説明

金結合性タンパク質

【課題】微細構造体において金と目的物質との結合に利用し得る、金と特異的に結合可能な金結合性のタンパク質、かかるタンパク質を含む複合タンパク質、及びこれらの標的物質の検出への利用のための技術を提供すること。
【解決手段】金に結合性を有するタンパク質を、前記タンパク質が少なくとも一以上のβバレル構造ユニットを含み、前記結合性が異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生ずるものであり、且つ、解離定数Kd≦1×10-5Mを満足する金結合性のタンパク質として提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金結合性のタンパク質、金及び標的物質結合性のタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸、タンパク質に代表される生体分子は、その機能を発揮する為に原子レベルで制御された精密な構造を構築することが知られており、そのような生体分子の特性を利用し、生体分子を種々の材料上に配することが検討されている。例えば、特開2005−312446号公報には、金と目的物質(標的物質)との結合に利用し得る、金と特異的に結合可能な金結合性のタンパク質を開示する。当該特許公報に開示されたタンパク質は金に対して結合性を有し、抗体の少なくとも一部を含んでいるタンパク質である。このタンパク質は、抗体構造を足場とし、抗体の抗原認識能力を活かして直接的に金を認識する抗体断片を利用しているものであり、足場構造によるスペースを確保して金基板への固定化を可能とするものである。
【0003】
しかし、特開2005−312446号公報に開示されたタンパク質は、抗体をベースとした構造を有するものである。このため、大腸菌などの微生物を用いた生産において分子内あるいは分子間でのジスルフィド結合の掛違えなどにより目的とするタンパク質分子を安定して生産できない可能性がある。また、抗体の一部を利用するものであり、タンパク質自体の安定性の面で改善できる可能性がある。
【0004】
一方、J. Mol. Biol. (1998) 284, 1141-1151は、βサンドイッチ構造を有するフィブロネクチン タイプIII ドメインを結合性タンパク質の足場とすることについて開示する。ここではユビキチンタンパク質を新たな標的物質としてフィブロネクチン タイプIII ドメインを足場構造として選択し、両者の結合性について検討している。しかしながらJ. Mol. Biol. (1998) 284, 1141-1151に開示されているのはあくまで、ユビキチンタンパク質との結合性であって、金をはじめとする金属材料等への結合性を有するタンパク質の開示はない。
【0005】
また、Protein Science (2002), 11:1917-1925は、βバレル構造を有する細胞外膜タンパク質(OmpF)を足場として金表面への結合性を有するタンパク質を開示する。そして、ここではβバレル構造のβシート間の折れ曲がり部に導入したアミノ酸のシステイン残基により金表面との間で生ずるAu-S結合によりタンパク質と金とが結合している。
【0006】
上述の特開2005−312446号公報のタンパク質は、抗体をベースとした構造により金と結合性を得るものであり、抗体以外のタンパク質をベースとした金結合性のタンパク質を開示するものではない。J. Mol. Biol. (1998) 284, 1141-1151は、βサンドイッチ構造を有する足場を用いるタンパク質を開示しているが、金に対して結合性を有するタンパク質の開示はない。また、Protein Science (2002), 11:1917-1925は、βバレル構造を有する細胞外膜タンパク質(OmpF)を足場とすることでタンパク質を高密度固定できる点について開示している。しかしながら、Protein Science (2002), 11:1917-1925において、結合に用いられるアミノ酸のシステイン残基は、分子間でダイマー等の多量体を形成しやすく、効率的な金表面への結合が損なわれる恐れがある。更に、Protein Science (2002), 11:1917-1925に開示のタンパク質は、金への結合性を異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生じさせるものではない。
【0007】
一方、金結合性タンパク質を用いたバイオセンサーや診断デバイスなど各種の機器の商業レベルでの製造プロセスやコストを考えると、金結合性タンパク質のより少量使用で目的とする感度等の機能が得られることが望まれる。更に、これらの機器の製造プロセス数の低減や製造時間の短縮が求められる。つまり、より低濃度の分子で効率よく短時間に金を含む基材への固定化が出来、しかもプロセス数が少ないことが重要である。また、このような金結合性タンパク質をバイオセンサーや診断薬・診断デバイスに搭載して医療機器として商品化を行う際には、再現性や精度の点から、より緻密に金結合性タンパク質を配向させて固定化することが重要になる。
【特許文献1】特開2005−312446号公報
【非特許文献1】J. Mol. Biol. (1998) 284, 1141-1151
【非特許文献2】Protein Science (2002), 11:1917-1925
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上記の金結合性タンパク質に対する要求を満たすための技術を提供する可能性を広げることにある。本発明の他の目的は、遺伝子工学を利用した微生物での製造においても安定して製造可能であり、金表面へ配向性良く固定化可能である金結合性タンパク質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明により提供されるタンパク質は、金に結合性を有するタンパク質であって、前記タンパク質が少なくとも一以上のβバレル構造ユニットを含み、前記結合性が異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生ずるものであり、且つ、解離定数Kd<1×10-5Mを満足することを特徴とする。
【0010】
また、本発明にかかる標的物質捕捉用の構造体は、基体上に標的物質との結合性を有するタンパク質を固定した標的物質捕捉用の構造体であって、
前記基体が表面の少なくとも一部に金を含み、前記タンパク質が、以下の要件を満たすものである。
(1)金に結合性を有するタンパク質であって、前記タンパク質が少なくとも一以上のβバレル構造ユニットを含み、前記結合性が異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生ずるものであり、且つ、解離定数Kd<1×10-5Mを満足する。
(2)上記(1)のタンパク質が、金との結合部位を有するβバレル構造ユニットからなるドメインと、標的物質との結合部位を有するドメインと、を有する複合タンパク質である。
(3)上記(2)におけるドメイン同士がポリペプチド鎖を介して連結している。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかる金結合性タンパク質は、金結合部位に配置したアミノ酸配列に含まれる複数の異なるアミノ酸の複合的作用により金結合性を有し、金基体などへの結合に試薬や特定の化学結合系を利用する必要がない。更に、βバレル構造ユニットを構造の基本単位とするので、タンパク質自体としても安定である。これらの特長により、以下に述べる効果を得ることができる。
【0012】
まず、金基体などへ本発明にかかる金結合性タンパク質を固定する際には、固定化プロセス数が非常に少ないので、固定化にかかる時間の短縮が可能である。結果として、コスト的メリットが増大する。また、本発明にかかる金結合性タンパク質と金基体との結合は、これを金基体に固定して使用する際の使用環境に影響されにくい。例えば使用環境において酸化や還元が生じる場合であっても、これに影響されにくい。そのため、本発明により、更に広範な用途に使用できる金結合性タンパク質を提供することができる。
【0013】
更に、構造の基礎部分にβバレル構造ユニットを用いたことで、標的物質結合部位を更に付与する場合のタンパク質全体の設計の幅が広がる。例えば、標的物質との結合部位の位置を適宜選択することで、本発明にかかる金結合性タンパク質を金表面に固定化する際に、固定化のプロセスや固定状態による影響を極力排除して標的物質結合部位の機能を良好に維持しつつこれを固定化することが可能となる。また、標的物質との結合部位のタンパク質中での位置を調整することで、この部位を金基体から一定の距離を保って安定的に固定化することができる。その結果、標的物質結合部位と金属基材との好ましくない相互作用の発生を防止して、標的物質に対する結合能を良好に保持することもできる。
【0014】
また、本発明にかかる金結合性タンパク質では、分子内でのジスルフィド結合や他の分子との間でのジスルフィド結合を生じさせる可能性の高いシステイン残基を導入しない。
その結果、遺伝子工学を用いた微生物による生産において分子内での不適切なジスルフィド結合の形成による立体構造の歪みや、複数の分子による不要な多量体の形成による機能障害が生じる可能性が大きく低下する。その上、基本構造にβバレル構造ユニットを用いたことでタンパク質自体も構造上安定であり、遺伝子工学を用いた微生物による安定生産も可能となる。更に、従来より金に結合することが知られるシステイン残基による金表面表面への固定に比べて、システイン残基を用いず且つ複数のアミノ酸により金結合性を付与することで金結合性タンパク質を効率よく金基体に固定することができる。言い換えると、金結合タンパク質を金基体に作用させる際に単一のアミノ酸が基体に接触する確率より複数の方が接触確率の向上がみこめ、結合速度(kon)が上がることが期待できる。その結果として、少量の金結合性タンパク質でかつ短時間に固定処理が行え、商業的にも利用価値が期待できる。
【0015】
また、本発明の金結合性タンパク質の有する逆平行βシートからなる樽型構造(βバレル構造)では、各βシート間のループモチーフ(折れ曲がり部)は樽の上下部位に略平面的に立体配座している。そのため、その構造を適宜デサインすることで、金基体上に金結合性タンパク質を整然と緻密に配向させて固定することが可能である。金基体との結合の保持に加え、金結合性タンパク質の配向性を非常に高いものとすることができるので、デバイスの作製と機能の面において、再現性や精度を大幅に向上させることができる。また、これにより極めて薄膜な緻密な多層構造体を形成することも可能である。
【0016】
本発明の金結合性タンパク質によるこれらの特性を利用して、各種の検出装置を構成することができる。例えば、金薄膜上に所望の物質と結合可能な本発明の金結合性タンパク質を設けることで所望物質のセンシング素子とすることができる。このセンシング素子は、光学的手段を用いる検出方法や検出装置、例えば、例えば表面プラズモン共鳴などを利用した検出方法や検出装置に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のタンパク質は、金に結合性を有するタンパク質であって、前記タンパク質が少なくとも一以上のβバレル構造ユニットを含み、前記結合性が異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生ずるものであり、且つ、解離定数Kd≦1×10-5Mを満足することを特徴とする。本発明は、金への結合性を生じさせるためのアミノ酸配列が、βバレル構造ユニットのループモチーフに含まれているものを包含する。本発明のタンパク質は、単一のドメインからなり、該ドメインに金との結合部位と、標的物質との結合部位と、を有するものを包含する。また、本発明のタンパク質は、金との結合部位を有するβバレル構造ユニットからなるドメインと、標的物質との結合部位を有するドメインと、を有する複合タンパク質を包含する。また、本発明のタンパク質の金への結合性は、システイン残基によるものを含まないものとすることができる。更に、本発明は、基体上に標的物質との結合性を有するタンパク質を固定した標的物質捕捉用の構造体であって、基体が表面の少なくとも一部に金を含み、タンパク質を標的物質との結合部位を有する本発明のタンパク質とした標的物質捕捉用の構造体を包含する。
【0018】
以下、本発明にかかる金結合性タンパク質及びその標的物質捕捉用としての用途などについて説明する。
(1)金結合性タンパク質
・タンパク質構造
タンパク質は、アミノ酸のカルボキシル基 (-COOH) が別のアミノ酸のαアミノ基(-NH2)と脱水縮合して酸アミド結合 (-CO-NH-) を形成しポリマー化したものを示す。このタンパク質のアミノ酸の連結にみられる酸アミド結合を特にペプチド結合とよぶ。このアミノ酸の配列をタンパク質の一次構造と呼ぶ。ペプチド結合してタンパク質の構成成分となった単位アミノ酸部分 (-NH-CH (-R) -CO-) をアミノ酸残基と呼ぶが、それぞれの R によってその性質が異なる。この残基の相互作用(水素結合)により、単なる直鎖であったペプチドが折りたたまれて(この畳み込みをフォールディングと呼ぶ)二次構造を形成する。そして、タンパク質全体としての三次構造をとることになる。タンパク質の中には、複数(場合によっては複数種)のポリペプチド鎖がまとまって複合体を形成しているものがあり、このような関係を四次構造と呼ぶ。
【0019】
代表的には、その二次構造は、残基間の相互作用(水素結合)の様式でαへリックス、βシートやランダム構造の三つに大別される。また、二次構造が、ある一定の組み合わせとして種々のタンパク質のコアに出現するが、それを構造モチーフと呼ぶ。タンパク質の構造モチーフは、二次構造の規則的な幾何学的空間配置(超二次構造)であったり、 機能的、構造的にひとまとまりであるドメインであったりする。構造モチーフは繰り返し単位または特徴が共通して見られる単位を指す。超二次構造としては、二本のβストランドから成る逆平行βシートの継ぎ目にあるポリペプチド鎖のループがターンをなしている場合、以下を包含する。即ち、ヘアピンβモチーフ(本発明ではループモチーフ(折れ曲がり部))、及びβαβモチーフ(二本のβストランドから成る平行なβシートがαへリックスにより結ばれているモチーフ)を包含する。また、より大きな単位であるドメインには、αバンドル構造、αソレノイド構造、βサンドイッチ構造、βバレル構造、ロスマンフォールド、トレフォイル構造、ロール構造などがある。
【0020】
三次構造は、タンパク質全体を示し、単ドメインのみで構成される単ドメイン単量体タンパク質、または複数のドメインが規則的に構成してなる単位(サブユニット)からなる複ドメイン単量体タンパク質をいう。また、四次構造は、三次構造タンパク質が互いに非共有結合で相互作用してなる多量体を指す。例えば、抗体断片であるVHとVLはヘテロ二量体、同単量体からなる二量体はホモ二量体であり、多量体に含まれる。また、本発明で示す複合タンパク質は、複ドメイン単量体タンパク質と多量体をいう。超二次構造であるβバレル構造は、構造的に安定でかつ構造の対称性に優れる。また、逆平行βシート間のループモチーフ(折れ曲がり部)は略平面上に位置しアミノ酸を改変してもβバレル構造の維持が可能である。金結合性を有するタンパク質の足場構造にβバレル構造を選択し、全体構造をデザインすることで、金基体に対して高度に配向性を持たせ、金結合性タンパク質に付与した標的物質結合部位と基体との間に一定のスペースを確保できる。
【0021】
・βバレル構造ユニット
βバレル構造とは、構造モチーフの一種で、βシート間に少なくともループモチーフ(折れ曲がり部)を備えた複数組の逆平行βシートを上下の方向性を持って樽状の壁を略構成するように有する立体的にも安定な構造である。また、各βシート間のループモチーフ(折れ曲がり部)は樽の上下部位に略平面的に立体配座している。図1にβバレル構造の概念図と部位名を、10本のβストランドによる構成される逆平行βシートから成るβバレル構造を用いて例示する。βバレル構造において、樽状のβシート構造に対して下部に位置する一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)を樽下部側ループ群とする。その反対側(上部)に立体配座する一以上ループモチーフ(折れ曲がり部)を樽上部側ループ群とする。βバレル構造タンパク質とは、上記構造を少なくとも一部に有しているタンパク質である。また、本発明によるタンパク質は配列や構造モチーフなどの構造により序列的に分類できるデータベースにより分類されるβバレル構造を含むようにすることができる。
そうしたデータベースは、CATH(Protein Strcture Classification Database)[http//www.biochem.ucl.ac.uk/ latest/index.html]を挙げることができる。そして、これにより分類されるβバレル構造を含むタンパク質またはドメイン、そのファミリーや構造的に類似のタンパク質またはドメインもβバレル構造を有するものとして挙げることができる。例えば、Thrombin, subunit H、Proto-oncogene - Oncogene Product P14tcl1、Plasminogen Kringle 4、Elongation Factor Tu (Ef-tu); domain 3、Alpha-1,4-glucan-4-glucanohydrolase; Chain A, domain 2、M1 Pyruvate Kinase; Domain 3、Lyase, Ornithine Decarboxylase; Chain A, domain 1、Barwin-like endoglucanases、OB fold (Dihydrolipoamide Acetyltransferase, E2P)、Cathepsin D, subunit A; domain 1、Cyclophilin、Butyryl-CoA Dehydrogenase, subunit A; domain 2、Lipocalin、Ribosomal Protein L14、Green Fluorescent Protein(GFP)、Porin、Maltoporin; Chain A、Catalase HpII, Chain A, domain 1、Telomere-binding Protein Beta Subunit; Chain B、Intramolecular trans-sialidase; domain 3などが例示される。
βバレル構造ユニットは、その目的用途に応じて上述した各種タンパク質などから適宜選択したものを利用して構成することが出来る。例えば、金結合部位を有するドメインをより小さいサイズにして更なる生産性を向上させる場合は、Lipocalinなどの低分子タンパク質が好ましい。また、金結合部位を含むドメインを多量体化してより剛直な分子にして配向性を向上させる場合、LipocalinやPorin類に存在する多量体分子を選択することが出来る。
【0022】
また、より長いアミノ酸配列をループ(折れ曲がり部)に導入する場合、PorinやGFPのようにβストランド数が多くより剛直なβバレル構造タンパク質が好ましい。あるいはGFPのような自家蛍光をもつタンパク質分子を用いると、センサーデバイス上でβバレル構造が保存されていることを蛍光量により確認でき、デバイスのクオリティーチェックに有効である。前記記載の例示に制約されるわけではない。上記βバレル構造タンパク質が基体と標的物質結合部位間に一定のスペースを確保でき、かつ配向性を維持できれば、遺伝子工学的に改変してもかまわない。
【0023】
・金結合性タンパク質
上記したβバレル構造タンパク質を足場構造の少なくとも一部として用いることで本発明にかかる金結合性タンパク質を得ることができる。本発明の金結合性タンパク質では、金結合部位に配置したアミノ酸配列中の異なる複数のアミノ酸により金結合性が得られる。すなわち、異なる複数のアミノ酸からなるアミノ酸配列、あるいは、異なる複数のアミノ酸を含むアミノ酸配列により金結合性を得る。また、金結合部位は、βバレル構造ユニットにあるものが好ましい。βバレル構造内のループモチーフ(折れ曲がり部)の少なくとも一部により金結合部位が形成されていることが更に好ましい。ループモチーフに金結合性を得るための異なる複数のアミノ酸から成るアミノ酸配列、あるいは異なる複数のアミノ酸を含むアミノ酸配列が配置されていることが更に好ましい。本発明の金結合性タンパク質の好ましい解離定数(KD)は、1×10-5M以下であり、より好ましくは1×10-7M以下である。この場合、0.1%Tween20(界面活性剤)存在下のバッファー条件下とするのが好ましい。この解離定数の範囲とすることで、BSAなど比較的に金への非特異的な吸着が多いとされるタンパク質材料であっても金への吸着ができないことを本発明者の検討において確認している。KD値が1×10-5M以下であれば、上記のような非特異吸着性のタンパク質の吸着挙動と十分に区別することが可能であり、更に1×10-7M以下であることで固定化用のアンカ−分子として十分に機能することができる。金結合性を有するアミノ酸配列が金結合性タンパク質の複数のループに配置されている場合は、金結合性タンパク質の見かけ上のKD値として上記KD値を満たしていれば良い。
【0024】
βバレル構造を有していることは、タンパク質結晶構造解析やNMRにより解析できる。また、簡易な手法として、CD(円二色性)スペクトルによりβ構造とα構造の有無、ラマンスペクトルによりαへリックスやβシートの含有量と平行βシートと逆平行βシートの区別が可能である。アミノ酸配列よりβバレル構造の推定予測が可能である。
【0025】
自然界に存在するβバレル構造を有するタンパク質には、逆平行βシート間に位置する複数のループモチーフやβシート部位自体により標的物質と結合するものが知られている。また、遺伝子工学的にループ配列を改変することで、標的物質への結合力を向上させるなどの技術も開発されている。つまり、βバレル構造は主に逆平行βシートから成る樽状構造によりたんぱく質の構造安定化を果たし、ループモチーフは主に標的物質との結合に関与していることが示唆される。βバレル構造タンパク質が有するループモチーフ(折れ曲がり部)に金結合性のアミノ酸配列をグラフトすることにより改変して、金結合性を獲得することができる。金のような無機材料はタンパク質などに比べると非常に単調な結晶構造を有するので、グラフトにより予め取得した金結合性を有するアミノ酸配列を足場構造に提示することで金との結合能を容易に獲得できる。その際、足場構造にβバレル構造を用いているので、金に結合性を有する抗体断片のCDR領域のような三次元的立体配座を特に気にする必要がなくなる。
【0026】
グラフトとは、遺伝子工学的にアミノ酸配列を置換または挿入することを示す。コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製したβバレル構造タンパク質のループモチーフ(折れ曲がり部)組換え体ライブラリーやランダムな配列のペプチド提示ライブラリーなども、本発明の金結合性タンパク質を得るために利用することができる。これらのライブラリーをスクリーニングして金結合性を有するタンパク質や金結合性を有するペプチドを獲得し本発明に利用することができる。金結合性を有するアミノ酸配列は、金に特異的に、かつ分子認識的に結合するものであれば良く、二次構造を有していても構わない。金結合性を有するアミノ酸配列として、システイン残基を含まないアミノ酸配列の方がシステイン残基間に形成しやすいジスルフィド結合による二量体などの多量体を作らないので好ましく。特に好ましい配列として、以下の配列を挙げることができる。
(1)後述の配列番号:1から62のアミノ酸配列
(2)配列番号:1から62のアミノ酸配列に対して、これらのアミノ酸配列の金結合性を損なわない範囲で1個もしくは数個のアミノ酸の欠損、置換もしくは付加を行って得られるアミノ酸配列。
配列番号:1;DYYMD
配列番号:2;SIKQD GSETR YGDSV RG
配列番号:3;ELDGG FFDF
配列番号:4;GHWMH
配列番号:5;RIDEH GSSAY YADSV NG
配列番号:6;LGFIT PEVVH WSSDI
配列番号:7;RFYWN
配列番号:8;RIFTN GTTNY NPSLG S
配列番号:9;GGDYG PALAW FDP
配列番号:10;ESMVR DGMDV
配列番号:11;GYYWT
配列番号:12;DSSHS GRTNY N PSLK S
配列番号:13;AEETV TIVP
配列番号:14;SHYIH
配列番号:15;GFIPI FGTSN YAEKF KG
配列番号:16;PRRSS SSKTF SALDY
配列番号:17;DYAMN
配列番号:18;FIRSR GFGGT PEYAA
配列番号:19;DYRPL QFWPG RQMDA FDI
配列番号:20;SYWIN
配列番号:21;MIYPA DSDTR YSPSF QG
配列番号:22;LGIGG RYMSR
配列番号:23;RYYIH
配列番号:24;MINPR GGSTT YAQKF QG
配列番号:25;ESMPG RDVRD GMDV
配列番号:26;DHYIH
配列番号:27;PNSGA TKYAQ KFHG
配列番号:28;GILLA RLDV
配列番号:29;NYAIS
配列番号:30;GTLLM LRIIN SAQKF QG
配列番号:31;ALPTS LGPIG YLHH
配列番号:32;DYYMH
配列番号:33;WINPN IGATN HAQRF QG
配列番号:34;DLGIS AFEN
配列番号:35;DYFMH
配列番号:36;WINPN SGVTH YAQKF QG
配列番号:37;ELITG RLPTD ND
配列番号:38;GYYIH
配列番号:39;WINPN TGGTN YAQKF QG
配列番号:40;RSGGS GRYWG IKNNW FDP
配列番号:41;WINPN SGVTH YAQKF QG
配列番号:42;ELIAG RLPTD ND
配列番号:43;DYYFH
配列番号:44;WINPD SGGTN YAQKF QG
配列番号:45;GSRYN SGWYY FDY
配列番号:46;ISSPT
配列番号:47;EIYHS GTSHH NPSLK N
配列番号:48;LDFDS PLGMD A
配列番号:49;RASQS ISTYL N
配列番号:50;AASSL QS
配列番号:51;QQSYS TPRT
配列番号:52;RASED VNSWL A
配列番号:53;GSTNL QG
配列番号:54;KYFDA LPPVT
配列番号:55;TSSQS LLYTS NNKNY LT
配列番号:56;WASTR EF
配列番号:57;QQYSD PPPT
配列番号:58;MHGKT QATSG TIQS
配列番号:59;LGQSG ASLQG SEKLT NG
配列番号:60;EKLVR GMEGA SLHPA
配列番号:61;ALVPT AHRLD GNMH
配列番号:62;LQATP GMKMR LSGAK EATPG MKMRL SGAKE ATPGM STTVA GL
これら(1)及び(2)から選択されたアミノ酸配列の少なくとも1つを、ループモチーフに配置することが好ましい。
【0027】
また、上記各配列の繰り返し配列を用いることもできる。更に、異なる繰り返しユニットを用いた繰り返し配列を用いることもできる。配列を繰り返すことにより金結合能を向上させることができる。金結合アミノ酸配列をコードするDNA配列を金結合性タンパク質生産用として用いることができる。
【0028】
なお、アミノ酸配列は、質量分析(PMF(Peptide Mass Fingerprint)、MS/MS Ion Search、denovoシークエンス)やプロテインシークエンサーなどで同定が可能である。
【0029】
金結合部位の位置に関しては、βバレル構造(樽型)の樽の上下部位のどちらか一方に群生するループモチーフ(折れ曲がり部)内に金結合部位を設けることが望ましい。より好ましくは、複数のループに改変する方が、安定的配向性を確保できるため良い。複数のループで改変配列が同一配列でなくても良い。グラフトや組換えを行う領域のアミノ酸配列数やループ数、ループ位置は、適宜決められるが、基体と標的物質結合部位間に一定のスペースを確保できる足場構造であれば数や位置に制限はない。
【0030】
また、金結合性タンパク質は多量体を形成していても構わない。金結合性タンパク質の足場構造(βバレル構造)をより安定化するためSecond effectorなどを付与してもよい。
【0031】
・基体
金結合性タンパク質と、表面の少なくとも一部が金から形成されている基体と、から各種の用途に使用し得る構造体を得ることができる。この基体は、その表面の少なくとも一部に金を配置されたものであり、本発明の構造体を形成しうるものであればいかなる材質、形状のものも利用可能である。基体の金以外の部分は、所望の用途に応じた構造体を形成しうるものであればいかなる材質からなるでもよい。例えば、金属、金属酸化物、無機半導体、有機半導体、ガラス類、セラミクス、天然高分子、合成高分子、プラスチックから選ばれる何れか1以上或いはその複合体から選択された材質からなるものを用いることができる。基体の形状は、所望の用途に応じて選択でき、例えば板状、粒子状、多孔体状、突起状、繊維状、筒状、網目状から選ばれる何れか1以上の形状を用いることができる。
【0032】
基体の金以外の部分を形成するための有機高分子化合物としては、以下の群より選択された重合性モノマーを重合させて得られるものを挙げることができる。モノマーの例としては、スチレンなどのスチレン系重合性モノマー;メチルアクリレートなどのアクリル系重合性モノマー;メチルメタクリレートなどのメタクリル系重合性モノマー;メチレン脂肪族モノカルボン酸エステル類、酢酸ビニル等のビニルエステル類、ビニルメチルエーテル等のビニルエーテル類、ビニルメチルケトン等のビニルケトン類などのビニル系重合性モノマーが挙げられる。
【0033】
無機系固形物の例としては、カオリナイト、ベントナイト、タルク、雲母等の粘土鉱物;アルミナ、二酸化チタン、酸化亜鉛、マグネタイト、フェライト、NbTa複合酸化物、WO3、In23、MoO3、V25、SnO2、等の金属酸化物;シリカゲル、ヒドロキシアパタイト、リン酸カルシウムゲル等の不溶性無機塩;銀、プラチナ、銅等の金属;GaAs,GaP,ZnS、CdS、CdSe、等の半導体化合物、ガラス、シリコン、或いはこれらの複合体などを用いることができる。
【0034】
金以外の基体の部分は、以下のものも利用できる。即ち、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ジアセテート、トリセテート、セロハン、セルロイド、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリビニルクロライド、ポリビニリデンクロライド、ポリアクリレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステルなどのプラスチックからなるフィルム、ポリビニルクロライド、ポリビニルアルコール、アセチルセルロース、ポリカーボネート、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエチレン、テフロン等からなる多孔性高分子膜、木板、ガラス板、シリコン基板、木綿、レーヨン、アクリル、絹、ポリエステルなどの布、上質紙、中質紙、アート紙、ボンド紙、再生紙、バライタ紙、キャストコート紙、ダンボール紙、レジンコート紙などの紙を用いた膜状やシート状としたものである。なお、これら膜状やシート状の材料は、滑らかなものであっても、凹凸のついたものであっても良い。
【0035】
更に、金以外の基体の部分としては、シリコンやシリカ、ガラス、石英ガラス等の基板及びそれらの基板にフォトリソグラフィーやエッチング、サンドブラスト等の手法で施された微小流路やホール(孔)、或いはそれらの表面に銀、白金の薄膜が施されたもの、PDMS(ポリジメチルシロキサン)やPMMA(ポリメチルメタクリレート)、PET(ポリエチレンテレフタレート)PC(ポリカーボネート)PS(ポリスチレン)等の基板及び成型技術により施された微小流路やホール(孔)、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、フラーレンダイアモンド或いはそれらの集合体、アルミナ、カーボン、フラーレン、ZnO等からなるナノウイスカー、SiO2、アルミノシリケート、その他のメタロシリケート、TiO2、SnO2、Ta25等からなるメソポーラス薄膜、微粒子、及びモノリス構造体、銀、銅、白金等の微粒子、マグネタイト、フェライト、ヘマタイト、ガンマ・ヘマタイト、マグヘマイト等の鉄酸化物微粒子、アルミニウムシリコン混合膜及びそれを陽極酸化したシリコン酸化物ナノ構造体、ポーラスアルミナ薄膜、アルミナナノホール構造体、シリコンナノワイヤー等が挙げられる。また、本発明の基体の大きさは使用用途に応じて種々選択することが可能である。
【0036】
(2)標的物質結合部位を有する金結合性単ドメイン単量体タンパク質
・金結合性単ドメイン単量体タンパク質
本発明は、単ドメインからなる金結合性タンパク質で、少なくとも金結合部位を有し、かつ標的物質に対する結合部位を同ドメイン内に有しているものを包含する。金結合部位は、単ドメインのどの部位でも良いが、ループモチーフ(折れ曲がり部)の少なくとも一部であることが望ましい。金結合性単ドメイン単量体タンパク質において、少なくとも金結合部位を有するループ群を第一のループ群と呼ぶ。また、第一のループ群とは異なる反対側のループ群を第二のループ群と呼ぶ。金結合性単ドメイン標的物質がAuの場合のみ第一、第二のループ群の順番は特に規定しない。この金結合性単ドメイン単量体タンパク質には以下の構成のものが例示できる(図2)。
(a)少なくとも一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)が金結合部位で、前記ループモチーフ(折れ曲がり部)を含む第一のループ群に更に位置する他の一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)が標的物質結合部位であるタンパク質(図2(a)に記載の構成)。
(b)少なくとも一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)が金結合部位で、この金結合部位を含む第一のループ群と異なる第二のループ群の少なくとも一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)が標的物質結合部位であるタンパク質(図2(b)に記載の構成)。
(c)少なくとも一以上のループモチーフ(折れ曲がり部)が金結合部位で、標的物質結合部位が第一または第二のループ群以外の部位である金結合性単ドメイン単量体タンパク質(図2(c)に記載の構成;標的物質結合部位がβシート部位にある)。
(d)前記金結合性単ドメイン単量体タンパク質が金結合性および標的物質結合性を有しない単量体タンパク質と多量体を形成しているタンパク質(図2(d)に記載の構成)。ここでは多量体形成により、金結合性単ドメイン単量体タンパク質へより高度な配向を付与することが出来る)。
(e)前記金結合性単ドメイン単量体タンパク質が多量体を形成しているタンパク質(図2(e)に記載の構成;二量体が形成されている)。
【0037】
より緻密な配向性を得るためには、(b)または(e)に示す金結合性単ドメイン単量体タンパク質が好ましい。より安定的に配向させるため、金結合性部位が第一のループ群内に二以上あることが更に好ましい。標的物質結合部位のアミノ酸配列は、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製したβバレル構造タンパク質のループモチーフ組換え体ライブラリーより特異的に標的物質に対して結合性を有するβバレル構造タンパク質をパニングして獲得することもできる。組換えする領域のアミノ酸数やループ数、ループ位置は、適宜決められるが、基体と標的物質結合部位間に一定のスペースを確保し、かつ標的物質結合能を有していれば、数や位置に制限はない。ここで説明した金結合性単ドメイン単量体タンパク質についても金に対する解離定数(KD)は、上述した範囲のものが採用し得る。
【0038】
・基体
金結合性単ドメイン単量体タンパク質を基体との組み合わせることで種々の用途に利用できる構造体を得ることができる。この用途に利用できる基体としては、上述したものが採用できる。
【0039】
・標的物質
本発明にかかるタンパク質を、金との結合性を有する部位と、標的物質に対して結合性を有する部位とが含まれるように構成することで、標的物質検出用の金結合性単ドメイン単量体タンパク質として利用することが可能となる。この検出対象としての標的物質としては、特異的に結合する物質であれば如何なる分子も用いることが可能である。例えば、標的物質は、非生体物質と生体物質に大別される。
【0040】
非生体物質としては、以下が挙げられる。即ち、環境汚染物質としての塩素置換数/位置の異なるPCB類、同じく塩素置換数/位置の異なるダイオキシン類、いわゆる環境ホルモンと呼ばれる内分泌撹乱物質(例:ヘキサクロロベンゼン、ペンタクロロフェノール、2,4,5−トリクロロ酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、アミトロール、アトラジン、アラクロール、ヘキサクロロシクロヘキサン、エチルパラチオン、クロルデン、オキシクロルデン、ノナクロル、1,2−ジブロモ−3−クロロプロパン、DDT、ケルセン、アルドリン、エンドリン、ディルドリン、エンドスルファン(ベンゾエピン)、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキサイド、マラチオン、メソミル、メトキシクロル、マイレックス、ニトロフェン、トキサフェン、トリフルラリン、アルキルフェノール(炭素数5〜9)、ノニルフェノール、オクチノニルフェノール、4−オクチルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジ−n−ブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジエチル、ベンゾ(a)ピレン、2,4ージクロロフェノール、アジピン酸ジ−2−エチルヘキシル、ベンゾフェノン、4−ニトロトルエン、オクタクロロスチレン、アルディカーブ、ベノミル、キーポン(クロルデコン)、マンゼブ(マンコゼブ)、マンネブ、メチラム、メトリブジン、シペルメトリン、エスフェンバレレート、フェンバレレート、ペルメトリン、ビンクロゾリン、ジネブ、ジラム、フタル酸ジペンチル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジプロピル)、また、無機材料として例えばAu、Pt,Pd,Ag,SiO2,Zeolites,ZnO、CaCO3、Cr2O3,Fe2O3,GaAs,ZnS等が挙げられる。
【0041】
生体物質としては、核酸、タンパク質、糖鎖、脂質及びそれらの複合体から選択されるものが含まれる。更に詳しくは、核酸、タンパク質、糖鎖、脂質から選択される生体分子を含んでなるものである。具体的には、DNA、RNA、アプタマー、遺伝子、染色体、細胞膜、ウイルス、抗原、抗体、レクチン、ハプテン、ホルモン、レセプタ、酵素、ペプチド、スフィンゴ糖、スフィンゴ脂質の何れかから選択された物質を含むものである。
更には、前記の「生体物質」を産生する細菌や細胞そのものも、本発明が対象とする「生体物質」として標的物質となり得る。
【0042】
具体的なタンパク質としては、いわゆる疾病マーカーが挙げられる。例として以下のものが挙げられる。
即ち、
・胎児期に肝細胞で産生され胎児血中に存在する酸性糖蛋白であり、肝細胞癌(原発性肝癌)、肝芽腫、転移性肝癌、ヨークサック腫瘍のマーカーとなるα−フェトプロテイン(AFP)。
・肝実質障害時に出現する異常プロトロンビンであり、肝細胞癌で特異的に出現することが確認されるPIVKA−II。
・免疫組織化学的に乳癌特異抗原である糖蛋白で、原発性進行乳癌、再発・転移乳癌のマーカーとなるBCA225。
・ヒト胎児の血清、腸および脳組織抽出液に発見された塩基性胎児蛋白であり、卵巣癌、睾丸腫瘍、前立腺癌、膵癌、胆道癌、肝細胞癌、腎臓癌、肺癌、胃癌、膀胱癌、大腸癌のマーカーである塩基性フェトプロテイン(BFP)。
・進行乳癌、再発乳癌、原発性乳癌、卵巣癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA15−3。
・膵癌、胆道癌、胃癌、肝癌、大腸癌、卵巣癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA19−9。
・卵巣癌、乳癌、結腸・直腸癌、胃癌、膵癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA72−4。
・卵巣癌(特に漿液性嚢胞腺癌)、子宮体部腺癌、卵管癌、子宮頸部腺癌、膵癌、肺癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA125。上皮性卵巣癌、卵管癌、肺癌、肝細胞癌、膵癌マーカーとなる糖蛋白であるCA130。卵巣癌(特に漿液性嚢胞腺癌)、子宮体部腺癌、子宮頸部腺癌のマーカーとなるコア蛋白抗原であるCA602。
・卵巣癌(特に粘液性嚢胞腺癌)、子宮頸部腺癌、子宮体部腺癌のマーカーとなる母核糖鎖関連抗原であるCA54/61(CA546)。
・大腸癌、胃癌、直腸癌、胆道癌、膵癌、肺癌、乳癌、子宮癌、尿路系癌等の腫瘍関連のマーカー抗原として現在、癌診断の補助に最も広く利用されている癌胎児性抗原(CEA)。膵癌、胆道癌、肝細胞癌、胃癌、卵巣癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるDUPAN−2。
・膵臓に存在し、結合組織の弾性線維エラスチン(動脈壁や腱などを構成する)を 特異的に加水分解する膵外分泌蛋白分解酵素であり、膵癌、膵嚢癌、胆道癌のマーカーとなるエラスターゼ1。
・ヒト癌患者の腹水や血清中に高濃度に存在する糖蛋白であり、肺癌、白血病、食道癌、膵癌、卵巣癌、腎癌、胆管癌、胃癌、膀胱癌、大腸癌、甲状腺癌、悪性リンパ腫のマーカーとなる免疫抑制酸性蛋白(IAP)。
・膵癌、胆道癌、乳癌、大腸癌、肝細胞癌、肺腺癌、胃癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるNCC−ST−439。
・前立腺癌のマーカーとなる糖蛋白質であるγ−セミノプロテイン(γ−Sm)。ヒト前立腺組織から抽出された糖蛋白であり、前立腺組織のみに存在し、それゆえ前立腺癌のマーカーとなる前立腺特異抗原(PSA)。
・前立腺から分泌される酸性pH下でリン酸エステルを水解する酵素であり、前立腺癌の腫瘍マーカーとして用いられる前立腺酸性フォスファターゼ(PAP)。
・神経組織及び神経内分泌細胞に特異的に存在する解糖系酵素であり、肺癌(特に肺小細胞癌)、神経芽細胞腫、神経系腫瘍、膵小島癌、食道小細胞癌、胃癌、腎臓癌、乳癌のマーカーとなる神経特異エノラーゼ(NSE)。
・子宮頸部扁平上皮癌の肝転移巣から抽出・精製された蛋白質であり、子宮癌(頸部扁平上皮癌)、肺癌、食道癌、頭頸部癌、皮膚癌のマーカーとなる扁平上皮癌関連抗原(SCC抗原)。
・肺腺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、膵癌、卵巣癌、子宮癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるシアリルLeX−i抗原(SLX)。
・膵癌、胆道癌、肝癌、胃癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるSPan−1。
・食道癌、胃癌、直腸・結腸癌、乳癌、肝細胞癌、胆道癌、膵癌、肺癌、子宮癌のマーカーであり、特に他の腫瘍マーカーと組み合わせて進行癌を推測し、再発予知・治療経過観察として有用である単鎖ポリペプチドである組織ポリペプタイド抗原(TPA)。
・卵巣癌、転移性卵巣癌、胃癌、大腸癌、胆道系癌、膵癌、肺癌のマーカーとなる母核糖鎖抗原であるシアリルTn抗原(STN)。
・肺の非小細胞癌、特に肺の扁平上皮癌の検出に有効な腫瘍マーカーであるシフラ(cytokeratin;CYFRA)。
・蛋白消化酵素であるペプシンの2種(PG I・PG II )の不活性型前駆体であり、胃潰瘍(特に低位胃潰瘍)、十二指腸潰瘍(特に再発、難治例)、ブルンネル腺腫、ゾーリンガーエリソン症候群、急性胃炎のマーカーとなるペプシノゲン(PG)。
・組織障害や感染により、血漿中で変化する急性相反応蛋白であり、急性心筋梗塞等により心筋に壊死が起こると、高値を示すC−反応性蛋白(CRP)。
・組織障害や感染により、血漿中で変化する急性相反応蛋白である血清アミロイドA蛋白(SAA)。
・主に心筋や骨格筋に存在する分子量約17500のヘム蛋白であり、急性心筋梗塞、筋ジストロフィー、多発性筋炎、皮膚筋炎のマーカーとなるミオグロビン。
・骨格筋,心筋の可溶性分画を中心に存在し、細胞の損傷によって血液中に遊出する酵素であって、急性心筋梗塞、甲状腺機能低下症、進行性筋ジストロフィー症、多発性筋炎のマーカーとなるクレアチンキナーゼ(CK)。これには、骨格筋由来のCK−MM型,脳,平滑筋由来のCK−BB型,心筋由来のCK−MB型の3種のアイソザイム及びミトコンドリア・アイソザイムや免疫グロブリンとの結合型CK(マクロCK)がある。
・横紋筋の薄いフィラメント上でトロポニンI,Cとともにトロポニン複合体を形成し、筋収縮の調節に関与している分子量39,000の蛋白であり、横紋筋融解症、心筋炎、心筋梗塞、腎不全のマーカーとなるトロポニンT。
・骨格筋・心筋いずれの細胞にも含まれる蛋白であり,測定結果の上昇は骨格筋,心筋の障害や壊死を意味するため、急性心筋梗塞症、筋ジストロフィー、腎不全のマーカーとなる心室筋ミオシン軽鎖I。
・また、近年ストレスマーカーとして注目されてきているクロモグラニンA、チオレドキシン、8−OhdG。
以上のもの等が挙げられる。
【0043】
(3)金結合性複合タンパク質
・金結合性複合タンパク質
本発明タンパク質は、2以上のドメインから構成され、1以上のドメインが上記構成の金結合性タンパク質を有するものを包含する。上記構成の金結合性タンパク質を含む第一のドメインと、標的物質に対する結合部位を有するタンパク質を含む第二のドメインと、を有する複合タンパク質である。この金結合性複合タンパク質には以下の構成のものが例示できる(図3)。
(a)第一のドメインと第二のドメインが一本のポリペプチド鎖を形成している構成(図3に記載の第一のドメイン(1)と第二のドメイン(1)の組み合わせ)。
(b)少なくとも第一のドメインと第二のドメインを含む一本のポリペプチド鎖からなる構成(図3に記載の第一のドメイン(1)と第二のドメイン(3)、(4)、(6)、(7)、(10)、(11)の組み合わせ)。
(c)第一のドメインと第二のドメインの一部が一本のポリペプチド鎖を形成し、更に他の第一または第二のドメインの一部と多量体を形成する構成。
具体的には、図3に記載の第一のドメイン(2)、(3)と第二のドメイン(1)〜(11)の組み合わせ、または第一のドメイン(1)と第二のドメイン(2)、(5)、(9)の組み合わせ。
(d)第一のドメインと第二のドメインからなる一本のポリペプチド鎖が多量体を形成している構成(図3(a)に記載の構成で多量体を形成)。
(e)第一のドメインと第二のドメインが二量体を形成している構成(図3に記載の多量体(1))。
(f)少なくとも第一のドメインと第二のドメインを含む多量体からなる構成(図3に記載の多量体(2)、(3)、(4))。
【0044】
金結合性複合タンパク質の構成要素としての各タンパク質は、少なくとも二以上のアミノ酸が結合して形成される(ポリ)ペプチド鎖を少なくとも一以上含む。そして、それらポリペプチド鎖が特定の立体構造を形成するように折り畳まれて、固有の機能(変換、分子認識等)発揮できる分子を形成している。本発明の金結合性複合タンパク質は、金に対する結合部位を一以上有し、標的物質としての金もしくは金以外の物質との結合部位を一以上有する、多価または多重特異性の複合タンパク質で、少なくとも以下を含んでなる複合化されたタンパク質である。
【0045】
金結合性部位の数は第一のドメインが1つの場合は、ドメイン内で二(ループ)以上であることが望ましい。また、第一のドメインが2つ以上の場合は、各ドメイン内で一(ループ)以上であることが望ましい。第一のドメインに配置される金結合部位は略平面内に配置されていることが望ましい。
【0046】
第二のドメインの標的物質結合部位のアミノ酸配列は、βバレル構造タンパク質のループモチーフ組換え体ライブラリーより特異的に標的物質に対して結合性を有するβバレル構造タンパク質をパニングして獲得することができる。組換える領域のアミノ酸数やループ数、ループ位置は、適宜決められるが、基体と標的物質結合部位間に一定のスペースを確保し、標的物質結合能を有していれば数や位置に制限はない。また、標的物質結合部位である第二のドメインは、βバレル構造でなくても良い。金結合性部位がβバレル構造に由来する非常に剛直で安定な構造で形成されているので、標的物質結合部位がβバレル構造でなくても、本発明における課題である緻密な配向性は十分維持される。例えば、βバレル以外のβ構造、α構造、α/β構造、α+β構造など標的物質に特異的に結合することができれば構造に規定はない。より好ましくは、抗体に代表される免疫グロブリン構造を少なくとも含む構造や種々の抗体代替足場構造として研究されている構造が挙げられる。
例えば、第二ドメインの足場構造として、以下が挙げられる。即ち、抗体断片(VH,VL,Fv,scFv,Fab,VHHなど)、APPI(Alzheimer's amyloid β-protein precursor inhibitor), AR(Ankyrin repeat), BPTI(bovine pancreatic trypsin inhibitor), CBD(cellulose-binding domain), CBM4-2(carbohydrate-binding module 4 of family 2 of xylanase from Rhodothermus marinus), CI2(chymotorypsin inhibitor 2), CTLA-4(cytotoxic T-lymphocyte-associated antigen 4), EETI II(Ecballium elaterium trypsin inhibitor II), 10FN3(tenth fibronectin typeIII domain), hPSTI(human pancreatic secretary trypsin inhibitor), Im9(immunity protein 9), LACI-D1(human lipoprotein-associated coagulation inhibitor domain 1), LDTI(leech-derived trypsin inhibitor), MTI II(mustard trypsin inhibitor 2), PHD finger(plant homeodomain finger),pVIII(protein VIII of filamentous bacteriophage), SH2(src homology domain 2), SH3(src homology domain 3), TPR(tetratricopeptide repeat), Tedamistat, Neocarzinostatin, T-cell receptor, Lipocallins, protein A domain, Zinc finger, GCN4, WW domain, PDZ domains, TEM-1 β-lactamase, GFP, Thioredoxin, Staphylococcal nuclease, Ecotin, Scorpion toxins, Insect defensin A, γ-crystallins, Ubiquitin, transferring, C-type lectin-like domains, low-density lipoprotein receptor domain Aなどが挙げられる。尚、ここで説明した金結合性複合タンパク質についても金に対する解離定数(KD)は、上述した範囲のものが採用し得る。
【0047】
基体及び標的物質については、上述したものが採用し得る。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
本開示により金結合性タンパク質の取得と緻密な配向性の付与による金基板上での結合活性保持を実証する。以下の実施例では、金結合部位を有するタンパク質の構造としてGFP(Green Fluorescent Protein)のβバレル構造を用いる。そして、標的物質結合部位にはHyHEL10scFv抗体断片を、標的物質に可溶性鶏卵白リゾチーム(HEL;生化学工業code No.100940)を用いる。また、以下に記す組換えDNA法はSambrookら著書のモレキュラークローニング:実験マニュアル第二版Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1989)に基づいて行う。また、発現ベクターの構築には大腸菌分泌発現用のシグナル配列pelBと精製用にHisタグ配列を有するベクターpET-20b(+)Vector(Novagen社Cat.No.69739-3)を用いる。そしてGFPの改変のためにGFP融合タンパク質ベクターphCMV-GFP FSR Vector(Genlantis社 Cat.No.P003400)を用いてコンストラクトを作製する。
【0050】
また、実施例に用いる化学薬品は特記しない限り分析級またはそれ以上であり、シグマ社及びナカライテスク株式会社より購入できる。合成オリゴDNAはシグマジェノシス株式会社、制限酵素および修飾酵素はタカラバイオ株式会社より購入できる。
【0051】
(実施例1)
「金結性を有するタンパク質を得るための大腸菌による分泌発現用コンストラクトのデザインおよび構築」
金結合性を有するタンパク質の足場としてGFPタンパク質を用い、そのGFPタンパク質のループモチーフ領域に金結合性アミノ酸配列をグラフト修飾して構築する。プライマーとしては図8に示すものを用いる。最終的に大腸菌で分泌できかつ精製用タグ配列を持つベクターに目的とするタンパク質を発現させるためのDNA断片を再導入し、目的とするタンパク質をデザイン構築できる。
【0052】
まず、phCMV-GFP FSRベクターを用意する。このベクターのGFPタンパク質コード領域(図4;EcoRIサイト)のアミノ酸E172−D173(アミノ酸番号は野生型GFP遺伝子に従っている;図4中の下線で明記)に以下の金結合アミノ酸配列(金結合配列22)を挿入する。
金結合アミノ酸配列
LGIGGRYMSR
金結合アミノ酸配列のDNA配列
CTTGGAATTGGTGGGAGGTACATGTCTAGA
前記アミノ酸部位はβバレル構造のループモチーフに値する。
【0053】
導入の方法は次の通りである。まず、アミノ酸E172−D173にあたるDNA配列を堺に5'側領域を含む断片を増幅でき、且つGFP5'末端にあるEcoRIサイトを含むプライマー(プライマー配列1,2)と3'側領域を含む断片を増幅できる。更に、GFP3’末端にあるEcoRIサイトを含むプライマー(プライマー配列3,4)を用いて各々一回目のPCRを行う。配列4は、元のベクター内のGFP配列にある終止コドンを改変するため一塩基置換したプライマーを用いる。次いで、金結合アミノ酸配列をコードするDNAを含みかつアミノ酸E172−D173にあたるDNA配列とその前後の領域を含む合成オリゴヌクレオチド(プライマー配列5)と更にGFPの両末端にあるEcoRIサイトを含むプライマー(プライマー配列1,4 前出)をPCRプライマーに用いて一回目の両PCR産物を鋳型にして二回目のPCRを行う。その後、EcoRI制限酵素により切断する(図7)。
【0054】
一方、大腸菌発現用のpET-20b(+)ベクターを同様にEcoRIにより切断しておき、前記金結合配列をグラフトしたGFPのEcoRI断片とを連結して金結合性タンパク質の発現コンストラクトプラスミドを取得する。構築したコンストラクトのDNA配列確認とプラスミド増幅のため、作製したプラスミドを大腸菌JM109に形質転換後、アンピシリン(100μg/ml)選択LB培地中で37℃で一日培養し大腸菌よりプラスミドを抽出回収できる。その一部をDNAシークエンサーによりDNA配列を確認できる。上記金結合アミノ酸配列をグラフトしていないGFPタンパク質(phCMV-GFP FSRベクター内のGFP配列)も後述する結合アッセイの対照サンプルとして大腸菌発現コンストラクトプラスミドを調整する。調整は、phCMV-GFP FSRベクターを鋳型としてプライマー配列1,4でPCRを行い、EcoRI処理後、pET-20b(+)ベクターEcoRI断片と連結する。
【0055】
(実施例2)
「タンパク質の発現・精製」
実施例1で作製した金結合性を有するタンパク質をコードするコンストラクトを大腸菌BL21(DE)株(Cat No.69450-4 Novagen社)に形質転換し、アンピシリン(100μg/ml)選択LB培地中で30℃、16時間培養する。最終濃度1mMのIPTGを添加して更に16時間培養してタンパク質の発現を誘導する。遠心により回収した菌体を浸透圧処理(0.5M ショ糖溶液で菌体混和し、5倍量の純水を添加)し、フレンチプレスにより破砕して、大腸菌のペリプラズムに存在する目的タンパク質を可溶化画分として得る。およそ数十mg/lの発現が確認できる。
【0056】
精製については、以下の二つの精製を行う。まず、Hisカラム(His・Bind Purification Kit Cat.No.70239-3(Novagen):精製手順は添付プロトコールに準拠)により目的のタンパク質を精製する。最後にゲルろ過クロマトグラフィー用カラム(Superose12 10/300GL (アマシャム))を用い、ゲルろ過装置(AKTA explorer 10S (アマシャム))により、95%の精製度を有する金結合性を有するタンパク質を取得することができる。目的タンパク質であることをHisタグ検出用の抗体(Anti-His(C-term)-HRP Antibody抗His (C-term) -HRP 抗体 Cat.No. R931-25 Invitrogen社)を用いてウェスタン解析により確認することができる(ECL Plus Western Blotting Starter Kit Full II Cat.No. 72-AS00-47 アマシャム)。
【0057】
(実施例3)
「金基体への分子認識による結合アッセイ」
上記実施例2により得た金結合性を有するタンパク質の金基体への結合能評価は、BIAcoreX(SPR測定装置)を用いて行える。まず、BIAcore社製の金表面センサーチップ(SIA kit Au Cat.No.BR-1004-05)を下記手順で洗浄する。濃塩酸に一昼夜浸漬後、超純水で塩酸をよく洗い流し、次いで、アセトンとIPA(イソプロパノール)、超純水に各15分間超音波をかけながら浸漬する。最後に新しい超純水にセンサーチップを移しSPR測定開始前にN2ガスで乾燥させる。実施例2で取得した金結合性を有するタンパク質を最終モル濃度が50nM、200nM、500nMになるようにPBS-T(0.1%Tween20)pH7.4バッファーで調整する。界面活性剤Tween20を0.1%添加することにより金表面への非特異吸着を抑制する。つまり、金結合性アミノ酸以外での金基体への結合(吸着)を抑え、分子認識による結合を評価できる。金表面センサーチップをBIAcoreX(SPR測定装置)にセットし、PBS-Tバッファーをフローさせ、順次各濃度の金結合性を有するタンパク質を結合させる。この操作により、金表面に対する解離定数(Kd=解離速度(koff)/結合速度(kon))を算出する(表1)。結果、非常に速い結合速度と非常に小さい解離定数を得ることが出きる。また、金表面に対する被覆率は90%と非常に高い。対照実験として、金結合配列をグラフトしていないタンパク質(GFP)も同様に評価すると解離定数は3桁低い。つまり、上記実施例により、金結合アミノ酸を介して特異的に分子認識的に金表面と結合し、かつ配向性が非常に良好であることが実証できる。また、konが非常に大きくkoffが小さいので、低濃度の金結合性を有するタンパク質で効率よく短時間に金基体上へタンパク質を配置することが可能である。
【0058】
【表1】

【0059】
(実施例4)
「金結合性複合タンパク質を得るための大腸菌による分泌発現用コンストラクトのデザインおよび構築」
まず、金結合性複合タンパク質を下記のようにデザインする。金結合性複合タンパク質の金結合部位を有する第一のドメインにGFPタンパク質を用いる。そして、標的物質結合部位を有する第二のドメインに抗HEL抗体の断片であるHyHEL10scFv(Biophysical Journal Vol.83, 2946-2968(2002))を用いる。両ドメイン間を図6に示す(G4S)3リンカー(G;グリシン、S;セリン)により連結する。リンカー配列は合成することが出来る。HyHEL10 scFvのDNA配列は公知であるので、例えば合成オリゴヌクレオチドを設計しPCRとライゲーションによりHyHEL10scFvをコードするDNA配列を得ることができる(Sambrookら1989、前出)。DNAとアミノ酸配列は図5に示す。まず、(G4S)3リンカーをコードするDNA配列の5'末端にSacIサイトを3'末端にHindIIIサイトを導入した合成オリゴヌクレオチドを作製する(リンカー配列1)。また、HyHEL10scFvをコードするDNA配列の5'末端にHindIIIサイトを3'末端にNotIサイトを導入した合成オリゴヌクレオチドを作製する(図5前出)。実施例1で構築した大腸菌発現用コンストラクトプラスミドをSacIとHindIIIで切断し、(G4S)3リンカー(リンカー配列1 図6前出)と連結する。次いで、HindIIIとNotIで切断後、HindIIIとNotI末端を有するHyHEL10scFv抗体断片と連結し金結合性複合タンパク質の大腸菌発現コンストラクトプラスミドを取得する。構築したコンストラクトのDNA配列確認とプラスミド増幅のため、作製したプラスミドを大腸菌JM109に形質転換後、アンピシリン(100μg/ml)選択LB培地中で37℃で一日培養し大腸菌よりプラスミドを抽出できる。その一部をDNAシークエンサーによりDNA配列を確認できる。タンパク質の発現と精製は実施例2のHis精製とゲルろ過の間に、HELカラム(CNBr活性化セファロース4B Code No.17-0430-01(アマシャム)へHELを吸着固定;固定と精製は添付プロトコールに準拠)によるアフィニティー精製を追加できる。結果、数mg/lの発現量を得る。
【0060】
(実施例5)
「金基体上での金結合性複合タンパク質による標的物質結合アッセイ」
実施例4により得た金結合性複合タンパク質の金基体上での標的物質結合能評価は、BIAcoreX(SPR測定装置)を用いて行える。まず、BIAcore社製の金表面センサーチップ(SIA kit Au Cat.No.BR-1004-05)を下記手順で洗浄する。まず、濃塩酸に一昼夜浸漬後、超純水で塩酸をよく洗い流し、次いで、アセトンとIPA(イソプロパノール)、超純水に各15分間超音波をかけながら浸漬する。最後に新しい超純水にセンサーチップを移しSPR測定開始前にN2ガスで乾燥させる。実施例4で取得した金結合性複合タンパク質を最終モル濃度が500nMになるようにPBS-T(0.1%Tween20)pH7.4 バッファーで調整する。界面活性剤Tween20を0.1%添加することにより金表面への非特異吸着を抑制する。つまり、金結合性アミノ酸以外での金基体への結合(吸着)を抑え、分子認識による結合を評価できる。金表面センサーチップをBIAcoreX(SPR測定装置)にセットし、PBS-Tバッファーをフローさせ、金結合性複合タンパク質を結合させる。次に基板をカゼイン溶液によりブロッキングする。その後、最終モル濃度が50nM、200nM、500nMになるようにPBS-T(0.1%Tween20)バッファーで調整した標的物質HEL溶液を作用させ金結合性複合タンパク質に対する標的物質の解離定数を算出する(表2)。結果、解離定数が非常に小さく、また、複合タンパク質の金基体上での結合残存率が90%と非常に高い。結合残存率とは、固定タンパク質分子数に対する結合した標的物質の分子数比を示す。緻密に金基体上に配向され、複合タンパク質が有する足場構造により標的物質結合部位が金表面から受ける影響が非常に小さく結合活性を有していることを実証できる。更に、基体に対して緻密に配向しているため、再現性が良好である(表2)。更に、実施例3と同様、複合タンパク質の金基体への結合速度konが非常に大きくkoffが小さいので、低濃度の金結合性複合タンパク質で効率よく短時間に金基体上へタンパク質を配置することができる。そのため、固定化に従来のようなタンパク質の修飾や金基板への固定処理がいらず製造プロセスの簡略化ができ、低濃度・短時間での固定より製造コストダウンが可能になり、安価で且つ再現性の良好なバイオセンサーなどへの利用が期待できる。
【0061】
【表2】

【0062】
(実施例6)
「金基体上での金結合性複合タンパク質による標的物質結合アッセイ2」
金に対する結合性がKd≦1×10-5Mである金結合性複合タンパク質がセンサーとして有用であることを実証する。タンパク質として、金に対する結合性がKd≦1×10-5Mである実施例4で作製した金結合複合タンパク質とKd>1×10-5Mの野生型GFP複合タンパク質を用いる。野生型GFP複合タンパク質は、野生型GFPタンパク質に標的物質結合部位としてHyHEL10scFvタンパク質を連結したものであり、実施例4に記載する方法により得られる。実施例5に記載するように金表面に作用させる。その後、数種類の濃度に調整した標的物質HELと反応させ、各標的物質濃度とSPRシグナル強度の相関を評価する。結果として、金結合性複合タンパク質は、標的物質の濃度と良好な正の相関が認められセンサーとして十分機能し本発明の効果が期待できる。一方、野生型GFP複合タンパク質は、良好な相関が得られない。その良好な相関が得られない理由として、Kd値が大きく金表面から解離するタンパク質が多いため、標的物質との結合を正しく検出できていないことが予想される。
【0063】
(実施例7)
「ループモチーフへのシステイン残基の導入」
実施例1に記載の金結合配列の代わりにシステイン導入配列を用い、ループモチーフに位置するシステイン残基の影響を評価する。導入する配列は下記に示す。導入方法は実施例1と同様にして行うことができる。
システイン導入アミノ酸配列
LGIGGCHTMSR
システイン導入アミノ酸配列のDNA配列
CTTGGAATTGGTGGGTGTCATACCATGTCTAGA
次に、実施例2に記載の方法でタンパク質を発現させ、最終的にゲルろ過による精製を行い、多量体の形成有無を確認する。結果として、金結合性タンパク質は、大部分がモノマーサイズに帰属でき、その他精製プロセスも特に必要なくまた高収率で活性のある金結合性タンパク質を得ることができる。一方、システイン導入タンパク質はモノマーサイズに加えて多量体であるダイマーサイズのピークが現れる。ダイマーの形成はループモチーフに導入したシステインが分子間でジスルフィド結合を形成していることが予想される。ジスルフィド結合も金基体に対する結合性があると期待できるが、更なる金基体へ接触する確率が減少し、固定の効率がより悪くなることが懸念される。また、還元処理によりモノマー化することもできるが、本来タンパク質の足場構造内にジスルフィド結合を有している場合活性低下につながる恐れがある。
【0064】
(実施例8)
実施例7で精製したシステイン導入タンパク質のモノマー画分とダイマー画分を実施例3に記載の方法で金に対する結合性(結合速度(kon))を評価する。結果として、モノマー、ダイマー画分とも結合速度(kon)が金結合性タンパク質の結合速度に比べて遅く、更に、モノマーに比べてダイマーの方がより結合速度が遅いことが期待できる。つまり、金基体へ接触する確率がシステイン残基のみの場合低くなり、またジスルフィドが形成されることで更に接触しにくくなっていることが予想される。一方、システインを含まず且つ複数アミノ酸により金結合性が付与されている金結合性タンパク質は、接触確率がより向上することでkonが速くなる。その結果、目的の量のこのタンパク質を固定化する場合、少量の金結合性タンパク質で且つ短時間に固定できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】βバレル構造の概念図である。
【図2】金結合性単ドメイン単量体タンパク質の構造を示す図である。
【図3】金結合性複合タンパク質の構造を示す図である。
【図4】GFPのアミノ酸配列とDNA配列を示す図である。
【図5】HyHEL10scFvのDNA配列を示す図である。
【図6】リンカー配列を示す図である。
【図7】GFP遺伝子への金結合アミノ酸のグラフト導入方法を示す図である。
【図8】プライマー配列を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金に結合性を有するタンパク質であって、前記タンパク質が少なくとも一以上のβバレル構造ユニットを含み、前記結合性が異なる複数のアミノ酸からなる配列によって生ずるものであり、且つ、解離定数Kd≦1×10-5Mを満足することを特徴とする金結合性のタンパク質。
【請求項2】
前記金への結合性を生じさせるためのアミノ酸配列が、前記βバレル構造ユニットのループモチーフに含まれている請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
前記ループモチーフが、
(1)配列番号:1から62のアミノ酸配列、及び
(2)配列番号:1から62のアミノ酸配列に対して、これらのアミノ酸配列の金結合性を損なわない範囲で1個もしくは数個のアミノ酸の欠損、置換もしくは付加を行って得られるアミノ酸配列、
から選択されたアミノ酸配列の少なくとも1つを含んでなる請求項2に記載のタンパク質。
【請求項4】
前記タンパク質は、単一のドメインからなり、該ドメインに金との結合部位と、標的物質との結合部位と、を有する請求項1に記載のタンパク質。
【請求項5】
前記タンパク質は、金との結合部位を有するβバレル構造ユニットからなるドメインと、標的物質との結合部位を有するドメインと、を有する複合タンパク質である請求項1に記載のタンパク質。
【請求項6】
前記ドメイン同士がポリペプチド鎖を介して連結している請求項5に記載のタンパク質。
【請求項7】
前記結合性は、システイン残基によるものではない請求項1に記載のタンパク質。
【請求項8】
基体上に標的物質との結合性を有するタンパク質を固定した標的物質捕捉用の構造体であって、前記基体が表面の少なくとも一部に金を含み、前記タンパク質が請求項5又は6のいずれかに記載のタンパク質であることを特徴とする標的物質捕捉用の構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−197435(P2007−197435A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−352529(P2006−352529)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】