説明

長距離秩序を有するメソ孔を含む階層的多孔質体による固液接触デバイスおよび分離媒体

【課題】本発明は、狭い細孔径分布と長距離にわたる規則性および形状を制御したメソ孔に加えて、精密に制御されたマクロ孔も併せもつ無機系および有機無機ハイブリッド系多孔性物質を製造することのできる新しい製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明では、鋳型成分として両親媒性物質をゾル−ゲル反応触媒成分を含む水溶液に溶かし、それに加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物あるいは有機無機低分子化合物を添加して得られる出発溶液から、マクロ孔となる溶媒リッチ相を含むゲルをゾル−ゲル法によって作製し、ついで乾燥によって溶媒を除去し、さらに熱分解などにより鋳型成分を除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は無機系および有機無機ハイブリッド多孔性物質からなる材料を固定相とした、固液接触媒体および様々なモードの液体クロマトグラフィー分離媒体として利用可能な通液型デバイスに関する。この発明の製造方法ならびに製品は、クロマトグラフィー用分離カラム、血液および血漿成分分離用媒体、吸湿剤用吸着媒体、消臭等の低分子吸着用媒体、あるいは酵素担体および触媒担体用多孔質体等の、製造法およびその製品として好適に利用される。
【背景技術】
【0002】
上述したような用途に用いられる多孔性物質としては、従前より、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体等の有機ポリマーよりなるものと、シリカゲル等の無機系材料から成るもの、また最近では無機系材料の一部を金属原子と炭素原子の結合を含む有機無機ハイブリッドに置換したものがよく知られており、一般に、それらの多孔性物質は微粒子状に成型した上で、カラムに充填して用いられる。
有機系の材質で構成されたカラムは、低強度のために耐圧性が低い、溶媒により膨潤・収縮してしまう、加熱殺菌が不可能である等の難点がある。従って、特に高温・高圧での操作によって生産性を上げようとする場合、こうした難点がない無機系のもの、特にシリカゲルが、汎用されている。
【0003】
一般にシリカゲル等の無機質多孔体は、液相反応であるゾル−ゲル法によって作製される。ゾル−ゲル法とは、加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物を出発物質とし、ゾル−ゲル反応、すなわち、加水分解とその後の重合(重縮合)反応により、最終的に無機低分子化合物から主に金属酸化物からなる凝集体や重合体を得る方法一般のことを指す。出発物質となる無機低分子化合物としては、金属アルコキシドが最もよく知られており、このほか、金属塩化物、硝酸塩、オキシ塩化物等の加水分解性の官能基をもつ金属塩、カルボキシ基やβ−ジケトンのような加水分解性の官能基をもつ配位化合物、水ガラスのような水溶性の縮合酸化物イオンを含む溶液、さらには金属アミン類等が挙げられる。
多孔質材料を各種担体等として利用する場合には、孔の表面に担持されて機能を発現する物質の大きさに依存した最適の細孔サイズと、できるだけ狭い細孔径分布とが必要である。したがって、ゾル−ゲル法によって得られる多孔性物質についても、ゲル合成時の反応条件を制御することによって、細孔サイズを制御する試みがなされてきた。
【0004】
特に、近年多くの研究者によって界面活性剤やブロック共重合体などいわゆる両親媒性物質(より厳密には、両親媒性物質が自己組織化して形成された分子集合体)を鋳型成分として共存させて、ゾル−ゲル法による多孔性物質を合成することにより、ナノメートル領域の細孔構造を高い精度で制御することができると報告されている。
しかし、ゾル−ゲル法で得られる従来の多孔性物質は、通常、ナノメートル領域の細孔(いわゆるメソ孔)のみを有し、その形態は多くの場合粉末や薄膜および不規則形状をもつ粒子状である。数ミリメートル以上の塊状材料が得られる場合にも、ナノメートル領域よりも大きいスケールの細孔構造(いわゆるマクロ孔)が、同時に系統的に制御されている例は極めて少ない。一例として、無定形(結晶のような長距離にわたる周期性を示さない)メソ孔と、大きさの揃ったマクロ孔からなる無機系多孔性物質は知られているが、その物質においてはメソ孔の形状と長距離にわたる規則性は制御されていない(特許文献1)。
【0005】
上述したようなナノメートル領域の細孔(メソ孔)のみから成る多孔性物質は、一般に、細かく粉砕したり、粉砕物を結着させた状態で充填して、フィルターや担体材料等として使用される。すなわち、被処理物質(移動相としてのガスまたは液体)は、粉砕物の充填や結着によって生じる多孔体粒子間の隙間を通って、メソ孔内に導入されて該多孔性物質の所定の機能が発揮される。しかし、それらの隙間は一般に不規則である上、充分な多孔性を供しないことが多いため、所望の効果が得られないことが多い。ナノメートル領域の細孔(メソ孔)への外部からの目的物質の接触が促進されるような多孔性の集合状態や、そのような条件を満足するマクロ孔構造をもつ塊状試料を得ようとする場合には、煩雑で長時間を要する成形プロセスが要求される。
【0006】
【特許文献1】WO2003/002458
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、狭い細孔径分布と長距離にわたる規則性および形状を制御したメソ孔に加えて、精密に制御されたマクロ孔も併せもつ無機系および有機無機ハイブリッド系多孔性物質を製造することのできる新しい製造方法を提供すること、および上述の製造方法によって得られた多孔性物質を利用した、固液接触デバイスおよび分離媒体を提供することにある。特に、反応溶液から溶媒を除去しながら濃縮およびゲル化させたり、ゲルの乾燥に超臨界乾燥法を用いるなどの煩雑な手法を使わず、密閉条件下における反応溶液のゾル−ゲル転移と常温・常圧下での乾燥および通常の熱処理操作のみによって、狭い細孔径分布と長距離にわたる規則性および形状を制御したメソ孔に加えて、精密に制御されたマクロ孔も併せもつ、無機系および有機無機ハイブリッド系多孔性物質を製造する方法を提供するとともに、該多孔性物質を固液接触デバイスおよび分離媒体の構成に必要な適当な大きさの塊状材料として成型し、既存品を上回る性能をもつ新規デバイスならびに分離媒体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、両親媒性物質を鋳型成分として共存させてゾル−ゲル法により無機系多孔質体を製造するに当って、ゾル−ゲル転移と相分離過程が同時に起こるようにし、1)鋳型成分の集合状態を安定化させる成分を共存させる、あるいは2)鋳型成分の集合状態が安定化する溶液組成で好ましい相分離が起こるような加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物を選択する、3)鋳型成分の集合状態が安定となる溶媒組成を選ぶ、の少なくともひとつの条件を満たすことにより、上記の目的が達成されることを見出した。
かくして、本発明に従えば、下記の各工程を含むことを特徴とする、長距離秩序性ならびに形状および細孔径分布の制御されたメソ孔に加えて、制御された細孔径分布を有するマクロ孔を併せもつ、無機系および有機無機ハイブリッド系多孔性物質の製造方法が提供される。
(i) ゾル−ゲル反応触媒成分を含有する水溶液に、鋳型成分として両親媒性物質を溶かして均一溶液を調製する工程、
(ii) 該均一溶液に、両親媒性物質が自己組織化して形成された分子集合体が溶液中で安定化される溶媒組成あるいは添加成分を用いて溶液あるいは分散液を調製する工程、
(iii) 該溶液あるいは分散液に、加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物あるいは有機無機低分子化合物を添加しゾル−ゲル反応を行わせて、溶媒に富む溶媒リッチ相と、ゾル−ゲル反応により前記無機低分子化合物から生成した無機酸化物重合体あるいは有機無機低分子化合物から生成した有機無機ハイブリッド重合体であって、前記両親媒性物質から成る鋳型成分の表面上に固着した無機酸化物重合体あるいは有機無機ハイブリッド重合体に富む骨格相とから成る、連続した3次元網目構造の湿潤ゲルを形成する工程、
(iv) 該湿潤ゲルを乾燥して前記溶媒リッチ相から溶媒を蒸発除去することによりマクロ孔を形成する工程、および
(v) 乾燥後のゲルから熱分解または抽出により前記鋳型成分を除去することにより前記骨格相内にメソ孔を形成する工程。
【0009】
また、上述の製造方法によって得られた多孔性物質を、固液接触デバイスあるいは液体クロマトグラフィーカラム等の分離媒体として利用するためには、出発溶液に尿素などの溶液中で徐々に分解して液性を変化させる物質を添加しておき、上記ゾル−ゲル反応中および反応後の熟成段階において、ゲルの構造を強固にすることによって、ひび割れや変形のない円柱状や円盤状の塊状試料を得ることが出来る。特に多孔性物質の化学組成が二酸化ケイ素(シリカ)である場合、ゾル−ゲル反応を酢酸などの弱酸性触媒を用いて、尿素の共存下で行い、ゾル−ゲル転移による反応溶液の固化が起こってから、60 ℃以上で密閉下で熟成することによって、ひび割れや変形のない機械強度の高い塊状材料とすることができる。
【0010】
このようにして得られた多孔性材料は、液体クロマトグラフィーカラムに代表される分離媒体として利用する場合には、円柱状の形態に成型するために円筒状容器内に密閉した条件で反応溶液を固化させ、熟成、乾燥、熱処理の過程を経た後、側面を液体が浸透しない樹脂で被覆するとともに、両端にクロマトグラフ装置に接合可能なジョイントをつけることによって、カラムとしての利用が可能となる。また、注射器の先端部に取り付けるなどして、固相抽出等の多孔性材料中を液体を流通させる固液接触デバイスとして利用する場合には、円柱状あるいは円盤状の多孔性物質をピペットチップの先端部に隙間のないように固定することにより、注射器による液体の吸上・吐出操作とともに、多孔性物質内部を液体を流通させて、多孔性物質内部表面に担持した物質と液体との接触を促進することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の無機系多孔質体の製造方法の特徴は、適当な添加成分によって安定化せしめられた形状や集合状態を有する両親媒性物質の分子集合体を、鋳型成分として共存させてゾル−ゲル法により無機系多孔質体を製造するに際して、ゾル−ゲル転移と相分離とが同時に起こるように反応条件を調整することにより、後の乾燥工程によりマクロ孔を形成し得る溶媒リッチ相と、後の熱分解工程により内部にメソ孔を形成し得る骨格相とから成るゲルを調製する工程を含むことにある。これに対して、両親媒性物質を鋳型成分として共存させてゾル−ゲル法による多孔体を合成する従来の方法に従えば、既述のように、得られる多孔体はメソ孔のみを有するものであった。これは、従来の方法においては、鋳型成分の表面で局所的に早期に酸化物重合体が形成されて沈澱し系から分離してしまうからであると考えられる。また分子集合体を安定化させる成分を加えずに作製される、相分離を伴うゾル−ゲル反応による多孔体は、整ったマクロ孔は有するものの、大きさの揃ったメソ孔は無定形であり、長距離にわたる秩序や細孔形状の制御がなされたものではなかった。
【0012】
なお、本発明において用いられる「マクロ孔」および「メソ孔」という語は、よく知られたIUPACによる提唱に従って定義されるものとする。すなわち、マクロ孔とは直径が50ナノメートル(nm)以上の細孔を指称し、また、メソ孔とは、マクロ孔とマイクロ孔(直径2 nm以下)との中間、すなわち、直径が2〜50 nmの範囲にある細孔を指称し、本発明によって得られる多孔性物質は、一般に、直径が2〜10 nm程度のメソ孔を中心として狭い細孔分布を有するが、マイクロ孔も併せもっている。
【0013】
本発明の原理は、背景技術に関連して既述したようなゾル−ゲル法により低分子化合物から酸化物の重合体を生成し得るものとして知られた各種の無機化合物および有機無機ハイブリッドに適用することができるが、本発明の方法が特に好ましく適用されるのは、多孔質体を構成する無機酸化物重合体が、シリカおよび/または有機官能基含有シロキサン重合体の場合である。
本発明に従いシリカやシロキサン重合体から成りメソ孔とマクロ孔とを併せもつ多孔性物質を製造するには、ゾル−ゲル反応工程を少なくともその反応初期において酸性領域で行い、且つ、該ゾル−ゲル反応において触媒成分を含有する水の量が反応系中のシリカ1.0g(無水シリカ換算重量として)に対して1.0〜100.0gの範囲にあるように反応条件を調整することが必要であり、これによって、ゾル−ゲル転移と相分離が同時に起こり、溶媒リッチ相と骨格相とから成るゲルが生成する。
【0014】
更に詳述すれば、両親媒性物質を鋳型としてゾル−ゲル反応によりシリカを主成分とする多孔性物質を製造する場合、酸性、中性、塩基性いずれの触媒条件においても鋳型成分による大きさの揃ったメソ孔を得ることができることは従来より知られているが、本発明に従い溶媒リッチ相と骨格相に分離したゲルを作製するためには、均質な加水分解およびゲル形成を起こすことが容易な酸性領域での反応が必要である。あるいは反応溶液内部からの均質な反応によって、反応初期に酸性であった液性を徐々に塩基性に変化させて(例えば、反応溶液中に尿素を添加しておき、この尿素が徐々に加水分解してアンモニアを発生するようにする)均質な加水分解とゲル形成を誘起しても良い。
すなわち、ゾル−ゲル反応は、加水分解による結合部位(重縮合反応部位:代表的には水酸基)の生成と、該結合部位を介する重縮合反応によるゲル形成とから成るものであるが、酸性領域では加水分解反応が促進されて多くの重縮合反応部位が形成され、この多くの部位を介して均質に重縮合反応(ゲル形成)が起こるものと考えられる。これに対して、ゾル−ゲル反応初期から塩基性であると重縮合反応の方が促進されて不均質なゲル形成が誘起されてしまう。ゾル−ゲル反応の触媒成分としては、塩酸、硝酸、硫酸等の鉱酸および酢酸、クエン酸などの有機酸、またはアンモニア、アミン類などの弱塩基類、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の強塩基類を挙げることができるが、液性の調整が重要な因子であるのでこれらの物質に限定されない。
【0015】
また、本発明に従いシリカやシロキサン重合体から成りメソ孔に加えてマクロ孔を併せもつ多孔性物質を得るには、ゾル−ゲル反応における水の量も重要な因子であり、反応系中のケイ素原子0.0167モル(無水シリカ換算重量として1.0 g)に対して、触媒成分を含む水の量として、1.0〜100.0 g、好ましくは2.0〜50.0 g、より好ましくは3.0〜30.0 gとなるようにする。水の量が多すぎると重合度が充分に上がらない重合体が水中に沈澱してしまい均一なゲルができ難くなる。この現象は出発物質の反応性や反応温度に依存するため、その組成範囲や反応条件を一概に述べることは困難であるが、両親媒性物質を鋳型成分として共存させるゾル−ゲル法によるが、メソ孔しか有しない多孔質体を製造する従来の方法においては、上記のように定義される水の量は、一般に50 g以上であり、100 g以上とするものも多い。
【0016】
以上のようにして、本発明においては、ゾル−ゲル転移と相分離とが実質的に同時に起こるようにゾル−ゲル反応工程を調整することにより、溶媒(水)に富む溶媒リッチ相と酸化物重合体に富む骨格相とから成るゲルが生成され、この生成は、沈澱を生じることなく溶液が白濁することによって確認される。この生成物は、粉末や沈殿ではなく一塊の固体として固化するので、その強度を増すために暫く熟成し(必要に応じて僅かに加温する)と、これを乾燥および熱分解(または抽出)に供することにより目的の多孔質体が得られる。
かくして、本発明の方法に従いメソ孔とマクロ孔を併せ持つ無機質多孔質を製造するには、先ず、ゾル−ゲル反応触媒成分を含有する水溶液に鋳型成分として両親媒性物質を溶かして均一溶液を調製する。この均一溶液に、必要に応じて両親媒性物質の分子集合体を安定化させる成分を加えた後、加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物を添加してゾル−ゲル反応を行うと、上述したように、溶媒リッチ相と骨格相とに分離したゲルが生成する。
溶媒リッチ相は、マクロ孔に対応する直径を有する3次元網目状に連続した相であり、このことは、後述のように乾燥によって溶媒を除去した後の構造体を電子顕微鏡によって観察することにより確認できる(図1参照)。
骨格相は、ゾル−ゲル反応により無機低分子化合物から生成した無機酸化物重合体あるいは有機無機ハイブリッド重合体に富み、やはり連続した3次元網目構造の相である。この相は、鋳型成分となる両親媒性物質(厳密には、両親媒性物質が自己組織化して形成された分子集合体)の表面に固着して形成されているものであり、このことは、後に鋳型成分(両親媒性化合物)を除去すると、該骨格相の内部に細孔(メソ孔)が形成されていることからも確認できる(図6参照)。すなわち、酸化物重合体は、表面に水酸基を有し、この部分が両親媒性物質のプロトン受容部分と強く引力相互作用することによって、鋳型成分が溶液中で形成する自己組織化構造をゲル網目の中に転写することができる。
ゾル−ゲル反応の生成物(ゲル)が固化した後、適当な熟成時間を経た後、乾燥によって溶媒を除去すると、溶媒リッチ相の占めていた空間が連続貫通したマクロ孔となる。次いで両親媒性物質から成る鋳型成分を熱分解あるいは抽出除去すると、鋳型成分の自己組織化した構造によって形成されたナノメートル領域の大きさの揃った細孔(メソ孔)が得られる。
【0017】
本発明の方法において鋳型として用いられる両親媒性物質として好ましいのは、四級アンモニウム塩等の親水部と主にアルキル基からなる疎水部とを含むカチオン性界面活性剤もしくは非イオン性親水部とアルキル基等の疎水部から成る界面活性剤、または親水部と疎水部をもつブロック共重合体であり、具体的な例としては、ハロゲン化アルキルアンモニウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、エチレンオキシド−プロピレンオキシド−エチレンオキシドブロック共重合体などが挙げられるが、これらに限られるものではない。本発明において用いられる両親媒性物質は、界面活性剤や上記のブロック共重合体のように反応溶液に均一に溶解するものが好ましい。また、既述の説明から理解されるように、本発明における両親媒性物質は、鋳型成分としてナノメートル領域の細孔(メソ孔)の径を整える働きに加えて、マクロ孔となる溶媒リッチ相を持つ構造を生じさせる共存物質としての働きを兼ね備えた成分である。
【0018】
本発明の方法において上述の両親媒性物質の分子集合体を安定化させて、形状の整った長距離(典型的に100 nm以上)にわたるX線回折等の手法で検出可能な秩序を発現させ、なおかつその秩序構造が無機系および有機無機ハイブリッド系ゲルの構造中に細孔として転写されるための適切な添加物としては、非プロトン性の有機液体、例えばトリメチルベンゼンやクロロホルムなどが好適であるが、わずかに極性をもつ長鎖アルコールも利用することができ、これらに限定されるものではない。出発物質として比較的水の多い組成においてマクロ孔を生じる相分離を起こすアルコキシドを用いた場合には、上述の添加物を用いることなく両親媒性物質の分子集合体を安定化させて、形状の整った長距離にわたるX線回折等の手法で検出可能な秩序を発現させることもできる。この場合には上述の添加物は、主としてメソ孔径の制御を行うために加えられる。また上述の添加物を両親媒性物質に対して、長距離秩序が得られる適切な濃度範囲を超えて過剰に添加すると、両親媒性物質の分子集合体は再び秩序の低い状態に転化していくが、その際には典型的に直径20nm以上の比較的大きいメソ孔からなるメソ孔構造が得られる。この構造はメソ構造セル状泡(Mesostructured Cellular Foam)と呼ばれ、すでに両親媒性物質を含むゾル−ゲル反応によって粉末や沈殿の形状では知られているが、本発明によればこの特徴的な構造も、制御されたマクロ孔を与えるゲル骨格中に転写することが可能である。両親媒性物質の分子集合体を安定化させる添加物の好適な添加量は、両親媒性物質のに対して重量比で、0〜100%、好ましくは0〜70%、より好ましくは0〜50%の範囲である。添加物は通常ゾル−ゲル反応系の溶媒への溶解度が低いため、これを大過剰に加えると、両親媒性物質の分子集合体中へ溶解し切れなかった添加物が反応溶液中に液滴状に分散し、溶液を不均一な状態にし、結果として得られるゲルの多孔構造の中に液滴状の不均一なマクロ孔を形成するため、整ったマクロ孔を有する構造体を得るためには、これを避けることが必要である。
【0019】
また、本発明において用いられる加水分解性の官能基を有する無機低分子化合物あるいは有機無機低分子化合物としては、背景技術に関連して既述したような金属アルコキシドをはじめとする各種の金属化合物が適用可能であるが、本発明の特に好ましい態様に従い、シリカから成る多孔質体を製造する場合においては、シリカ源としてケイ素アルコキシドの単量体および低分子重合体(オリゴマー)が好適に使用される。また、有機官能基含有シロキサン重合体(有機無機ハイブリッド)から成る多孔質体を製造する場合には、そのような有機無機ハイブリッド源として、少なくとも1つのケイ素−炭素結合を含むケイ素アルコキシドの単量体および低分子量重合体、あるいは2つ以上のケイ素原子間を1つ以上の炭素を含む炭化水素鎖あるいはヘテロ原子を含む炭化水素鎖が架橋している構造の化合物(例えばビストリアルコキシシリルアルカン類)を用いることができる。なお、シリカと有機官能基含有シロキサン重合体とを任意の割合で混合して、本発明の無機系多孔性物質を製造することもできる。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の特徴を更に明らかにするため実施例を示すが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0021】
(実施例1):
まず両親媒性物質であるエチレンオキシド−プロピレンオキシド−エチレンオキシドブロック共重合体(EO20-PO70-EO20、平均分子量5800、BASF社製Pluronic P123同等品)1.80 gを0.01 mol/L酢酸水溶液20 gに溶解し、次に尿素1.0gを加えて、得られた均一溶液にテトラメトキシシラン5.15 gを攪拌下で加えて加水分解反応を行った。氷冷下で5分間攪拌したのち、得られた均一溶液を密閉容器に移し、60 ℃の恒温漕中に保持したところ約40分後に溶液の白濁に引き続いて固化した。固化した試料を、密閉条件下でさらに数時間〜数日熟成させ、ついで60 ℃において溶媒を蒸発させて除去し、そののち100℃/hの昇温速度で650 ℃まで加熱してこの温度で5時間保持した後、室温まで冷却した。これによって、シリカを成分とする多孔性物質を得た。
【0022】
得られた多孔質体中には中心孔径1.3 μm(=1300 nm)程度の揃った貫通孔と太さ約0.2 μm(=200 nm)の円柱状のゲル骨格が3次元網目状に絡み合った構造で存在していることが電子顕微鏡観察(図1)によって確かめられた。図2には上記の測定値が得られた、水銀圧入測定による累積細孔径分布曲線を、図3には同測定による微分細孔径分布曲線を示す。そして、その貫通孔を構成する円柱状のシリカゲル骨格の内部に、直径13nm付近に分布の中心を持つ細孔が多数存在し、900 m2/g以上の比表面積を有していることが、窒素吸着測定によって確かめられた。窒素吸着測定によって得られた吸着等温線を図4に、またBarrett-Joyner-Halenda法による解析を用いて吸着分枝から計算された微分細孔径分布曲線を図5に示す。この試料の電界放射型走査電子顕微鏡像には、マクロ孔を形成するゲル骨格の断面に、大きさの均一な2次元六方配列状にならんだメソ孔が観察された(図6)。このことから、本試料の円柱状ゲル骨格の内部には、直径約13 nmのメソ孔と約10 nmの厚さのゲルの壁とが交互に長距離(典型的に100 nm以上)に渡って配列し、全体の配列は2次元六方対称性を有することがわかった。
【0023】
(実施例2):
実施例1の製造法に従って、内径6 mm長さ150 mmの樹脂性容器内に反応溶液を入れ、ゾル−ゲル反応と引き続く処理を行なって、最終的に直径4.6 mm長さ83 mmの円柱状の多孔性シリカを作製した。この円柱状多孔性シリカの側面を熱収縮性テフロン樹脂で被覆し、その後に内径10 mmの樹脂チューブ内にエポキシ樹脂を用いて埋め込むとともに、両端部にジョイントを固定した。このカラムをWATERS製RCM8加圧モジュールに装てんして、液体クロマトグラフに接続し、室温において、シリカの表面をそのまま用いた順相クロマトグラムを測定した。また、シリカ表面にオクタデシルシリル基を結合させる処理を施した後、同様にして逆相クロマトグラムを得た。移動相速度は毎分1 mLに固定し、波長254 nmあるいは210 nmの紫外検出器によって、各溶質を検出した。
【0024】
シリカの表面をそのまま用いたカラムによる、トルエン、ニトロベンゼン、o-ニトロアニソールを溶質とした、順相クロマトグラムを図7に示す。また、シリカの表面をオクタデシルシリル基によって修飾したカラムによる、ベンゼンおよび炭素数1〜6の直鎖アルキル基の置換したアルキルベンゼンを溶質とした、逆相クロマトグラムを図8に示す。
本発明の多孔性物質が、順相、逆相ともに、十分な分離効率をもつ液体クロマトグラフィー分離媒体として利用できることが分かる。アミルベンゼンおよびヘキシルベンゼン(各々右から2番目および最も右のピークに対応する)の相対保持値から算出した分離係数αは、Chromolith(製造・販売Merck KGaA, ドイツ)として市販されている従来型のシリカ系一体型カラムとほぼ同等な値(約1.5)を示した。すなわち逆相におけるカラム全体としての保持挙動は、オクタデシルシリル化処理された従来の一体型カラムと同等であることが分かる。
しかしながら、直径4.6 mm長さ83 mm(体積1.38 cc)のカラムに含まれるシリカの量を比べてみると、Chromolithカラムでは0.37 gであるのに対して、本発明のカラムでは0.12 gであり、後者は前者の約1/3の固定相しか含んでいない。他方、Chromolithカラムに含まれる多孔質シリカは1グラム当り約300m2の比表面積を有するが、本発明のカラムでは1グラム当り約900m2であるため、カラムあたりの表面積はほぼ同等な値となる。以上のことから、本発明の多孔性物質は、界面活性剤によってナノメートル領域に規則正しく形成された細孔の構造と、その細孔を含むシリカ壁内の構造とが、液体クロマトグラフィーにおいて低分子物質が相互作用できるような表面を、従来品の約3倍の比表面積を与えるように形成しており、そのためにカラム内のシリカ量が少なくても、約3倍多いシリカを含むChromolithカラムと同等な分離係数を与えたものと、合理的に結論される。
単位シリカ量あたり利用できる表面積が大きいことは、他の形態の固液接触デバイスにおいても有益であり、同様な構成を溶液中の特定の成分を吸着することによって捕集する固相抽出デバイスに適用すれば、従来品の3倍以上の捕集容量を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上のように本発明によれば、所望の細孔分布に制御された多孔質体を製造することができる。しかも本発明によって得られる多孔質体は、マクロ孔と長距離秩序をもつメソ孔との二重気孔構造の多孔質体であることから、一体型カラムとして適用可能であり、従来の無秩序なメソ孔をもつ一体型カラムに比べて、より少ない多孔性物質の使用によって同等な分離を実現することができるので、省資源プロセスに貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1で得られた多孔性物質の走査型電子顕微鏡写真を示す。
【図2】実施例1で得られた多孔性物質の水銀圧入法による累積細孔径分布を示す。
【図3】実施例1で得られた多孔性物質の水銀圧入法による微分細孔径分布を示す。
【図4】実施例1で得られた多孔性物質の液体窒素温度における吸着等温線を示す。
【図5】実施例1で得られた多孔性物質の窒素吸着法(BJH法)による細孔径分布曲線を示す。
【図6】実施例1で得られた多孔性物質の、電界放射型走査電子顕微鏡写真を示す。
【図7】実施例1で得られた液体クロマトグラフィーカラムによる、順相クロマトグラムを示す。
【図8】実施例1で得られた液体クロマトグラフィーカラムによる、逆相クロマトグラムを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性物質が、主に二酸化ケイ素あるいはケイ素−炭素結合を含む有機無機ハイブリッドからなり、固体骨格構造中に存在する10〜50 nmの直径を有するメソ孔が、円筒状であり2次元六方対称の周期性をもって制御されていることを特徴とする、固液接触デバイスおよび分離媒体。
【請求項2】
請求項1記載の固液接触デバイスおよび分散媒体の製造方法であって、ゾル−ゲル反応を酢酸などの弱酸性触媒を用いて、尿素の共存下で行い、ゾル−ゲル転移による反応溶液の固化が起こってから、60 ℃以上で密閉下で熟成することを特徴とする固液接触デバイスおよび分散媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−265047(P2009−265047A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−117990(P2008−117990)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】