型温度100℃、射出圧力90kg/cm2である。得られた成形体に対して、脱脂炉を用いて脱脂処理を行った。この処理条件は、常圧の窒素雰囲気下で、400℃、1時間保持することにより行った。
【0056】
このような脱脂処理により得られた脱脂体を焼結した。このようにして得られた焼結体の硬度は、HRC=26であった。この程度のHRCを有する指環部材は、理美容師ごとに手指の大きさや太さ形状などが異なっていても、ある程度の柔軟性によって、自分に合った形状へ変形することが可能であった。
【0057】
上記実施例1乃至実施例3は、本発明の好適な実施形態を示すに過ぎず、本発明の技術的範囲は、本実施例そのものに何ら限定されるものではなく、本発明の構成を備える範囲内において適宜変更することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明のMIM成形の実施形態を示す工程図である。
【図2】実施例1に係る指環部材を示す平面図である。
【図3】実施例1に係る指環部材を取り付けた理美容鋏を示す平面図である。
【図4】実施例1に係る指環部材と刃部材とを連結部材で接合する様子を示す概略図である。
【図5】実施例2に係る指環部材および、それと組み合わされる刃部材を示す平面図である。
【図6】実施例2に係る指環部材の継手部詳細を示す概略図である。
【図7】実施例3に係る指環部材および、それと組み合わされる刃部材を示す平面図である。
【図8】実施例3に係る指環部材と刃部材とを接合する様子を示す概略図である。
【符号の説明】
【0059】
10 理美容鋏
100、115、160 指環部材
120、125、170 刃部材
130 連結部材
113、117、162 継手部
124、171 継手収容部
180 蓋部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
理美容鋏の刃体に対して脱着可能である柄部と指環部を備えた指環部材の製造方法であって、
金属粉末と有機バインダーとを含む成形材料を用いて、指環部材となるモールド型内に射出成形する金属粉末射出成形法において、
金属粉末が、炭素を0.15wt%以下でありかつ銅を2.00〜5.00wt%含むことを特徴とする理美容鋏の指環部材の製造方法。
【請求項2】
前記金属粉末が、、ニオブまたはタンタルの少なくとも一方を0.15〜0.45wt%含み、ケイ素を1.00wt%以下、マンガンを1.00wt%以下、リンを0.04wt%以下、硫黄を0.03wt%以下、ニッケルを3.0〜5.0wt%、クロムを15.5〜17.5wt%含む、析出硬化系ステンレスである、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記金属粉末と有機バインダーの重量比率が100:7〜100:15である請求項1または2に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−142594(P2009−142594A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−325643(P2007−325643)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(390038209)足立工業株式会社 (24)
【Fターム(参考)】