説明

電子ビーム制御装置

【課題】レンズの個数を増やさずに焦点距離を長く設定することができる電子ビーム制御装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成せずに、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するビームモードを採用する。集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成しないので、アパーチャ15aの絞りによる絞りレンズ15の焦点距離を長く設定することができる。したがって、弱い励起強度で用いることが可能となる。また、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するので、絞りレンズ15を縮小モードで使用することになる。したがって、レンズの個数を増やして縮小率を確保せずとも、縮小モードによって十分な総合レンズの縮小率を確保することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工業分野、医療分野などに用いられる電子ビーム制御装置に係り、特に、電子ビームの特性を制御する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビームは、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope)(以下、適宜『SEM』と略記する)や電子線マイクロアナライザー(electron probe microanalyzer)(以下、適宜『EPMA』と略記する) やマイクロフォーカスX線管、さらには透過型電子顕微鏡(transmission electron microscope)(『TEM』とも略記する)やAuger分光装置や電子線リソグラフィー装置や電子ビームライターなどに用いられる。
【0003】
特に、SEMやEPMAやマイクロフォーカスX線管などのように微小電子プローブを利用する場合には、観察試料(X線管の場合にはターゲット)上で、その試料に照射されるときのビーム電流値を可能な限り大きくして、試料に照射されるときの電子ビーム径を可能な限り小さくするように集束させることが、SNや空間分解能を向上させる点で重要である。そのために可能な限り収差を抑えた対物レンズや集束レンズが開発されている。
【0004】
値の大きなビーム電流で電子ビーム径を小さく収めるためには、そのビーム電流に応じた最適な開き角で試料上に電子ビームを集束させて照射させることが必要となる。対物レンズによるアパーチャ交換制御では、開き角を制御するのに離散的になってしまい、微調整がし難いという問題がある。また、開き角を制御するためにはアパーチャの交換という機械的作業を伴う。
【0005】
そこで、開き角を連続的に制御することができるように、集束レンズの励起強度を操作することで設定されたビーム電流値に応じて各レンズの励起強度を操作して開き角を制御する手法が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。特許文献1について、図5を参照して説明する。図5は、装置の光学系の構成を示す概略図である。
【0006】
特許文献1の場合には、図5に示すように、電子銃101を備えており、この電子銃101から電子ビーム102を発生させる。電子ビーム102の照射方向には上流側から順に集束レンズ103、対物レンズ104を配設しており、対物レンズ104を通った電子ビーム102が試料105に向けて照射される。また、集束レンズ103には電子ビーム102を絞る絞り孔を有したアパーチャ106を備えている。また、集束レンズ103と対物レンズ104との間には開き角制御レンズ108を配設しており、この開き角制御レンズ108にも電子ビーム102を絞る絞り孔を有したアパーチャ109を備えている。
【0007】
また、図5に示すように、集束レンズ103と開き角制御レンズ108との間には電子ビーム102が一旦結像する第1クロスオーバAが形成されるとともに、開き角制御レンズ108と対物レンズ104との間には第2クロスオーバが形成されるように各レンズ103,104,108やアパーチャ106,109が操作される。第1クロスオーバ/開き角制御レンズ108間の距離をaとするとともに、開き角制御レンズ108/第2クロスオーバ間の距離をbとする。また、各レンズ間の距離のうち、電子銃101/集束レンズ103間の距離をpとするとともに、集束レンズ103/開き角制御レンズ108間の距離をqとし、開き角制御レンズ108/対物レンズ104間の距離をrとし、対物レンズ104/試料105間の距離をsとする。また、開き角制御レンズ108のアパーチャ109の径をDとする。
【0008】
このような図5に示す構成を有した装置において、集束レンズ103の励起強度を操作することでビーム電流値を設定する。このビーム電流値を設定することによって第1クロスオーバ/開き角制御レンズ108間の距離aを推測し、特許文献1中の(3)式を用いてビーム電流値から最適な開き角αoptを求める。そして、最適な開き角αoptと上述した距離aと、さらに開き角制御レンズ108のアパーチャ109の径Dと開き角制御レンズ108/対物レンズ104間の距離rと対物レンズ104/試料105間の距離sとを特許文献1中の(5)、(6)式にそれぞれ代入して、第2クロスオーバを形成しつつ試料105上に電子ビーム102が結像してフォーカスされるような開き角制御レンズ108の焦点距離f1および対物レンズ104の焦点距離f2をそれぞれ求めて、これらのレンズ104,108に応じた励起強度を操作することで最適な開き角αoptを実現する。
【0009】
このときには、開き角制御レンズ108/第2クロスオーバ間の距離bが、すなわち開き角制御レンズ108と対物レンズ104との間で結像して形成される第2クロスオーバの位置が、開き角制御レンズ108の焦点距離f1によって変動するので、開き角制御レンズ108の励起強度を操作しつつ、対物レンズ104の励起強度を操作している。
【0010】
特許文献2の場合には、特許文献1をさらに改良したもので、第2クロスオーバを形成しない開き角制御モードを提案している。開き角制御レンズの焦点距離を特許文献1の場合よりも長く設定することができ、弱い励起強度で用いることが可能となる。
【0011】
ところで、電子銃としては、加熱して熱電子を放出させることで電子ビームを発生させる熱電子放出型と、強電界をかけ、トンネル効果やショットキー効果を利用して電子を放出させることで電子ビームを発生させる電界放出型とがある。電界放出型では、ビーム電流値を大きく確保するために集束レンズを電子銃側に近づけると十分な縮小率を確保するのが難しくなる。これは、集束レンズが『拡大モード』で動作して、ビーム角がレンズによってしぼむからである。そこで、電界放出型においてもビーム電流値を大きく確保するために、必要な縮小率を回復すべく集束レンズを2段にすることを提案している(例えば、特許文献3参照)。
【0012】
また、上述した特許文献1中の(2)式(電子ビーム径の評価式)や(3)式(最適な開き角の算出式)では対物レンズの収差については考慮しているが、電子銃や集束レンズの収差については考慮していない。上述した電界放出型の場合には電流角密度が低く、対物レンズの収差のみを考慮したのでは、電子ビーム径の評価が不正確となり、ひいては最適な開き角を実現することができない。そこで、電子銃や集束レンズの収差を考慮したものに拡張したものを提案している(例えば、非特許文献1参照)。本明細書中の下記(1)式、(2)式については、非特許文献1中の(41)式、(42)式と同じである。
【0013】
2=P×α6+Q×α2+R+S/α2 …(1)
ただし、P=1/8×Cs2
Q=1/2×Cc2×(ΔE/Vacc2
+4/π4×Cs×Csg×(Vacc/Vext3/2×(Ib/B)2×1/dco4
R=4/π4×Cc×Ccg×(ΔE/Vacc2×(Vacc/Vext3/2
×Ib/B×1/dco2
S=4/π4×Ib/B+(1.22×λ)2
+32/π8×Csg2×(Vacc/Vext3×(Ib/B)4×1/dco8
+8/π4×Ccg2×(ΔE/Vacc2×(Vacc/Vext3
×(Ib/B)2×1/dco4
ここで、dは試料に照射されるときの電子ビーム径、Ibはビーム電流、αは操作される開き角、Csは対物レンズの球面収差係数、Ccは対物レンズの色収差係数、Vextは電子銃の引き出し電圧、Vaccは電子銃の加速電圧、ΔEは電子ビームのエネルギー拡がり、Csgは集束レンズの球面収差係数、Ccgは集束レンズの色収差係数、Bは電子ビームの輝度、dcoは電子源の径(ただし直径)、λは電子ビームのde Broglie波長をそれぞれ表す。上記(1)式が、電子銃や集束レンズの収差を考慮したものに拡張した特許文献1中の(2)式(電子ビーム径の評価式)となる。
【0014】
そして、所望の値のビーム電流Ibが与えられたときに上記(1)式の各係数が決まるので、電子ビーム径dを最小にする開き角αoptが存在する。
【0015】
αopt4={√(Q2+12×P×S)−Q}/(6×P) …(2)
上記(2)式が、電子銃や集束レンズの収差を考慮したものに拡張した特許文献1中の(3)式(最適な開き角の算出式)となる。そして、このビーム電流Ibの値に応じて開き角を上記(2)式で与えられる値に調整するように制御する。
【特許文献1】特公昭56−10740号公報(第1−4頁、第5,6図)
【特許文献2】特許第3351647号公報(第1−4頁、図3,4)
【特許文献3】特開2002−352759号公報(第2−4頁、図1−4)
【非特許文献1】藤田真、「数値シミュレーションによる電子源特性の評価方法について」、島津評論 別刷、第60巻、第1・2号、p.69−86
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、上述したように、特許文献2の場合には、特許文献1よりも焦点距離を長く設定することができて、弱い励起強度で用いることが可能であるが、開き角制御レンズが拡大モードで動作するので、十分な縮小率を確保することが難しくなる。その結果、試料上のビーム径を十分に小さくすることができない。ここで、拡大モードとは、図6(a)に示すように、エミッタEまたはクロスオーバCの開き角をα0とするとともに、試料Sでの開き角をα1としたときにα0>α1の条件を満たすレンズLのビームのことを示す。拡大モードの逆の縮小モードとは、図6(b)に示すように、α0<α1の条件を満たすレンズLのビームのことを示す。
【0017】
上述したように、特許文献3のように電子レンズを2段にして縮小率を確保することも考えられるが、レンズの個数が増える。レンズの個数が増えることでコスト的に不利となり、また、レンズ制御も煩雑なものになってしまう。
【0018】
この発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、レンズの個数を増やさずに焦点距離を長く設定することができる電子ビーム制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
ところで、集束レンズや対物レンズといったレンズの総合レンズ倍率をMとしたとき、その総合レンズ倍率Mを導入することができる。なお、総合レンズ倍率Mは試料上のガウス像径dgと電子源の径dcoとの比で表される。各レンズの励起強度が決まると、その焦点距離などから総合レンズ倍率Mを求めることができる。ところで、ビーム電流Ibと輝度Bとの比(Ib/B)と総合レンズ倍率Mとの間には、下記(3)式のような関係式が成立する。
【0020】
M=2/π×1/dco×√(Ib/B)×1/αopt …(3)
ここで、上記(3)式においても、上述した(1)式や(2)式といった最適な開き角αoptを求める場合においても、ビーム電流の依存性はビーム電流Ibと輝度Bとの比(Ib/B)という形態で常に入っている。すなわち、あるパラメータをtとして、そのパラメータt=Ib/Bで定義すると、総合レンズ倍率Mと最適な開き角αoptとはtの関数でともに表される。
【0021】
M=M(t)、 αopt=αopt(t) …(4)
つまり、ビーム電流Ibを変化させたとき、総合レンズ倍率および最適な開き角の組み合わせ(M、αopt)は上記(4)式の与える動作曲線上を動いてそれぞれが変化する。この組み合わせ、すなわち総合レンズ倍率および開き角の相関関係が所定の条件で満たされるように決められ、その所定の条件が試料に照射されるときの電子ビーム径が最小になる条件であれば、(M、αopt)が動作曲線上を動く限り、最適な開き角αoptが実現できていることになる。動作曲線のグラフの一例は図2に示すとおりである。
【0022】
ここで重要なのは、総合レンズ倍率Mおよび最適な開き角αoptは、レンズ配置とレンズの励起強度とによって一意的に求めることができる動作パラメータであって、電子ビームを照射させるビーム条件を動作曲線上に載せるためにビーム電流Ibや輝度Bを知る必要がないことに留意されたい。
【0023】
なお、上記(4)式の具体的な関数を求めるには、電子源の径dcoや、各レンズの球面/色収差係数Cs,Cc,Csg,Ccgの値を知る必要がある。収差係数については、以前より近軸軌道法・収差積分法を用いて評価することができていた。電子源の径、特に電界放出型では径が非常に小さく、実測が難しく、従来はその見積もり値しか得られていなかったが、近年、非特許文献1のように数値シミュレーションによって電子源の径dcoを定量評価できる一般的な方法を提案している(非特許文献1中の(31)式を参照)。これらの手法によって、上記(4)式を数値シミュレーションで評価することができる。
【0024】
このように、ビーム電流Ibの値や電子ビームの輝度Bを直接的に求めなくても、上述した動作曲線上にある励起強度を求めて、最適な開き角αoptを実現する。
【0025】
この発明は、このような目的を達成するために、次のような構成をとる。
すなわち、請求項1に記載の発明は、電子ビームを発生させる電子源と、電子源からの電子ビームの特性を制御する3つのレンズとを備えた電子ビーム制御装置であって、前記3つのレンズとして、電子ビームの照射方向に対して上流側である前記電子源側から順に第1レンズ、第2レンズおよび第3レンズを配設し、前記第2レンズは、電子ビームを絞る絞り孔を有したアパーチャを配設しており、前記装置は、各レンズの励起強度を操作することでレンズを制御する制御手段を備え、前記制御手段は、前記第2レンズと第1レンズ3との間に電子ビームが一旦結像するクロスオーバを形成し、前記第1レンズと第2レンズとの間には前記クロスオーバを形成しないように各レンズを制御することを特徴とするものである。
【0026】
[作用・効果]請求項1に記載の発明によれば、第1レンズと第2レンズとの間にはクロスオーバを形成しないので、第2レンズの焦点距離を長く設定することができる。したがって、弱い励起強度で用いることが可能となる。また、第2レンズと第3レンズとの間にクロスオーバを形成するので、第2レンズを縮小モードで使用することになる。したがって、従来のようにレンズの個数を増やすことで縮小率を確保せずとも、縮小モードによって十分な総合レンズの縮小率を確保することができる。その結果、レンズの個数を増やさずに焦点距離を長く設定することができる。
【発明の効果】
【0027】
この発明に係る電子ビーム制御装置によれば、第1レンズと第2レンズとの間にはクロスオーバを形成せずに、第2レンズと第3レンズとの間にクロスオーバを形成するので、レンズの個数を増やさずに焦点距離を長く設定することができる。
【実施例】
【0028】
以下、図面を参照してこの発明の実施例を説明する。
図1は、実施例に係る電子ビーム制御装置の概略図である。
【0029】
図1に示す電子ビーム制御装置は、走査電子顕微鏡(SEM)や電子線マイクロアナライザー(EPMA)やマイクロフォーカスX線管(以下、適宜『X線管』と略記する)などに用いられている。本実施例では、X線管を例に採って説明する。また、図1に示すX線管1はX線非破壊検査機器など代表されるX線撮像装置に用いられ、X線撮像装置は、X線管1と、X線管1から照射されたX線を検出するX線検出器2とを備えている。X線検出器2は、例えばイメージインテンシファイア(I.I)やフラットパネル型X線検出器(FPD)などがある。X線管1から照射されたX線をX線検出器2が検出することで、検出されたX線に基づいてX線画像を撮像する。
【0030】
X線管1は、電子銃として電界放出型エミッタ(以下、適宜『エミッタ』と略記する)11と、強電界をかけるために正電圧を印加する引き出し電極12と、引き出された電子ビームBを加速させるために正電圧を印加する加速電極13とを備えている。本実施例では、3つのレンズで電子ビームBの特性を制御する。具体的には、電子ビームBの照射方向に対して上流側(エミッタ11側)から順に、集束レンズ14、絞りレンズ15および対物レンズ16を備えている。そして、対物レンズ16よりも下流側に、電子ビームBの衝突によりX線を発生させるターゲット17を備えている。エミッタ11は、この発明における電子源に相当し、集束レンズ14は、この発明における第1レンズに相当し、絞りレンズ15は、この発明における第2レンズに相当し、対物レンズ16は、この発明における第3レンズに相当する。
【0031】
この他に、X線管1は、集束レンズ14に電流を流すレンズ電源21と、絞りレンズ15に電流を流すレンズ電源22と、対物レンズ16に電流を流すレンズ電源23とを備えるとともに、コントローラ24と入力部25とメモリ部26とを備えている。
【0032】
負電圧を印加するサプレッサ電極(図示省略)と上述した引き出し電極12との間で強電界をかけ、トンネル効果やショットキー効果を利用してエミッタ11から電子を放出させることで電子ビームBを発生させる。そして、引き出された電子ビームBを加速電極13によって加速させて、ターゲット17に向けて照射させる。
【0033】
集束レンズ14、絞りレンズ15および対物レンズ16は、それぞれ円環状に構成されている。また、絞りレンズ15には、電子ビームBを絞る絞り孔を有したアパーチャ15aを配設している。各レンズ14〜16には、各レンズ電源21〜23を介してコントローラ24に接続されており、各レンズ電源21〜23から各レンズ14〜16に電流を流すことで磁界を発生させて、光学のレンズと同様に各レンズ14〜16は電子ビームBの特性を制御する。具体的には、各レンズ14〜16は、それに流す電流、すなわち励起強度を変えることで、焦点距離や、電子ビームBが一旦結像するクロスオーバの位置、ターゲット17に照射されるときの電子ビームBの開き角αなどの特性を制御する。なお、電子ビームBの特性は、各レンズ14〜16の励起強度の他に、アパーチャ15aの径や、各レンズ14〜16をそれぞれ配設するレンズ配置などによっても制御される。このような特性を決定する各レンズ14〜16の励起強度や、アパーチャ15aの径や、レンズ配置などの電子ビームBの条件を、本明細書では『ビームモード』と定義づける。
【0034】
本実施例では、集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成せずに、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するビームモードを採用する。また、ビームモードを指定すれば、3つのレンズ14〜16の励起強度のうち独立変数となるのは2つになる。例えば、集束レンズ14の励起強度、絞りレンズ15の励起強度をそれぞれ独立変数として与えれば、同じビームモードを指定する限り、残りの対物レンズ16については、ターゲット17上に結像するという条件から一意的に決定される。そこで、後述するように、集束レンズ14の励起強度、絞りレンズ15の励起強度と、総合レンズ倍率および開き角の組み合わせ(M、αopt)とを対応付けることが可能となる。したがって、動作曲線上の条件(M、αopt)を実現する各レンズ14,15の励起強度を求めることができる。
【0035】
ターゲット17は、タングステンなどに代表されるX線を発生させる物質で構成されている。電子ビームBがターゲット17に衝突することによりX線が発生する。
【0036】
コントローラ24は、X線管1内の各構成を統括制御する。具体的には、引き出し電極12や加速電極13に電圧を印加する制御、各レンズ電源21〜23から各レンズ14〜16にそれぞれ電流を流して励起強度を決定する制御を行う。さらに、本実施例では、予め記憶された総合レンズ倍率および開き角の組み合わせ(M、αopt)の組み合わせテーブル26aおよび各レンズ14,15の励起強度の対応表、および後述する入力部25から入力された動作曲線上の動作点を指定するパラメータ(例えばtなど)の値に基づいて、総合レンズ倍率Mおよび開き角αoptの動作曲線上の点に対応した各レンズ14,15の励起強度を決定し、それらの励起強度を操作することで最適な開き角αoptを実現する。コントローラ24は、中央演算処理装置(CPU)などで構成されている。コントローラ24は、この発明における制御手段に相当する。
【0037】
入力部25は、マウスやキーボードやジョイスティックやトラックボールやタッチパネルなどに代表されるポインティングデバイスで構成されている。入力部25によって入力された入力データに基づいて、コントローラ24はX線管1内の各構成を統括制御する。本実施例では、動作パラメータを入力して、コントローラ24は上述した動作曲線上にある各レンズ14,15の励起強度を決定する。励起強度を決定することで、コントローラ24は各レンズ14,15を制御する。集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成せずに、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するようにコントローラ24は制御する。
【0038】
メモリ部26は、コントローラ24を介して送られてきた各種のデータを書き込んで記憶して、必要に応じて読み出す機能を備えている。メモリ部26は、ROM(Read-only Memory)やRAM(Random-Access Memory)などに代表される記憶媒体などで構成されている。また、メモリ部26は2つの変数の組み合わせテーブルを記憶しており、この組み合わせテーブルを読み出すことでコントローラ24は上述した各レンズ14,15の励起強度を決定する。本実施例では、総合レンズ倍率および開き角の組み合わせ(M、αopt)の組み合わせテーブル26aおよび各レンズ14,15の励起強度の対応表を用いている。
【0039】
続いて、電子ビーム制御方法に係る一連の処理について、図2〜図4のグラフを参照して説明する。
【0040】
『課題を解決するための手段』の欄でも述べたように、ビーム電流Ibと輝度Bとの比(Ib/B)と総合レンズ倍率Mとの間には、上記(3)式のような関係式が成立する。t=Ib/Bで定義すると、総合レンズ倍率Mと最適な開き角αoptとは、上記(4)式のようにtの関数でともに表される。ビーム電流Ibを変化させたとき、総合レンズ倍率および開き角の組み合わせ(M、αopt)は上記(4)式の与える動作曲線上を動いてそれぞれが変化する。動作曲線のグラフの一例は、図2に示すとおりである。
【0041】
図2では、総合レンズ倍率Mを横軸にとって、最適な開き角αoptを縦軸にとっている。なお、最適な開き角αoptとは、試料(本実施例ではターゲット17)に照射される電子ビーム径が最小になる開き角αである。また、開き角は、図1に示すようにターゲット17に照射されるときの電子ビームBの角度である。
【0042】
図2のグラフから、開き角αoptはビーム電流値の小さな領域では一定に、ビーム電流値の中間領域ではαoptは総合レンズ倍率Mの1/3乗に比例して増やすべきことがわかる。さらに、ビーム電流値の大きな領域では総合レンズ倍率Mを一定にして開き角αoptを上げることで電流を増やす必要があることがわかる。
【0043】
最適な開き角αoptが実現されているときのプローブの特性を求めた評価例のグラフは、図3に示すとおりである。プローブの特性として、ビーム電流Ibと試料(本実施例ではターゲット17)に照射されたときの電子ビーム径dとの関係を示している。ビーム電流Ibを横軸にとって、電子ビーム径dを縦軸にとっている。
【0044】
図3のグラフから、ビーム電流値の小さな領域では電子ビーム径dは電流によらずにほぼ一定で、ビーム電流値の中間領域では電流とともに徐々に増加するが、あるビーム電流の閾値を超えると電子ビーム径dはIb3/2に比例して急激に増加する。この図3のグラフからも図2に示した最適な開き角αoptのふるまいがビーム電流領域によって異なるであろうことがわかる。
【0045】
なお、電子源の径dcoや、各レンズ14〜16の球面/色収差係数に基づいて、図2に示す動作曲線を数値シミュレーションで評価することができる。収差係数については、近軸軌道法・収差積分法を用いて評価するとともに、電子源の径dcoについては、非特許文献1のように数値シミュレーションによって定量評価する。
【0046】
なお、総合レンズ倍率Mおよび最適な開き角αoptの関係を示す動作曲線は、レンズ特性によって決まるものであって、電子ビームBを照射させるビーム条件を動作曲線上に載せるためにビーム電流Ibや輝度Bを知る必要がない。
【0047】
前述したように、集束レンズ14の励起強度および絞りレンズ15の励起強度を1次変数とし、総合レンズ倍率Mおよび開き角αを2次変数とし、図2の縦軸および横軸が(M、αopt)のグラフを、図4のように縦軸および横軸が(NIcl、NIiris)のグラフに2次元写像を行うことができる。このとき、動作曲線は、図2のような状態から図4のような状態に写像される。図4では、実線を図2から写像された動作曲線とし、1点鎖線が開き角α一定の等高線を、点線が総合レンズ倍率M一定の等高線をそれぞれ示す。なお、集束レンズ14の励起強度(図4では符号をNIcl)を横軸にとり、絞りレンズ15の励起強度(図4ではNIiris)を縦軸にとる。
【0048】
かかる図2・図4のグラフはテーブル化されており、メモリ部26の組み合わせテーブル26aに記憶されている。入力部25から動作曲線上の位置を示すパラメータ(例えばt=Ib/B)を入力すると、コントローラ24は動作曲線上の指定点に対応する集束レンズ14および絞りレンズ15の励起強度を決定する。
【0049】
例えば、図4の動作曲線上で左から4番目の『○』を指定する。このとき、この動作曲線上の『○』に対応する総合レンズ倍率Mは、点線の等高線から0.3であり、開き角αは、1点鎖線の等高線から7.0(mrad)である。
【0050】
そのときの集束レンズ14の励起強度は1070(AT)であり、絞りレンズ15の励起強度は420(AT)となる。そして、決定された集束レンズ14および絞りレンズ15の各励起強度を上述した値(1070(AT),420(AT))で操作することで開き角αを、M=0.3の条件での最適な開き角αopt=7.0(mrad)とすることができる。
【0051】
また、残りのレンズである対物レンズ16の励起強度については、総合レンズ倍率Mが決まるとともに、上述したように集束レンズ14の励起強度、絞りレンズ15の励起強度が決まっていることからターゲット17上に結像するという条件から一意的に決定される。
【0052】
以上のように構成されたX線管1によれば、集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成しないので、アパーチャ15aの絞りによる絞りレンズ15の焦点距離を長く設定することができる。したがって、弱い励起強度で用いることが可能となる。また、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するので、絞りレンズ15を図6(b)に示すような縮小モードで使用することになる。したがって、従来のようにレンズの個数を増やすことで縮小率を確保せずとも、縮小モードによって十分な総合レンズの縮小率を確保することができる。その結果、レンズの個数を増やさずに焦点距離を長く設定することができる。
【0053】
上述した特許文献1のように第1クロスオーバを絞りレンズ15よりも上流に形成するためには、集束レンズ14の励起強度を上げる必要があるが、一般的には、励起強度が高いほど大きな収差が発生する。特に、集束レンズ14の収差が問題になる大ビーム電流動作時には、集束レンズ14と絞りレンズ15との間にはクロスオーバを形成せずに、絞りレンズ15と対物レンズ16との間にクロスオーバCを形成するビームモードの方が収差の点でも優れていることになる。このビームモードでは、クロスオーバCは絞りレンズ15の下流側にしか形成されない。最終的なビーム電流値にまで落とした段階でのクロスオーバ形成であるので、ビーム電流が大きいほど影響が深刻なBoersch効果を最低限に抑えることが可能になる。
【0054】
この発明は、上記実施形態に限られることはなく、下記のように変形実施することができる。
【0055】
(1)上述した実施例では、マイクロフォーカスX線管を例に採って説明したが、走査電子顕微鏡(SEM)や電子線マイクロアナライザー(EPMA)、さらには透過型電子顕微鏡(TEM)やAuger分光装置や電子線リソグラフィー装置や電子ビームライターなどに用いてもよい。また、X線管を、非破壊検査機器などの工業用装置を例に採ったX線撮像装置に用いたが、X線診断装置などの医用装置に用いてもよい。
【0056】
(2)上述した実施例では、電界放出型と例に採って説明したが、熱電子放出型に例示されるように適用される電子銃の構成については特に限定されない。
【0057】
(3)上述した実施例では、集束レンズ14、アパーチャ15aを備えた絞りレンズ15および対物レンズ16の3段構成であったが、レンズの数については複数であれば特に限定されない。アパーチャを備えたレンズについても、集束レンズ14と対物レンズ16との間に配置された絞りレンズ15に限定されない。
【0058】
(4)上述した実施例では、所定の条件は、試料であるターゲット17に照射されるときの電子ビーム径dが最小になる条件であったが、所定の条件としては、電子ビーム径dが最小となる最適な開き角αoptの条件以外にも、最小以外の様々な電子ビーム径dの条件でも存在し、そのような電子ビーム径dの条件においても、総合レンズ倍率Mと開き角αとの相関関係を規定することができる。したがって、図2・図4に示す動作曲線以外に動作曲線を定義することも可能である。
【0059】
(5)上述した実施例では、集束レンズ14の励起強度、絞りレンズ15の励起強度を決定してから、残りの対物レンズ16を一意的に決定したが、レンズの決定順については特に限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例に係る電子ビーム制御装置の概略図である。
【図2】総合レンズ倍率および開き角の動作曲線のグラフである。
【図3】プローブの特性のグラフである。
【図4】写像された動作曲線のグラフである。
【図5】従来の装置の光学系の構成を示す概略図である。
【図6】(a)は、拡大モードを模式的に示した図であり、(b)は、縮小モードを模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0061】
1 … X線管(マイクロフォーカスX線管)
11 … エミッタ(電界放出型エミッタ)
14 … 集束レンズ
15 … 絞りレンズ
16 … 対物レンズ
17 … ターゲット
24 … コントローラ
M … 総合レンズ倍率
α … 開き角


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを発生させる電子源と、電子源からの電子ビームの特性を制御する3つのレンズとを備えた電子ビーム制御装置であって、前記3つのレンズとして、電子ビームの照射方向に対して上流側である前記電子源側から順に第1レンズ、第2レンズおよび第3レンズを配設し、前記第2レンズは、電子ビームを絞る絞り孔を有したアパーチャを配設しており、前記装置は、各レンズの励起強度を操作することでレンズを制御する制御手段を備え、前記制御手段は、前記第2レンズと第1レンズ3との間に電子ビームが一旦結像するクロスオーバを形成し、前記第1レンズと第2レンズとの間には前記クロスオーバを形成しないように各レンズを制御することを特徴とする電子ビーム制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−109431(P2007−109431A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−296414(P2005−296414)
【出願日】平成17年10月11日(2005.10.11)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】