説明

間葉系幹細胞増殖培地

【課題】 組織の再生医療のために間葉系幹細胞を増殖させるにあたり、安全性に問題のある血清成分を1%以下の低濃度に抑え、かつ優れた増殖能を有する間葉系幹細胞増殖培地を提供する事を課題とする。
【解決手段】 エタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含み、さらに血清成分を1%以下添加することで間葉系幹細胞を良好に増殖させる培地を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は再生医療に供する間葉系幹細胞を増殖させる培地に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞は哺乳動物の骨髄、脂肪組織等に存在し、脂肪細胞、軟骨細胞、骨細胞、神経細胞等に分化する多能性の幹細胞である。間葉系幹細胞葉このような多分化能を示すことから組織の再生過程に重要な役割を果たすと考えられており、骨、軟骨、心筋、神経等の各組織を修復するための供給細胞として注目されている。
【0003】
移植材料として間葉系幹細胞をみた場合、培地中に含まれる血清成分が問題となる。すなわち、移植材料として大量の間葉系幹細胞を調製するには、細胞培養による細胞の大量調製が必須となる。一般に、細胞培養には牛胎児血清を10%容量添加した培地が用いられる。しかし、牛血清の使用は他種由来の未知の感染症や免疫拒絶反応を誘引する原因になりうる。その為、移植用の細胞培養には無血清培地や同種のヒト型蛋白質のみを添加した安全な培地を使用することが不可欠である。さらに、臨床応用においては疾患患者の救命に十分間に合うよう、短期間で大量に細胞を調製する必要があるため高い増殖能を有する培地が望ましい。
【0004】
かかる目的を達成するため、これまでいくつかの培地が開発されている。特許文献1には間葉系幹細胞を無血清で培養する合成培地について開示されている。しかし、本法では従来培地に比べ約80%程度細胞増殖の低下がみられ大量調製には適さない。また、バーファイル(Verfaillie)らは2%牛血清を用いる培地を報告している(非特許文献1)。この血清濃度は一般に使用されているものよりは低いが、間葉系幹細胞の培養に際して牛血清に代えて自己血清を使用する実際の臨床応用を考慮した場合、同一人から採取出来る自己血清の量は限られている上、細胞の調製には大量の培地が必要になるので、血清濃度はできるだけ低い方が望ましい。
【0005】
【特許文献1】特表平11−506610号公報
【非特許文献1】M.Reyes et al.,Blood,Vol.98,No.9,P.2615−2625(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、かかる従来の問題点を解消すべく、優れた増殖能を有し、且つ血清濃度の低い間葉系幹細胞の増殖培地を提供する事を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、エタノールアミン、インスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGF等を培地に添加することで低血清下で良好な増殖性を示す培地を作製するに至った。
すなわち、本発明は:
[1]1%以下の血清を含有する間葉系幹細胞増殖培地;
[2]エタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む[1]の培地;
[3]該培地での間葉系幹細胞の増殖能が10%牛胎児血清含有DMEMでの増殖能の1.5倍以上である[1]の培地。
[4][1]〜[3]のいずれかの培地を用いて培養された間葉系幹細胞の培養物;
[4][1]〜[3]のいずれかの培地を含む、間葉系幹細胞の培養キット;
[5]間葉系幹細胞を1%以下の血清を含有する増殖培地中で培養する工程を包含し、該培地での間葉系幹細胞の増殖能が10%牛胎児血清含有DMEMでの増殖能の1.5倍以上であることを特徴とする間葉系幹細胞の培養方法;
[7]増殖培地がエタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む[6]の方法
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る低血清培地を使用することで、特定不能の血清成分の使用を抑えることができ、細胞の薬剤応答などの実験データ解析結果が明瞭になる。これにより、間葉系幹細胞の分化誘導の制御に好適な薬剤のスクリーニングが容易になる。また、血清添加量が1%以下なので、臨床で限定的にのみ採取される自己血清を有効に使用することができ、大量の間葉系幹細胞増殖培地を確保することができる。本培地により培養された間葉系幹細胞は動物成分由来の未知ウイルス感染の可能性もなく、安全かつ好適に臨床へ適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において、間葉系幹細胞とは骨髄、脂肪組織、臍帯血などの生体組織に存在する細胞で、多分化能を有することを特徴とする。当該細胞は骨髄、脂肪組織、臍帯血などから採取されるが、市販のものも好適に使用される。採取される動物種は問わないが、ヒト、マウス、ブタなどが使用される。一例としては、注射等を用いヒト骨髄内から骨髄液を採取し、培養容器に付着する細胞を培養することで当該細胞を得ることができる。当該細胞は生体あるは試験管内で脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞などの細胞に分化する能力を有する。
【0010】
本発明において使用される血清はウシ由来、ウマ由来の血清などが使用されるが、移植用にはヒト由来の血清、特に自己血清が好適に使用される。さらに、本発明において血清は1%以下、好ましくは0.1%から1%、より好ましくは0.5%から1%の濃度で添加される。血清の主成分はタンパク質であり、ヒト正常血清の場合は約7%がタンパク質である。そのため、培地中の血清濃度はタンパク質濃度を測定することで簡易的に推定できる。かかるタンパク質濃度の測定には電気泳動、紫外線吸光度やローリー法などの定法を用いることができる。
【0011】
さらに、本発明における間葉系幹細胞増殖培地は、エタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む。
【0012】
ここで、エタノールアミンとは2−アミノエタノール、あるいはモノエタノールアミンともいい、アミン類の一種であり、好ましくは0.1〜100μg/ml、より好ましくは6μg/mlの濃度で添加する。培地中のエタノールアミン濃度は、例えば質量分析機や高速液体クロマトグラフィーなどにより定量することができる。
【0013】
インスリンとはペプチドの一種であり動物、例えばウシ、ブタの膵臓から生産されたインスリンや遺伝子組換技術により生産されたインスリンのいずれもが使用できるが、移植用にはヒト由来あるいは遺伝子組換技術により作製したヒト型インシュリンが好適に使用できる。さらに、本発明においてインシュリンは1〜100μg/ml、より好ましくは10μg/mlの濃度で添加する。培地中のインスリン濃度は、例えば市販のELISAキットにより簡便に測定することができる。
【0014】
トランスフェリンとは血中の輸送鉄と結合するタンパク質であり、ウシあるいはヒト等の動物組織に由来するが、移植用にはヒト由来のトランスフェリンが好適に使用される。鉄との結合によりホロトランスフェリン、アポトランスフェリンなどの種類があるが、いずれも好適に使用される。本発明においてトランスフェリンは好ましくは1〜100μg/ml、より好ましくは10μg/mlの濃度で添加する。培地中のトランスフェリン濃度は、例えば市販のELISAキットにより簡便に測定することができる。
【0015】
PDGFは血小板由来増殖因子ともいい、分子量1.3万〜1.6万のタンパク質で、繊維芽細胞をはじめ種々の細胞に対する増殖刺激性を有する。サブユニットの組合せによりPDGF−AA、PDGF−BB、PDGF−ABなどに分かれいずれも使用できるが、PDGF−BBが好適に使用できる。PDGFは動物組織、例えば血清に由来するものや遺伝子組換技術により生産したものが使用できるが、移植用としてはヒト血清由来のあるいは遺伝子組換技術により作製したヒト型PDGFが好適に使用できる。本発明においてPDGFは好ましくは1〜100ng/ml、より好ましくは10〜30ng/mlの濃度で添加する。また、培地中のPDGF濃度は、例えば市販のELISAキットにより簡便に測定することができる。
【0016】
bFGFはFGF−2、あるいは塩基性繊維芽細胞成長因子ともいい、分子量1.6〜2.0のタンパク質で、繊維芽細胞をはじめ種々の細胞に対する増殖刺激性を有する。bFGFは動物組織、例えば脳下垂体に由来するものや遺伝子組換技術により生産したものが使用できるが、移植用としてはヒト組織由来のあるいは遺伝子組換技術により作製したヒト型bFGFが好適に使用できる。本発明においてbFGFは好ましくは1〜100ng/ml、より好ましくは10ng/mlの濃度で添加する。また、培地中のbFGF濃度は、例えば市販のELISAキットにより簡便に測定することができる。
【0017】
本発明ではインスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、PDGF、bFGF以外に添加する物質は特に問わない。一例としては、LIF、EGF、IGF−I、IGF−II、ヒドロコルチゾン、デキサメタゾン、亜セレン酸、アスコルビン酸、ホスホリルエタノールアミン、血清アルブミン、オレイン酸、リノール酸などが好適に使用される。例えば、ヒドロコルチゾンは好ましくは0.01〜1.0μg/ml、より好ましくは0.1〜0.5μg/mlの濃度で添加する。
【0018】
本発明においてインスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、PDGF、bFGF等を加える基礎となる培地には、動物細胞を増殖するに際して必須成分である、無機塩類、アミノ酸、ビタミン類などを含む。このような基礎培地は組成により種々存在するが、本発明に使用されるものとして、例えばイーグル基本培地(MEM)、アルファイーグル基本培地(αMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ハムF−12培地などが挙げられる。
【0019】
本発明に係る培地により培養された間葉系幹細胞の培養物とは、間葉系幹細胞に本発明に係る培地を少なくとも1日以上接触させることにより得られた培養物をいう。よって、その前後の加工、例えば、その後に分化誘導を行い他細胞に分化したものや、移植に供したものについてもこれに含まれる。その形状については、分散状態、組織様状態を問わない。
【0020】
本発明に係る間葉系幹細胞の培養キットとは間葉系幹細胞の培養実験を簡便に行うことができるキットをいう。具体的には、本発明に係る培地を構成物として含むキットである。本発明に係る培地とは、すなわち、血清成分が1%以下である間葉系幹細胞増殖培地、もしくは、エタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む血清成分が1%以下である間葉系幹細胞増殖培地をいう。他の構成物としては、例えば、間葉系幹細胞、PBS、トリプシン溶液などが挙げられ、これらの単独あるいは複数が本発明に係る培地とともに一の間葉系幹細胞の培養キットを構成する。
【0021】
本発明に係る間葉系幹細胞の培養方法とは、間葉系幹細胞を1%以下の血清を含有する増殖培地中で培養する工程を包含する方法であって、該培地での間葉系幹細胞の増殖能が10%牛胎児血清含有DMEMでの増殖能の1.5倍以上であることを特徴とする方法である。1つの実施態様において、増殖培地はエタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む。ここで10%牛胎児血清含有DMEMとはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に牛胎児血清を10%容量加えることにより作製した培地である。これら牛胎児血清、DMEMは市販のものが好適に使用できる。さらに、増殖能とは37℃、5〜10%二酸化炭素雰囲気で一定期間、例えば、3〜30日間培養した場合に、増殖して得られる細胞数をいう。1.5倍以上の増殖能とは、間葉系幹細胞を37℃、5〜10%二酸化炭素雰囲気で、本発明に係る培地と10%牛胎児血清含有DMEMとで培養した場合、本発明に係る培地で培養した方が1.5倍以上多い細胞数が得られることをいう。より好ましくは、本発明の培養方法により2倍以上の増殖能が達成される。本発明に係る培養方法は血清含有量が1%以下にも係らず、かかる優れた増殖能を有することを特徴とする。
【実施例】
【0022】
次に、本発明を具体的に実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
正常人より供与されたヒト骨髄を10%牛胎児血清含有DMEMに浮遊させ、シャーレに播種し、5%二酸化炭素存在下、37℃の条件で培養した。シャーレに接着した細胞をコンフレントになるまで培養し、トリプシン消化により細胞を継代培養し、ヒト間葉系幹細胞を得た。
9継代したヒト間葉系幹細胞について、一部を従来培地である10%牛胎児血清含有DMEM培地(以下、従来培地)で培養し、一部を本発明に係る培地(以下、間葉系幹細胞増殖培地)で培養した。間葉系幹細胞増殖培地はαMEMに5μg/mlインシュリン、5μg/mlトランスフェリン、6.2μg/mlエタノールアミン、10ng/mlPDGF、10ng/mlbFGF、0.2μg/mlヒドロコルチゾン、14μg/mlホスホリルエタノールアミン及び1%牛胎児血清を添加したものである。
図1は従来培地及び間葉系幹細胞増殖培地で培養したヒト間葉系幹細胞について培地変更後の培養日数と細胞集団倍化数との関係を示したものである。図1において○は従来培地での細胞集団倍化数を、●は本発明の間葉系幹細胞増殖培地での細胞集団倍化数を示す。図1のごとく間葉系幹細胞増殖培地は従来培地に比較して約2倍の細胞増殖が見られた。なお、間葉系幹細胞増殖培地の牛胎児血清をヒト血清に置換しても増殖性に変化がないことを確認した。
【0023】
ヒト間葉系幹細胞を24穴プレートに0.5%牛胎児血清含有DMEMで1穴当り3000個播種し、一日後間葉系幹細胞増殖培地から図2に示す各培地組成を除去した培地に交換した。5日間培養後の細胞量を測定した。図2に示すように、いずれの培地組成を除去した場合も間葉系幹細胞増殖培地に比較して細胞量の低下が見られたことから、いずれの培地組成もヒト間葉系幹細胞の増殖に寄与する。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明に係る培地を用いることで特定不能の成分を含む血清成分を抑えることができるので、細胞実験のデータ解析が容易になり、間葉系幹細胞の増殖あるいは分化を指標にした薬剤のスクリーニングに用いることができ、医薬分野など産業界に寄与するところが大である。また、血清添加量が1%以下と低いので、臨床で限定的にのみ採取される自己血清を有効に使用することができ、異種動物由来物によらず培地を作製することが出来る。これにより未知病原体汚染の危険なく間葉系幹細胞を培養することができるので、安全に細胞移植に適用でき、再生医療分野など産業界に寄与するところが大である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】従来培地及び間葉系幹細胞増殖培地で培養したヒト間葉系幹細胞について培地変更後の培養日数と細胞集団倍化数との関係を示す。
【図2】各培地組成を除去した間葉系幹細胞増殖培地における、5日間培養後の細胞量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1%以下の血清を含有する間葉系幹細胞増殖培地。
【請求項2】
エタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む請求項1記載の培地。
【請求項3】
該培地での間葉系幹細胞の増殖能が10%牛胎児血清含有DMEMでの増殖能の1.5倍以上である請求項1記載の培地。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の培地を用いて培養された間葉系幹細胞の培養物。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の培地を含む、間葉系幹細胞の培養キット。
【請求項6】
間葉系幹細胞を1%以下の血清を含有する増殖培地中で培養する工程を包含し、該培地での間葉系幹細胞の増殖能が10%牛胎児血清含有DMEMでの増殖能の1.5倍以上であることを特徴とする間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項7】
増殖培地がエタノールアミンを含み、かつインスリン、トランスフェリン、PDGF、bFGFからなる群より選択される1以上の物質を含む請求項6記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−325445(P2006−325445A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−151237(P2005−151237)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(502196050)国立成育医療センター総長 (8)
【Fターム(参考)】