説明

電子伝達メディエータ修飾酵素電極及びこれを備える生物燃料電池

【課題】電極を構成する導電性基材表面に、特定のスペーサーを介して電子伝達メディエータを共有結合することによって、高電流密度が得られ、且つ、安定した電極性能を発現する電子伝達メディエータ修飾酵素電極及びこれを備える生物燃料電池を提供する。
【解決手段】外部回路に接続された導電性基材と、該導電性基材との間で電子伝達が可能な酸化還元酵素と、前記導電性基材と前記酸化還元酵素との間の電子伝達を媒介可能な電子伝達メディエータと、を備える電子伝達メディエータ修飾酵素電極であって、前記電子伝達メディエータが、少なくとも直鎖構造を含むスペーサーを介して、前記導電性基材表面に共有結合していることを特徴とする、電子伝達メディエータ修飾酵素電極及びこれを備える生物燃料電池。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子伝達メディエータを備えた電子伝達メディエータ修飾酵素電極及びこれを備える生物燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素は、その高い基質特異性から種々の物質の存在量を測定する分析、例えば、酵素センサー等に利用されている。酵素を利用した酵素センサーとしては、例えば、分析の対象である対象物質(基質)と酵素(酸化還元酵素)との酸化還元反応により生じる電流を測定し、対象物質の定量を行うセンサーがある。具体的には、グルコースを酸化する酵素とグルコースとの間における酸化還元反応に伴って発生する電流が、グルコース濃度に比例することを利用したグルコースセンサーがある。
さらに、最近では、白金等の金属触媒に代わる燃料電池用新規触媒としても、酵素の研究開発が進められている。酵素と基質との酸化還元反応に伴い発生する電流を利用した酵素電極は、酵素センサーや燃料電池の他にも広範囲な分野においてその利用が期待されている。
【0003】
一般的に、酸化還元酵素は導電性基材より構成される電極表面で直接的に酸化還元されにくいため、酸化還元酵素と電極間の電子伝達を媒介する電子伝達メディエータを用いることによって電極反応の効率化が行われている。電子伝達メディエータは、基質を酸化した酸化還元酵素から受け取った電子を電極へ輸送、又は、電極から受け取った電子を、基質を還元する酸化還元酵素へ輸送するものである。酵素−電子伝達メディエータ−電極間のスムーズな電子輸送によって、酵素電極の電流値が増加し、充分な電流を取り出すことが可能な生物燃料電池が得られる。
【0004】
酵素電極において、電子伝達メディエータは、使用目的や研究目的等に応じて、電解液中に混合、分散したり、或いは、電極(導電性基材)表面に固定することができるが、電解液中に分散させた場合、酸化還元酵素−電子伝達メディエータ間の電子伝達、電子伝達メディエータ−電極間の電子伝達において、電子伝達メディエータの拡散が律速となるため充分な電流密度が得られにくい。従って、電極性能や、電極構成の簡易化等の点から、電子伝達メディエータは電極表面に固定化される傾向がある。
【0005】
電子伝達メディエータを電極(導電性基材)表面に固定化する方法としては、例えば、(1)導電性基材上で電子伝達メディエータを有機高分子材料とともに固化し、有機高分子材料により形成されるポア内に電子伝達メディエータを保持させることにより固定化する方法や、(2)有機高分子材料等の官能基と電子伝達メディエータの官能基とを共有結合させ、この電子伝達メディエータを結合した有機高分子材料を導電性基材上で固化することにより固定化する方法、(3)有機高分子材料と電子伝達メディエータとの間に共有結合を形成する架橋試薬を用いて有機高分子材料と電子伝達メディエータとを共有結合させ、この電子伝達メディエータを結合した有機高分子材料を導電性基材上で固化することにより固定化する方法、等が挙げられる。
【0006】
具体的には、例えば、特許文献1には、光ファイバーの端面上に形成された突起上に被着された金属層から成る電極上に、金属錯体が結合した特定のポリピロール系レドックスポリマーと酸化還元酵素との混合物の被膜が被着されて成る酵素電極が記載されている。特許文献1の酵素電極の具体的な製造方法としては、光ファイバーの端面上の突起上に金属層が形成された光ファイバー電極を電極に用いて、レドックスポリマーを構成するモノマーと酸化還元酵素との混合物中で電解重合を行う方法が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2006−84183号公報
【特許文献2】特開2005−83873号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電子伝達メディエータを電極である導電性基材上に固定化することによって、酵素電極より得られる電流密度は向上する。これは、電子伝達メディエータと電極である導電性基材とが近接した状態となることによって、電子伝達メディエータと電極間の電子移動速度が向上したためと考えられる。
【0009】
しかしながら、上記のような電子伝達メディエータの固定化方法において、電子伝達メディエータを導電性基材表面に固定化するための有機高分子材料等は、導電性基材表面に弱い物理吸着力で吸着しているため、時間の経過に伴う物理吸着力の低下と共に脱離してしまう傾向があった。その結果、電極である導電性基材と電子伝達メディエータとが近接した状態が維持できず、電子移動速度の向上効果が低下し、電流密度が低くなってしまう。すなわち、上記のような従来の電子伝達メディエータ固定化方法では、長期間にわたって安定した電流を得ることが困難であった。
【0010】
特許文献2には、液不透過性を有する炭素基材と、該炭素基材に、該炭素基材の表面に存在する反応性残基を介し、金属層又は高分子層を介さずに固定された生体由来分子または生体分子とを具備するバイオセンサが記載されている。特許文献2の技術は、酵素や抗体、電子メディエータ、糖タンパク、細胞、微生物等の生体由来分子または生体分子を金属層や高分子層を介さずに炭素基材に固定したバイオセンサを提供することを目的としたものであり、生体由来分子や生体分子を塩化シアヌルなどの低分子量の結合分子を介して、または吸着により直接、炭素基材に固定するものである。
特許文献2のバイオセンサにおいて、生体由来分子又は生体分子を炭素基材に固定する結合分子(低分子量)の構造等は特に限定されておらず、電子伝達メディエータを炭素基材に固定する場合の前記結合分子による酵素−電子伝達メディエータ間の電子伝達性や電子伝達メディエータ−電極間の電子伝達性について全く考慮されていない。
【0011】
本発明は上記実情を鑑みて成し遂げられたものであり、電極を構成する導電性基材表面に、特定のスペーサーを介して電子伝達メディエータを共有結合することによって、高電流密度が得られ、且つ、安定した電極性能を発現する電子伝達メディエータ修飾酵素電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極は、外部回路に接続された導電性基材と、該導電性基材との間で電子伝達が可能な酸化還元酵素と、前記導電性基材と前記酸化還元酵素との間の電子伝達を媒介可能な電子伝達メディエータと、を備える電子伝達メディエータ修飾酵素電極であって、前記電子伝達メディエータが、少なくとも直鎖構造を含むスペーサーを介して、前記導電性基材表面に共有結合していることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極(以下、単に、修飾酵素電極ということがある)は、電子伝達メディエータが、電極である導電性基材表面にスペーサーを介して共有結合により強固定されているため、長期間にわたって電極と電子伝達メディエータ間の距離を一定に保つことができる。従って、本発明の修飾酵素電極は、安定した電極特性を発現することができる。さらに、この導電性基材と電子伝達メディエータとを連結するスペーサーが直鎖構造を含み、柔軟性を有していることから、該スペーサーを介して導電性基材に固定された電子伝達メディエータのフレキシビリティが高く、電子伝達メディエータと導電性基材及び酸化還元酵素との接触確率が高い。すなわち、導電性基材−電子伝達メディエータ間、酸化還元酵素−電子伝達メディエータ間の電子移動速度が大きい。ゆえに、本発明の修飾酵素電極によれば、高い電流密度を得ることができる。
【0014】
前記電子伝達メディエータとしては、例えば、オスミウム(Os)錯体が挙げられる。
前記酸化還元酵素として、基質を酸化する酸化還元酵素を用いる場合、本発明の修飾酵素電極として基質酸化型酵素電極が得られる。
【0015】
導電性基材に固定化された電子伝達メディエータのフレキシビリティの観点から、前記導電性基材表面に前記スペーサーの直鎖構造の末端が共有結合していることが好ましい。
前記スペーサーの直鎖構造としては、直鎖状炭素鎖を含むものが挙げられる。
【0016】
前記スペーサーと前記導電性基材との共有結合の種類や前記スペーサーの直鎖構造等に特に限定はないが、具体的な形態として、例えば、前記スペーサーの直鎖構造が両末端にアミノ基を有するジアミンであり、該ジアミンの一方の末端のアミノ残基を介して、前記導電性基材表面に該スペーサーの直鎖構造が共有結合している形態が挙げられる。
【0017】
前記電子伝達メディエータの運動自由度が高まり、該電子伝達メディエータと前記酸化還元酵素との間及び該電子伝達メディエータと導電性基材(電極)との間の電子移動性を高められることから、前記スペーサーの鎖長は、少なくとも8Å以上であることが好ましく、また、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数は、少なくとも2以上であることが好ましい。
【0018】
一方、電子伝達メディエータの酸化還元酵素へのアクセスビリティの観点から、電子伝達メディエータを導電性基材表面へ固定(共有結合)させるスペーサーの直鎖構造は、該電子伝達メディエータと組み合わせて用いられる酸化還元酵素に合わせて調整されることが好ましい。
例えば、前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備える場合、前記スペーサーの鎖長が11Å以上であることが好ましい。また、前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備える場合、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が4以上であることが好ましい。さらに、前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備える場合、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が10以下であることが好ましい。
【0019】
一方、前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備える場合、前記スペーサーの鎖長が11Å以上であることが好ましい。また、前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備える場合、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が4以上であることが好ましい。さらに、前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備える場合、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が10以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極を備える生物燃料電池によれば、高電流密度が得られ、長期間にわたって安定した電力供給が可能である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、高い電流密度と安定した電極性能を示す優れた電子伝達メディエータ修飾酵素電極を得ることができる。従って、本発明の酵素電極を用いることで、発電性能が高く、長期間にわたって安定した電力の供給が可能な生物燃料電池を提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極は、外部回路に接続された導電性基材と、該導電性基材との間で電子伝達が可能な酸化還元酵素と、前記導電性基材と前記酸化還元酵素との間の電子伝達を媒介可能な電子伝達メディエータと、を備える電子伝達メディエータ修飾酵素電極であって、前記電子伝達メディエータが、少なくとも直鎖構造を含むスペーサーを介して、前記導電性基材表面に共有結合していることを特徴とするものである。
【0023】
ここで、図1を用いて、本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極(基質酸化型)を備えた生物燃料電池の一実施形態例を説明する。
まず、酸化酵素(又は脱水素酵素)が燃料であるグルコース等の基質を酸化し、電子を受け取る。次に、電子を受け取った酸化酵素は、該酸化酵素と電極との間の電子伝達を仲介する電子伝達メディエータに電子を受け渡し、該電子伝達メディエータによって導電性基材(アノード電極)へ電子が受け渡される。そして、アノード電極である導電性基材から外部回路を通ってカソード電極に電子が到達することで、電流が発生する。
上記過程において発生するプロトン(H)は、電解液内をカソード電極まで移動する。そして、カソード電極では、電解液内をアノードから移動してきたプロトンと、外部回路を経てアノード側から移動してきた電子と、酸素や過酸化水素等の酸化剤(カソード側基質)とが反応して水が生成される。
【0024】
このような基質酸化型酵素電極を備える燃料電池において、得られる電流は、基質から、酸化酵素及び電子伝達メディエータを介して、さらには、必要に応じて他の酸化酵素や電子伝達メディエータ等の電子伝達媒体を介して、電極(導電性基材)へ伝達される電子の量とその速度による。すなわち、酵素電極における上記電子伝達系の各段階での酸化還元反応速度が、酵素電極の電流密度に大きく影響する。従って、大電流を得るためには、酵素電極内における酸化還元酵素と電子伝達メディエータと導電性基材との位置関係や、各成分及び各部材の接触確率等を最適化し、スムーズな電子伝達が行われるようにする必要がある。
【0025】
本発明では、有機高分子材料等の担体の物理吸着を利用して電子伝達メディエータを電極表面に固定するのではなく、共有結合により電子伝達メディエータを電極である導電性材料表面に結合し、固定する。共有結合による固定は、担体の物理吸着による固定と比較して強く、且つ、経時的な安定性も高い。すなわち本発明の修飾酵素電極によれば、電子伝達メディエータの電極からの経時的な脱離を抑制することが可能であり、電子伝達メディエータの電極表面からの脱離を原因とする経時的な発電性能の低下を抑制することができる。
【0026】
さらに、本発明の修飾酵素電極では、電子伝達メディエータを、直鎖構造を有するスペーサーを介して、導電性基材上に固定(共有結合)する。直鎖構造を有するスペーサーは、柔軟性があり、運動自由度が高いため、該スペーサーを介して導電性基材上に固定された電子伝達メディエータと該導電性基材との接触確率が高く、電極−電子伝達メディエータ間の電子伝達が効率よく行われる。同様に、電子伝達メディエータを運動自由度が高いスペーサーを介して導電性基材表面に固定することで、電子伝達メディエータと酸化還元酵素との接触確率が高くなり、電子伝達メディエータ−酸化還元酵素間の電子伝達が効率よく行われる。従って、本発明の修飾酵素電極によれば、高電流密度を得ることが可能である。
【0027】
以下、本発明の修飾酵素電極について詳しく説明する。
電極を構成する導電性基材としては、特に限定されず、一般的なものを用いることができる。例えば、グラファイト、カーボンブラック、活性炭等の導電性炭素質からなるものや、金、白金等の金属からなるものを用いることができる。具体的には、カーボンペーパー、グラッシーカーボン、HOPG(高配向性熱分解グラファイト)等が挙げられる。
【0028】
基質(燃料又は酸化剤)を酸化又は還元する酸化還元酵素としては、特に限定されず、用いる基質に応じて適宜選択すればよい。例えば、基質酸化型酵素としては、デヒドロゲナーゼや、オキシダーゼ等を用いることができる。具体的には、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、グルコースオキシダーゼ(GOD)、アルコールオキシダーゼ(AOD)、アルデヒドオキシダーゼ等が挙げられる。燃料の入手及び管理の容易さ、並びに安全性の観点からGDH、ADH、GOD、AODが好ましく用いられる。酸化還元酵素は、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。尚、酸化還元酵素の補酵素や補欠分子族に特に限定はない。
酸化還元酵素は、基質を酸化又は還元することができれば、基質と共に電解液内に分散されていてよい。
【0029】
電子伝達メディエータとしては、用いる酸化還元酵素に応じて適宜選択することができる。例えば、Os、Fe、Ru、Co、Cu、Ni、V、Mo、Cr、Mn、Pt、W等の金属元素又はこれら金属のイオンを中心金属とする金属錯体;キノン、ベンゾキノン、アントラキノン、ナフトキノン等のキノン類;ビオローゲン、メチルビオローゲン、ベンジルビオローゲン等の複素環式化合物等が挙げられる。
【0030】
中でも、配位子の選択により酸化還元電位を調節することが可能であることから、金属錯体が好ましく、特にオスミウム又はオスミウムイオンを中心金属とするオスミウム錯体(以下、Os錯体ということがある)が好ましい。好ましいOs錯体の具体例としては、以下の式(1)で表される二座配位子がオスミウムに配位したものが挙げられる。
【0031】
【化1】

【0032】
(上記式(1)において、R1〜R8は、それぞれ独立してH、F、Cl、Br、I、NO2、CN、COOH、SO3H、NHNH2、SH、OH、NH2、或いは、置換若しくは未置換のアルコキシカルボニル、アルキルアミノカルボニル、ジアルキルアミノカルボニル、アルコキシ、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルカノイルアミノ、アリールカルボキシアミド、ヒドラジノ、アルキルヒドラジノ、ヒドロキシルアミノ、アルコキシルアミノ、アルキルチオ、アルケニル、アリール又はアルキルのいずれかである。)
【0033】
オスミウム錯体には、上記式(1)の二座配位子以外の配位子が配位していてもよい。例えば、配位性部位を有するポリマーが、該配位性部位においてオスミウム原子に配位していてもよい。ここで、配位性部位は、前記ポリマーの主鎖骨格の一部を形成するものでもよいし、或いは、主鎖骨格から連結基となる化学構造を介して又は主鎖骨格に直接ペンダント状に結合した構造でもよい。例えば、ポリ(N−ビニルイミダゾール)やポリ(4−ビニルピリジン)は、それぞれイミダゾール基やピリジン基が一座配位子として機能可能であり、中心金属であるオスミウムに配位し得る。
【0034】
オスミウム錯体がポリマー上に固定されている他の形態としては、該Os錯体の配位子にポリマーが共有結合している形態が挙げられる。例えば、Os錯体の配位子が有する反応性基と、ポリマーが有する反応性基とが反応し、共有結合した形態が挙げられる。このとき、ポリマーと配位子は、スペーサーとなる化学構造を介して結合していてもよい。
【0035】
上記Os錯体が配位結合又は共有結合により固定されるポリマーとしては、スチレン/無水マレイン酸コポリマー、メチルビニルエーテル/無水マレイン酸コポリマー、ポリ(4−ビニルベンジルクロライド)コポリマー、ポリ(アリルアミン)コポリマー、ポリ(4−ビニルピリジン)コポリマー、ポリ(4−ビニルピリジン)、ポリ(N−ビニルイミダゾール)及びポリ(4−スチレンスルホネート)のいずれかが好ましい。中でも、Os錯体に直接配位できるという観点から、ポリ(N−ビニルイミダゾール)、ポリ(4−ビニルピリジン)が好ましい。
【0036】
また、オスミウム錯体におけるその他の配位子としては、例えば、Cl、F、Br、I、CN、CO、CH3COO、NH3、NO、ピリジン、イミダゾールより選ばれる少なくとも1種が挙げられるが、これらに限定されず、その他の錯形成可能なものでもよい。配位子は、得られるOs錯体の酸化還元電位等を考慮して、適宜選択すればよい。
【0037】
電子伝達メディエータと導電性基材とを共有結合するスペーサーとしては、少なくとも直鎖構造を有するものであればよい。ここで、直鎖構造とは環状構造(芳香環、脂環)を含まない鎖状構造であって、分岐構造を含んでいてもよく、また、炭素原子−炭素原子結合以外の炭素原子−異種原子結合や異種原子−異種原子結合等を含んでいてもよい。炭素以外の異種原子を含む直鎖構造としては、具体的には、例えば、エーテル結合や、チオエーテル結合等が挙げられる。
【0038】
尚、スペーサーは、少なくとも直鎖構造を有していれば、直鎖構造のみからなるものであってもよいし、導電性基材と結合する側の末端及び/又は電子伝達メディエータと結合する側の末端に環状構造を有していてもよいし、或いは、直鎖構造と直鎖構造の間に環状構造を有する構造であってもよい。
【0039】
直鎖構造の具体例としては、直鎖状炭素鎖を含むものが挙げられる。ここで、直鎖状炭素鎖とは、炭素原子が直鎖状に連続した構造を有していれば、分岐構造や側鎖を有していてもよいが、側鎖も分岐構造も有していないアルキル鎖が好ましい。
直鎖状炭素鎖に代表される直鎖構造としては、その柔軟性による運動自由度の観点から、二重結合等、剛直性の高い結合を含まないものが好ましい。
【0040】
運動自由度が高く、電子伝達メディエータと導電性基材及び酸化還元酵素とのアクセスビリティが高いことから、スペーサーとしては直鎖構造の末端において導電性基材と共有結合するものが好ましい(図2参照)。導電性基材に直結するスペーサーの末端に、環状構造等のかさ高い原子団を有する場合、スペーサーの運動自由度が低下し、それに伴いスペーサーのもう一方に末端に結合する電子伝達メディエータの運動性も低下する。その結果、電子伝達メディエータと酸化還元酵素及び電子伝達メディエータと電極の接触確率が低下し、酸化還元酵素−電子伝達メディエータ−電極間の十分な電子伝達性能向上効果が得られにくくなる。
【0041】
導電性基材との共有結合を形成するためのスペーサーの官能基及び反応の種類は特に限定されない。例えば、アミノ基の酸化を利用して、アミノ残基(水素原子を失ったアミノ基)による共有結合や、メルカプタンの水素原子を金属原子Mで置換したメルカプチドが挙げられる。
【0042】
スペーサーは、一方の末端において導電性基材表面と共有結合し、もう一方の末端で電子伝達メディエータと結合することとなる。スペーサーと電子伝達メディエータ間の結合の種類に特に限定はなく、例えば、電子伝達メディエータとして金属錯体を用いる場合、スペーサーの末端が電子伝達メディエータである金属錯体の中心金属に配位結合してもよいし、金属錯体の中心金属に配位した配位子にスペーサーが共有結合していてもよい。
【0043】
電子伝達メディエータのフレキシビリティ(動きやすさ)の観点から、電子伝達メディエータを導電性基材表面へ固定(共有結合)させるスペーサーは、その鎖長が少なくとも8Å以上であることが好ましく、また、スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が、少なくとも2以上であることが好ましい。
尚、ここで、スペーサーの鎖長(L)とは、導電性基材表面と電子伝達メディエータとを連結するスペーサーの長さであって、具体的には、例えば、図2のような金属錯体を電子伝達メディエータとして用いる場合、導電性基材表面から、金属錯体の中心金属に配位するスペーサーの末端までの距離を指し、図2においては、導電性基材表面に共有結合したジアミン(X)とニコチン酸(Y)に由来する部分の長さ(X+Y)を指す。また、直鎖状炭素鎖の炭素数は、図2においては、nである。
【0044】
電子伝達メディエータのフレキシビリティを決定するスペーサーの鎖長、特に、直鎖構造の鎖長が短すぎると、電子伝達メディエータのフレキシビリティが不十分となり、電子伝達メディエータと酸化還元酵素及び導電性基材との接触確率が向上しない。すなわち、酸化還元酵素−電子伝達メディエータ−導電性基材(電極)間の電子輸送がスムーズに進行しない。
【0045】
一方、電子伝達メディエータの酸化還元酵素へのアクセスビリティの観点から、電子伝達メディエータを導電性基材表面へ固定(共有結合)させるスペーサーの直鎖構造は、該電子伝達メディエータと組み合わせて用いられる酸化還元酵素に合わせて調整されることが好ましい。
一般的に、酸化還元酵素は、図3に示すように、その活性部位が酸化還元酵素の三次元構造の表面から内側に入った部分にある。すなわち、酸化還元酵素の内部に存在する活性部位へ、電子伝達メディエータが到達することによって、酸化還元酵素と電子伝達メディエータ間の電子の伝達が行われる。この酸化還元酵素における三次元構造表面からの活性部位の位置は、酸化還元酵素の種類によって異なる。
【0046】
そこで、本発明者らは、電子伝達メディエータを導電性基材に固定するスペーサーの直鎖構造の鎖長を、用いる酸化還元酵素に合わせて調整し、最適化することで、電子伝達メディエータの酸化還元酵素の活性部位へのアクセスビリティが向上し、電子伝達メディエータと酸化還元酵素間の電子伝達を円滑に進行させることができることを見出した。
典型的には、スペーサーの鎖長が、酸化還元酵素の三次元構造の表面から活性部位までの距離以上でないと、酸化還元酵素と電子伝達メディエータ間の電子伝達は円滑に進行しない。一方、過度に長いスペーサーを用いて、電子伝達メディエータを導電性基材表面に結合すると、スペーサーの剛直性が低下し過ぎて運動の速さが低下し、電子伝達メディエータと酸化還元酵素間及び電子伝達メディエータと導電性基材間の電子伝達性が低下すると推測される。
【0047】
例えば、酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(補欠分子族としてPQQを有するGDH。PQQ−GDH)を用いる場合、スペーサーの鎖長が8Å以上であることが好ましく、特に11Å以上であることが好ましい。また、酸化還元酵素としてPQQ−GDHを用いる場合であって、スペーサーの直鎖構造が直鎖状炭素鎖を含む場合には、該直鎖状炭素鎖の炭素数が2以上、特に4以上であることが好ましい。一方、該直鎖状炭素鎖の炭素数は12以下、特に10以下であることが好ましい。
【0048】
また、酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(補酵素としてFADを有するGOD。FAD−GOD)を用いる場合、スペーサーの鎖長が8Å以上であることが好ましく、特に11Å以上であることが好ましい。また、酸化還元酵素としてFAD−GODを用いる場合であって、スペーサーの直鎖構造が直鎖状炭素鎖を含む場合には、該直鎖状炭素鎖の炭素数が2以上、特に4以上であることが好ましい。一方、該直鎖状炭素鎖の炭素数が12以下、特に10以下であることが好ましい。
【0049】
スペーサーを介して導電性基材表面に電子伝達メディエータを共有結合させる方法は特に限定されない。ここでは、具体的な方法として以下の2つの方法について説明する。
【0050】
第一の方法としては、まず、導電性基材表面にスペーサーを共有結合させ、その後、導電性基材表面に共有結合させた該スペーサーのもう一方の末端と、電子伝達メディエータとを化学結合させる方法が挙げられる。ここでは、第一の方法の具体例として、導電性炭素質からなる導電性基材(以下、炭素基材ということがある)、直鎖状アルキレン基の両末端にアミノ基を有するジアミンをスペーサー前駆体、ニコチン酸のようにアミノ基とアミド縮合可能な酸基を有する配位子が配位したOs錯体を電子伝達メディエータとする場合について説明する。
【0051】
まず、炭素基材を、直鎖状アルキレン基の両末端にアミノ基を有するジアミン(以下、単にジアミンということがある)を含有する電解液内に浸漬した状態で、該炭素基材の電位を掃引し所定範囲内で変動させる。すると、電解液中のジアミンは電解酸化され、一方のアミノ基から水素が脱離し、このアミノ残基を介して炭素基材表面に共有結合される。
次に、上記炭素基材表面にアミノ残基を介して共有結合させたジアミンの一方のアミノ基と、Os錯体の配位子が有する酸基とを、アミド縮合させることにより結合させる。アミド縮合反応の際には、必要に応じて触媒を用いてもよい。さらに具体的な方法は、実施例において説明する。
【0052】
第二の方法としては、まず、スペーサーを共有結合させた電子伝達メディエータを準備し、該電子伝達メディエータに化学結合したスペーサーのもう一方の末端を、導電性基材表面に共有結合させる方法が挙げられる。ここでは、第二の方法の具体例として、直鎖状アルキレン基の一方の末端にアミノ基を有し、且つ、もう一方の末端にイミダゾール環のようなOsに配位可能な配位性部位を有する化合物が、上記イミダゾール環(配位性部位)においてOsに配位したOs錯体を電子伝達メディエータ、炭素基材を導電性基材とする場合について説明する。
まず、上記のようなアミノ基とイミダゾール環を有する化合物(スペーサー)が、イミダゾール環(配位性部位)においてオスミウムに配位したOs錯体を準備する。次に、炭素基材を、上記Os錯体を含有する電解液内に含浸した状態で、該炭素基材の電位を掃引し所定範囲内で変動させる。すると、上記Os錯体に配位したスペーサーの末端のアミノ基が、電解酸化され、水素が脱離し、このアミノ残基を介してOs錯体が炭素基材表面に共有結合される。
【0053】
スペーサーの直鎖構造の鎖長を調節する方法は特に限定されず、例えば、上記第一の方法においては、上記ジアミンとして、所望の鎖長の直鎖状アルキレン基を含むものを用いればよい。すなわち、所望の鎖長を有する直鎖状アルキレン基を含むジアミンを、電解液に溶解又は分散させ、該電解液内に浸漬した炭素基材の電位を変動させることで、所望の鎖長の直鎖構造を有するスペーサーを介して電子伝達メディエータを炭素基材表面に共有結合させることができる。
【0054】
また、上記第二の方法においては、上記イミダゾール環(配位性部位)によってOsに配位する化合物として、所望の鎖長の直鎖状アルキレン基を含むものを用いればよい。すなわち、所望の鎖長を有する直鎖状アルキレン基の末端にアミノ基及び配位性部位を有する化合物をOs錯体に配位させることで、所望の鎖長の直鎖構造を有するスペーサーを介して電子伝達メディエータを炭素基材表面に共有結合させることができる。
【0055】
電子伝達メディエータの共有結合による導電性基材表面への固定化量は、共有結合反応時間に依存(図5参照)し、これを制御することで、導電性基材表面に共有結合により固定化する電子伝達メディエータの量を調整することができる。共有結合反応時間は、電子伝達メディエータをスペーサーを介して導電性基材表面に共有結合させる方法によって異なり、例えば、上記第一の方法では、炭素基材(導電性基材)表面に共有結合させたジアミンのアミノ基と、Os錯体の配位子の酸基とのアミド縮合の反応時間となる。尚、このとき、炭素基材表面に共有結合させるジアミンの量も最大量(飽和量)とする。
【0056】
また、上記第二の方法では、上記Os錯体に配位したスペーサーの末端のアミノ基の電解酸化の反応時間を制御することで、電子伝達メディエータであるOs錯体の導電性基材への固定化量をコントロールすることができる。
導電性基材表面に共有結合により固定化できる電子伝達メディエータの最大量(最大固定化量)は、用いる導電性基材や共有結合させる電子伝達メディエータ及びスペーサー等によって異なってくる。例えば、実施例において用いている電子伝達メディエータ(Os錯体)、スペーサー(直鎖状アルキルジアミン)、及び導電性基材(炭素基材)の場合、その最大固定化量は、図5に示すように、約8×10-11mol/cm2である。
【0057】
電極反応である酸化還元酵素及び電子伝達メディエータの酸化還元反応が、効率よく定常的に進行するように、電解液は最適なpH値、例えば、pH7付近に維持されることが好ましい。pHの調整には、例えば、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)等の緩衝液を用いることができる。
また、電極反応である酸化還元反応が効率よく定常的に進行するようにするために、酸化還元酵素、電子伝達メディエータは、例えば、20〜30℃程度に維持されていることが好ましい。
【0058】
酸化還元酵素の基質としては、生物学的栄養源を広く利用することができ、例えば、炭水化物やその発酵生産物が挙げられ、特に、アルコール、糖及びアルデヒドが好ましく用いられる。具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、グリセリン、ポリビニルアルコール等のアルコール;グルコース、フルクトース、ソルボース等の糖類;ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等のアルデヒド等が挙げられる。その他にも、脂肪類、タンパク質等の糖代謝の中間生成物等の有機酸、これら混合物などを用いることができる。
本発明の酵素電極を燃料電池用電極として用いる場合には、取り扱いが極めて容易であること、入手が容易であること、環境への負荷が小さいこと等の観点から、特にグルコース、アルコールが好適に用いられる。
【0059】
上記のような基質酸化型酵素電極からなるアノードと対をなすカソードとしては、例えば、酸化剤の還元反応に有効な触媒である白金や白金合金等、燃料電池において一般的に用いられている電極触媒を、グラファイト、カーボンブラック、活性炭のような炭素質材料、又は金、白金等からなる導電体に担持させたものや、白金や白金合金等の電極触媒そのものからなる導電体をカソード電極として用い、酸化剤を電極触媒に供給するような形態とすることができる。
【0060】
或いは、上記のような基質酸化型酵素電極からなるアノードと対をなすカソードを、基質還元型酵素電極としてもよい。酸化剤を還元する酸化還元酵素としては、ラッカーゼやビリルビンオキシターゼなどの公知のものが挙げられる。酸化剤を還元する触媒として酸化還元酵素を用いる場合には、必要に応じて、公知の電子伝達メディエータを用いてもよい。酸化剤としては、酸素、過酸化水素等が挙げられる。
【0061】
カソード電極における電極反応を妨害する不純物(例えば、アスコルビン酸、尿酸等)による影響を回避するために、ジメチルポリシロキサン等の酸素選択性の膜をカソード電極の周囲に配置してもよい。
【0062】
本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極は、安定した電極性能と高い電流密度が得られることから、生物燃料電池の電極として利用することによって、長期間にわたって安定した電力供給が可能であり、且つ、発電性能に優れた生物燃料電池を提供することが可能である。
また、本発明の修飾酵素電極は、生物燃料電池に限らず、酵素センサーや、酵素センサー、酵素トランジスタ等に用いることができる。本発明の酵素電極を酵素センサーに用いる場合、酵素と基質の酸化還元反応の進行により発生した電流又は電圧を検知することで、基質の存在の有無或いは濃度を測定することができる。本発明の修飾酵素電極によれば、高電流密度が得られるため、感度が高く、且つ、長期間にわたって安定した精度を保持することが可能な酵素センサーを提供することができる。
【実施例】
【0063】
<酵素電極の作製>
炭素基材(グラッシーカーボン、3mmφ)を、ジアミン[NH2−(CH2−NH2]の緩衝水溶液(KH2PO310mM、pH12.5、I(イオン強度)0.1、ジアミン濃度10mM)中に浸漬し、該炭素基材の電位を−0.2〜0.5V(vs.Ag/AgCl)の範囲で変動(掃引速度50mV/sで20回程度)させ、該炭素基材表面にアミノ基の電解酸化によりジアミンを共有結合させた(図4の4−A参照)。
【0064】
一方、塩素原子が6配位したOs錯体(OsCl)を準備し、OsClと5,5’−ジメチル−2,2’−ビピリジンとを200℃で2時間反応させた。その後、亜ジチオン酸塩を添加し、氷上で30分間反応させ、Osに配位した塩素原子4つと二座配位子である5,5’−ジメチル−2,2’−ビピリジン2つとを置換した。続いて、ニコチン酸と200℃で2時間反応させ、さらに、NHPFを添加し、反応させることで、Osに配位した塩素原子1つとニコチン酸とを置換し、Os(5,5’−ジメチル−2,2'−ビピリジルジン)Cl(ニコチン酸)(以下、Os錯体Iとする)を合成した(式(2)参照)。
【0065】
【化2】

【0066】
上記にてジアミンを共有結合させた炭素基材(図4の4−A参照)を、0.1Mリン酸バッファー(pH7)と20mM Os錯体Iのジメチルスルホキシド(DMSO)溶液とを9:1(体積比)で混合した溶液(Os錯体濃度2mM)中に浸漬し、下記式(3)で表される触媒の存在下、炭素基材上のジアミンのアミノ基とOs錯体Iのニコチン酸とをアミド縮合させ、Os錯体Iをジアミンを介して炭素基材表面に共有結合させた(図4の4−B参照)。
【0067】
【化3】

【0068】
図5は、下記実施例1と同様にして炭素基材上のジアミンのアミノ基とOs錯体Iのニコチン酸とをアミド縮合させ、Os錯体Iをジアミンを介して炭素基材表面に共有結合させた際の、ジアミンを介して炭素基材表面に共有結合されるOs錯体の固定化量の上記アミド縮合反応時間依存性を示すグラフである。この図5により、アミド縮合の反応時間をコントロールすることによって、炭素基材表面に固定化するOs錯体(電子伝達メディエータ)の量を調節可能であることがわかる。図5においては、アミド縮合反応時間が約50時間に達すると、Os錯体の固定量がほぼ飽和状態(最大固定化量約8×10-11mol/cm2)となっている。
【0069】
(実施例1)
上記酵素電極の作製において、それぞれ直鎖状炭素数nの異なるジアミンを用いて酵素電極1〜6を作製した。尚、各酵素電極におけるジアミンの直鎖状炭素鎖の炭素数n、及びスペーサー鎖長L及びOs錯体の単位面積当りの固定化量は表1に示す通りである。
【0070】
【表1】

【0071】
得られた各酵素電極について、以下の条件(1)及び(2)の下、サイクリックボルタンメトリー(CV)を行った。結果を図6に示す。尚、条件(2)におけるCVは、触媒電流値が安定するまで複数回(10回)行い、図6には、その最大電流値を示した。
【0072】
<CV条件>
・セルボリューム:1mL
・スキャンレート:20mV/s
・電解液:(1)100mMのリン酸バッファー(pH7)のみ
(2)100mMのリン酸バッファー(pH7)、グルコース100mM
及びPQQ−GDH0.04mg
【0073】
図6において、上記条件(1)での各CV曲線(1)より、各酵素電極のグラッシーカーボンにOs錯体が固定化されていることがわかる。また、図6における上記条件(2)でのCV曲線(2)より、各酵素電極のグラッシーカーボン表面に固定化されたOs錯体が、酸化還元酵素(PQQ−GDH)と基質(グルコース)を含有する電解液内において、電子伝達メディエータとして機能していることがわかる。
【0074】
また、条件(1)おけるCVから算出されるOs錯体の酸化電流値と、条件(2)におけるCVから算出されるグルコースの最大酸化電流値との差から、各酵素電極の触媒電流値を算出し、該触媒電流値をグラッシーカーボンに固定化したOs錯体量で除することで、各酵素電極におけるOs錯体の固定化量あたりの触媒電流を求めた。結果を図7に示す。尚、図7には、各酵素電極1〜6について、Os錯体の固定化量の異なるデータもあわせて示した。
【0075】
(実施例2)
上記酵素電極の作製において、それぞれ直鎖状炭素数nの異なるジアミンを用いて酵素電極7〜12を作製した。尚、各酵素電極におけるジアミンの直鎖状炭素鎖の炭素数n、及びスペーサー鎖長L及びOs錯体の単位面積当りの固定化量は表2に示す通りである。
【0076】
【表2】

【0077】
得られた各酵素電極について、以下の条件(3)及び(4)の下、サイクリックボルタンメトリー(CV)を行った。結果を図8に示す。尚、条件(4)におけるCVは、触媒電流値が安定するまで複数回(3回)行い、図8には、その最大電流値を示した。
【0078】
<CV条件>
・セルボリューム:1mL
・スキャンレート:20mV/s
・電解液:(3)100mMのリン酸バッファー(pH7)のみ
(4)100mMのリン酸バッファー(pH7)、グルコース100mM
及びFAD−GOD0.04mg
【0079】
図8において、上記条件(3)での各CV曲線(3)より、各酵素電極のグラッシーカーボンにOs錯体が固定化されていることがわかる。また、図8における上記条件(4)でのCV曲線(4)より、各酵素電極のグラッシーカーボン表面に固定化されたOs錯体が、酸化還元酵素(FAD−GOD)と基質(グルコース)を含有する電解液内において、電子伝達メディエータとして機能していることがわかる。
【0080】
また、条件(3)おけるCVから算出されるOs錯体の酸化電流値と、条件(4)におけるCVから算出されるグルコースの最大酸化電流値との差から、各酵素電極の触媒電流値を算出し、該触媒電流値をグラッシーカーボンに固定化したOs錯体量で除することで、各酵素電極におけるOs錯体の固定化量あたりの触媒電流を求めた。結果を図7に示す。
【0081】
図7より、酵素としてPQQ−GDHを用いた場合、直鎖状炭素鎖の炭素数nが4〜10、スペーサー鎖長Lが11〜19Åのスペーサーを用いることで、高い触媒電流値が得られることがわかる。n=2のジアミンでは、スペーサーが短いため、Os錯体の動きやすさや、アクセスビリティが低下し、電子伝達メディエータであるOs錯体と酸化還元酵素間及びOs錯体と導電性基材間の電子伝達性が低下する結果、触媒電流値が小さくなったと考えられる。一方、n=12のジアミンでは、スペーサーが長くなりすぎるため、スペーサーの剛直性が低下し過ぎて運動の速さが低下し、電子伝達メディエータと酸化還元酵素間及び電子伝達メディエータと導電性基材間の電子伝達性が低下する結果、触媒電流値が小さくなったと考えられる。
【0082】
また、図7より、酵素としてFAD−GODを用いた場合、直鎖状炭素鎖の炭素数nが4〜10、スペーサー鎖長Lが11〜19Åのスペーサーを用いることで、高い触媒電流値が得られることがわかる。PQQ−GDHを用いた場合同様、n=2のジアミンでは、スペーサー短いため、Os錯体の動きやすさや、アクセスビリティが低下し、電子伝達メディエータであるOs錯体と酸化還元酵素間及びOs錯体と導電性基材間の電子伝達性が低下する結果、触媒電流値が小さくなったと考えられる。一方、n=12のジアミンでは、スペーサーが長くなりすぎるため、スペーサーの剛直性が低下し過ぎて運動の速さが低下し、電子伝達メディエータと酸化還元酵素間及び電子伝達メディエータと導電性基材間の電子伝達性が低下する結果、触媒電流値が小さくなったと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極を備えた生物燃料電池の一形態例を示す概念図である。
【図2】本発明の電子伝達メディエータ修飾酵素電極の一形態例における導電性基材表面の拡大図であって、電子伝達メディエータのフレキシビリティを示す概念図である。
【図3】酸化還元酵素の三次元構造例を示す図である。
【図4】導電性基材表面へ電子伝達メディエータを共有結合させる方法の一例を示す図である。
【図5】電子伝達メディエータの導電性基材表面への固定化量のアミド縮合反応時間依存性を示すグラフである。
【図6】実施例1における酵素電極のCV測定の結果を示すグラフである。
【図7】実施例1及び2における直鎖状炭素鎖の炭素数nに対する導電性基材への電子伝達メディエータの固定化量当りの触媒電流値を示すグラフである。
【図8】実施例2における酵素電極のCV測定の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部回路に接続された導電性基材と、該導電性基材との間で電子伝達が可能な酸化還元酵素と、前記導電性基材と前記酸化還元酵素との間の電子伝達を媒介可能な電子伝達メディエータと、を備える電子伝達メディエータ修飾酵素電極であって、
前記電子伝達メディエータが、少なくとも直鎖構造を含むスペーサーを介して、前記導電性基材表面に共有結合していることを特徴とする、電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項2】
前記電子伝達メディエータがオスミウム錯体である、請求項1に記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項3】
基質酸化型酵素電極である、請求項1又は2に記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項4】
前記導電性基材表面に、前記スペーサーの直鎖構造の末端が共有結合している、請求項1乃至3のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項5】
前記スペーサーの直鎖構造が直鎖状炭素鎖を含む、請求項1乃至4のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項6】
前記スペーサーの直鎖構造が両末端にアミノ基を有するジアミンであり、該ジアミンの一方の末端のアミノ残基を介して、前記導電性基材表面に該スペーサーの直鎖構造が共有結合している、請求項1乃至5のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項7】
前記スペーサーの鎖長が、少なくとも8Å以上である、請求項1乃至6のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項8】
前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が、少なくとも2以上である、請求項5乃至7のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項9】
前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備え、前記スペーサーの鎖長が11Å以上である、請求項1乃至8のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項10】
前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備え、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が4以上である、請求項5乃至9のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項11】
前記酸化還元酵素として、ピロロキノリンキノン依存性グルコースデヒドロゲナーゼ(PQQ−GDH)を備え、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が10以下である、請求項5乃至10のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項12】
前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備え、前記スペーサーの鎖長が11Å以上である、請求項1乃至11のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項13】
前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備え、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が4以上である、請求項5乃至12のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項14】
前記酸化還元酵素として、フラビンアデニンジヌクレオチド依存性グルコースオキシダーゼ(FAD−GOD)を備え、前記スペーサーの直鎖状炭素鎖の炭素数が10以下である、請求項5乃至13のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極。
【請求項15】
請求項1乃至14のいずれかに記載の電子伝達メディエータ修飾酵素電極を備えることを特徴とする、生物燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−71584(P2008−71584A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−248206(P2006−248206)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】