説明

鋳造方法および鋳造金型用の水溶性離型剤

【課題】離型剤から発生するガスの量を低減させることができ、鋳造品へのガスの巻込みを低減させて鋳造品の品質の向上させ、更に金型の成形キャビティの成形型面からの鋳造品の離型性を向上させる鋳造方法および鋳造金型用の離型剤を提供する。
【解決手段】加熱された金型の成形キャビティの成形型面に液状の離型剤を塗布する工程と、離型剤が塗布された金型の成形キャビティにアルミニウム系またはマグネシウム系の溶湯を注入して固化させて鋳造品を形成する鋳造工程とを実施する。離型剤は、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を骨格とするシリコーンレジンを含むエマルジョンを主要成分とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水溶性の離型剤を金型に成形キャビティの成形型面に塗布して鋳造する鋳造方法および鋳造金型用の水溶性離型剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカスト鋳造等の金型鋳造では、一般的には、鋳造品を取出した後における金型の成形キャビティの成形型面に水溶性の離型剤が塗布される。金型は離型剤の塗布により、金型の成形キャビティの成形型面は冷却される。また、金型の成形キャビティの成形型面に離型剤の膜を形成することで、次回の溶湯鋳込み時に、金型の成形キャビティの成形型面と鋳造品とが張り付くことが抑制される。これにより鋳造品に焼付きやかじり、ひずみ等の問題がない健全な状態で、金型の成形キャビティから鋳造品を離型させることができる。
【0003】
しかしながら離型剤は上記した利点をもつものの、離型剤の膜は、溶湯の熱と反応し、かなりのガスを発生する。このため離型剤から発生したガスが溶湯に巻き込まれ、鋳造品の品質に影響を与えるおそれがある。
【0004】
離型剤としては、一般的なオイル系→ワックス系→シリコーンオイル系に順に変遷している。現在使用されているシリコーンオイル系の離型剤は、一般的なオイル系、ワックス系に比較して、離型剤から発生するガスの量がかなり減少している。しかしながら、近年、鋳造品の品質への要求がますます厳しくなっているため、離型剤から発生するガス量を更に低減させることが強く要望されている。
【0005】
そこで、特許文献1に示すように、溶湯の金属よりもイオン化傾向が高い金属(例えばナトリウム、カルシウムなど)をもつ水溶性無機塩を水性媒体に溶解せしめ、PH値を10以上とした離型剤が開発されている。これによれば、離型剤から発生するガス量を低減できると共に、スプレー噴霧するとき、周辺機器の腐食も防止できる利点をもつ。
【特許文献1】特開2002−178122号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら上記した離型剤においても、ガス量を充分に低減させ鋳造品の品質を向上させるには限界がある。更に、水溶性離型剤の塗布方法には十分注意が必要であり、従来の一般的な水溶性の離型剤塗布方法では使いこなすことが難しいという難点がある。
【0007】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、従来の水溶性の離型剤で用いられていた塗布方法(スプレー塗布など)を使用することができ、更に、離型剤からの発生するガスの発生量を低減させることができ、離型剤から発生するガスが鋳造品に巻き込むことを低減させることで、鋳造品の品質の向上を図ることができ、更にまた、金型の成形キャビティの成形型面からの鋳造品の離型性を向上させることができる鋳造方法および鋳造金型用の水溶性離型剤を提供することを課題とするにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記した課題を達成するためにアルミニウム系またはマグネシウム系の鋳造方法に用いられる離型剤について鋭意開発を進めている。そして、本発明者は、現在使用されているシリコーンオイル系の水溶性の離型剤のガス発生メカニズムと金型温度との関係に着目した。図1の特性線Dは、シリコーンオイル系の離型剤の熱分解の特性を示す。シリコーンオイル系の離型剤によれば、図1の特性線Dに示すように、離型剤が100℃から昇温されるとき、離型剤は約400℃付近で急激な熱分解をおこし、約550℃で熱分解はほば終了する。
【0009】
ここで、溶湯が金型に注湯されたとき、金型の表面の温度が約600℃になると仮定する。図1の特性線Dによれば、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、600℃において金型の成形キャビティの成形型面に残る離型剤の残差としては、約15%前後(図1のΔX1にほぼ相当)であり、少ないものである。これでは、金型から鋳造品を離型させる離型性の向上には限界がある。
【0010】
更に、ダイカスト鋳造時の金型温度をみると、離型剤を塗布した後の金型温度は一般的には約150〜250℃前後であることが多い。単位時間当たりの注湯回数が多いときには、離型剤を塗布した後の金型温度は更に昇温する。このとき、金型の成形キャビティの成形型面に塗布された離型剤に含まれている水分は、金型の熱により飛んでいるものの、離型剤に含まれている有機分のかなりの部分は未だ熱分解していない状態であることに本発明者は着目した。そして、離型剤に含まれている有機分の大部分が熱分解していない状態で、金型は型締めされ、高温の溶湯が金型の成形キャビティに注入される。このため、金型の成形キャビティの成形型面に塗布された離型剤の膜は、鋳込み時に高温の溶湯と反応してガスを発生させる。
【0011】
ここで、図1の特性線Dによれば、仮に、金型に離型剤が塗布されときの温度を300℃とし、溶湯鋳込みの後の温度を600℃とすると、離型剤が300℃から600℃に昇温されることになり、この場合、質量比で約80%(図1のΔX2にほぼ相当)が溶湯の熱によりガス化し、そのガスが溶湯中に巻き込まれるおそれがあると想定される。
【0012】
そこで、本発明者は、第1に、図1の矢印α1に示すように特性線Dを高温側から低温側に移行させれば、離型剤を塗布した状態の金型温度において離型剤の有機分(ガス化の要因となる)の熱分解をほとんど終了させ易いこと、第2に、図1の矢印α2に示すように特性線Dを底上げすれば、離型剤が金型の成形キャビティの成形型面において金型の熱により熱分解した後においても、離型剤の残差量(離型性向上に寄与)をできるだけ増加させることを設計目標とし、以上の2点を考慮して、本発明に係る離型剤を開発した。
【0013】
即ち、様相1の本発明に係る鋳造方法は、加熱された金型の成形キャビティの成形型面に液状の水溶性の離型剤を塗布する工程と、離型剤が塗布された金型の成形キャビティにアルミニウム系またはマグネシウム系の溶湯を注入して固化させて鋳造品を形成する鋳造工程と、金型から鋳造品を離型させる離型工程とを順に実施する鋳造方法において、離型剤は、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を骨格とするシリコーンレジンを含むエマルジョンを主要成分とすることを特徴とするものである。
【0014】
様相2の本発明に係る鋳造金型用の水溶性離型剤は、金型の成形キャビティの成形型面に塗布される水溶性の離型剤において、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を骨格とするシリコーンレジンを含むエマルジョンを主要成分とすることを特徴とする。
【0015】
本発明に係る離型剤はエマルジョン型であるため、長い間放置したとしても、シリコーンレジンの沈降が少ないかほとんどない。このためシリコーンオイル系の水溶性離型剤で用いられている塗布方法(スプレー塗布など)を使用することができる。
【0016】
本発明に係る離型剤の主要成分であるシリコーンレジンにおいては、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合の架橋度がシリコーンオイルに比較して高いため、金型の成形キャビティの型面に塗布された離型剤の膜の強化に有利である。
【0017】
更に、本発明に係る離型剤の主要成分であるシリコーンレジンは、同一質量であれば、シリコーンオイルに比較して無機分の割合が相対的に多く、有機分の割合が相対的に少ない。従って、離型剤を金型の成形キャビティの成形型面に塗布した状態において、離型剤の有機分の大部分は、溶湯の注湯前の段階で金型の熱により熱分解することができる。このため、金型に塗布された離型剤と溶湯とが反応して発生するガスの量をかなり低下させることができる。これにより鋳造品に巻き込まれるガス量が低減され、鋳造品のガス欠陥が抑えられる。
【0018】
更に、本発明に係る離型剤の主要成分であるシリコーンレジンは、同一質量であれば、シリコーンオイルに比較し、無機分の割合が相対的に多い。このため、溶湯と離型剤とが反応した後においても、シリコーンオイルに比較して離型剤の残差が相対的に多い。従って、金型の成形キャビティの成形型面から鋳造品を離型させるとき、鋳造品の離型性が向上する。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る離型剤は水溶性であり、シリコーンオイル系の水溶性離型剤で用いられている塗布方法(スプレー塗布など)において使用することができる。更に、本発明に係る離型剤から発生するガスの発生量を低減させることができ、離型剤から発生するガスが鋳造品に巻き込まれることを低減させることができる。これにより鋳造品の品質の向上を図ることができる。また、本発明に係る水溶性離型剤に含まれている無機分の割合が相対的に多いため、鋳造品を金型の成形キャビティの成形型面から離型させるとき、鋳造品の離型性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の離型剤は水溶性のエマルジョン型であり、従来と同じ水溶性の離型剤を塗布する塗布方法(例えばスプレー塗布)をそのまま使用することができる。
【0021】
離型剤に含まれている有機分は、離型剤の濡れ性やすべり性を改善させることで、離型剤を金型の成形キャビティの成形型面の細部まで行きわたらせる働きをするが、熱分解してガス化する傾向をもつ。本発明の離型剤は、従来のシリコーンオイル系の離型剤に比較して、無機分が相対的に多く、有機分が相対的に少ない。従って離型剤から発生するガス量を低減させるのに有効である。
【0022】
本発明に係る離型剤の好ましい形態によれば、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から300℃まで昇温したときにおける質量の減少量は15〜40%である。この場合、質量の減少量は15%以上、20%以上、30%以上にできる。ここで、300℃まで昇温したときにおける質量の減少量が多いことは、離型剤を金型の成形キャビティの成形型面に塗布した状態において、離型剤に含まれている有機分が金型の熱によりガス化しており、この結果、溶湯と離型剤とが接触するとき、溶湯の熱により離型剤から発生するガスの量が少ないことを意味する。
【0023】
本発明に係る離型剤の好ましい形態によれば、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から600℃まで昇温したときにおける質量の残差量は50%以上である。この場合、質量の残差量は55%以上、60%以上にできる。ここで、600℃まで昇温したときにおける質量の残差量が多いことは、離型剤が金型の成形キャビティの成形型面に残差として残り易く、鋳造品の離型性を向上させることを意味する。従って、質量の残差量は55%以上、60%以上、65%以上とすることができる。ここで、100℃に保持して離型剤の水分を蒸発させて除去するにあたり、離型剤の重量が2gのとき、離型剤を100℃に30〜60分間加熱保持することにより行い得る。
【実施例】
【0024】
本発明の実施例を具体的に説明する。表1に示す配合比により、主成分であるシリコーンレジンを含有するエマルジョンと、従来のシリコーンオイル系の離型剤1,2,3と水と防腐剤とをそれぞれ少量混合することにより、本実施例に係るシリコーンレジン系の離型剤A、離型剤B、離型剤C、即ち、3種類のエマルジョン型の離型剤を調製した。離型剤A、B、Cはエマルジョン型であるため、長い間放置したとしても、シリコーンレジンの沈降が少ないかほとんどない。このためシリコーンオイル系の水溶性離型剤で用いられている塗布方法である(スプレー塗布をそのまま使用することができる。
【0025】
離型剤1は、分子量が5500〜7500の比較的低分子の化合物を含む。離型剤2は分子量が8500〜12500の化合物を含む。離型剤3は、分子量が12500〜16500の比較的高分子の化合物を含む。離型剤3,2,1の順に熱分解速度が早くなる。なお離型剤1〜3に界面活性剤が含まれている。
【0026】
ここで、シリコーンレジンを含有するエマルジョンと、従来から使用されているシリコーンオイル系の離型剤1,2,3とを混合している主な理由としては、離型剤としての潤滑性能を向上し、鋳造品を離型する際の鋳造品と金型の摺動部分のカジリを抑えるためである。
【0027】
シリコーンオイルの化学構造式を化1および化2に示す。シリコーンレジンの化学構造式を化3に示す。各化学構造式において、○で囲んでいる部分は有機分であり、溶湯の熱によりガス化し易い部分と考えられる。シリコーンオイルによれば、ケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を有する直鎖の骨格に、有機分であるαメチルスチレン付加物、アルキル基およびメチル基がついている。これに対してシリコーンレジンによれば、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を有する骨格が交差するように架橋した形とされており、シリコンのところどころにメチル基(−CH3)がついている。シリコーンレジンによれば、シリコーンオイルに比較して架橋度が高いという特徴、有機分の割合が相対的に少なくなっており、ガス化する割合が少ないという特徴を有する。
【0028】
【化1】

【0029】
【化2】

【0030】
【化3】

【0031】
【表1】

【0032】
本実施例に係る離型剤A、B、Cを次のように試験した。まず、離型剤A、B、Cおよび従来の離型剤Dについて熱分解性を熱重量分析により試験した。従来の水溶性の離型剤Dは比較例にほぼ相当するものであり、従来から使用されているシリコーンオイル系の水溶性の離型剤とした。熱重量分析においては、先ず、アルミ皿にて離型剤の水分を除去し、有効成分を熱重量分析装置(理学電機株式会社,型式TAS100)にて測定した。即ち、この試験では、熱重量分析装置を用い、容器(材質:アルミ系)に収容した各離型剤(2g)を100℃に30〜60分間加熱保持して水分を除去し、その後、15mgの有効成分を白金の容器に入れ、100℃から800℃付近まで加熱して離型剤の減量を評価した。試験結果を図2に示す。図2において、特性線Aは離型剤Aに相当し、特性線Bは離型剤Bに相当し、特性線Cは離型剤Cに相当し、特性線Dは離型剤Dに相当する。
【0033】
更に説明を加える。従来から使用されているシリコーンオイル系の離型剤によれば、図2の特性線Dに示すように、熱分解は約250℃のβ1から始まり、400〜550℃との間において急激な熱分解を起こして減量する減量低下領域が存在しており、700〜800℃において熱分解がほぼ終了し、約15%前後の残査(図2のΔX1にほぼ相当)が生じる。この場合、離型剤が溶湯の熱により熱分解してガス化する量は、ΔX2(300〜600℃までの減量)にほぼ相当すると考えられる。従って、離型剤Dによれば、熱分解性を示す特性線Dの傾きが最も大きい部位は400〜500℃に存在する。
【0034】
これに対して図2の特性線A、B、Cに示すように、本実施例の離型剤A、B、Cによれば、熱分解は、離型剤を塗布した後の金型温度である約200℃前後から熱分解が始まり、300℃においてかなりの量が熱分解して既にガス化する。殊に、本実施例の離型剤Aによれば、300℃において図2に示すΔY4にほぼ相当する量(約28〜30%)が熱分解してガス化する。従って、離型剤Dによれば、これの熱分解性を示す特性線Dの傾きが最も大きい部位β2は450〜500℃内に存在する。これは金型の成形キャビティに注湯された溶湯の熱により、離型剤Dが熱分解してガス化される量が多いことを意味する。
【0035】
また、図2の特性線A、B、Cに示すように、金型の温度が600℃(溶湯を注湯したときの金型の表面温度にほぼ相当する)においては、質量比で、約60%の残査(ΔY1にほぼ相当)が生じる。この場合、離型剤Aによれば、金型に塗布された離型剤が300℃から600℃に昇温されるにあたり熱分解してガス化する量は、ΔY2程度にほぼ相当すると考えられ、ΔX2に比較して極めて少ない。離型剤B,Cについても同様であり、300℃から600℃に昇温されるにあたり溶湯の熱により熱分解してガス化する量はかなり少ない。
【0036】
また、熱分解性を示す図2の特性線A、B、Cから理解できるように、本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、400〜550℃との間において急激な熱分解を起こす減量低下領域は存在しておらず、特性線A、B、Cの傾きが最も大きい部位は200〜300℃に存在する。
【0037】
このような図2に示す結果により、本実施例の離型剤A、B、Cによれば、次の(1)(2)の効果が得られる。
【0038】
(1)離型剤A、B、Cを金型の成形キャビティの成形型面に塗布した後、金型温度において離型剤A、B、Cの有機分の熱分解の大部分が終了する。このため、金型に溶湯を注湯したとき、離型剤A、B、Cが溶湯と反応して発生するガスの量は少ない。このため鋳造品へのガスの巻き込みが抑えられる。
【0039】
(2)金型に塗布した離型剤A、B、Cの有機分の熱分解が終了した後、600℃以上の高温に加熱されたしても、即ち、高温の溶湯と接触したとしても、金型の成形キャビティの成形型面に残っている離型剤A、B、Cの残差量(ΔY1にほぼ相当)を増加させることができる。このように残差量(ΔY1にほぼ相当)を増加させることができるので、金型の成形キャビティの成形型面からの鋳造品の離型性が向上する。
【0040】
すなわち、従来の離型剤Dによれば、100℃に保持したときにおける離型剤の質量を100%とするとき、質量の約80%(ΔX2にほぼ相当)が金型に注湯された溶湯の熱により熱分解してガス化する。そのガスは、鋳造品内に巻き込まれてしまうおそれが高い。更に、従来の離型剤Dによれば、注湯後の離型剤の残差量は約15%(ΔX1にほぼ相当)と少なく、高い離型性を得るためには限界がある。
【0041】
これに対して本実施例の離型剤A、B、Cによれば、100℃に保持したときにおける離型剤の質量を100%とするとき、金型の成形キャビティに注湯された溶湯により熱分解する量は、熱分解前の離型剤A、B、Cの質量のうち約20〜30%以内であり、高温の溶湯が金型に注湯されたとしても、離型剤A、B、Cの質量の約50%以上が金型の成形キャビティの成形型面に残差として残ることを意味する。これにより本実施例の離型剤A、B、Cによれば、残差量が多く、鋳造品を金型の成形キャビティの成形型面から離型させる離型性が向上する。
【0042】
図2によれば、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から300℃まで昇温したときにおける質量の減少量としては、離型剤Dは約4%と少ない。しかし離型剤Aは約28%で離型剤Dの7倍であり、離型剤Bは約21%で離型剤Dの約5.3倍であり、離型剤Cは約15%で離型剤Dの約3.8倍である。
【0043】
また図2によれば、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から600℃まで昇温したときにおける質量の残差量としては、離型剤A、B、Cは約60〜62%であり、離型剤Dの約4倍である。
【0044】
次に、本実施例の離型剤A、B、Cと従来の離型剤Dとにおいて、無機分と有機分との成分割合(熱分解前の成分割合)を求めた。この場合、成分割合を化学式から演算で求めた。成分割合を図3に示す。図3の縦軸は成分割合の質量比を示す。図3に示すように、従来の離型剤Dによれば、無機分:有機分の比率が1:7であり、離型性に貢献する無機分の割合が少ない。これに対して、本実施例の離型剤A、B、Cによれば、無機分:有機分の比率が質量比で基本的には7:5となっており、離型性に貢献する無機分の割合が相対的に多い。このように本実施例の離型剤A、B、Cによれば、無機分が相対的に増加しているため、離型性の向上の効果が期待でき、更に、離型剤に含まれる有機分が減少しているため、高温の溶湯と反応して離型剤から発生するガス量を低減させる効果が期待できる。
【0045】
更に、本実施例の離型剤A、B、Cおよび従来の離型剤Dの4種類について、1)付着量評価、2)冷却性評価、3)蒸発性評価、4)離型抵抗評価、5)離型抵抗評価で用いた試験片におけるガスの発生状態について、それぞれ試験した。それぞれの試験方法は以下のとおりである。
【0046】
1)付着量評価…所定温度(150℃、200℃、250℃、300℃、350℃)に加熱した鉄板(厚み1.5ミリメートル)に離型剤を6秒間スプレー塗布した。その後、離型剤を塗布した後の鉄板重量と離型剤を塗布する前の鉄板重量との差を求め、差により、離型剤の付着量を評価した。一般的には、鉄板の温度が所定温度域よりも高温であれば、離型剤は付着しにくいので、付着性の評価は鉄板の温度を考慮して評価した。例えば付着量1.7gであっても、300℃では△であるが、350℃では○として評価した。付着量が多い程、離型剤が金型の成形キャビティの成形型面に付着し易く、離型剤の付着性が良好であることを意味する。
【0047】
2)冷却性評価…所定温度(350℃)に加熱した鉄板(厚み20ミリメートル)に離型剤を30秒間スプレー塗布した。そして塗布による鉄板温度の降下を測定した。これにより金型の冷却性を評価した。
【0048】
3)蒸発試験…離型剤の蒸発温度については、加熱したすりばち状の鉄板(厚み20ミリメートル)に離型剤を2cc滴下し、離型剤の液滴が玉状になる(ライデンフロスト)温度を測定した。蒸発温度が260℃であることは、260℃以上で液滴が玉状になり、260℃未満では液滴が玉状でなく膜状になることを意味する。また、蒸発時間については、130℃に加熱したすりばち状の鉄板(厚み20ミリメートル)に離型剤を2cc滴下し、それが蒸発するまでの時間を測定した。蒸発時間が短いと、金型の成形キャビティの成形型面に離型剤を塗布するとき、成形型面における水残りが少なく、鋳造品の水欠陥が発生しにくいことになる。
【0049】
4)離型抵抗評価…ルブ(Lub)テスターによる離型剤の離型抵抗を評価した。この場合、温度250℃および350℃の鉄板(厚み30ミリメートル)に離型剤を塗布し、離型剤を塗布した鉄板にリング体(内径:60ミリメートル、高さ:50ミリメートル,材質:SS400)で区画された空間に、アルミニウム合金系の溶湯を注湯して固化させ、試験片を形成した。その後、リング体を鉄板に沿って移動させるときの摺動荷重で鋳造品の離型抵抗を評価した。摺動荷重が小さい程、離型抵抗が少なく、離型性が高いことになる。
【0050】
5)試験片におけるガス発生状態…ラブ(Lub)テスターの試験片のうち、鉄板に塗布した離型剤に接触する試験片の表面におけるガスの発生状態を評価した。
【0051】
【表2】

【0052】
試験結果を表2に示す。表2に示すように、従来の離型剤Dによれば、150〜200℃では付着性が良好であるものの、300℃を越える高温においては付着量は良好ではなかった。このように付着量が良好でないため、離型抵抗も大きく、離型性が良好ではなかった。これに対して本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、従来の離型剤Dに比較して離型剤の付着量および離型抵抗において優位な結果を示し、250℃、300℃、350℃において離型剤の付着量は良好であり、離型抵抗も良好であった。
【0053】
更に、離型剤による金型の冷却性については、従来の離型剤Dによれば、鉄板は208℃までしか冷却されず、金型の冷却性の評価は×であった。これに対して本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、鉄板は145〜155℃の範囲に冷却されており、金型の冷却性は良好であった。殊に、離型剤Cによれば、鉄板は145.4℃に冷却されており、金型の冷却性は最も良好であった。
【0054】
更に、離型剤の蒸発性については、従来の離型剤Dによれば、蒸発温度が220℃であり、離型剤の液適が玉状となり易かった。これに対して本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、蒸発温度は250〜260℃であり、離型剤の液適は玉状になりにくいものであった。殊に、離型剤B、Cによれば、玉状になりにくい性質を有している。このように離型剤A、B、Cは、従来の離型剤Dに比較して玉状になりにくい性質をもつ。ここで、金型の成形キャビティの成形型面は一般的には上下方向に沿っているため、離型剤が玉状になると、離型剤が金型の成形キャビティの成形型面に堆積されにくいことを意味する。従って蒸発温度が高いことは、金型の成形型面が高温でなければ、離型剤が玉状になりにくいことを意味する。このように離型剤A、B、Cは玉状になりにくい性質をもつため、金型が高温であっても、離型剤が金型の成形キャビティの成形型面に堆積され易い。
【0055】
また、従来の離型剤Dによれば、蒸発時間が36秒であり、長かった。これに対して本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、蒸発時間が19〜26秒であり、かなり短かった。蒸発時間が短いことは、離型剤を金型の成形キャビティの成形型面に塗布するとき、離型剤の水分が金型の熱で蒸発し、結果として水分に起因する鋳造結果が発生しにくいことを意味する。このように本実施例に係る離型剤A、B、Cによれば、離型剤を金型の成形キャビティの成形型面に塗布するとき、離型剤の水分が金型の熱で蒸発し、水残りが発生しにくいことを意味する。また試験片におけるガス発生状況については、従来の離型剤Dの評価は×であったものの、本実施例に係る離型剤A、B、Cの評価はいずれも◎であり、格段に良い結果となっていた。この意味においても離型剤A、B、Cから発生するガス量は少ない。
【0056】
更に、ダイカスト鋳造機を用い、金型(材質:SKD−61)の成形キャビティに溶湯を実際にダイカスト鋳造する実機試験を行った。この場合、1)金型温度、2)鋳造品内ガス量について試験した。試験は350tダイカスト機を用い、図4(A)(B)に示す形状の金型で形成されている試験型の成形キャビティ(単位mm)に、アルミニウム合金の溶湯(690℃,材質ADC−12)を注湯することによりダイカスト鋳造した。図4(A)は金型の側面図を示し、(B)は断面図を示す。離型剤としては上記した実験と同様に、本実施例に係る離型剤A、B、Cおよび従来の離型剤Dを用いた。そして、金型温度、鋳造した試験片における鋳造品内ガス量を測定した。鋳造品内ガス量の合計は、鋳造品100グラム当たりのガス体積(cc)で求めた。この場合、高真空中において試験片を溶解して真空度を低下させ、真空度の低下により鋳造品内ガス量の合計を求めた。N2除去後のガス量については、採取した鋳造品内ガスからガスクロマトグラフィによりN2量を除去して求めた。N2量は、成形キャビティの空気が巻き込まれた量にほぼほぼ相当すると考えられる。このため、N2除去後の鋳造品内ガス量は、金型に塗布した離型剤の熱分解により生成したガスが鋳造品内部に巻き込まれたガス量にほぼ相当すると考えられる。
【0057】
【表3】

【0058】
実鋳造における評価結果を表3に示す。金型温度については、鋳造品取り出し後では、D>A>B>Cの関係となっており、離型剤A,B,Cは金型温度を低くできる。また、離型剤を塗布した後の金型温度についても、離型剤A,B,Cはいずれも良好であった。これにより離型剤A、B、Cが金型を冷却する能力があることがわかる。特に、離型剤Cが最も金型を冷却する能力があることがわかる。また鋳造品内ガス量については、D>B>A>Cの関係となっており、従来の離型剤Dが最も多く、離型剤Cが最も少ない結果であった。
【0059】
以上の実機での試験結果により、シリコーンレジンを主成分とする本実施例の離型剤A、B、Cは、従来使用されているシリコーンオイル系の離型剤(離型剤D)に比較して、離型剤から発生するガスの量をかなり低減させる効果があることがわかる。すなわち、離型剤A、B、Cは、ダイカスト鋳造品等の金型鋳造においてガス巻込み巣を低減することが可能であり、鋳造品の品質を向上させることができる。特に、離型剤Cについては、従来のシリコーンオイル系の離型剤と比較して、金型の冷却能力が最も向上していることから、単位時間内における注湯回数を増加させることができ、ダイカスト鋳造等の金型鋳造の生産性を向上させることが可能である。
【0060】
上記した実施例はアルミニウム系の溶湯を注湯する鋳造方法に適用しているが、これに限らず、マグネシウム系の溶湯を注湯する鋳造方法に適用することにしても良い。その他、本発明は上記した実施例のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明はアルミニウム系またはマグネシウム系のダイカスト鋳造等の金型鋳造に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】シリコーンオイル系の離型剤の熱分解性および本発明に係る離型剤の設計思想を示すグラフである。
【図2】実施例に係る離型剤A、B、Cおよび従来の離型剤Dの熱分解性を示すグラフである。
【図3】実施例に係る離型剤A、B、Cおよび従来の離型剤Dの無機分および有機 分の割合を示すグラフである。
【図4】(A)(B)ダイカスト鋳造機を用いて試験したときにおける金型のサイズを示す構成図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱された金型の成形キャビティの成形型面に液状の水溶性の離型剤を塗布する工程と、前記離型剤が塗布された前記金型の前記成形キャビティにアルミニウム系またはマグネシウム系の溶湯を注入して固化させて鋳造品を形成する鋳造工程と、前記金型から前記鋳造品を離型させる離型工程とを順に実施する鋳造方法において、
前記離型剤は、有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を骨格とするシリコーンレジンを含むエマルジョンを主要成分とすることを特徴とする鋳造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記水溶性離型剤は、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から300℃まで昇温したときにおける質量の減少量は15〜40%であることを特徴とする鋳造方法。
【請求項3】
請求項1または2において、前記水溶性離型剤は、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から600℃まで昇温したときにおける質量の残差量は50%以上であることを特徴とする鋳造方法。
【請求項4】
金型の成形キャビティの成形型面に塗布される水溶性の離型剤において、
有機基をもつケイ素と酸素とが結合したシロキサン結合を骨格とするシリコーンレジンを含むエマルジョンを主要成分とすることを特徴とする鋳造金型用の水溶性離型剤。
【請求項5】
請求項3において、前記水溶性離型剤は、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から300℃まで昇温したときにおける質量の減少量は15〜40%であることを特徴とする鋳造金型用の水溶性離型剤。
【請求項6】
請求項4または5において、前記水溶性離型剤は、100℃に保持して水分を蒸発させた状態の質量を100%とするとき、100℃から600℃まで昇温したときにおける質量の残差量は50%以上であることを特徴とする鋳造金型用の水溶性離型剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−185678(P2007−185678A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4809(P2006−4809)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000124889)花野商事株式会社 (7)
【Fターム(参考)】