説明

金属錯体及びその製造方法

【課題】ガス吸着材、ガス吸蔵材及びガス分離材として使用できる金属錯体の提供。
【解決手段】式I


(R〜Rは、H、アルキル基もしくはハロゲン原子を示すか、RとR、RとR、RとR、RとRは一緒になってアルキレン基、オキシアルキレン基またはアルケニレン基を示す。)で表されるジアニオン配位子(I)と、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ni、Pd、Cu、Zn及びCdから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属錯体及びその製造方法に関する。さらに詳しくは、特定のジアニオン配位子と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体及びその製造方法に関する。本発明の金属錯体は、酸素または一酸化窒素などの常磁性ガスを吸着するための吸着材として好ましい。また、本発明の金属錯体は、酸素または一酸化窒素などの常磁性ガスを吸蔵するための吸蔵材としても好ましい。さらに、本発明の金属錯体は、酸素または一酸化窒素などの常磁性ガスを分離するための分離材としても好ましく、特に、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素などの常磁性ガスの分離材として好ましい。
【背景技術】
【0002】
これまで、脱臭、排ガス処理などの分野で種々の吸着材が開発されている。活性炭はその代表例であり、活性炭の優れた吸着性能を利用して、空気浄化、脱硫、脱硝、有害物質除去など各種工業において広く使用されている。近年は半導体製造プロセスなどへ窒素の需要が増大しており、かかる窒素を製造する方法として、分子ふるい炭を使用して圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により空気から窒素を製造する方法が使用されている。また、分子ふるい炭は、メタノール分解ガスからの水素精製など各種ガス分離精製にも応用されている。
【0003】
圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により混合ガスを分離する際には、一般に、分離吸着材として分子ふるい炭やゼオライトなどを使用し、その平衡吸着量または吸着速度の差により分離を行っている(例えば、非特許文献1参照)。しかしながら、平衡吸着量の差によって混合ガスを分離する場合、これまでの吸着材では除去したいガスのみを選択的に吸着することができないため分離係数が小さくなり、装置の大型化は不可避であった。また、吸着速度の差によって混合ガスを分離する場合、ガスの種類によっては除去したいガスのみを吸着できるが、吸着と脱着を交互に行う必要があり、この場合も装置は依然として大型にならざるを得なかった。
【0004】
一方、より優れた吸着性能を与える吸着材として、外部刺激により動的構造変化を生じる高分子金属錯体が開発されている(非特許文献2、非特許文献3参照)。この新規な動的構造変化高分子金属錯体をガス吸着材として使用した場合、ある一定の圧力まではガスを吸着しないが、ある一定圧を越えるとガス吸着が始まるという特異な現象が観測されている。また、ガスの種類によって吸着開始圧が異なる現象が観測されている。
【0005】
この現象を、例えば圧力スイング吸着方式のガス分離装置における吸着材に応用した場合、非常に効率良いガス分離が可能となる。また、圧力変化に要する時間を短縮することができ、省エネルギーにも寄与する。さらに、ガス分離装置の小型化にも寄与し得るため、高純度ガスを製品として販売する際のコスト競争力を高めることができることは勿論、自社工場内部で高純度ガスを用いる場合であっても、高純度ガスを必要とする設備に要するコストを削減できるため、結局最終製品の製造コストを削減する効果を有する。
【0006】
動的構造変化高分子金属錯体を吸蔵材や分離材に適用した例として、(1)インターデジテイト型の集積構造を有する金属錯体(特許文献1参照)、(2)二次元格子積層型の集積構造を有する金属錯体(特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7参照)、(3)相互貫入型の集積構造を有する金属錯体(特許文献8参照)などが知られている。また、これら以外の集積構造を有する金属錯体も知られている(特許文献9参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−161675公報
【特許文献2】特開2003−275531公報
【特許文献3】特開2003−278997公報
【特許文献4】特開2005−232222公報
【特許文献5】特開2004−74026公報
【特許文献6】特開2005−232033公報
【特許文献7】特開2005−232034公報
【特許文献8】特開2003−342260公報
【特許文献9】特開2008−247884公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】竹内雍監修「最新吸着技術便覧」第1版、株式会社エヌ・ティー・エス出版、pp.84−163
【非特許文献2】植村一広、北川進、未来材料12月号第44巻(2002)
【非特許文献3】松田亮太郎、北川進、Petrotec、第26巻2号97〜104頁(2003)
【0009】
しかしながら、これらの金属錯体はガス種により吸着開始圧が異なることを特徴とするが、二酸化炭素などの吸着開始圧が低いガスが共存する状況で酸素などの吸着開始圧が高いガスを選択的に吸着することはできなかった。特に、常磁性ガスを選択的に分離する技術は知られていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、常磁性ガスの吸着材、常磁性ガスの有効吸蔵量が大きいガス吸蔵材及び従来よりも優れた常時性ガス分離材として使用できる金属錯体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討し、特定のジアニオン配位子と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体により、上記目的を達成することができることを見出し、本発明に至った。
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下のものが提供される。
(1)下記一般式(I);
【化2】

(式中、R、R、R、R、R、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基もしくはハロゲン原子を示すか、RとR、RとR、RとR、RとRは一緒になってアルキレン基、オキシアルキレン基またはアルケニレン基を示す。)で表されるジアニオン配位子(I)と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。
(2)金属に二座配位可能な有機配位子が1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン、ピラジン、2,5−ジメチルピラジン、4,4'−ビピリジル、2,2’−ジメチル−4,4'−ビピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,2’−ビ−1,6−ナフチリジン、フェナジン、ジアザピレン、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エテン、4,4'−アゾピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エタン、1,2−ビス(4−ピリジル)−グリコール及びN−(4−ピリジル)イソニコチンアミドから選択される少なくとも1種である(1)記載の金属錯体。
(3)金属に二座配位可能な有機配位子がピラジン、4,4'−ビピリジル、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン及びジアザピレンから選択される少なくとも1種である(1)または(2)記載の金属錯体。
(4)金属に二座配位可能な有機配位子が4,4'−ビピリジルである(1)〜(3)のいずれかに記載の金属錯体。
(5)ジアニオン配位子(I)が7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタン ダイマー ジアニオンである(1)〜(4)のいずれかに記載の金属錯体。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の金属錯体からなる吸着材。
(7)該吸着材が、常磁性ガスを吸着するための吸着材である(6)記載の吸着材。
(8)(1)〜(5)のいずれかに記載の金属錯体からなる吸蔵材。
(9)該吸蔵材が、常磁性ガスを吸蔵するための吸蔵材である(8)記載の吸蔵材。
(10)(1)〜(5)のいずれかに記載の金属錯体からなる分離材。
(11)該分離材が、常磁性ガスを分離するための分離材である(10)記載の分離材。
(12)該分離材が、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素を分離するための分離材である(10)記載の分離材。
(13)ジアニオン配位子(I)と、クロム塩、モリブデン塩、タングステン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩、銅塩、亜鉛塩及びカドミウム塩から選択される少なくとも1種の金属塩と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを溶媒中で反応させ、金属錯体を析出させることを特徴とする金属錯体の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、特定のジアニオン配位子と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体を提供することができる。
【0014】
本発明の金属錯体は、常磁性ガスの吸着性能に優れているので、酸素または一酸化窒素などを吸着するための吸着材として使用することができる。
【0015】
また、本発明の金属錯体は、ある一定の圧力まではガスを吸着しないが、ある一定圧を越えるとガス吸着が始まるという特異な吸着挙動を示し、このとき吸脱着等温線がヒステリシスループを描くので、吸着圧と脱着圧を制御することにより、有効吸蔵量が大きい吸蔵材としても使用することができる。吸蔵されるガス種としては、酸素または一酸化窒素などが挙げられる。
【0016】
さらに、本発明の金属錯体は、常磁性ガスを選択的に吸着するので、酸素または一酸化窒素などを分離するための分離材として使用することもでき、特に、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素などの分離材として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】合成例1で得た金属錯体について、容量法で測定した酸素及び一酸化窒素の吸着等温線である。
【図2】合成例1で得た金属錯体について、容量法で測定した酸素及び一酸化窒素の吸脱着等温線である。
【図3】合成例1で得た金属錯体について、容量法で測定した窒素、二酸化炭素及びアルゴンの273Kにおける吸脱着等温線である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の金属錯体は、ジアニオン配位子(I)と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる。
【0019】
本発明の金属錯体を製造するには、ジアニオン配位子(I)と、クロム塩、モリブデン塩、タングステン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩、銅塩、亜鉛塩及びカドミウム塩から選択される少なくとも1種の金属塩と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを、常圧下、溶媒中で数時間から数日間反応させ、析出させて製造することができる。例えば、金属塩の水溶液または有機溶液と、ジアニオン配位子(I)及び該金属に二座配位可能な有機配位子を含有する有機溶液とを、常圧下で混合して反応させることにより、結晶性の良い金属錯体を得ることができる。
【0020】
本発明に用いられるジアニオン配位子(I)は下記一般式(I);
【化3】

で表される。式中、R、R、R、R、R、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基もしくはハロゲン原子を示すか、
とR、RとR、RとR、RとRは一緒になってアルキレン基、オキシアルキレン基またはアルケニレン基を示す。
【0021】
上記アルキル基の炭素原子数は1〜5が好ましい。アルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基などの直鎖または分岐を有するアルキル基が、ハロゲン原子の例としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が、それぞれ挙げられる。また、該アルキル基が有していてもよい置換基の例としては、アルコキシ基(O−アルキル基)、アミノ基、アルデヒド基、エポキシ基、エステル基(COO−アルキル基)、カルボン酸無水物基などが挙げられる。
【0022】
上記アルキレン基の炭素数は、3〜6、好ましくは3〜4である。アルキレン基の炭素数が3〜6の場合、RとR、RとR、RとR、RとRはそれらが結合している炭素原子と一緒になって5〜8員環(シクロペンタン、シクロヘキサン、シクロヘプタン、シクロオクタン)を示す。
上記オキシアルキレン基の炭素と酸素の合計の原子数は、3〜6、好ましくは3〜4である。アルキレン基の炭素と酸素の合計の原子数が3〜6の場合、オキシアルキレン基として、−O−CH−O−、−CH−O−CH−、−O−CH−CH−O−、−O−CH−CH−CH−、−CH−O−CH−CH−、−O−CH−CH−CH−CH−、−O−CH−CH−CH−CH−CH−などが挙げられる。
上記アルケニレン基の炭素数は、3〜6、好ましくは3〜4である。アルキレン基の炭素数が3〜6の場合、RとR、RとR、RとR、RとRはそれらが結合している炭素原子と一緒になって5〜8員環(シクロペンテン、シクロヘキセン(1つの二重結合を有する場合)あるいはベンゼン(2つの二重結合を有する場合)、シクロヘプタン、シクロオクタン)を示す。
また、該アルキレン基、オキシアルキレン基、アルケニレン基が有していてもよい置換基の例としては、アルコキシ基(O−アルキル基)、アミノ基、アルデヒド基、エポキシ基、エステル基(COO−アルキル基)、カルボン酸無水物基などが挙げられる。
【0023】
ジアニオン配位子(I)としては、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンダイマー ジアニオンが好ましい。
【0024】
ジアニオン配位子(I)は、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンアニオンが反応系中で二量化することで得られる。7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンアニオンと二座配位子との混合比率は、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンアニオン:二座配位子=1:5〜8:1のモル比の範囲内が好ましく、1:3〜6:1のモル比の範囲内がより好ましい。これ以外の範囲で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下し、副反応も増えるために好ましくない。
【0025】
金属塩と二座配位子の混合比率は、金属塩:二座配位子=3:1〜1:3のモル比の範囲内が好ましく、2:1〜1:2のモル比の範囲内がより好ましい。これ以外の範囲では目的とする金属錯体の収率が低下し、また、未反応の原料が残留して得られた金属錯体の精製が困難になる。
本発明の金属錯体は、金属塩、二座配位子、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンアニオンが上記の比率で混合された場合、各成分を一定の比率で含む錯体が溶液中から析出する。
【0026】
ジアニオン配位子のモル濃度は、0.001〜0.1mol/Lが好ましく、0.002〜0.02mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では溶解性が低下し、反応が円滑に進行しない。
【0027】
二座配位子のモル濃度は、0.001〜0.1mol/Lが好ましく、0.002〜0.02mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では溶解性が低下し、反応が円滑に進行しない。
【0028】
金属塩としては、クロム塩、モリブデン塩、タングステン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩、銅塩、亜鉛塩及びカドミウム塩から選択される金属塩を使用することができ、亜鉛塩が好ましい。また、これらの金属塩としては、酢酸塩、ギ酸塩などの有機酸塩、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩などの無機酸塩を使用することができる。金属塩のモル濃度は、0.001〜0.1mol/Lが好ましく、0.002〜0.02mol/Lがより好ましい。これより低い濃度で反応を行っても目的とする金属錯体は得られるが、収率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では未反応の金属塩が残留し、得られた金属錯体の精製が困難になる。
【0029】
溶媒としては、有機溶媒、水またはそれらの混合溶媒を使用することができる。具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ジエチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、塩化メチレン、クロロホルム、アセトン、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、水またはこれらの混合溶媒を使用することができる。反応温度としては、253〜373Kが好ましく、常温でも反応する。
【0030】
結晶性の良い金属錯体は、純度が高くて吸着性能が良い。反応が終了したことはガスクロマトグラフィーまたは高速液体クロマトグラフィーにより原料の残存量を定量することにより確認することができる。反応終了後、得られた混合液を吸引ろ過に付して沈殿物を集め、有機溶媒による洗浄後、373K程度で数時間真空乾燥することにより、本発明の金属錯体を得ることができる。
【0031】
以上のようにして得られる本発明の金属錯体においては、ジアニオン配位子(I)のシアノ基の窒素が金属イオン(例えば、亜鉛イオン)に配位してなる一次元鎖が、二座配位子(有機配位子)により連結された二次元シートが形成されている。そして、これらの二次元シートが集積することにより、細孔を有する三次元構造をとる。
【0032】
本発明の金属錯体における三次元構造は、合成後の結晶においても変化できるため、その変化に伴って、細孔の構造や大きさも変化する。すなわち、物質を吸着することで構造的により安定なエネルギー状態を有する細孔構造に変化できる。この構造が変化する条件は、吸着される物質の種類、吸着圧力、吸着温度に依存する。このようにして細孔が大きくなり、大きくなった細孔にガス分子が吸着される。吸着された物質が脱着した後は、元の構造に戻るので、細孔の大きさも元に戻る。
ただし、これらは吸着メカニズムの単なる推定である。つまり、前記メカニズムに従っていない場合でも、本発明で規定する要件を満足するのであれば、本発明の技術的範囲に包含される。
【0033】
本発明の金属錯体は、一定の圧力になると急に吸着が始まり、瞬時に最大吸着量に達する。吸着の開始圧力は、吸着される物質の種類または吸着温度により異なる。
例えば、酸素を77Kで吸着する場合、相対圧力0.32までは酸素を吸着しないが、相対圧力0.32を超えるとガス吸着が始まる。また、一酸化窒素を121Kで吸着する場合、相対圧力0.13までは一酸化窒素を吸着しないが、相対圧力0.13を超えるとガス吸着が始まる。
【0034】
吸着されるガスとしては常磁性ガスが挙げられるが、例えば、酸素または一酸化窒素などを挙げることができる。
【0035】
また、本発明の金属錯体は、一定の圧力になると急に吸蔵が始まり、瞬時に最大吸蔵量に達する。吸蔵の開始圧力は、吸蔵される物質の種類または吸蔵温度により異なる。脱着時にヒステリシスを示すので、有効吸蔵量が大きい吸蔵材として好ましい。
【0036】
吸蔵されるガスとしては常磁性ガスが挙げられるが、例えば、酸素または一酸化窒素などを挙げることができる。
【0037】
さらに、本発明の金属錯体は、常時性ガスを選択的に吸着することができるので、酸素または一酸化窒素などを分離するための分離材としても好ましく、特に、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなど)中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素(メタン、エタン、エチレン、アセチレンなど)中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素などを、圧力スイング吸着法や温度スイング吸着法により分離するのに適している。
【0038】
実施例
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
吸脱着等温線の測定
自動ガス吸着量測定装置を用いて容量法で測定を行った。測定条件の詳細を以下に示す。
<分析条件>
装置:日本ベル株式会社製BELSORP−18PLUS
平衡待ち時間:500秒(二酸化炭素・窒素)
1,200秒(酸素・一酸化窒素・アルゴン)
【0040】
合成例1:
窒素雰囲気下、硝酸亜鉛六水和物30mg(0.1mmol)をメタノール10mLとベンゼン10mLの混合溶媒に溶解させた(A液)。
次に、窒素雰囲気下、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンリチウム塩21mg(0.1mmol)と4,4’−ビピリジル16mg(0.1mmol)をメタノール10mLとベンゼン10mLの混合溶媒に溶解させた(B液)。
窒素雰囲気下、A液の上部にB液を293Kで静かに加えて二層を形成させ、三日間静置した。生成した緑色の結晶を濾別し、ベンゼンを包摂した目的の金属錯体の単結晶を得た。単結晶X線構造解析結果を以下に示す。
Orthorhombic(Pccm)
a=11.371(3)Å
b=12.656(3)Å
c=14.765(4)Å
V=2124.7(9)Å
Z=2
R1=0.053
Rw=0.057
合成例2:
窒素雰囲気下、硝酸亜鉛六水和物297mg(1mmol)をメタノール50mLとベンゼン50mLの混合溶媒に溶解させた(C液)。
次に、窒素雰囲気下、7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタンリチウム塩442mg(2mmol)と4,4’−ビピリジル156mg(1mmol)をメタノール50mLとベンゼン50mLの混合溶液に溶解させた(D液)。
窒素雰囲気下、293KでC液にD液を30分かけて滴下し、滴下終了後1時間攪拌した。吸引濾過の後、ベンゼンを包摂した目的の金属錯体747mg(収率93%)を得た。このとき、得られた結晶の粉末X線回折パターンと合成例1の単結晶X線構造解析結果から得られるX線回折シミュレーションパターンの比較結果と元素分析結果から、目的の金属錯体であることを確認した。元素分析結果を以下に示す。
組成式:C43H25N10Zn
理論値:C:69.17% H:3.37% N:18.75%
実測値:C:68.48% H:3.58% N:18.65%
【0041】
実施例1:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、酸素の77Kにおける吸着等温線を容量法により測定した。結果を図1に示す。
【0042】
実施例2:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、一酸化窒素の121Kにおける吸着等温線を容量法により測定した。結果を図1に示す。
図1より、本発明の金属錯体が常磁性ガスの吸着材として優れていることは明らかである。
【0043】
実施例3:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、酸素の77Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した。結果を図2に示す。
【0044】
実施例4:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、一酸化窒素の121Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した。結果を図2に示す。
図2より、本発明の金属錯体が常磁性ガスの吸蔵材として優れていることは明らかである。
【0045】
比較例1:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、窒素の77Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した。結果を図3に示す。
【0046】
比較例2:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、二酸化炭素の195Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した。結果を図3に示す。
【0047】
比較例3:
合成例1で得た金属錯体について、10kPa、400Kで包摂しているベンゼンを除去した後、アルゴンの87Kにおける吸脱着等温線を容量法により測定した。結果を図3に示す。
図2と図3の比較から、本発明の金属錯体が常磁性ガスの分離材として優れていることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の金属錯体は、常磁性ガスを吸着するので、酸素または一酸化窒素などを吸着するための吸着材としても好ましく、ガス吸着装置の小型化に貢献できる。また、本発明の金属錯体は、有効吸蔵量が大きいので、酸素または一酸化窒素などの吸蔵材として好ましく、ガス貯蔵装置の小型化に貢献できる。さらに、本発明の金属錯体は、常磁性ガスを選択的に吸着することができるので、酸素または一酸化窒素などを分離するための分離材としても好ましく、ガス分離装置の小型化に貢献できる。特に、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素などの分離材として好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I);
【化1】

(式中、R、R、R、R、R、R、R及びRはそれぞれ同一または異なって水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基もしくはハロゲン原子を示すか、RとR、RとR、RとR、RとRは一緒になってアルキレン基、オキシアルキレン基またはアルケニレン基を示す。)で表されるジアニオン配位子(I)と、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、銅、亜鉛及びカドミウムから選択される少なくとも1種の金属と、該金属に二座配位可能な有機配位子とからなる金属錯体。
【請求項2】
金属に二座配位可能な有機配位子が1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン、ピラジン、2,5−ジメチルピラジン、4,4'−ビピリジル、2,2’−ジメチル−4,4'−ビピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン、2,2’−ビ−1,6−ナフチリジン、フェナジン、ジアザピレン、トランス−1,2−ビス(4−ピリジル)エテン、4,4'−アゾピリジン、1,2−ビス(4−ピリジル)エタン、1,2−ビス(4−ピリジル)−グリコール及びN−(4−ピリジル)イソニコチンアミドから選択される少なくとも1種である請求項1記載の金属錯体。
【請求項3】
金属に二座配位可能な有機配位子がピラジン、4,4'−ビピリジル、1,2−ビス(4−ピリジル)エチン、1,4−ビス(4−ピリジル)ブタジイン、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼン、3,6−ジ(4−ピリジル)−1,2,4,5−テトラジン及びジアザピレンから選択される少なくとも1種である請求項1または2記載の金属錯体。
【請求項4】
金属に二座配位可能な有機配位子が4,4'−ビピリジルである請求項1〜3のいずれかに記載の金属錯体。
【請求項5】
ジアニオン配位子(I)が7,7,8,8−テトラシアノ−p−キノジメタン ダイマー ジアニオンである請求項1〜4のいずれかに記載の金属錯体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の金属錯体からなる吸着材。
【請求項7】
該吸着材が、常磁性ガスを吸着するための吸着材である請求項6記載の吸着材。
【請求項8】
請求項1〜5いずれかに記載の金属錯体からなる吸蔵材。
【請求項9】
該吸蔵材が、常磁性ガスを吸蔵するための吸蔵材である請求項8記載の吸蔵材。
【請求項10】
請求項1〜5いずれかに記載の金属錯体からなる分離材。
【請求項11】
該分離材が、常磁性ガスを分離するための分離材である請求項10記載の分離材。
【請求項12】
該分離材が、二酸化炭素中の酸素、水素中の酸素、空気中の酸素、希ガス中の酸素、炭素数1〜4の炭化水素中の酸素、水蒸気中の酸素または排気ガス中の一酸化窒素を分離するための分離材である請求項10記載の分離材。
【請求項13】
ジアニオン配位子(I)と、クロム塩、モリブデン塩、タングステン塩、マンガン塩、鉄塩、ルテニウム塩、コバルト塩、ロジウム塩、ニッケル塩、パラジウム塩、銅塩、亜鉛塩及びカドミウム塩から選択される少なくとも1種の金属塩と、該金属に二座配位可能な有機配位子とを溶媒中で反応させ、金属錯体を析出させることを特徴とする金属錯体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−159224(P2010−159224A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2049(P2009−2049)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼発行者名 分子科学会 刊行物名 「第2回分子科学討論会ウェブサイトの講演プログラム&要旨」 発行日 平成20年7月9日 ▲2▼発行者名 社団法人 日本化学会 刊行物名 「第61回コロイドおよび界面化学討論会・講演要旨集」 発行日 平成20年8月20日 ▲3▼発行者名 錯体化学会 刊行物名 「第58回錯体化学討論会・講演要旨集」 発行日 平成20年9月5日
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】