説明

銅系含油焼結摺動部材及びその製造方法

【課題】黒鉛や二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を含有することなく優れた摩擦摩耗特性を発揮する銅系含油焼結摺動部材及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】銅系含油焼結摺動部材では、焼結マトリックス体中にAl−Cu−Fe準結晶合金粒子が均一に分散含有されていると共に潤滑油が含浸されており、Al−Cu−Fe準結晶合金粒子は、20面体の結晶構造をもつψ相からなり、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅系含油焼結摺動部材、詳しくは黒鉛や二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を含有することなく摩擦摩耗特性に優れた銅系含油焼結摺動部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
【非特許文献1】日本工業規格JISZ2550(液体潤滑剤を含浸した軸受用材料)
【特許文献1】特開昭55−134147号公報
【特許文献2】特公昭60−46161号公報
【0003】
一般に、焼結含油軸受は、多孔質金属焼結マトリックス体の空孔に潤滑油を含浸させたものからなり、代表的な含油焼結軸受は、JIS規格にも規定されている錫(Sn)9〜11重量%と黒鉛(Gr)0.5〜2.0重量%と、その他2重量%以下と、残部銅(Cu)とからなるものが知られている(非特許文献1及び特許文献1所載)。また、黒鉛に代わる固体潤滑剤として二硫化モリブデンを含有した銅系含油焼結軸受も提案されている(特許文献2所載)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS)を使用し、これを金属粉末と共に混合して成形し焼結する方法では、700℃を超える焼結温度で、焼結中にモリブデン(Mo)と硫黄(S)に熱分解し、二硫化モリブデンが本来具有する層状構造による潤滑性が低下するという問題がある。この問題を解決する方法として、二硫化モリブデンの表面を銅等で被覆した被銅二硫化モリブデンを用いる試みも提案されているが、被銅二硫化モリブデンの粉末は高価であるという問題がある。また、他の解決方法として、燐(P)を配合することにより焼結温度を下げる試みも提案されているが、燐の配合は、金属焼結マトリックス体中に脆い燐化合物の生成を余儀なくし、金属焼結マトリックス体の強度低下を惹起したり、摺動性能を低下させるなどの問題がある。
【0005】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、黒鉛や二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を含有することなく優れた摩擦摩耗特性を発揮する銅系含油焼結摺動部材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の銅系含油焼結摺動部材は、銅系焼結マトリックス体中にAl−Cu−Fe準結晶粒子が均一に分散含有されていると共に潤滑油が含浸されていることを特徴とする。
【0007】
本発明の銅系含油焼結摺動部材によれば、銅系焼結マトリックス体中に高硬度のAl−Cu−Fe準結晶合金粒子が均一に分散含有されていることにより、境界潤滑下において耐摩耗性、耐凝着性の向上が図られ、特に、含浸された潤滑油と相俟って優れた低摩擦性を発揮する。
【0008】
本発明の銅系含油焼結摺動部材において、銅系焼結マトリックス体中に分散含有されるAl−Cu−Fe準結晶合金粒子は、20面体の結晶構造をもつψ相からなる。そして、Al−Cu−Fe準結晶合金粒子は、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有するものが好ましい。このAl−Cu−Fe準結晶合金粒子は、マイクロビッカース硬さ(HV50gf)が780〜840を示す高硬度粒子であり、この高硬度粒子が銅系焼結マトリックス中に分散含有されることと後述する含油された潤滑油とにより、相手材との摺動において低摩擦性、耐摩耗性及び耐凝着性が向上される。
【0009】
このAl−Cu−Fe準結晶合金粒子の銅系焼結マトリックス体中への含有量は、4〜10重量%であることが好ましい。銅系焼結マトリックス体中への分散含有量が4重量%未満では、該準結晶合金粒子による摺動部材の耐摩耗性、耐凝着性の向上に効果が発揮されず、また含有量が10重量%を超えると、摺動部材の摺動面へ高硬度の準結晶粒子の露出割合が多くなり、相手材を損傷させる虞がある。
【0010】
本発明の銅系含油焼結摺動部材において、焼結マトリックス体は、錫0.5〜15重量%と残部銅とからなるものがよい。
【0011】
本発明の銅系含油焼結摺動部材の好ましい例において、焼結マトリックス体中には、潤滑油が5〜30容積%の割合で含浸されている。
【0012】
本発明の銅系含油焼結摺動部材の製造方法は、少なくとも錫を含む銅系粉末に、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有する準結晶合金粒子を配合して混合し、銅系粉末と該準結晶合金粒子の混合粉末を作製する工程と、該混合粉末を所望の形状を有する金型に装填し、加圧して圧粉体を作製する工程と、該圧粉体を還元性雰囲気に調整した加熱炉において500〜600℃の温度で30〜60分間焼結して焼結体を得る工程と、得られた焼結体に含油処理を施し、該焼結体中に潤滑油を含浸する工程とからなる。
【0013】
本発明の銅系含油焼結摺動部材の製造方法によれば、圧粉体の焼結温度が一般の銅系焼結摺動部材の焼結温度である750〜800℃の温度に比べ、低温度で焼結できるため、焼結摺動部材の焼結前後の寸法収縮が少なく寸法安定性に優れ、また低温度での焼結であることから、銅系焼結摺動部材の生産性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、銅系含油焼結摺動部材であって、焼結マトリックス体中に高硬度のAl−Cu−Fe準結晶合金粒子が均一に分散含有されていると共に潤滑油が含浸されていることにより、摩擦摩耗特性の向上が図られ、特に含浸された潤滑油と相俟って優れた低摩擦性を発揮する銅系含油焼結摺動部材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の銅系含油焼結摺動部材では、焼結マトリックス体中にAl−Cu−Fe準結晶合金粒子が均一に分散含有されていると共に潤滑油が含浸されている。
【0016】
焼結マトリックス体中に分散含有されるAl−Cu−Fe準結晶合金粒子は、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有する20面体の結晶構造をもつψ相からなる。
【0017】
Al−Cu−Fe準結晶合金の製造方法は、一例として、Al、Cu及びFeを準結晶Al合金が形成されるように成分調整し、これを黒鉛坩堝に投入して溶解し、溶湯を金型内に注入し冷却して鋳造体を作製したのち、該鋳造体を熱処理することによりAl−Cu−Fe準結晶が作製され、これを粉砕して所望の粒度に調整してAl−Cu−Fe準結晶合金粒子とする。具体的には、Al63Cu25Fe12(秤量は原子%であり、これを重量%に換算するとAl42.44重量%、Cu39.99重量%、Fe17.57重量%となる。)を黒鉛坩堝に投入し、還元性雰囲気中で1300℃以上の温度で溶解したのち、重力鋳造法により溶湯を筒状の金型内に注入し、冷却して筒状鋳造体を作製する。この筒状鋳造体をアルゴンガス雰囲気に調整された電気マッフル炉内において、800℃の温度で20時間以上熱処理し、その後水冷却する。この熱処理により、Al63Cu25Fe12の組成の20面体の結晶構造をもつψ相からなるAl−Cu−Fe準結晶合金が作製される。そして、このAl−Cu−Fe準結晶合金を粉砕して平均粒径40〜50μmの粒度に調整する。Al−Cu−Fe準結晶合金の他の製造方法としては、Al63Cu25Fe12合金の溶湯を液体急冷法により帯状、厚片又は粉末を得ることにより、又は更にこれを熱処理することにより得ることができる。更に、Al63Cu25Fe12合金の溶湯をガスアトマイズ法により粉化し、Al−Cu−Fe準結晶合金を得る方法がある。
【0018】
図1は、上記したAl63Cu25Fe12の組成の20面体の結晶構造をもつψ相のAl−Cu−Fe準結晶合金のX線回折結果を示すグラフである。
【0019】
本発明の銅系含油焼結摺動部材は、次のようにして製造される。
【0020】
150メッシュの篩を通過する電解銅粉末と350メッシュの篩を通過する20重量%の錫を含有する銅錫合金粉末とから、錫0.5〜15重量%と銅85〜99.5重量%との混合粉末を作製し、この混合粉末90〜96重量%に平均粒径40〜50μmのAl−Cu−Fe準結晶合金粒子を4〜10重量%配合し、V型ミキサーに投入して30分間混合して混合粉末を得る。
【0021】
混合粉末を所望の形状の中空部を備えた金型の中空部に装填し、成形圧力3〜7トン/cm(294〜686MPa)で成形して成形圧粉体を作製したのち、この成形圧粉体を中性又は還元性雰囲気に調整された焼結炉において、500〜580℃の温度で30〜60分間焼結する。得られた焼結体にサイジング加工などの機械加工を施して所望の焼結摺動部材を作製したのち、減圧下で含油処理を施して潤滑油を含浸し、潤滑油が5〜30容積%の割合で含浸された含油焼結摺動部材を作製する。
【0022】
上記した製造方法においては、500〜580℃の低温度で焼結できるため、焼結摺動部材の焼結前後の寸法収縮が少なく寸法安定性に優れ、また低温度での焼結であることから、銅系焼結摺動部材の生産性を向上させることができる。
【実施例】
【0023】
実施例
150メッシュの篩を通過する電解銅粉末42.5重量%と、350メッシュの篩を通過するアトマイズ銅−20%錫合金粉末57.5重量%との混合粉末(銅:88.5重量%、錫:11.5重量%)94重量%に対し、Al63Cu25Fe12の組成の20面体の結晶構造をもつψ相からなる平均粒径40〜50μmのAl−Cu−Fe準結晶合金粒子6重量%を配合しV型ミキサーに投入して30分間混合して混合粉末(銅:83.2重量%、錫:10.8重量%、Al−Cu−Fe準結晶合金:6重量%)を得た。
【0024】
この混合粉末を、一辺の長さが30.5mm、深さが4.5mmの中空部を具備する金型の中空部に装填し、5トン/cmの成形圧力で成形し、方形状の成形圧粉体を得た。この成形圧粉体を水素ガス雰囲気に調整した焼結炉において、580℃の温度で30分間焼結し、焼結体を得た。ついで、焼結体にサイジングを施し、一辺が30mm、厚さが4mmの焼結摺動部材を得たのち、これに減圧下で含油処理を施し、18容積%の潤滑油(タービン油)を含浸した銅系含油焼結摺動部材を得た。
【0025】
比較例
350メッシュを通過するアトマイズ錫粉末9重量%と、平均粒径40μmの天然黒鉛粉末2重量%、残部が150メッシュを通過する電解銅粉末とをV型ミキサーに投入し、30分間混合して混合粉末(錫:9重量%、黒鉛:2重量%、銅:89重量%)を得た。この混合粉末を、一辺の長さが30.5mm、深さが4.5mmの中空部を具備する金型の中空部に装填し、1.5トン/cmの成形圧力で成形し、方形状の成形圧粉体を得た。この成形圧粉体を水素ガス雰囲気に調整した焼結炉において、750℃の温度で30分間焼結し、焼結体を得た。以下、上記実施例と同様の方法で一辺が30mm、厚さが4mmの焼結摺動部材を得たのち、これに減圧下で含油処理を施し、18容積%の潤滑油(タービン油)を含浸した銅系含油焼結摺動部材を得た。
【0026】
上記した実施例及び比較例の銅系含油焼結摺動部材について、表1及び表2に示す試験条件によって摩擦摩耗特性の試験を行った。
【0027】
(表1)
(摩擦摩耗試験)
荷重(面圧) 4.9MPa(50kgf/cm
摺動速度 10m/min
試験時間 20時間
相手軸材 機械構造用炭素鋼(S45C)
内径20mm、外径25.6mmの円筒体
運動形態 スラスト試験
【0028】
(表2)
(摩擦摩耗試験)
荷重(面圧) 2.45MPa(25kgf/cm
摺動速度 20m/min
試験時間 8時間
相手軸材 機械構造用炭素鋼(S45C)
内径20mm、外径25.6mmの円筒体
運動形態 スラスト試験
【0029】
表1の試験条件による試験時間(hr)と摩擦係数との関係の試験結果を図2に示し、表2の試験条件による試験時間(hr)と摩擦係数との関係の試験結果を図3に示し、表1の試験条件による試験後の実施例及び比較例の銅系含油焼結摺動部材の摩耗量を図4に、表2の試験条件による試験後の実施例及び比較例の銅系含油焼結摺動部材の摩耗量を図5に示す。
【0030】
試験結果から、実施例の銅系含油焼結摺動部材は、摩擦係数及び摩耗量において、固体潤滑剤としての黒鉛を含有した比較例の銅系含油焼結摺動部材よりも優れていることがわかる。なお、図2及び図3における比較例の銅系含油焼結摺動部材は、試験開始後1時間で摩擦係数が急激に上昇したので試験を中止した。摩耗量はそれぞれ試験終了時の銅系含油焼結摺動部材の寸法変化量を示した。
【0031】
実施例の銅系含油焼結摺動部材は、摩擦初期においては摩擦係数が若干高い値を示したが、試験時間の経過と共に摩擦係数が低下し、非常に低い摩擦係数(0.02)で安定した摺動を示した。これは、実施例の銅系含油焼結摺動部材の焼結マトリックス体中に分散含有されたそれ自体低い摩擦係数を示すAl−Cu−Fe準結晶合金粒子と該マトリックス中に含浸された潤滑油との相乗効果により摺動部材として低い摩擦係数を発揮したためと推察される。また、摩耗量においても、焼結マトリックス体中に分散含有された硬質のAl−Cu−Fe準結晶合金粒子により摺動部材としての耐摩耗性が向上され、低い摩耗量を示したものと推察される。
【0032】
以上のように、本発明の銅系含油焼結摺動部材は、黒鉛や二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤を含有した銅系含油焼結摺動部材よりも優れた摩擦摩耗特性を発揮するものであり、製造方法においては、一般の銅系焼結摺動部材の焼結温度である750〜800℃の温度に比べ、低温度で焼結できるため、焼結摺動部材の焼結前後の寸法収縮が少なく寸法安定性に優れ、また低温度での焼結であることから、銅系焼結摺動部材の生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】Al63Cu25Fe12の組成の20面体の結晶構造をもつψ相の準結晶合金のX線回折結果を示すグラフである。
【図2】試験時間と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図3】試験時間と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図4】試験後の銅系含油焼結摺動部材の摩耗量を示すグラフである。
【図5】試験後の銅系含油焼結摺動部材の摩耗量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅系含油焼結摺動部材であって、銅系焼結マトリックス体中にAl−Cu−Fe準結晶合金粒子が均一に分散含有されていると共に潤滑油が含浸されていることを特徴とする銅系含油焼結摺動部材。
【請求項2】
Al−Cu−Fe準結晶合金粒子は、20面体の結晶構造をもつψ相からなる請求項1に記載の銅系含油焼結摺動部材。
【請求項3】
Al−Cu−Fe準結晶合金粒子は、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有する請求項1又は2に記載の銅系含油焼結摺動部材。
【請求項4】
Al−Cu−Fe準結晶合金粒子は、焼結マトリックス体中に4〜10重量%含有されている請求項1から3のいずれか一項に記載の銅系含油焼結摺動部材。
【請求項5】
銅系焼結マトリックス体は、錫0.5〜15重量%と、残部銅とからなる請求項1から4のいずれか一項に記載の銅系含油焼結摺動部材。
【請求項6】
潤滑油は、銅系焼結マトリックス体中に5〜30容積%含浸されている請求項1から5のいずれか一項に記載の銅系含油焼結摺動部材。
【請求項7】
少なくとも錫を含む銅系粉末に、一般式AlbalCuFe(ただし、a、bは原子%で24≦a≦26、11.5≦b≦13)で示される組成を有する準結晶合金粒子を配合して混合し、銅系粉末と準結晶粒子との混合粉末を作製する工程と、該混合粉末を所望の形状を有する金型に装填し、加圧して圧粉体を作製する工程と、該圧粉体を還元性雰囲気に調整した加熱炉において500〜600℃の温度で30〜60分間焼結して焼結体を得る工程と、得られた焼結体に含油処理を施し、該焼結体中に潤滑油を含浸する工程と、からなる銅系含油焼結摺動部材の製造方法。
【請求項8】
少なくとも錫を含む銅系粉末は、錫0.5〜15重量%と、残部銅とからなる請求項7に記載の銅系含油焼結摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−7433(P2009−7433A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−168656(P2007−168656)
【出願日】平成19年6月27日(2007.6.27)
【出願人】(000103644)オイレス工業株式会社 (384)
【Fターム(参考)】