説明

間葉系幹細胞の培養方法

【課題】 継代作業をなくして、間葉系幹細胞へのダメージを軽減し、コンタミネーションのリスクを低減することができるとともに、培養操作を簡略化して培養期間を短縮し、効率的な増殖を図ることにより採取骨髄量を低減して患者にかかる負担を低減する。
【解決手段】 培地内に間葉系幹細胞と造血幹細胞とを浮遊させ、間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を1:10〜1:100の範囲に維持しつつ培養する間葉系幹細胞の培養方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(MSC)は、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、筋肉細胞、ストローマ細胞、神経細胞、腱細胞等、様々な細胞への分化能を有しているため、これら細胞からなる組織を再生することができる細胞として知られている。このため、間葉系幹細胞を用いて組織再生や治療を行う試みが多くなされている。
【0003】
間葉系幹細胞は骨髄液に多く含まれている。しかしながら、骨髄液から採取可能な間葉系幹細胞はごく微量であり、組織の再生に必要な量の間葉系幹細胞を得るためには、骨髄液中の間葉系幹細胞を濃縮してから分離し、間葉系幹細胞を培養することにより増殖させる必要がある。
【0004】
従来、骨髄液中の間葉系幹細胞を濃縮・分離してから培養する方法としては、採取した骨髄液を遠心した後に、その上澄み液を除去し、残った沈殿部分のみを培養容器に播種して底面に接着させた状態で増殖させる方法が知られている。この場合に、培養容器の底面に接着している間葉系幹細胞の播種密度が適正となるように調節する培養方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開2004−254519号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、間葉系幹細胞を培養容器の底面に接着させて培養する場合、間葉系幹細胞の増殖に伴って、細胞の接着する底面の面積が足りなくなるため、より広い底面積を有する培養容器への切替作業あるいは、複数の培養容器への切替作業(いわゆる継代作業)を行う必要がある。継代作業は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素を用いて間葉系幹細胞を培養容器の底面から剥離させる作業を伴うものであり、間葉系幹細胞に損傷を与える可能性がある。また、複数の培養容器の切替を伴うため、間葉系幹細胞が何らかの細菌や塵埃と接触する可能性が高くなるという不都合も考えられる。さらに、継代作業は、培養容器の底面に接着している間葉系幹細胞を剥離させ、新たな培養容器に接着させて培養を継続させる作業であるため、継代作業自体に時間がかかり、培養期間が長期化する不都合もある。
【0006】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、継代作業をなくして、間葉系幹細胞へのダメージを軽減し、コンタミネーションのリスクを低減することができるとともに、培養操作を簡略化して培養期間を短縮し、効率的な増殖を図ることにより採取骨髄量を低減して患者にかかる負担を低減することができる間葉系幹細胞の培養方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
培地内に間葉系幹細胞と造血幹細胞とを浮遊させ、間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を1:10〜1:100の範囲に維持しつつ培養する間葉系幹細胞の培養方法を提供する。
【0008】
本発明によれば、間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率が1:10〜1:100の範囲に維持される。間葉系幹細胞は、骨髄中においては種々の細胞とともに共存しており、間葉系幹細胞も浮遊した状態に維持されている。このことから、間葉系幹細胞を生きた生体内に近い状態で培養すれば、浮遊状態においても増殖することが推測され、研究の結果、間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を上記範囲に維持することにより、生体外においても生体内と同様の条件が達成されて、間葉系幹細胞を効率的に培養することができることが判明した。このようにすることで、間葉系幹細胞を培養容器の底面に接着させる必要がなく、継代作業が不要となり、間葉系幹細胞へのダメージを軽減し、コンタミネーションのリスクを低減し、培養操作を簡略化して培養期間を短縮し、効率的な増殖を図ることにより採取骨髄量を低減して患者にかかる負担を低減することができる。
【0009】
上記発明においては、培地内の間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を監視し、間葉系幹細胞の比率が造血幹細胞の1/10倍より多い場合に、造血幹細胞の比率を増加させる液体因子を添加することとしてもよい。
このようにすることで、間葉系幹細胞の比率が増加した場合に液体因子を添加して造血幹細胞の比率を増加させ、生きた生体内に近い状態で間葉系幹細胞を効率的に増殖させることが可能となる。間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率の監視は、フローサイトメトリー(FACS)により行われる。例えば、間葉系幹細胞数は、細胞表面マーカであるCD29,CD90,SH3で、造血幹細胞数は、Stem−kit(BD)でFACSにより測定を行う。これにより両者の比率をモニタすることができる。
【0010】
この場合に、造血幹細胞の比率を増加させる液体因子が、1〜100ng/mLのSCF(Stem Cell Factor)、1〜50ng/mLのIL−3(Interleukin-3)、1〜50ng/mLのIL−6、1〜50ng/mLのIL−10、10〜300ng/mLのFL(Flt-3L)および1〜50ng/mLのTPO(Thrombopoietin)の混合液からなることが好ましい。
【0011】
また、上記発明においては、培地内の間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を監視し、造血幹細胞の比率が間葉系幹細胞の100倍より多い場合に、間葉系幹細胞の比率を増加させる液体因子を添加することとしてもよい。
このようにすることで、造血幹細胞の比率が増加した場合に液体因子を添加して間葉系幹細胞の比率を増加させ、生きた生体内に近い状態で間葉系幹細胞を効率的に増殖させることが可能となる。
【0012】
この場合に、間葉系幹細胞の比率を増加させる液体因子が、1〜100ng/mLのPDGF(Platelet-Derived Growth Factor)、1〜100ng/mLのbFGF(Basic Fibroblast Growth Factor)および5〜3000μg/mLのビタミンCの混合液からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、継代作業をなくして、間葉系幹細胞へのダメージを軽減し、コンタミネーションのリスクを低減することができるとともに、培養操作を簡略化して培養期間を短縮し、効率的な増殖を図ることにより採取骨髄量を低減して患者にかかる負担を低減することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の一実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法について、以下に説明する。
本実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法は、まず、培養容器内に貯留した培地内に患者から採取した骨髄液を投入し、37℃に保った状態で、攪拌する。培養容器の内壁には、接着性の間葉系幹細胞が付着しないようにコーティングが施されている。
【0015】
患者から採取した骨髄液内には、間葉系幹細胞と造血幹細胞とが、1:10〜1:100の割合で存在している。したがって、骨髄液を投入して開始される培養開始時には、培養容器内における間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率が生体内に近い状態になっている。また、培養容器内の培地を攪拌することにより、間葉系幹細胞および造血幹細胞は培地内において浮遊し、しかも、培養容器の内壁に間葉系幹細胞の付着を防止するコーティングが施されているので、間葉系幹細胞は培地内において浮遊状態に維持される。これも、生体内に近い状態になっている。
【0016】
本実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法においては、培地内における間葉系幹細胞と造血幹細胞の比率を監視する。例えば、間葉系幹細胞数は、細胞表面マーカであるCD29,CD90,SH3で、造血幹細胞数はStem−Kit(BD)でFACSにより測定を行うことで、培養物中の間葉系幹細胞数と造血幹細胞数を監視することができる。そして、培地中の造血幹細胞数が多くなってきたときは、間葉系幹細胞を増加させる液体因子を添加し、培地中の造血幹細胞数が少なくなってきたときは、造血幹細胞を増加させる液体因子を添加する。
【0017】
間葉系幹細胞を増加させる液体因子としては、1〜100ng/mLのPDGF(Platelet-Derived Growth Factor)、1〜100ng/mLのbFGF(Basic Fibroblast
Growth Factor)および5〜3000μg/mLのビタミンCの混合液を挙げることができる。また、造血幹細胞を増加させる液体因子としては、1〜100ng/mLのSCF(Stem Cell Factor)、1〜50ng/mLのIL−3(Interleukin-3)、1〜50ng/mLのIL−6、1〜50ng/mLのIL−10、10〜300ng/mLのFL(Flt-3L)および1〜50ng/mLのTPO(Thrombopoietin)の混合液を挙げることができる。
【0018】
このように、本実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法によれば、培養中における培地内の間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を常に生体内に近い状態に維持するので、培養容器に接着させることなく、生体内と同様に間葉系幹細胞を浮遊させたままの状態で、生体内と同様に効率的に間葉系幹細胞を増殖させることができる。
【0019】
すなわち、本実施形態に係る培養方法によれば、間葉系幹細胞を培養容器に接着させることなく浮遊させたまま培養するので、培養容器を切り替える継代作業が不要となり、該継代作業に伴う不都合、つまり、間葉系幹細胞に与えるダメージやコンタミネーションリスクの低減を図ることができるという利点がある。
また、手間と時間を要する継代作業を不要とすることにより、培養操作を簡便化することができるとともに、培養期間を短縮して早期に効率的に間葉系幹細胞を必要細胞数まで増殖させることができる。
【0020】
さらに、生体内に近い状態で間葉系幹細胞を効率的に増殖させるので、骨髄液の採取量を低減することができ、したがって、患者にかかる負担を低減することができるという利点もある。
【0021】
表1および図1に、間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を生体内と同様の状態に維持して浮遊培養した結果を示す。具体的には、125U/mLのヘパリンを含む骨髄液を37℃インキュベータ内で培養した結果、68時間後の間葉系幹細胞の数は初期の2.3倍も増殖した。その結果、骨髄中の各細胞の比率、特に間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を生体内と同様の状態に維持することによって、浮遊状態でも間葉系幹細胞を増殖させることが可能であることがわかった。
【0022】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法による培養結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地内に間葉系幹細胞と造血幹細胞とを浮遊させ、
間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を1:10〜1:100の範囲に維持しつつ培養する間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項2】
培地内の間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を監視し、
間葉系幹細胞の比率が造血幹細胞の1/10倍より多い場合に、造血幹細胞の比率を増加させる液体因子を添加する請求項1に記載の間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項3】
造血幹細胞の比率を増加させる液体因子が、1〜100ng/mLのSCF、1〜50ng/mLのIL−3、1〜50ng/mLのIL−6、1〜50ng/mLのIL−10、10〜300ng/mLのFLおよび1〜50ng/mLのTPOの混合液からなる請求項2に記載の間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項4】
培地内の間葉系幹細胞と造血幹細胞との比率を監視し、
造血幹細胞の比率が間葉系幹細胞の100倍より多い場合に、間葉系幹細胞の比率を増加させる液体因子を添加する請求項1から請求項3のいずれかに記載の間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項5】
間葉系幹細胞の比率を増加させる液体因子が、1〜100ng/mLのPDGF、1〜100ng/mLのbFGFおよび5〜3000μg/mLのビタミンCの混合液からなる請求項4に記載の間葉系幹細胞の培養方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−29009(P2007−29009A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−217835(P2005−217835)
【出願日】平成17年7月27日(2005.7.27)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】