説明

陽極酸化用電解液の管理方法

【課題】アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法を提供する。
【解決手段】有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分で構成された、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法であって、各成分濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより求め、陽極酸化処理により減少した成分を補給することにより電解液を構成する各成分の濃度を管理する電解液の管理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムやアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法に関する。より詳しくは、アルミニウムやアルミニウム合金の陽極酸化に使用する陽極酸化用電解液を構成する成分濃度を管理する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムを主成分とする金属を構造材として用いた表面保護膜としては、古くから電解液(一般に、「化成液」ともいう。)中の陽極酸化による陽極酸化膜(アルマイト)が知られている。アルマイト皮膜は耐食性を有しており、また酸性電解液も安定で管理が容易なことから、広く一般に用いられている。電解液としては、通常、酸性電解液(通常、pH2以下)が使用され、ポーラス構造を有する平滑で均一なアルマイト皮膜を形成させることができる。
【0003】
しかしながら、ポーラス構造を有するアルマイト皮膜は構造部材の表面処理としては熱に弱く、アルミニウム基材とアルマイト皮膜における熱膨張係数の違いよりクラックを生じて、パーティクルの発生、アルミニウム基材の露出による腐食などの発生要因となっていた。また、ポーラス構造の孔内部には多量の水分が蓄積、吸着しており、これがアウトガス成分として多量に放出され、デバイスの作動不良やハロゲン化ガスを含む各種ガス・薬品との共存によるアルマイト皮膜およびアルミニウム基材の腐食を引き起すという問題があった。
【0004】
このような問題を解決するために、種々の方法が提案されている。例えば、アルミニウムを主成分とする金属を、pHが中性又は中性に近い化成液で陽極酸化を行う方法が提案されている(特許文献1)。
また、最近、耐食性の高い陽極性酸化皮膜のみを厚くし、かつ放出水分の少ない高品質の無孔性酸化アルミニウム不動態膜を得るために、電解液の溶媒として、エチレングリコールやジエチレングリコールのような比誘電率の小さなグリコール系溶媒を使用することが提案されている(特許文献2)。
【0005】
このような陽極酸化に使用される電解液は、高品質のアルマイト皮膜を得るために厳密に管理されることが求められる。例えば、特許文献3には、アルミニウム又はアルミニウム合金を陽極酸化する酸性電解液の電導度(伝導度)、比重、音速及び粘度のいずれか2つ以上を測定すると共に、これらの物性の測定値から電解液中の酸濃度及びこの電解液中に溶解しているアルミニウム濃度を算出し、上記電解液に酸又は水を添加することにより酸濃度を該管理範囲内に調整する陽極酸化用電解液の管理方法が開示されている。しかし、かかる電気伝導度・比重・音速及び粘度のいずれか二つ以上を用いた電解液の検知方法では、有機溶媒を含まない電解液であれば測定できるが、水、有機溶媒、電解質の3成分のそれぞれの濃度を測定することはできない。
【0006】
また、特許文献4には、アルミニウム等の金属材料を化成液中で陽極酸化して該金属材料の表面に酸化物皮膜を形成する方法において、該化成液の組成を透過光強度の測定により検知し、検知した組成に応じて該化成液の組成を調節する方法が開示されている。しかし、透過光強度を用いた近赤外分光分析法による電解液の組成の検知においては、分析装置が高価であり、かつ、分析装置を設置する場所が必要となるため、設備が大掛かりになってしまうという問題がある。
【0007】
なお、電解液構成成分の分析技術としては、中和滴定法による電解質濃度の分析、カールフィッシャー法による水濃度の分析、ガスクロマトグラフィーによる有機溶媒濃度分析等が挙げられるが、一旦電解液を分取する必要があり迅速性に欠け、また簡易的なものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2006/134737号パンフレット
【特許文献2】特開2008−179884号公報
【特許文献3】特開2002−235194号公報
【特許文献4】特開2008−050674号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
かかる状況において、本発明の課題は、アルミニウムやアルミニウム合金の陽極酸化において、電解液として比誘電率の低い非水性有機溶媒であるグリコール系溶媒を使用する場合における、陽極酸化用溶液の各成分の濃度を簡便に分析し、各成分の濃度を管理する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、グリコール系溶媒、水及び電解質として特定のアンモニウム化合物とからなる電解液において、これら各成分の濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより簡便に求めることができること、また減少した成分の補給が実質的に水とアンモニアの補給により可能であることを見出し、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分で構成された陽極酸化用電解液の管理方法であって、各成分濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより求め、陽極酸化処理により減少した成分を補給することにより電解液を構成する各成分の濃度を管理する電解液の管理方法。
<2> 電解液の組成が、グリコール系溶媒:50〜99重量%、水:1〜50重量%、電解質:0.05〜20重量%の範囲であり、電解液のpHを、初期値の±0.5の範囲で管理する前記<1>に記載の管理方法。
<3> 電解液のpHが、6.0〜9.0の範囲である前記<1>又は<2>に記載の管理方法。
<4> 電解質が、多価の脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、又はアミノ酸由来のアンモニウム化合物を1種以上含む前記<1>乃至<3>のいずれかに記載の管理方法。
<5> アンモニウム化合物が、コハク酸アンモニウム、アジピン酸アンモニウム、セバシン酸アンモニウム、ドデカン酸アンモニウム、リンゴ酸アンモニウム、酒石酸アンモニウム、又はサリチル酸アンモニウムである前記<4>に記載の管理方法。
<6> グリコール系溶媒が、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、及びテトラエチレングリコールの少なくとも一種以上である前記<1>乃至<5>のいずれかに記載の管理方法。
<7> グリコール系溶媒がエチレングリコール又はジエチレングリコールであり、電解質がアジピン酸アンモニウムである前記<1>乃至<3>のいずれかに記載の管理方法。
<8> 減少した成分を、水とアンモニアにより補給する前記<1>乃至<7>のいずれかに記載の管理方法。
<9> 電解液への水の補給量を屈折率より求めて、減少した水を補給後、アンモニアの補給量を電気伝導度及び/又はpHより求めて、アンモニアを補給する前記<8>に記載の管理方法。
<10> 前記<1>乃至<9>のいずれかに記載の管理方法により管理された電解液を使用するアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、グリコール系溶媒、水、およびアンモニウム化合物により構成される陽極酸化用電解液の各成分濃度を簡易に測定することができ、それに基づき不足成分を添加することにより電解液の組成を制御することが可能な電解液の管理方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1A】ADA濃度一定の場合のDEG濃度と屈折率の関係を示す図である。
【図1B】ADA濃度一定の場合のDEG濃度とpHの関係を示す図である。
【図1C】ADA濃度一定の場合のDEG濃度と電気伝導度の関係を示す図である。
【図2】実施例1における電解液(新液)による陽極酸化皮膜のSEM写真である。
【図3】実施例2における電解液(再調製後)による陽極酸化皮膜のSEM写真である。
【図4】実施例3における電解液(再調製後)による陽極酸化皮膜のSEM写真である。
【図5】比較例1における電解液による陽極酸化皮膜のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法に関するものであり、具体的には、有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分で構成された陽極酸化用電解液の管理方法であって、各成分濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより求め、陽極酸化処理により減少した成分を補給することにより電解液を構成する各成分の濃度を管理することを特徴とする。
【0015】
本発明の陽極酸化用電解液(以下、単に「電解液」という。)は、有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分で構成される。以下、各成分について説明する。
【0016】
まず、本発明の電解液には、有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質(以下、単に「電解質」という。)成分が含まれる。
本発明に用いる電解液は、電解中の各種物質の濃度変動を緩衝してpHを所定範囲に保つために、pH4〜10の範囲で緩衝作用を示すことが好ましい。前記、有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物は良好な緩衝作用を示し、かつ電解液への溶解性が高く溶解安定性もよい点から電解質として好適に使用することができる。
【0017】
有機酸由来のアンモニウム化合物としては、多価の脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、又はアミノ酸由来のアンモニウム化合物が挙げられる。これらの中でも多価の脂肪族カルボン酸由来のアンモニウム化合物が好適に使用される。
前記多価の脂肪族カルボン酸由来のアンモニウム化合物の具体例としては、コハク酸アンモニウム、アジピン酸アンモニウム、セバシン酸アンモニウム、ドデカン酸アンモニウム、リンゴ酸アンモニウム、酒石酸アンモニウム、サリチル酸アンモニウム等が挙げられる。中でも溶液安定性、安全性、良好な緩衝作用等の理由で酒石酸アンモニウム、クエン酸アンモニウム、アジピン酸アンモニウムが好ましい。中でも、溶液のpHが7近傍であるアジピン酸アンモニウムは高純度品が容易に入手でき、しかもpH緩衝能が高いことから特に好ましく使用される。
【0018】
次に、ホウ酸由来のアンモニウム化合物としては、ホウ酸アンモニウムが挙げられる。 また、リン酸由来のアンモニウム化合物としては、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウムが挙がられる。
これらのアンモニウム化合物の中でも、金属酸化膜中にホウ素、リン元素の残留の虞がない有機酸由来のアンモニウム化合物が好適に使用される。
なお、これらのアンモニウム化合物は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0019】
次に、本発明の電解液を構成する他の成分は、グリコール系溶媒である。グリコール系溶媒は、比誘電率が低く陽極酸化処理中の電解液における水分子の電気分解を抑制し、より高い電圧を印加することが可能となる。
【0020】
グリコール系溶媒の具体例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、及びテトラエチレングリコールが挙げられる。中でも、エチレングリコール、ジエチレングリコールが好適に使用される。これらは、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
電解液は、上記電解質及びグリコール系溶媒と、更に水により構成されるが、本発明における電解液の組成は、グリコール系溶媒:50〜99重量%、水:1〜50重量%、電解質:0.05〜20重量%の範囲にコントロールすることが好ましい。
グリコール系溶媒の濃度は、水の濃度と相俟って電解液の比誘電率を決定する。グリコール系溶媒の濃度が50重量%を下回ると電解液の比誘電率が高くなり水の電気分解が促進されて、結果的には酸化皮膜の溶解を促進する。一方、99重量%を超えると酸化皮膜の生成に必要な酸素の供給源が極端に減少してしまうため、高品質の酸化皮膜を得ることが困難である。
また、電解質の濃度は、電気伝導度を決定するが、電解質の濃度が0.05重量%を下回ると電解液の電気抵抗値が高くなるため、陽極酸化を行う際に、アルミニウムに流れる電流値が均一で無く良質な酸化皮膜が得られない。一方、20重量%を超えると、電気抵抗値が低くなり、アルミ機材表面のわずかな凹凸でも電流の流れる場所が凸部に集中しやすく、やはり均一な酸化皮膜を得ることは難しい。
【0022】
なお、電解液中の各成分の濃度は、好ましくは、グリコール系溶媒:75〜85重量%、水:15〜25重量%、電解質:0.1〜10.0重量%、より好ましくは、グリコール系溶媒:75〜85重量%、水:15〜25重量%、電解質:0.1〜1.0重量%の範囲である。
【0023】
本発明において、上記電解液のpHは、初期値の±0.5の範囲で管理することが好ましい。ここで、初期値とは、電解液を最初に調製した際の各成分組成時(電解酸化を行う前の電解液)のpHをいう。ここに、pHの測定は、一般的なpHメーターで測定される。
【0024】
pHが初期値の±0.5を外れた場合、後述する水、アンモニアの添加により電解液の各成分が初期の値に調整される。
更に、電解液のpHは、高品質な膜を形成するための最適組成に電解液を調整するべく、好ましくは6.0〜9.0の範囲、より好ましくは8.0〜8.6の範囲にコントロールされる。
【0025】
本発明の電解液は、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化に好適に使用される。アルミニウム又はアルミニウム合金には、特定元素(鉄、銅、マンガン、亜鉛、クロム)の含有量が抑制されたものが用いられる。これら特定元素の含有量を合計した総含有量としては、1.0重量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.5重量%以下である。
【0026】
アルミニウム合金は、アルミニウムと合金を形成しうる他の任意の金属を1種又は2種以上を含有しても良い。金属の種類は上記特定元素以外であれば特に限定されないが、好ましい金属としては、マグネシウム、チタン及びジルコニウムよりなる群から選ばれる少なくとも一種以上の金属が挙げられる。なかでもマグネシウムはアルミニウム基体の機械的強度を向上できる利点がある。マグネシウム濃度としては、アルミニウムと合金を形成しうる範囲であれば特に制限はないが、十分な強度向上をもたらすためには、通常0.5重量%以上、好ましくは1.0重量%以上である。またアルミニウムと均一な固溶体を形成する為には、6.5重量%以下であることが好ましく、より好ましくは5.0重量%以下、更に好ましくは4.5重量%以下である。
【0027】
本発明において、陽極酸化のための電解法としては本発明の所期の効果を著しく損なわない限り特に制限はない。電流波形としては、例えば直流の他に、印加電圧が周期的に断続するパルス法、極性が反転するPR法、その他交流や交直重畳、不完全整流、三角波などの変調電流等を用いることができるが、好ましくは直流を用いる。
【0028】
本発明において、陽極酸化の電流及び電圧の制御方法は特に制限はなく、アルミニウム又はアルミニウム合金の表面に酸化物膜が形成される条件を適宜組み合わせることができる。通常は定電流及び定電圧にて陽極酸化処理することが好ましい。即ちあらかじめ定められた電解電圧Vfまで定電流にて電解し、所望の電解電圧に達した後にその電圧に一定時間保持して陽極酸化を行うことが好ましい。
【0029】
この際、効率的に酸化膜を形成する為に、電流密度は、通常0.001mA/cm2 以上とし、好ましくは0.01mA/cm2 以上とする。ただし表面平坦性の良好な酸化膜を得る為に、電流密度は、通常100mA/cm2 以下とし、好ましくは10mA/cm2 以下とする。
【0030】
また、電解電圧Vfは通常3V以上であり、好ましくは10V以上、より好ましくは20V以上とする。得られる酸化膜厚は電解電圧Vfと関連するので、酸化物膜に一定の厚みを付与するために、前記電圧以上を印加することが好ましい。ただし通常1000V以下とし、好ましくは700V以下とし、より好ましくは500V以下とする。得られる酸化物膜は高絶縁性を有するので、絶縁破壊を起こすことなく、良質な酸化膜を形成する為には、前記の電圧以下で行うことが好ましい。
【0031】
酸化膜の厚さを増すためには、電解電圧を高める必要があるが、その場合の到達電圧は、電解液の種類に依存する。例えば、エチレングリコールでは、良質の酸化アルミニウム膜を得るための到達電圧は200Vで、その時の膜厚は、0.35μm程度であるが、ジエチレングリコールでは到達電圧を400Vに高めることができ、0.5μm程度の良質の酸化アルミニウム膜を形成することができる。
【0032】
尚、電解電圧に至るまで直流の代わりにピーク電流値が一定の交流を使用し、電解電圧に達したところで直流に切り替えて一定時間保持する方法を用いてもよい。
【0033】
本発明において、エチレングリコール、ジエチレングリコール等のグリコール系溶媒を単独又は組み合わせて用いるが、電解温度が良質な酸化アルミニウム膜を形成する上で重要である。通常、室温より高い温度が好ましい。さらに好ましくは、30℃〜70℃の範囲である。
【0034】
次に、本発明の電解液の管理方法について説明する。
本発明の電解液の管理方法では、電解質、水及びグリコール系溶媒からなる電解液の仕込み組成(「初期値」という。)が、アルミニウムやアルミニウム合金の陽極酸化処理を行なうことにより初期値からずれてきた場合に、電解質成分であるアンモニウム化合物、水、グリコール系溶媒を補給することにより電解液の組成を制御し、所定の範囲(好ましくは初期値)に戻すことにより電解液を管理する。
【0035】
本発明の特徴は、先ず、電解液中の電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分濃度を、電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより求めることである。 電解液の屈折率、電気伝導度やpHは、比較的小型な装置で簡便に求めることができることができるため、それに基づき不足成分を添加することにより電解液の組成を制御する。
また、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化反応において消費される成分は、主に、水の蒸発による減少と、アンモニウム化合物から解離したアンモニウムイオンが陽極酸化反応によってアンモニアとなり、これが蒸発することによる減少であり、グリコール溶媒は、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化反応において消費されない。
そのため、本発明の電解液の管理方法において、電解質成分の補給として、補給する成分を、実際には電解液成分のアンモニウム化合物を構成するアンモニアと水にすることができる。
即ち、電解液成分のアンモニウム化合物自体を補給するのではなく、アンモニアを補給することにより間接的にアンモニウム化合物が補給される。アンモニアと水の補給は、アンモニアガスと水、又はアンモニア水の何れの方法でも可能である。
なお、グリコール溶媒は、通常補給は必要では無いが、蒸散などにより減少した場合にはその分を補給すればよい。
【0036】
以下、グリコール系溶媒として、ジエチレングリコール(DEG)、電解質としてアジピン酸アンモニウム(ADA)を使用した電解液を例にとり本発明の電解液の管理方法について具体的に説明する。
【0037】
まず、DEG及びADAについて、屈折率、pH、電気伝導度に対する検量線を作成する。
なお、ここでは、測定対象をDEGとし、図1(A)〜(C)に示した、ADA濃度を一定とし、DEG濃度を変化させた場合の検量線を使用する場合を例示する。
【0038】
図1(A)は、20℃におけるADAを一定濃度としたときの電解液中の屈折率とDEG濃度の関係を表したグラフである。横軸に電解液中のDEG濃度を示しており、縦軸に屈折率を示している。図1(A)に示す濃度範囲において、屈折率は、DEG濃度が増加するにつれ、直線的に増加する傾向にある。
図1(B)は、25℃におけるADAを一定濃度としたときの電解液のpHとDEG濃度の関係を表したグラフである。横軸に電解液中のDEG濃度を示しており、縦軸にpHを示している。図1(B)に示す濃度範囲において、pHは、DEG濃度が増加するにつれ、直線的に増加する傾向にある。
また、図1(C)は、25℃におけるADAを一定濃度としたときの電解液の電気伝導度とDEG濃度の関係を表したグラフである。横軸に電解液中のDEG濃度を示しており、縦軸に電気伝導度を対数表示している。図1(C)に示す濃度範囲において、電気伝導度の対数は、DEG濃度にDEG濃度が増加するにつれ、直線的に減少する傾向にある。
【0039】
同様に、測定対象をADAとした、検量線を作成する。この場合、DEG濃度を一定とし、ADA濃度を変化させればよい。
作成した屈折率、pH、電気伝導度に対するADA濃度、DEG濃度の検量線を用いることで、電解液の屈折率、pH、電気伝導度の測定値からADA濃度、DEG濃度を算出することができる。
なお、pH、電気伝導度は必ずしも両方を測定することを必要としないが、より測定精度を高めるため、両方を測定した方が好ましい。
【0040】
DEG、水、ADAで構成される電解液において、新液を調製後、まずその初期濃度を屈折率、pH、電気伝導度にて測定する。
電解液を使用して陽極酸化処理を行うと電解液の組成が変化する。電解液の組成変化は、水の蒸発による減少と、ADAの解離で発生するアンモニアの蒸発による減少である。
表1に示すとおりアンモニアの蒸発により相対的に増加するアジピン酸イオンにより、電解液のpHは大きく下がり、アンモニアイオンの減少により電気伝導度は小さな値になる。しかし、屈折率は、初期のADAからの過剰アジピン酸イオンの増加及びアンモニアイオンの減少があっても、ほとんど変化しない。つまり屈折率の値は、図1(A)で示される初期ADA濃度におけるDEGと水の量を表している。
【0041】
即ち、表1は、電解液の各成分の濃度と、その濃度での、屈折率・pH・電気伝導度を表している。表中のアジピン酸濃度0%の電解液は、新液を想定しており、徐々にADA濃度が減少し、アジピン酸濃度を増加させている。これは、使用により、ADAから解離したアンモニアが蒸発し、アジピン酸が生成したことを示している。ADAが減少しアジピン酸が増加すると、電解液のpHは下がる傾向にあり、電気伝導度は小さな値になる傾向にあるが、屈折率の値は初期のADAからほとんど変化せず、pHが0.5を超えるようなアンモニアの減少の影響をほとんど受けないことを示している。
【0042】
次に、使用により組成が変化した電解液を初期濃度に回復させる方法について説明する。
まず、使用後の電解液の屈折率を測定する。この屈折率の測定値から、初期ADA濃度に相当する検量線(図1)より減少した水の量を算出し、初期の屈折率の値になるように、減少した分の水を補給する。
次に、減少したアンモニアを初期のpHの値になるまでアンモニア水を補給する。又は、電気伝導度が初期の値になるまでアンモニア水を補給する。
pHを初期の値に戻す補給の場合は電気伝導度を、電気伝導度を初期の値に戻す補給の場合はpHを測定し、初期値であることを確認することで電解液の管理を行う。
【0043】
なお、微調整を有する本発明のADA組成を維持する為には、上記電気伝導度およびpHの両方を測定することがより好ましく、先ず電気伝導度を測定し、次にpHを測定して添加するアンモニア量を決定することがより好ましい。
【0044】
【表1】

【0045】
本発明では、上記のように電解液の濃度を維持するために、陽極酸化処理により減少した成分のみを補給するので、補給する水、及びアンモニアガスもしくはアンモニア水が必要最低限で良い。即ち、本発明によれば、従来の電解液の成分であるグリコール系溶媒、水、およびアンモニウム化合物の全てを添加すると補給量が多くなるだけでなく、処理槽をこえると廃棄が必要となり、また、アンモニウム化合物自体を添加すると電解処理によって減少しない電解液中のアンモニウム化合物を構成する酸の濃度が高くなっていくという問題を解消することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。なお、屈折率、電気伝導度、pHの測定は次のように行なった。
【0047】
(1)屈折率の測定
株式会社アタゴ製手持ち屈折計「IN−1α」を用い、JIS−K0062に準じて電解液の温度を20℃にしてBrixを測定し、Brixの値を屈折率に換算して求めた。
なお、屈折率の測定は、ディジタル屈折率計などで直接測定することもできる。
(2)電気伝導度の測定
東亜ディーケーケー株式会社製ポータブル電気伝導率・pH計 WM−22EPを用い、JIS−K0130に準じて電解液の温度を25℃にして測定した。
(3)pHの測定
東亜ディーケーケー株式会社製ポータブル電気伝導率・pH計 WM−22EPを用い、JIS−Z8802に準じて電解液の温度を25℃にして測定した。
【0048】
「実施例1」
アルミニウム合金を基板としたサンプルを、前処理として85重量%リン酸、98重量%硫酸、67.5重量%硝酸を体積比70:25:5で混合した溶液を65℃に加温し、これにサンプルを3分間揺動しながら浸漬した後、純水にて水洗を行った。次に、DEG79.5重量%、水20重量%、及びADA0.5重量%に電解液を調製した。この電解液の屈折率を株式会社アタゴ製手持ち屈折計「IN−1α」を用いて測定すると、Brixは、水による2倍希釈で25.4(20℃)であり、この値の屈折率は1.4215と算出でき、電解液中のDEG濃度と屈折率の関係を表す検量線より、DEG濃度は79.5重量%であった。また、電気伝導度とpHを東亜ディーケーケー株式会社製ポータブル電気伝導率・pH計を用いて測定すると、電気伝導度は、33.6mS/m(25℃)で、電解液中のADA濃度と電気伝導度の関係を表す検量線よりADA濃度は、0.5重量%であり、又pHは8.45(25℃)であった。
この電解液を50℃に加温し、陽極酸化処理を行い、サンプル表面に500nmの厚さの陽極酸化皮膜を形成した。形成した酸化膜の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、表面に凹凸の無い良質な膜であることが確認された(図2参照)。
【0049】
「実施例2」
実施例1の陽極酸化処理実施後の電解液の屈折率を前記屈折計「IN−1α」を用いて測定すると、Brixは、水による2倍希釈で25.5(20℃)であり、この値の屈折率は1.4222と算出でき、電解液中のDEG濃度と屈折率の関係を表す検量線より、DEG濃度は80.0重量%であった。又電気伝導度とpHを前記ポータブル電気伝導率・pH計を用いて測定すると、電気伝導度は、30.1mS/m(25℃)であり、pHは8.11(25℃)であった。この電解液を用いて、前記の実施例1と同様の処理により酸化膜を形成し、表面のSEM観察を行ったところ、前記実施例1と同様、表面に凹凸の無い良質な膜が観察された(図3参照)。
【0050】
「比較例1」
水及びアンモニア水の補給をせずに陽極酸化処理を2回実施した電解液の屈折率を前記屈折計「IN−1α」を用いて測定すると、Brixは、水による2倍希釈で26.4(20℃)であり、この値の屈折率は1.426と算出でき、電解液中のDEG濃度と屈折率の関係を表す検量線より、DEG濃度は83.6重量%であった。また、電気伝導度とpHを前記ポータブル電気伝導率・pH計を用いて測定すると、電気伝導度は、24.8mS/m(25℃)であり、pHは7.40(25℃)であった。この電解液を用いて、前記の実施例1と同様の処理により酸化膜を形成し、表面のSEM観察を行ったところ、前記実施例1、2とは異なり、表面に微細な凹凸が多く存在する質の悪い膜であった(図5参照)。
【0051】
「実施例3」
前記比較例1を実施後の電解液の屈折率を、前記屈折計「IN−1α」を用いて測定すると、Brixは、水による2倍希釈で26.5(20℃)であり、この値よりの屈折率は1.4265と算出でき、電解液中のDEG濃度と屈折率の関係を表す検量線より、DEG濃度は84.0重量%であった。また、電気伝導度とpHを前記ポータブル電気伝導率・pH計を用いて測定すると、電気伝導度は、22.6mS/m(25℃)であり、pHは7.05(25℃)であった。電解液中のADA濃度と電気伝導度の関係を表す検量線より、ADA濃度は0.44重量%と算出された。
電解液を初期組成に回復させる為に、初期調液量100gに対し、減少した水を4.9g添加し、更に減少したADAを回復させる為に、25重量%アンモニア水をpHが初期値である8.45になるまで添加した。その後、再度前記と同様に濃度を分析したところ、Brixは、水による2倍希釈で25.4(20℃)であり、この値の屈折率は1.4215と算出でき、電解液中のDEG濃度と屈折率の関係を表す検量線より、DEG濃度は79.5重量%であった。又、電気伝導度は33.6mS/m(25℃)で、電解液中のADA濃度と電気伝導度の関係を表す検量線よりADA濃度は、0.5重量%と初期の電解液の組成と全て一致した。この電解液を用いて前記の実施例1と同様の処理により酸化膜を形成し、表面のSEM観察を行ったところ前記の陽極酸化膜の形成と同様に表面に凹凸の無い良質の膜が観察された(図4参照)。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明者により、グリコール系溶媒、水及び電解質からなる電解液において、これら各成分の濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより簡便に求め、減少した成分の補給を実質的に水とアンモニアにより行なうアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸、ホウ酸又はリン酸由来のアンモニウム化合物を少なくとも一種以上含む電解質、水及びグリコール系溶媒の各成分で構成された、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化用電解液の管理方法であって、各成分濃度を電解液の屈折率と電気伝導度及び/又はpHとを測定することにより求め、陽極酸化処理により減少した成分を補給することにより電解液を構成する各成分の濃度を管理することを特徴とする電解液の管理方法。
【請求項2】
前記電解液の組成が、グリコール系溶媒:50〜99重量%、水:1〜50重量%、電解質:0.05〜20重量%の範囲であり、電解液のpHを、初期値の±0.5の範囲で管理することを特徴とする請求項1に記載の管理方法。
【請求項3】
前記電解液のpHが、6.0〜9.0の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載の管理方法。
【請求項4】
前記電解質が、多価の脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸、ヒドロキシカルボン酸又はアミノ酸由来のアンモニウム化合物を1種以上含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の管理方法。
【請求項5】
前記アンモニウム化合物が、コハク酸アンモニウム、アジピン酸アンモニウム、セバシン酸アンモニウム、ドデカン酸アンモニウム、リンゴ酸アンモニウム、酒石酸アンモニウム、及びサリチル酸アンモニウムから選ばれた少なくとも1種以上であることを特徴とする請求項4に記載の管理方法。
【請求項6】
前記グリコール系溶媒が、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、及びテトラエチレングリコールから選ばれた少なくとも1種以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の管理方法。
【請求項7】
グリコール系溶媒がエチレングリコール又はジエチレングリコールであり、電解質がアジピン酸アンモニウムであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の管理方法。
【請求項8】
減少した成分を、水とアンモニアにより補給することを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の管理方法。
【請求項9】
電解液への水の補給量を屈折率より求めて、減少した水を補給後、アンモニアの補給量を電気伝導度及び/又はpHより求めて、アンモニアを補給することを特徴とする請求項8に記載の管理方法。
【請求項10】
前記請求項1乃至9のいずれか1項に記載の管理方法により管理された電解液を使用することを特徴とするアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−19009(P2013−19009A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152094(P2011−152094)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(594146179)株式会社新菱 (19)