説明

電子線遮蔽用シート

【課題】柔軟性を有し、はさみやカッターなどで容易に加工できる電子線(β線含む)の遮蔽材を得る。また、その遮蔽材が人体や環境に無害である。
【解決手段】常温で柔軟性のあるエラストマー中にタングステンなどの粉末を分散した遮蔽材シートを作製することにより課題を解決した。電子線を効率よく遮蔽し、鉛と同程度の厚さで遮蔽を行うことができ、電子線治療などに最適である。家庭用のはさみやカッターで簡単に加工もできる。また、環境や人体への害も、鉛と比較するとごく小さい。表面をさらにフィルムで覆って、補強してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線照射に用いられる、照射対象外である部分をその電子線から遮蔽する電子線照射用シートに関する。
【背景技術】
【0002】
医療行為で、放射線を患部に照射する方法は一般に広く行われている。
【0003】
照射するのはα線、電子線(β線も含む)、γ線(X線)などであるが、電子線については医療機器や衣服の滅菌に用いられることが多い。
【0004】
この電子線は、ケロイドや腫瘍の治療や、癌の治療などにも役立てられている。電子線は細胞に対して照射することにより、ケロイド組織や腫瘍部の細胞、癌細胞などが繁殖しにくくなることで、その進展を止め、治療することができる。
【0005】
電子線は、透過力は強くなく、例えば皮膚に照射した場合にその先にある臓器に影響が及ぶことはほとんど無い。その一方で、照射範囲についてはその制御が難しく、円形の照射範囲の大きさによって調整されているのが一般的である。
【0006】
そのために、患部のそばにある、健常な細胞の機能も照射により奪う恐れがある。放射線は正常な細胞に照射されると有害であり、患部以外の発赤、かゆみ、痛みなどを伴う皮膚炎を引き起こすことも指摘されている。
【0007】
そこで、健常な細胞の部分に、その形に沿って鉛板を加工する方法が用いられていた。しかしながら、鉛は人体に接触すると有害であることから、その加工中、使用中、使用後の処理時に人体への悪影響が心配される。また、電子線の照射を必要とする患部は、一般的に複雑な形状をしており、鉛板を金切ハサミなどでこの複雑な形状に切り抜くことは非常な労力を要すると共に、切断時に生じるササクレで指を損傷する危険もある。前記金切りバサミで切断できる鉛板の厚さは、厚くても2mm程度であるが、治療時に必要な鉛の厚さはこれ以上を要求される場合も多い。そのために、数枚の鉛板を同様に切り抜いて用いる必要があり、これにも同様に切り抜く必要があり、更に労力が必要になる。
【0008】
特許文献1に示す技術は、この鉛に代わる遮蔽材として、タングステンと鉄、ニッケル、銅などからなるタングステン系材料による層状構造の電子線遮蔽材が提案されている。
【0009】
この文献に示された電子線遮蔽材は、遮蔽能力は高いが、柔軟性がない上に硬質で加工が困難なために、例えば手術の進行に合わせて、最適な形状を作ることは困難である。
【0010】
特許文献2には、椅子に座った被験者を広く取り囲む形態の、電子線遮蔽材を使用した椅子が提案されている。この文献には鉛やタングステンと樹脂との複合材も記載されている。
【0011】
この技術では、電子線遮蔽材は固定されており、電子線を患部にのみ照射することには寄与しない。
【0012】
特許文献3に記載の技術には、融点が40℃〜80℃の熱可塑性樹脂に、タングステンなどの放射性遮蔽物質を分散させた組成物が開示されている。この組成物は、融点が低いために、温水や温風で加熱した状態で、所望の形にはさみなどで加工が可能とある。
【0013】
この技術で、課題のいくつかは解決するが、40℃〜80℃以上にて患者の体形に合わせて硬化させるために、患者にやけどの危険性がある。また、例えば術中に迅速に所望の形状を得ることに関しては、加熱、冷却の時間がかかるために、短いほど患者の負担が少なくてすむ手術などには不適当な面も残る。また、一度固まってしまうとその後に変形させるのは難しいために、患者の体位が変わったり、予定外の範囲へ照射の必要が出た場合などは、遮蔽材全体に対して再度作製する必要がある。
【0014】
【特許文献1】特開平09−071828号公報
【特許文献2】特開2004−361288号公報
【特許文献3】特開平08−201581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の課題は、従来の方法にて得られなかった、柔軟性を有し、はさみやカッターなどで容易に加工できる電子線(β線含む)遮蔽用シートを得ることを目的とする。
【0016】
なお、前述の「容易に加工でき」には、患部を取り囲むように貼り付けた後にも、容易にその場で加工ができる、という意味も含む。
【課題を解決するための手段】
【0017】
エラストマー樹脂中に、タングステン粒子または/およびタングステン化合物粒子または/およびタングステン複合物粒子(以後単に「タングステン系粒子」と表記する)を分散した電子線遮蔽用シートを用いることで、前記課題を解決した。この電子線遮蔽用シートは、タングステン系粒子をエラストマー中に分散したシートであり、電子線遮蔽能力が高く、柔軟性があり、家庭用はさみやカッターなどによる加工が容易である。
【0018】
また、タングステン系粉末やエラストマーはそれ自体触れたり服用しても毒性はないのであるが、タングステン系粉末の脱落をそれでも嫌う場合には、有機物のフィルムおよび膜で前記電子線遮蔽用シートを保護することもできる。この際、電子線遮蔽用シートの被加工性および柔軟性の点から、有機物のフィルムおよび膜は10〜300μmがより好ましい。10μmより薄ければ強度を保つ性質が十分発揮できず、300μmよりも厚ければ、曲げなどの変形を制限するため適当でない。また、非切断性も低下する。
有機物のフィルムおよび膜の材質としては、低密度ポリエチレン、ポリウレタン、ナイロン、シリコン、オレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ポリエチレンテレフタレートのいずれか一種または二種以上が製造の容易性、価格、入手のしやすさ、改修のしやすさの点から、より好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の電子線遮蔽用シートは、以下の効果を有する。
【0020】
第一に、電子線遮蔽材料としての機能が高く、比較的薄いシートにて遮蔽ができる。
【0021】
第二に、電子線遮蔽用シートは少なくとも常温で柔軟性を有するために、患部を中心として自由な形状での遮蔽が可能である。
【0022】
第三に、電子線遮蔽用シートははさみやカッターによる加工が簡単に行うことができる。そのために、電子線照射の範囲および遮蔽部分の変更が容易に、迅速にできる。
【0023】
第四に、鉛やその化合物などの人体や環境に有害な成分を用いることなく遮蔽ができ、また使用後の廃棄が簡単である。

【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の電子線遮蔽用シートは、以下に示す方法にて得ることができる。
【0025】
まず、タングステンおよび/またはタングステン化合物および/またはタングステン混合物の粉末粒子を準備する。タングステンは単体でもよいし、炭化物(WC、WCなど)や酸化物(WO、WOなど)、窒化物やほう化物などから選ぶことができる。また、他の金属との複合化合物でもよい。タングステンは入手しやすく、価格も同程度の比重を有する金やイリジウムなどと比べて比較的安価であるために、エラストマー中に分散するタングステン系粒子は、少なくともその粒子の合計質量の70%はタングステン粒子が含まれていることが望ましい。これらの密度は、遮蔽能力の点からエラストマーと混合の密度が平均で9g/cm以上が好ましい。混合物の場合は、タングステンと複合する粒子は金属粉末である2a〜3b族までの金属やその化合物(酸化物、炭化物、窒化物、ほう化物、およびそれらの組み合わせ)、およびほう素から選択するのがよい。
粉末の平均粒子径は1〜100μm程度が好ましい。遮蔽材の密度を上げることにより、布状電子線遮蔽材をより薄くすることができる。これに適しているのが前記1〜100μm程度の粒子径である。平均粒子径が1μm以下であれば、粒子同士がエラストマーを挟まずにお互い接触することが多くなるために、密度を上げられないか、上げても十分な柔軟性が得られなくなる。また、平均粒子径が100ミクロンを超える粉末であれば、柔軟性を有する電子線遮蔽用シートを曲げたり切断したりする際に粒子の脱落する恐れがあるために好ましくない。また、柔軟性も失われやすくなる。
【0026】
密度を上げてなおかつ柔軟性を維持するためにより好ましいのは、30〜100μm程度に粒子径ピークがある粉末粒子と、1〜6μm程度に粒子径ピークがある粉末粒子を混合することである。混合することにより、30〜100μmの粉末の粒子間にエラストマーを介した1〜6μmの粒子が充填される。
【0027】
電子線遮蔽用シートの組成としては、タングステン系粒子を70〜99質量%、残部がエラストマーとする必要がある。タングステン系粉末が70質量%未満であれば、遮蔽のために厚さを厚くする必要がある。そうすると、はさみやカッターでの加工が行いにくくなる。
【0028】
逆に、タングステン系粒子が99質量%を越えれば、柔軟性の十分あるシートにするのが難しくなる。
【0029】
前記タングステン系粒子を、エラストマーと混合する。このエラストマーは、少なくとも常温(15〜35℃)で柔軟性を持つオレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ナイロン系エラストマー、ウレタン系エラストマー、シリコン系エラストマーから少なくとも1種が選ばれる。これらのエラストマーは柔軟性およびタングステン系粒子との密着性の点からも好ましい。さらにこれらのエラストマーは、電子線がタングステン系粒子に照射された際に発生する1次X線および2次X線に対しても劣化しない。たとえば、Co60から発せられる1.2MeVのγ線を10Gy照射しても、前記エラストマーの劣化はまったく見られなかった。
【0030】
混合はニーダーや攪拌器、ライカイ器など、公知の樹脂と粉末粒子との混合方法で行えばよい。両者が十分に混合され、エラストマー中に粒子が均一に分散することが重要である。
【0031】
得られた混合体をシート成形することにより、電子線遮蔽用シートを得ることができる。粒子の分散については、エラストマー中に均一に分散する必要がある。タングステン系粒子の分布が偏っていれば、電子線の透過に不均一が起きるために望ましくない。
【0032】
成形厚さは、使用する電子線の強度などから適当に選択すればよいが、はさみやカッターでの加工は10mm以下の厚さが適している。これ以上の厚さが必要な場合には、本発明の電子線遮蔽用シートを重ねて使用すればよい。
【0033】
シート成形を行う際の大きさは、その成形機の実用幅に応じて大きさを所望のものにすることができる。例えば人体を包むような1500mm幅のものでも、一体で成形可能である。
【0034】
こうして得られた電子線遮蔽用シートを、はさみやカッターなどで所望の形状を患部および正常部の形状に応じて加工することにより使用することができる。また表面は適度に滑らかであり、テープなどで簡単に人体に固定できる。
【0035】
また、前述のようにタングステン系粒子やエラストマーはそれ自体触れたり服用しても毒性はないのであるが、タングステン系粒子の脱落をそれでも嫌う場合には、有機物のフィルムおよび膜で前記電子線遮蔽用シートを保護することもできる。また、準備中や術中に意図しない変形の発生も防ぐことができ、補強されていない電子線遮蔽シートと組み合わせての使用も可能である。この際、電子線遮蔽用シートの被加工性および柔軟性の点から、有機物のシートおよび膜は10〜300μmがより好ましい。電子線遮蔽シート本体と、有機物のシートを一体化するには、熱圧着、接着剤による接着などがよい。また、有機物の膜の場合は溶液や溶融体からの塗布固着の方法がよい。
【実施例1】
【0036】
平均粒子径が30μmのタングステン粉末粒子80質量%、平均粒子径が2μmのタングステン粉末粒子17質量%と、オレフィン系エラストマー3質量%とを、80℃に保ったニーダーにて混練した。混練した混合物を押し出し方式の成型機にてシート形状に整形し、厚さ1mmから10mmのシートを1mmごとに10枚得た。この試料を試料1とする。
【0037】
平均粒子径が20μmのタングステン粉末粒子70質量%と、WO粉末粒子20質量%と、ナイロン系エラストマー10質量%とを試料1と同様に成形を行い厚さ10mmのシートを得た。これを試料2とする。
【0038】
平均粒子径が8μmのタングステン粉末粒子を70質量%と、平均粒子径が8μmのWC粉末粒子15質量%平均粒子径が10μmのTiB粒子10%と、5質量%のスチレン系エラストマーとを試料1と同様に成形を行い、厚さ10mmのシートを得た。これを試料3とする。
【0039】
平均粒子径が10μmのタングステン粉末粒子を70質量%と、平均粒子径が15μmのモリブデン粉末粒子を10質量%、平均粒子径が10μmのチタン粉末粒子を5%と、15質量%のウレタン系エラストマーとを試料1と同様に成形を行い、厚さ10mmのシートを得た。これを試料4とする。

試料1のシートのそれぞれについて、6MeV、12MeV、18MeVの電子線を照射して、遮蔽剤がない状態との電子線の透過について試験を行った。また、比較例として同じ厚さの鉛版を用いた。試験結果を表1〜表3に示す。
【0040】
数字は、まったく遮蔽されていない場合の電子線強度を100としたときの相対値である。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表1〜表3に示す結果より、実施例1の電子線遮蔽用シートは、同じ厚さの鉛と同等およびそれ以上の電子線遮蔽能力があることがわかる。
【0045】
また、使用されたオレフィン形エラストマーは、タングステン粒子への電子線照射による1次X線および2次X線に対しても、材料の劣化は見られなかった。

次に厚さが10mmの試料1〜試料4について、その密度と、同様の遮蔽実験とを行なった結果を表4に示す。
【0046】
【表4】

【0047】
試料2〜4については、試料1よりも密度は低く、それに応じて電子線の透過は大きくなったが、鉛板と同程度の遮蔽を行うことができた。
【0048】
これらいずれの試料も、家庭用のはさみで加工を簡単に行なうことができ、接触しても人体には無害である。
【0049】
また、エラストマーについては本発明に示すオレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ナイロン系エラストマー、ウレタン系エラストマー、シリコン系エラストマーのいずれを使用した場合でも、同様の加工を行なうことができた。
【0050】
分散した粉末については、やはり密度の高いものが好ましいが、試料4のように鉛よりも遮蔽が劣るシートでも、厚さを少々厚くするだけで無害、被加工性の容易さを持ったまま同様の遮蔽を行なうことができる。
【実施例2】
【0051】
実施例1と同様の方法で、厚さ5mmの本発明の電子線遮蔽用シートを作製した。
このシートを家庭用のはさみにて図1に示すように電子線照射を行いたい部位の形状に切り抜き、人体に固定した(図2)。
【0052】
この状態で12MeVの電子線照射治療を行ったところ、患部は十分に治療が行え、遮蔽した周囲の部分にはなんら影響はなかった。
【実施例3】
【0053】
実施例1で用いた厚さ2mmと厚さ6mmの電子線遮蔽材に、それぞれ厚さ10μmのナイロンおよび厚さ300μmのポリエチレンテレフタレートの保護膜および保護フィルムを表面に設けた。これらは、設けていないものと比較して、柔軟性および被加工性が若干劣るが、加工時や使用時に全くタングステン系粉末の脱粒は起こらなかった。また、繰り返し使用した場合も、表面にキズや割れ目などが全く見られず、より長期使用が可能な良好な電子線遮蔽シートと評価できた。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】患部の形に切り抜いた本発明の電子線遮蔽用シート
【図2】人体への電子線照射の模式図
【符号の説明】
【0055】
1 本発明の電子線遮蔽用シート
2 切り抜かれた部分(電子線照射部分)
3 人体(被照射物)
4 電子線発生、照射装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラストマー中にタングステン粒子または/およびタングステン化合物粒子または/およびタングステン複合物粒子を均一に分散した構造を有し、柔軟性を有する電子線遮蔽用シート。
【請求項2】
タングステン粒子または/およびタングステン化合物粒子または/およびタングステン複合物粒子が70〜99質量%、残部がエラストマーからなる請求項1に記載の電子線遮蔽用シート。
【請求項3】
エラストマーが常温で柔軟性を持つオレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ナイロン系エラストマー、ウレタン系エラストマー、シリコン系エラストマーから選ばれる少なくとも1種からなる請求項1または請求項2に記載の電子線遮蔽用シート。
【請求項4】
電子線遮蔽シートの表面に、前記粒子の脱落防止および電子線遮蔽シートの耐傷性の向上を目的とした保護フィルムまたは保護膜を設けた請求項1から請求項3のいずれかに記載の電子線遮蔽シート。
【請求項5】
保護フィルムおよび保護膜の材質が、低密度ポリエチレン、ポリウレタン、ナイロン、シリコン、オレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、ポリエチレンテレフタレートのいずれか一種または二種以上である請求項4に記載の電子線遮蔽シート。
【請求項6】
保護フィルムおよび保護膜の厚さが10〜300μmである請求項5に記載の電子線遮蔽シート。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−175811(P2008−175811A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−319356(P2007−319356)
【出願日】平成19年12月11日(2007.12.11)
【出願人】(000229173)日本タングステン株式会社 (80)
【Fターム(参考)】