説明

鋼の凝固組織検出方法

【課題】鋼中の溶質元素濃度が低く、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出する方法を提供する。
【解決手段】鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法である。さらに腐食液の温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させる。試料を腐食液に接触後も腐食液の温度が低下することがなく、高温の腐食液を用いた場合の腐食能力が高位に維持され、溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食が短時間に進行し明瞭な凝固組織を顕出できる。腐食液の温度を試料の温度に対して−10〜−5℃ないし+5℃以上とすると好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の凝固組織検出方法に関するものであり、特に炭素含有量が0.01質量%以下の低炭素鋼においても凝固組織を顕出することのできる鋼の凝固組織検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の製造工程において、鋳造後の鋼材である鋳片の凝固組織を検出することは、鋳片の割れ発生状況や中心偏析などのマクロ偏析等の内部欠陥を評価し後工程への品質保証を行う上で重要である。また、鋳片におけるこれらの内部欠陥の発生状況から、鋳造工程及び鋳造装置の異常の有無を判断し、適正な状態に修正、整備し、内部欠陥の発生を未然に防止する上でも重要である。さらに、デンドライトと呼ばれている樹枝状組織の傾きや間隔から凝固中の内部溶鋼の流動状況や鋳片の冷却速度を推定することは、操業条件の適正化を行う上で重要である。
【0003】
鋳片の凝固組織は、鋳片の試料断面を研磨した上で、研磨面を腐食液に接触させ、凝固組織を顕出させることによって観察可能となる。腐食による鋼材組織の顕在化は、原理上二つに大別される。第1は、試料中の各位置による溶質濃度差に起因する電位差を利用した電気化学的腐食法である。第2は、化学ポテンシャルの異なる相や表面の結晶方位による結晶粒の化学ポテンシャル差を利用した化学的腐食方法である。第1の電気化学的腐食方法は、例えば、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差を利用して樹枝状組織や内部割れ、中心偏析の検出に用いられている。第2の化学的腐食方法には、Fe3Cとフェライトとの化学的ポテンシャル差を利用したパーライト組織の観察や粗大フェライト粒の表面方位による化学ポテンシャル差を利用したマクロ腐食等がある。従って、鋳片の凝固組織を腐食によって顕在化し検出するためには、上記第2の化学的腐食を抑制し、第1の電気化学的腐食を生じさせる必要がある。
【0004】
鋳片の凝固組織を顕出する方法として、ピクリン酸を主成分とする腐食液等を用いて、試料表面を腐食する方法が一般に実施されている(非特許文献1)。また、顕出された凝固組織を記録する方法として、エッチプリント法が提案されている(特許文献1〜4)。エッチプリント法とは、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。腐食孔中に埋め込まれた研磨粉がテープに転写され、テープを台紙上に貼りつけることによって凝固組織が台紙上に顕出される。
【0005】
【特許文献1】特公昭64−2212号公報
【特許文献2】特開昭61−170581号公報
【特許文献3】特開平1−227943号公報
【特許文献4】特開平7−198565号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会編、第3版鉄鋼便覧I基礎編、第205頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の、ピクリン酸を主成分とする腐食液を用いて鋳片の凝固組織を顕出する方法については、鋼中の溶質元素濃度がさほど低くない品種であれば、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が小さくないので、明瞭な凝固組織を顕出することができる。それに対し、鋼中の溶質元素濃度が低く、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼においては、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差も小さくなるので、明瞭に凝固組織を顕出させることが困難であることがわかった。
【0007】
本発明は、鋼中の溶質元素濃度が低く、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一般的に、試料中の各位置による溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食法においては、腐食液の温度が高いほど電気化学的腐食が進み、短時間で明瞭な凝固組織を顕出することができる。非特許文献1においても、腐食液の温度を予め高温で保持した後、鋼試料を腐食液に接触させる方法が開示されている。ところが、試料の温度が常温のような低温であると、腐食液に試料を浸漬した際に腐食液の顕熱が試料に奪われ、腐食液の温度が低下し、腐食液の能力が落ちるため明瞭な凝固組織を得ることが難しかった。とくに試料が大きい場合、例えば連続鋳造鋳片の横断面切断試料をそのまま研磨して腐食する場合等において、この傾向は顕著であった。
【0009】
それに対し、鋼鋳片の試料の断面を研磨した後、試料温度を40〜90℃の温度に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食することとすると、接触後も腐食液の温度が低下することがなく、高温の腐食液を用いた場合の腐食能力が高位に維持され、溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食が短時間に進行し明瞭な凝固組織を顕出できることがわかった。
【0010】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1)鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
(2)腐食液の温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させることを特徴とする上記(1)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(3)試料の研磨面を腐食液に接触させる際において、腐食液の温度を試料の温度に対して−10〜−5℃とすることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(4)試料の研磨面を上向きにして腐食液に浸漬することを特徴とする上記(3)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(5)試料の研磨面を腐食液に接触させる際において、腐食液の温度を試料の温度に対して+5℃以上とすることを特徴とする上記(2)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(6)試料の研磨面を下向きにして腐食液に浸漬することを特徴とする上記(5)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(7)試料の研磨面を含む一部分のみを腐食液に浸漬することを特徴とする上記(6)に記載の鋼の凝固組織検出方法。
(8)試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを台紙上に貼りつけることを特徴とする上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の鋼の凝固組織検出方法。
(9)鋼鋳片の炭素含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする上記(1)乃至(8)のいずれかに記載の鋼の凝固組織検出方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、試料温度を40〜90℃に加熱してから試料の研磨面を腐食液に接触させるので、従来であれば明瞭な凝固組織を検出することが困難であった品種、特に炭素濃度が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、腐食で凝固組織を顕出し、それによって鋼の凝固組織を検出する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
鋼の凝固組織を顕出する腐食液として、例えばピクリン酸を20g/リットル、塩化第II銅を5g/リットル、界面活性剤を20g/リットル含有する水溶液を用いることができる。界面活性剤としては、例えば商品名ライポンFの市販品を用いることができる。
【0013】
凝固組織を検出しようとする鋳片から試料を切り出す。次いで、試料のうち凝固組織を検出したい断面について研磨を行う。研磨条件は、研磨する断面を平削、粗研磨した後、♯240〜♯1000程度の仕上げ面とするとよい。試料の大きさは、研磨して腐食させる面(腐食面)を高さ200〜500mm、幅300〜2100mm程度とし、厚みを50〜200mmの範囲とすると良い。このような大きさとすることにより、試料の取り扱いが容易な範囲内であって、なおかつ広い面を腐食面として凝固組織を顕出することが可能となる。
【0014】
本発明において、研磨を完了した試料を加熱し、試料の温度を40〜90℃とする。その後、加熱した試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食する。試料を加熱しているので、腐食液が試料に接触した後も腐食液の温度が低下することがなく、高温の腐食液を用いた場合の腐食能力が高位に維持され、溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食が短時間に進行し明瞭な凝固組織を顕出できる。試料の加熱温度が低すぎると、試料を常温としていた従来の腐食方法による凝固組織との差が明瞭ではないが、試料の加熱温度を40℃以上とすれば、従来行われていた常温の試料を用いた場合の凝固組織との差が明瞭となる。試料温度を70℃以上とするとより好ましい結果を得ることができる。一方、試料温度が高すぎて100℃以上の高温となると、腐食液が沸騰して腐食面で気泡が発生し凝固組織がまだらとなる。試料加熱温度を90℃以下とすることにより、このような問題が発生することがなく、また高温で試料を取り扱う際の安全性確保の点からも好ましい。試料の加熱方法としては、試料を恒温水槽に浸漬する方法、試料を低温加熱炉に装入する方法、試料を布状の電気ヒーターで包む方法、試料を通電加熱する方法などから選択することができる。
【0015】
本発明においては、上記のとおり腐食前の試料を加熱すると同時に、腐食液の温度も高温に保持した上で腐食を行うと好ましい。腐食液の温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させることにより、好適に凝固組織を顕出することができる。腐食液の温度を40℃以上とすることにより、試料の温度を40℃以上とした本発明の効果を十分に享受することができる。腐食液温度を70℃以上とするとより好ましい結果を得ることができる。また、腐食液の温度を90℃以下とすることにより、腐食液の沸騰を防止することができる。
【0016】
試料の研磨面を腐食液に接触させる際における試料と腐食液それぞれの温度は、同じ温度としても本発明の効果を発揮することができるが、両者の温度を5℃以上異なった温度とすることによってさらに良好な効果を発揮することができる。試料温度と腐食液の温度の差が5℃以上であると、この温度差を駆動力とする大きな熱対流が腐食液中で生じ、腐食液の攪拌が自然に促進されることで、腐食能力の高い腐食液が常に腐食面に供給され、より効率よく腐食を行い明瞭な凝固組織を得ることができるからである。
【0017】
腐食液温度が試料温度よりも低い場合には、温度差が大きすぎると腐食液温度が低くなって腐食能力を十分に発揮できなくなるので、腐食液の温度を試料の温度に対して−10〜−5℃の範囲とする。腐食液温度が試料温度よりも高い場合には、温度差が大きくても腐食能力が不足することにはならないので、腐食液の温度を試料の温度に対して+5℃以上として、温度差の上限は設けない。試料温度を40〜90℃の範囲とし、また腐食液温度を好適範囲である40〜90℃の範囲内から選択し、加えて試料と腐食液の温度差を上記好適範囲内とすることにより、優れた効果を得ることができる。
【0018】
腐食液温度と試料温度に差を設ける場合、試料の凝固組織を検出させる面(腐食面)を腐食液に接触させる際、腐食面を上向きにするか下向きにするかで好適な組み合わせがある。即ち、腐食液中に熱対流を生じさせることが重要であるので、試料温度が腐食液温度よりも高い場合は、試料の腐食面を上向きにして試料を腐食液中に浸漬させることが望ましい。また逆に、試料温度が腐食液温度よりも低い場合は、試料の腐食面を下向きにして試料を腐食液中に浸漬させることが望ましい。
【0019】
本発明において、試料の全体を腐食液中に浸漬することとしても良いが、試料の研磨面(腐食面)を含む試料の一部のみを腐食液中に浸漬して腐食を行うとより好ましい結果を得ることができる。この場合、腐食面を下にして腐食液に浸漬することとなる。腐食面を下にして試料の一部のみを腐食液に浸漬することにより、腐食面に優先して電流ループが形成され、さらに腐食によって腐食面に生成した老廃物が除去されやすくなり腐食能の高い腐食液が腐食面に供給され、凝固組織の明領度が向上するものと考えられる。腐食面の腐食液への浸漬深さを10mm以下とすると好ましい。
【0020】
腐食面に凝固組織を顕出させた後、凝固組織を記録する。腐食によって凝固組織を顕出させた腐食面を直接写真撮影することとしても良い。より好ましくは、エッチプリント法を用いることができる。この方法は、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。腐食孔中に埋め込まれた研磨粉がテープに転写され、テープを台紙上に貼りつけることによって、テープに転写された研磨粉の濃淡が凝固組織に対応することとなり、その結果凝固組織が台紙上に顕出される。
【0021】
本発明の鋼の凝固組織の検出方法は、広い範囲の鋼成分について適用し、凝固組織を顕出させることができる。特に、従来の方法では凝固組織を顕出させることが困難であった成分系、即ち炭素含有量が0.01質量%以下の低炭素鋼についても、本発明を用いて凝固組織の検出を行うことができるので好ましい。
【実施例】
【0022】
炭素濃度が0.001質量%の自動車用極低炭素鋼、0.01質量%の冷延用低炭素鋼板および0.1質量%の厚板用中炭素鋼板を用い、本発明を適用した。鋳片から切り出す試料の大きさは、鋳片の高さ方向全高さと、幅方向は半幅とし、厚さを50mm、または100mmとした。その結果、腐食面が高さ250mm、幅500〜700mmの範囲となった。本発明例については、腐食液に浸漬する前に試料を加熱し、試料温度を40℃、70℃、90℃とし、その後に腐食液に浸漬した。試料の加熱は、試料を予め所定の温度に調整した恒温水槽に浸漬して行った。比較例については、試料温度を25℃として腐食液に浸漬した。
【0023】
腐食液として、ピクリン酸を20g/リットル、塩化第II銅を5g/リットル、界面活性剤を20g/リットル含有する水溶液を用いた。界面活性剤としては、商品名ライポンFの市販品を用いた。腐食液の温度は25〜90℃の範囲で変化させ、腐食時間は60分とした。
【0024】
腐食後の凝固組織の記録方法として、表1に示す実施例においては、エッチプリント法を用いた。この方法は、試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを白色の台紙上に貼りつける方法である。
【0025】
試験条件、評価結果を表1に示す。
【0026】
【表1−1】

【表1−2】

【0027】
試料の研磨面を腐食液に接触させるに際し、実施例の大部分の水準については、試料全体を腐食液の中に完全に浸漬させることとした。腐食液温度が試料温度と同等又はそれより高い場合には、腐食面を下向きとし、腐食液温度が試料温度より低い場合には腐食面を上向きとして接触させた。これにより、腐食液温度と試料温度の温度差に起因する熱対流を有効に活用することができる。さらに、腐食液温度が試料温度と同等又はそれより高い場合には、一部の試験水準で、試料の研磨面を含む一部分のみを下向きにして腐食液に浸漬し、試料の他の部分は腐食液に浸漬させない条件にて腐食を行った。表1の「浸漬深さ」の欄に「全体」と記入している水準は試料の全体を腐食液に浸漬していることを示し、「浸漬深さ」の欄に数値を記入している水準は、試料の研磨面を含む一部分のみを浸漬させた場合であり、数値はその際の浸漬深さを示している。
【0028】
凝固組織を検出するに際し、中心偏析、内部割れ、樹枝状組織について検出を行った。各々、◎:極めて明瞭、○:明瞭、△:存在は確認できるが不明瞭、×:存在自体識別不可として評価した。凝固組織の検出程度は、中心偏析→内部割れ→樹枝状組織の順に難しくなる。
【0029】
まず、表1に示す本発明例、比較例のうち、試料の全体を腐食液中に浸漬した場合について説明する。
【0030】
比較例1〜12は、試料温度が25℃の状態で、腐食液温度が25℃、40℃、70℃、90℃の上記組成の腐食液で腐食した結果である。元々、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的大きな0.1質量%C鋼では腐食液の温度を高めることで、ある程度明瞭な凝固組織を検出できるようになり、比較例12に示すように腐食液の温度を90℃とすると、樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れや中心偏析の程度のいずれも明瞭に判別できた。一方、0.01質量%C鋼や0.001質量%C鋼では、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さいため、腐食液の温度を高めることで凝固組織が明瞭になる傾向は同様であるが、比較例4,8に示すように腐食液温度を90℃としても、内部割れ、中心偏析の存在は確認はできるが不明瞭であり、樹枝状組織についてはほとんど検出できなかった。比較例1,5に示す腐食液温度を25℃の場合は、樹枝状組織、内部割れ、中心偏析とも検出不可であった。試料温度が25℃(常温)の場合、腐食液の温度を事前に高めていても、試料の顕熱で腐食液の温度が急激に下がり、腐食能自体が低下すること、および、腐食液の温度低下に伴いピクリン酸の溶解度が急激に減少し試料表面で過剰なピクリン酸が析出することも腐食を妨げたものと推定される。
【0031】
一方、試料温度を事前に40〜90℃に加熱した後に腐食を行った本発明例1〜57は、比較例1〜12と比較すると、腐食能が高位に維持されるためいずれも凝固組織の明瞭度が格段と向上することが判明した。例えば、元々、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的大きな0.1質量%C鋼では、試料温度を事前に40〜90℃に加熱した後に腐食することで、腐食液の温度が25℃(常温)の場合でも、本発明例39,47,54に示すように、樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れや中心偏析の程度のいずれも明瞭に判別できた。腐食液の温度をさらに高めると、本発明例45,46,49,50,51,52,53,55,56,57に示すように、樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れや中心偏析の程度のいずれも極めて明瞭に判別でき、これらを極めて明瞭に判別できるようになる腐食液温度も試料温度が高くなるほど低くなり作業性も向上した。すなわち、試料温度が40℃の場合は腐食液温度が70℃以上、試料温度が70℃の場合は腐食液温度が60℃以上、試料温度が90℃の場合は腐食液温度が40℃以上であれば、前記凝固組織を極めて明瞭に判別できた。一方、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな0.01質量%C鋼や0.001質量%C鋼の場合でも、試料温度を事前に40〜90℃に加熱した後に腐食することで凝固組織が明瞭になる傾向は同様であった。ただし、樹枝状組織の傾きや間隔、内部割れや中心偏析の明瞭度は0.1質量%C鋼よりも低下し、これらを極めて明瞭に判別できるようになる腐食液温度も高温側に移行した。
【0032】
本発明例4が0.001%C鋼を試料温度が40℃の状態で40℃の腐食液で腐食した結果であるのに対して、本発明例1,2,3は0.001%C鋼を試料温度が40℃の状態で各々25,30,35℃の腐食液で腐食した結果である。本発明2,3は本発明例4よりも中心偏析が明瞭に判別でき、試料温度と腐食液の温度差に起因する熱対流の効果が腐食液温度の低下による腐食能の低下を補った以上の効果が認められる。ただし、本発明例1のように前記温度差が15℃の場合、本発明例4とほぼ同等の明瞭度の凝固組織が得られており、腐食液温度低下に伴う腐食能低下の影響が温度差による熱対流の効果よりも支配的になったものと思われる。このように、腐食液温度が試料温度よりも低く、試料温度と腐食液温度の差を5〜10℃程度つけると、同一温度の場合と比較して腐食が促進される。腐食液温度が試料温度よりも高い場合には、試料温度と腐食液温度の差が5℃以上であれば、腐食液温度が90℃以下である範囲において、良好な結果を得ることができた。
【0033】
試料温度と腐食液温度に差をつけることによる上記効果は、0.01質量%C鋼や0.1質量%C鋼の場合でも、また、試料温度を高めた場合でも同様に観察されることが表1からわかる。ただし、試料温度が90℃の場合や0.1%C鋼のような元々腐食が進み易く凝固組織が明瞭に検出される条件では相対的に効果は小さくなるが、試料温度と腐食液温度の差による熱対流で腐食が促進される効果が得られることは原理的にも間違いない。
【0034】
次に、表1に示す本発明例、比較例において、試料のうち研磨面を含む一部のみを腐食液に浸漬した場合について説明する。
【0035】
本発明例4、4−1、4−2については、試料の浸漬方法以外の条件を同等としている。本発明例4が試料の全体を腐食液に浸漬させているのに対し、本発明例4−1は試料の研磨面を腐食液の10mm深さまで浸漬させ、本発明例4−2は試料の研磨面を腐食液の5mm深さまで浸漬させており、試料のその他の部分は腐食液から露出している。本発明例4、4−1、4−2の比較から明らかなように、試料の浸漬深さを浅くするほど、凝固組織がより顕著に顕出するようになり、凝固組織判別状況が良好になっていることがわかる。本発明例7、7−1、7−2、本発明例13、13−1、13−2、本発明例23、23−1、23−2、本発明例26、26−1、26−2、本発明例32、32−1、32−2、本発明例42、42−1、42−2についても同様である。
【0036】
本発明は、前記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能であり、例えば、前記したそれぞれの実施の形態や変形例の一部又は全部を組み合わせて本発明の鋼の凝固組織の検出方法を構成する場合も本発明の権利範囲に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼鋳片の試料の断面を研磨し、試料温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食することを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
【請求項2】
腐食液の温度を40〜90℃に加熱し、その後試料の研磨面を腐食液に接触させることを特徴とする請求項1に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項3】
試料の研磨面を腐食液に接触させる際において、腐食液の温度を試料の温度に対して−10〜−5℃とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項4】
試料の研磨面を上向きにして腐食液に浸漬することを特徴とする請求項3に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項5】
試料の研磨面を腐食液に接触させる際において、腐食液の温度を試料の温度に対して+5℃以上とすることを特徴とする請求項2に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項6】
試料の研磨面を下向きにして腐食液に浸漬することを特徴とする請求項5に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項7】
試料の研磨面を含む一部分のみを腐食液に浸漬することを特徴とする請求項6に記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項8】
試料の研磨面を腐食液に接触させて研磨面を腐食した後、試料を洗浄、乾燥し、腐食した研磨面表面の腐食孔に研磨粉を埋め込み、研磨面表面に透明粘着テープを貼り、透明粘着テープに腐食孔中の研磨粉を粘着せしめた後、テープをはがし、次いでテープを台紙上に貼りつけることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の鋼の凝固組織検出方法。
【請求項9】
鋼鋳片の炭素含有量が0.01質量%以下であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の鋼の凝固組織検出方法。

【公開番号】特開2010−125483(P2010−125483A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−302566(P2008−302566)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000233734)株式会社アステック入江 (25)
【Fターム(参考)】