説明

銀めっき皮膜の表面処理方法及びこの方法により製造された電波導波管

【課題】 銀めっき皮膜上への接着ならびに塗装の付着性向上を図るために、6価クロムを用いることなく銀めっき皮膜表面に親水性を有する極めて薄く密着のよい皮膜を形成する銀めっき皮膜の表面処理方法を提供する。
【解決手段】 銀めっきの表面処理方法において、スルフィド結合(−S−)とヒドロキシル基(−OH)を有し、一般式(HO−R−S−R’)で表される化合物[ここで、(−R−)及び(−R’−)は炭化水素基を表し、R又はR’の構造中に他のスルフィド結合やヒドロキシル基の側鎖を有してもよい。]を含有する水溶液に銀めっき製品を浸漬させることにより銀めっき皮膜表面上に上記化合物の層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、銀めっき皮膜への接着や塗装の付着強度を向上させるための銀めっき皮膜の表面処理方法及びこの表面処理方法により製造された電波導波管に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銀は、白色の貴金属で銅よりも軟らかく、金よりも硬く、価格は金よりも十分に安価である。また、人体に無害で、外観が美しく、熱、電気の良導体であることから、洋食器、装飾部品、電気部品、機械部品などに銀めっきがなされている。一方、銀めっきの欠点として、空気中で変色しやすく(とくに硫黄雰囲気に弱い)、茶褐色、青黒色に変色し、外観および電気的接触が劣化しやすい。また、銀めっきされた表面は、安定性が高く撥水性を有するため,銀めっき皮膜表面に塗装または接着を行う場合、充分な密着強度が確保できないという欠点を有する。これらを防止するために、銀めっき皮膜表面に保護層を形成する表面処理がなされる。
【0003】
従来の銀めっき皮膜の表面処理方法として、クロム酸化合物を用いて銀めっき皮膜上にクロメート皮膜を形成させるクロメート処理という方法がある。この処理方法は、銀めっき皮膜の変色防止ならびに接着や塗装の付着性を向上させることを目的に一般的に行われている。しかしながら昨今の環境汚染への対策活動(代表的なものとしては、RoHS指令(電子・電気機器における特定有害物質の使用制限についての欧州連合(EU)による指令)による鉛、水銀、カドミウム、6価クロムなどの有害物質の含有量を指定数値以下とする対策など)の急激な高まりを背景に、クロム酸化物の主成分である6価クロムも環境負荷を与える化学物質として、その使用の規制が行なわれている。このような状況のもと、各種の環境負荷への対策技術が開発されてきた。
【0004】
このような6価クロムを用いたクロメート処理に代わる銀めっき皮膜への処理方法として、例えば特開平5−78866号公報(特許文献1)に開示されているような処理方法がある。この処理方法は、銀めっき皮膜の表面に脂肪族メルカプタンを吸着させ、銀めっき皮膜の表面に撥水性を付与することにより銀めっき皮膜表面の変色を防止することを目的としている。また、特開平11−6088号公報(特許文献2)に開示されているような他の処理方法がある。この処理方法は、銀と硫黄との親和性を利用して、アルキル鎖を有するチオール化合物(R−SH)を銀表面に吸着させることで、銀表面を保護し変色を防止するというものである。
【0005】
【特許文献1】特開平5−78866号公報
【特許文献2】特開平11−6088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された6価クロムを用いない表面処理方法では、銀めっき皮膜表面の変色は防止できるものの、その撥水性のために銀めっき皮膜表面への接着ならびに塗装の付着性が低下し、充分な付着強度が得ることができないということが起こる。また、特許文献2に開示された方法ではアルキル鎖が一般に疎水性であるため、銀の変色防止効果はあるが、接着あるいは塗装を行う場合には適していない。
【0007】
高周波回路部品の組立では、銀めっきされた一の部材に他の部材を接着させて部品を組立てることが行われる。このような組立部品では、銀めっき皮膜表面への接着性が部品の信頼性に大きく影響し、上記のような撥水性・疎水性を有する銀めっき皮膜表面では組立が十分に行えないという問題が起こる。そこで、銀めっき皮膜上への接着ならびに塗装の付着性向上を図るために、6価クロムを用いることなく銀めっき皮膜表面に親水性を有する極めて薄く密着のよい皮膜をいかに形成させるかが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の発明に係る銀めっきの表面処理方法は、スルフィド結合(−S−)とヒドロキシル基(−OH)を有し、一般式(HO−R−S−R’)で表される化合物[ここで、(−R−)及び(−R’−)は炭化水素基を表し、R又はR’の構造中に他のスルフィド結合やヒドロキシル基の側鎖を有してもよい。]を含有する水溶液に銀めっき製品を浸漬させることにより銀めっき皮膜表面上に上記化合物の層を形成するものである。
【0009】
また請求項2の発明に係る電波導波管は、銀めっき皮膜の施された電波導波管であって、上記請求項1に記載の銀めっきの表面処理方法により製造されたものである。
【0010】
また請求項3の発明に係る電波導波管は、上記請求項2に記載の電波導波管であって、電波導波管内面に形成された銀めっき皮膜及びその皮膜上の化合物の層に誘電体が接着されているものである。
【0011】
また請求項4の発明に係る電波導波管は、上記請求項2に記載の電波導波管であって、電波導波管外面に形成された銀めっき皮膜及びその皮膜上の化合物の層の上に塗料が塗布されているものである。
【発明の効果】
【0012】
この発明にあっては、銀めっき皮膜上にスルフィド結合とヒドロキシル基を有する化合物を吸着させることにより、銀めっき表面に親水性を付与することが可能となる。その結果、銀めっき皮膜上へ誘電体等を接着する場合の接着強度の向上、塗料を塗布する場合の塗装皮膜の密着強度の向上を図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
実施例1.
本発明の銀めっき皮膜への表面処理方法について以下に説明する。被めっき素材としては、銅、黄銅、アルミニウムをはじめ、銀めっきが可能な金属全般が対象となる。これらの金属は、洗浄後に下地めっきとして銅めっきまたはニッケルめっきが施されていても良い。また、他の被めっき素材として、ABS(Acrylonitrile Butadiene Styrene)樹脂など、パラジウム等を用いた触媒処理後、下地めっきに無電解銅めっきまたはニッケルめっきを施すことにより銀めっきが可能となる樹脂を用いても良い。銀めっき処理の前に、これらの素材には必要な脱脂処理や活性化処理が行なわれているものとする。
【0014】
被めっき素材への脱脂処理や活性化処理の後に銀めっき処理が行われる。以下、銀めっき方法として、一般に使用される電解シアン銀めっきによる方法を例に説明する。電解めっきでは、金属が溶けてイオン化している水溶液(めっき浴)中に、陰極(−)として処理物(被めっき素材)を、陽極(+)としてめっきと同一の金属をそれぞれ浸し、両極間に電流を流す。これによりめっき浴中の金属イオンは陰極へと移動し、処理物表面で電子を交換して元の金属に還元、析出しめっき層を生成する。電解シアン銀めっきでは、めっき浴組成として、シアン化銀が30〜150g/l、シアン化カリウムが50〜200g/l、および光沢を調整するための添加剤が含まれる。銀めっきの厚みは1〜25μmが一般的である。銀めっきの後、水又は温水により銀めっき表面の洗浄を行う。
【0015】
この銀めっきされた皮膜表面に本発明に係る銀めっき皮膜の表面処理方法が実施される。この表面処理は、後述する処理液を満たした化学処理装置(タンク)内で行われる。タンクは、塩化ビニル樹脂、ポリプロピレン樹脂、FRP(繊維強化プラスチック)等の耐薬品性のある樹脂素材で形成されている。また、加温して使用する場合には、温度制御を行う付属設備として、ヒーターが使用される。
【0016】
本発明に係る銀めっきの表面保護処理に使用される水溶液(処理液)は、硫黄化合物としてスルフィド化合物(一般式:R−S−R’として表させる。(−S−)をスルフィド結合という)を有し、かつ末端にヒドロキシル基(−OH)を有するものである。一般式(HO−R−S−R’)で表される化合物である。ここで、(−R−)及び(−R’−)は炭化水素基を表し、R又はR’の構造中に他のスルフィド結合やヒドロキシル基の側鎖を有してもよい。上記の一般式から明らかなように、硫黄原子(S)を有していることから、銀との親和性が非常に高い。
【0017】
上記水溶液の具体例として、下記の化学式(A)に示す「3,6−ジチア−1,8−オクタンジオール」を含む水溶液がある。その濃度は0.1〜1%である。処理液の温度は20〜50℃が望ましい。この処理液に銀めっきが施された部品を30秒〜5分程度浸漬する。浸漬後、水または温水(60℃以下が望ましい)により洗浄し、乾燥させて水分を除去する。
「3,6−ジチア−1,8−オクタンジオールの化学式」:
(HO−CH2CH2−S−CH2CH2−S−CH2CH2−OH) (A)
【0018】
また、他の水溶液の具体例として、下記の化学式(B)に示す「2,2'−チオジエタノール」を含む水溶液がある。
「2,2'−チオジエタノールの化学式」:
(HO−CH2CH2−S−CH2CH2−OH) (B)
【0019】
これらの水溶液中で表面処理が実施された銀めっき皮膜表面の様子を図1の模式図に示す。薬剤成分中に硫黄原子(S)を有していることから、化学処理によりこの硫黄原子を介して薬剤が銀めっき表面に吸着される。また、末端にヒドロキシル基を有していることから、非常に高い親水性を有する。このヒドロキシル基中の水素(H)が接着剤又は塗料分子の極性基中の酸素(O)と水素結合し接着剤又は塗料の密着性が向上する。
【0020】
実施例2.
上記実施例1で説明した表面処理方法を高周波回路部品である電波導波管に適用した場合の一例を説明する。図2は、実施例2を表す電波導波管の断面を模式的に示した図である。本実施例では断面形状が矩形の導波管を例としているが、その形状は矩形に限らず円形その他の形状のものでも構わない。図2において、3は導波管素材であって、一般には銅、黄銅、アルミニウムなどの金属を材料とする。但し、樹脂をベースにその表面に銅めっきまたはニッケルめっきが施されたものでもよい。2は銀めっき皮膜である。銀めっき皮膜の膜厚は標準的には5ミクロン程度である。4は電気特性を調整するための誘電体であって、テフロン(登録商標)等のフッ素樹脂が代表的な誘電材料として使用される。5は誘電体4を銀めっき皮膜2に接着している接着剤である。
【0021】
まず電波導波管部材1の内部表面に電界シアン銀めっき等の方法で銀めっき皮膜を形成する。次に上記実施例1で説明した銀めっき皮膜の表面処理工程により銀めっき皮膜の表面に親水性の保護層を形成する。次に電波特性を調整する為の誘電体を導波管内部の銀めっき皮膜上に接着する。ここで電波特性とは、導波管を伝搬する電磁波の周波数特性のことをいう。導波管はその内部の形状・寸法により、伝搬する電磁波の周波数やモードが決定される。誘電体を挿入することで、伝搬する電磁波の中心周波数、周波数帯域や伝搬損失などの周波数特性を調整することが可能となる。調整用の誘電体は板状形状のものが一般的である。誘電体は一般には導波管断面の矩形短辺の中央部分に接着される。誘電体はフッ素樹脂等が一般に使用され、誘電体表面は接着に適した処理が事前に行なわれる。接着剤はエポキシ系接着剤が一般に使用される。接着後、接着剤の硬化に必要な温度および時間を経て硬化させる。これにより無処理の銀めっき皮膜上に誘電体を接着した場合と比較し、良好な接着強度が得られる。接着強度の向上について、エポキシ系接着剤を用いて試験片を作成し確認を行った。その結果、本発明の表面処理を実施した場合には、表面処理を実施しなかった場合に比べ、接着強度が約20%程度向上したことが確認できた。
【0022】
実施例3.
上記実施例2では、導波管内面の銀めっき皮膜の処理について説明したが、次に導波管外面の銀めっき皮膜への処理について説明する。図3は、実施例3を表す電波導波管の断面を模式的に示した図である。図3において、3は導波管素材であって実施例2のものと同じである。2は銀めっき皮膜である。6は2の銀めっき皮膜上に施された塗装皮膜である。
【0023】
まず電波導波管部材1の外部表面に電界シアン銀めっき等の方法で銀めっき皮膜を形成する。次に上記実施例1で説明した銀めっき皮膜の表面処理工程により銀めっき皮膜の表面に親水性の保護層を形成する。次に銀めっき皮膜上に塗装を施す。この塗装は、電波導波管外面の設置環境における銀めっきの変色や電波導波管素材の腐食を防止するためのものである。塗装はエポキシ樹脂塗料が一般に下地塗装として用いられる。塗装後、塗料の硬化に必要な温度および時間を経て硬化させる。また、下塗り塗装としてエポキシ樹脂塗料を用いた後、この下塗り塗装の上に上塗り塗装としてウレタン樹脂塗料を塗り重ねることもある。これにより無処理の銀めっき皮膜上に塗装を施した場合と比較し、良好な塗装付着強度が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の実施例1の銀めっき皮膜への表面処理後の銀めっき皮膜表面の断面模式図である。
【図2】この発明の実施例2の誘電体が銀めっき皮膜に接着された電波導波管断面の模式図である。
【図3】この発明の実施例3の銀めっき皮膜に塗装が施された電波導波管断面の模式図である。
【符号の説明】
【0025】
1 被めっき素材、 2 親水性表面を有する銀めっき皮膜、 3 電波導波管素材、 4 誘電体、 5 接着剤、 6 塗装皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルフィド結合(−S−)とヒドロキシル基(−OH)を有し、一般式(HO−R−S−R’)で表される化合物[ここで、(−R−)及び(−R’−)は炭化水素基を表し、R又はR’の構造中に他のスルフィド結合やヒドロキシル基の側鎖を有してもよい。]を含有する水溶液に銀めっき製品を浸漬させることにより銀めっき皮膜表面上に上記化合物の層を形成することを特徴とする銀めっきの表面処理方法。
【請求項2】
銀めっき皮膜の施された電波導波管であって、上記請求項1に記載の銀めっきの表面処理方法により製造されたことを特徴とする電波導波管。
【請求項3】
上記請求項2に記載の電波導波管であって、電波導波管内面に形成された銀めっき皮膜及びその皮膜上の化合物の層に誘電体が接着されていることを特徴とする電波導波管。
【請求項4】
上記請求項2に記載の電波導波管であって、電波導波管外面に形成された銀めっき皮膜及びその皮膜上の化合物の層の上に塗料が塗布されていることを特徴とする電波導波管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−207967(P2009−207967A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−51923(P2008−51923)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】