説明

雑音抑圧装置およびプログラム

【課題】雑音成分の抑圧後のミュージカルノイズの発生を抑制する。
【解決手段】雑音抑圧部26は、音響信号VINの雑音成分nを周波数領域で抑圧することで音響信号VOUTを生成する。指標算定部32は、雑音成分nの抑圧前の音響信号VINの強度の度数分布における尖度KXmと雑音成分nの抑圧後の音響信号VOUTの強度の度数分布における尖度KSSmとに応じて変化する雑音指標値σmを、雑音成分nの抑圧後にミュージカルノイズが発生する程度の指標として算定する。抑圧制御部36は、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧の度合を雑音指標値σmに応じて可変に制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号の雑音成分を抑圧する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
信号成分(目的音の成分)と雑音成分とが重畳された音響信号について雑音成分を抑圧する技術が従来から提案されている。例えば非特許文献1および非特許文献2には、周波数領域で音響信号から雑音成分を抑圧するスペクトラルサブトラクション(Spectral Subtraction:SS)技術が開示されている。
【0003】
しかし、非特許文献1および非特許文献2のように周波数領域で音響信号から雑音成分を抑圧する方法においては、雑音成分の抑圧後に時間軸上および周波数軸上に分散的に雑音成分が残存し、耳障りなミュージカルノイズ(バーディノイズ)として受聴者に知覚されるという問題がある。そこで、非特許文献3には、雑音成分の抑圧に起因したミュージカルノイズを発生後に除去する技術が開示されている。
【非特許文献1】Steven F. Boll, "Suppression of Acoustic Noise in Speech Using Spectral Subtraction", IEEE TRANSACTIONS ON ACOUSTICS, SPEECH, AND SIGNAL PROCESSING, Vol. ASSP-27, No. 2, April 1979
【非特許文献2】Yariv Ephraim, David Malah, "Speech Enhancement Using a Minimum Mean-Square Error Short-Time Spectral Amplitude Estimator", IEEE TRANSACTIONS ON ACOUSTICS, SPEECH, AND SIGNAL PROCESSING, Vol. ASSP-32, No. 6, December 1984
【非特許文献3】阿部友実,松本光春,橋本周司,"時間−周波数M変換によるミュージカルノイズ除去",日本音響学会講演論文集,3-6-9,p.727−p.730,2008年3月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、雑音の抑圧後におけるミュージカルノイズの発生の程度を定量的に評価できれば、例えばミュージカルノイズを適切に除去できるように雑音成分の抑圧の度合を可変に制御するといった構成も実現され得る。しかし、ミュージカルノイズの発生の程度を定量的に評価する方法については非特許文献1や非特許文献2には何ら開示されていない。非特許文献3は、発生後のミュージカルノイズの除去を開示するに過ぎず、非特許文献1や非特許文献2と同様にミュージカルノイズの定量的な評価については何ら開示しない。以上の事情を考慮して、本発明は、ミュージカルノイズの発生の程度の定量的な指標を利用して雑音成分の抑圧後のミュージカルノイズを抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本発明に係る雑音抑圧装置は、音響信号の雑音成分を周波数領域で抑圧する雑音抑圧手段と、雑音成分の抑圧前または抑圧後(すなわち抑圧前および抑圧後の少なくとも一方)の音響信号の強度の度数分布における尖度に応じて変化する雑音指標値を、雑音成分の抑圧後にミュージカルノイズが発生する程度の指標として算定する指標算定手段と、雑音抑圧手段による雑音成分の抑圧の度合を雑音指標値に応じて可変に制御する抑圧制御手段とを具備する。以上の構成においては、雑音抑圧手段による雑音成分の抑圧の度合が雑音指標値に応じて可変に制御されるから、雑音成分の抑圧の度合が固定された従来の技術と比較して、ミュージカルノイズの発生を有効に制御(典型的には抑制)しながら雑音成分を抑圧することが可能である。
【0006】
本発明の好適な態様において、指標算定手段は、雑音成分の抑圧の度合を示す抑圧係数(例えば抑圧係数A)と尖度に応じた尖度指標値(例えば尖度指標値Rm)との関係(関数)を特定する相関特定手段と、相関特定手段が特定した関係において尖度指標値が所定値に接近するときの抑圧係数を雑音指標値として決定する指標決定手段とを含む。以上の態様においては、相関特定手段が特定した関係において尖度指標値を所定値に接近させる抑圧係数が雑音指標値として決定されるから、雑音抑圧手段による処理後のミュージカルノイズの発生の程度を所定値に応じて制御できるという利点がある。なお、尖度指標値の目標となる所定値は、固定値および可変値の何れでもよい。
【0007】
本発明の好適な態様において、指標算定手段は、雑音成分の抑圧前の音響信号の強度の度数分布における第1尖度を算定する第1尖度算定手段と、雑音成分の抑圧後の音響信号の強度の度数分布における第2尖度を算定する第2尖度算定手段と、第1尖度と第2尖度とから雑音指標値を算定する算定手段とを含む。以上の態様においては、第1尖度および第2尖度の双方に応じて雑音指標値が算定される(さらには雑音抑圧手段による抑圧の度合が制御される)から、例えば第1尖度および第2尖度の一方のみから雑音指標値を算定する構成と比較して、ミュージカルノイズの発生の度合を正確に示す雑音指標値を利用することが可能である。
【0008】
以上の各態様においては、雑音成分の抑圧前の音響信号の第1尖度が小さいほど、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、指標算定手段が雑音指標値を算定する構成(第2尖度の使用が必須でない構成)や、雑音成分の抑圧後の音響信号の第2尖度が小さいほど、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が減少するように、指標算定手段が雑音指標値を算定する構成(第1尖度の使用が必須でない構成)が好適である。なお、第2尖度は、雑音抑圧手段による実際の処理後の音響信号から算定されるほか、雑音抑圧手段の動作を模擬する(例えば式(16)の演算を実行する)ことで抑圧前の音響信号から算定(推定)される。
【0009】
また、雑音成分の抑圧の前後における尖度の変化度がミュージカルノイズの発生の度合に最も顕著に反映されるという傾向を考慮すると、雑音成分の抑圧前の音響信号の第1尖度に対する抑圧後の音響信号の第2尖度の相対比が大きいほど、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、指標算定手段が第1尖度および第2尖度に応じた雑音指標値を算定する構成が好適である。特に、第1尖度に対する第2尖度の相対比の対数値がミュージカルノイズの発生の度合に対して高い相関を示すという傾向を考慮すると、第1尖度に対する第2尖度の相対比の対数値が大きいほど、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、指標算定手段が当該対数値に応じた雑音指標値を算定する構成が好適である。
【0010】
以上の各態様に係る雑音抑圧装置の具体例において、抑圧制御手段は、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が低いほど雑音成分の抑圧の度合が増加するように、雑音抑圧手段による抑圧の度合を雑音指標値に応じて制御する。以上の態様によれば、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の度合が低いほど雑音成分の抑圧の度合が増加するから、ミュージカルノイズの発生を有効に抑制しながら雑音成分を抑圧することが可能である。
【0011】
以上の各態様(第1の態様および第2の態様)に係る雑音抑圧装置の具体例において、抑圧制御手段は、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の度合が低いほど雑音成分の抑圧の度合が増加するように、雑音抑圧手段による抑圧の度合を雑音指標値に応じて制御する。以上の態様によれば、雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の度合が低いほど雑音成分の抑圧の度合が増加するから、ミュージカルノイズの発生を有効に抑制しながら雑音成分を抑圧することが可能である。
【0012】
また、以上の各態様に係る雑音抑圧装置は、雑音の抑圧に専用されるDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)によって実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラムとの協働によっても実現される。本発明に係るプログラムは、音響信号の雑音成分を周波数領域で抑圧する雑音抑圧処理と、雑音成分の抑圧前または抑圧後の音響信号の強度の度数分布における尖度に応じて変化する雑音指標値を、雑音成分の抑圧後にミュージカルノイズが発生する程度の指標として算定する指標算定処理と、雑音抑圧処理による雑音成分の抑圧の度合を雑音指標値に応じて可変に制御する抑圧制御処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明の各態様に係る雑音抑圧装置と同様の作用および効果が奏される。本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で利用者に提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態でサーバ装置から提供されてコンピュータにインストールされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
<A:第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。雑音抑圧装置100には、音響の波形を表す時間領域の音響信号VINが供給される。音響信号VINの供給元(図示略)は、例えば、周囲の音響に応じた音響信号VINを生成する収音機器や、記録媒体から音響信号VINを取得して出力する再生装置である。音響信号VINには信号成分sと雑音成分nとが混在する(VIN=s+n)。雑音抑圧装置100は、音響信号VINの雑音成分nを抑圧することで音響信号VOUT(理想的にはVOUT=s)を生成して出力する。音響信号VOUTは、例えばスピーカ装置やヘッドホンなどの放音装置(図示略)に供給されて音波として再生される。
【0014】
雑音抑圧装置100は、演算処理装置12と記憶装置14とを含むコンピュータシステムで実現される。記憶装置14は、音響信号VINから音響信号VOUTを生成するためのプログラムや各種のデータを記憶する。半導体記憶装置や磁気記憶装置などの公知の記録媒体が記憶装置14として任意に採用される。
【0015】
演算処理装置12は、記憶装置14に格納されたプログラムを実行することで複数の要素(周波数分析部22,雑音推定部24,雑音抑圧部26,波形合成部28,指標算定部32,SN比算定部34,抑圧制御部36)として機能する。なお、音響信号VINの処理に専用される電子回路(DSP)が演算処理装置12の各要素を実現する構成や、演算処理装置12の各要素を複数の集積回路に分散的に搭載した構成も採用される。
【0016】
図1の周波数分析部22は、図2に示すように、音響信号VINを時間軸上で区分した複数のフレームFRの各々についてフーリエ変換を実行することで各フレームFRの周波数スペクトルXm(e)(図1や図2では「X」と簡略化されている)を算定する。第m番目のフレームFRの周波数スペクトルXm(e)は、信号成分sの周波数スペクトルSm(e)と雑音成分nの周波数スペクトルNm(e)との加算に相当する(式(1))。
Xm(e)=Sm(e)+Nm(e) ……(1)
【0017】
図1の雑音推定部24は、音響信号VINに重畳された雑音成分nの周波数スペクトル(以下「推定雑音スペクトル」という)ψm(e)を音響信号VINの複数のフレームFRの各々について推定する。図1に示すように、雑音推定部24は判定部242と推定部244とで構成される。判定部242は、各フレームFRにおける信号成分sの有無を周波数スペクトルXm(e)に応じて判定する。信号成分sの有無の判定には公知の技術が任意に採用される。
【0018】
推定部244は、判定部242による判定の結果を利用して推定雑音スペクトルψm(e)を算定する。さらに詳述すると、推定部244は、信号成分sを含まない(または少ない)と判定部242が判定した区間(以下「雑音区間」という)内の各フレームFRについて周波数スペクトルXm(e)を平均することで推定雑音スペクトルψm(e)を算定する。雑音区間では周波数スペクトルXm(e)が周波数スペクトルNm(e)に略一致するから、推定雑音スペクトルψm(e)は以下の式(2)で周波数スペクトルNm(e)から算定される。式(2)の演算子Eは、期待値(平均値)の算定を意味する。
ψm(e)=E{|Nm(e)|2} ……(2)
【0019】
また、推定部244は、判定部242が信号成分sを含むと判定したフレームFRについては、直前の推定雑音スペクトルψm-1(e)と同じ推定雑音スペクトルψm(e)を設定する(ψm(e)=ψm-1(e))。以上のように推定雑音スペクトルψm(e)はフレームFR毎に順次に更新される。なお、推定雑音スペクトルψm(e)の推定には公知の技術が任意に採用される。
【0020】
雑音抑圧部26は、音響信号VINの雑音成分n(周波数スペクトルNm(e))を周波数領域で抑圧する。さらに詳述すると、雑音抑圧部26は、周波数分析部22が順次に算定する周波数スペクトルXm(e)から推定雑音スペクトルψm(e)を減算することで周波数スペクトルYm(e)(図1では「Y」と簡略化されている)を算定する(Spectral Subtraction)。
【0021】
雑音抑圧部26が算定する周波数スペクトルYm(e)は、式(3)に示すように、推定雑音スペクトルψm(e)に応じて算定されたパワースペクトルPmの平方根に周波数スペクトルXm(e)の位相成分ejθx(ejω)を付加することで算定される。
Ym(e)=(Pm)1/2・ejθx(ejω) ……(3)
式(3)のパワースペクトルPmは以下の式(4a)および式(4b)で算定される。
【数1】


すなわち、パワースペクトルPmのうち周波数スペクトルXm(e)の強度の自乗|Xm(e)|が推定雑音スペクトルψm(e)と係数αmとの乗算値(αm・ψm(e))を上回る周波数帯域の成分は、式(4a)に示すように、当該乗算値(αm・ψm(e))を周波数スペクトルXm(e)の強度の自乗|Xm(e)|から減算することで算定される。一方、パワースペクトルPmのうち周波数スペクトルXm(e)の強度の自乗|Xm(e)|が推定雑音スペクトルψm(e)と係数αmとの乗算値(αm・ψm(e))を下回る周波数帯域の成分は、式(4b)に示すように、推定雑音スペクトルψm(e)と係数(フロアリング係数)βmとの乗算値(βm・ψm(e))に設定される。係数αmや係数βmの詳細は後述する。
【0022】
図1の波形合成部28は、雑音抑圧部26がフレームFR毎に算定した周波数スペクトルYm(e)から時間領域の音響信号VOUTを合成する。さらに詳述すると、波形合成部28は、周波数スペクトルYm(e)に対する逆フーリエ変換で算定した時間領域の信号を複数のフレームFRについて時間軸上で重複させて加算することで音響信号VOUTを算定する。
【0023】
以上のように周波数スペクトルXm(e)から推定雑音スペクトルψm(e)(αm・ψm(e))を減算することで雑音成分nを抑圧した音響信号VOUTには、時間軸上および周波数軸上に分散的にミュージカルノイズが点在する場合がある。図1の指標算定部32は、音響信号VOUTにおけるミュージカルノイズの発生の度合の定量的な指標となる雑音指標値σmをフレームFR毎に算定する。雑音指標値σmの詳細については後述する。
【0024】
SN比算定部34は、音響信号VINのSN比ξmをフレームFR毎に算定する。さらに詳述すると、SN比算定部34は、第m番目のフレームFRの推定雑音スペクトルψm(e)の強度|ψm(e)|と直前(第(m-1)番目)のフレームFRの周波数スペクトルYm(e)の強度の自乗|Ym(e)|との相対比を、第m番目のフレームFRのSN比ξmとして算定する(ξm=|Ym(e)|/|ψm(e)|)。ただし、SN比ξmを算定する方法は任意である。また、SN比ξmの更新の周期はフレームFRに限定されない。
【0025】
抑圧制御部36は、雑音抑圧部26が音響信号VIN(周波数スペクトルXm(e))から雑音成分n(推定雑音スペクトルψm(e))を抑圧する度合を、指標算定部32が算定した雑音指標値σmとSN比算定部34が算定したSN比ξmとに応じて可変に(適応的に)制御することで、雑音抑圧部26による処理後の音響信号VOUTにおけるミュージカルノイズの発生を抑制する。
【0026】
次に、雑音指標値σmの算定について説明する。図3の部分(A)は、音響信号VIN(信号成分sが少ないと判定部242が判定した雑音区間)における強度の度数分布(強度を確率変数とする確率密度関数)である。図3の部分(A)に示すように、音響信号VINの強度は、強度がゼロから増加するほど度数が減少するように非線形に分布する。
【0027】
図3の部分(B)に図示した範囲ASSは、雑音抑圧部26が音響信号VIN(周波数スペクトルXm(e))から減算する成分(αm・ψm(e))の強度に相当する。雑音抑圧部26による抑圧で範囲ASS内の強度はゼロに変化するから、雑音成分nが抑圧された音響信号VOUTの強度の度数分布(図3の部分(C))においては、ゼロに近い強度の度数が、雑音成分nの抑圧前の度数分布(図3の部分(A))と比較して増加する。すなわち、強度がゼロの近傍となる範囲における度数分布の傾斜は雑音抑圧部26による抑圧後に急峻な形状に変化する。度数分布の形状(傾斜の急峻度)の尺度として尖度(kurtosis)を導入すると、音響信号VOUTの第m番目のフレームFRの尖度KSSm(図3の部分(C))は、雑音抑圧部26が音響信号VINから雑音成分nを抑圧することで、抑圧前の音響信号VINの第m番目のフレームFRの尖度KXm(図3の部分(A))から増加する(KSSm>KXm)。尖度κは、n次のモーメントμnから以下の式(5)で算定される高次統計量である。
【数2】

【0028】
ミュージカルノイズには、高頻度でゼロの付近の強度になるという傾向がある。したがって、度数分布にて強度がゼロとなる度数が雑音成分nの抑圧の前後で増加するほど、雑音成分nの抑圧に起因して発生したミュージカルノイズが多いと評価できる。すなわち、雑音成分nの抑圧の前後における尖度κの変化(KXm→KSSm)の程度が大きいほど、雑音成分nの抑圧に起因して発生するミュージカルノイズは多い。例えば、音響信号VINの尖度KXmが同等である複数の場合を想定すると、尖度KSSmが大きい場合ほど、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズは多いと評価される。また、例えば雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmが同等である複数の場合を想定すると、雑音成分nの抑圧前の音響信号VINの尖度KXmが小さい場合ほど、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズは多いと評価される。
【0029】
以上の傾向から、図1の指標算定部32は、雑音成分nの抑圧前の音響信号VINの尖度KXmと雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmとに応じて、第m番目のフレームFRにおけるミュージカルノイズの程度の指標となる雑音指標値σmを算定する。雑音指標値σmの算定には、音響信号VINから抽出されたM個の強度xi(x1〜xM)の集合gXが使用される。図2に示すように、集合gXは、第m番目のフレームFRを最後として時間的に手前にあるnt個のフレームFRの各々の周波数スペクトルXのnf個の強度xiの集合(M=nt×nf)としてフレームFR毎に順次に特定される。雑音指標値σmの算定に使用される演算式の導出を以下に例示する。
【0030】
まず、雑音成分nの抑圧前の尖度KXmの算定について説明する。音響信号VINの強度(集合gXのM個の強度x1〜xM)の度数分布は、以下の式(6)の関数Ga(x;k,θ)で近似される。
【数3】


式(6)における係数Cは、ガンマ関数Γ(k)を利用して以下のように定義される。
【数4】

【0031】
2次のモーメントμ2の定義式における関数P(x)に式(6)の関数Ga(x;k,θ)を代入することで以下の式(7)が導出される。
【数5】

【0032】
2次のモーメントμ2の導出と同様に、4次のモーメントμ4の定義式における関数P(x)に式(6)の関数Ga(x;k,θ)を代入することで以下の式(8)が導出される。
【数6】

【0033】
式(7)の2次のモーメントμ2と式(8)の4次のモーメントμ4とを式(5)に代入することで、雑音成分nの抑圧前の音響信号VINの尖度KXmは以下の式(9)のように定義される。
【数7】


式(6)に付記した変数kおよび変数γの定義式から理解されるように、式(9)における変数k(変数kを定義する変数γ)の算定には、集合gXの強度x1〜xMが使用される。
【0034】
次に、雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmの算定について説明する。ガンマ関数Γ(k)の平均k・θを正規化することで以下の式(10)が導出される。
【数8】


いま、推定雑音スペクトルψm(e)のA倍(A・ψm(e))を雑音抑圧部26が周波数スペクトルXm(e)から減算する場合(式(4a)の係数αmを係数Aに設定した場合)を想定すると、雑音成分n(推定雑音スペクトルψm(e))の抑圧後の音響信号VOUTの強度の度数分布を近似する関数Gb(x;k,θ)は、関数Ga(x;k,θ)の定義式(6)の強度xを強度(x+A)に置換した以下の式(11)のように推定される。
【数9】

【0035】
式(8)と同様に、4次のモーメントμ4の定義式における関数P(x)に式(11)の関数Gb(x;k,θ)を代入することで式(12)が導出される。
【数10】

【0036】
式(12)の(x+A)k-1は以下の式(13)のようにテイラー展開される。
【数11】

【0037】
式(13)の高次項を便宜的に無視したうえで式(12)に代入すると、4次のモーメントμ4を近似する以下の式(14)が導出される。
【数12】

【0038】
2次のモーメントμ2についても同様に、定義式の関数P(x)(式(7))に式(11)の関数Gb(x;k,θ)を代入したうえで式(13)の高次項を無視することで、以下の式(15)が導出される。
【数13】

【0039】
式(14)の4次のモーメントμ4と式(15)の2次のモーメントμ2とを式(5)に代入することで、雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmを変数kと係数(以下「抑圧係数」という)Aとで定義する以下の式(16)が導出される。なお、式(16)の導出には式(10)を使用した。
【数14】

【0040】
図4は、指標算定部32の具体的な構成を示すブロック図である。図4に示すように、指標算定部32は、相関特定部42と指標決定部44とを含んで構成される。相関特定部42は、雑音成分n(推定雑音スペクトルψm(e))の抑圧の度合を表す抑圧係数Aと尖度KXmおよび尖度KSSmに応じた尖度指標値Rmとの関係を特定する。
【0041】
尖度指標値Rmは、以下の式(17a)に示すように、尖度KXmに対する尖度KSSmの相対比KRm(KRm=KSSm/KXm)を変数とする関数Faで定義される。関数Faは、相対比KRmに対して尖度指標値Rmが単調増加するように尖度指標値Rmと相対比KRmとの関係を定義する。
Rm=Fa(KRm)=Fa(KSSm/KXm) ……(17a)
【0042】
図3を参照して説明したように、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズが多いほど相対比KRmは大きくなる(尖度KXmから尖度KSSmへの変化度が大きくなる)から、尖度指標値Rmが大きいほど、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズが多いと評価できる。換言すると、尖度指標値Rmが小さいほど(すなわち尖度KXmから尖度KSSmへの変化度が小さいほど)、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズは少ないと評価できる。
【0043】
式(9)に示すように尖度KXmは変数kの関数であり、式(16)に示すように尖度KSSmは変数kおよび抑圧係数Aの関数であるから、関数Faは、以下の式(17b)に示すように、尖度指標値Rmと変数kおよび抑圧係数Aとの関係を定義する関数に相当する。
Rm=Fa(KSSm/KXm)=Fa(A,k) ……(17b)
【0044】
第m番目の1個のフレームFRに着目すると、変数kは、集合gX(第m番目を最後とするnt個のフレームFR)のM個の強度x1〜xMから算定される固定値である。したがって、尖度指標値Rmは、以下の式(17c)に示すように、抑圧係数Aを変数とした関数Faで定義される。
Rm=Fa(A) ……(17c)
図4の相関特定部42は、集合gXのM個の強度x1〜xMから算定した変数kを式(17b)に代入することで、尖度指標値Rmと抑圧係数Aとの関係を定義する式(17c)の関数Faを特定する。変数kはフレームFR毎に変化するから、相関特定部42は、フレームFR毎に関数Faを特定する。
【0045】
図4の指標決定部44は、相関特定部42が特定した関数Faで定義される尖度指標値Rmが所定値Rrefに合致するときの抑圧係数Aを雑音指標値σmとして決定する。すなわち、指標決定部44は、以下の式(18)の演算を実行することでフレームFR毎に雑音指標値σmを算定する。式(18)における演算子Fa-1は、関数Faの逆写像を意味する。
σm=Fa-1(Rref) ……(18)
【0046】
以上のように、雑音指標値σmは、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧後に発生するミュージカルノイズを所定の度合に制御する(すなわち尖度指標値Rmを所定値Rrefに制御する)ための係数αm(式(4a))の数値に相当する。また、尖度指標値Rmが増加するほど雑音指標値σmは大きい数値となるから、雑音指標値σmには、尖度指標値Rmと同様に、抑圧係数Aのもとで音響信号VINの雑音成分nを抑圧した場合に発生するミュージカルノイズの程度の指標としての意義もある。すなわち、音響信号VINは、雑音指標値σmが大きいほどミュージカルノイズを発生させ易い特性と評価され、雑音指標値σmが小さいほどミュージカルノイズを発生させ難い特性と評価される。以上のように、尖度指標値Rmおよび雑音指標値σmは、抑圧係数Aのもとで雑音成分nを抑圧したときに音響信号VOUTに発生するミュージカルノイズの程度を定量的に表す指標として機能する。
【0047】
図1の抑圧制御部36は、雑音抑圧部26が雑音成分nの抑圧(式(4a)および式(4b))に使用する係数αmおよび係数βmを、指標算定部32が算定した雑音指標値σmとSN比算定部34が算定したSN比ξmとに応じて可変に制御する。抑圧制御部36の具体的な動作を以下に説明する。
【0048】
抑圧制御部36は、例えば以下の式(19)を演算することで雑音指標値σmとSN比ξmとに応じた係数αmを算定する。式(19)の係数ag1や係数ag2は、例えば音響信号VOUTのミュージカルノイズが効果的に低減されるように実験的または統計的に設定された正数である。
αm=g(σm,ξm)=−ag1・σm+ag2・ξm ……(19)
式(19)から理解されるように、雑音指標値σmが増加するほど係数αmは減少する。したがって、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧でミュージカルノイズが発生する可能性が高い(雑音指標値σmが大きい)ほど、雑音抑圧部26による周波数スペクトルXm(e)からの減算量(αm・ψm(e))は低減される。
【0049】
例えば、図5の部分(A)および部分(B)のように音響信号VINの尖度KXmが抑圧後の尖度KSSmに対して充分に小さい場合(例えば、音響信号VINの尖度KXmが正規分布と比較して低いサブガウス的な特性の場合)には雑音指標値σm(尖度指標値Rm)が大きい数値となるから、係数αmが小さい数値に設定されることで周波数スペクトルXm(e)からの減算量(αm・ψm(e)は低減される。一方、図6の部分(A)および部分(B)のように音響信号VINの尖度KXmが大きい場合(例えば、音響信号VINの尖度KXmが正規分布と比較して高いスーパーガウス的な特性の場合)には雑音指標値σmが小さい数値となるから、係数αmが大きい数値に設定されることで周波数スペクトルXm(e)からの減算量(αm・ψm(e))は増加する。以上のように係数αmは雑音指標値σmに応じて可変に設定されるから、式(19)におけるSN比ξmの作用を便宜的に無視すると、雑音抑圧部26による実際の処理後の音響信号VOUTの尖度指標値Rmは所定値(目標値)Rrefに略合致する。
【0050】
また、式(19)から理解されるように、SN比算定部34の算定したSN比ξmが増加するほど係数αmは増加する。したがって、音響信号VINのSN比ξmが大きいほど(つまり、信号成分sの強度が雑音成分nの強度に対して高いほど)、雑音抑圧部26による周波数スペクトルXm(e)からの減算量(αm・ψm(e))は増加する。
【0051】
また、抑圧制御部36は、例えば式(20)を演算することで雑音指標値σmとSN比ξmとに応じた係数βmを算定する。式(20)の係数ah1や係数ah2は、式(19)の係数ag1や係数ag2と同様に、例えば音響信号VOUTのミュージカルノイズが有効に低減されるように実験的または統計的に設定された正数である。
βm=h(σm,ξm)=−ah1・σm+ah2・ξm ……(20)
【0052】
式(20)から理解されるように、雑音指標値σmが増加するほど係数βmは減少する。したがって、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧でミュージカルノイズが発生する度合が高い(雑音指標値σmが大きい)ほど、周波数スペクトルXm(e)の強度|Xm(e)|が推定雑音スペクトルψm(e)と係数αmとの乗算(αm・ψm(e))を下回る周波数帯域の成分の強度(βm・ψm(e))は減少する。さらに、SN比ξmが増加するほど係数βmは増加する。したがって、音響信号VINのSN比ξmが小さいほど、周波数スペクトルXm(e)の強度|Xm(e)|が推定雑音スペクトルψm(e)と係数αmとの乗算(αm・ψm(e))を下回る周波数帯域の成分の強度(βm・ψm(e))は減少する。
【0053】
以上に説明したように、本形態においては、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧の度合(αm・ψm(e))が雑音指標値σmに応じて可変に制御される。さらに具体的には、雑音指標値σmが大きいほど雑音抑圧部26による抑圧の度合(減算量)は低減される。したがって、雑音成分nの抑圧の度合が固定された従来の技術と比較して、音響信号VINが収録された環境(音響信号VINの特性)に拘わらず、ミュージカルノイズの発生を有効に抑制しながら音響信号VINの雑音成分nを効果的に抑圧することが可能である。本形態による効果の具体例を以下に説明する。
【0054】
雑音成分nが充分に抑制されるように係数αmを高目の固定値に設定した構成では、雑音成分nを充分に抑制することは確かに可能であるが、例えば音響信号VINが図5の部分(A)の特性である場合(つまり、ミュージカルノイズが発生し易い場合)に、雑音成分nの過剰な抑圧に起因して音響信号VOUTに顕著なミュージカルノイズが発生し易いという問題がある。本形態においては、図5の部分(A)および部分(B)のように雑音指標値σmが高い場合(音響信号VOUTにミュージカルノイズが発生し易い場合)に雑音抑圧部26による抑圧の度合が低減されるから、音響信号VOUTのミュージカルノイズは有効に抑制される。
【0055】
一方、ミュージカルノイズが適切に抑制されるように係数αmを低目の固定値に設定した構成では、音響信号VOUTのミュージカルノイズを抑制することは確かに可能である。しかし、音響信号VINが図6の部分(A)の特性である場合には、雑音成分nの抑圧の度合を増加させても音響信号VOUTにミュージカルノイズは発生し難い状況であるにも拘わらず、雑音成分nの抑圧の度合が制限される(抑圧が不足する)という問題がある。本形態においては、図6の部分(A)および部分(B)のように雑音指標値σmが低い場合(音響信号VOUTにミュージカルノイズが発生し難い場合)に雑音抑圧部26による抑圧の度合が増加するから、雑音成分nは音響信号VOUTにて効果的に抑制される。
【0056】
ところで、音響信号VINのSN比ξmが高い場合には、雑音成分nの抑圧の度合が高くても、音響信号VOUTのミュージカルノイズは受聴者に知覚され難いという傾向がある。本形態においては、音響信号VINのSN比ξmに応じて雑音抑圧部26による抑圧の度合(係数αm)が制御される。さらに詳述すると、SN比ξmが高いほど雑音抑圧部26による抑圧の度合(係数αm)は増加する。したがって、SN比ξmが高いことでミュージカルノイズが知覚され難い環境では、ミュージカルノイズの抑制に優先して雑音成分nが有効に抑制されるという利点がある。換言すると、音響信号VINのSN比ξmが低い場合に雑音抑圧部26による抑圧の度合(係数αm)が低減されるから、SN比ξmが低いことでミュージカルノイズが特に知覚され易い環境ではミュージカルノイズが優先的に抑制される。もっとも、SN比算定部34を省略した構成(雑音抑圧部26の制御に雑音指標値σmのみが反映される構成)も本発明では採用される。
【0057】
なお、音響信号VOUTのミュージカルノイズは、推定雑音スペクトルψm(e)の減算(式(4a))を主要因として発生するから、ミュージカルノイズを低減するという観点からすると、推定雑音スペクトルψm(e)の減算に適用される係数αmを雑音指標値σmに応じて可変に制御する構成が重要である。したがって、係数βmは所定値に固定する(雑音指標値σmに依存しない)という構成も採用される。しかし、係数βmを固定した構成では、周波数スペクトルYm(e)のうち式(4a)が適用される帯域と式(4b)が適用される帯域とで強度の相違が過大となり、音響信号VOUTの再生音が聴感上で不自然な特性となる可能性がある。本形態においては、係数βmが係数αmと同様に雑音指標値σmとSN比ξmとに応じて可変に制御されるから、式(4a)が適用される帯域と式(4b)が適用される帯域との強度の相違が抑制される。したがって、係数βmを固定した構成と比較して、再生音が聴感上で自然な印象に知覚される音響信号VOUTを生成できるという利点がある。
【0058】
<B:第2実施形態>
図7は、本発明の第2実施形態に係る指標算定部32のブロック図である。図7に示すように、本形態の指標算定部32は、第1尖度算定部51と第2尖度算定部52と算定部54とを含んで構成される。なお、本形態のうち第1実施形態と共通する要素については、以上と同じ符号を付して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0059】
図7の第1尖度算定部51は、音響信号VINの各フレームFRについて尖度KXmを算定する。例えば、第1尖度算定部51は、周波数スペクトルXm(e)の時系列から抽出された集合gXのM個の強度x1〜xMについて式(9)の演算を実行することで音響信号VINのフレームFR毎に尖度KXmを算定する。同様に、第2尖度算定部52は、雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧後の各フレームFRについて尖度KSSmを算定する。例えば、第2尖度算定部52は、雑音抑圧部26による実際の処理後の周波数スペクトルYm(e)の時系列から図2の方法で抽出したM個の強度x1〜xMについて式(9)の演算を実行することで、音響信号VOUTのフレームFR毎に尖度KSSmを算定する。
【0060】
図7の算定部54は、第1尖度算定部51が算定した尖度KXmと第2尖度算定部52が算定した尖度KSSmとから雑音指標値σmを算定する。さらに詳述すると、算定部54は、尖度KXmに対する尖度KSSmの相対比KRmを算定し、相対比KRmを関数Fbに代入することで雑音指標値σmを算定する(σm=Fb(KRm)=Fb(KSSm/KXm))。
【0061】
関数Fbは、相対比KRmに対して雑音指標値σmが単調増加するように相対比KRmと雑音指標値σmとの関係を定義する。したがって、第1実施形態と同様に、雑音指標値σmは、雑音成分nの抑圧に起因してミュージカルノイズが発生する程度を定量的に評価するための指標として機能する。例えば、指標算定部32の算定した雑音指標値σmが大きいほど(相対比KRmが大きいほど)、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズが多いと評価できる。
【0062】
抑圧制御部36は、雑音抑圧部26が第m番目のフレームFRの処理に適用する係数αmおよび係数βmを、直前(第(m-1)番目)のフレームFRについて指標算定部32が算定した雑音指標値σm-1に応じて可変に設定する。係数αmや係数βmの算定には第1実施形態と同様の方法(式(19),式(20))が使用される。したがって、本形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。
【0063】
なお、以上の形態においては係数αmや係数βmが直前のフレームFRの雑音指標値σm-1から算定される。一方、第1実施形態においては、第m番目のフレームFRに適用される係数αmや係数βmが、当該フレームFRの音響信号VINから算定された雑音指標値σmに応じて設定される。したがって、雑音成分nの抑制の度合を音響信号VINの特性の変化(音響信号VINが収録された環境の変化)に対して迅速に適応させるという観点からすると、第2実施形態よりも第1実施形態が好適である。
【0064】
もっとも、第2実施形態においても、第m番目のフレームFRから算定された雑音指標値σmを当該フレームFRの雑音成分nの抑制に使用する構成が採用される。例えば、係数αmや係数βmを仮定的に所定値(初期値)に設定した状態で雑音抑圧部26が第m番目のフレームFRについて雑音成分nを抑圧し、抑圧後の第m番目のフレームFRについて指標算定部32が算定した雑音指標値σmを、当該フレームFRの実際の雑音成分nの抑圧に適用される係数αmや係数βmの算定に抑圧制御部36が適用する。
【0065】
第1実施形態および第2実施形態の例示から理解されるように、本発明は、雑音成分nの抑圧の前後の尖度(KXm,KSSm)を実際には算定せずに雑音指標値σmを算定する構成(第1実施形態)、および、雑音成分nの抑圧の前後の尖度(KXm,KSSm)を実際に算定したうえで雑音指標値σmを算定する構成(第2実施形態)の双方を包含する。
【0066】
<C:変形例>
以上に例示した各形態には様々な変形が加えられる。具体的な変形の態様を例示すれば以下の通りである。なお、以下の例示から2以上の態様を任意に選択して組合せてもよい。
【0067】
(1)変形例1
尖度KXmまたは尖度KSSmと雑音指標値σm(第1実施形態の尖度指標値Rm)との関係(尖度KXmや尖度KSSmから雑音指標値σmや尖度指標値Rmを算定する方法)は本発明において任意である。例えば、音響信号VOUTにおけるミュージカルノイズの発生の度合が雑音成分nの抑圧の前後における尖度の変化度(KXm→KSSm)に反映されるという傾向を考慮すると、抑圧前の尖度KXmと抑圧後の尖度KSSmとの差分|KSSm−KXm|に応じて雑音指標値σmや尖度指標値Rmを算定する構成も採用される。また、相対比KRmと尖度指標値Rmとの関係(関数Faの内容)や相対比KRmと雑音指標値σmとの関係(関数Fbの内容)は適宜に変更される。例えば、第1実施形態においては、相対比KRmを尖度指標値Rmとする構成(Rm=KRm)や、相対比KRmに所定の係数を加減または乗除して尖度指標値Rmを算定する構成が採用される。同様に、第2実施形態においては、相対比KRmを雑音指標値σmとして出力する構成(KRm=σm)や、相対比KRmに所定の係数を加減または乗除して雑音指標値σmを算定する構成が採用される。
【0068】
以上の各形態においては尖度KXmおよび尖度KSSmの相対比KRmと雑音指標値σm(あるいは第1実施形態の尖度指標値Rm)との相関に着目したが、雑音成分nの抑圧後のミュージカルノイズの発生の程度は、相対比KRmの対数値に対して特に顕著な相関を示すという傾向がある。したがって、相対比KRmの対数値から雑音指標値σmを算定する構成(すなわち、以上の各形態における相対比KRmを相対比KRMの対数値に置換した構成)も好適である。相対比KRmの対数値を利用した構成によれば、ミュージカルノイズの発生の程度を、より正確に雑音指標値σmから評価できるという利点がある。
【0069】
(2)変形例2
以上の各形態においては、音響信号VINの尖度KXmと雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmとの双方を雑音指標値σmの算定に使用したが、尖度KXmおよび尖度KSSmの一方のみを使用して雑音指標値σmを算定する構成も採用される。例えば、雑音成分nの抑圧前の尖度KXmが低いほど音響信号VOUTにミュージカルノイズが発生し易いという傾向のみに着目すると、音響信号VINの尖度KXmが低いほど雑音指標値σmが増加するように指標算定部32が雑音指標値σmを算定する構成(雑音指標値σmが尖度KSSmに依存しない構成)も好適である。
【0070】
また、雑音成分nの抑圧後の尖度KSSmが高いほど音響信号VOUTにミュージカルノイズが発生し易いという傾向のみに着目すると、尖度KSSmが高いほど雑音指標値σmが増加するように指標算定部32が雑音指標値σmを算定する構成(雑音指標値σmが尖度KXmに依存しない構成)も採用される。もっとも、雑音成分nの抑圧の前後における尖度の変化度(KXm→KSSm)が音響信号VOUTにおけるミュージカルノイズの発生の度合に最も顕著に反映されるという傾向を考慮すると、尖度KXmおよび尖度KSSmの双方に応じて雑音指標値σmを算定する構成が好適であり、尖度KXmから尖度KSSmへの変化度(尖度KXmと尖度KSSmとの相対比や差分)に応じて雑音指標値σmを算定する構成が格別に好適である。
【0071】
(3)変形例3
以上の各形態においては、雑音指標値σmが相対比KRmに対して単調増加する場合を例示したが、相対比KRmの増減(尖度KXmや尖度KSSmの増減)と雑音指標値σmの増減との関係は、雑音指標値σmに応じて雑音抑圧部26を制御する具体的な方法に応じて適宜に変更される。例えば、式(19)とは逆に雑音指標値σmが大きいほど係数αmが増加するように係数αmを定義した構成においては、相対比KRmが増加するほど雑音指標値σmが減少するように相対比KRmから雑音指標値σmが算定される。すなわち、相対比KRmが増加するほど(尖度KXmが減少するほど、または、尖度KSSmが増加するほど)、雑音指標値σmが示すミュージカルノイズの発生の度合が増加する構成が本発明では好適に採用され、相対比KRmの増加に対して雑音指標値σmが数値として増加するか減少するかは不問である。
【0072】
また、本発明が適用される範囲は、雑音指標値σmが示すミュージカルノイズの発生の度合が低いほど雑音成分nの抑圧の度合を増加させる構成に限定されない。例えば、音響信号VOUTにミュージカルノイズを積極的に発生させる場合(例えば音響信号VOUTに発生するミュージカルノイズの特性を調査する場合や、雑音抑圧部26による処理の良否をミュージカルノイズから判断する場合)には、雑音抑圧度σmが示すミュージカルノイズの発生の度合が高いほど雑音成分nの抑圧の度合を増加させるという構成が採用される可能性もある。
【0073】
(4)変形例4
以上の形態においてはフレームFR毎に雑音指標値σm(尖度KXm,尖度KSSm,相対比KRm,尖度指標値Rm)を算定したが、指標算定部32が雑音指標値σmを算定する周期は任意である。例えば、相前後するフレームFRで雑音指標値σmが殆ど変化しないという前提に立てば、所定の個数毎に順次に選択したフレームFRのみについて雑音指標値σmを算定する構成や、複数のフレームFRにわたる雑音指標値σmの平均値が抑圧制御部36に指示される構成(あるいは複数のフレームFRにわたる相対比KRmの平均値から雑音指標値σmを算定する構成)も採用される。また、判定部242が検出した雑音区間(信号成分sが少ない区間)毎に指標算定部32が雑音指標値σmを算定し、信号成分sを含む区間内の各フレームFRの係数αmの算定に、直前の雑音区間での雑音指標値σmを使用する構成(雑音区間以外では雑音指標値σmを更新しない構成)も好適である。
【0074】
(5)変形例5
雑音成分nの抑圧の前後の尖度(KXm,KSSm)を算定するための具体的な方法は以上の例示に限定されない。例えば、音響信号VINの強度の度数分布を所定の関数(例えば式(6)や式(11))で近似する構成は本発明において必須ではなく、音響信号VIN(周波数スペクトルXm(e))から直接的に尖度KXmを算定する構成や音響信号VOUT(周波数スペクトルYm(e))から直接的に尖度KSSmを算定する構成も採用される。
【0075】
(6)変形例6
第1実施形態においてはミュージカルノイズの発生の度合の目標となる所定値Rrefを固定値としたが、所定値Rrefを可変値とした構成も好適である。例えば、指標決定部44は、利用者からの指示(入力装置に対する操作)に応じて所定値Rrefを可変に設定する。以上の構成によれば、音響信号VOUTにおけるミュージカルノイズの発生の度合(雑音成分nの抑圧およびミュージカルノイズの低減の何れを優先させるか)を、例えば利用者の好みに応じて調整できるという利点がある。
【0076】
(7)変形例7
第2実施形態においては、雑音抑圧部26による実際の処理後の音響信号VOUT(周波数スペクトルYm(e))を尖度KSSmの算定に使用したが、第2尖度算定部52が式(16)の演算で尖度KSSmを算定する構成も採用される。式(16)の抑圧係数Aとしては、過去のフレームFRについて算定した係数αm(例えば直前のフレームFRについて算定した係数αm-1)が使用される。以上の態様においては、音響信号VOUT(周波数スペクトルYm(e))が雑音指標値σmの算定に不要であるから、雑音抑圧部26による処理を待たずに雑音指標値σmを算定できるという利点がある。
【0077】
(8)変形例8
雑音抑圧部26による雑音成分nの抑圧には公知の技術が任意に採用される。例えば、推定雑音スペクトルψm(e)に応じた1未満の係数を周波数スペクトルXm(e)の各周波数の強度に乗算することで雑音成分nを抑圧する構成が採用される。抑圧制御部36は、周波数スペクトルXm(e)に乗算される係数を雑音指標値σmに応じて可変に制御する。
【0078】
(9)変形例9
以上の形態においては、音響信号VINから雑音成分nを抑圧する雑音抑圧部26を具備する雑音抑圧装置100を例示したが、ミュージカルノイズの発生の度合(雑音成分nの抑圧の適否)を評価するための雑音指標値σmや尖度指標値Rmの算定に利用される装置(雑音抑圧評価装置)としても本発明は特定される。雑音抑圧評価装置では図1の雑音抑圧部26や抑圧制御部36が省略される。また、以上の形態では雑音指標値σmを雑音抑圧部26の制御に使用したが、雑音抑圧評価装置が算定した雑音指標値σmや尖度指標値Rmを使用する方法は任意である(雑音抑圧部26の制御に限定されない)。例えば、音響信号VINの特性(ミュージカルノイズの発生し易さ)を評価するための定量的な指標として雑音指標値σmが使用される。また、雑音抑圧評価装置の算定した雑音指標値σmが可搬型の記録媒体や通信網を介して別個の雑音抑圧装置に供給されたうえで雑音成分nの抑圧に使用される。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の第1実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【図2】音響信号の区分について説明するための概念図である。
【図3】音響信号の強度の度数分布が雑音成分の抑圧で変化する様子を示す概念図である。
【図4】指標算定部のブロック図である。
【図5】尖度の相対比が大きい場合(雑音指標値が大きい場合)を例示する概念図である。
【図6】尖度の相対比が小さい場合(雑音指標値が小さい場合)を例示する概念図である。
【図7】本発明の第2実施形態における指標算定部のブロック図である。
【符号の説明】
【0080】
100……雑音抑圧装置、12……演算処理装置、14……記憶装置、22……周波数分析部、24……雑音推定部、242……判定部、244……推定部、26……雑音抑圧部、28……波形合成部、32……指標算定部、34……SN比算定部、36……抑圧制御部、42……相関特定部、44……指標決定部、51……第1尖度算定部、52……第2尖度算定部、54……算定部、VIN,VOUT……音響信号、KXm……雑音抑圧前の尖度、KSSm……雑音抑圧後の尖度、σm……雑音指標値、αm,βm……係数、ψm(ψm(e))……推定雑音スペクトル、Xm(Xm(e)),Ym(Ym(e))……周波数スペクトル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音響信号の雑音成分を周波数領域で抑圧する雑音抑圧手段と、
雑音成分の抑圧前または抑圧後の音響信号の強度の度数分布における尖度に応じて変化する雑音指標値を、雑音成分の抑圧後にミュージカルノイズが発生する程度の指標として算定する指標算定手段と、
前記雑音抑圧手段による雑音成分の抑圧の度合を前記雑音指標値に応じて可変に制御する抑圧制御手段と
を具備する雑音抑圧装置。
【請求項2】
前記指標算定手段は、
雑音成分の抑圧の度合を示す抑圧係数と前記尖度に応じた尖度指標値との関係を特定する相関特定手段と、
前記相関特定手段が特定した関係において前記尖度指標値が所定値に接近するときの前記抑圧係数を前記雑音指標値として決定する指標決定手段とを含む
請求項1の雑音抑圧装置。
【請求項3】
前記指標算定手段は、
雑音成分の抑圧前の音響信号の強度の度数分布における第1尖度を算定する第1尖度算定手段と、
雑音成分の抑圧後の音響信号の強度の度数分布における第2尖度を算定する第2尖度算定手段と、
前記第1尖度と前記第2尖度とから前記雑音指標値を算定する算定手段とを含む
請求項1の雑音抑圧装置。
【請求項4】
前記指標算定手段は、雑音成分の抑圧前の音響信号の第1尖度が小さいほど、前記雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、前記第1尖度に応じた前記雑音指標値を算定する
請求項1から請求項3の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項5】
前記指標算定手段は、雑音成分の抑圧後の音響信号の第2尖度が小さいほど、前記雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が減少するように、前記第2尖度に応じた前記雑音指標値を算定する
請求項1から請求項3の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項6】
前記指標算定手段は、雑音成分の抑圧前の音響信号の第1尖度に対する抑圧後の音響信号の第2尖度の相対比が大きいほど、前記雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、前記第1尖度および前記第2尖度に応じた前記雑音指標値を算定する
請求項1から請求項3の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項7】
前記指標算定手段は、前記第1尖度に対する前記第2尖度の相対比の対数値が大きいほど、前記雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が増加するように、前記対数値に応じた前記雑音指標値を算定する
請求項6の雑音抑圧装置。
【請求項8】
前記抑圧制御手段は、前記雑音指標値が示すミュージカルノイズの発生の程度が低いほど前記雑音成分の抑圧の度合が増加するように、前記雑音抑圧手段による前記抑圧の度合を前記雑音指標値に応じて制御する
請求項1から請求項7の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項9】
音響信号の雑音成分を周波数領域で抑圧する雑音抑圧処理と、
雑音成分の抑圧前または抑圧後の音響信号の強度の度数分布における尖度に応じて変化する雑音指標値を、雑音成分の抑圧後にミュージカルノイズが発生する程度の指標として算定する指標算定処理と、
前記雑音抑圧処理による雑音成分の抑圧の度合を前記雑音指標値に応じて可変に制御する抑圧制御処理と
をコンピュータに実行させるプログラム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−20012(P2010−20012A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−179443(P2008−179443)
【出願日】平成20年7月9日(2008.7.9)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)