説明

鋳鋼片の表層処理装置及び鋳鋼片の表層処理方法

【課題】交流磁場の分布を調整することによってプラズマアークの鋳鋼片表面への入射角を常に一定にし、鋳鋼片の幅方向の任意の位置において均一な溶融処理を行う。
【解決手段】表層処理装置1は、鋳鋼片Hとの間にプラズマアークPを発生させるプラズマトーチTを備える。交流磁場発生装置(電磁コイル21、22)により、プラズマトーチTと鋳鋼片Hの間に、プラズマアークPを鋳鋼片Hの幅方向Aに往復移動させる交流の磁場Mtと、その下方に磁場Mtとは逆向きの交流の磁場Mhとを発生させる。幅方向Aに往復移動したプラズマアークPを、鋳鋼片Hに到達する手前で逆向きの磁場Mhによる電磁力で曲げ戻して、プラズマアークPの鋳鋼片Hへの入射角を制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば鋼の連続鋳造鋳片や、圧延途中の鋼片などの鋳鋼片の表層を、プラズマによって加熱したり、溶融処理するための表層処理装置および表層処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば連続鋳造後の鋳片や圧延途中の鋼片の表層を改質する処理には、プラズマ加熱装置が用いられている(特許文献1参照)。
【0003】
プラズマ加熱装置は、例えば搬送される鋳片に対向配置された、トーチを陰極、鋳片を陽極とする直流プラズマのプラズマトーチを備え、当該プラズマトーチと鋳片との間にプラズマアークを発生させ、そのプラズマアークの熱によって鋳片を加熱して溶融し、その表層を例えば改質処理するようになっている。
【0004】
鋳鋼片の表層を溶融処理する場合には、鋳鋼片に対し、プラズマアークによって均一に加熱、溶融させ、可能な限り鋳鋼片の表層を均一に溶融処理する必要がある。すなわち、特許文献1等に示す技術を用いて幅の広い鋳鋼片を加熱する場合、鋳鋼片の幅方向全体にプラズマアークを当てて、鋳鋼片を加熱する必要がある。このため、交流磁場の電磁力を用いてプラズマアークを鋳鋼片の幅方向に往復移動させて鋳片を加熱することが提案されている(特許文献2参照)。このように交流磁場の電磁力を用いてプラズマアークを往復移動させる方法は、プラズマトーチをスキャンさせる方法に比べて、機械的な部品点数を少なくできる点で優れている。なお本願において「鋳鋼片」とは、「鋳片」と「鋼片」を総称したものであり、「鋳片」とは鋳造後の鋼材を、「鋼片」とは鋳片を圧延した後の鋼材を意味している。
【0005】
【特許文献1】特開2004−195512号公報
【特許文献2】特開昭54−142154号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記の従来技術では、例えば図13に示すように、鋳鋼片Hの搬送方向Bに対してプラズマトーチTの前後に、それぞれ2本ずつの互いに平行な、例えば金属線からなる電流通路51、52、53、54を設けて、図中の太矢印に示すような交流磁場Mを発生させ、当該交流磁場Mによる電磁力で、プラズマアークを図13の紙面に直交する方向に往復移動させる。なお、図に示す電流方向は、ある一瞬の状態を示すものであり、交流電流であるために、時間の経過に伴い方向が入れ替わるが、常に電流通路51と52に流れる電流が同じ方向であり、電流通路53と54に流れる電流はその逆向きである。
【0007】
このようにしてプラズマアークを鋳片Hの幅方向に往復移動させる際、移動の両端部では、図14に示すように、プラズマアークPが鋳片Hの表面に対して斜め方向に入射する。かかる場合、プラズマトーチT直下での入射幅aと比較すると、端部での入射幅bの方がより大きくなるため、端部での入射熱の密度はプラズマトーチT直下よりも低くなる。また斜めに入射することによりプラズマガスが拡散するので、入射熱量は単純に入射部の面積の比率だけでは導き出せなくなる。したがって、一定のプラズマ出力で且つプラズマアークPを等速に往復移動させると、鋳片Hの幅方向Aの位置によってプラズマアークPの入熱量が異なり、部分的に処理不良が発生したり、均一な処理ができないおそれが生ずる。
【0008】
このように、プラズマアークPが鋳片Hの幅方向A位置によって異なる角度で入射される場合、溶融する鋳片表層の溶融深さを均一にするには、位置により印加する交流磁場の波形や振動数を変化させなければならない。しかも、鋳片の種類や処理速度、プラズマ出力等の処理条件に応じて、それぞれ異なる交流磁場の調整を行う必要がある。そのため、複数の処理条件について予め処理試験を行い、適正な交流磁場の波形や振動数を設定しなければならず、多大な手間がかかる。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、交流磁場の分布を調整することによってプラズマアークの鋳鋼片表面への入射角を常に一定にし、鋳鋼片の幅方向の任意の位置において均一な溶融処理を行うことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題を解決するため、本発明は、鋳鋼片との間にプラズマアークを発生させるプラズマトーチを備えた表層処理装置において、前記プラズマトーチと前記鋳鋼片の間に、前記プラズマアークを前記鋳鋼片の幅方向に往復移動させる交流磁場と、その下方に前記交流磁場とは逆向きの交流磁場とを発生させる交流磁場発生装置を有することを特徴としている。
【0011】
このように本発明においては、プラズマアークを往復移動させる交流磁場、及び被処理部材である鋳鋼片の手前でそれとは逆向きの交流磁場、の両方を発生させる交流磁場発生装置を有しているので、例えばプラズマアークを鋳鋼片の幅方向に沿って左側に移動させたときに、鋳鋼片に入射する直前でプラズマアークを右方向に曲げ戻すことができる。つまり、プラズマアークが傾いた状態で鋳鋼片に入熱しないように、鋳鋼片への入射角を調整することができる。したがって、プラズマアークを幅方向に移動させても、プラズマトーチの直下に入熱するときと同様に常にほぼ直角の入射角を保って入熱し、表層処理を行うことができる。なおここで「ほぼ直角」の入射角を保って入熱するとしたのは、必ずしも厳密に直角である必要はなく、直角、若しくはその不可避的な誤差範囲は本発明のかかる作用によって得られるものだからである。したがって、以下、本発明の作用に関してプラズマアークが直角の入射角を保って鋳鋼片へ入熱する旨の記載があっても、それは必ずしも厳密に直角であることだけに限定されるものではない。
【0012】
前記交流磁場発生装置は、前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後に配置された一対の電磁コイルと、前記一対の電磁コイルに同方向の交流電流を供給する交流電源とで構成してもよい。これによって、簡単な構造で、プラズマアークを往復移動させる交流磁場及び曲げ戻す磁場の両方を発生させることができる。かかる場合、前記一対の電磁コイルを、上下方向に移動可能としてもよい。
【0013】
さらに前記交流磁場発生装置は、前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後にそれぞれ上下に並列配置された片側4つずつの電磁コイルと、前記電磁コイルに交流電流を供給する交流電源からなり、前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルとが互いに逆向きの交流磁場を形成するものとしてもよい。このような構造とすれば、プラズマアークを往復移動させる交流磁場と、鋳鋼片付近でプラズマアークを曲げ戻す磁場とを、異なる電磁コイルによって形成するので、より容易に、また精密にプラズマアークの入射角を調整することができる。
【0014】
また前記の場合、前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルとに対して、異なった交流電源から交流電流が供給されるようにしてもよい。これによって、プラズマアークの振れ幅及び入射角の各々に関して微調整ができるので、さらに精密な表層処理が可能である。
【0015】
また別な観点によれば、本発明は、鋳鋼片との間にプラズマアークを発生させるプラズマトーチを備え、プラズマアークによって鋳鋼片の表層を処理する表層処理方法であって、前記プラズマトーチと前記鋳鋼片の間に、前記プラズマアークを前記鋳鋼片の幅方向に往復移動させる交流磁場と、その下方に前記交流磁場とは逆向きの交流磁場との双方を発生させることにより、前記プラズマアークの前記鋳鋼片への入射角を制御することを特徴としている。
【0016】
かかる場合、前記交流磁場と、前記交流磁場とは逆向きの交流磁場は、前記プラズマアークの前後に配置された一対の電磁コイルに対して、同方向の交流電流を供給することによって発生させるようにしてもよい。また前記一対の電磁コイルを上下方向に移動させて前記プラズマアークの前記鋳鋼片への入射角をさらに制御するようにしてもよい。
また前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後にそれぞれ片側4本ずつの電磁コイル上下に並列配置し、前記交流磁場と、前記交流磁場とは逆向きの交流磁場は、これらコイルのうち前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルに対して、互いに逆向きの交流電流を供給することによって発生させるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、表層処理を施す鋳鋼片に対するプラズマアークの入射角度を調整し、常に鋳鋼片の表面にほぼ直角に入射させることができるので、鋳鋼片全体に対して均一な入熱状態で表層処理することができ、高品質の製品を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の好ましい実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本実施の形態にかかる表層処理装置1の構成の概略を正面からみた模式図であり、図2は同じく平面からみた模式図である。
【0019】
表層処理装置1は、水平方向に搬送される鋳片Hの搬送ライン上に設けられている。表層処理装置1は、例えば搬送される鋳片Hの上方に配置された1本または複数本のプラズマトーチTを有している。プラズマトーチTは、複数本の場合には鋳片Hの幅方向Aに沿って並列に配置されるが、プラズマトーチT自体の本数は任意である。プラズマトーチTは、直流電源2からの電圧の印加によって、鋳片Hとの間に直流プラズマによるプラズマアークPを形成させる。プラズマアークPには、鋳片H側からプラズマトーチ側に電流が流れている。プラズマトーチTの出力制御は、制御装置3によって制御される。なおプラズマアークPを生成するためのプラズマガスとしては、非酸化性ガス、例えば窒素ガスやアルゴンガスが好ましい。
【0020】
プラズマトーチTの下方であって、かつ鋳片Hの搬送方向Bの前後、すなわちプラズマトーチTによって形成されるプラズマアークPの搬送方向Bの前後には、交流磁場発生装置としての線状の電磁コイル21、22が、対向して平行に設けられている。これらの電磁コイル21、22は、交流電源5からの交流電流の供給によって、プラズマアークPに周期的にローレンツ力を作用させて、プラズマアークPを、供給される交流の周波数に応じて鋳片Hの幅方向Aに往復移動させる。
【0021】
図3(A)は、図2のC−C方向から見た拡大断面を示しており、電磁コイル21、22は、プラズマトーチTの中心軸線に対して対称位置に配置され、図1に示す交流電源5から交流電流が供給されると、電磁コイル21、22には、各々同一方向に電流が流れる。これにより、電磁コイル21、22の上側と下側に、図3(A)の矢印に示すように、左右逆方向の磁場Mt、Mhが発生する。図3(B)はこのときの磁束密度の分布を示す。なお図は瞬間の電流の方向を示しており、時間の経過に伴って方向が入れ替わる。交流電源5の出力は、主制御装置4によって制御される。
【0022】
本実施の形態にかかる表層処理装置1は、以上のような構成を有しており、直流電源2からの電圧を印加すると、プラズマトーチTと鋳片Hとの間に直流プラズマによるプラズマアークPが形成され、また電磁コイル21、22に交流電源5から交流電流が供給されると、プラズマアークPは電磁力を受けて鋳片Hの幅方向Aに往復移動する。
【0023】
図4は、本実施の形態によるプラズマアークPの移動状態を示す。交流電流が電磁コイル21、22に流れると、図3に示したように、電磁コイル21、22の上側と下側では逆向きの磁場Mt、Mhが形成される。したがって、図4に示すように、プラズマトーチT付近で例えば図の左方向へ移動する力を受けたプラズマアークPは、鋳片Hに近づくと反対の右側へ戻される力を受ける。したがって、プラズマトーチTから鋳片H表面までの距離に応じて、電磁コイル21、22の交流磁場によるプラズマアークPの戻り量を調整することにより、鋳片Hの表面に対してプラズマアークPをほぼ直角に入射させることができる。この入射角の調整は、電磁コイル21、22の設置位置により行うことができる。すなわち、プラズマの出力量やプラズマトーチTと鋳片Hとの距離等に応じて、電磁コイル21、22の設置高さを上下方向に移動させることにより、磁力分布を制御し、鋳片Hへの入射角を調整する。
【0024】
このように、常にプラズマアークPを鋳片Hに対して垂直方向に入射させることにより、プラズマアークPの入射幅aが、幅方向Aの位置に関係なく常に一定となる。この状態で鋳片Hへの入熱を均一にするには、プラズマアークPの移動による鋳片H表面の幅方向Aにおける各位置の滞在時間を等しくすればよいので、常にプラズマアークPの移動速度が一定になるように、電磁コイル21、22に対して交流電源5が供給する交流は、例えば三角波等の単純な波形の磁場を形成するものでもよい。したがって、様々な溶融処理条件に対して、プラズマアークPの出力と磁場の強さのみを調整することにより対処できる。そのため、制御が容易であるうえ、事前にサンプルの処理試験を行って各種設定を決める必要がなく、大幅に手間が軽減できる。しかも、極めて単純な構成であり、狭いスペースでも実施可能である。
【0025】
上記実施の形態は、プラズマトーチTが複数本ある場合でも同様に実施可能である。なおこの種の装置に使用されるプラズマトーチTによって発生するプラズマアークPの水平方向の移動幅は通常100mm程度であるから、鋳片Hの幅が100mmを超える場合には、プラズマトーチTを複数本配置し、それぞれのプラズマトーチTを同様に往復移動させて表層処理を行う。
【0026】
なお、処理対象である鋳片Hへの入射角を制御するにあたっては、目視の他、例えばCCDカメラで表面部分を撮像してその画像処理データを用いる等の方法により好適に制御することができる。
【0027】
図5及び図6は、本発明の異なる実施の形態を示す。図5は、表層処理装置11の構成の概略を正面からみた模式図であり、図6は同じく平面からみた模式図である。
【0028】
表層処理装置11は、搬送される鋳片Hの上方に配置された複数(図では7本)のプラズマトーチT1〜T7を、鋳片Hの幅方向Aに沿って並列に有している。これらのプラズマトーチT1〜T7は、直流電源2からの電圧の印加によって、各々鋳片Hとの間に直流プラズマによるプラズマアークPを形成させる。各プラズマアークPには、鋳片H側からプラズマトーチT1〜T7側に電流が流れている。プラズマトーチT1〜T7の着火本数、並びに出力の制御は制御装置3によって制御される。
【0029】
プラズマトーチT1〜T7の下方であって、かつ鋳片Hの搬送方向Bの前後、すなわちプラズマトーチT1〜T7によって形成されるプラズマアークPの搬送方向Bの前後には、交流磁場発生装置としての電磁コイル23、24、25、26が相互に平行となるように設けられている。これらの電磁コイル23、24、25、26は、交流電源15、16からの交流電流の供給によって、各プラズマアークPに周期的にローレンツ力を作用させて、各プラズマアークPを、供給される交流の周波数に応じて鋳片Hの幅方向Aに往復移動させる。
【0030】
電磁コイル23、24、25、26(図7参照)は、プラズマトーチT1〜T7の両側に対称に配置され、電磁コイル23と24、電磁コイル25と26は、それぞれ同型同大のループ状の形状を有している。電磁コイル23、24と電磁コイル25、26とは、それぞれ交流電源15、16から交流電流が供給されると、逆向きの磁場を同期して発生させる。電磁コイル23の磁場強度及び方向は電磁コイル24と同一であり、電磁コイル25の磁場強度及び方向は電磁コイル26と同一である。電磁コイル23、24の交流電源15と、電磁コイル25、26の交流電源16の出力及び位相制御は、主制御装置4が行なう。
【0031】
図7(A)は、図6のD−D方向から見た拡大断面を示しており、電磁コイル23と24、電磁コイル25と26は、プラズマトーチT1の中心軸線に対してそれぞれ対称位置に配置されている。そして図5に示したように、交流電源15、16から電磁コイル23、24、25、26交流電流が供給されると、電磁コイル23、24と電磁コイル25、26には、各々逆向きの電流が流れる。これにより、電磁コイル23、24の間と電磁コイル25、26の間に、図7(A)の矢印に示すように、左右逆方向の磁場Mt、Mhを発生させる。図7(B)はこのときの磁束密度の分布を示す。なお図は瞬間の電流の方向を示しており、時間の経過に伴い方向が入れ替わる。
【0032】
図8は、本実施の形態によるプラズマアークPの移動状態を示す。交流電流が流れると、電磁コイル23、24、25、26による影響で、図7に示したように、プラズマトーチT1付近と鋳片H付近では逆向きの磁場Mt、Mhが形成される。したがって、前述の図4の実施形態と同様、図8に示すように、プラズマトーチT1付近で例えば図の左方向に移動する力を受けたプラズマアークPは、鋳片Hに近づくと反対の右側へ戻される力を受ける。
【0033】
本実施形態においては、プラズマアークPを左右に移動させるための磁場Mtを発生する電磁コイル23、24と、鋳片Hの表面付近でプラズマアークPを逆方向に戻すための磁場Mhを発生する電磁コイル25、26とを別体として設けているので、プラズマアークPの入射角をより正確に微調整することができる。プラズマアークPのプラズマ流の速度は、プラズマトーチTを出た直後が最も速く、次第に減速していく。そのため、プラズマトーチT1に近い部分ではプラズマアークPを移動させるために磁場Mtを強くして十分な湾曲を与え、鋳片H付近では磁場Mhを若干弱くした逆方向の力を与えて曲げ戻すことにように調整することが好ましい。本実施の形態においては、電磁コイル23〜26の設置位置を変更することなく、電磁コイル23、24及び電磁コイル25、26へ供給される電流をそれぞれ独立して制御することによって、自由に磁場の調整を行うことができる。したがって、本実施形態は、プラズマ電流や、プラズマトーチTと鋳片Hとの距離、雰囲気中の酸素や窒素濃度の変化等に応じて、簡単な調整により自在に適応できる。
【0034】
このように、プラズマアークPを曲げ戻して常に鋳片Hに対して直角に入射するように容易に調整できるので、プラズマアークPの入射幅aが、幅方向Aの位置に関係なく常に一定となる。そのため、この状態で鋳片Hへの入熱を均一にするには、プラズマアークPの移動速度が一定になるように、三角波等の単純な波形の磁場を形成することでもよいため、制御が容易である。
【0035】
さらに、本実施の形態においては、プラズマアークPを移動させるための磁場Mtと曲げ戻すための磁場Mhとを独立して制御できるので、プラズマアークPの左右の振れ幅を自在に調整することができる。したがって、鋳片Hの幅が変動しても、容易に対応できる。
【0036】
前記した各実施の形態の表層処理装置は,例えば鋳片Hを加熱したり、鋳片Hに炭素などの添加物を供給して,表層溶融改質処理を行う際に使用される。また本発明は,鋳片Hに炭素以外の添加元素やその合金を添加して行われる表層改質処理にも適用できる。さらに本発明の処理対象は、鋳片に限られず,鋼片であってもよい。
【実施例1】
【0037】
上記の表層処理装置により、鋳片に対してプラズマ加熱溶融による表層改質処理を行った。サンプルとした鋳片は、厚さ100mm、幅100mm、長さ500mmの0.2%質量C鋼であり、その表層を3mm/s及び5mm/sの搬送速度で溶融処理した。プラズマトーチの数は1本とし、プラズマ電流を300A及び500Aで実施した。
【0038】
図9は、本実施例における表層処理装置の部分断面図である。プラズマトーチTの先端と鋳片Hとの距離hを100mmとし、鋳片HからプラズマトーチTまでの距離hの1/4の高さh1、3/4の高さh2の位置において、磁束密度の正負の最大値をそれぞれ6mT及び10mTと設定した。プラズマトーチTの中心軸から搬送方向Bに対して前後方向対称位置に、同じ向きに710Aの電流が流れる電磁コイルを1本ずつ、計2本配置した。前記中心軸から各電磁コイルまでの水平距離dは、40mmである。電磁コイルの鋳片Hの表面からの垂直方向の高さh3が38.3mmのときに、前記所定の磁束密度を有する磁場が得られた。なお、図9は瞬間の電流の方向を示しており、時間の経過に伴い方向が入れ替わる。磁場を発生する交流電流の波形は、図10に示すような三角波とし、周波数を100Hzとした。
【0039】
また、同じ材料で従来の方法により表面改質処理を行った。従来例は、交流磁場を100Hzの正弦波とし、プラズマトーチと鋳片の間の中間高さ(1/2h)において磁束密度の最大値を3mTとして実施した。さらに、同じ材料で、交流磁場の波形を台形波とした場合についても実施した。台形波については、磁場が一定値となる部分の比率、すなわち図11の波形の幅Fに対する幅Eの値を、10%から90%まで10%ピッチで変化させた波形についてそれぞれ実施した。
【0040】
上記の各条件でそれぞれ表面改質処理を行った後、各材料の溶融処理部の側面を調査した。
【0041】
本発明の実施例によれば、処理部の中央部の溶融深さが5mm、全処理幅100mmの1/4、3/4の位置の溶融深さも5mmであり、幅方向全体にわたって溶融深さが均一であった。
【0042】
これに対し、従来例のうち交流磁場を正弦波とした場合、処理部の状態は、幅方向中央の溶融深さが6mmで最も深く、端部に向かうに従って次第に浅くなり、全処理幅100mmの1/4、3/4の位置では、溶融深さが4mmであった。
【0043】
また、従来例のうち交流磁場が台形波の場合には、幅方向全体の溶融深さが均一になるときの台形波の条件が、プラズマ電流の大きさによって異なった。すなわち、プラズマ電流が300Aの場合には台形波の磁場一定部の比率が50%、500Aの場合には磁場一定部の比率が70%のときに、最も均一に処理され、その溶融深さは5mmであった。しかし、この場合、プラズマ出力が異なると最適な磁場の波形が異なるため、プラズマ出力毎に予め実験により最適な波形を調べておかなければならない。従って、余分な時間やコストを要した上、台形波の制御には、複雑な制御機構を要した。従って、制御が容易な三角波でも均一な溶融深さが得られた本発明の実施例が好適である。
【実施例2】
【0044】
実施例1と同様の材料を用いて同様の条件で、電磁コイルの配置が異なる実施例について、プラズマ加熱溶融による表層改質処理を行った。
【0045】
図12は、本実施例における表層処理装置の部分断面図である。実施例1と同様に、プラズマトーチTの先端と鋳片Hとの距離hを100mmとし、鋳片HからプラズマトーチTまでの距離hの1/4の高さh1、3/4の高さh2において、磁束密度の正負の最大値をそれぞれ6mT及び10mTと設定した。プラズマトーチTの中心軸から搬送方向Bに対して前後方向対称位置に、各4本ずつの電磁コイルを配置した。前記中心軸から各電磁コイルまでの水平距離dは、40mmである。各電磁コイルの垂直方向の高さh4、h5、h6、h7は、それぞれ5mm、45mm、55mm、95mmとした。左右対称位置の電磁コイルには同じ向きの電流を供給した。最もプラズマトーチT寄りの電磁コイルと最も鋳片H寄りの電磁コイルには同じ方向の電流を供給し、その間に配置された電磁コイルには、それらと逆向きの電流を供給した。プラズマトーチT寄りの4本の電磁コイルに430A、鋳片H寄りの4本の電磁コイルに260Aの電流を流したときに、前記所定の磁場が得られた。なお、図12は瞬間の電流の方向を示しており、時間の経過に伴い方向が入れ替わる。磁場を発生する交流電流の波形は、実施例1と同様に三角波とした。
【0046】
この条件で表面改質処理を行った後、各材料の溶融処理部の側面を調査したところ、実施例1と同様に、処理部の中央部の溶融深さが5mm、全処理幅100mmの1/4、3/4の位置の溶融深さも5mmであり、幅方向全体にわたって溶融深さが均一であった。なお、本実施例の場合には、磁場の調整が、電磁コイルに供給する電流によって制御できるため、一旦設置した電磁コイルの高さを変更する必要がない。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、鋳鋼片を幅方向に対して均一に表層処理する際に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】第1の実施の形態にかかる表層処理装置の構成の正面からみた概略を示す模式図である。
【図2】第1の実施の形態にかかる表層処理装置の構成の平面からみた概略を示す模式図である。
【図3】第1の実施の形態における磁場の状態を示す説明図であり、(A)は図2のC−C方向から見た拡大断面による磁場の説明図、(B)は磁束密度の分布図である。
【図4】図3の交流磁場によるプラズマアークの移動状態を正面から見た説明図である。
【図5】第2の実施の形態にかかる表層処理装置の構成の正面からみた概略を示す模式図である。
【図6】第2の実施の形態にかかる表層処理装置の構成の平面からみた概略を示す模式図である。
【図7】第2の実施の形態における磁場の状態を示す説明図であり、(A)は図6のD−D方向から見た拡大断面による磁場の説明図、(B)は磁束密度の分布図である。
【図8】図7の交流磁場によるプラズマアークの移動状態を正面から見た説明図である。
【図9】実施例1を示す断面図である。
【図10】実施例で用いた三角波の波形図である。
【図11】従来例で用いた台形波の波形図である。
【図12】実施例2を示す断面図である。
【図13】従来例の磁場の状態を示す説明図であり、(A)は断面による磁場の説明図、(B)は磁束密度の分布図である。
【図14】図13の交流磁場によるプラズマアークの移動状態を正面から見た説明図である。
【符号の説明】
【0049】
1、11 表層処理装置
2 直流電源
3 制御装置
4 主制御装置
5、15、16 交流電源
21、22、23、24、25、26 電磁コイル
A 幅方向
B 搬送方向
H 鋳片
Mt、Mh 磁場
P プラズマアーク
T、T1、T2、T3、T4、T5、T6、T7 プラズマトーチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳鋼片との間にプラズマアークを発生させるプラズマトーチを備えた表層処理装置において、
前記プラズマトーチと前記鋳鋼片の間に、前記プラズマアークを前記鋳鋼片の幅方向に往復移動させる交流磁場と、当該交流磁場の下方に前記交流磁場とは逆向きの交流磁場とを発生させる交流磁場発生装置を有することを特徴とする、鋳鋼片の表層処理装置。
【請求項2】
前記交流磁場発生装置は、前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後に配置された一対の電磁コイルと、
前記一対の電磁コイルに同方向の交流電流を供給する交流電源とを有することを特徴とする、請求項1に記載の鋳鋼片の表層処理装置。
【請求項3】
前記一対の電磁コイルは、上下方向に移動可能であることを特徴とする、請求項2に記載の鋳鋼片の表層処理装置。
【請求項4】
前記交流磁場発生装置は、前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後にそれぞれ上下に並列配置された片側4本ずつの電磁コイルと、前記電磁コイルに交流電流を供給する交流電源とを有し、
前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルとは互いに逆向きの交流磁場を形成するものであることを特徴とする、請求項1に記載の鋳鋼片の表層処理装置。
【請求項5】
前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルには、異なった交流電源から交流電流が供給されることを特徴とする、請求項4に記載の鋳鋼片の表層処理装置。
【請求項6】
鋳鋼片との間にプラズマアークを発生させるプラズマトーチを備え、プラズマアークによって鋳鋼片の表層を処理する表層処理方法において、
前記プラズマトーチと前記鋳鋼片の間に、前記プラズマアークを前記鋳鋼片の幅方向に往復移動させる交流磁場と、その下方に前記交流磁場とは逆向きの交流磁場とを発生させることにより、前記プラズマアークの前記鋳鋼片への入射角を制御することを特徴とする、鋳鋼片の表層処理方法。
【請求項7】
前記交流磁場と、前記交流磁場とは逆向きの交流磁場は、前記プラズマアークの前後に配置された一対の電磁コイルに対して、同方向の交流電流を供給することによって発生させることを特徴とする、請求項6に記載の鋳鋼片の表層処理方法。
【請求項8】
前記一対の電磁コイルを上下方向に移動させて前記プラズマアークの前記鋳鋼片への入射角をさらに制御することを特徴とする、請求項7に記載の鋳鋼片の表層処理方法。
【請求項9】
前記プラズマトーチによって発生するプラズマアークの前後にそれぞれ片側4本ずつの電磁コイル上下に並列配置し、前記交流磁場と、前記交流磁場と逆向きの交流磁場は、これらコイルのうち前記プラズマトーチ側の2対の電磁コイルと前記鋳鋼片側の2対の電磁コイルに対して、互いに逆向きの交流電流を供給することによって発生させることを特徴とする、請求項6に記載の鋳鋼片の表層処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−284582(P2008−284582A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−131258(P2007−131258)
【出願日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)