説明

鋼材の品質保証方法および疲労強度推定方法

【課題】簡便、迅速に溶接継手の疲労特性を知る方法の提供
【解決手段】溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意し、この実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施した後、熱処理後の供試材の硬度値を測定する。この硬度値が任意の値以下の場合に溶接継手の疲労特性を保証することができる。また、この硬度値から溶接継手の疲労特性を推定することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の品質保証方法および疲労強度推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物、橋梁などの各種溶接鋼構造物、船舶、自動車などの輸送用機械、産業用機械、建築用機械などの各種機械における多くの部位に鋼材(以下、「機械・構造用鋼材」と呼ぶ。)が使用されている。機械・構造用鋼材には、通常、繰返し荷重が負荷されるため、構造物や機械の強度健全性を確保する上で、疲労強度特性に対する注意が必要不可欠である。母材部と比較して疲労強度が圧倒的に弱い溶接部の疲労強度特性は、特に重要である。
【0003】
従来、機械・構造用鋼材の疲労破壊の防止に関しては、疲労破壊を「疲労き裂の発生」および「疲労き裂の進展」という2つの損傷過程に分けて、各々検討がなされてきた。その検討に際しては、構造物や機械の幾何学的寸法、使用環境、負荷形態、荷重経路の数などに従って、疲労き裂の発生過程に重点を置く場合と、疲労き裂の進展過程に重点を置く場合がある。例えば、寸法の小さな部材で、その部材の破断によって機械・構造物全体の致命的な損害に繋がり、荷重経路が一つしかない場合には、疲労き裂の発生を防止することが重要になる。一方、寸法の大きな部材で、その部材の破断によっては機械・構造物全体の直接かつ致命的な破壊には至らず、荷重経路が複数存在、つまり、その部材単体が破断しても他の部材が代わって荷重を受け持つ場合は、疲労き裂の発生はある程度までは許容でき、その後の疲労き裂の進展を防止することが重要となる。
【0004】
このように、疲労き裂の発生および疲労き裂の進展は、疲労破壊を知る上で共に重要な特性であるが、通常、疲労き裂の発生をもって疲労破断寿命と見なされ、負荷応力と疲労破断寿命との関係から疲労強度が評価されており、航空機設計などの特殊な場合を除き、疲労き裂進展についてはほとんど考慮されていない。前述のように、疲労強度は、母材部と溶接部を比較した場合、圧倒的に溶接部が弱い。そのため、溶接鋼構造物の疲労強度改善のためには、継手部の疲労特性を向上させることが重要となる。例えば、溶接部の疲労設計を変え得る、継手疲労特性に優れた鋼材を実用化するにあっては、溶接継手の疲労特性評価が数多く必要となる。また、継手疲労特性に優れた鋼材を商品化するに当たり、鋼材の品質を直接保証する上でも溶接継手の疲労特性評価を行なう必要がある。
【0005】
ところで、ある特定の鋼材に対し、継手疲労特性を評価する場合、以下の手順で進められる。
(1)鋼材に対し継手形式に応じて溶接施工を行い、溶接継手(大板)を準備する。
(2)この溶接継手(大板)から、機械加工などの方法により所望の形状・寸法の試験片を採取する。
(3)必要に応じて、試験片の角変形量、あるいは溶接余盛り止端形状の測定を行った後、曲げ矯正などで試験片の掴み部分を同一平面として疲労試験機にチャッキングできるようにして、疲労試験を開始する。
【0006】
ここで、疲労試験機は、油圧アクチュエーターなどを備えた載荷部分と、荷重・変位などを検出するセンサー部分、アクチュエーターに取付けられたサーボバルブに適切な電気信号を送るとともに荷重検出器からの信号を受け取り、荷重の実績値が荷重設定値(荷重上限値、荷重下限値)に一致するよう閉ループで制御している制御部分とからなる。必要とされる荷重の制御精度を確保するためには、優れた品質の負荷部分、センサー部分、制御部分が必要で、疲労試験機は一般に高価な装置となる。さらに、評価対象とする疲労破断寿命の領域にも大きく依存するものの、疲労試験結果を疲労設計に活かすためには、通常、疲労試験には膨大な時間を要することが多い。疲労試験に膨大な時間を要することは、開発計画の初期段階から明らかではあるが、疲労試験を実施するしか継手疲労特性を把握できないと考えられているため、溶接施工法が工業的に活用され始めて以来、このような膨大な時間を要する評価が続けられてきた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便かつ迅速な方法により、鋼材の溶接継手における疲労特性を保証する方法および疲労強度を推定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記した課題を達成するために、従来行われてきた溶接継手の疲労強度評価方法に従って、極めて多くの鋼材を供試材として、継手疲労特性を評価した。また、同時に継手疲労特性に影響を及ぼす因子を検討した。その結果、以下の重要な事項が明らかとなった。
【0009】
つまり、溶接部における疲労き裂の発生は、破壊現象の一つであり、破壊現象全般に適用される原理が適用でき、下記の不等式で破壊発生の有無を判断できる。
(材料の破壊抵抗力) < (材料の破壊駆動力) → 破壊する
(材料の破壊抵抗力) ≧ (材料の破壊駆動力) → 破壊しない
【0010】
すなわち、部位に破壊駆動力が多少作用していても、その駆動力が材料の破壊抵抗力と同等以下の場合には破壊は起こらない。一方、破壊駆動力が増大し、材料の破壊抵抗力を超えた瞬間に破壊が発生する。継手においては、溶接部に疲労き裂が発生することとなる。
【0011】
このため、溶接継手の疲労強度を向上させるため、すなわち、溶接部の疲労き裂の発生特性を改善するためには、ひとつは、溶接部の破壊抵抗力を増大させることと、もうひとつは溶接部での破壊駆動力を減少させることが各々必要となる。
【0012】
まず、溶接部の破壊抵抗力の増大について述べる。
【0013】
溶接余盛り止端では、継手の輪郭形状が不連続となることにより、切欠きとして作用し、応力・ひずみが集中し、疲労破壊の起点となる。すなわち、継手の疲労強度特性における破壊抵抗力とは、継手の溶接余盛り止端での疲労き裂発生特性に相当する。ここで、溶接余盛り止端における鋼材の材質は、溶接施工に伴う熱履歴により母材とは異なった金属組織となっている。この母材と異なった金属組織の領域は、溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)と呼ばれている。継手の疲労強度特性における破壊抵抗力とは、言い換えると、溶接熱影響部の切欠き疲労強度に相当するとも言える。
【0014】
溶接熱影響部の切欠き疲労特性を解明するにあたり、各種因子が重畳する実継手での評価を避け、鋼材の影響のみを明確に評価することを試みた。まず、隅肉十字型溶接継手の溶接熱影響部の内、疲労き裂が発生した部位における温度の経時変化を計測した。次に、供試鋼材を多鋼種準備し、昇温速度を制御できる誘導加熱装置(再現熱サイクルシミュレータ)と、冷却速度を制御できる冷却装置とを備えた実験設備を用いて、上記部位の温度の経時変化を忠実に再現し、溶接熱影響部に相当する金属組織のみから構成される供試材料を準備した。得られた供試材料から、機械加工によって環状切欠き部を有する回転曲げ疲労試験片を採取した。なお、環状切欠き形状の設計では、実継手の破壊起点となる余盛り止端における応力集中率を3と見積もり、その応力集中係数が再現できるように、環状切欠きの切欠き先端半径を設定した。上記の試験片を用いて切欠き疲労特性の評価を実施した。
【0015】
なお、溶接熱影響部の切欠き疲労特性の評価に、溶接熱影響部に相当する金属組織のみから構成される供試材料を用いた理由は、溶接施工で得られる実継手における溶接熱影響部は通常、表面からの深さが高々数mm程度の領域にしか存在しておらず、この限られた鋼材量では、切欠き疲労特性を精緻に評価できないためである。
【0016】
上記の実験により、溶接影響部における切欠き疲労強度が溶接影響部の硬度に依存する。具体的には、溶接熱影響部における硬度が低いほど、溶接熱影響部の切欠き疲労強度が高いことが初めて明らかになった。
【0017】
なお、母材鋼板の疲労強度については、これまで様々な研究がなされており、切欠きの無い平滑な形状の母材の疲労強度が硬度によって一義的に整理できることが知られている。ただし、従来の知見は、母材の硬度が高いほど疲労強度は高い、というものである。この理由としては、母材硬度が高いほど、材料のすべり変形に対する抵抗が高まり、疲労き裂発生の契機となる、入り込みや突き出しといった微小な変形が起こりづらく、結果として疲労強度が高くなるというものである。従来、母材鋼板では、平滑材に比べ、切欠き材の疲労強度が低下することが知られており、母材切欠き疲労強度の母材平滑疲労強度に対する比率は切欠き感受性などと呼ばれ、従来から検討されてきた。しかしながら、溶接熱影響材の切欠き疲労強度が、溶接熱影響材の硬度で一義的に整理されることは全く知られていない。また、上述した、溶接熱影響部における硬度が低いほど、溶接熱影響部の切欠き疲労強度が高いという本発明者らが見出した知見は、母材鋼板における平滑材に関する従来の知見とは全く対照的である。
【0018】
本発明者らの更なる研究により、溶接熱影響部の硬度は、溶接熱影響部の金属組織に依存しており、切欠き疲労強度に優れる硬度の低い材料では、硬度の高い材料に比べ、金属組織に占めるフェライト組織の分率が高いことが確認された。このフェライト相が溶接熱影響部に配置されることにより、応力・ひずみ集中により切欠き底で発生している大きなひずみが適切に分散し、疲労損傷が緩和されていると考えられる。
【0019】
次に、溶接部の破壊駆動力の減少について述べる。
【0020】
溶接部の破壊駆動力を決めるのには、大きく2つの因子がある。一つ目の因子は溶接余盛り止端部における応力集中であり、もう一つの因子は溶接残留応力である。
【0021】
溶接余盛り止端部における応力集中には、形状に起因する応力集中、つまり、形状ノッチと、材料の硬度分布に起因する応力集中、つまり、材質ノッチとがある。形状ノッチによる応力集中は、溶接継手の疲労で問題となるような低応力域では弾性変形に留まるので、溶接継手の輪郭形状で一義的に決まり、材質による相違は全くない。一方、材質ノッチによる応力集中は、硬度分布を平坦に近づけることで応力集中を無くすことが可能である。ところで、溶接継手の硬度分布において、平坦となり難い溶接継手内の部位は溶接熱影響部である。一般に、溶接施工において、溶接熱影響部は急激な加熱を受けた後、加熱領域が局所的であるため鋼材製造プロセスに比して極めて早い速度で冷却されることとなる。そのため、溶接熱影響部は母材部や溶接金属部に比べ、著しく高い硬度になっていることが多い。従って、溶接熱影響部の硬度を低く抑えることは、材質ノッチによる応力集中を抑制することに繋がり、溶接継手の疲労強度の改善に繋がる。
【0022】
一方、溶接残留応力とは、溶接施工時に溶融状態で鋼板と融合した溶接金属が、溶接施工後の冷却に伴い熱収縮する際、鋼板の剛性による変形拘束により発生する内部応力である。溶接ままの溶接継手内には必ず溶接残留応力が存在し、残留応力分布形態は通常、複雑である。分布形態を把握するため、ひずみゲージを貼付した後、ゲージ周囲を機械加工で除去・開放した前後のひずみ変化分から遡って残留応力を計測したり、X線を用いた回折により格子間距離から残留応力を評価したりしている。しかし、いずれの方法も、3次元的に複雑に分布する残留応力を正確に把握することはできない。疲労破壊は、最弱部で局所的に発生するため、疲労設計上は、残留応力のレベルとしては、材料が発生し得る最大の内部応力値、すなわち、降伏応力とみなしている。ところで、材料の降伏応力は、引張強度とほぼ一定の関係にあり、さらに、引張強度と硬度との間には強い相関関係がある。そのため、溶接熱影響部の硬度が低い溶接継手では、溶接残留応力が低いレベルにあるといえる。
【0023】
ここで、疲労特性は、一般に、繰返し負荷応力とその応力での疲労破断寿命との関係で評価される。応力(Stress)を複数レベル設定して、各々の寿命(Number of cycles to fracture)を測定し、それらを縦軸、横軸にプロットし、所謂SN曲線を作成することが多い。この応力のパラメータとして、通常は、繰返し応力波形の中で、最大応力σmaxから、繰返し応力波形の中の最小応力σminを差引いた、応力範囲Δσ(=σmax−σmin)で表示されることが、特に、溶接継手の場合には多い。ところで、このような応力範囲Δσの表示では、最大応力と最小応力の相対的な差だけが示されており、最大応力σmax、最小応力σmin、個々の絶対値は反映されない。相対的な差Δσだけで疲労現象が表現される場合もあるが、σmax、σminの絶対値によって疲労現象が異なる場合がある。
【0024】
例えば、σmax、σminの絶対値がともに大きいと、σmax、σminの絶対値がともに小さい場合と比べ、同じ相対差Δσであっても疲労寿命が短くなる場合がある。言い換えると、平均応力σ(={σmax+σmin}/2)が大きくなると、疲労寿命の点で不利になることのある場合を示している。母材鋼板では、この平均応力の影響は、顕著で、平均応力σの増大によって疲労強度が低下することが知られ、母材の疲労設計では、応力範囲Δσと平均応力σを組合せて検討するのが一般的である。
【0025】
溶接継手内に存在する溶接残留応力の疲労寿命に及ぼす影響は、平均応力σと同様に作用すると考えられている。つまり、溶接残留応力のレベルが高いことは、平均応力が高いことに相当し、疲労寿命を縮める、疲労強度を低下させる方向に作用する。よって、溶接継手の疲労寿命延伸の観点からは、溶接残留応力レベルは、小さければ、小さいほど有利という結論が導き出される。溶接継手の残留応力は、その部位の材料強度レベルに依存している。したがって、その部位の硬度が高いほど、つまり強度が高いほど、残留応力のレベルは高くなる。残留応力の観点から、硬度は低いほど有利である。
【0026】
以上、材料の破壊抵抗力の観点からは、溶接熱影響部での硬度が低いほど、切欠き疲労強度特性に優れ、その結果として、継手疲労特性が優れることが判明した。また、破壊駆動力の観点からは、溶接熱影響部の硬度が低いほど、材質ノッチによる応力集中が小さく、かつ、溶接残留応力レベルが低いため、その結果として、継手疲労特性が優れることが判明した。つまり、溶接熱影響部における硬度が溶接継手の疲労特性を決定する重要な材料特性であることが判明した。
【0027】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、下記の(1)に示す鋼材の品質保証方法および下記の(2)に示す鋼材の疲労強度推定方法を要旨とする。
【0028】
(1)下記の工程(A1)〜(A4)を特徴とする鋼材の品質保証方法。
(A1)溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意する工程、
(A2)上記の実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施す工程、
(A3)熱処理後の供試材の硬度値を測定する工程、および、
(A4)上記の硬度値が任意の値以下の場合に溶接継手の疲労特性を保証する工程。
(2)下記の工程(B1)〜(B4)を特徴とする鋼材の疲労強度推定方法。
(B1)溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意する工程、
(B2)上記の実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施す工程、
(B3)熱処理後の供試材の硬度値を測定する工程、および、
(B4)上記の硬度値から溶接継手の疲労特性を推定する工程。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、溶接熱影響部の硬度を測定するという簡便な方法により溶接継手の疲労特性を迅速に知ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】荷重非伝伝達型十字継手の継手疲労試験片の寸法・形状の例を示す図
【図2】溶接継手の硬度測定位置を示す断面図
【図3】溶接継手の硬度と鋼板表面からの深さ方向位置との関係を示す図
【図4】再現熱処理の熱サイクルを示す図
【図5】継手疲労試験片の疲労破断寿命と、再現熱処理材の硬度との関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0032】
本発明においては、まず、溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意することが必要である。本発明の方法が適用できる実鋼材は、具体的には、機械・構造用鋼材のうち溶接に供される鋼材(溶接用鋼)である。
【0033】
ここで、突合せ溶接部が疲労損傷する例は極めて少ない。これは、継手形状が影響していると考えられ、具体的には断面形状の変化が少なく、かつ変化が緩やかであるためと考えられる。それに比べ、十字継手やガセット継手などの隅肉溶接継手が構造物全体の疲労強度を律則している場合が多い。そのため、本発明は、隅肉溶接継手の疲労強度を把握するのに特に有用である。
【0034】
同種の鋼材とは、実鋼材と同一の化学組成と母材鋼板組織を有する鋼材はもちろんのこと、実鋼材と疲労強度特性との関係で実質的に同一の化学成分と母材鋼板組織を有する鋼材をも含む。
【0035】
次に、上記の実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施すことが必要である。
【0036】
ここで、隅肉溶接は、突合せ溶接に比べ溶接入熱が低いことが多く、通常、1.2kJ/mm程度である。従って、上記の熱処理における加熱は、例えば、1.2kJ/mmの熱を付与するのがよい。この熱処理を実施する装置には、特に制約はないが、例えば、誘導加熱機能とHeガス冷却機能を備えた装置を用いることができる。熱処理の熱サイクルについては、特に制約はないが、例えば、30〜45℃/sの加熱速度で1200〜1400℃の温度域まで加熱し、2〜10秒保持した後、30〜50℃/sの冷却速度で冷却する熱サイクルであればよい。
【0037】
続いて、熱処理後の供試材の硬度値を測定することが必要である。この硬度測定方法については、特に制約はないが、例えば、ビッカース硬さを測定することができる。そして、溶接熱影響部の硬度としてよく観察されるHv300〜400での圧痕寸法が対角線長さで68〜79μmであることから、例えば、ビッカース硬度測定での押付け荷重を1kgf(98N)に設定するのがよい。
【0038】
本発明の品質保証方法は、上記の硬度値が任意の値以下の場合に溶接継手の疲労特性を保証するものである。基準となる硬度値については、特に定めないが、予め実継手の疲労強度と溶接熱影響部の硬度との相関関係を求めておき、実継手が使用される環境に応じて、溶接継手の疲労特性を保証できる硬度の値を定めることができる。上記の相関関係を求めるのに用いる実継手のとしては、例えば、荷重非伝達型の十字継手が挙げられる。
【0039】
一方、本発明の疲労強度推定方法は、上記の硬度値から溶接継手の疲労特性を推定するものである。この発明においても、予め実継手の疲労強度と溶接熱影響部の硬度との相関関係を求めておくことで、溶接熱影響部の硬度から実継手の疲労強度を予測することができる。
【実施例1】
【0040】
まず、継手疲労特性と、溶接熱影響部の硬度との相関関係を明らかにすべく、種々の化学成分を示す鋼材を用いて検討した。具体的には、質量%で、C:0.02〜0.20%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.5〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Cr:0.7%以下、Mo:0.3%以下、V:0.3%以下、Ti:0.3%以下、Nb:0.3%以下、sol.Al:0.3%以下、残部Feおよび不回避的不純物からなる化学組成を有する鋼材63種類用意し、下記の実験に供した。
【0041】
溶接継手の溶接施工方法としては、産業界で最も多く使われている炭酸ガスシールドのアーク溶接法を採用した。溶接条件として、小入熱条件で溶接された継手部は溶接構造物中で疲労強度に関し、最弱となることが知られているので、溶接入熱として1.2kJ/mmを採用した。溶接継手(大板状態)の寸法は、素材となる母材鋼板の寸法によって異なっているが、母材鋼板として概ね1m×0.5mの平面形状のものを用いた。0.5mの寸法の中央部に主板と同じ板厚のリブ板を表裏面に仮止め溶接後、リブ板を主板に接合する本溶接を実施した。溶接継手(大板状態)から機械加工により、溶接長さ30mmの荷重非伝達型十字継手型の継手疲労試験片を採取した。継手疲労試験片の形状・寸法の一例を図1に示す。
【0042】
なお、継手疲労試験片の試験機への固着面を同一平面として、試験機に確実に固定できるように、継手疲労試験片の曲り取りを行った。溶接部にひずみが入ると、疲労試験結果に影響を与えるので、上記の曲り取りの作業では溶接部近傍に応力がかからないようにした位置で3点曲げ加工を行なった。さらに、継手疲労試験片断面の角部(エッジ、稜線)が疲労き裂の発生起点とならぬよう、継手疲労試験片の4つの角部をグラインダで面取り加工を行なった。
【0043】
疲労試験は、最大応力σmaxを350MPa一定に設定し、最小応力σminを220MPa、応力範囲Δσを130MPaとして実施し、疲労破断寿命を測定した。最大応力を高めに設定したのは、継手疲労試験片のサイズが実構造物に比べかなり小さく、溶接残留応力はかなり開放されていると考えられ、開放分を外力で補うためである。
【0044】
また、溶接継手(大板状態)からは、継手試験片とは別に機械加工により一のサンプルを採取し、溶接熱影響部近傍の硬度測定に供した。溶接熱影響部近傍の硬度測定は、図2に示す位置において実施した。溶接継手の硬度分布は、鋼板表面に平行に測定されることが多いが、ここでは、疲労き裂の発生起点を開始点として、疲労き裂の進展経路に沿った硬度分布を測定した。これは、疲労き裂の発生・成長に影響を及ぼす硬度分布を直接評価するためである。また、硬度の測定では、ビッカース圧子を用い、押付け荷重はミクロ組織の影響を抽出するため比較的荷重の小さな、かつ測定値が安定する、1kgfを採用した。図3には、溶接継手の硬度測定結果の一例を示す。この結果より、溶接熱影響部で硬度が最大となることがわかる。
【0045】
次に、各鋼材(溶接継手の母材)に対し、溶接熱影響部のうちの硬さが最も高くなる部位で余盛り止端に相当する部位における熱履歴を再現した熱処理を実施し、再現熱処理材を得た。再現熱処理の熱サイクルを図4に示す。この熱サイクルは、溶接入熱1.2kJ/mmに対応するものである。この再現熱処理材に対して、前記と同じ条件でビッカース硬さを測定した。
【0046】
図5には、継手疲労試験片の疲労破断寿命と、再現熱処理材の硬度との関係を示す。図5に示すように、再現熱処理材の硬度と、継手の疲労寿命との間には極めて強い相関のあることが確認された。従って、あらかじめ、同種の鋼材についてこのような相関を求めておけば、硬度を測定するだけで、疲労寿命を推測できるだけでなく、実継手の品質保証も可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、溶接熱影響部の硬度を測定するという簡便な方法により溶接継手の疲労特性を迅速に知ることができるので、鋼材の溶接継手における疲労特性の保証および疲労強度の推定に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程(A1)〜(A4)を特徴とする鋼材の品質保証方法。
(A1)溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意する工程、
(A2)上記の実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施す工程、
(A3)熱処理後の供試材の硬度値を測定する工程、および、
(A4)上記の硬度値が任意の値以下の場合に溶接継手の疲労特性を保証する工程。
【請求項2】
下記の工程(B1)〜(B4)を特徴とする鋼材の疲労強度推定方法。
(B1)溶接に供される実鋼材と同種の鋼材を供試材として用意する工程、
(B2)上記の実鋼材の溶接熱影響部が溶接時に受ける熱履歴を再現した熱処理を上記の供試材に施す工程、
(B3)熱処理後の供試材の硬度値を測定する工程、および、
(B4)上記の硬度値から溶接継手の疲労特性を推定する工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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