説明

陽イオンの分析法

【課題】 陽イオンをクロマトグラフィックに分離分析する方法において、高価な専用のイオン交換樹脂カラムやサプレッサーを用いることなく、汎用の充填剤を充填した分離カラムおよびサプレッションカラムを用いて簡便かつ安価に一価二価陽イオンを分離分析する方法を提供する。
【解決手段】 イオン交換基を持たず、水酸基を高度に有する充填剤を充填した分離カラムにホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物とを含有する溶離液を通液して陽イオンを分離後、分離カラムからの溶出液を、疎水性相互作用を示す吸着材を充填したサプレッションカラムに通液して溶離液の導電率を低減させ、分離された陽イオンを導電率検出器で検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検溶液中に含まれる陽イオンをクロマトグラフィックに分析する方法において、高価な分析機器、専用のカラムやサプレッサーを用いることなく、被検溶液中に存在するアルカリ金属イオン、マグネシウムイオン、アルカリ土類金属イオンを高感度で、迅速かつ簡便に測定しうる陽イオンの分析法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速液体クロマトグラフィーによるイオンの分離分析法(一般に、イオンクロマトグラフィーと呼ばれる)において、イオンの分離はイオン交換体、主にイオン交換樹脂が用いられている。陽イオンの分離には、旧来より強陽イオン交換樹脂であるスルホン化されたポリスチレンゲルが用いられてきた。スルホン化されたポリスチレンゲル(スルホン酸型強陽イオン交換樹脂)はアルカリ金属イオンの分離には有効な分離剤であるが、マグネシウムイオンやアルカリ土類金属イオン、さらには遷移金属イオンなどが共存している被検溶液を測定する場合には、スルホン酸型強陽イオン交換樹脂に選択性の高い多価金属イオンが残留・蓄積して見掛けのイオン交換容量が減少し、一価のアルカリ金属イオンの保持が極端に減少してしまうという問題があった。
【0003】
このような問題に対して、一価のアルカリ金属イオンと二価のマグネシウムイオンおよびカルシウムイオンを同時に分離することが可能なカルボン酸型の弱陽イオン交換体に関する製造方法が開示されている。非特許文献1には、シリカゲル表面にジキュミルパーオキサイドを触媒としてポリブタジエン/マレイン酸の被膜を形成した弱陽イオン交換体が記載されており、溶離液に有機酸を用いて一価と二価の陽イオンを同時に分離している。しかし、被覆ポリマーの脱離(剥離)が問題とされ、その改善策として、特許文献1にポリブタジエン−マレイン酸をトリアリルイソシアヌレートなどのポリビニル化合物を反応させて橋架被覆した弱陽イオン交換体が開示されている。また、特許文献2には、多官能カルボン酸化合物と多官能エポキシ化合物との硬化物を多孔性基材に被覆した弱陽イオン交換体の製造方法が開示されている。さらに、特許文献3および特許文献4には多官能のカルボン酸をポリマー系基材に化学結合して安定性を改善した弱陽イオン交換樹脂の製造方法が開示されている。このようなカルボン酸型の充填剤では一価および二価の陽イオンを同時分離可能であるため、水道水や環境水などの水質分析に広く使用されている。しかし、これらの充填剤においても多価の遷移金属イオン、特に二価の銅イオンや三価の鉄イオンなどの保持の強い重金属イオンが高濃度に含まれる被検溶液を測定する場合には、充填剤中にこれら保持の強い金属イオンが蓄積されてしまい、一価のアルカリ金属イオンの保持が減少してしまうという問題は完全に解消されてはいない。
【0004】
被検溶液中の重金属イオンの充填剤への吸着を押さえる手法として、前述と同様の弱陽イオン交換体を用い、溶離液中にピリジン−2,6−ジカルボン酸を添加することで、重金属イオンを錯形成させて充填剤への保持を低減して、分離の改善と共に一価のアルカリ金属イオンの保持の減少を防ぐという方法が発表されている(非特許文献2)。この方法は有効な方法ではあるが、試薬の溶解度が低いため調製しにくい、溶離液にカビが生えやすいなどの使用上における不便さがある。
【0005】
重金属イオンが蓄積された陽イオン交換体は、理論的には強酸やキレート剤で洗浄することにより、再生することができる。例えば、スルホン酸型強陽イオン交換樹脂の場合には、0.5〜2Mの硝酸を分離カラムに通液することにより再生させることができる。また、DETAなどのキレート剤溶液を分離カラムに通液させることによっても分離カラム性能を回復させることができる。この洗浄方法は、カルボン酸型の弱陽イオン交換樹脂においても基本的に同じである。さらに、イオン交換樹脂を完全に再生するためには、分離カラムからイオン交換樹脂を抜き出して、酸あるいはキレート剤溶液で洗浄することが好ましい。しかしながら、市販の充填済み分離カラムは高密度に充填されているため、抜き出し洗浄後に再充填しても初期と同じ性能を発揮させることは難しい。また、通液して洗浄する場合においても、通液中に充填状態の変化が生じ、分離カラム性能が低下してしまうこともありうる。一般に、イオン交換樹脂は膨潤した状態で使用されているが、対イオンや酸・塩濃度によってその膨潤度合いは大きく異なる。十分に膨潤したイオン交換樹脂を、高濃度の酸・塩の溶液中に入れると一気に収縮する。つまり、高濃度の酸や塩の溶液を通液すると陽イオン交換樹脂は収縮してしまい、隙間やチャネリングが発生して充填状態が崩れてしまう恐れがある。従って、このような再生方法は好ましい方法とはいえない。
【0006】
一方、分離された一価および二価イオンの検出方法としては導電率検出器が汎用に使用されている。一般に、溶離液には硝酸、メタンスルホン酸、シュウ酸などが使用される。これらの酸はモル導電率が高いため、分離された一価および二価陽イオンを直接導電率検出する場合には負ピークとして検出される。導電率検出器の極性を反転させれば正ピークとなるため、ピーク面積などを演算することは容易である。しかしながら、溶離液のバックグラウンド導電率が高いため、ノイズが大きく低濃度測定ができない、設置環境の温度変動を受けやすいといった問題がある。
【0007】
このような問題を解消させるため、バックグラウンド導電率を低減させるサプレッサーが市販されている。サプレッサーでは、溶離液の化学種がイオン交換され、水または低導電率の溶液に変換される。陽イオン分析においては、溶離液の酸がイオン交換され水に変換される。その結果、バックグラウンド導電率が低減されると同時に、測定対象イオンの対イオンがOH型になり、モル電気伝導度の上昇によって増感される。サプレッサーには、充填カラム型、膜型、電気再生型、電気透析型、電解型など、種々のものが市販されている(非特許文献3)。これらのサプレッサー自体も高価であるが、サプレッサーを使用するためには、再生液送液用ポンプや電源などが必要となるため、高速液体クロマトグラフにサプレッサーを取り付ければ高感度測定ができるというわけではなく、結果として高価なイオンクロマトグラフを使用しなければならない。また、被検溶液中に重金属イオンが含まれている場合、例え充填剤のイオン交換基に蓄積されなくても、サプレッサー内ではイオン交換によってpHが上昇して対イオンがOHとなるため、金属イオンによっては水酸化物としてサプレッサー内に沈殿してしまうこともある。このような重金属沈殿が発生した場合には、サプレッサーを再生することが困難であり、高価なサプレッサーの取り替えが必要となる。尚、前述のピリジン−2、6−ジカルボン酸を添加した溶離液は、上記のようなサプレッサーに適用させることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−96184号公報
【特許文献2】特開平8−257419号公報
【特許文献3】特開平7−27754号公報
【特許文献4】特開平11−156216号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Chromatographia、Vol.23、No.7、p.465−472.
【非特許文献2】Am. Lab.(Fair field Conn.)、Vol.21、No.5、p.92−101.
【非特許文献3】岡田哲男、山本敦、井上嘉則編、クロマトグラフィーによるイオン性化学種の分離分析、4.3.1、p.91−100、エヌ・ティー・エス、2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の課題を鑑み、被検溶液中の一価および二価陽イオンの分析において、アルカリ金属イオンの保持の減少、充填剤・分離カラム再生時の性能低下などが起きにくい分離システムと、共存イオンによるサプレッサーの機能低下が発生しにくい安価で簡便なサプレッサーとを組み合わせた簡便かつ高感度な一価二価陽イオンの分析法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、被検溶液中の陽イオンをクロマトグラフィックに分離分析する方法において、水酸基を有する充填剤を充填した分離カラムに、ホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物とを含有する溶離液を通液して陽イオンを分離後、分離カラムからの溶出液を、疎水性相互作用を示す吸着材を充填したサプレッションカラムに通液して溶離液の導電率を低減させた後、陽イオンを導電率検出器で検出するものである。
【0012】
本発明においては、多数の水酸基を有する充填剤としては、その水酸基量が0.5〜5meq/gであるものが用いられる。
【0013】
本発明においては、溶離液に添加される芳香族アミンが、下記式1乃至5で表される芳香族ジアミン化合物およびその誘導体である。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

ここで、R、R、RおよびRは、水素の置換基としてのCH、OH、CHOHのいずれかであり、nは0〜4の整数、mは0〜2の整数、xおよびyは0〜2の整数を表す。
【0014】
本発明においては、サプレッションカラムに充填される疎水性相互作用を示す吸着材がアルキル基又はアリール基を導入した多孔質シリカゲルあるいは芳香族ビニルモノマーの比率が80〜100%である芳香族系の多孔質共重合体が用いられる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、(1)イオン交換基を持たずに水酸基を有する充填剤を用いて、溶離液中のホウ酸化合物と充填剤表面の水酸基との錯形成により擬似的なイオン交換能を発現させて一価二価陽イオンを分離するため、充填剤のイオン交換基への重金属イオンの蓄積が起きにくく、かつ容易に洗浄ができる、(2)疎水性相互作用を示す吸着材を充填したサプレッションカラムにより、溶離剤として用いる芳香族ジアミンを吸着除去してバックグラウンド導電率の低下を行う、という特徴を持つため、高価なイオンクロマトグラフや専用のカラム、サプレッサーを使用することなく汎用の高速液体クロマトグラフを用いてアルカリ金属イオン、マグネシウムイオン、アルカリ土類金属オンを簡便かつ安価に導電率検出器で安定して分析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明の陽イオンの分析法を達成するための高速液体クロマトグラフのシステム構成例を示す図である。
【図2】図2は、本発明の陽イオンの分析法において、サプレッションカラムの繰り返し再生工程を組み込んだ高速液体クロマトグラフのシステム構成例を示す図である。
【図3】図3は、本発明の陽イオンの分析法により得られるナトリウムイオンを分離分離したクロマトグラムの一例である。
【図4】図4は、本発明の陽イオンの分析法を用いて測定した水道水中の一価二価陽イオンのクロマトグラムの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に関して詳述する。
本発明において、被検溶液中に含まれる陽イオンの分析には、水酸基を有する充填剤を充填した分離カラムを用い、溶離液としてはホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物とを含有する水溶液を用いて被検溶液中の陽イオンを分離し、分離カラムからの溶出液を疎水性相互作用を示す多孔質の吸着材を充填したサプレッションカラムに通液して溶離液のバックグラウンド導電率を低減させ、導電率検出器を用いて分離された陽イオンを検出する。
【0018】
本発明に使用される水酸基を有する充填剤は、市販の水酸基を有する多孔質の親水性充填剤を使用することもできるが、水酸基を有するビニルモノマーと、ビニル基を2個以上有する架橋性ビニルモノマーとの共重合により製造することができる。水酸基を有するビニルモノマーとしては、例えば、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、ジエチレングリコールメタクリレート、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート、2,3−ジヒドロキシプロパンメタクリレートなどの水酸基を有するビニルモノマーがあげられるが、ホウ酸化合物との錯形成がしやすい2,3−ジヒドロキシプロパンメタクリレートなどのジオール型ビニルモノマーを用いることが好ましい。これら水酸基を有するビニルモノマーと共重合が可能なビニル基を2個以上有する架橋性ビニルモノマーとしては、例えば、エチレンジメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、グリセリンジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ネオペンチルグリコールトリメタクリレートなどの多官能メタクリレート系ビニルモノマー、エチレンジアクリレート、ジエチレングリコールジアクリレート、グリセリンジアクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート、ネオペンチルグリコールトリアクリレート、ペンタエリスリトールトリアクリレート、ペンタエリスリトールテトラアクリレートなどの多官能アクリレート系ビニルモノマー、この他、トリアリルイソシアヌレート、トリメタアリルイソシアヌレートなどのシアヌル酸骨格を持つ架橋性ビニルモノマーなどがあげられる。また、ジビニルベンゼン、ジビニルナフタレンなどの芳香族架橋性ビニルモノマーも使用することが可能であるが、疎水性の向上により溶離液成分の吸着量が増加するため、メタクリレート系やアクリレート系のものを用いるほうが好ましい。また、グリシジルメタクリレートと前記架橋性ビニルモノマーとの共重合により得られる共重合体のグリシジル基を加水分解することによりジオール型の充填剤を製造することもできる。前記水酸基を有するビニルモノマーと架橋性ビニルモノマーとの共重合は公知の懸濁重合法によって行われるが、必要に応じて、他の重合方法、例えば、塊状重合法により、水酸基を有する充填剤を得てもよい。
【0019】
本発明において使用される水酸基を有する充填剤は、高い分離能を得るために、大きい比表面積を有する多孔質体であることが好ましい。多孔質の充填剤を得るためには共重合時に、これらビニルモノマーと相溶性があり、重合反応に寄与しない溶媒(細孔調節剤)を添加して、充填剤に多孔性を持たせる。細孔調節剤は生成した高分子を多孔質にすると共に、比表面積を大きくするために必要なものであり、細孔調節剤の種類と量により細孔径および比表面積を調節する。細孔調節剤は、使用するビニルモノマーの物性により適宜選択されるものであるが、一般的に、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、酢酸ブチル、フタル酸ジメチルなどのエステル類、アミルアルコール、オクチルアルコールなどの難溶性アルコール類、オクタン、ドデカンなどのパラフィン類が使用される。これら細孔調節剤の使用量が少なすぎると十分な細孔径および比表面積を得るとことはできない。一方、細孔調節剤の量が多すぎる場合には、軟質になって膨潤度合いが大きくなる、細孔径が大きくなり過ぎて比表面積が小さくなると共に機械的強度が低下する、さらには、水系懸濁重合を用いる場合には粒子が形成されないなどの問題が生じる。従って、重合性ビニルモノマー100重量部に対して30〜200重量部、好ましくは80〜200重量部の範囲で使用する。本発明において使用される充填剤の細孔径および比表面積としては、平均細孔径4〜50nmおよび比表面積100〜1000m/gのものを用いるのが好ましい。また、粒子径に関しては、特に規定されるものではないが、通常3〜15μmのものが使用される。
【0020】
以上のようにして製造された水酸基を有する充填剤は、高速液体クロマトグラフィーにおいて使用されるクロマト管に湿式充填法により充填されて使用される。クロマト管の材質としては、ステンレス、ガラス、樹脂などが使用しうるが、イオンの分析が目的であるため樹脂製のクロマト管を用いることが好ましい。クロマト管のサイズは、使用目的、分離カラム性能によって選択されるものであるため規定されることはないが、一般的には、内径1〜8mm、長さ50〜250mmのものが使用される。
【0021】
以上のようにして製造される水酸基を有する充填剤は、その水酸基量が0.5〜5meq/gであることが必要で、1〜5meq/gであることが好ましい。水酸基量が0.5meq/g未満では、水酸基とホウ酸化合物との錯体形成により生じる見掛け上のイオン交換基量の調節が難しく陽イオンの分離性能が劣り、一方、水酸基量が5meq/gを超えた場合は、見掛けのイオン交換基量が安定化するまでの時間(平衡化時間)が長大になると共に、得られるクロマトグラムのピークがブロードになるという問題がある。
【0022】
本発明に用いられる溶離液は、ホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物を含む水溶液であり、例えば、ホウ酸化合物水溶液と芳香族ジアミン化合物とを混合して調製され、適切な酸またはアルカリでpH調整され使用される。溶離液中のホウ酸化合物は中性からアルカリ条件下で充填剤の水酸基と陰イオン性錯体を形成するため、充填剤表面に陰イオン性官能基が付与される。その結果として、擬似的な陽イオン交換体として機能する。一方、芳香族ジアミン化合物は溶離剤として働き、充填剤表面のホウ酸化合物との錯体により形成された疑似陽イオン交換基への測定対象陽イオンとの親和性の差異によって陽イオンの分離が達成される。
【0023】
本発明で使用されるホウ酸化合物としては、ホウ酸、ジヒドロキシフェニルボランなどが挙げられる。本発明で使用される芳香族ジアミン化合物としては、下記化学式1乃至5で表される芳香族ジアミン化合物が用いられる。充填剤の水酸基とホウ酸化合物との錯形成によって形成される陽イオン交換基は二価陰イオンであるため、溶離剤も二価イオンであることが必要である。芳香族ジアミン化合物は、溶離液中で溶離剤として機能すると共に、一部が水酸基を有する充填剤表面に吸着して陽イオン性を付与して、イオン交換容量の調節剤としても機能する。また、本発明のサプレッションカラムにおいては、芳香族ジアミン化合物はサプレッションカラムに充填された疎水性相互作用を示す吸着材に吸着して、バックグランド導電率を低減される。従って、疎水性を明確に示すジアミンでなければならない。芳香族ジアミン化合物の疎水性が高すぎる場合には、サプレッションカラムへの吸着性が増加するためバックグランド導電率の低減においては有効である。しかし、分離剤となる水酸基を有する充填剤への吸着量も高くなり、ホウ酸化合物との錯体により生み出される陽イオン交換容量が低減するため、二価イオンの短時間分離には有利であるが、一価イオンに対しては十分な保持が得られないという問題も生じる。従って、適切な疎水性を有する芳香族ジアミン化合物を使用する必要があり、溶離力や溶離液への溶解度を考慮するとm−キシリレンジアミンを用いることが好ましい。
【0024】
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

ここで、R、R、RおよびRは、水素の置換基としてのCH、OH、CHOHのいずれかであり、nは0〜4の整数、mは0〜2の整数、xおよびyは0〜2の整数を表す。
【0025】
本発明に用いられる溶離液中のホウ酸化合物の濃度は0.01〜1.0重量%が好ましい。ホウ酸化合物の濃度が0.01重量%未満では、水酸基との錯形成が不充分となり、イオン交換基量のコントロールが難しく、分析時間が長くなる傾向がある。一方、ホウ酸化合物の濃度が1.0重量%を超えると、導電率検出器のバックグランドが上がり、低濃度の試料の測定が困難となる傾向がある。溶離液中の芳香族ジアミン化合物の濃度は0.05〜1.0重量%が好ましい。芳香族ジアミン化合物の濃度が0.05%未満では、溶離力が不十分で良好な分離を得ることができない。一方、芳香族ジアミン化合物の濃度が1.0重量%を超えると、水酸基を有する充填剤への吸着量が高くなり、充填剤の水酸基と陰イオン性錯体を形成しイオン交換基を減少させてしまい試料の分離が不十分になる傾向がある。また、サプレッションカラムが短時間で飽和してしまうという問題も生じる。尚、分離の改善のため、前記溶離液にメタノールやアセトニトリルなどの極性溶媒を添加してもかまわない。
【0026】
本発明に使用されるサプレッションカラムの充填剤としては、疎水性相互作用を示す吸着材が使用される。疎水性相互作用を示す吸着材としては、アルキル基あるいはアリール基を化学結合したシリカゲル、スチレン、ジビニルベンゼンなどの共重合体を使用できる。これら吸着材の粒子径に関しては、特に規定されるものではないが、通常3〜25μmのものが使用される。
【0027】
アルキル基あるいはアリール基を化学結合したシリカゲルとしては、特開平10−54828号公報、特開2004−117369号公報、特開2004−271522号公報、再表2006−001300号公報などに開示される調製方法により調製される化学結合型シリカゲルが使用できる。例えば、一般的に入手が容易な、細孔径6〜30μm、細孔容積0.8〜1.2ml/gの物性を持つシリカゲル担体表面のシラノール基を、シランカップリング剤を含むトルエン溶液中で、ピリジン存在下脱塩酸反応もしくは無触媒での脱アルコール反応によってアルキル基あるいはアリール基などで置換する。本発明においては、アルキル基あるいはアリール基結合シリカゲルのいずれでも使用することが可能であるが、疎水基の結合量や吸着材の価格などを考慮するとオクタデシル基結合シリカゲルが最適である。疎水性官能基の導入量は厳密には規定されることはないが、例えば、オクタデシル基を導入したものの場合には15炭素%以上のものを用いるのが好ましい。
【0028】
スチレンやジビニルベンゼンなどの共重合体としては、スチレンやビニルナフタレンなどの芳香族系モノビニルモノマーとジビニルベンゼンやジビニルナフタレンなどの芳香族系架橋性ビニルモノマーとの共重合により得られる。本発明において使用される溶離液は水溶液であるため、疎水性が高い吸着材の場合、溶離液との接触性が不十分となる恐れもある。このような場合、前記ビニルモノマーに親水性ビニルモノマーを添加して共重合させた吸着材を用いてもよい。芳香族系ビニルモノマーと親水性ビニルモノマーとの共重合体としては、公表2000−514704号公報に開示されるジビニルベンゼンとビニルピロリドンとの共重合体、特開平06−258203号公報に開示されるジビニルベンゼンとメタクリレートとの共重合体などが参考となりうる。本発明に用いる吸着材は疎水性が明確であればよく、芳香族系吸着材以外でもアルキル基を有するビニルモノマーの共重合体も使用しうる。例えば、特開2000−9707号公報に開示されるアルキルメタクリレートの共重合体などがあげられる。また、特開昭63−225606号公報に開示されるポリビニルアルコール系共重合体にアルキル基を導入したものも参考となりうる。しかしながら、溶離液中の芳香族ジアミン化合物の除去に用いられるため、p−p相互作用を利用できる芳香族系ビニルモノマーを用いた吸着材を使用することが好ましく、芳香族系ビニルモノマーの比率が80〜100%であることが望ましい。
【0029】
本発明において使用される疎水性相互作用を示す吸着材は、高い分離能を得るために、大きい比表面積を有する多孔質体であることが好ましい。多孔質体の吸着材を得るためには共重合時に、ビニルモノマーと相溶性があり、重合反応に寄与しない溶媒(細孔調節剤)を添加して、吸着材に多孔性を持たせる。細孔調節剤の種類と量により細孔径および比表面積を調節するが、使用するビニルモノマーの物性により適宜選択されるも。一般的に、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、酢酸ブチル、フタル酸ジメチルなどのエステル類、アミルアルコール、オクチルアルコールなどの難溶性アルコール類、オクタン、ドデカンなどのパラフィン類が使用される。これら細孔調節剤の使用量が少なすぎると十分な細孔径および比表面積を得るとことはできない。一方、細孔調節剤の量が多すぎる場合には、軟質になって膨潤度合いが大きくなる、細孔径が大きくなり過ぎて比表面積が小さくなると共に機械的強度が低下する、さらには、水系懸濁重合を用いる場合には粒子が形成されないなどの問題が生じる。従って、重合性ビニルモノマー100重量部に対して30〜200重量部、好ましくは80〜200重量部の範囲で使用する。本発明において使用される吸着材の細孔径および比表面積は、平均細孔径4〜20nmおよび比表面積100〜1000m/gのものを用いるのが好ましい。
【0030】
以上のようにして製造された吸着材は、高速液体クロマトグラフィーにおいて使用されるクロマト管に湿式充填法により充填されて使用される。クロマト管の材質としては、ステンレス、ガラス、樹脂などを使用しうるが、イオンの分析が目的であるため樹脂製のクロマト管を用いることが好ましい。クロマト管のサイズは、使用目的、カラム性能によって選択されるものであるため規定されることはないが、一般的には、内径1〜8mm、長さ50〜250mmのものが使用される。また、要求される分析時間によっても異なるため厳密に規定することはできないが、少なくとも分離に用いられるクロマト管の内容積の50%以上の内容積を持つクロマト管に充填することが好ましい。
【0031】
本発明の陽イオンの分析法は、例えば、図1に示すようなシステム構成のクロマトグラフを用いて行われる。以下に、図1を用いて、本発明の陽イオンの分析法の作用を説明する。
【0032】
ホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物を含む溶離液は溶離液リザーバ1に貯留され、送液ポンプ2により搬送され、分離カラム5に通液される。この時、溶離液中のホウ酸化合物が分離カラム5に充填された水酸基を有する充填剤の表面水酸基と陰イオン錯体を形成する。測定対象陽イオンを含む被検溶液は、注射筒4などを利用してインジェクター3の試料ループ3bに所望量溜められ、インジェクター3の6ポートバルブ3aの切り替えにより、溶離液により搬送されて分離カラム5に注入される。分離カラム5で分離された被検溶液中の測定対象陽イオンは溶離液によりサプレッションカラム6に搬送される。このとき、溶離液中の芳香族ジアミン化合物は、サプレッションカラム6に充填された疎水性相互作用を示す吸着材に吸着され、溶離液中から除去される。芳香族ジアミン化合物が除去されることにより、溶離液中のイオン性成分が減少するため導電率が低減される。さらに、芳香族ジアミン化合物が溶離液から除去されると溶離液のpHが下がるため、溶離液中に残存するホウ酸化合物の解離も抑制され、さらに溶離液のバックグランド導電率が低下することとなる。一方、分離された陽イオンの対イオンは水酸化物イオンとなるため、等量電気伝導度が上昇することとなる。このようにして、分離、サプレッションされた溶離液に搬送された測定対象陽イオンは導電率検出器7において検出され、検出器信号から定量される。
【0033】
本発明の分離条件では多価重金属イオンは捕捉されにくいが、皆無とは言えない。従って、保持時間の減少などが観察された場合には分離カラムの洗浄が必要となる。本発明において分離に使用される充填剤のイオン交換基は、水酸基を有する充填剤の表面水酸基とホウ酸化合物との錯体により形成されるものであるため、酸性条件では錯形成はせずイオン交換能は発現しない。つまり、分離カラムに酸性の洗浄液を通液することでイオン交換能はなくなり、かつ多価重金属イオンは酸性条件で溶解度は増加するため、容易にカラムを洗浄することができる。本発明の充填剤はイオン交換基を有していないため、対イオンや塩濃度の変化による膨潤収縮の度合いが低いため、カラム性能が低下することはない。また、充填剤そのものが親水性であり有機物の吸着も少なく、たとえ吸着したとしても10〜20%程度の極性有機溶媒を含む洗浄液を通液すれば容易に洗浄することが可能である。このように、従来のイオン交換樹脂を充填した分離カラムに比べ、洗浄・再生が容易で、かつ洗浄時におけるカラム性能の低下が生じる恐れもほとんどない。
【0034】
サプレッションカラムでは芳香族ジアミン化合物が疎水性吸着によって除去されるが、疎水性相互作用を示す吸着材が飽和してしまうと、芳香族ジアミン化合物が除去されなくなるためバックグランド導電率が上昇する。従って、サプレッションカラムが飽和する前に一時測定を停止し、再生作業を行う必要がある。サプレッションカラムの再生は、硝酸や酢酸などを添加したメタノールあるいはアセトニトリル水溶液を通液して行う。その後、純水を送液して、サプレッションカラム内に残存する洗浄液を洗い出し、高速液体クロマトグラフに装着して測定に供する。但し、このような操作を行うことにより分析作業が一時中断されてしまうため、図2に示すような10ポートバルブ9に2本のサプレッションカラム(6aおよび6b)を装着して交互に分析・再生を行うようにすれば、分析を中断させることなく再生を行うことが可能となる。この時、洗浄・再生液は適切な送液システム11より搬送すれば良く、洗浄液が複数必要な場合には洗浄液リザーバ10を複数用い、送液システム11の入口側に切り替えバルブ(図示せず)を設ければよい。
【0035】
次に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0036】
(実施例1)
(分離カラムAの製造)
(1) 水酸基を有する充填剤aの合成
水酸基を有する充填剤の合成は、懸濁重合法により行った。グリシジルメタクリレート30g、エチレンジメタクリレート70g、酢酸ブチル100gおよび2,2’−アゾビスイソブチロニトリル1gの混合物を、0.1%ポリビニルアルコール水溶液1500mL中に加え、ホモジナイザーを用いて油滴の中心径が6μmになるように分散した。その後、攪拌下、70℃で6時間重合反応を行った。生成した共重合体粒子を濾取し、水、メタノールの順で洗浄した。一日風乾後、風力分級機を用いて分級を行い、平均粒子径6.5μmの共重合体粒子35gを得た。得られた共重合対粒子20gを、アセトニトリル20mL、0.05M硫酸80mLの混合溶液に中に加え、40℃で6時間反応させてグリシジル基の加水分解を行った。加水分解後、共重合体粒子を濾取し、水、メタノールで洗浄し、乾燥させた。
【0037】
(2) 水酸基を有する充填剤aの特性評価
前記(1)で得られた水酸基を有する充填剤aの比表面積および平均細孔径(Beckman Coulter SA3100 Surface Area Analyzerで測定)は、それぞれ232m/gおよび11.6nmであった。また、加水分解前の共重合体粒子を0.1M塩酸中に分散させ、消費された塩酸量から求めたグリシジル基量は2.01mmol/gであった。この共重合体粒子のグリシジル基を加水分解してジオール型とした場合の水酸基量は4.02mmol/gとなる。
【0038】
(3) 分離カラムAの製造
前記(1)で得られた水酸基を有する充填剤aの2gをとり、20%アセトニトリル水溶液20mLに分散させ、均一なスラリーとした。このスラリーを、内径4.6mm、長さ150mmのクロマト管を接続した充填用パッカーに入れ、15MPaに設定した定圧ポンプを用いて純水を30分間送液して、高圧スラリー充填した。
【0039】
(サプレッションカラムBの製造)
ジビニルベンゼン(純度:57%)90g、エチレンジメタクリレート10g、トルエン80g、ラウリルアルコール20gおよび2,2’−アゾビスイソブチロニトリル1gの混合物を、0.1%ポリビニルアルコール水溶液1000mL中に加え、ホモジナイザーを用いて油滴の中心径が15μmになるように分散した。その後、攪拌下、70℃で6時間重合反応を行った。生成した共重合体粒子を濾取し、水、メタノールの順で洗浄した。一日風乾後、風力分級機を用いて分級を行い、平均粒子径15μmの共重合体粒子35gを得た。この共重合体の比表面積および平均細孔径(Beckman Coulter SA3100 Surface Area Analyzerで測定)は、それぞれ642m/gおよび7.5nmであった。この共重合体2gをとり、40%アセトニトリル水溶液20mLに分散させ、均一なスラリーとした。このスラリーを、内径4.6mm、長さ150mmクロマト管を接続した充填用パッカーに入れ、15MPaに設定した定圧ポンプを用いて純水を30分間送液して、高圧スラリー充填した。
【0040】
(ナトリウムイオンの高感度測定)
水酸基を有する充填剤aを充填した分離カラムAおよび疎水性相互作用を示すサプレッションカラムBを、図1に示す構成の高速液体クロマトグラムに装着し、ナトリウムイオンの分離を行った。測定条件を表1に示す。サプレッションカラムの有り無しで得られたクロマトグラムを図3に示す。図3に示した通り、本発明の分析法により、バックグランド導電率はほぼ0μS/cmであり、完全にサプレッションされてナトリウムイオンの高感度測定が可能であった。
【0041】
【表1】

【0042】
(実施例2)
(水道水中の一価二価陽イオンの測定)
次いで、表2で示す条件で水道水中の一価二価陽イオンの測定を行った。図4に示したサプレッションクロマトグラムのように、ナトリウム、カリウム、カルシウムイオンを良好に分離可能であった。また、測定値も従来の測定方法による測定値と良い一致を見せた。
【0043】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、(1)イオン交換基を持たずに水酸基を有する充填剤を用いて、溶離液中のホウ酸化合物と充填剤表面の水酸基との錯形成により擬似的なイオン交換能を発現させて一価二価陽イオンを分離するため、充填剤のイオン交換基への重金属イオンの蓄積が起きにくく、かつ容易に洗浄ができる、(2)疎水性相互作用を示す吸着材を充填したサプレッションカラムにより、溶離剤として用いる芳香族ジアミンを吸着除去してバックグラウンド導電率の低下を行う、という特徴を有する。そのため、高価なイオンクロマトグラフや専用のカラムやサプレッサーを使用することなく、導電率検出器を装備した汎用の高速液体クロマトグラフを用いてアルカリ金属イオン、マグネシウムイオン、アルカリ土類金属オンなどの一価二価陽イオンを簡便で安価に、かつ安定して分析することが可能となる。また、硝酸、メタンスルホン酸、シュウ酸などを溶離液として用いた直接導電率検出法、いわゆるノンサプレスト法の場合と比べ、サプレッションカラムによりバックグラウンド導電率が低減されているため、ノイズが大きく低濃度測定ができない、設置環境の温度変動を受けやすいといった問題も生じることはない。
【符号の説明】
【0045】
1:溶離液リザーバ
2:送液ポンプ
3:インジェクター
3a:6ポートバルブ
3b:試料ループ
3c:被検溶液の排出口
4:注射筒
5:分離カラム
6:サプレッションカラム(6aおよび6bも同様)
7:導電率検出器
8:廃液口
9:10ポートバルブ
10:洗浄液リザーバ
11:送液システム
12:洗浄液の排出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検溶液中に含まれる陽イオンをクロマトグラフィックに分離分析する方法において、水酸基を有する充填剤を充填した分離カラムに、ホウ酸化合物と芳香族ジアミン化合物とを含有する溶離液を通液して陽イオンを分離後、分離カラムからの溶出液を、疎水性相互作用を示す吸着材を充填したサプレッションカラムに通液して溶離液の導電率を低減させ、分離された陽イオンを導電率検出器で検出することを特徴とする陽イオンの分析法。
【請求項2】
水酸基量を有する充填剤の水酸基量が、0.5〜5meq/gであることを特徴とする請求項1に記載の陽イオンの分析方法。
【請求項3】
溶離液に添加される芳香族アミンが、下記化学式(化1ないし化5)のいずれかで表される芳香族ジアミン化合物およびその誘導体であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の陽イオンの分析方法。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

ここで、R、R、RおよびRは、水素の置換基としてのCH、OH、CHOHのいずれかであり、nは0〜4の整数、mは0〜2の整数、xおよびyは0〜2の整数を表す。
【請求項4】
サプレッションカラムに充填される疎水性相互作用を示す吸着材がアルキル基又はアリール基を導入した多孔質シリカゲルあるいは芳香族ビニルモノマーの比率が80〜100%である芳香族系の多孔質共重合体であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1つに記載の陽イオンの分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−53174(P2011−53174A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−204410(P2009−204410)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年5月2日 社団法人日本分析化学会発行の「第70回分析化学討論会 講演要旨集」に発表
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)