雑音抑圧装置
【課題】雑音成分の特性に応じた適切な反復型雑音抑圧を実現する。
【解決手段】雑音抑圧部36は、周波数領域で雑音成分n(t)を抑圧する単位抑圧処理を音響信号x(t)に累積的に反復する。特性値算定部42は、音響信号x(t)の雑音区間内のパワー|X(f,τ)|2の度数分布を近似する確率分布の形状母数α0を算定する。変数設定部44Aは、単位抑圧処理に適用される処理係数(減算係数βおよびフロアリング係数η)と単位抑圧処理の反復回数Lとを形状母数α0に応じて可変に設定する。
【解決手段】雑音抑圧部36は、周波数領域で雑音成分n(t)を抑圧する単位抑圧処理を音響信号x(t)に累積的に反復する。特性値算定部42は、音響信号x(t)の雑音区間内のパワー|X(f,τ)|2の度数分布を近似する確率分布の形状母数α0を算定する。変数設定部44Aは、単位抑圧処理に適用される処理係数(減算係数βおよびフロアリング係数η)と単位抑圧処理の反復回数Lとを形状母数α0に応じて可変に設定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号から雑音成分を抑圧する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
音響信号から雑音成分を抑圧する技術が従来から提案されている。例えば非特許文献1から非特許文献3には、周波数領域での雑音抑圧(雑音成分のスペクトル減算)を音響信号に対して累積的に反復する反復型雑音抑圧(反復スペクトルサブトラクション)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】山下ほか2名,“反復処理を利用した改良スペクトル引き算”,電気情報通信学会論文誌,電子情報通信学会,2005年,Vol.J88-A,No.11,p.1246-1257
【非特許文献2】M. Ryyan Khan et al.,“Iterative Noise Power Subtraction Technique for Improved Speech Quality”,IEEE,5th International Conference on Electrical and Computer Engineering, December 2008, 978-1-4244-2015-5/08/,p.391-394
【非特許文献3】西川ほか3名,“反復スペクトルサブトラクションにおけるミュージカルノイズ低減法の検討”,日本音響学会講演論文集,日本音響学会,2009年9月,p.149-150
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の技術のもとでは、反復型雑音抑圧に適用される変数(例えば減算係数やフロアリング係数や反復回数)が試行錯誤的に決定される。したがって、雑音抑圧に起因したミュージカルノイズを充分に抑制しながら所望の雑音抑圧率が達成されるように音響信号の雑音成分の特性に応じて最適な変数を決定することは困難である。以上の事情を考慮して、本発明は、雑音成分の特性に応じた適切な反復型雑音抑圧の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本発明の雑音抑圧装置は、周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧手段と、音響信号の強度分布(例えば雑音成分の振幅またはパワーの度数分布や、当該度数分布を近似する確率分布)の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定手段と、単位抑圧処理に適用される処理係数と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定手段とを具備する。
【0006】
以上の構成においては、単位抑圧処理に適用される処理係数(例えば減算係数およびフロアリング係数の片方または双方)と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方が音響信号の雑音特性値に応じて可変に設定されるから、雑音成分の特性に応じた適切な反復型雑音抑圧が実現される。なお、単位抑圧処理の累積的な反復とは、音響信号の一の区間に対して単位抑圧処理を反復する(すなわち、各単位抑圧処理の実行後の音響信号を次回の単位抑圧処理の対象とする)ことを意味する。
【0007】
本発明の好適な態様において、処理係数および反復回数を雑音特性値毎に記憶する記憶手段を具備し、変数設定手段は、特性値算定手段が算定した雑音特性値に対応する処理係数および反復回数を記憶手段から取得する。以上の態様においては、雑音特性値に対応する処理係数および反復回数が記憶手段から取得されるため、処理係数および反復回数を演算のみで特定する構成と比較して、変数設定手段による処理の負荷が軽減されるという利点がある。
【0008】
本発明の好適な態様において、雑音抑圧手段による処理前の音響信号と単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、記憶手段に記憶された処理係数と反復回数とが設定されている。以上の態様においては、再帰式で定義される尖度比および雑音抑圧率の片方または双方に応じて記憶手段の処理係数や反復回数が設定されるから、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減との双方を高い水準で両立することが可能である。
【0009】
本発明の好適な態様において、変数設定手段は、雑音抑圧手段による処理前の音響信号と単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、雑音特性値に対応する処理係数および反復回数を設定する。以上の態様においては、再帰式で定義される尖度比および雑音抑圧率の片方または双方に応じて処理係数や反復回数が設定されるから、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減との双方を高い水準で両立することが可能である。
【0010】
なお、尖度比と雑音抑圧率とを利用する構成の好適例では、尖度比が許容値を下回るという条件と、雑音抑圧率が目標値を上回るという条件との少なくとも一方が成立するように、処理係数および反復回数が設定される。以上の態様によれば、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減とを両立できるという効果は格別に顕著となる。
【0011】
以上の各態様に係る雑音抑圧装置は、雑音成分の抑圧に専用されるDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)によって実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラム(ソフトウェア)との協働によっても実現される。本発明のプログラムは、周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧処理と、音響信号の強度分布の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定処理と、単位抑圧処理に適用される処理係数と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明の雑音抑圧装置と同様の作用および効果が実現される。本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で利用者に提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態でサーバ装置から提供されてコンピュータにインストールされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】第1実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【図2】単位抑圧処理の説明図である。
【図3】変数テーブルの模式図である。
【図4】再帰式で算定される尖度比と雑音抑圧率との関係を示すグラフである。
【図5】尖度比と雑音抑圧率との実測値のグラフである。
【図6】雑音抑圧解析装置のブロック図である。
【図7】変数解析部の動作のフローチャートである。
【図8】解析処理のフローチャートである。
【図9】第2実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【図10】第2実施形態の第2処理部の動作のフローチャートである。
【図11】第3実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<A:第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る雑音抑圧装置100Aのブロック図である。雑音抑圧装置100Aには信号供給装置12と放音装置14とが接続される。信号供給装置12は、音響信号x(t)を雑音抑圧装置100Aに供給する。音響信号x(t)は、以下の数式(1)で示すように、目的音成分(例えば音声や楽音等の音響)s(t)と雑音成分n(t)との混合音の波形を表す時間領域の信号である。
【数1】
周囲の音響を収音して音響信号x(t)を生成する収音機器や、可搬型または内蔵型の記録媒体から音響信号x(t)を取得して雑音抑圧装置100Aに供給する再生装置や、通信網から音響信号x(t)を受信して雑音抑圧装置100Aに供給する通信装置が信号供給装置12として採用され得る。
【0014】
雑音抑圧装置100Aは、信号供給装置12が供給する音響信号x(t)から音響信号y(t)を生成する音響処理装置である。音響信号y(t)は、音響信号x(t)から雑音成分n(t)を抑圧した音響(目的音成分s(t)を強調した音響)の波形を表す時間領域の信号である。放音装置14(例えばスピーカやヘッドホン)は、雑音抑圧装置100Aが生成した音響信号y(t)に応じた音波を再生する。なお、音響信号y(t)をデジタルからアナログに変換するD/A変換器の図示は便宜的に省略されている。
【0015】
図1に示すように、雑音抑圧装置100Aは、演算処理装置22と記憶装置24とを具備するコンピュータシステムで実現される。記憶装置24は、演算処理装置22が実行するプログラムPG1や演算処理装置22が使用する各種のデータ(例えば変数テーブルTBL)を記憶する。半導体記録媒体や磁気記録媒体などの公知の記録媒体や複数種の記録媒体の組合せが記憶装置24として任意に採用され得る。音響信号x(t)を記憶装置24に記憶した構成(したがって信号供給装置12は省略される)も好適である。
【0016】
演算処理装置22は、記憶装置24に格納されたプログラムPG1を実行することで、音響信号x(t)から音響信号y(t)を生成するための複数の機能(周波数分析部32,雑音推定部34,雑音抑圧部36,波形合成部38,特性値算定部42,変数設定部44A)を実現する。なお、演算処理装置22の各機能を複数の集積回路に分散した構成や、専用の電子回路(DSP)が各機能を実現する構成も採用され得る。
【0017】
周波数分析部32は、音響信号x(t)のスペクトル(複素スペクトル)X(f,τ)を時間軸上のフレーム毎に順次に生成する。スペクトルX(f,τ)の生成には、短時間フーリエ変換等の公知の周波数分析が任意に採用され得る。記号τはフレームを指定する変数であり、記号fは周波数を指定する変数である。なお、通過帯域が相違する複数の帯域通過フィルタで構成されるフィルタバンクも周波数分析部32として採用され得る。
【0018】
雑音推定部34は、音響信号x(t)に含まれる雑音成分n(t)のスペクトル(複素スペクトル)N(f,τ)を推定する。雑音成分n(t)のスペクトルN(f,τ)の推定には公知の技術が任意に採用され得る。例えば、雑音推定部34は、目的音成分s(t)が存在する目的音区間と目的音成分s(t)が存在しない雑音区間とに音響信号x(t)を区分し、雑音区間内の各フレームのスペクトルX(f,τ)を雑音成分n(t)のスペクトルN(f,τ)として特定する。目的音区間と雑音区間との区分には公知の音声検出技術(VAD:Voice Activity Detection)が任意に採用される。
【0019】
雑音抑圧部36は、目的音区間および雑音区間の各フレームの音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対する反復型雑音抑圧で音響信号y(t)のスペクトル(複素スペクトル)Y(f,τ)をフレーム毎に順次に生成する。反復型雑音抑圧は、雑音成分n(t)の抑圧(以下「単位抑圧処理」という)を音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対して反復回数L(Lは自然数)だけ累積的に反復する雑音抑圧処理である。反復型雑音抑圧の実行で生成されるスペクトルY(f,τ)は、以下の数式(2)で表現される。
【数2】
数式(2)の記号jは虚数単位を意味し、記号θx(f,τ)は音響信号x(t)の位相スペクトルを意味する。また、数式(2)の記号|YL(f,τ)|は、音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対して反復回数Lの単位抑圧処理を実行した時点の振幅スペクトルである。1回の単位抑圧処理は、以下の数式(3A)および数式(3B)で表現される。
【0020】
【数3】
【0021】
数式(3A)および数式(3B)の振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、第i回目の単位抑圧処理が完了した時点での振幅スペクトル|Yi(f,τ)|を意味する。音響信号x(t)の振幅スペクトル|X(f,τ)|が振幅スペクトル|Yi(f,τ)|の初期値|Y0(f,τ)|として第1回目の単位抑圧処理(振幅スペクトル|Y1(f,τ)|の生成)に適用される。数式(3A)の記号Eτ[|N(f,τ)|2]は、複数のフレームにわたる雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2の時間平均を意味する。数式(3A)の減算係数βおよび数式(3B)のフロアリング係数ηは、雑音成分n(t)の抑圧の度合を制御するための変数(以下では「処理係数」と総称する)である。
【0022】
数式(3A)から理解されるように、第i回目の単位抑圧処理後の振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、雑音成分n(t)のパワースペクトル|N(f,τ)|2の時間平均と減算係数βとの乗算値を、直前(第(i-1)回目)の単位抑圧処理後のパワースペクトル|Yi-1(f,τ)|2から減算した数値の平方根として算定される。ただし、数式(3A)の減算後の数値が負数となる場合、振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、数式(3B)に示すように、直前の振幅スペクトル|Yi-1(f,τ)|とフロアリング係数ηとの乗算値に設定される。数式(2)で説明したように、第L回目の単位抑圧処理の完了後の振幅スペクトル|YL(f,τ)|に音響信号x(t)の位相スペクトルθx(f,τ)を付加したスペクトルY[f,t]がフレーム毎に波形合成部38に供給される。
【0023】
波形合成部38は、雑音抑圧部36がフレーム毎に生成するスペクトルY(f,τ)から時間領域の音響信号y(t)を生成する。具体的には、波形合成部38は、各フレームのスペクトルY(f,τ)を逆フーリエ変換で時間領域の信号に変換するとともに前後のフレームを相互に連結することで音響信号y(t)を生成する。波形合成部38が生成した音響信号y(t)が放音装置14に供給されて音波として再生される。
【0024】
図1の特性値算定部42は、音響信号x(t)内の雑音成分n(t)の特性に応じた形状母数(shape parameter)α0を音響信号x(t)から算定する。形状母数α0は、雑音区間内の複数のフレームにわたる音響信号x(t)のパワー|X(f,τ)|2(すなわち雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2)の度数分布(以下「強度分布」という)の形状に応じて変化する変数である。第1実施形態の特性値算定部42は、音響信号x(t)の強度分布を近似する確率分布D1(図2の部分(A))の形状母数α0を算定する。確率分布D1は、音響信号x(t)のパワーx(x=|X(f,τ)|2)を確率変数とする数式(4)の確率密度関数P(x)で表現されるガンマ分布である。
【数4】
【0025】
数式(4)の形状母数αは以下の数式(5A)および数式(5B)で定義され、数式(4)の尺度母数(scaling parameter)θは以下の数式(6)で定義される。また、数式(4)の記号Γ(α)は、以下の数式(7)で定義されるガンマ関数を意味する。なお、記号E[ ]は平均値(期待値)を意味する。図1の特性値算定部42は、雑音区間内の音響信号x(t)のパワー|X(f,τ)|2を数式(5B)の確率変数xに適用して数式(5A)で算定される形状母数αを、反復型雑音抑圧の実行前の音響信号x(t)の形状母数α0として算定する。
【0026】
【数5】
【数6】
【数7】
【0027】
図1の変数設定部44Aは、雑音抑圧部36が各単位抑圧処理に適用する処理係数(数式(3A)の減算係数βおよび数式(3B)のフロアリング係数η)と雑音抑圧部36による単位抑圧処理の反復回数Lとを、特性値算定部42が算定した形状母数α0に応じて可変に設定する。変数設定部44Aによる変数(β,η,L)の設定には、記憶装置24に格納された変数テーブルTBLが利用される。
【0028】
図3は、記憶装置24が記憶する変数テーブルTBLの模式図である。図3に示すように、変数テーブルTBLは、形状母数α0がとり得る複数の数値の各々(α0_1,α0_2,……)に対して減算係数βとフロアリング係数ηと反復回数Lとの各数値を対応させたデータテーブルである。変数設定部44Aは、特性値算定部42が算定した形状母数α0に対応する減算係数βとフロアリング係数ηと反復回数Lとを変数テーブルTBLから検索および取得して雑音抑圧部36に指示する。雑音抑圧部36は、変数設定部44Aから指示される減算係数βおよびフロアリング係数ηを適用した単位抑圧処理を、変数設定部44Aから指示される反復回数LにわたってスペクトルX(f,τ)に反復的に実行する。したがって、雑音抑圧部36による単位抑圧処理の処理係数(β,η)および反復回数Lは、音響信号x(t)(雑音成分n(t))の特性に応じて可変に制御される。
【0029】
変数テーブルTBL内で各形状母数α0に対応する処理係数(β,η)および反復回数Lは、雑音抑圧率の向上とミュージカルノイズの低減とが高い水準で両立するように解析的に設定される。雑音抑圧率とミュージカルノイズの発生の度合とを定量的に評価するために、以下では数式(3A)および数式(3B)で表現される単位抑圧処理の作用を解析する。
【0030】
雑音区間内の音響信号x(t)の強度分布を近似する確率密度関数P(x)の確率分布D1は、雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2の時間平均Eτ[|N(f,τ)|2]を減算する数式(3A)の単位抑圧処理で図2の部分(B)の確率分布D2に変化する。雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2を近似するガンマ分布(D1)の平均値(Eτ[|N(f,τ)|2]に相当する)は、形状母数αと尺度母数θとの乗算値(αθ)であるから、数式(3A)の演算後の確率分布D2は、平均値αθと減算係数βとの乗算値(数式(3A)での減算量)に相当する移動量だけ確率分布D1を確率変数xの負側に平行移動した分布となる。
【0031】
図2の部分(B)に示すように、確率分布D2は、確率変数xが正数となる区間D2Aと確率変数xが負数となる区間D2Bとに区別される。数式(3B)は、図2の部分(C)および部分(D)に示すように、負数の区間D2Bにフロアリング係数η(実際にはパワーに着目しているので自乗値η2)を乗算して区間D2Aに合成する操作を意味する。したがって、単位抑圧処理後の確率密度関数Pss(z)(図2の部分(D)の確率分布D3)は、以下の数式(8A)および数式(8B)で表現される。なお、記号zは、確率密度関数Pss(z)の確率変数である。
【数8】
【0032】
単位抑圧処理に起因して発生するミュージカルノイズが非ガウス性の雑音であることを考慮し、強度分布(確率密度関数)のガウス性の指標となる高次統計量を、単位抑圧処理に起因したミュージカルノイズの発生量の定量的な指標として利用する。具体的には、強度分布(確率密度関数)の尖度(kurtosis)がミュージカルノイズの発生量の指標として好適に採用される。すなわち、単位抑圧処理の前後にわたる尖度の変化が大きいほどミュージカルノイズが顕在化すると評価できる。以下の説明では、単位抑圧処理前の尖度KAに対する単位抑圧処理後の尖度KBの相対比(以下「尖度比」という)κをミュージカルノイズの発生量の指標として利用する(κ=KB/KA)。なお、尖度(尖度比κ)とミュージカルノイズとの相関については、上村益永ほか4名/「スペクトル減算法におけるミュージカルノイズ発生量と対数カートシス比の関連」/電子情報通信学会技術研究報告 応用音響/電子情報通信学会/108(143) p.43-48/2008年7月11日に詳述されている。
【0033】
単位抑圧処理後の尖度Kは以下の数式(9)で表現される。数式(9)の記号μmは、確率密度関数Pss(z)の原点回りのm次モーメントを意味する。
【数9】
【0034】
確率密度関数Pss(z)の2次モーメントμ2は、数式(8A)および数式(8B)を利用した以下の数式(10)で表現される。
【数10】
【0035】
変数(z+βαθ)/θを変数tに置換すると(θdt=dz,z=θ(t−βα))、数式(10)の右辺の第1項は以下の数式(11)に変形される。
【数11】
【0036】
なお、数式(11)の関数Γ(b,a)は、以下の数式(12)で定義される第1種不完全ガンマ関数である。
【数12】
【0037】
他方、変数z/(η2θ)を変数tに置換すると(η2θdt=dz)、数式(10)の右辺の第2項は以下の数式(13)に変形される。
【数13】
【0038】
なお、数式(13)の関数γ(b,a)は、以下の数式(14)で定義される第2種不完全ガンマ関数である。
【数14】
数式(11)および数式(13)を利用すると、数式(10)の2次モーメントμ2を表現する以下の数式(15)が導出される。
【数15】
【0039】
また、数式(15)の2次モーメントμ2と同様の手順で、確率密度関数Pss(z)の4次モーメントμ4を表現する以下の数式(16)が導出される。
【数16】
【0040】
数式(15)および数式(16)を数式(9)に代入することで、単位抑圧処理後の尖度K(α,β,η)を表現する以下の数式(17)が導出される。
【数17】
【0041】
また、雑音抑圧部36による処理前の尖度K(α,β,η)は、数式(17)の変数βおよび変数ηをゼロに設定することで導出される。したがって、音響信号x(t)に対して1回の単位抑圧処理を実行した場合の尖度比κは、以下の数式(18)で表現される。
【数18】
【0042】
次に、雑音抑圧部36による反復型雑音抑圧の性能の指標となる雑音抑圧率(Noise Reduction Rate)Rを検討する。雑音抑圧率Rは、単位抑圧処理後(反復回数Lにわたる単位抑圧処理の反復後)のSN(Signal to Noise)比と単位抑圧処理前のSN比との差分として以下の数式(19)で定義される。
【数19】
数式(19)の記号sは目的音成分s(t)のパワーを意味し、記号nは雑音成分n(t)のパワーを意味する。また、添字INは単位抑圧処理の実行前を意味し、添字OUTは単位抑圧処理の実行後を意味する。すなわち、数式(19)の分母が単位抑圧処理の実行前のSN比に相当し、数式(19)の分子が単位抑圧処理の実行後のSN比に相当する。
【0043】
いま、単位抑圧処理による雑音成分n(t)の抑制量が目的音成分s(t)の抑制量と比較して充分に大きいと仮定すると、単位抑圧処理の前後の目的音成分s(t)の変化を近似的に無視できる(E[sOUT]=E[sIN])から、数式(19)は以下の数式(20)に近似される。
【数20】
【0044】
前述のように雑音成分n(t)のパワーnIN(nIN=|N(f,τ)|2)を近似するガンマ分布の平均値(E[nIN])は、形状母数αと尺度母数θとの乗算値に相当する(E[nIN]=αθ)。他方、単位抑圧処理後のパワーnOUTの平均値E[nOUT]が単位抑圧処理後の確率密度関数Pss(z)(数式(8A)および数式(8B))の原点回りの1次モーメントに相当することを考慮すると、以下の数式(21)が導出される。
【数21】
【0045】
変数(z+βαθ)を変数tに置換すると(dt=dz)、数式(21)の右辺の第1項は以下の数式(22)に変形される。
【数22】
【0046】
同様に、z/(η2θ)を変数tに置換すると(η2θdt=dz)、数式(21)の右辺の第2項は以下の数式(23)に変形される。
【数23】
【0047】
数式(22)および数式(23)を数式(20)に適用することで、音響信号x(t)に対して1回の単位抑圧処理を実行した場合の雑音抑圧率R(α,β,η)を表現する以下の数式(24)が導出される。
【数24】
【0048】
次に、以上の解析を踏まえて、反復型雑音抑圧の過程で第i回の単位抑圧処理の反復が完了した時点での尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)について検討する。形状母数αは単位抑圧処理毎に変化するから、第i回の単位抑圧処理に適用される形状母数α(第i回の単位抑圧処理の直前の形状母数α)を、以下の説明では添字iを付加した符号αiで表現する。
【0049】
数式(4)の確率密度関数P(x)の2次モーメントμ2は以下の数式(25)で表現される。
【数25】
変数(x/θ)を変数Xに置換すると、数式(25)は以下の数式(26)に変形される。
【数26】
数式(26)の導出には、ガンマ関数Γ(α)に関する以下の関係式(27)を利用した。
【数27】
【0050】
また、数式(26)の導出と同様の方法で、確率密度関数P(x)の4次モーメントμ4を表現する以下の数式(28)が導出される。
【数28】
【0051】
数式(26)および数式(28)から、形状母数αの確率密度関数P(x)の尖度Kを表現する以下の数式(29)が導出される。そして、第i回目の単位抑圧処理の完了後の形状母数αi+1を数式(29)に適用すると、以下の数式(29A)が導出される。
【数29】
【0052】
他方、第i回目の単位抑圧処理の完了後の尖度Kは、数式(17)から理解されるように、第i回目の単位抑圧処理前の形状母数αiと当該単位抑圧処理に適用される処理係数(β,η)とで定義される関数K(αi,β,η)としても表現される。数式(29A)の右辺と数式(17)の左辺とが等価であることを考慮すると、以下の数式(30)が導出される。
【数30】
【0053】
数式(30)を形状母数αi+1について整理すると以下の数式(31)が導出される。数式(31)から理解されるように、第(i+1)回目の単位抑圧処理の直前(第i回目の単位抑圧処理の直後)の形状母数αi+1は、第i回目の単位抑圧処理の直後の尖度K(αi,β,η)を変数とする再帰式(換言すると、直前の形状母数αiを変数とする再帰式)で表現される。
【数31】
【0054】
数式(31)の形状母数αi+1を数式(17)の形状母数αに代入すると、第i回目の単位抑圧処理の直前の尖度K(αi,β,η)(関数H(αi,β,η))を変数として第(i+1)回目の単位抑圧処理後の尖度K(αi+1,β,η)を再帰的に表現する以下の数式(32)が導出される。
【数32】
【0055】
したがって、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度比κ(αi+1,β,η)は、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度K(αi+1,β,η)と最初の単位抑圧処理の実行前の尖度K(α0,β,η)との相対比(K(αi+1,β,η)/K(α0,0,0))として以下の数式(33)で表現される。
【数33】
【0056】
他方、雑音抑圧率Rは単位抑圧処理の前後のパワー比の対数値であるから、単位抑圧処理毎に積算(加算)される。したがって、第(i+1)回目の単位抑圧処理が完了した時点の雑音抑圧率R(αi+1,β,η)は、以下の数式(34)で表現される。
【数34】
数式(33)および数式(34)から理解されるように、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の各々は、第i回目の単位抑圧処理の直前の形状母数αi(あるいは、第i回目の単位抑圧処理の直後の尖度K(αi+1,β,η)や尖度K(αi+1,β,η)で定義される関数H(K(αi,β,η)))を変数とする再帰式で表現される。数式(33)および数式(34)は積分を含まないから、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の演算が簡素化されるという利点がある。
【0057】
図4は、数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との関係(理論値)を示すグラフである。図4では、フロアリング係数ηを変化させた複数の場合(η=0.50,0.90,0.97)の尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との関係が図示されている。なお、形状母数αiの初期値α0は1に設定され、減算係数βは2に設定されている。また、図4には、雑音抑圧率が横軸の各数値(0,0.5,1.0,……,12)となるように減算係数βやフロアリング係数ηを設定した単位抑圧処理を1回だけ実行する場合(以下「1回型雑音抑圧」という)の雑音抑圧率と尖度比との関係が併記されている。
【0058】
図4から理解されるように、単位抑圧処理の処理係数(フロアリング係数η)を適切な数値(η=0.97)に設定することで、1回型雑音抑圧と比較して、単位抑圧処理に起因したミュージカルノイズ(尖度比κの上昇)を充分に抑制しながら有効な雑音抑圧を実現することが可能である。他方、単位抑圧処理の処理係数(β,η)の数値によっては(例えばη=0.5)、1回型雑音抑圧の場合と比較してミュージカルノイズが顕在化する場合もある。
【0059】
図5は、図4と同様の条件のもとで実際に雑音抑圧を実行した場合の結果(実測値)を示すグラフである。数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の傾向が高い精度で実測値と整合することが図4と図5との対比で理解される。したがって、数式(33)および数式(34)は、反復型雑音抑圧の解析の結果として妥当であると評価できる。なお、図4の論理値と図5の実測値との誤差は、音響信号x(t)の強度分布の近似(確率分布D1での近似)の誤差に起因すると推察される。
【0060】
図3の変数テーブルTBLは、以上の解析の結果(数式(33)および数式(34))を利用して作成される。図6は、変数テーブルTBLを作成する雑音抑圧解析装置200のブロック図である。雑音抑圧解析装置200は、雑音抑圧装置100Aと同様に、演算処理装置72と記憶装置74とを具備するコンピュータシステムで実現される。演算処理装置72は、記憶装置74が記憶するプログラムPG2を実行することで変数解析部76として機能する。変数解析部76は、雑音抑圧装置100Aで使用される変数テーブルTBLを生成する。
【0061】
図7は、変数解析部76の動作のフローチャートである。図7の動作は、例えば雑音抑圧解析装置200に対する利用者からの指示(変数テーブルTBLの生成の指示)を契機として実行される。概略的には、変数解析部76は、形状母数αが初期値α0である音響信号x(t)の反復型雑音抑圧の各単位抑圧処理に最適な処理係数(β,η)および反復回数Lを決定する処理(S10〜S15)を、音響信号x(t)の形状母数αとして想定される複数の初期値α0の各々について順次に実行する(S16:NO)。
【0062】
図7の処理を開始すると、変数解析部76は、形状母数αの初期値α0を設定する(S10)。変数解析部76は、初期値α0をステップS10の処理毎に順次に更新する。初期値α0は、音響信号x(t)の形状母数αとして想定される範囲(例えば3≦α0≦101)内で所定の刻み幅(例えば2)ずつ変化させた各数値に設定される。
【0063】
次に、変数解析部76は、処理係数(β,η)を暫定的に設定したうえで(S11)、図8の解析処理を実行する(S12)。解析処理は、ステップS10の初期値α0およびステップS11の処理係数(β,η)を数式(33)に適用することで算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と、同様に初期値α0および処理係数(β,η)を数式(34)に適用することで算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とに応じて、単位抑圧処理の反復回数Lを決定する処理である。具体的には、処理係数(β,η)を適用した単位抑圧処理を形状母数α0(ステップS10での設定値)の音響信号x(t)に対して反復的に実行した場合に、数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを下回るという条件(S23:YES)、または、数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを上回るという条件(S25:YES)が成立するように、単位抑圧処理の反復回数Lが決定される。許容値κtarおよび目標値Rtarは、雑音抑圧装置100Aの用途や仕様(ミュージカルノイズの低減や雑音抑圧の性能が要求される程度)に応じて事前に設定される。
【0064】
図8に示すように、解析処理は、単位抑圧処理の反復回数Lの暫定的な数値に相当する変数iを順次に増加させながら(S20)、当該変数iに対応する尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とを順次に再帰的に解析する処理である。解析処理を開始すると、変数解析部76は、変数iを更新する(S20)。具体的には、変数解析部76は、解析処理の開始後の最初(第1回目)のステップS20では変数iをゼロに初期化し、第2回目以降のステップS20では処理毎に変数iを1ずつ増加させる。
【0065】
変数解析部76は、現段階の変数iに対応する形状母数αiと図7のステップS11で設定された処理係数(β,η)とを適用した数式(33)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)(第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了時の尖度比)を算定する(S21)。解析処理の開始の直後のステップS21では、直前のステップS10にて設定された初期値α0が数式(33)の形状母数αiとして適用される。また、変数解析部76は、形状母数αiと処理係数(β,η)とを適用した数式(34)の演算で雑音抑圧率R(αi+1,β,η)(第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了時の雑音抑圧率)を算定する(S22)。
【0066】
変数解析部76は、直前のステップS21で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを上回るか否かを判定する(S23)。判定の結果が肯定である場合(ミュージカルノイズが許容範囲を超える場合)、変数解析部76は、現段階の変数iから1を減算した数値(すなわち、尖度比κが許容値κtarを下回る時点での変数iの数値)を反復回数Lとして確定する(S24)。
【0067】
他方、尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを下回る場合(S23:NO)、変数解析部76は、直前のステップS22で算定した雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを上回るか否かを判定する(S25)。判定の結果が肯定である場合(雑音抑圧の性能が目標を達成する場合)、変数解析部76は、現段階の変数iを反復回数Lとして確定する(S26)。
【0068】
雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを下回る場合(S25:NO)、変数解析部76は、現段階の変数iが閾値LTH(反復回数Lに許容される最大値)を上回るか否かを判定する(S27)。判定の結果が否定である場合、変数解析部76はステップS20に処理を移行する。すなわち、直前の数値から1だけ増加させた変数iについてステップS21以降の処理が反復される。他方、ステップS23およびステップS25の何れの条件も成立せずに変数iが閾値LTHを上回ると(S27:YES)、変数解析部76は、現段階の変数iを反復回数Lとして確定する(S28)。
【0069】
以上の手順(S24,S26,S28)で反復回数Lを確定すると、変数解析部76は、確定後の反復回数Lと直前のステップS21で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)と直前のステップS22で算定した雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とを、現段階の処理係数(β,η)と対応させて記憶装置74に記憶させる(S29)。
【0070】
以上が解析処理(S12)の内容である。減算係数βとフロアリング係数ηとの各数値を図7のステップS11にて変化させた複数の場合の各々について図8の解析処理が反復される(S13:NO)。具体的には、減算係数βがとり得る数値とフロアリング係数ηがとり得る数値との全通りの組合せについて反復回数Lと尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とが解析処理で算定される。減算係数βは、例えば所定の範囲Aβ(例えば1≦β≦3の範囲)内で所定の刻み幅Wβ(例えばWβ=0.1)ずつ変化させた各数値に設定される。同様に、フロアリング係数ηは、所定の範囲Aη(例えば0.90≦η≦0.995の範囲)内で所定の刻み幅Wη(例えばWη=0.05)ずつ変化させた各数値に設定される。
【0071】
全部の処理係数(β,η)について解析処理が完了すると(S13:YES)、変数解析部76は、現段階の形状母数αの初期値α0に対して最適な処理係数(β,η)および反復回数Lを、解析処理で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて決定する(S14)。例えば、変数解析部76は、解析処理で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を含むベクトルVと許容値κtarおよび目標値Rtarを含むベクトルVtarとの類似度λ(例えば距離や内積)を処理係数(β,η)毎に算定し、類似度λが最大となるベクトルVに対応する処理係数(β,η)と、当該処理係数(β,η)を適用した解析処理で算定された反復回数Lとを、変数テーブルTBLで初期値α0に対応させる変数として選択する。また、ベクトルVtarとの類似度λが複数のベクトルVで近似する場合、変数解析部76は、反復回数Lが最小となる処理係数(β,η)と当該反復回数Lとを選択する。
【0072】
変数解析部76は、ステップS14で選択した処理係数(β,η)と反復回数Lとを初期値α0に対応させて記憶装置74に記憶する(S15)。全部の初期値α0について以上の処理(S10〜S15)が完了すると(S16:YES)、変数解析部76は、図7の処理を終了する。以上の説明から理解されるように、図7の処理が完了した時点では、各初期値α0に処理係数(β,η)と反復回数Lとを対応させた変数テーブルTBLが記憶装置74に生成される。変数解析部76が生成した変数テーブルTBLが雑音抑圧装置100Aの記憶装置24に転送されて音響信号x(t)の反復型雑音抑圧に適用される。
【0073】
以上に説明した第1実施形態では、音響信号x(t)の特性(形状母数α0)に応じて単位抑圧処理の処理係数(β,η)と反復回数Lとが可変に設定されるから、処理係数(β,η)と反復回数Lとを試行錯誤的に選定する場合と比較して、処理係数(β,η)と反復回数Lとを適切かつ容易に選定できるという利点がある。また、反復型雑音抑圧の過程での過去の形状母数αiを変数として数式(33)で再帰的に定義される尖度比κ(αi+1,β,η)と、過去の形状母数αiを変数として数式(34)で再帰的に定義される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とに応じて変数テーブルTBLの各初期値α0に対応する処理係数(β,η)および反復回数Lが解析的に設定されるから、処理係数(β,η)や反復回数Lを試行錯誤的に選定する場合と比較して、ミュージカルノイズの抑制と効果的な雑音抑圧とを高度に両立することが可能である。
【0074】
<B:第2実施形態>
本発明の第2実施形態を説明する。なお、以下の各例示において作用や機能が第1実施形態と同等である要素については、以上の説明で参照した符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0075】
図9は、第2実施形態の雑音抑圧装置100Bのブロック図である。図9に示すように、雑音抑圧装置100Bは、第1実施形態の変数設定部44Aを変数設定部44Bに置換した構成である。変数設定部44Bは、第1処理部51と第2処理部52とを含んで構成される。
【0076】
第1処理部51は、第1実施形態の変数設定部44Aと同様に、特性値算定部42が算定した形状母数α0に対応する処理係数(β,η)と反復回数Lとを変数テーブルTBLから特定する。なお、第1処理部51が変数テーブルTBLから特定した変数の記号に以下では便宜的に添字T(table)を付加する(βT,ηT,LT)。第2処理部52は、第1処理部51が特定した処理係数(βT,ηT)および反復回数LTと数式(33)および数式(34)とを利用して確定的な処理係数(β,η)と反復回数Lとを決定する。雑音抑圧部36の動作は第1実施形態と同様である。
【0077】
図10は、第2処理部52の動作のフローチャートである。図10の処理は、第1処理部51による変数(βT,ηT,LT)の特定を契機として実行される。図10の処理を開始すると、第2処理部52は、処理係数(βC,ηC)と反復回数LCとを設定する(S30)。各変数(βC,ηC,LC)は、ステップS30の処理毎に順次に更新される。
【0078】
具体的には、減算係数βCは、所定の範囲aβ内で所定の刻み幅wβずつ変化させた各数値に設定され、フロアリング係数ηCは、所定の範囲aη内で所定の刻み幅wηずつ変化させた各数値に設定される。減算係数βCの範囲aβは、第1処理部51が特定した減算係数βTを含む範囲(例えば減算係数βTを中心とする範囲)に設定される。同様に、フロアリング係数ηCの範囲aηは、第1処理部51が特定したフロアリング係数ηTを含む範囲(例えばフロアリング係数ηTを中心とする範囲)に設定される。反復回数LCは、第1処理部51が特定した反復回数LTを含む範囲(例えば反復回数LTを中心とする範囲)内で順次に更新される。
【0079】
また、第2処理部52が設定する減算係数βCの範囲aβは、図7のステップS11で設定される減算係数βの範囲Aβと比較して狭く、範囲αβ内での刻み幅wβは、ステップS11で設定される減算係数βの刻み幅Wβと比較して小さい(例えばwβ=Wβ/4)。同様に、第2処理部52が設定するフロアリング係数ηCの範囲aηは、図7のステップS11で設定されるフロアリング係数ηの範囲Aηと比較して狭く、範囲aη内での刻み幅wηは、ステップS11で設定されるフロアリング係数ηの刻み幅Wηと比較して小さい(例えばwη=Wη/4)。
【0080】
第2処理部52は、特性値算定部42が算定した形状母数αの初期値α0とステップS30で設定した処理係数(βC,ηC)および反復回数LCとを適用した数式(33)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)を算定する(S31)。同様に、第2処理部52は、形状母数αの初期値α0と処理係数(βC,ηC)および反復回数LCとを適用した数式(34)の演算で雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を算定する(S32)。以上の処理(S30〜S32)は、減算係数βCとフロアリング係数ηCと反復回数LCとの各数値の全通りの組合せについて反復される(S33:NO)。
【0081】
各変数(βC,ηC,LC)の全通りの組合せについて尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の算定が完了すると(S33:YES)、第2処理部52は、複数の組合せのうち尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が最適値となる組合せの各変数(βC,ηC,LC)を、雑音抑圧部36による反復型雑音抑圧に適用される確定的な変数(β,η,L)として選択する(S34)。例えば、図7のステップS14と同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)のベクトルVと許容値κtarおよび目標値RtarのベクトルVtarとの類似度λを各変数(βC,ηC,LC)の組合せ毎に算定し、類似度λが最大となるベクトルVに対応する各変数(βC,ηC,LC)を、確定的な処理係数(β,η)および反復回数Lとして選択する。また、ベクトルVtarとの類似度λが複数のベクトルVで近似する場合、第2処理部52は、反復回数Lが最小となる組合せの各変数(βC,ηC,LC)を選択する。以上が第2処理部52の動作である。
【0082】
第2実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第2実施形態では、変数テーブルTBLから特定された変数(βT,ηT,LT)を含む範囲内で設定された変数(βC,ηC,LC)の組合せのうち尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とが最適値となる組合せの各変数(β,η,L)が雑音抑圧部36での反復型雑音抑圧に適用される。そして、第2処理部52が尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の算定に適用する処理変数(βC,ηC)の変化の刻み幅(wβ,wη)は、変数テーブルTBLの作成時の刻み幅(Wβ,Wη)と比較して小さい。したがって、変数テーブルTBL内の各変数が雑音抑圧部36に指示される第1実施形態と比較すると、反復型雑音抑圧に適用される処理変数(β,η)を、更に適切な数値に設定することが可能である。すなわち、効果的な雑音抑圧とミュージカルノイズの抑制との両立という効果は格別に顕著となる。
【0083】
<C:第3実施形態>
図11は、第3実施形態の雑音抑圧装置100Cのブロック図である。図11に示すように、利用者からの指示を受付ける入力装置16が雑音抑圧装置100Cに接続される。利用者は、入力装置16を適宜に操作することで、尖度比κ(αi+1,β,η)の許容値κtarと雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の目標値Rtarとを可変に指示する。
【0084】
図11に示すように、記憶装置24は、複数の変数テーブルTBLを記憶する。変数テーブルTBLの生成時に使用される許容値κtarと目標値Rtarとの各数値の組合せは変数テーブルTBL毎に相違する。すなわち、許容値κtarと目標値Rtarとの各数値の組合せ毎に雑音抑圧解析装置200が図7の処理を実行することで各変数テーブルTBLが生成される。
【0085】
変数設定部44Aは、記憶装置24に記憶された複数の変数テーブルTBLのうち利用者が入力装置16から指示した許容値κtarおよび目標値Rtarに対応する変数テーブルTBLを選択し、その変数テーブルTBLを利用して処理係数(β,η)および反復回数Lを設定する。変数テーブルTBLを利用した各変数(β,η,L)の設定の方法は第1実施形態と同様である。
【0086】
第3実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第3実施形態では、利用者から指示された許容値κtarおよび目標値Rtarに応じた変数テーブルTBLが選択的に処理係数(β,η)および反復回数Lの設定に利用されるから、雑音抑圧の性能やミュージカルノイズの低減の度合を利用者の要求に応じて調整できるという利点がある。なお、以上の説明では第1実施形態の変数設定部44Aを具備する雑音抑圧装置100Cを例示したが、複数の変数テーブルTBLを選択的に利用する第3実施形態の構成は、変数設定部44Aを変数設定部44Bに置換した第2実施形態にも同様に適用される。
【0087】
<D:変形例>
以上の各形態は多様に変形される。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様は適宜に併合され得る。
【0088】
(1)変形例1
以上の形態では、音響信号x(t)の強度分布を近似する確率密度関数P(x)の形状母数α0を雑音成分n(t)の特性の指標(雑音特性値)として例示したが、雑音特性値は形状母数α0に限定されない。例えば、音響信号x(t)の強度分布から直接に算定される統計量(例えば尖度等の高次統計量)や、音響信号x(t)の振幅|X(f,τ)|の度数分布に応じた統計量(例えば振幅|X(f,τ)|の度数分布を近似する確率密度関数の形状母数)も雑音特性値として利用され得る。すなわち、雑音特性値は、音響信号x(t)の特性(特に雑音成分n(t)の特性)に応じて変化する数値(典型的には強度分布の形状に応じた数値)として包括される。
【0089】
(2)変形例2
以上の各形態では、処理係数(β,η)および反復回数Lの設定に変数テーブルTBLを利用したが、変数テーブルTBLの利用は省略され得る。例えば、変数設定部44Aが処理係数(β,η)および反復回数Lを所定の範囲内で順次に変化させながら数式(33)および数式(34)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を算定し、第2実施形態と同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が適切な数値となる処理係数(β,η)と反復回数Lとを選択して雑音抑圧部36に指示する構成も採用される。
【0090】
(3)変形例3
以上の各形態では、雑音抑圧装置100(100A,100B,100C)と雑音抑圧解析装置200とを別体の装置として例示したが、雑音抑圧装置100の機能(変数テーブルTBLを生成する変数解析部76)を雑音抑圧装置100に搭載した構成も採用され得る。
【0091】
(4)変形例4
第1実施形態では、数式(33)の尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)の雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との双方を変数テーブルTBLの生成に利用したが、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の片方のみを利用して変数テーブルTBLを生成することも可能である。例えば、図8の解析処理から雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に関連する処理(S22,S25,S26)を省略した構成や、尖度比κ(αi+1,β,η)に関連する処理(S21,S23,S24)を解析処理から省略した構成も採用され得る。第2実施形態においても同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の片方のみを利用して処理係数(β,η)および反復回数Lを設定することが可能である。
【0092】
また、第1実施形態では、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)のベクトルVと許容値κtarおよび目標値RtarのベクトルVtarとの類似度λに応じて処理係数(β,η)および反復回数Lを選択したが(S14)、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて処理係数(β,η)および反復回数Lを選択する方法は任意である。第2実施形態でも同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて第2処理部52が処理係数(β,η)および反復回数Lを確定する方法は、前述の例示から適宜に変更される。
【符号の説明】
【0093】
100A,100B,100C……雑音抑圧装置、200……雑音抑圧解析装置、12……信号供給装置、14……放音装置、16……入力装置、22,72……演算処理装置、24,74……記憶装置、32……周波数分析部、34……雑音推定部、36……雑音抑圧部、38……波形合成部、42……特性値算定部、44A,44B……変数設定部、51……第1処理部、52……第2処理部、76……変数解析部。
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号から雑音成分を抑圧する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
音響信号から雑音成分を抑圧する技術が従来から提案されている。例えば非特許文献1から非特許文献3には、周波数領域での雑音抑圧(雑音成分のスペクトル減算)を音響信号に対して累積的に反復する反復型雑音抑圧(反復スペクトルサブトラクション)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】山下ほか2名,“反復処理を利用した改良スペクトル引き算”,電気情報通信学会論文誌,電子情報通信学会,2005年,Vol.J88-A,No.11,p.1246-1257
【非特許文献2】M. Ryyan Khan et al.,“Iterative Noise Power Subtraction Technique for Improved Speech Quality”,IEEE,5th International Conference on Electrical and Computer Engineering, December 2008, 978-1-4244-2015-5/08/,p.391-394
【非特許文献3】西川ほか3名,“反復スペクトルサブトラクションにおけるミュージカルノイズ低減法の検討”,日本音響学会講演論文集,日本音響学会,2009年9月,p.149-150
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の技術のもとでは、反復型雑音抑圧に適用される変数(例えば減算係数やフロアリング係数や反復回数)が試行錯誤的に決定される。したがって、雑音抑圧に起因したミュージカルノイズを充分に抑制しながら所望の雑音抑圧率が達成されるように音響信号の雑音成分の特性に応じて最適な変数を決定することは困難である。以上の事情を考慮して、本発明は、雑音成分の特性に応じた適切な反復型雑音抑圧の実現を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本発明の雑音抑圧装置は、周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧手段と、音響信号の強度分布(例えば雑音成分の振幅またはパワーの度数分布や、当該度数分布を近似する確率分布)の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定手段と、単位抑圧処理に適用される処理係数と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定手段とを具備する。
【0006】
以上の構成においては、単位抑圧処理に適用される処理係数(例えば減算係数およびフロアリング係数の片方または双方)と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方が音響信号の雑音特性値に応じて可変に設定されるから、雑音成分の特性に応じた適切な反復型雑音抑圧が実現される。なお、単位抑圧処理の累積的な反復とは、音響信号の一の区間に対して単位抑圧処理を反復する(すなわち、各単位抑圧処理の実行後の音響信号を次回の単位抑圧処理の対象とする)ことを意味する。
【0007】
本発明の好適な態様において、処理係数および反復回数を雑音特性値毎に記憶する記憶手段を具備し、変数設定手段は、特性値算定手段が算定した雑音特性値に対応する処理係数および反復回数を記憶手段から取得する。以上の態様においては、雑音特性値に対応する処理係数および反復回数が記憶手段から取得されるため、処理係数および反復回数を演算のみで特定する構成と比較して、変数設定手段による処理の負荷が軽減されるという利点がある。
【0008】
本発明の好適な態様において、雑音抑圧手段による処理前の音響信号と単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、記憶手段に記憶された処理係数と反復回数とが設定されている。以上の態様においては、再帰式で定義される尖度比および雑音抑圧率の片方または双方に応じて記憶手段の処理係数や反復回数が設定されるから、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減との双方を高い水準で両立することが可能である。
【0009】
本発明の好適な態様において、変数設定手段は、雑音抑圧手段による処理前の音響信号と単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、各単位抑圧処理の実行前の雑音特性値と各単位抑圧処理に適用される処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、雑音特性値に対応する処理係数および反復回数を設定する。以上の態様においては、再帰式で定義される尖度比および雑音抑圧率の片方または双方に応じて処理係数や反復回数が設定されるから、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減との双方を高い水準で両立することが可能である。
【0010】
なお、尖度比と雑音抑圧率とを利用する構成の好適例では、尖度比が許容値を下回るという条件と、雑音抑圧率が目標値を上回るという条件との少なくとも一方が成立するように、処理係数および反復回数が設定される。以上の態様によれば、雑音抑圧の性能の確保とミュージカルノイズの低減とを両立できるという効果は格別に顕著となる。
【0011】
以上の各態様に係る雑音抑圧装置は、雑音成分の抑圧に専用されるDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)によって実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラム(ソフトウェア)との協働によっても実現される。本発明のプログラムは、周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧処理と、音響信号の強度分布の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定処理と、単位抑圧処理に適用される処理係数と単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明の雑音抑圧装置と同様の作用および効果が実現される。本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で利用者に提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態でサーバ装置から提供されてコンピュータにインストールされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】第1実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【図2】単位抑圧処理の説明図である。
【図3】変数テーブルの模式図である。
【図4】再帰式で算定される尖度比と雑音抑圧率との関係を示すグラフである。
【図5】尖度比と雑音抑圧率との実測値のグラフである。
【図6】雑音抑圧解析装置のブロック図である。
【図7】変数解析部の動作のフローチャートである。
【図8】解析処理のフローチャートである。
【図9】第2実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【図10】第2実施形態の第2処理部の動作のフローチャートである。
【図11】第3実施形態に係る雑音抑圧装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<A:第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る雑音抑圧装置100Aのブロック図である。雑音抑圧装置100Aには信号供給装置12と放音装置14とが接続される。信号供給装置12は、音響信号x(t)を雑音抑圧装置100Aに供給する。音響信号x(t)は、以下の数式(1)で示すように、目的音成分(例えば音声や楽音等の音響)s(t)と雑音成分n(t)との混合音の波形を表す時間領域の信号である。
【数1】
周囲の音響を収音して音響信号x(t)を生成する収音機器や、可搬型または内蔵型の記録媒体から音響信号x(t)を取得して雑音抑圧装置100Aに供給する再生装置や、通信網から音響信号x(t)を受信して雑音抑圧装置100Aに供給する通信装置が信号供給装置12として採用され得る。
【0014】
雑音抑圧装置100Aは、信号供給装置12が供給する音響信号x(t)から音響信号y(t)を生成する音響処理装置である。音響信号y(t)は、音響信号x(t)から雑音成分n(t)を抑圧した音響(目的音成分s(t)を強調した音響)の波形を表す時間領域の信号である。放音装置14(例えばスピーカやヘッドホン)は、雑音抑圧装置100Aが生成した音響信号y(t)に応じた音波を再生する。なお、音響信号y(t)をデジタルからアナログに変換するD/A変換器の図示は便宜的に省略されている。
【0015】
図1に示すように、雑音抑圧装置100Aは、演算処理装置22と記憶装置24とを具備するコンピュータシステムで実現される。記憶装置24は、演算処理装置22が実行するプログラムPG1や演算処理装置22が使用する各種のデータ(例えば変数テーブルTBL)を記憶する。半導体記録媒体や磁気記録媒体などの公知の記録媒体や複数種の記録媒体の組合せが記憶装置24として任意に採用され得る。音響信号x(t)を記憶装置24に記憶した構成(したがって信号供給装置12は省略される)も好適である。
【0016】
演算処理装置22は、記憶装置24に格納されたプログラムPG1を実行することで、音響信号x(t)から音響信号y(t)を生成するための複数の機能(周波数分析部32,雑音推定部34,雑音抑圧部36,波形合成部38,特性値算定部42,変数設定部44A)を実現する。なお、演算処理装置22の各機能を複数の集積回路に分散した構成や、専用の電子回路(DSP)が各機能を実現する構成も採用され得る。
【0017】
周波数分析部32は、音響信号x(t)のスペクトル(複素スペクトル)X(f,τ)を時間軸上のフレーム毎に順次に生成する。スペクトルX(f,τ)の生成には、短時間フーリエ変換等の公知の周波数分析が任意に採用され得る。記号τはフレームを指定する変数であり、記号fは周波数を指定する変数である。なお、通過帯域が相違する複数の帯域通過フィルタで構成されるフィルタバンクも周波数分析部32として採用され得る。
【0018】
雑音推定部34は、音響信号x(t)に含まれる雑音成分n(t)のスペクトル(複素スペクトル)N(f,τ)を推定する。雑音成分n(t)のスペクトルN(f,τ)の推定には公知の技術が任意に採用され得る。例えば、雑音推定部34は、目的音成分s(t)が存在する目的音区間と目的音成分s(t)が存在しない雑音区間とに音響信号x(t)を区分し、雑音区間内の各フレームのスペクトルX(f,τ)を雑音成分n(t)のスペクトルN(f,τ)として特定する。目的音区間と雑音区間との区分には公知の音声検出技術(VAD:Voice Activity Detection)が任意に採用される。
【0019】
雑音抑圧部36は、目的音区間および雑音区間の各フレームの音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対する反復型雑音抑圧で音響信号y(t)のスペクトル(複素スペクトル)Y(f,τ)をフレーム毎に順次に生成する。反復型雑音抑圧は、雑音成分n(t)の抑圧(以下「単位抑圧処理」という)を音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対して反復回数L(Lは自然数)だけ累積的に反復する雑音抑圧処理である。反復型雑音抑圧の実行で生成されるスペクトルY(f,τ)は、以下の数式(2)で表現される。
【数2】
数式(2)の記号jは虚数単位を意味し、記号θx(f,τ)は音響信号x(t)の位相スペクトルを意味する。また、数式(2)の記号|YL(f,τ)|は、音響信号x(t)のスペクトルX(f,τ)に対して反復回数Lの単位抑圧処理を実行した時点の振幅スペクトルである。1回の単位抑圧処理は、以下の数式(3A)および数式(3B)で表現される。
【0020】
【数3】
【0021】
数式(3A)および数式(3B)の振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、第i回目の単位抑圧処理が完了した時点での振幅スペクトル|Yi(f,τ)|を意味する。音響信号x(t)の振幅スペクトル|X(f,τ)|が振幅スペクトル|Yi(f,τ)|の初期値|Y0(f,τ)|として第1回目の単位抑圧処理(振幅スペクトル|Y1(f,τ)|の生成)に適用される。数式(3A)の記号Eτ[|N(f,τ)|2]は、複数のフレームにわたる雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2の時間平均を意味する。数式(3A)の減算係数βおよび数式(3B)のフロアリング係数ηは、雑音成分n(t)の抑圧の度合を制御するための変数(以下では「処理係数」と総称する)である。
【0022】
数式(3A)から理解されるように、第i回目の単位抑圧処理後の振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、雑音成分n(t)のパワースペクトル|N(f,τ)|2の時間平均と減算係数βとの乗算値を、直前(第(i-1)回目)の単位抑圧処理後のパワースペクトル|Yi-1(f,τ)|2から減算した数値の平方根として算定される。ただし、数式(3A)の減算後の数値が負数となる場合、振幅スペクトル|Yi(f,τ)|は、数式(3B)に示すように、直前の振幅スペクトル|Yi-1(f,τ)|とフロアリング係数ηとの乗算値に設定される。数式(2)で説明したように、第L回目の単位抑圧処理の完了後の振幅スペクトル|YL(f,τ)|に音響信号x(t)の位相スペクトルθx(f,τ)を付加したスペクトルY[f,t]がフレーム毎に波形合成部38に供給される。
【0023】
波形合成部38は、雑音抑圧部36がフレーム毎に生成するスペクトルY(f,τ)から時間領域の音響信号y(t)を生成する。具体的には、波形合成部38は、各フレームのスペクトルY(f,τ)を逆フーリエ変換で時間領域の信号に変換するとともに前後のフレームを相互に連結することで音響信号y(t)を生成する。波形合成部38が生成した音響信号y(t)が放音装置14に供給されて音波として再生される。
【0024】
図1の特性値算定部42は、音響信号x(t)内の雑音成分n(t)の特性に応じた形状母数(shape parameter)α0を音響信号x(t)から算定する。形状母数α0は、雑音区間内の複数のフレームにわたる音響信号x(t)のパワー|X(f,τ)|2(すなわち雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2)の度数分布(以下「強度分布」という)の形状に応じて変化する変数である。第1実施形態の特性値算定部42は、音響信号x(t)の強度分布を近似する確率分布D1(図2の部分(A))の形状母数α0を算定する。確率分布D1は、音響信号x(t)のパワーx(x=|X(f,τ)|2)を確率変数とする数式(4)の確率密度関数P(x)で表現されるガンマ分布である。
【数4】
【0025】
数式(4)の形状母数αは以下の数式(5A)および数式(5B)で定義され、数式(4)の尺度母数(scaling parameter)θは以下の数式(6)で定義される。また、数式(4)の記号Γ(α)は、以下の数式(7)で定義されるガンマ関数を意味する。なお、記号E[ ]は平均値(期待値)を意味する。図1の特性値算定部42は、雑音区間内の音響信号x(t)のパワー|X(f,τ)|2を数式(5B)の確率変数xに適用して数式(5A)で算定される形状母数αを、反復型雑音抑圧の実行前の音響信号x(t)の形状母数α0として算定する。
【0026】
【数5】
【数6】
【数7】
【0027】
図1の変数設定部44Aは、雑音抑圧部36が各単位抑圧処理に適用する処理係数(数式(3A)の減算係数βおよび数式(3B)のフロアリング係数η)と雑音抑圧部36による単位抑圧処理の反復回数Lとを、特性値算定部42が算定した形状母数α0に応じて可変に設定する。変数設定部44Aによる変数(β,η,L)の設定には、記憶装置24に格納された変数テーブルTBLが利用される。
【0028】
図3は、記憶装置24が記憶する変数テーブルTBLの模式図である。図3に示すように、変数テーブルTBLは、形状母数α0がとり得る複数の数値の各々(α0_1,α0_2,……)に対して減算係数βとフロアリング係数ηと反復回数Lとの各数値を対応させたデータテーブルである。変数設定部44Aは、特性値算定部42が算定した形状母数α0に対応する減算係数βとフロアリング係数ηと反復回数Lとを変数テーブルTBLから検索および取得して雑音抑圧部36に指示する。雑音抑圧部36は、変数設定部44Aから指示される減算係数βおよびフロアリング係数ηを適用した単位抑圧処理を、変数設定部44Aから指示される反復回数LにわたってスペクトルX(f,τ)に反復的に実行する。したがって、雑音抑圧部36による単位抑圧処理の処理係数(β,η)および反復回数Lは、音響信号x(t)(雑音成分n(t))の特性に応じて可変に制御される。
【0029】
変数テーブルTBL内で各形状母数α0に対応する処理係数(β,η)および反復回数Lは、雑音抑圧率の向上とミュージカルノイズの低減とが高い水準で両立するように解析的に設定される。雑音抑圧率とミュージカルノイズの発生の度合とを定量的に評価するために、以下では数式(3A)および数式(3B)で表現される単位抑圧処理の作用を解析する。
【0030】
雑音区間内の音響信号x(t)の強度分布を近似する確率密度関数P(x)の確率分布D1は、雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2の時間平均Eτ[|N(f,τ)|2]を減算する数式(3A)の単位抑圧処理で図2の部分(B)の確率分布D2に変化する。雑音成分n(t)のパワー|N(f,τ)|2を近似するガンマ分布(D1)の平均値(Eτ[|N(f,τ)|2]に相当する)は、形状母数αと尺度母数θとの乗算値(αθ)であるから、数式(3A)の演算後の確率分布D2は、平均値αθと減算係数βとの乗算値(数式(3A)での減算量)に相当する移動量だけ確率分布D1を確率変数xの負側に平行移動した分布となる。
【0031】
図2の部分(B)に示すように、確率分布D2は、確率変数xが正数となる区間D2Aと確率変数xが負数となる区間D2Bとに区別される。数式(3B)は、図2の部分(C)および部分(D)に示すように、負数の区間D2Bにフロアリング係数η(実際にはパワーに着目しているので自乗値η2)を乗算して区間D2Aに合成する操作を意味する。したがって、単位抑圧処理後の確率密度関数Pss(z)(図2の部分(D)の確率分布D3)は、以下の数式(8A)および数式(8B)で表現される。なお、記号zは、確率密度関数Pss(z)の確率変数である。
【数8】
【0032】
単位抑圧処理に起因して発生するミュージカルノイズが非ガウス性の雑音であることを考慮し、強度分布(確率密度関数)のガウス性の指標となる高次統計量を、単位抑圧処理に起因したミュージカルノイズの発生量の定量的な指標として利用する。具体的には、強度分布(確率密度関数)の尖度(kurtosis)がミュージカルノイズの発生量の指標として好適に採用される。すなわち、単位抑圧処理の前後にわたる尖度の変化が大きいほどミュージカルノイズが顕在化すると評価できる。以下の説明では、単位抑圧処理前の尖度KAに対する単位抑圧処理後の尖度KBの相対比(以下「尖度比」という)κをミュージカルノイズの発生量の指標として利用する(κ=KB/KA)。なお、尖度(尖度比κ)とミュージカルノイズとの相関については、上村益永ほか4名/「スペクトル減算法におけるミュージカルノイズ発生量と対数カートシス比の関連」/電子情報通信学会技術研究報告 応用音響/電子情報通信学会/108(143) p.43-48/2008年7月11日に詳述されている。
【0033】
単位抑圧処理後の尖度Kは以下の数式(9)で表現される。数式(9)の記号μmは、確率密度関数Pss(z)の原点回りのm次モーメントを意味する。
【数9】
【0034】
確率密度関数Pss(z)の2次モーメントμ2は、数式(8A)および数式(8B)を利用した以下の数式(10)で表現される。
【数10】
【0035】
変数(z+βαθ)/θを変数tに置換すると(θdt=dz,z=θ(t−βα))、数式(10)の右辺の第1項は以下の数式(11)に変形される。
【数11】
【0036】
なお、数式(11)の関数Γ(b,a)は、以下の数式(12)で定義される第1種不完全ガンマ関数である。
【数12】
【0037】
他方、変数z/(η2θ)を変数tに置換すると(η2θdt=dz)、数式(10)の右辺の第2項は以下の数式(13)に変形される。
【数13】
【0038】
なお、数式(13)の関数γ(b,a)は、以下の数式(14)で定義される第2種不完全ガンマ関数である。
【数14】
数式(11)および数式(13)を利用すると、数式(10)の2次モーメントμ2を表現する以下の数式(15)が導出される。
【数15】
【0039】
また、数式(15)の2次モーメントμ2と同様の手順で、確率密度関数Pss(z)の4次モーメントμ4を表現する以下の数式(16)が導出される。
【数16】
【0040】
数式(15)および数式(16)を数式(9)に代入することで、単位抑圧処理後の尖度K(α,β,η)を表現する以下の数式(17)が導出される。
【数17】
【0041】
また、雑音抑圧部36による処理前の尖度K(α,β,η)は、数式(17)の変数βおよび変数ηをゼロに設定することで導出される。したがって、音響信号x(t)に対して1回の単位抑圧処理を実行した場合の尖度比κは、以下の数式(18)で表現される。
【数18】
【0042】
次に、雑音抑圧部36による反復型雑音抑圧の性能の指標となる雑音抑圧率(Noise Reduction Rate)Rを検討する。雑音抑圧率Rは、単位抑圧処理後(反復回数Lにわたる単位抑圧処理の反復後)のSN(Signal to Noise)比と単位抑圧処理前のSN比との差分として以下の数式(19)で定義される。
【数19】
数式(19)の記号sは目的音成分s(t)のパワーを意味し、記号nは雑音成分n(t)のパワーを意味する。また、添字INは単位抑圧処理の実行前を意味し、添字OUTは単位抑圧処理の実行後を意味する。すなわち、数式(19)の分母が単位抑圧処理の実行前のSN比に相当し、数式(19)の分子が単位抑圧処理の実行後のSN比に相当する。
【0043】
いま、単位抑圧処理による雑音成分n(t)の抑制量が目的音成分s(t)の抑制量と比較して充分に大きいと仮定すると、単位抑圧処理の前後の目的音成分s(t)の変化を近似的に無視できる(E[sOUT]=E[sIN])から、数式(19)は以下の数式(20)に近似される。
【数20】
【0044】
前述のように雑音成分n(t)のパワーnIN(nIN=|N(f,τ)|2)を近似するガンマ分布の平均値(E[nIN])は、形状母数αと尺度母数θとの乗算値に相当する(E[nIN]=αθ)。他方、単位抑圧処理後のパワーnOUTの平均値E[nOUT]が単位抑圧処理後の確率密度関数Pss(z)(数式(8A)および数式(8B))の原点回りの1次モーメントに相当することを考慮すると、以下の数式(21)が導出される。
【数21】
【0045】
変数(z+βαθ)を変数tに置換すると(dt=dz)、数式(21)の右辺の第1項は以下の数式(22)に変形される。
【数22】
【0046】
同様に、z/(η2θ)を変数tに置換すると(η2θdt=dz)、数式(21)の右辺の第2項は以下の数式(23)に変形される。
【数23】
【0047】
数式(22)および数式(23)を数式(20)に適用することで、音響信号x(t)に対して1回の単位抑圧処理を実行した場合の雑音抑圧率R(α,β,η)を表現する以下の数式(24)が導出される。
【数24】
【0048】
次に、以上の解析を踏まえて、反復型雑音抑圧の過程で第i回の単位抑圧処理の反復が完了した時点での尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)について検討する。形状母数αは単位抑圧処理毎に変化するから、第i回の単位抑圧処理に適用される形状母数α(第i回の単位抑圧処理の直前の形状母数α)を、以下の説明では添字iを付加した符号αiで表現する。
【0049】
数式(4)の確率密度関数P(x)の2次モーメントμ2は以下の数式(25)で表現される。
【数25】
変数(x/θ)を変数Xに置換すると、数式(25)は以下の数式(26)に変形される。
【数26】
数式(26)の導出には、ガンマ関数Γ(α)に関する以下の関係式(27)を利用した。
【数27】
【0050】
また、数式(26)の導出と同様の方法で、確率密度関数P(x)の4次モーメントμ4を表現する以下の数式(28)が導出される。
【数28】
【0051】
数式(26)および数式(28)から、形状母数αの確率密度関数P(x)の尖度Kを表現する以下の数式(29)が導出される。そして、第i回目の単位抑圧処理の完了後の形状母数αi+1を数式(29)に適用すると、以下の数式(29A)が導出される。
【数29】
【0052】
他方、第i回目の単位抑圧処理の完了後の尖度Kは、数式(17)から理解されるように、第i回目の単位抑圧処理前の形状母数αiと当該単位抑圧処理に適用される処理係数(β,η)とで定義される関数K(αi,β,η)としても表現される。数式(29A)の右辺と数式(17)の左辺とが等価であることを考慮すると、以下の数式(30)が導出される。
【数30】
【0053】
数式(30)を形状母数αi+1について整理すると以下の数式(31)が導出される。数式(31)から理解されるように、第(i+1)回目の単位抑圧処理の直前(第i回目の単位抑圧処理の直後)の形状母数αi+1は、第i回目の単位抑圧処理の直後の尖度K(αi,β,η)を変数とする再帰式(換言すると、直前の形状母数αiを変数とする再帰式)で表現される。
【数31】
【0054】
数式(31)の形状母数αi+1を数式(17)の形状母数αに代入すると、第i回目の単位抑圧処理の直前の尖度K(αi,β,η)(関数H(αi,β,η))を変数として第(i+1)回目の単位抑圧処理後の尖度K(αi+1,β,η)を再帰的に表現する以下の数式(32)が導出される。
【数32】
【0055】
したがって、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度比κ(αi+1,β,η)は、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度K(αi+1,β,η)と最初の単位抑圧処理の実行前の尖度K(α0,β,η)との相対比(K(αi+1,β,η)/K(α0,0,0))として以下の数式(33)で表現される。
【数33】
【0056】
他方、雑音抑圧率Rは単位抑圧処理の前後のパワー比の対数値であるから、単位抑圧処理毎に積算(加算)される。したがって、第(i+1)回目の単位抑圧処理が完了した時点の雑音抑圧率R(αi+1,β,η)は、以下の数式(34)で表現される。
【数34】
数式(33)および数式(34)から理解されるように、第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了後の尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の各々は、第i回目の単位抑圧処理の直前の形状母数αi(あるいは、第i回目の単位抑圧処理の直後の尖度K(αi+1,β,η)や尖度K(αi+1,β,η)で定義される関数H(K(αi,β,η)))を変数とする再帰式で表現される。数式(33)および数式(34)は積分を含まないから、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の演算が簡素化されるという利点がある。
【0057】
図4は、数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との関係(理論値)を示すグラフである。図4では、フロアリング係数ηを変化させた複数の場合(η=0.50,0.90,0.97)の尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との関係が図示されている。なお、形状母数αiの初期値α0は1に設定され、減算係数βは2に設定されている。また、図4には、雑音抑圧率が横軸の各数値(0,0.5,1.0,……,12)となるように減算係数βやフロアリング係数ηを設定した単位抑圧処理を1回だけ実行する場合(以下「1回型雑音抑圧」という)の雑音抑圧率と尖度比との関係が併記されている。
【0058】
図4から理解されるように、単位抑圧処理の処理係数(フロアリング係数η)を適切な数値(η=0.97)に設定することで、1回型雑音抑圧と比較して、単位抑圧処理に起因したミュージカルノイズ(尖度比κの上昇)を充分に抑制しながら有効な雑音抑圧を実現することが可能である。他方、単位抑圧処理の処理係数(β,η)の数値によっては(例えばη=0.5)、1回型雑音抑圧の場合と比較してミュージカルノイズが顕在化する場合もある。
【0059】
図5は、図4と同様の条件のもとで実際に雑音抑圧を実行した場合の結果(実測値)を示すグラフである。数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の傾向が高い精度で実測値と整合することが図4と図5との対比で理解される。したがって、数式(33)および数式(34)は、反復型雑音抑圧の解析の結果として妥当であると評価できる。なお、図4の論理値と図5の実測値との誤差は、音響信号x(t)の強度分布の近似(確率分布D1での近似)の誤差に起因すると推察される。
【0060】
図3の変数テーブルTBLは、以上の解析の結果(数式(33)および数式(34))を利用して作成される。図6は、変数テーブルTBLを作成する雑音抑圧解析装置200のブロック図である。雑音抑圧解析装置200は、雑音抑圧装置100Aと同様に、演算処理装置72と記憶装置74とを具備するコンピュータシステムで実現される。演算処理装置72は、記憶装置74が記憶するプログラムPG2を実行することで変数解析部76として機能する。変数解析部76は、雑音抑圧装置100Aで使用される変数テーブルTBLを生成する。
【0061】
図7は、変数解析部76の動作のフローチャートである。図7の動作は、例えば雑音抑圧解析装置200に対する利用者からの指示(変数テーブルTBLの生成の指示)を契機として実行される。概略的には、変数解析部76は、形状母数αが初期値α0である音響信号x(t)の反復型雑音抑圧の各単位抑圧処理に最適な処理係数(β,η)および反復回数Lを決定する処理(S10〜S15)を、音響信号x(t)の形状母数αとして想定される複数の初期値α0の各々について順次に実行する(S16:NO)。
【0062】
図7の処理を開始すると、変数解析部76は、形状母数αの初期値α0を設定する(S10)。変数解析部76は、初期値α0をステップS10の処理毎に順次に更新する。初期値α0は、音響信号x(t)の形状母数αとして想定される範囲(例えば3≦α0≦101)内で所定の刻み幅(例えば2)ずつ変化させた各数値に設定される。
【0063】
次に、変数解析部76は、処理係数(β,η)を暫定的に設定したうえで(S11)、図8の解析処理を実行する(S12)。解析処理は、ステップS10の初期値α0およびステップS11の処理係数(β,η)を数式(33)に適用することで算定される尖度比κ(αi+1,β,η)と、同様に初期値α0および処理係数(β,η)を数式(34)に適用することで算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とに応じて、単位抑圧処理の反復回数Lを決定する処理である。具体的には、処理係数(β,η)を適用した単位抑圧処理を形状母数α0(ステップS10での設定値)の音響信号x(t)に対して反復的に実行した場合に、数式(33)で算定される尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを下回るという条件(S23:YES)、または、数式(34)で算定される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを上回るという条件(S25:YES)が成立するように、単位抑圧処理の反復回数Lが決定される。許容値κtarおよび目標値Rtarは、雑音抑圧装置100Aの用途や仕様(ミュージカルノイズの低減や雑音抑圧の性能が要求される程度)に応じて事前に設定される。
【0064】
図8に示すように、解析処理は、単位抑圧処理の反復回数Lの暫定的な数値に相当する変数iを順次に増加させながら(S20)、当該変数iに対応する尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とを順次に再帰的に解析する処理である。解析処理を開始すると、変数解析部76は、変数iを更新する(S20)。具体的には、変数解析部76は、解析処理の開始後の最初(第1回目)のステップS20では変数iをゼロに初期化し、第2回目以降のステップS20では処理毎に変数iを1ずつ増加させる。
【0065】
変数解析部76は、現段階の変数iに対応する形状母数αiと図7のステップS11で設定された処理係数(β,η)とを適用した数式(33)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)(第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了時の尖度比)を算定する(S21)。解析処理の開始の直後のステップS21では、直前のステップS10にて設定された初期値α0が数式(33)の形状母数αiとして適用される。また、変数解析部76は、形状母数αiと処理係数(β,η)とを適用した数式(34)の演算で雑音抑圧率R(αi+1,β,η)(第(i+1)回目の単位抑圧処理の完了時の雑音抑圧率)を算定する(S22)。
【0066】
変数解析部76は、直前のステップS21で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを上回るか否かを判定する(S23)。判定の結果が肯定である場合(ミュージカルノイズが許容範囲を超える場合)、変数解析部76は、現段階の変数iから1を減算した数値(すなわち、尖度比κが許容値κtarを下回る時点での変数iの数値)を反復回数Lとして確定する(S24)。
【0067】
他方、尖度比κ(αi+1,β,η)が許容値κtarを下回る場合(S23:NO)、変数解析部76は、直前のステップS22で算定した雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを上回るか否かを判定する(S25)。判定の結果が肯定である場合(雑音抑圧の性能が目標を達成する場合)、変数解析部76は、現段階の変数iを反復回数Lとして確定する(S26)。
【0068】
雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が目標値Rtarを下回る場合(S25:NO)、変数解析部76は、現段階の変数iが閾値LTH(反復回数Lに許容される最大値)を上回るか否かを判定する(S27)。判定の結果が否定である場合、変数解析部76はステップS20に処理を移行する。すなわち、直前の数値から1だけ増加させた変数iについてステップS21以降の処理が反復される。他方、ステップS23およびステップS25の何れの条件も成立せずに変数iが閾値LTHを上回ると(S27:YES)、変数解析部76は、現段階の変数iを反復回数Lとして確定する(S28)。
【0069】
以上の手順(S24,S26,S28)で反復回数Lを確定すると、変数解析部76は、確定後の反復回数Lと直前のステップS21で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)と直前のステップS22で算定した雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とを、現段階の処理係数(β,η)と対応させて記憶装置74に記憶させる(S29)。
【0070】
以上が解析処理(S12)の内容である。減算係数βとフロアリング係数ηとの各数値を図7のステップS11にて変化させた複数の場合の各々について図8の解析処理が反復される(S13:NO)。具体的には、減算係数βがとり得る数値とフロアリング係数ηがとり得る数値との全通りの組合せについて反復回数Lと尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とが解析処理で算定される。減算係数βは、例えば所定の範囲Aβ(例えば1≦β≦3の範囲)内で所定の刻み幅Wβ(例えばWβ=0.1)ずつ変化させた各数値に設定される。同様に、フロアリング係数ηは、所定の範囲Aη(例えば0.90≦η≦0.995の範囲)内で所定の刻み幅Wη(例えばWη=0.05)ずつ変化させた各数値に設定される。
【0071】
全部の処理係数(β,η)について解析処理が完了すると(S13:YES)、変数解析部76は、現段階の形状母数αの初期値α0に対して最適な処理係数(β,η)および反復回数Lを、解析処理で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて決定する(S14)。例えば、変数解析部76は、解析処理で算定した尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を含むベクトルVと許容値κtarおよび目標値Rtarを含むベクトルVtarとの類似度λ(例えば距離や内積)を処理係数(β,η)毎に算定し、類似度λが最大となるベクトルVに対応する処理係数(β,η)と、当該処理係数(β,η)を適用した解析処理で算定された反復回数Lとを、変数テーブルTBLで初期値α0に対応させる変数として選択する。また、ベクトルVtarとの類似度λが複数のベクトルVで近似する場合、変数解析部76は、反復回数Lが最小となる処理係数(β,η)と当該反復回数Lとを選択する。
【0072】
変数解析部76は、ステップS14で選択した処理係数(β,η)と反復回数Lとを初期値α0に対応させて記憶装置74に記憶する(S15)。全部の初期値α0について以上の処理(S10〜S15)が完了すると(S16:YES)、変数解析部76は、図7の処理を終了する。以上の説明から理解されるように、図7の処理が完了した時点では、各初期値α0に処理係数(β,η)と反復回数Lとを対応させた変数テーブルTBLが記憶装置74に生成される。変数解析部76が生成した変数テーブルTBLが雑音抑圧装置100Aの記憶装置24に転送されて音響信号x(t)の反復型雑音抑圧に適用される。
【0073】
以上に説明した第1実施形態では、音響信号x(t)の特性(形状母数α0)に応じて単位抑圧処理の処理係数(β,η)と反復回数Lとが可変に設定されるから、処理係数(β,η)と反復回数Lとを試行錯誤的に選定する場合と比較して、処理係数(β,η)と反復回数Lとを適切かつ容易に選定できるという利点がある。また、反復型雑音抑圧の過程での過去の形状母数αiを変数として数式(33)で再帰的に定義される尖度比κ(αi+1,β,η)と、過去の形状母数αiを変数として数式(34)で再帰的に定義される雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とに応じて変数テーブルTBLの各初期値α0に対応する処理係数(β,η)および反復回数Lが解析的に設定されるから、処理係数(β,η)や反復回数Lを試行錯誤的に選定する場合と比較して、ミュージカルノイズの抑制と効果的な雑音抑圧とを高度に両立することが可能である。
【0074】
<B:第2実施形態>
本発明の第2実施形態を説明する。なお、以下の各例示において作用や機能が第1実施形態と同等である要素については、以上の説明で参照した符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0075】
図9は、第2実施形態の雑音抑圧装置100Bのブロック図である。図9に示すように、雑音抑圧装置100Bは、第1実施形態の変数設定部44Aを変数設定部44Bに置換した構成である。変数設定部44Bは、第1処理部51と第2処理部52とを含んで構成される。
【0076】
第1処理部51は、第1実施形態の変数設定部44Aと同様に、特性値算定部42が算定した形状母数α0に対応する処理係数(β,η)と反復回数Lとを変数テーブルTBLから特定する。なお、第1処理部51が変数テーブルTBLから特定した変数の記号に以下では便宜的に添字T(table)を付加する(βT,ηT,LT)。第2処理部52は、第1処理部51が特定した処理係数(βT,ηT)および反復回数LTと数式(33)および数式(34)とを利用して確定的な処理係数(β,η)と反復回数Lとを決定する。雑音抑圧部36の動作は第1実施形態と同様である。
【0077】
図10は、第2処理部52の動作のフローチャートである。図10の処理は、第1処理部51による変数(βT,ηT,LT)の特定を契機として実行される。図10の処理を開始すると、第2処理部52は、処理係数(βC,ηC)と反復回数LCとを設定する(S30)。各変数(βC,ηC,LC)は、ステップS30の処理毎に順次に更新される。
【0078】
具体的には、減算係数βCは、所定の範囲aβ内で所定の刻み幅wβずつ変化させた各数値に設定され、フロアリング係数ηCは、所定の範囲aη内で所定の刻み幅wηずつ変化させた各数値に設定される。減算係数βCの範囲aβは、第1処理部51が特定した減算係数βTを含む範囲(例えば減算係数βTを中心とする範囲)に設定される。同様に、フロアリング係数ηCの範囲aηは、第1処理部51が特定したフロアリング係数ηTを含む範囲(例えばフロアリング係数ηTを中心とする範囲)に設定される。反復回数LCは、第1処理部51が特定した反復回数LTを含む範囲(例えば反復回数LTを中心とする範囲)内で順次に更新される。
【0079】
また、第2処理部52が設定する減算係数βCの範囲aβは、図7のステップS11で設定される減算係数βの範囲Aβと比較して狭く、範囲αβ内での刻み幅wβは、ステップS11で設定される減算係数βの刻み幅Wβと比較して小さい(例えばwβ=Wβ/4)。同様に、第2処理部52が設定するフロアリング係数ηCの範囲aηは、図7のステップS11で設定されるフロアリング係数ηの範囲Aηと比較して狭く、範囲aη内での刻み幅wηは、ステップS11で設定されるフロアリング係数ηの刻み幅Wηと比較して小さい(例えばwη=Wη/4)。
【0080】
第2処理部52は、特性値算定部42が算定した形状母数αの初期値α0とステップS30で設定した処理係数(βC,ηC)および反復回数LCとを適用した数式(33)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)を算定する(S31)。同様に、第2処理部52は、形状母数αの初期値α0と処理係数(βC,ηC)および反復回数LCとを適用した数式(34)の演算で雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を算定する(S32)。以上の処理(S30〜S32)は、減算係数βCとフロアリング係数ηCと反復回数LCとの各数値の全通りの組合せについて反復される(S33:NO)。
【0081】
各変数(βC,ηC,LC)の全通りの組合せについて尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の算定が完了すると(S33:YES)、第2処理部52は、複数の組合せのうち尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が最適値となる組合せの各変数(βC,ηC,LC)を、雑音抑圧部36による反復型雑音抑圧に適用される確定的な変数(β,η,L)として選択する(S34)。例えば、図7のステップS14と同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)のベクトルVと許容値κtarおよび目標値RtarのベクトルVtarとの類似度λを各変数(βC,ηC,LC)の組合せ毎に算定し、類似度λが最大となるベクトルVに対応する各変数(βC,ηC,LC)を、確定的な処理係数(β,η)および反復回数Lとして選択する。また、ベクトルVtarとの類似度λが複数のベクトルVで近似する場合、第2処理部52は、反復回数Lが最小となる組合せの各変数(βC,ηC,LC)を選択する。以上が第2処理部52の動作である。
【0082】
第2実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第2実施形態では、変数テーブルTBLから特定された変数(βT,ηT,LT)を含む範囲内で設定された変数(βC,ηC,LC)の組合せのうち尖度比κ(αi+1,β,η)と雑音抑圧率R(αi+1,β,η)とが最適値となる組合せの各変数(β,η,L)が雑音抑圧部36での反復型雑音抑圧に適用される。そして、第2処理部52が尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の算定に適用する処理変数(βC,ηC)の変化の刻み幅(wβ,wη)は、変数テーブルTBLの作成時の刻み幅(Wβ,Wη)と比較して小さい。したがって、変数テーブルTBL内の各変数が雑音抑圧部36に指示される第1実施形態と比較すると、反復型雑音抑圧に適用される処理変数(β,η)を、更に適切な数値に設定することが可能である。すなわち、効果的な雑音抑圧とミュージカルノイズの抑制との両立という効果は格別に顕著となる。
【0083】
<C:第3実施形態>
図11は、第3実施形態の雑音抑圧装置100Cのブロック図である。図11に示すように、利用者からの指示を受付ける入力装置16が雑音抑圧装置100Cに接続される。利用者は、入力装置16を適宜に操作することで、尖度比κ(αi+1,β,η)の許容値κtarと雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の目標値Rtarとを可変に指示する。
【0084】
図11に示すように、記憶装置24は、複数の変数テーブルTBLを記憶する。変数テーブルTBLの生成時に使用される許容値κtarと目標値Rtarとの各数値の組合せは変数テーブルTBL毎に相違する。すなわち、許容値κtarと目標値Rtarとの各数値の組合せ毎に雑音抑圧解析装置200が図7の処理を実行することで各変数テーブルTBLが生成される。
【0085】
変数設定部44Aは、記憶装置24に記憶された複数の変数テーブルTBLのうち利用者が入力装置16から指示した許容値κtarおよび目標値Rtarに対応する変数テーブルTBLを選択し、その変数テーブルTBLを利用して処理係数(β,η)および反復回数Lを設定する。変数テーブルTBLを利用した各変数(β,η,L)の設定の方法は第1実施形態と同様である。
【0086】
第3実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第3実施形態では、利用者から指示された許容値κtarおよび目標値Rtarに応じた変数テーブルTBLが選択的に処理係数(β,η)および反復回数Lの設定に利用されるから、雑音抑圧の性能やミュージカルノイズの低減の度合を利用者の要求に応じて調整できるという利点がある。なお、以上の説明では第1実施形態の変数設定部44Aを具備する雑音抑圧装置100Cを例示したが、複数の変数テーブルTBLを選択的に利用する第3実施形態の構成は、変数設定部44Aを変数設定部44Bに置換した第2実施形態にも同様に適用される。
【0087】
<D:変形例>
以上の各形態は多様に変形される。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様は適宜に併合され得る。
【0088】
(1)変形例1
以上の形態では、音響信号x(t)の強度分布を近似する確率密度関数P(x)の形状母数α0を雑音成分n(t)の特性の指標(雑音特性値)として例示したが、雑音特性値は形状母数α0に限定されない。例えば、音響信号x(t)の強度分布から直接に算定される統計量(例えば尖度等の高次統計量)や、音響信号x(t)の振幅|X(f,τ)|の度数分布に応じた統計量(例えば振幅|X(f,τ)|の度数分布を近似する確率密度関数の形状母数)も雑音特性値として利用され得る。すなわち、雑音特性値は、音響信号x(t)の特性(特に雑音成分n(t)の特性)に応じて変化する数値(典型的には強度分布の形状に応じた数値)として包括される。
【0089】
(2)変形例2
以上の各形態では、処理係数(β,η)および反復回数Lの設定に変数テーブルTBLを利用したが、変数テーブルTBLの利用は省略され得る。例えば、変数設定部44Aが処理係数(β,η)および反復回数Lを所定の範囲内で順次に変化させながら数式(33)および数式(34)の演算で尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)を算定し、第2実施形態と同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)が適切な数値となる処理係数(β,η)と反復回数Lとを選択して雑音抑圧部36に指示する構成も採用される。
【0090】
(3)変形例3
以上の各形態では、雑音抑圧装置100(100A,100B,100C)と雑音抑圧解析装置200とを別体の装置として例示したが、雑音抑圧装置100の機能(変数テーブルTBLを生成する変数解析部76)を雑音抑圧装置100に搭載した構成も採用され得る。
【0091】
(4)変形例4
第1実施形態では、数式(33)の尖度比κ(αi+1,β,η)と数式(34)の雑音抑圧率R(αi+1,β,η)との双方を変数テーブルTBLの生成に利用したが、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の片方のみを利用して変数テーブルTBLを生成することも可能である。例えば、図8の解析処理から雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に関連する処理(S22,S25,S26)を省略した構成や、尖度比κ(αi+1,β,η)に関連する処理(S21,S23,S24)を解析処理から省略した構成も採用され得る。第2実施形態においても同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)の片方のみを利用して処理係数(β,η)および反復回数Lを設定することが可能である。
【0092】
また、第1実施形態では、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)のベクトルVと許容値κtarおよび目標値RtarのベクトルVtarとの類似度λに応じて処理係数(β,η)および反復回数Lを選択したが(S14)、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて処理係数(β,η)および反復回数Lを選択する方法は任意である。第2実施形態でも同様に、尖度比κ(αi+1,β,η)および雑音抑圧率R(αi+1,β,η)に応じて第2処理部52が処理係数(β,η)および反復回数Lを確定する方法は、前述の例示から適宜に変更される。
【符号の説明】
【0093】
100A,100B,100C……雑音抑圧装置、200……雑音抑圧解析装置、12……信号供給装置、14……放音装置、16……入力装置、22,72……演算処理装置、24,74……記憶装置、32……周波数分析部、34……雑音推定部、36……雑音抑圧部、38……波形合成部、42……特性値算定部、44A,44B……変数設定部、51……第1処理部、52……第2処理部、76……変数解析部。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧手段と、
前記音響信号の強度分布の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定手段と、
前記単位抑圧処理に適用される処理係数と前記単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を前記雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定手段と
を具備する雑音抑圧装置。
【請求項2】
前記処理係数および前記反復回数を前記雑音特性値毎に記憶する記憶手段を具備し、
前記変数設定手段は、前記特性値算定手段が算定した前記雑音特性値に対応する前記処理係数および前記反復回数を前記記憶手段から取得する
請求項1の雑音抑圧装置。
【請求項3】
前記雑音抑圧手段による処理前の音響信号と前記単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、前記記憶手段に記憶された前記処理係数と前記反復回数とが設定されている
請求項2の雑音抑圧装置。
【請求項4】
前記変数設定手段は、前記雑音抑圧手段による処理前の音響信号と前記単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、前記雑音特性値に対応する前記処理係数および前記反復回数を設定する
請求項1から請求項3の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項5】
前記尖度比が許容値を下回るという条件と、前記雑音抑圧率が目標値を上回るという条件との少なくとも一方が成立するように、前記処理係数および前記反復回数が設定される
請求項3または請求項4の雑音抑圧装置。
【請求項1】
周波数領域で雑音成分を抑圧する単位抑圧処理を音響信号に累積的に反復する雑音抑圧手段と、
前記音響信号の強度分布の形状に応じた雑音特性値を算定する特性値算定手段と、
前記単位抑圧処理に適用される処理係数と前記単位抑圧処理の反復回数との少なくとも一方を前記雑音特性値に応じて可変に設定する変数設定手段と
を具備する雑音抑圧装置。
【請求項2】
前記処理係数および前記反復回数を前記雑音特性値毎に記憶する記憶手段を具備し、
前記変数設定手段は、前記特性値算定手段が算定した前記雑音特性値に対応する前記処理係数および前記反復回数を前記記憶手段から取得する
請求項1の雑音抑圧装置。
【請求項3】
前記雑音抑圧手段による処理前の音響信号と前記単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、前記記憶手段に記憶された前記処理係数と前記反復回数とが設定されている
請求項2の雑音抑圧装置。
【請求項4】
前記変数設定手段は、前記雑音抑圧手段による処理前の音響信号と前記単位抑圧処理の反復後の音響信号との強度分布の尖度比であって前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される尖度比と、前記各単位抑圧処理の実行前の前記雑音特性値と前記各単位抑圧処理に適用される前記処理係数とを変数とする再帰式で算定される雑音抑圧率との少なくとも一方に応じて、前記雑音特性値に対応する前記処理係数および前記反復回数を設定する
請求項1から請求項3の何れかの雑音抑圧装置。
【請求項5】
前記尖度比が許容値を下回るという条件と、前記雑音抑圧率が目標値を上回るという条件との少なくとも一方が成立するように、前記処理係数および前記反復回数が設定される
請求項3または請求項4の雑音抑圧装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−248290(P2011−248290A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124243(P2010−124243)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
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