説明

雲母製品の製造方法

【課題】高い厚みアスペクト比を有する雲母製品を製造する。
【解決手段】雲母製品の製造方法は、原材料をpH5以下の酸溶液に浸漬し、これに攪拌等によって微弱な力学的エネルギーを付与することで剥離を促進し、薄片に剥離分離する剥離工程S1と、得られた薄片を篩分級や水簸分級等の分級操作を行なうことで、所要粒径の薄片を得る分級工程S3が行なわれる。この製造方法で得られる雲母製品は、厚みアスペクト比が20以上となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高い厚みアスペクト比を有する雲母製品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
雲母(マイカ)は、積層構造を形成した2:1型粘土鉱物であって、高い劈開性(各層間が剥がれやすいという特徴)を備えている。雲母の原鉱石は世界中に広く分布し、埋蔵量も多く、安定供給が可能で、工業的にも利用し易い価格であることから、幅広い分野に多量に用いられている。雲母は、例えば絶縁体やコンデンサーに用いられる他、粉末化してプラスチックのフィラーをはじめとする工業的添加材や、化粧品等に使用されている。ここで、天然に産する雲母としては、白雲母(muscovite)、金雲母(phlogopite)、黒雲母(biotite)、それに白雲母の結晶成長が発達せずに止まったセリサイト(sericite:絹雲母)が存在している。これに加えて近年、人工的製造による合成雲母が商品化されている。
【0003】
雲母は、薄く剥がれ易いので、厚みアスペクト比が高いフレークを得ることができ、厚みアスペクト比の高い雲母粉末を、例えばフィラーとしてプラスチック等の樹脂類に添加した場合、樹脂の強度を引き上げることが知られている。また、塗料等に意匠剤として添加する場合においても、雲母粉末もしくはフレークの厚みが薄いほどに、その塗装面や得られた成型品表面は、均一で滑らかなものとなる。更に、雲母は、粉末をそのまま、あるいはこれを酸化チタンで被覆して真珠様の干渉色を呈する粉末として、色剤等にも用いられる。そして、化粧品等に添加する際においても、雲母ほどに薄く、扁平な物質で、安価な材料は考えられない。このように、厚みアスペクト比の高い雲母フレークまたは粉末製品の需要が高まっている。
【0004】
そこで、合成雲母から薄膜シートを製造する手法が知られている。この製造方法は、微細な結晶が得られるように調整した合成雲母を原材料に用いて、薄膜シートを製造している(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平7−73766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の雲母粉末または雲母フレークと呼ばれる製品は、粉砕機等によって大きな力を付与する粉砕等の物理的処理で得られるものであって、原材料の粉砕に伴って剥離が副次的に行なわれるに過ぎず、剥離が十分になされない。また従来の製品は、原鉱石を粉砕して得られるものなので、微細な粉末を含んでいる。微細な粉末は、破断面の割合が大きくなるので、厚みアスペクト比が低下してしまい、微細な粉末を含んでいる従来の製品は、雲母が有する好適な性能が著しく低下する問題が指摘される。
【0006】
また、雲母を物理的に剥離するには、熟練した技術が必要であって、得られた雲母製品が高価になることから、用途が限定され、広く用いられるには至っていない。また、雲母の表面は平滑であるばかりか、化学的に極めて安定であり、このため雲母を化学的に剥離処理を行なうことは困難である。すなわち、雲母を剥離して薄膜シート状、もしくは薄片剥離された粉末を得るには、特殊な技術や、特殊な粉砕機が必要であることから、得られた雲母製品は高価なものになり、利用範囲が大幅に限定されているのが現状である。前述の如く、合成雲母から薄膜シートを製造する方法が提案されているが、合成雲母は天然雲母と比較してかなり高価であり、利用範囲が制限されることから、広く用いられるには至っていない。
【0007】
すなわち本発明は、従来の技術に係る雲母製品の製造方法に内在する前記問題に鑑み、これらを好適に解決するべく提案されたものであって、コストが低廉で、工業的な需要に対応し得る雲母製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を克服し、所期の目的を達成するため、本願の請求項1に係る発明の雲母製品の製造方法は、
結晶構造中に存在するアルミニウム原子が鉄原子に部分的に置換された白雲母の原鉱石またはこの原鉱石を粉砕した粗砕物を、原材料として使用し、
前記原材料を、pH5以下となるように調整した酸溶液に浸漬することで、該原材料を層間で剥離し、厚みアスペクト比が20以上の薄片を得ることを特徴とする。
請求項1に係る発明によれば、原材料を酸溶液に浸漬する剥離処理で、原材料の層間を主に化学的な作用により剥離するので、高い厚みアスペクト比を有する雲母製品を得ることができる。
【0009】
請求項2に係る発明では、前記酸溶液は、水に有機酸を添加することで酸性条件に調整されることを要旨とする。
請求項2に係る発明によれば、環境負荷が小さい有機酸を用いることで、作業性を向上し得ると共に、作業環境の悪化を回避し得る。
【0010】
請求項3に係る発明では、前記酸溶液には、酸化剤が添加されることを要旨とする。
請求項3に係る発明によれば、剥離処理に要する期間を短縮できる。
【0011】
請求項4に係る発明では、前記酸溶液には、還元剤が添加されることを要旨とする。
請求項4に係る発明によれば、剥離処理に要する期間を短縮できる。
【0012】
請求項5に係る発明では、前記剥離処理に際して、前記原材料を浸漬した酸溶液が撹拌されることを要旨とする。
請求項5に係る発明によれば、剥離処理に要する期間を短縮できる。
【0013】
請求項6に係る発明では、前記剥離処理に際して、前記原材料を浸漬した酸溶液が、超音波により振動させられることを要旨とする。
請求項6に係る発明によれば、剥離処理に要する期間を短縮できる。
【0014】
請求項7に係る発明では、前記原材料を剥離処理することで得られた薄片を脱水して、更に粉砕処理を施すことを要旨とする。
請求項7に係る発明によれば、雲母製品の用途に合わせて粒度を調整し得る。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る雲母製品の製造方法によれば、高い厚みアスペクト比を有する雲母製品が、簡単な処理で安価に得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る雲母製品の製造方法は、原材料を酸溶液に浸漬する剥離処理を行なうことで、原材料の層間を主に化学的な作用により剥離して、高い厚みアスペクト比を有する雲母製品を製造するものである。雲母製品とは、フレーク状と、このフレーク状のものより粒径が小さい粉末状のものを含み、粒径の大小があるものの、フレーク状および粉末状の何れであっても薄片状である。
【0017】
前述の如く雲母としては、白雲母(muscovite)、金雲母(phlogopite)、黒雲母(biotite)、セリサイト(sericite:絹雲母)等の天然雲母、または人工的に製造された合成雲母が知られている。ここで、本発明の製造方法では、雲母の中であっても、結晶構造中に存在するアルミニウム原子が鉄原子に部分的に置換された白雲母およびこの白雲母と化学組成が同一であるセリサイトを原材料として、雲母製品を製造する場合に適用される。すなわち、本発明の説明でいう白雲母とは、白雲母だけでなくセリサイトを含むものとする。ちなみに、金雲母および黒雲母は、酸によって構造が崩壊し、最終的には溶解することが知られており、また合成雲母はフッ素を含み、化学的に極めて安定であることから、本発明に係る製造方法での剥離処理は適さない。
【0018】
前記原材料としては、鉱山から掘り出した後に夾雑物を取除いた白雲母の原鉱石や、この原鉱石を粉砕した後に、数センチ〜数十センチ程度に分級して得られる粗砕物が用いられる。そして、雲母製品の厚みアスペクト比とは、得られた薄片の劈開面の長径(平滑面の長径)と積層断面(破断面)との比であって、20以上の高い厚みアスペクト比を有する雲母製品であれば、各種添加材として使用した際に雲母特有の物性が発現される。
【0019】
次に、本発明に係る雲母製品の製造方法につき、好適な実施例を挙げて、添付図面を参照して以下に説明する。
【実施例】
【0020】
実施例に係る雲母製品の製造方法は、原材料を酸溶液に浸漬し、これに攪拌等によって微弱な力学的エネルギーを付与することで剥離を促進し、得られた薄片を篩分級や水簸分級等の分級操作を行なって雲母製品を得るものである。この製造方法で得られる雲母製品は、平均粒径が10μm〜5mmの範囲に微細化されて、かつ厚みアスペクト比が20以上となっている。このように、実施例の製造方法では、図1に示すように、薄片に剥離分離する剥離工程S1と、剥離工程S1で得られた薄片を選り分ける分級工程S3とが少なくとも行なわれる。なお、原材料は、剥離工程S1に先立つ準備工程S0で用意され、この準備工程S0では、夾雑物を取除いた原鉱石をそのまま、あるいはこの原鉱石を粗砕した粗砕物が原材料として用意される。また前記製造方法では、剥離工程S1で得られた薄片を粉砕する粉砕工程S2を、分級工程S3に先立って必要に応じて行なってもよい。
【0021】
前記剥離工程S1において、酸溶液は、水に適宜の酸を添加することで、pH5以下の酸性条件に調整される。ここで、酸溶液が、pH5より大きい酸性条件にあると、原材料の層間を分離させる化学的作用が弱すぎて原材料を剥離することができない。なお、剥離工程S1において使用する酸の種類としては、特に限定されないが、クエン酸、リンゴ酸および酢酸等の有機酸、硫酸、塩酸および硝酸等の強酸を、単独あるいは複数種混合して用いることが可能である。
【0022】
前記剥離工程S1では、原材料を酸溶液に浸漬して、酸の化学的作用により剥離を図る化学的処理が施される。原材料の雲母の結晶構造には、該結晶構造を通常形成すべき原子とは異なる原子が存在する箇所や、雲母の結晶方向が変化する境界面に異物原子等が存在する箇所がある。すなわち、白雲母には、結晶構造中に存在すべきアルミニウム原子が、異なる原子としての鉄原子に部分的に置換された箇所が存在している。そこで化学的処理では、原材料における白雲母の結晶構造に存在する鉄原子を酸で溶解することで(鉄原子の遷移性を崩すことで)、原材料の積層状態を崩して原材料を薄膜状に剥離分離している。化学的処理によって得られる薄片は、原材料に力を加えて破断して薄膜状とするものではなく、積層された結晶構造における層間で剥離して薄膜状に分離されるものである。すなわち、薄片は、劈開面が大きい一方、破断面の占める割合が小さいので、厚みアスペクト比が高くなる。また化学的処理は、原材料を粉砕するものではないので、微細な粉末の発生を抑制することができる。
【0023】
前記剥離工程S1で用いられる酸溶液には、酸単独であっても、酸と共に酸化剤および還元剤の何れか一方または両方を添加してもよい。酸溶液に酸化剤や還元剤を添加することで、原材料の結晶構造を化学的に不安定な状態にして、より効果的に薄く剥離することができる。ここで、酸化剤としては、次亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸等の塩を用いることができる。一方、還元剤としては、亜硫酸、亜硫酸塩、亜硫酸水素化合物や、有機酸として、シュウ酸、アスコルビン酸等を用いることができる。例えば、酸として弱酸を単独で用いた場合や原材料の結晶構造に含まれる鉄原子が少ない場合に、剥離工程S1に要する期間が長くなるが、酸化剤および還元剤の何れか一方または両方を添加した酸溶液で剥離処理を行なうことで、処理期間を一層短縮できる。なお、酸化剤および還元剤は、雲母結晶構造中に存在する、雲母構成原子と置換して存在する原子あるいは雲母層間に存在する異物原子の種類によって決定される。
【0024】
実施例の剥離工程S1では、酸による化学的処理だけでなく、原材料を浸漬した酸溶液を流動および/または振動することで、酸溶液中の原材料に微弱な力を加えて物理的作用により薄片の剥離を促進する物理的処理が並行して施される。物理的処理は、化学的処理による原材料の剥離を補助することを目的として行なわれる。物理的処理では、原材料が浸漬された酸溶液を撹拌装置により撹拌したり、超音波により酸溶液に振動を与えること等の物理的作用を原材料に付与している。実施例の物理的処理では、撹拌装置により原材料を酸溶液中に舞い上げて、酸溶液底部に沈殿しない程度に撹拌している。なお、撹拌装置としては、プロペラや水中ポンプ等によって起こされる水流によって酸溶液を原材料と共に撹拌するものが採用される。
【0025】
物理的処理は、酸溶液に原材料を浸漬してから一定時間経過して、原材料に対する酸の化学的作用が得られてから撹拌を行なう。すなわち、物理的処理では、撹拌を連続して行なわずに、撹拌を間欠的に繰り返すようになっている。なお、振動の他の方法で酸溶液に浸漬した原材料に物理的作用を付与する場合であっても、物理的処理を間欠的に施すほうがよい。なぜなら、原材料に対して物理的処理を連続して行なうと、通常の粉砕機による粉砕に近いものとなり、原材料から薄片を剥離することが難しくなる。このように、剥離工程S1において、物理的処理を行なうことで、原材料の結晶構造に含まれる異なる原子等と酸との反応機会を増やすと共に、原材料を揺り動かして、化学的処理によって弱められた原材料の層間の剥離を図っている。従って、化学的処理に原材料の粉砕を伴わない物理的処理を併用することで、剥離工程S1に要する期間を短縮することができる。なお、物理的処理は、剥離工程S1において省略可能である。
【0026】
前記剥離工程S1は、原材料の剥離状況に応じて多段に行なわれ、実施例の製造方法では、初回の剥離工程(以下、一次剥離工程S11という。)で原材料の剥離が不十分な場合は、剥離工程(以下、二次剥離工程S12という。)を再度行なうようになっている(図1参照)。なお、二次剥離工程S12は、一次剥離工程S11で原材料が十分に剥離される場合は省略される。一次剥離工程S11で行なう化学的処理では、酸として有機酸等の弱酸を採用するのが好適であり、実施例では無色無臭の有機酸であるクエン酸を水に添加してpH3.0に調整した酸溶液が使用される。このように、酸溶液の調整にあたって弱酸を用いることで、作業環境の悪化を回避でき、よって廉価に製造できる。また、食品添加物としても使用可能な有機酸を用いるのが、作業環境を考慮すると最適である。
【0027】
前記二次剥離工程S12は、一次剥離工程S11で十分な効果が得られなかった場合に行なう工程であり、一次剥離工程S11で用いた酸溶液より強い酸性条件で、酸化剤または還元材を添加して剥離処理を行なうとよい。ここで、原材料として用いる白雲母では、異なる原子として結晶構造中に最も多く存在するのが鉄原子であることから、実施例の二次剥離工程S12では添加剤として酸化剤を用いるのが効果的である。二次剥離工程S12の化学的処理では、塩酸や硫酸等の強酸を用いて酸溶液をpH1.0以下に調整し、この酸溶液に酸化剤を添加してある。すなわち、二次剥離工程S12の化学的処理は、一次剥離工程S11の化学的処理より原材料に対する化学的作用を強くすることで、一次剥離工程S11の酸性条件で崩せなかった原材料の層間の結合状態の分離を図っている。なお、二次剥離工程S12の物理的処理は、一次剥離工程S11の物理的処理と同様の処理が行なわれるので、説明を省略する。
【0028】
前記製造方法では、一次剥離工程S11および二次剥離工程S12で原材料を剥離して得られた薄片が、分級工程S3で分級することで平均粒径が揃えられて雲母製品とされる。実施例の分級工程S3では、篩分級、水簸分級等の適宜の選り分け方法によって行なわれる分級ステップで薄片の粒度分布が調節される。その後、薄片を炭酸アンモニウム、アンモニア水、炭酸ナトリウム、モノエタノールアミン、炭酸水素アンモニウム、アルギニン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリで中和される中和ステップが行なわれる。そして、薄片は、乾燥ステップで乾燥されて雲母製品とされる。
【0029】
実施例の製造方法により得られる雲母製品は、粉砕ではなく層間の剥離により分離されるものであるから、原材料の粉砕により生じる破断面が薄片に生じ難く、20以上の高い厚みアスペクト比を有しており、平滑な劈開面が大きくて破断面の占める割合が極めて低いことが特徴である。しかも、粒度を揃えて乾燥した雲母製品は、薄膜状であるが故に、シート状を呈している。このように、実施例の製造方法で得られる雲母製品は、化学的処理によって剥離されて、破断面の割合が大きく低い厚みアスペクト比となる傾向が強い微粉末を殆ど含んでいないから、全体として高い厚みアスペクト比を担保し得る。
【0030】
前記剥離工程S1で得られた薄片は、雲母製品の用途に合わせて更に粉砕工程S2を行なうことで微細化とすることも可能である。粉砕工程S2では、剥離工程S1で得られた薄片を脱水し、水流式ジェット粉砕、石臼による湿式摩砕等の湿式粉砕や、乾式ボールミル粉砕、加圧ローラーミル粉砕、気流式ジェットミル粉砕、またアトマイザー等の衝撃粉砕機による乾式粉砕によって粉砕される。なお、粉砕工程S2は、分級工程S3の後に行ない、分級工程S3を経て得られた雲母製品を粉砕してもよい。
【0031】
(実験例1)
実験例1では、本発明に係る製造方法で得られる雲母製品の平均粒径と収率との関係を検証した。
・試料1:透明淡緑色を呈している、南インド産の白雲母原鉱石の粗砕物
・試料2:透明淡赤色を呈している、同産地白雲母原鉱石の粗砕物
・試料3:透明極淡灰色を呈している、北インド産の白雲母原鉱石の粗砕物
試料1および試料2は、何れも南インド産であるが、鉱山が違い、色調が異なっている。また試料1〜3は、X線回折(XRD)により、何れも白雲母(muscovite)であることを確認している。なお、各試料中に含まれる鉄の量は、試料1が2.9%と最も多く、試料2が2.1%、試料3では1.3%である。また試料1〜3は、フレークサイズであって、おおよそ10mm〜30mmの範囲の大きさにある。
【0032】
実験例1は、以下の条件で行なった。500gの試料1〜3を夫々用意し、各試料を水道水で水洗することで、各試料の表面に付着している他種の鉱物粉末(土や粘土)等の夾雑物を除去した。また、ガラス製ビーカーに用意した5リットルの脱イオン水に、各試料を夫々懸濁し、マグネットスターラーで撹拌しながら、クエン酸を添加してpH3.0に調整した。酸溶液に浸漬した各試料を、3日間静置することで、各試料に酸溶液を十分に吸収させた。その後は、マグネットスターラーで酸溶液を1時間づつ毎日1回撹拌した。これを15日間行なった後(剥離工程日数:18日)、浮遊物を含む上澄み液をデカンテーションで分離した。デカンテーションによる分級を繰り返し行なった後、炭酸アンモニウムで中和し、薄片を水に懸濁した状態で篩いにより各粒度に分級し、粒度分布測定装置(日機装株式会社Microtrac MT−3000)により平均粒径を確認した。その後、110℃で乾熱乾燥して、得られた雲母製品を秤量して、各平均粒径の範囲における収率を算出すると共に、各平均粒径の範囲における厚みアスペクト比を求めた。また、試料1〜3を酸溶液ではなく水に浸漬した比較例についても、前記酸溶液を用いる実施例と同様に撹拌・静置等の操作を行ない、得られた雲母製品を秤量して、各平均粒径の範囲における収率を算出すると共に、各平均粒径の範囲における厚みアスペクト比を求めた。
【0033】
ここで、厚みアスペクト比の測定は、走査電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクノロジーズ製走査電子顕微鏡S−2400、以下SEMと称す。)による観察下で行なった。SEMの試料台に固着させた雲母製品を、一つの粒が視野に入る最大限まで観察倍率を高くして、劈開面(平滑面)、もしくは積層断面(破断面)の方向から、画像を取り込む(撮影する)。次に、試料台を回転させて、先程とは異なる方向から、画像を取り込む(撮影する)。このようにして得られた画像(写真)を計測し、劈開面の計測値を積層断面の計測値で除して各雲母製品ごとの厚みアスペクト比を求めた。この操作を、任意に抽出した100個の雲母フレークに対して行ない、平均値を算出することで厚みアスペクト比とした。実験例1の結果を、以下の表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示すように、実験に供した試料1〜3は、何れもクエン酸による剥離工程で剥離効果が確認された。なお、各試料の一部は酸溶液に溶解して回収不能になったが、この量は、各試料ともに5%程度であった。平均粒径が1mm以上として残存した率、すなわち微細化されなかった率は、試料1が38%と最も低く、次いで試料2の44%、試料3では71%が残存した。また、100μm以下にまで微細化された率は、試料1が25%と最も高く、試料2が21%、試料3は僅か6%であった。このように、剥離工程による剥離作用は、試料とした白雲母の原鉱石の種類によって異なるが、これは白雲母の原鉱石に含まれる鉄の量によって決定され、原材料に含まれる鉄の量が多い程、剥離工程による剥離作用が強く働き、微細化された雲母製品が得られることが判明した。実験例1における厚みアスペクト比は、表1に示すように、白雲母の原鉱石に含まれる鉄の量が多いほど大きく、また平均粒径が100μm以下の雲母製品よりも100μmから1mmの範囲の粒径にある雲母製品が大きな値を示した。なお、雲母製品の平均粒径が1mmを超えるものは、大きすぎてSEM観察が不可能であることから計測不能であるが、平均粒径1mm以下の雲母製品が少なくとも厚みアスペクト比75以上であることから、平均粒径が1mmを超える雲母製品であっても厚みアスペクト比が20以上であることは予想される。そして、酸溶液ではなく水に浸漬した比較例から判るように、水に浸漬しても試料の剥離が進行せず、また得られた雲母製品の厚みアスペクト比が非常に低い。
【0036】
(実験例2)
実験例2は、強い酸性条件で、かつ酸溶液に酸化剤を添加した場合の剥離工程における剥離作用について検証した。実験例2では、実験例1と同じ試料1〜3を、ガラス製ビーカーに用意した5リットルの脱イオン水に夫々懸濁し、マグネットスターラーで撹拌しながら、クエン酸を添加してpH3.0に調整した。更に、マグネットスターラーで撹拌しながら、塩酸を用いて酸溶液をpH1.0に調整し、酸化剤として10ミリリットルの次亜塩素酸ナトリウム10%溶液を添加した。この酸溶液に浸漬した各試料を、3日間静置することで、各試料に酸溶液を十分に吸収させた。次亜塩素酸ナトリウムの添加から4日目に15分間、5日目に30分間、第6日目と第7日目とに夫々1時間、それぞれマグネットスターラーで酸溶液を撹拌した。7日目の撹拌終了後に、10ミリリットルの次亜塩素酸ナトリウム10%溶液を再度添加し、その後24時間静置してマグネットスターラーで酸溶液を60分間撹拌した。この酸溶液による静置・撹拌処理を3回繰り返し行なった後、炭酸アンモニウムで中和、浮遊物を含む上澄み液をデカンテーションで分離した(剥離工程日数:15日間)。デカンテーションによる分級を繰り返し行なった後、炭酸アンモニウムで中和し、薄片を水に懸濁した状態で篩いにより各粒度に分級し、粒度分布測定装置(日機装株式会社Microtrac MT−3000)により平均粒径を確認した。その後、110℃で乾熱乾燥して、得られた雲母製品を秤量して、各平均粒径の範囲における収率を算出すると共に、各平均粒径の範囲における厚みアスペクト比を求めた。なお、厚みアスペクト比の計測手法は、実験例1と同じである。実験例2の結果を、以下の表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように、実験に供した試料1〜3は、何れも酸溶液による剥離工程によって原材料が剥離されることが確認された。各試料の処理液溶解率(回収不能量)は8〜 9%程度であり、平均粒径1mm以上の雲母製品が残存した率、すなわち微細化されなかった率は、試料1が15%と最も低く、次いで試料2の28%、試料3では51%が残存した。また、平均粒径100μm以下まで微細化された率は、試料1が41%と最も高く、試料2が33%、試料3は僅か16%であった。このように剥離工程の剥離作用は、前記実験例1のクエン酸のみを添加した酸溶液による処理と同様に、白雲母の原鉱石によって異なるが、クエン酸を単独で用いた実験例1の結果と比較すると、実験例1より強い酸性条件で酸化剤を添加した酸溶液で剥離工程を行なった実験例2ではより強い剥離作用を示すことが判明した。実験例1同様に、実験例2における厚みアスペクト比も、表2に示すように、各試料に含まれる鉄の量が多いほど大きく、また雲母の粒径が100μm以下の粉末よりも1000μm から1mmの範囲の粒径である雲母製品が大きな値を示したが、実験例1と比較して、低い値になった。これは、酸溶液を強い酸性条件とすると共に酸化剤を添加したことで、試料である白雲母の崩壊が促され、微細化が促進されたことによる。
【0039】
(実験例3)
実験例3では、実験例1の実験条件を工業的な製造条件に近づけて実験を行なった。500gの試料1を用意し、各試料を水道水で水洗することで、試料1の表面に付着している他種の鉱物粉末(土や粘土)等の夾雑物を除去した。また、ガラス製ビーカーに用意した5リットルの脱イオン水に、試料1を懸濁し、マグネットスターラーで撹拌しながら、クエン酸を添加してpH3.0に調整した。酸溶液に浸漬した試料1を、3日間静置することで、試料1に酸溶液を十分に吸収させた。その後は、マグネットスターラーで酸溶液を1時間づつ毎日1回撹拌した。これを15日間行なった後(剥離工程日数:18日)、浮遊物を含む上澄み液をデカンテーションで分離した。デカンテーションによる分級を繰り返し行なった後、炭酸アンモニウムで中和し、薄片を水に懸濁した状態で篩いにより各粒度に分級し、粒度分布測定装置(日機装株式会社Microtrac MT−3000)により平均粒径を確認した。その後、110℃で乾熱乾燥して、得られた雲母製品を秤量して、各平均粒径の範囲における収率を算出すると共に、各平均粒径の範囲における厚みアスペクト比を求めた。実験例3の結果を、以下の表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3に示すように、酸溶液に溶解もしくは分級操作中に流出した回収不能量は10%で、原材料そのままに近い形で残存した平均粒径が5mm以上の雲母製品が8%であった。これらは共に全量の約1割程度であることから、試料1全量の約8割に対して、剥離作用が認められ、高い厚みアスペクト比の雲母製品が得られた。平均粒径が1〜5mmの雲母製品の収率27%、平均粒径が100〜1000μm(1mm)の雲母製品の収率32%で、この両者が全量に占める割合は約3割であるが、この粒度領域の雲母製品は極めて薄く剥離されており、乾燥物は虹色の干渉色を呈し、厚みアスペクト比は100を遙かに越えていた。フレーク領域と粉末領域の境界線上にある平均粒径が50〜100μmのものが18%で、また平均粒径50μm以下の粉末は収率5%であった。実験例3における厚みアスペクト比は、雲母の平均粒径が大きくなるほどに高くなる傾向を示したが、雲母の粒径が5mmを超えるものは、大きすぎてSEM観察が不可能であることから計測できなかった。なお、実験例1または2と比較して、より大きな粒径まで、計測することができたのは、粒度分布を狭めた分級を行なったことによる。平均粒径1mm以上では、厚みアスペクト比が極めて大きな値を示したが、SEM観察時において、劈開面と積層断面とを観察した際の倍率が大きくことなることから、正確な数値ではないと考えられ、1000以上とした。
【0042】
次に実験例3に係る試料1における平均粒径50〜100μmの範囲にあるものを用いて、SEMによる観察を行なった。図2に示すように、クエン酸に3日間浸漬した試料1は、雲母の層間が開いていることが観察された。このような箇所は随所に見られ、雲母に含まれる鉄等の異物がクエン酸に溶解することで、雲母の剥離が起こることが確認できた。図3は、実験例3における酸溶液において15日間撹拌処理した試料1であって、(a)は破断面斜め上方向から一万倍に拡大して示したものであり、(b)は破断面方向から二万倍に拡大して示したものである。この試料1の薄片の厚さは0.5〜0.7μm程度であり、厚みアスペクト比は100以上になるが、ほとんどすべてが薄片に剥離されていることが認められた。図4は、酸溶液において15日間撹拌処理した試料1を、SEMによって劈開面方向から観察した写真であって、一万倍に拡大して示したものである。図4に指し示す領域では、雲母の表面が多段になっていることが観察されることから、実験例3の処理により、雲母が剥がれた箇所であると考えられる。このような雲母表面の段差は、粉砕機により強い力学的エネルギーを付与して粉砕した場合には見られないことから、通常の粉砕とは異なった化学的処理により薄片の剥離が行なわれたと云える。
【0043】
(変更例)
(1)剥離工程で行なう物理的処理として、水流式粉砕機によって原材料を粉砕してもよい。これにより、雲母製品を短時間で得られるものの、厚みアスペクト比が低下傾向になる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の好適な実施例に係る雲母製品の製造方法の流れを示すフローチャート図である。
【図2】走査電子顕微鏡による観察写真であって、酸溶液に3日間浸漬した時点での実験例3の試料1を示す。
【図3】走査電子顕微鏡による観察写真であって、実験例3における酸溶液において15日間撹拌処理した試料1に係る雲母製品であって、(a)は破断面斜め上方向から拡大して示したものであり、(b)は破断面方向から拡大して示したものである。
【図4】走査電子顕微鏡による観察写真であって、酸溶液に15日間浸漬した時点での実験例3の試料1に係る雲母製品を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶構造中に存在するアルミニウム原子が鉄原子に部分的に置換された白雲母の原鉱石またはこの原鉱石を粉砕した粗砕物を、原材料として使用し、
前記原材料を、pH5以下となるように調整した酸溶液に浸漬することで、該原材料を層間で剥離し、厚みアスペクト比が20以上の薄片を得る
ことを特徴とする雲母製品の製造方法。
【請求項2】
前記酸溶液は、水に有機酸を添加することで酸性条件に調整される請求項1記載の雲母製品の製造方法。
【請求項3】
前記酸溶液には、酸化剤が添加される請求項1または2記載の雲母製品の製造方法。
【請求項4】
前記酸溶液には、還元剤が添加される請求項1〜3の何れか一項に記載の雲母製品の製造方法。
【請求項5】
前記剥離処理に際して、前記原材料を浸漬した酸溶液が撹拌される請求項1〜4の何れか一項に記載の雲母製品の製造方法。
【請求項6】
前記剥離処理に際して、前記原材料を浸漬した酸溶液が、超音波により振動させられる請求項1〜5の何れか一項に記載の雲母製品の製造方法。
【請求項7】
前記原材料を剥離処理することで得られた薄片を脱水して、更に粉砕処理を施す請求項1〜6の何れか一項に記載の雲母製品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−298627(P2009−298627A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153387(P2008−153387)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(598031095)株式会社 山口雲母工業所 (7)
【Fターム(参考)】