説明

雌雄配偶子形成不全植物の作成方法

【課題】遺伝子組換え植物の環境リスクに対する対策として、雌雄いずれの配偶子も正常に形成できない植物を作出する方法を提供すること。
【解決手段】減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を植物ゲノム中に導入することを特徴とする、雌雄配偶子形成不全植物の作成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞死誘導遺伝子を導入することによって、雌雄いずれの配偶子も正常に形成できない植物を作成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え植物の環境リスクとして、花粉の飛散による組換え遺伝子(transgene, TG)の散逸および野生植物集団への導入が懸念されており、その対策として不稔性の導入が期待されている。これまで多くの植物で雄性不稔性の付与が検討されているが、リンドウは種子が小さく、花粉だけでなく種子の飛散によってTGが環境中に散逸される危険性がある。また、野生種から飛散した花粉で組換え体が受粉してTGを持つ次世代植物が誕生すると、該植物体が雄性不稔性を持たない可能性もあり、これが野生植物集団へのTG導入の引き金になる危険性は否定できない。従って、TGの野生植物集団への散逸のリスクを完全に排除するためには、雄性配偶子のみならず、野生種との交配によっても全く種子が形成できないように雌性配偶子の形成をも不全にする手段が望まれる。
【0003】
バルナーゼ(Barnase)はバチルス・アミロリクイフェシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)由来のRNA分解酵素であり、本酵素が細胞内で発現すると、その強力なRNA分解活性により細胞機能が阻害されて細胞は死滅する。一方、バルスター(Barstar)はその特異的阻害物質であり、バルナーゼ(Barnase)遺伝子をバルスター(Barstar)遺伝子とともに発現させると細胞の死滅が抑制されることが大腸菌細胞にて確認されている(非特許文献1)。
【0004】
これまで、バルナーゼ遺伝子による植物形質転換の応用としては、バルナーゼ遺伝子を葯組織のタペータム細胞に特異的な発現プロモーターに結合して発現させることによって植物に雄性不稔性を誘導した例(非特許文献2)、CaMV35Sプロモーターに結合したバルスター遺伝子をバルナーゼ遺伝子と同時に植物に導入して葯以外の組織でバルスター遺伝子を構成的に発現させることにより、葯以外におけるバルナーゼの影響を排除した例(特許文献1)、全長より短い葯特異的プロモーター断片に結合したバルナーゼ遺伝子と、前記プロモーターと同一又は異なる葯特異的プロモーターに結合したバルスター遺伝子を同時に植物に導入することによって原品種と同様な正常な形態を示す不稔植物を作出した例(特許文献2)などがある。しかしながら、これらの報告はいずれも植物に雄性不稔性を誘導するだけであって、雌性不稔性を誘導するには至っていない。
【0005】
【非特許文献1】Hartley, R. W. (1988) Barnase and barstar. Expression of its cloned inhibitor permits expression of a cloned ribonuclease. J Mol Biol. 202: 913-915.
【非特許文献2】Mariani C, De Beuckeleer M, Truettner J, Leemans J, Goldberg RB (1990) Induction of male sterility in plants by a chimaric ribonuclease gene. Nature 347:737-741
【特許文献1】特表平11−500617号
【特許文献2】特開2001−95406号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、遺伝子組換え植物の環境リスクに対する対策として、雌雄いずれの配偶子も正常に形成できない植物を作出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、減数分裂期特異的なプロモーターをバルナーゼ遺伝子に、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターをバルスター遺伝子にそれぞれ結合させ、両遺伝子を植物内で発現させることによって、雌雄いずれの配偶子も形成できなくなることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を植物ゲノム中に導入することを特徴とする、雌雄配偶子形成不全植物の作成方法。
(2) 減数分裂期特異的なプロモーターが、シロイヌナズナDMC1(AtDMC1)遺伝子のプロモーターである、(1)に記載の方法。
(3) 目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターが、シロイヌナズナアクチン2(ACT2)遺伝子のプロモーターである、(1)に記載の方法。
(4) 減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を組み込んだT-DNAを含む、組み換えベクター。
(5) 減数分裂期特異的なプロモーターが、シロイヌナズナDMC1(AtDMC1)遺伝子のプロモーターである、(4)に記載の組み換えベクター。
(6) 目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターが、シロイヌナズナアクチン2(ACT2)遺伝子のプロモーターである、(4)に記載の組み換えベクター。
(7) (4)〜(6)のいずれかに記載の組み換えベクターを導入した形質転換植物。
(8) 植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である、(7)に記載の形質転換植物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、雌雄いずれの配偶子も形成できない植物を作成する方法が提供される。本発明方法により作成される植物は、花粉形成のみならず、野生型植物の花粉を受粉しても種子形成ができない。従って、本発明方法によって、様々な有用形質の付与のために開発されている遺伝子組み換え(GM)植物が有する組換え遺伝子(TG)の散逸による野生植物集団の汚染を完全に回避することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ(Barnase)遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター(Barstar)遺伝子を植物ゲノム中に導入することを特徴とする、雌雄配偶子形成不全植物の作成方法を提供する。
【0011】
本発明において用いる「バルナーゼ遺伝子」は、配列番号1に示す塩基配列を有する野生型バルナーゼ遺伝子を使用してもよいが、所望の活性を有する限り、天然または人為的に変異した変異型バルナーゼ遺伝子であってもよい。ここで、「所望の活性」とは、配偶子においてRNaseとして作用し、RNA分解を引き起こし、配偶子に細胞死を誘導する活性をいう。変異型バルナーゼ遺伝子としては、例えば、配列番号1に示す塩基配列からなるDNAに相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAが含まれる。この「配列番号1に示す塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNA」としては、配列番号1に示す塩基配列と約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNA等が挙げられる。ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、ナトリウム濃度が、10mM〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25℃〜70℃、好ましくは42℃〜55℃での条件をいう。
【0012】
遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0013】
本発明において用いる「減数分裂期特異的なプロモーター」は、上記バルナーゼ遺伝子の上流に機能可能に結合され、かつ、上記バルナーゼ遺伝子の発現を減数分裂期特異的に誘導する任意のプロモーターをいう。このようなプロモーターとしては、例えば、シロイヌナズナDMC1(AtDMC1)遺伝子のプロモーター、ユリLIM10遺伝子のプロモーター、同LIM15遺伝子プロモーターなどが挙げられるが、AtDMC1遺伝子のプロモーターが好ましい。AtDMC1遺伝子のプロモーターは配列番号3に示す塩基配列を有するが、当該プロモーターと同等の活性を有する限り、配列番号3の塩基配列において、1個若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入されていてもよい。当該プロモーターには、配列番号3に示す塩基配列の3'または5'末端に、翻訳効率を上げる塩基配列などを付加したものや、3'または5'末端をプロモーター活性が有する限り、欠失したものも含まれる。
【0014】
本発明においては、上記のバルナーゼ遺伝子に加えて、バルナーゼ阻害タンパク遺伝子であるバルスター遺伝子を使用する。本発明における「バルスター遺伝子」は、配列番号2に示す塩基配列を有する野生型バルスター遺伝子を使用してもよいが、所望の活性を有する限り、天然または人為的に変異した変異型バルスター遺伝子であってもよい。ここで、「所望の活性」とは、前記バルナーゼ遺伝子の発現による細胞死を阻害する活性をいう。変異型バルスター遺伝子としては、例えば、配列番号2に示す塩基配列からなるDNAに相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAが含まれる。変異型バルスター遺伝子と野生型バルスター遺伝子の塩基配列の同一性、ストリンジェントな条件、変異導入方法については前述の変異型バルナーゼ遺伝子の例と同様である。
【0015】
本発明において用いる「目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーター」は、上記バルスター遺伝子上流に機能可能に結合され、かつ、配偶子形成期以外の植物細胞において上記バルスター遺伝子を構成的に発現誘導する任意のプロモーターをいう。このようなプロモーターとしては、例えば、シロイヌナズナアクチン2(ACT2)遺伝子のプロモーター、シロイヌナズナアクチン8(ACT8)遺伝子のプロモーターなどが挙げられるが、ACT2遺伝子が好ましい。ACT2遺伝子のプロモーターは配列番号4に示す塩基配列を有するが、当該プロモーターと同等の活性を有する限り、配列番号4の塩基配列において、1個若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入されていてもよい。当該プロモーターには、配列番号4に示す塩基配列の3'または5'末端に、翻訳効率を上げる塩基配列などを付加したものや、3'または5'末端をプロモーター活性が有する限り、欠失したものも含まれる。
【0016】
本発明の方法によって雌雄いずれの配偶子も形成できない植物を得ることができる。本明細書において、雄性配偶子とは花粉をいい、雌性配偶子とは、胚嚢をいう。配偶子形成期とは,花粉母細胞から減数分裂を経て成熟花粉が形成される時期および胚嚢母細胞から減数分裂を経て成熟した胚嚢が形成される時期をいう。
【0017】
本発明はまた、上記の方法によって目的遺伝子を植物細胞のゲノムに導入するための組換えベクターを提供する。本発明の組換えベクターは、上記の減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を含む発現カセットを作成し、これを適当な植物細胞用のクローニングベクターに導入することにより構築することができる。ここで、植物細胞用のクローニングベクターとしては、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特に、バイナリーベクター系(pBI121、pBI101、pBI2113、pBI101.2等)、又は中間ベクター系(pLGV23Neo、pNCAT等)のプラスミドが好ましい。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)およびアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組み込むことが可能である(EMBO Journal, 10(3), 697-704 (1991))。
【0018】
従って、本発明の好ましい組換えベクターはアグロバクテリウム感染法用ベクターであって、当該ベクターは、上記の減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子が組み込まれたT-DNAを含む。
【0019】
バイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、上記のバイナリーベクターの境界配列(T-DNA LB, T-DNA RB)間に、発現カセットを挿入し、この組換えベクターを大腸菌中で増幅する。次いで、増幅した組換えベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンスLBA4404、C58、EHA101、EHA105等に、凍結融解法、エレクトロポレーション法等に導入し、該アグロバクテリウムを植物の形質導入に用いる。
【0020】
また、上記の方法以外にも、三者接合法(Nucleic Acids Research, 12:8711(1984))によって、目的遺伝子を含む植物感染用アグロバクテリウムを調製することができる。すなわち、目的遺伝子を含むプラスミドを保有する大腸菌、ヘルパープラスミド(例えば、pRK2013等)を保有する大腸菌、およびアグロバクテリウムを混合培養し、リファンピシリンおよびカナマイシンを含む培地上で培養することにより植物感染用の接合体アグロバクテリウムを得ることができる。
【0021】
また、組換えベクターには、発現カセットの上流、内部、あるいは下流に、エンハンサー、ターミネーター、ポリA付加シグナル、5'-UTR配列、必要に応じて、アグロバクテリウム細菌中で増幅するための複製開始点などを配置することができる。エンハンサーとしては、例えば、発現カセット中の目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。ターミネーターとしては、プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター等が挙げられる。
【0022】
さらに、組換えベクターには、効率的に目的の形質転換体を選抜するために、選抜マーカー遺伝子を挿入することが好ましい。選抜マーカー遺伝子としては、例えば、カナマイシン耐性遺伝子(NPTII)、ビアラフォス耐性遺伝子(Bar)、ハイグロマイシン耐性遺伝子(htp)などが挙げられる。また、選抜マーカー遺伝子は、上記のように目的遺伝子とともに同一のプラスミドに連結させて組換えベクターを調製してもよいが、選抜マーカー遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターと、目的遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターとを別々に調製してもよい。別々に調製した場合は、各ベクターを宿主にコトランスフェクト(共導入)してもよい。しかし、選抜マーカー遺伝子の使用は必須ではなく、形質転換植物細胞から生じたカルスから再生した植物が、雌雄配偶子形成不全化されていることを、形質転換が達成されたことの指標としてもよい。
【0023】
本発明の形質転換植物は、上記の組換えベクターを用いて、対象植物を形質転換し、形質転換体を得ることによって調製することができる。形質転換植物を調製する際には、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、その好ましい例として、アグロバクテリウム法、PEG法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられるが、アグロバクテリウム法が好ましい。アグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合、培養細胞を用いる場合、組織片を用いる場合がある。
【0024】
プロトプラストを用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、培養細胞を用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、組織片を用いる場合は、対象植物の無菌培養葉片(リーフディスク)に感染させる方法やカルスに感染させる等により行うことができる。
【0025】
遺伝子が植物体に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロッティング法等により行うことができる。例えば、形質転換植物体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。
【0026】
あるいは、種々のレポーター遺伝子、例えばベータグルクロニダーゼ(GUS)、ルシフェラーゼ(LUC)、緑色蛍光タンパク質(GFP)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ベータガラクトシダーゼ(LacZ)等の遺伝子を導入遺伝子の下流域に連結したベクターを作製し、該ベクター導入したアグロバクテリムを用いて上記と同様にして植物を形質転換させ、該レポーター遺伝子の発現を測定することにより確認できる。
【0027】
本発明において形質転換に用いられる植物としては、遺伝子組換え体を作ることのできる植物であれば単子葉植物又は双子葉植物のいずれであってもよいが、花卉植物、イモ類、遺伝子組換えによる物質生産に利用される植物(例えば、タバコ、シロイヌナズナ等)が好ましい。上記花卉植物としては、観賞用に栽培する切花、切葉若しくは切枝類、鉢物類、花壇用苗物類、球根類、花木類、芝類などが挙げられるが、これらに限定はされない。
【0028】
本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、例えば、根、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂、葯、花粉等の植物組織やその切片、未分化のカルス、それを酵素処置して細胞壁を除いたプロプラスト等の植物培養細胞が挙げられる。
【0029】
また、本発明において形質転換植物体とは、植物体全体、植物器官(例えば根、茎、葉、花弁、種子、種子、実等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物培養細胞のいずれをも意味するものである。
【0030】
植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官又は個体を再生させればよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、以下のように行うことができる。
【0031】
まず、形質転換の対象とする植物材料して植物組織又はプロトプラストを用いた場合、これらを無機要素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン等の植物ホルモン)等を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移しかえて更に増殖(継代培養)させる。
【0032】
カルス誘導は寒天等の固型培地で行い、継代培養は例えば液体培養で行うと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行うことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下、「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシンやサイトカイニン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。かかる再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、更に完全な植物体へと育成させる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものでない。
【0034】
(実施例1)雌雄配偶子形成不全誘導ベクターの構築
選択マーカー遺伝子の向きのみが互いに異なる形質転換用ベクターpBiStl3およびpBiSt23を、図1に示すようにいくつかのPCR-増幅断片を結合することによって構築した。本実施例において用いたオリゴヌクレオチオドはまとめて後記表1に示す。
【0035】
バイナリーベクターpGreen0000およびそのヘルパープラスミドpSoup (Hellens RP, Edwards EA, Leyland NR, Bean S, Mullineaux PM (2000) pGreen: a versatile and flexible binary Ti vector for Agrobacterium-mediated plant transformation. Plant Mol Biol 42: 819-832.)はJohn Innes Centreより入手した。pGreen0000のポリリンカー領域は、SacIおよびAcc65I部位の間に二本鎖オリゴヌクレオチドMPL-upper(配列番号5)およびMPL-lower(配列番号6)を挿入することによって改良し、pMidoriを得た。
【0036】
カナマイシン耐性遺伝子(eNptII)は、NH Chua (New York)から譲与されたpX6-GFP (Zuo J, Niu QW, Moller SG, Chua NH (2001) Chemical-regulated, site-specific DNA excision in transgenic plants. Nat Biotechnol 19: 157-161.)からPCR増幅することによって得た。Agrobacterium tumefaciens ノパリン合成遺伝子(nos)プロモーターとネオマイシンホスホトランスフェラーゼ(NptII)遺伝子コード配列からなるDNA断片は、プライマーPnos-F(配列番号7)とNtp-pTrS-R(配列番号8)で増幅し、そしてプライマーpTrS-F(配列番号9)とpTrS-R(配列番号10)で増幅したpea rbcS E9 ポリアデニル化シグナルと結合させた。得られた断片は、レフトボーダー(LB)およびポリリンカー(PL)配列間に位置するpMidoriのHpaI部位に挿入した。得られたプラスミドをpMK1およびpMK2と命名した。pMK1およびpMK2のNptII転写方向はそれぞれLB からPL方向、PLからLB方向である。
【0037】
Barnase および Barstar 遺伝子は、プラスミドクローンpCambia-LOX-Bar-ProA-Bar (M. Pooggin, Basel より譲与)からSal-Bn-F(配列番号11)とBn-Sac-R(配列番号12)、および Sal-Bs-F(配列番号13)とBs-Sac-R(配列番号14)を用いてそれぞれPCR増幅し、末端制限酵素部位5'-SalIおよび3'-SacIで結合させた。
【0038】
AtDMC1(Klimyuk VI, Jones JD (1997) AtDMC1, the Arabidopsis homologue of the yeast DMC1 gene: characterization, transposon-induced allelic variation and meiosis-associated expression. Plant J 11: 1-14.)およびACT2プロモーター(An, Y. Q., McDowell, J. M., Huang, S., McKinney, E. C., Chambliss, S. and Meagher RB. (1996) Strong, constitutive expression of the Arabidopsis ACT2/ACT8 actin subclass in vegetative tissues. Plant J. 10: 107-21.)は、A. thaliana ecotype Lansberg erectaの全DNAからPCR増幅した。これらのプロモーター配列中の内部EcoRIおよびHindIII部位はPCR増幅中に一塩基変異によって除去した。AtDMC1プロモーターは、まずプライマーAtDMC1-F(配列番号15)とAtDMC1dER(配列番号16)、およびプライマーAtDMCldEF(配列番号17)とAtDMC1-R(配列番号18)をそれぞれ用いて2つの別個の断片としてPCRにて増幅し、次にこれらをAtDMC1-FとAtDMC1-Rを用いてPCRにて結合させた。ACT2 プロモーターは、まずプライマーACT2F(配列番号19)とACT2dER(配列番号20)、およびプライマーACT2dEF(配列番号21)とACT2R(配列番号22)をそれぞれ用いて2つの別個の断片としてPCRにて増幅し、次にこれらをACT2FとACT2Rを用いてPCRにて結合させた。
【0039】
tail-to-tailで組み立てた両方向性ポリアデニル化シグナル(NCPA)は、nos ポリアデニル化シグナル(pB112からプライマーNCPA-F(配列番号23)とNCPA-JR(配列番号24)で増幅;Jefferson RA, Kavanagh TA, Bevan MW (1987) GUS fusions: beta-glucuronidase as a sensitive and versatile gene fusion marker in higher plants. Embo J 6: 3901-3907.)と、カリフラワーモザイクウイルスポリアデニル化シグナル(pE4PからプライマーNCPA-JF(配列番号25)とNCPA-R(配列番号26)で増幅;Kobayashi K, Hohn T (2003) Dissection of cauliflower mosaic virus transactivator/viroplasmin reveals distinct essential functions in basic virus replication. J Virol 77: 8577-8583.)を、NCPA-FとNCPA-Rを用いたPCRによって結合させて構築した。
【0040】
Barnase およびBarstar発現ユニットは次のようにして構築した:
1) AtDMCIプロモーターおよびACT2プロモーターをtail-to-tail方向で、それらのSalI部位でライゲートさせ、一つのHindIII-EcoRI断片として切り出し、それぞれpMK1およびpMK2に導入し、pMK1ADおよびpMK2ADを得た。
2) Barnase遺伝子を含むプラスミドを持つ細菌がそのリーキーな発現によって死滅するのを防ぐため、バルスター遺伝子を共発現させた。細菌用のバルスター発現系は、タバコ葉緑体リボゾームRNA遺伝子プロモーター(Prrn)コード配列,スペクチノマイシン耐性遺伝子(aadA),リボゾーム結合部位(RBS)およびバルスターコード配列(Bs)からなる。Prrn:aadA DNA断片はpRV112AG(T. Terachi および T. Shiinaより譲与;Shiina T, Hayashi K, Ishii N, Morikawa K, Toyoshima Y (2000) Chloroplast tubules visualized in transplastomic plants expressing green fluorescent protein. Plant Cell Physiol 41 : 367-371.)からPrrn-F(配列番号27)とaadA-RBS(配列番号28)を用いて増幅させ、RBS-barstar(配列番号29)とBarstar-BH(配列番号30)であらかじめ増幅させたBsに、Prrn-FとBarstar-BHを用いたPCRによって結合させた。この断片をSacIとBamHIで消化したpPROLar.A(pGreen骨格のベクターと細菌細胞内で共存可能である)に挿入した。Prrn:aadA:RBS:Bs断片は、タバコpsbA転写終結配列(TpsbA;TpsbA-F(配列番号31)とTpsbA-R(配列番号32)で増幅し、pT7Blueでクローン化した)とpT7Blueのポリリンカー内のBamHI部位で結合させた。Prrn:aadA:RBS:Bs:TpsbAは、XaBsTX-F(配列番号33)とTpsbA-Xho(配列番号34)を用いて増幅し、NCPAのXhoI部位に挿入した。もう一つの細菌用バルスター発現ユニットであるBsTは、Prrn-F(配列番号27)とPrrn-RBS(配列番号35)で増幅したPrrn断片と、RBS-barstar(配列番号29)とTpsbA-R(配列番号32)で増幅したRBS:Bs:TpsbA断片とをPrrn-FとTpsbA-Rを用いたPCRによって結合させて構築した。これをpSoupのSacI-HindIII部位に挿入することによって、バルスターを発現し、pGreenがアグロバクテリウム中で複製するヘルパープラスミドpSBsTを得た。
3) BarnaseおよびBarstarコード領域のSalI-SacI断片と上記のXaBsTX-挿入NCPA (NCPA:aBST)のSacI断片を、SalI-消化pBluescriptに、4つの断片をライゲーションとスペクチノマイシンによる選択によって挿入した。
4) BarnaseおよびBarstarコード配列およびNCPA:aBsTを、一つのSalI断片として切り出し、SalI-切断pMK1ADおよびpMK2ADに挿入した。
5) XaBsTXを、BarnaseおよびBarstarコード配列がAtDMC1プロモーターとACT2プロモーターの制御下にそれぞれ置かれている選択された候補クローンから切り出した。
【0041】
pMK1およびpMK2に由来する発現ベクターpBiStl3およびpBiSt23をそれぞれpSBsTとともに凍結融解法(An G, Ebert PR, MitraA, Ha SB (1988) Binary vectors. In Gelvin SB Schilperoort RA eds) Plant Molecular Biology Manual. Kluwer Academic Publishers Dordrecht, pp 1-19.)を用いてAgrobacterium tumefaciens LBA4404に導入した。AtDMC1プロモーター、Barnaseコード領域、およびCaMVポリアデニル化シグナルが除去されている対照構築物、pBiStl3ΔBnおよびpBiSt23ΔBnを、HindIIIおよびXhoIを用いた消化によって構築し、Klenow酵素でフィリングし、再環状化した。Barstar 発現ユニット構築物を省略した他の2タイプの構築物もまたEcoRIおよびXhoIを用いた消化によって構築し、Klenow酵素でフィリングし、再環状化し、それぞれpBiStl3ΔBsおよびpBiSt23ΔBsとした。
【0042】
【表1】

【0043】
以下の実施例では上記のようにして構築したBiSt導入ベクター(図1)を持つAgrobacterium tumefaciens LBA4404を用い、常法によってタバコ(Nicotiana tabacum, SR1)を形質転換した。得られたカナマイシン耐性シュートから幼植物を育成し、導入遺伝子の有無を確認後、発根誘導・馴化・鉢上げし、解析に供した。以下、本実験方法と結果を具体的に説明する。
【0044】
(実施例2)雌雄配偶子形成不全(BiSt)形質転換タバコの作製
1.方法
図1に示したBiSt導入ベクターpBiSt13およびpBiSt23、それらからBarnase発現ユニットを欠失させた対照用ベクターpBiSt13ΔおよびpBiSt23Δを用いて常法によってタバコ(Nicotiana tabacum, SR1)を形質転換した。
【0045】
2.結果
pBiSt13ΔおよびpBiSt23Δでは多数のカナマイシン耐性シュートが得られたが、pBiSt13およびpBiSt23では、30ずつの葉片からそれぞれ11および10の耐性シュートしか得られなかった。
【0046】
(実施例3) BiSt形質転換体におけるBarnaseおよびBarstar遺伝子導入の確認
1.方法
(PCR解析)
PCR解析用のDNAは培養中の植物からDNeasy plant mini kit (QIAGEN)を用いて抽出した。Sal-Bn-F(5'-CCCGTCGACACAATGGCACAGGTTATCAAC-3':配列番号11)とBn-Sac-R(5'-CCCGAGCTCTTATCTGATTTTTGTAAAGG-3':配列番号12)、およびSal-Bs-F(5'-CCCGTCGACAC AATGAAAAAAGCAGTC-3':配列番号13)とBs-Sac-R(5'-CCCGAGCTCTTAAGAAAGTATGATG-3':配列番号14)をそれぞれ用いたPCRによってBarnaseおよびBarstar遺伝子が導入されているかを検討した。PCRの陽性対照としてribulose bisphosphate carboxylase oxygenase 小サブユニット遺伝子(rbcS)のプロモーター領域をrbcS-S1(5'-TTGAGTGAACTGGCTAATCT-3':配列番号36)およびrbcS-S4 (5'-GGTTCTTGATTCACTACACA-3':配列番号37)を用いて増幅した。PCRは、KOD DNA polymerase (TOYOBO, Tokyo) を用い、反応条件は、95℃ 5分,35サイクル×(95℃30秒, 60℃30秒, 68℃1分), 68℃5分にて行った。
【0047】
(サザン解析)
形質転換体の特性を評価する目的で、pBiSt13およびpBiSt23による形質転換体それぞれ5および4系統,pBiSt13ΔおよびpBiSt23Δによる形質転換体各2系統を、培養中でクローナルに増殖させ、3個体ずつ育成した。それぞれの個体からDNAを抽出し、サザンブロッティングによって導入遺伝子を検出した。
【0048】
サザン解析用のDNAは、DNeasy plant maxi kit (QIAGEN) を用いて抽出し、HindIIIおよびXhoIで消化した。消化したDNAは、1%アガロースゲルで分離後、ナイロン膜に転写した。導入遺伝子は、AtDMC1プロモーター領域およびACT2プロモーター領域に対するDIGでラベルしたRNAプローブを順次ハイブリダイズさせることによって検出した。
【0049】
2.結果
BiSt導入ベクター(pBiSt13, pBiSt23)で形質転換した植物についてPCR法によって導入遺伝子を確認したところ、pBiSt13で8系統、pBiSt23で5系統がBarnaseおよびBarstar遺伝子を持つことがわかった。培養中の幼若なシュートではAgrobacteriumの混入が疑われるので、それらの系統を、カルベニシリンを含む培地でさらに育成し、再度DNAを抽出してPCRによって解析したところ、全てが両遺伝子を持つことが示された(図2A)。一方、対照用ベクター(pBiSt13Δ, pBiSt23Δ)で形質転換した植物では、Barnase遺伝子は検出されず、Barstar遺伝子のみが検出された(図2A)。野生型タバコではいずれの遺伝子も検出されず、陽性対照のrbcSプロモーター領域のみが検出されたことから、このPCR解析の結果が特異的であることが示された。
【0050】
サザン解析では、AtDMC1:Barnaseが4.1 kbのバンドを、ACT2:Barstarが系統特異的なサイズのバンドを与えるような制限酵素を選択して使用した。4.1 kb以外のバンドが系統間で異なることからそれぞれの系統が独立に形質転換されたものであることが示された(図2B)。また、系統内の個体間で差がなかったことから、それらが確かにクローナルに増殖したものであることが示唆された。
【0051】
(実施例4) BiSt形質転換体におけるBarnaseおよびBarstar遺伝子の発現
AtDMC1は配偶子で強く発現するが栄養器官においても低レベルで発現すること報告されている(Klimyuk, V. I. and Jones, J. D. (1997) AtDMC1, the Arabidopsis homologue of the yeast DMC1 gene: characterization, transposon-induced allelic variation and meiosis-associated expression. Plant J. 11:1-14.)。そこで、各形質転換体の葉およびいくつかの系統の生殖器官からRNAを抽出し、BarnaseおよびBarstar遺伝子の転写産物をRT-PCR法によって検出した。
【0052】
1.方法
葉組織RNAは培養中の植物から、生殖器官RNAは幼若な葯および子房からRNeasy Plant Mini kit (Qiagen)を用いて抽出した。RNAは、混入するDNAを除去するためにRNasin-plus (Promega)存在下、RNase-free DNaseで37℃にて15分間処理後、フェノール・クロロホルム混液による抽出およびエタノール沈澱で精製した。RNase-free水に溶解したRNAについてone-step RT-PCR kit (Qiagen)を用い、前記Sal-Bn-FとBn-Sac-RおよびSal-Bs-FとBs-Sac-RをプライマーとしてRT-PCRを行った。対照としてタバコelongation factor 1α(EF1α)をNtEF1-F(5'-CATCAACATTGTGGTCATTGGCCAC-3':配列番号38)とNtEF1-R (5'-ATCTGGTCAGAGCCTCAAGAAGAGT-3':配列番号39)を用いて検出した。RT-PCRの反応条件は、50℃30分, 95℃15分,35サイクル×(95℃30 秒, 60℃30 秒, 72℃1分), 72℃5 分とした。BarnaseおよびBarstar 遺伝子にはイントロンがないため、RNAサンプルを直接PCRに供することによってDNAの除去を確認した。
【0053】
2.結果
結果を図3に示す。Barnaseの発現レベルは、葉および生殖器官のいずれにおいても系統間における差が認められた。しかしその発現レベルの差異は系統特異的であり、例えば、BiSt13-1は葉におけるBarnaseの発現がBiSt13-2よりも低いが、生殖器官ではこの関係は逆転していた。この結果は、AtDMC1プロモーターの活性が配偶子形成時に高まることを示唆するものであると同時に、遺伝子の組み込み位置に強く影響を受けることを示唆している。一方、Barstarの発現は、系統間および組織間で差がないことが示されたが、本実験の条件では高発現している遺伝子の発現レベルの差は検出できないため、Barstarの発現に関しては各器官であるレベル以上の発現を示していると考えられる。また、ACT2遺伝子は配偶子では発現しないことが示されている(An, Y. Q., McDowell, J. M., Huang, S., McKinney, E. C., Chambliss, S. and Meagher RB. (1996) Strong, constitutive expression of the Arabidopsis ACT2/ACT8 actin subclass in vegetative tissues. Plant J. 10: 107-21.)が、本実験で用いたRNAは配偶子以外の生殖器官を構成する細胞のRNAも含むためACT2プロモーターで制御されているBarstar転写産物も容易に検出されたものと考えられる。
【0054】
(実施例5) BiSt形質転換体の表現型の検討
1.方法
得られた形質転換体から両性不稔導入10系統および対照6系統を選び、節を含む茎を培養することによって腋芽を誘導し、各系統3個体ずつ開花終了まで育成し、生育、花芽形成および開花の状況を観察した。
形質転換体の自殖による種子形成の確認は、開花した花を無処理で経過観察することによって行った。
【0055】
また、形質転換体の花粉形成の確認は、裂開後の葯を肉眼または解剖顕微鏡下で、裂開前の葯を酢酸カーミン中で押しつぶしたものを光学顕微鏡下で観察することによって行った。また、幼若な葯の内容物を観察する目的で、若い花を90%エタノール/10%酢酸中で4℃にて一晩固定後、70%エタノールを2日間で2回交換しながら洗浄し、エタノールシリーズおよびリモネンで脱水後、Paraplast plus (Oxford labware)に包埋、薄切りし、酢酸カーミンで染色後、光学顕微鏡下で観察した。
【0056】
一方、雌性配偶子の機能の確認は、形質転換体の柱頭に野生型タバコの花粉を肉眼ではっきり分かる程度に付着させることによって受粉させ、経過観察することによって行った。
【0057】
2.結果
(1) BiSt形質転換体の生育
BiSt形質転換植物の生育は、同時に鉢上げした対照形質転換植物とほぼ同様でBiSt形質転換による植物の生育への影響はないものと考えられた。野生型および対照形質転換体では、最初の開花から約1ヶ月で花芽形成が終了し、多数の種子を含むサヤが多く得られた。一方、BiSt形質転換体では、花芽形成は2ヶ月以上続き、自殖による種子形成は認められなかった。
【0058】
(2) 雄性生殖器官の形態
BiSt形質転換体では自殖による種子形成が認められなかった。また、その配偶子形成について検討したところ、BiSt形質転換体の葯は、対照形質転換体および野生型に比べて若干小さく、裂開も遅かったものの、裂開時に花粉が観察されないこと以外、明確な異常は認められなかった[図4のa,c(対照形質転換体)とb,d (BiSt形質転換体)]。この観察結果は、BiSt形質転換体で花粉が形成されないことを示唆するが、葯の裂開の瞬間に形成された全ての花粉が脱落飛散する可能性も完全には否定できない。そこで幼若な葯のパラフィン切片を作製し、葯の内容物を観察した。野生型では多数の花粉が幼若な葯内に認められたが、BiSt形質転換体では酢酸カーミンで染色される凝集塊が認められるだけで、花粉は認められなかった(図4のeとf)。また、幼若な葯を酢酸カーミン中で押しつぶした場合も、野生型では多数の花粉が観察されたのに対し,BiSt形質転換体の葯では花粉は観察されなかった。
【0059】
(3) BiSt形質転換体における雌性配偶子機能
BiSt形質転換体においては、自殖では種子が形成されなかったが、これは上述のように花粉が形成されていないためと考えられた。BiSt形質転換体では雌性配偶子も形成不全に陥ることが期待されるので、野生型花粉を受粉させることによってBiSt形質転換体の雌性配偶子の機能について検討した。野生型および対照形質転換体では、自殖によって子房の肥大が起こり、それが褐変化した時点では内部に多数の種子が含まれた(図5のa−c)。一方、野生型花粉を受粉させなかったBiSt形質転換体の子房は、図5dに示すように肥大せず、そのまま褐変化し、ついには花柄ごと茎から脱落した。野生型花粉を受粉させたBiSt形質転換体の花の約半数では、野生型よりも顕著に小さいものの子房の肥大が起こり、褐変化後の内部には種子様の粒子が形成されていた(図5のe−j)。pBiSt13による形質転換体(図5のe−i)よりもpBiSt23による形質転換体(図5のj−k)で子房の肥大が若干顕著であり、種子様粒子も大きかったが、野生型と比べると顕著に劣っていた。これらの観察結果は、BiSt形質転換体における雌性配偶子機能が完全ではないが顕著に不全となっていることを示唆する。
【0060】
(実施例6) 形質転換体の子孫の解析
1.方法
野生型花粉を受粉させたBiSt形質転換体の花の半数が種子様粒子を形成したことから、それら形質転換体におけるTGの封じ込めが不完全である可能性が示唆された。そこで、
野生型花粉を受粉させたBiSt形質転換体において形成された種子様粒子の発芽能および解剖顕微鏡観察では見落とされた正常種子の形成の可能性について検討した。下記表2に示した各系統において野生型花粉を受粉後、得られた肥大化・褐変化したサヤを手で揉み潰し、内容物を全て3 cm×3 cm×5 cm容器内の土壌に播いた。得られた実生をさらに育成し、DNA抽出および種子形成の観察に用いた。DNAはPCR法によってBarnaseおよびBarstar遺伝子の有無を検討した。PCR法は実施例3に記載の方法および条件に従って行った。
【0061】
【表2】

【0062】
2.結果
表2に示すように、pBiSt23による形質転換体から得られた三系統で発芽が認められた。それらの実生をさらに育成し、DNAを抽出してPCR解析に供した。その結果、解析した9個体いずれにおいてもBarnaseおよびBarstarの遺伝子は検出されなかった(図6)。対照として同様に解析したpBiSt13Δ形質転換体の子孫では、Barstar遺伝子のみが検出された(図6,13Δ)。このPCR解析においてBarnaseおよびBarstar遺伝子が検出されなかったのが、DNAの分解など、実験上の誤りによるものではないことは、陽性対照のrbcSが全ての個体で陽性であることから支持された。以上の結果から、BiSt形質転換体に野生型花粉を受粉させた場合に形成される発芽能のある種子は、TGを持たないことが示された。
【0063】
以上の結果をまとめると,BiSt形質転換体では自殖によっても種子は形成されず、花粉も検出不能であり、また、野生型花粉を受粉した場合にもTGを持つ子孫は生じないことが分かった。すなわち、本法によって信頼性の高いTG封じ込めが実現可能であることが示された。
【0064】
(実施例7)リンドウ用雌雄配偶子形成不全誘導ベクターおよび発現解析用レポーターベクターの構築
上述のように本法によって効率良く雌雄配偶子形成不全(両性不稔性)を誘導できることが分かったので、これをリンドウの分子育種に応用するべく、リンドウ用雌雄配偶子形成不全誘導ベクターを以下のようにして作製した。リンドウでは形質転換の選抜マーカーとしてビアラフォス耐性が有効であるため、図1のベクター中のカナマイシン耐性遺伝子に代えてビアラフォス耐性遺伝子を利用した。
【0065】
ビアラフォス耐性遺伝子(bar)は、pX6-GFP(Zuo, J., Niu, Q. W., Moller, S. G. and Chua, N.-H. Chemical-regulated, site-specific DNA excision in transgenic plants.Nat Biotechnol. 2001 Feb;19(2):157-61.)からPnos-F(5'-CCGAT ATCTGAAGGCGGGAAACGACA-3':配列番号7)とNos-bar-R(5'-TCGTTCTGGGCTCATGCGAAA CGATCCAGA-3':配列番号40)を用いて増幅したNosプロモーター,pSMABR35SproGUSからNos-bar-F(5'-TCTGGATCGTTTCGCATGAGCCCAGAACGA-3':配列番号41)とBARdSalR(5'-AGACGTAC ACGGTGGATTCGGCCGTCCA-3':配列番号42)およびBARdSalF(5'-TGGACGGCCGAATCCACCG TGTACGTCT-3':配列番号43)とTrbcS-R(5'-GGGATATCGACGTTTTCATTATCATTT-3':配列番号44)を用いてそれぞれ増幅した各DNA断片をさらにPCRで接続することによって作製した。
【0066】
得られたbar遺伝子発現ユニットを、前記pMidorのiHpa I部位に挿入した。このベクターにAtDMC1およびACT2プロモーターをtail-to-tailの方向性で接続したものを挿入して、pMBADを得た。これに図1のベクターから切り出したBarnaseおよびBarstar遺伝子とtail-to-tailの方向性で接続したポリA配列(NCPA)からなる断片を挿入し、目的のベクターであるpMB-BiStを得た(図7)。
【0067】
また、AtDMC1およびACT2プロモーター活性の空間的制御について明らかにする目的で、AtDMC1およびACT2プロモーターそれぞれにGUSおよびEGFPのコード領域を接続したレポーターベクターを以下のようにして作製した。
【0068】
GUS-F(5'-CCCGTCGACACAATGTTACGTCCTGTAGAA-3':配列番号45)とGUS-R(5'-CCCGAGCTCTCATTGTTTGCCTCC CTG-3':配列番号46)で増幅したGUS遺伝子とSal-EGFP(5'-CCCGTCGACACAATGGTGAGCAAGGGC-3':配列番号47)とEGFP-Sac(5'-CCCGAGCTCTTACTTGTACAGCTCGTC-3':配列番号48)で増幅したEGFP遺伝子を、ポリA配列(NCPA)を挿んでtail-to-tailの方向性で接続した。得られた遺伝子断片を上記のpMBADに挿入してpMBADrep およびpMKADrepを得た(図8)。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】図1はpBiSt13およびpBiSt12の構造マップを示す [図中、pAtDMC1: AtDMC1プロモーター、pACT2:ACT2 プロモーター、ボックス内の矢印:転写方向、C: カリフラワーモザイクウイルスのポリアデニル化シグナル配列、N:アグロバクテリウムノパリン合成遺伝子、Bn: Barnase コード配列、Bs:Barstar コード配列、黒三角印:アグロバクテリウムT-DNAボーダー(RB, ライトボーダー; LB, レフトボーダー)、eNtpII:カナマイシン耐性遺伝子のための植物発現ユニット、ボックス上部の矢印:pBiSt13 (左方向)およびpBiSt23 (右方向)の転写方向、太線: 細菌選抜用のカナマイシン耐性遺伝子発現ユニット(pNptI)、紡錘形印: pSaの複製オリジン(pSa ori)、制限酵素部位: E, EcoR I; H, Hind III; Sl, SalI; Sc, SacI; X, XhoI)]。
【図2】図2Aは、BiSt形質転換体のPCR解析結果を示す。野生型(W)、および形質転換体(pBiSt13、pBiSt13Δ、pBiSt23、およびpBiSt23Δ導入)からの全DNA (10 ng)について、Barnase (Bn)およびBarstar(Bs)コード配列、ならびにribulose bisphosphate carboxylase oxygenase 小サブユニット遺伝子プロモーター(rbcS: PCR 反応用対照)の存在を解析した [P:陽性対照(各標的DNAを有するプラスミド;Bn、Bs、rbcSに対してそれぞれpSal-Barnase-Sac, pSal-Barstar-Sac、およびprbcS)、NT:鋳型なし陰性対照]。 図2Bは、BiSt形質転換体のサザン解析結果を示す。野生型(W) および形質転換体(pBiSt13、pBiSt13Δ、pBiSt23、およびpBiSt23Δ導入)からの全DNA (約5μg)をHindIIIおよびXhoIで消化し、解析した。検出は、まず4.1kbバンド(矢印)を与えるAtDMC1プロモーターに対するプローブで、次に、ACT2プロモーターに対するプローブにて行った。
【図3】図3は、BiSt形質転換体におけるBarnaseおよびBarstarの発現を示す。野生型およびBiSt 形質転換タバコの葉から全RNA(500 ng RNA)を抽出し、Barnase (Bn)およびBarstar(Bs)の発現に対して解析した。幼若な葯および子房の混合物からの全RNA(100 ng)もまた同様に解析した。タバコEF1α発現を対照として用いた(EF1α)。ゲノムDNAからの増幅の可能性を解明するために、BarnaseおよびBarstarに対するPCRを逆転写なし(no RT)で行った [NT: 鋳型なし陰性対照、C: 野生型タバコRNA(100 ng; Bs, Bn,および EF1α)、あるいはBarnaseまたはBarstarコード配列を有するプラスミド(BnおよびBsそれぞれ逆転写なし)を用いた対照試験、矢印:特異的バンドの位置]。
【図4】図4は、BiSt形質転換体における雄性不稔性を示す。対照形質転換体BiStΔ131 (a, c, およびe)およびBiSt形質転換体BiSt133 (b, d, およびf)の裂開後の葯を採取し、解剖顕微鏡下で写真撮影するか(a, b, c, およびd)、または、幼若な葯をパラフィン包埋し、切片化し、酢酸カーミンで染色し、光学顕微鏡下で写真撮影した(e およびf)。スケールバーは1mm(a および b) および 0.2 mm (c, d, e およびf)を示す。
【図5】図5は、BiSt形質転換植物における雌性不稔性を示す。自家受粉した野生型 (aの左側, b およびc)、野生型花粉を受粉させないBiSt131(d)、野生型花粉を受粉させたBiSt131 (aの右側, e, f, g, h およびi)、野生型花粉を受粉させたBiSt232 (j およびk) からのサヤを示す。スケールバーはそれぞれ5mm(a, b, c およびk), 2 mm (d, e, f およびg)、および 0.5 mm (h, iおよびj)を示す。比較としてのBiSt131からの子房(aの右側)、および野生型種子(i)を矢印で示す。比較としての野生型タバコ種子(k中の長方形枠内)は、種子様粒子との混合を避けるために、セロハンテープにて封じた。
【図6】図6は、BiSt 形質転換植物子孫におけるBarnase およびBarstarコード配列の存在に対するPCR解析を示す。野生型(W)、および形質転換体(BiSt232 (232)、BiSt233 (233)、BiSt2310 (2310)、BiSt13Δ1 (13Δ)導入)からの全DNA DNA (10 ng)について、Barnase (Bn) およびBarstar (Bn) コード配列およびribulose bisphosphate carboxylase oxygenase 小サブユニット遺伝子プロモーター(rbcS)の存在を解析した[P:陽性対照(各標的DNAを有するプラスミド;Bn、Bs、rbcSに対してそれぞれpSal-Barnase-Sac, pSal-Barstar-Sac、およびprbcS)、NT:鋳型なし陰性対照]。
【図7】図7は、リンドウ用雌雄配偶子形成不全誘導ベクターpMB-BiStの模式図を示す(bar:矢印で示した転写方向を有するビアラフォス耐性遺伝子、他の各表示は図1と同じ)。
【図8】図8は、レポーターベクターpMBADrepおよびpMKADrepの模式図を示す(Selective Marker:矢印で示した転写方向を有するビアラフォス耐性遺伝子(pMBADrep)またはカナマイシン耐性遺伝子(pMKADrep)、GUS:β-グルコシダーゼコード配列、EGFP:増強緑色蛍光タンパクコード配列、他の各表示は図1と同じ)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を植物ゲノム中に導入することを特徴とする、雌雄配偶子形成不全植物の作成方法。
【請求項2】
減数分裂期特異的なプロモーターが、シロイヌナズナDMC1(AtDMC1)遺伝子のプロモーターである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターが、シロイヌナズナアクチン2(ACT2)遺伝子のプロモーターである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
減数分裂期特異的なプロモーターの下流に結合させたバルナーゼ遺伝子と、目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターの下流に結合させたバルスター遺伝子を組み込んだT-DNAを含む、組み換えベクター。
【請求項5】
減数分裂期特異的なプロモーターが、シロイヌナズナDMC1(AtDMC1)遺伝子のプロモーターである、請求項4に記載の組み換えベクター。
【請求項6】
目的遺伝子を配偶子形成期以外の植物細胞で構成的に発現させるプロモーターが、シロイヌナズナアクチン2(ACT2)遺伝子のプロモーターである、請求項4に記載の組み換えベクター。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれかに記載の組み換えベクターを導入した形質転換植物。
【請求項8】
植物が、植物体、植物器官、植物組織、又は植物培養細胞である、請求項7に記載の形質転換植物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2007−289042(P2007−289042A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−119225(P2006−119225)
【出願日】平成18年4月24日(2006.4.24)
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【Fターム(参考)】