説明

陽極酸化ポーラスアルミナおよびその製造方法

【課題】幅広い分野への応用展開が期待される、従来技術では得られなかった大きな膜厚の陽極酸化ポーラスアルミナおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウムを電解液中で陽極酸化して得られる陽極酸化ポーラスアルミナであって、厚さが3mm以上であることを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ、および、陽極酸化中に、電解液の濃度、電解液の温度、化成電圧の少なくとも一つを上昇させることにより、厚さが3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造することを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極酸化ポーラスアルミナおよびその製造方法に関し、とくに、従来のものと比較して極度に厚い陽極酸化ポーラスアルミナとその製造方法に関し、様々な機能性デバイスへの応用が可能な、ナノスケールの直行細孔配列を有する厚膜材料を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムを酸性またはアルカリ性電解液中で陽極酸化することにより表面に形成される多孔性酸化皮膜としての陽極酸化ポーラスアルミナは、膜面に対し垂直に配向した微小なナノスケールの細孔の配列(直行細孔配列)を有することから各種機能材料への応用が期待されている。陽極酸化ポーラスアルミナの幾何学構造は、アルミニウムの表面に形成されるセルと呼ばれる筒状構造の集合体からなり、各セルの中心に細孔が位置している。セルのサイズ、換言すれば、細孔の間隔は、陽極酸化時の化成電圧にほぼ比例し、2.5nm/Vの関係を有することが知られている。そのため、酸化皮膜の深さ方向で密度が揃い、直行性の高い細孔を有するポーラスアルミナを得るためには、通常、必要とする細孔密度に対応した電圧を常に維持して陽極酸化を行う。孔の直径は、化成浴の種類、濃度、温度等に依存するが、通常、セルの大きさの1/3程度であることが知られている。酸化皮膜の膜厚は、陽極酸化時間、つまり与えた電気量に対応して増加する。しかし、化成された酸化皮膜が酸性電解液中で化学的に溶解していくため、より長時間電解液に接する皮膜の表層部では細孔が拡大され、最終的には隣接した細孔同士が連結してしまうことにより皮膜が消失してしまう。その後は、酸化皮膜の細孔底部での成長と最表面での消失が同時に進み、膜厚が見かけ上一定となるか、或いは次第に薄くなっていく。
【0003】
このように製作された陽極酸化ポーラスアルミナは、アルミニウムの表面に形成された皮膜として、或いはアルミニウム地金から除去した薄膜として利用されるが、どちらにおいても、応用範囲を広げるためには、更に厚い酸化皮膜の形成が重要である。しかし、上述の様に長時間の陽極酸化を行うと皮膜表層の溶解が進行することから、これまで得られている最大厚さは2mm程度が限界であった。
【非特許文献1】第9回安曇野コンファレンス要旨集,p70 (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
より厚い陽極酸化ポーラスアルミナの形成が可能となれば、これまで困難であった、皮膜断面等の利用も容易に可能となる。厚膜ポーラスアルミナの断面は、ナノスケールの細孔が等間隔でミリメートルの長さにわたり直行配列した構造を有し、偏光素子や鋳型としての利用が期待される。このほか、充分な厚さを利用した、ポーラスアルミナの三次元加工も可能となる。しかし、上記のように従来得られていた陽極酸化ポーラスアルミナの厚さは、最大でも約2mm程度であったため、そのような利用方法は困難であった。
【0005】
そこで本発明は、幅広い分野への応用展開が期待される、膜厚が3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る陽極酸化ポーラスアルミナは、アルミニウムを電解液中で陽極酸化して得られる陽極酸化ポーラスアルミナであって、厚さが3mm以上であることを特徴とするものからなる。より好ましくは、厚さが4mm以上である陽極酸化ポーラスアルミナである。すなわち、本発明は、膜厚が3mm以上である陽極酸化ポーラスアルミナを提供するものであり、これは、酸化皮膜表層の溶解を抑え、かつ、高い効率で酸化皮膜を成長させることにより達成される。
【0007】
上記のような従来にない厚さを有する陽極酸化ポーラスアルミナは、例えば、ジカルボン酸を1種以上含む電解液中で濃度を陽極酸化中に上昇させて得られたものである。または、この手法とは別に、あるいは、この手法とともに、電解液の温度を陽極酸化中に上昇させて得られたものである。または、これらの手法とは別に、あるいは、これらの手法とともに、化成電圧を陽極酸化中に上昇させて得られたものである。これらの手法は2つ以上組み合わせることが可能であり、本発明には、これらの手法を2つ以上実施して得られた陽極酸化ポーラスアルミナも含まれる。
【0008】
また、30℃以下の電解液温度で陽極酸化し、酸化皮膜の溶解を抑えて得られた厚膜の陽極酸化ポーラスアルミナとすることもできる。また、70V以上の化成電圧で陽極酸化し、皮膜の成長速度を高めて得られた厚膜の陽極酸化ポーラスアルミナとすることもできる。さらに、これらの手法を組み合わせてより効率よく得られた厚膜の陽極酸化ポーラスアルミナとすることもできる。
【0009】
本発明に係る陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法は、アルミニウムを電解液中で陽極酸化することにより陽極酸化ポーラスアルミナを製造する方法であって、陽極酸化中に、電解液の濃度、電解液の温度、化成電圧の少なくとも一つを上昇させることにより、厚さが3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造することを特徴とする方法からなる。好ましくは、厚さが4mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造する方法である。
【0010】
すなわち、本発明者等は、膜厚3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを形成できる手法について種々調査、検討した。その結果、電解液の種類や濃度、温度、化成電圧等の制御,特に陽極酸化初期からの段階的な制御により、所望の膜厚の陽極酸化ポーラスアルミナが得られることを見出した。
【0011】
本発明に係る陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法のより具体的な形態として、ジカルボン酸を1種以上含む電解液の濃度を陽極酸化中に上昇させることを特徴とする方法を挙げることができる。また、電解液の温度を陽極酸化中に上昇させるとともに、陽極酸化終了時の温度を30℃以下に制御することを特徴とする方法を挙げることもできる。また、化成電圧を陽極酸化中に上昇させるとともに、陽極酸化中の化成電圧を70V以上に制御することを特徴とする方法を挙げることもできる。さらに、アルミニウム材に電解液以外の熱交換媒体を接触させ、陽極酸化時のアルミニウム及びアルミナの温度を制御することを特徴とする方法を挙げることもできる。これらの方法は、少なくとも二つ以上組み合わせることができる。
【発明の効果】
【0012】
このように、本発明によれば、厚さが3mm以上の、好ましくは厚さが4mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造することが可能になり、従来技術では得られなかった大きな膜厚を達成できることにより、陽極酸化ポーラスアルミナをより幅広い分野に応用、展開することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明について、望ましい実施の形態とともに、さらに詳細に説明する。
本発明では、長時間の陽極酸化による多孔質皮膜の形成において、酸化皮膜表層の溶解を抑え、効率良く酸化皮膜を成長させることが重要となる。膜厚が薄い場合の陽極酸化ポーラスアルミナの細孔構造は、例えば図1のように示され、酸化皮膜の表層としての陽極酸化ポーラスアルミナ1の層においては、その表層部側とアルミニウム地金2側とで細孔3の径はほぼ等しい.しかし、長時間の陽極酸化により形成されたポーラスアルミナは、酸性電解液中での長時間の化学溶解により表層部で細孔径が大きくなる。例えば図2に示されるように、細孔3aの径がセルサイズとほぼ等しくなると、その後は表層の溶解消失が連続して続くため、更に陽極酸化を続けても、陽極酸化ポーラスアルミナ1a膜厚が増加しない。この従来の特性に対し、本発明では、酸化皮膜表層の溶解を抑えることにより、膜厚3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを得ることができる。
【0014】
膜厚3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを得るための電解液は、酸化皮膜の成長速度と溶解速度のバランスから、ジカルボン酸を1種以上含むものとすることが好ましい。より具体的には、シュウ酸、酒石酸、マロン酸、マレイン酸などである。これらの酸は、比較的高い電圧での陽極酸化が可能であることから、細孔壁の溶解消失に対して幾何学的に有利となり、低い細孔密度のポーラスアルミナを形成可能な点でも優れている。
【0015】
酸化皮膜の成長速度を高めるためには、化成電圧、電解液濃度、電解液温度を高くして電流密度を増加させることが好ましいが、電解液濃度および温度の上昇は酸化皮膜の溶解速度を高めることから、単に上げれば良いというものではない。また、高電圧での陽極酸化ではアルミニウムの一部に電流が集中し、不均一に皮膜が成長する「焼け」が起こり易く、均一な厚膜皮膜の形成が困難となる。これらを防ぎ、厚さ3mm以上の従来にない厚さの酸化皮膜を得るために、低濃度で陽極酸化を開始し、酸化皮膜の成長に従い濃度を上げていく。濃度の上昇は,電流値の急激な上昇を防ぐために,できるだけ細かく段階的に進めるか、液の置換により序々に進める必要がある。同様に、低温で陽極酸化を開始し、その後上昇させる方法、化成電圧を低電圧から開始する方法も,共に有効であるが,いずれの場合も,できるだけ穏やかに上昇させていく必要がある。化成電圧を低電圧で開始する場合には、電源の電流制限によって陽極酸化初期の電圧を下げることもできる。より具体的には、電解液温度は、長時間の陽極酸化における皮膜の溶解を抑えるため、30℃以下に保つことが好ましい。化成電圧は、細孔密度を下げて皮膜の消失時間を延長し、かつ反応速度の増加による皮膜の成長効率を高めるため、70V以上に維持することが好ましい。これらの手法を複数組み合わせると、本発明の実施の効果をより高めることができる。高電圧での陽極酸化は本発明の実施に非常に有効であるが、電圧が高くなると上述の「焼け」が発生し易くなるため、例えば陽極に電解液以外の熱交換媒体を接触させ、陽極酸化時のアルミニウム及びアルミナの温度を厳密に制御することで安定した酸化皮膜の形成が可能となり、厚膜の陽極酸化ポーラスアルミナをより容易に得ることが可能となる。
【0016】
このような手法により、例えば図3に示すように、細孔壁が消失することなく直行性を有する細孔3bが長く延びた、膜厚3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナ1bを得ることができる。このような厚膜のポーラスアルミナは、垂直方向にスライスして利用することが可能である。また、スルーホール処理によりフィルター構造とするほか、細孔内に金属を充填することもできる。金属を充填した厚膜ポーラスアルミナを垂直方向にスライスすることにより、高性能の偏光子を得ることができる。
【実施例】
【0017】
以下に、実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
実施例1
純度99.99%のアルミニウム板を0.03M、9℃のシュウ酸水溶液中で120Vの電圧制御により陽極酸化を開始した。陽極酸化初期に上昇した電流値が安定したところでシュウ酸の濃度を上げた。濃度の増加により再上昇した電流値が減少し、安定したところで再度シュウ酸の濃度を再び上げた。この操作を繰り返し、最終的に濃度を0.2 Mとした。10日後に陽極酸化を終了して、得られた陽極酸化ポーラスアルミナの膜厚を測定したところ、3.2 mmであった。
【0018】
実施例2
陽極酸化時間を22日間とした以外は実施例1と同様にして陽極酸化ポーラスアルミナを作製して膜厚を測定した結果、4.6 mmであった。
【0019】
比較例1
純度99.99%のアルミニウム板を0.5 M、3℃のシュウ酸水溶液中で100Vの電圧制御により陽極酸化を開始した。その条件を継続し、21日で陽極酸化を終了して膜厚を測定したところ、2mmであった。この膜厚が従来技術における限界と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明に係る大きな膜厚の陽極酸化ポーラスアルミナは、幅広い分野、様々な機能性デバイスへの応用、展開が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】膜厚増加過程の陽極酸化ポーラスアルミナの模式図である。
【図2】膜厚の増加が停止した陽極酸化ポーラスアルミナの模式図である。
【図3】本発明における表層の溶解を抑制して得られる厚膜ポーラスアルミナの模式図である。
【符号の説明】
【0022】
1、1a、1b 陽極酸化ポーラスアルミナ
2 アルミニウム地金
3、3a、3b 細孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムを電解液中で陽極酸化して得られる陽極酸化ポーラスアルミナであって、厚さが3mm以上であることを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項2】
厚さが4mm以上であることを特徴とする、請求項1に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項3】
ジカルボン酸を1種以上含む電解液中で濃度を陽極酸化中に上昇させて得られたものであることを特徴とする、請求項1または2に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項4】
電解液の温度を陽極酸化中に上昇させて得られたものであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項5】
化成電圧を陽極酸化中に上昇させて得られたものであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項6】
請求項3〜5に記載の手法を2つ以上実施して得られたものであることを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項7】
30℃以下の電解液温度で陽極酸化して得られたものであることを特徴とする、請求項4に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項8】
70V以上の化成電圧で陽極酸化して得られたものであることを特徴とする、請求項5に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項9】
請求項7および8の手法を組み合わせて得られたものであることを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ。
【請求項10】
アルミニウムを電解液中で陽極酸化することにより陽極酸化ポーラスアルミナを製造する方法であって、陽極酸化中に、電解液の濃度、電解液の温度、化成電圧の少なくとも一つを上昇させることにより、厚さが3mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造することを特徴とする、陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。
【請求項11】
厚さが4mm以上の陽極酸化ポーラスアルミナを製造することを特徴とする、請求項10に記載の陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。
【請求項12】
ジカルボン酸を1種以上含む電解液の濃度を陽極酸化中に上昇させることを特徴とする、請求項10または11に記載の陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。
【請求項13】
電解液の温度を陽極酸化中に上昇させるとともに、陽極酸化終了時の温度を30℃以下に制御することを特徴とする、請求項10〜12のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。
【請求項14】
化成電圧を陽極酸化中に上昇させるとともに、陽極酸化中の化成電圧を70V以上に制御することを特徴とする、請求項10〜13のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。
【請求項15】
アルミニウム材に電解液以外の熱交換媒体を接触させ、陽極酸化時のアルミニウム及びアルミナの温度を制御することを特徴とする、請求項10〜14のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−53427(P2010−53427A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−222090(P2008−222090)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)