説明

電子移動現象定量方法

【課題】本発明は、特定の物質間の電子移動を直接評価する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中において、電子授受物質A、B間の電子移動量を求める方法であって:
電子授受物質Aに対し、蛍光寿命測定を行い、蛍光強度IA0を測定する工程;
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対し、蛍光寿命測定を行い、物質Aの蛍光強度IA1を測定する工程;および
電子授受物質A、B間の電子移動量に相当する、電子授受物質Aの蛍光の変化量△I=IA1−IA0を算出する工程、を含んでなる方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子授受物質間の電子移動現象(移動量、移動時間、移動速度)を、蛍光寿命測定により、定量評価する方法に関係する。本発明は、光合成関連反応におけるクロロフィル類似構造酵素間の電子移動、太陽電池内の電子・ホール移動反応等、光励起に基づく電子移動反応等に適用可能である。
【背景技術】
【0002】
人工光合成燃料・物質合成や、太陽電池開発において、電子授受物質間の電子移動現象、特に電子移動速度の評価は重要である。なぜなら、電子移動速度により反応効率が左右されるからである。一般的に、反応効率の向上のためには、高い電子移動速度を有することが望ましい。
【0003】
ところで従来、電子移動速度の評価は、電子移動により生じる反応生成物(例えば、人工光合成反応ではO発生量)の生成量測定等により間接的になされている。しかしながら、実際には、該反応生成物の増減に関わる副反応が多く生じており(例えば、光合成暗反応における酸素の減少)、特定物質間の正味の反応生成物量を評価できない。つまり、電子移動現象を直接評価する技術がなかった。
【0004】
また特許文献1に、蛍光エネルギー移動現象の解析に関する発明が記載されているが、アクセブタ退色用の光を構成要素としており、この点で作業が煩雑である。
【0005】
【特許文献1】特開2004−219104
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特定の物質間の電子移動を直接評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、特定の物質間の電子移動により固有かつ直接生じる物理現象として、短寿命蛍光に着目し、特定の物質間の電子移動現象(移動量、移動時間、および移動速度)を直接評価する方法を得た。
【0008】
すなわち本発明により、下記(1)〜(3)が提供される。
(1) 同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータ(電子伝達物質)を含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動量を求める方法において、
ここで、電子授受物質Aに対し、蛍光寿命測定を行い、蛍光強度IA0を測定し、および
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対し、蛍光寿命測定を行い、物質Aの蛍光強度IA1を測定しておいて、
電子授受物質A、B間の電子移動量に相当する、電子授受物質Aの蛍光の変化量△I=IA1−IA0を算出することを特徴とする方法。
(2)同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動時間を求める方法において、
ここで、電子授受物質Bに対し、蛍光寿命測定を行い、最大強度を示す発光時刻TB0を測定し、および
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対し、蛍光寿命測定を行い、物質Bのピーク強度を示す発光時刻TB11、TB12を測定しておいて、
電子授受物質A、B間の電子移動時間に相当する、電子授受物質Bの蛍光のピーク強度を示す時刻間隔△T=TB12−TB11を算出することを特徴とする方法。
(3)同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動速度を求める方法において、
請求項1に記載の電子移動量△Iおよび請求項2に記載の電子移動時間△Tを用いて、電子移動速度Vを、V=−△I/△Tにより、算出することを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、電子授受物質間の電子移動現象を直接的に評価できる。本発明の方法により、メディエータとして高い電子移動速度を示す材料の選定が容易になる。さらに、電子移動速度の向上は、反応効率の向上をもたらす。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明では、特定の物質間の電子移動により固有かつ直接生じる物理現象である、短寿命蛍光を利用する。そこで、蛍光の発生イメージを図1に示す。蛍光物質に光エネルギーhυの光を照射すると、蛍光物質内で電子励起が生じ、この励起電子が励起状態から基底状態に戻る際に蛍光が発せられる。
【0011】
同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対して、パルスレーザーを照射すると、電子授受物質A、Bからそれぞれ蛍光が発せられる。図2に示すように、電子授受物質Aを励起し蛍光を発するために使用されるエネルギーの一部が、メディエータを介して、電子授受物質Aから電子授受物質Bへ電子として移動する。電子移動時間を経て電子授受物質Bが該エネルギーを受け取り、蛍光現象が再び生じる。
【0012】
上記の現象を利用した本発明の態様を以下でより詳細に説明する。まず、同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bに対して、別個に、蛍光寿命測定を行い、蛍光強度IA0、IB0、最大強度を示す発光時刻TA0、TB0を測定する。蛍光寿命測定は、fs(フェムト秒)〜ps(ピコ秒)時間幅のパルスレーザーを、推定される電子授受物質A、B間の電子移動時間よりも長いインターバルで照射する。これは、生じる蛍光が移動電子によるものかパルスレーザーによるものかを峻別するためである。レーザーパルス終了後、生じる蛍光の強度や蛍光発光時刻を測定する。例えば、波長400nm、パルス幅10psのレーザーパルスを0.1μs以上のインターバルにて、繰り返し照射する。生じた蛍光は、ストリークカメラ等の検出器により検出する。試料は、石英ガラスセル等に封入する。通常、蛍光発光時刻は、パルスレーザー照射時を基点とする。本測定結果のイメージを図3の左側に示す。
【0013】
同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bとして、例えばクロロフィル類似酵素等が挙げられる。しかし、これらによって本発明の範囲が限定されることはない。
【0014】
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対して、蛍光寿命測定を行い、物質Aの蛍光強度IA1、物質Bのピーク強度を示す発光時刻TB11、TB12を測定する。蛍光寿命測定は、前述と同様の方法で行う。本測定結果のイメージを図3の右側に示す。
【0015】
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対して、蛍光寿命測定を行うと、図3の右上に示すように、電子授受物質A単独の場合の電子授受物質Aに由来する蛍光強度IA0よりも減少した電子授受物質Aに由来する蛍光強度IA1が観察され、すなわち電子授受物質Aに由来する蛍光強度の変化が観察される。これは、図2に示すように、電子授受物質Aを励起し蛍光を発するために使用されるエネルギーの一部が、メディエータを介して、電子授受物質Aから電子授受物質Bへ電子として移動したためと考えられる。したがって、電子授受物質Aの蛍光の変化量が△I=IA1−IA0として算出され、これが電子授受物質A、B間の電子移動量に相当する。
【0016】
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対して、蛍光寿命測定を行うと、図3の右下に示すような、電子授受物質Bに由来するTB11における蛍光強度のピークとTB12における蛍光強度のピークが見られる。発光時刻TB11は、実質的に発光時刻TB0に相当し、照射されたパルスレーザーに起因する蛍光時刻である。発光時刻TB12における蛍光強度のピークは、前述のメディエータを介して、電子授受物質Aから電子授受物質Bへ移動した電子に起因するものと考えられる(図2参照)。したがって、電子授受物質Bの蛍光のピーク強度を示す時刻間隔が△T=TB12−TB11として算出され、これが電子授受物質A、B間の電子移動時間に相当する。
【0017】
前述の電子移動量△Iおよび電子移動時間△Tを用いて、電子移動速度Vを、V=−△I/△Tにより、算出する。これにより、同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動速度が求められる。
【実施例】
【0018】
電子授受物質A、Bとして、異なるクロロフィル類似酵素を採用し、それらを別個に石英ガラスセル等に封入し、蛍光寿命測定を行った。波長400nm、パルス幅10psのレーザーパルスを0.1μs以上のインターバルにて、繰り返し照射し、レーザーパルス終了後に生じた蛍光の強度や蛍光発光時刻をストリークカメラ画像検出により測定した。
【0019】
電子授受物質A単独の場合、A蛍光波長は685nmであり、強度は4965ctであり、蛍光発光時刻はレーザーパルス終了時を起点として約4n秒であった。
【0020】
電子授受物質B単独の場合、A蛍光波長は675nmであり、強度は453ctであり、蛍光発光時刻はレーザーパルス終了時を起点として約6n秒であった。
【0021】
電子授受物質A、Bとしての異なるクロロフィル類似酵素に電子メディエータも加えて混合物とした。ここで電子メディエータはPを使用した。該混合物を石英ガラスセル等に封入し、蛍光寿命測定を行った。寿命測定は、前述と同じ条件、すなわち波長400nm、パルス幅10psのレーザーパルスを0.1μs以上のインターバルにて、繰り返し照射し、レーザーパルス終了後に生じた蛍光の強度や蛍光発光時刻をストリークカメラ画像検出により測定した。
【0022】
混合物の場合、蛍光波長は675nmと685nmの両方で見られ、蛍光強度は3209ctであり、物質A単独の場合の4956ctよりも減少したことが観察された。これは物質Aからの電子離脱があったことを示す。
【0023】
混合物の場合、電子授受物質Bに由来する蛍光発光時刻が、レーザーパルス終了時を起点として、約6n秒で見られた。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】蛍光発生イメージ。
【図2】電子移動と蛍光発光の関係図。
【図3】電子移動速度定量の方法。
【図4】物質A、B、個別単独での蛍光測定結果。
【図5】物質A、B混合物(電子伝達物質P混入)での蛍光測定結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動量を求める方法において、
ここで、電子授受物質Aに対し、蛍光寿命測定を行い、蛍光強度IA0を測定し、および
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対し、蛍光寿命測定を行い、物質Aの蛍光強度IA1を測定しておいて、
電子授受物質A、B間の電子移動量に相当する、電子授受物質Aの蛍光の変化量△I=IA1−IA0を算出することを特徴とする方法。
【請求項2】
同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動時間を求める方法において、
ここで、電子授受物質Bに対し、蛍光寿命測定を行い、最大強度を示す発光時刻TB0を測定し、および
電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物に対し、蛍光寿命測定を行い、物質Bのピーク強度を示す発光時刻TB11、TB12を測定しておいて、
電子授受物質A、B間の電子移動時間に相当する、電子授受物質Bの蛍光のピーク強度を示す時刻間隔△T=TB12−TB11を算出することを特徴とする方法。
【請求項3】
同波長で励起され蛍光を発する異なる電子授受物質A、Bおよび電子メディエータを含む混合物中における、電子授受物質A、B間の電子移動速度を求める方法において、
請求項1に記載の電子移動量△Iおよび請求項2に記載の電子移動時間△Tを用いて、電子移動速度Vを、V=−△I/△Tにより、算出することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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