説明

電子蓄積リング

【課題】高強度の放射光を取り出すことができる電子蓄積リングを提供する。
【解決手段】予め定められた曲率を有する設計軌道10に沿って電子ビームを周回させ、設計軌道10から接線方向に放出された放射光を外部に取り出すための取出口4を有する電子蓄積リング1であって、取出口4の中心から設計軌道10への接線が、設計軌道10上の接点となる第1の位置Aを超える延長線上に配置された第1の集束ミラー6aを備え、第1の集束ミラー6aは、設計軌道10上の第2の位置Bから接線方向に放出された放射光L2を反射させて、第1の位置Aで集束させることにより、設計軌道10上の第1の位置Aから接線方向に放出される放射光L1に重畳させて、取出口4から外部に放出するように構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビームを蓄積して放射光を発生させる電子蓄積リングに関する。
【背景技術】
【0002】
内部が真空状態の密閉容器内において、電子ビームを設計軌道に沿って光速に近い速度で周回させることにより、軌道の接線方向に放射光を放出する電子蓄積リングが従来から知られている。例えば、特許文献1に開示された光蓄積リングは、円形軌道の周囲が反射鏡により覆われており、特定の波長を有する放射光が、軌道上のあるバンチから接線方向に放出されて反射鏡で反射した後、軌道上の他のバンチから放出される放射光と干渉して強調されるように、円形軌道および反射鏡の曲率半径がそれぞれ設定される。
【特許文献1】特公平7−77159号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記従来の光蓄積リングは、各バンチから放出される放射光が、反射鏡での反射により円形軌道と繰り返し接しながら光取出口に導かれるものであり、これによって、特定波長の放射光を強調するように構成されている。ところが、円形軌道から光取出口に向けて放出される放射光を直接強調するように構成されたものではないため、取出口から放出される放射光の強度をより高める観点から更に改良の余地があった。
【0004】
そこで、本発明は、高強度の放射光を取り出すことができる電子蓄積リングの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の前記目的は、予め定められた曲率を有する設計軌道に沿って電子ビームを周回させ、前記設計軌道から接線方向に放出された放射光を外部に取り出すための取出口を有する電子蓄積リングであって、前記取出口の中心から前記設計軌道への接線が、前記設計軌道上の接点となる第1の位置を超える延長線上に配置された第1の集束ミラーを備え、前記第1の集束ミラーは、前記設計軌道上の第2の位置から接線方向に放出された放射光を反射させて、前記第1の位置で集束させることにより、前記設計軌道上の第1の位置から接線方向に放出される放射光に重畳させて、前記取出口から外部に放出するように構成された電子蓄積リングにより達成される。
【0006】
この電子蓄積リングにおいて、前記第1の集束ミラーは、前記設計軌道の軌道面に対して垂直な方向と平行な方向とで曲率が異なるトロイダルミラーであることが好ましい。
【0007】
また、前記設計軌道上の第3の位置から接線方向に放出された放射光を反射させて、前記第2の位置で集束させることにより、前記第2の位置から放出される放射光に重畳させる第2の集束ミラーを更に備えることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高強度の放射光を取り出すことができる電子蓄積リングを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実態形態について添付図面を参照して説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る電子蓄積リングの概略構成を示す平面図である。図1に示すように、電子蓄積リング1は、ステンレスやアルミ合金等からなるリング状の真空容器2を備えており、真空容器2の外周に沿って偏向磁石(図示せず)が配置されている。真空容器2の内部には、入射器(図示せず)から電子ビームを入射させることができ、入射した電子ビームは、インフレクタ及びパータベータ(いずれも図示せず)の作用により、予め設定された曲率を有する円形の設計軌道10に案内され、前記偏向磁石によって真空容器2内に発生する磁場の強度を調節することにより、設計軌道10に沿って周回するように制御される。真空容器2の壁面には取出口4が形成されており、電子ビームの周回により設計軌道10上の位置Aから接線方向に放出された放射光L1を、取出口4から外部に取り出すことができる。設計軌道10の形状は、本実施形態のように円形であることが好ましいが、楕円形や一部に直線部を含む形状とすることも可能である。
【0010】
以上の構成は従来の電子蓄積リングと同様であるが、本実施形態の電子蓄積リング1は、真空容器2の内壁面に第1の集束ミラー6aを備えることを特徴とする。第1の集束ミラー6aは、設計軌道10の軌道面に対して垂直な方向と平行な方向とで曲率が異なるように形成されたトロイダルミラーであり、取出口4と略同じ大きさを有している。第1の集束ミラー6aは、取出口4から設計軌道10上の位置Aを通過する接線が、中心を通過するように配置されており、設計軌道10上の位置Bから接線方向に放出された放射光L2を反射させて、設計軌道10上の位置Aにおいて電子ビームのビームサイズまで集束させ、取出口4から外部に放出する。
【0011】
このような第1の集束ミラー6aを設けることにより、設計軌道10上の位置Aから取出口4に向けて放出される放射光L1に、設計軌道10上の位置Bから放出される放射光L2を重畳させることができ、取出口4から取り出すことができる放射光Lの強度を高めることができる。
【0012】
真空容器2の内部には、図2に示すように、第1の集束ミラー6aに加えて第2の集束ミラー6bを設けてもよい。第2の集束ミラー6bは、第1の集束ミラー6aと同様、設計軌道10の軌道面に対して垂直な方向と平行な方向とで曲率が異なるように形成されたトロイダルミラーであり、設計軌道10上の位置Cから放出された放射光L3を反射させて、設計軌道10上の位置Bにおいて電子ビームのサイズまで集束させ、設計軌道10上の位置Bから放出される放射光L2と共に第1の集束ミラー6aで反射させて、取出口4から外部に放出する。なお、図2において、図1と同様の構成部分には同一の符号を付している。
【0013】
このような第2の集束ミラー6bを、第1の集束ミラー6aと共に設けることにより、設計軌道10上の位置Aから取出口4に向けて放出される放射光L1に、設計軌道10上の位置Bから放出される放射光L2と位置Cから放出される放射光L3とを重畳させることができ、取出口4から取り出すことができる放射光Lの強度を更に高めることができる。
【0014】
真空容器2の内部には、更に多数の集束ミラーを配置してもよく、電子軌道10上のある位置から接線方向に放出された放射光が、集束ミラーで反射して設計軌道10上で集束した後、他の集束ミラーで反射する構成にしてもよい。このように、放射光が、集束ミラーでの反射及び設計軌道10上での集束を順次繰り返しながら取出口4から外部に放出されるように構成することで、集束ミラーの配置数に応じた強度を有する放射光を、取出口4から取り出すことができる。図3は、真空容器2の内部に、5つの集束ミラー(第1の集束ミラー6a、第2の集束ミラー6b、第3の集束ミラー6c、第4の集束ミラー6d及び第5の集束ミラー6e)を配置した例を示しており、取出口4からは、設計軌道10上の6カ所(位置A〜F)から放出される放射光L1〜L6を重畳させて取り出すことができる。
【0015】
真空容器2の内部に配置する集束ミラー(例えば、第1の集束ミラー6a〜第5の集束ミラー6e)は、上述した各実施形態ではトロイダルミラーを使用しているが、設計軌道10上で集束可能であれば、回転楕円面ミラーなど他のミラーを使用することもできる。また、各集束ミラーの配置は、必ずしも真空容器2の内壁面である必要はなく、真空容器2内の他の位置であってもよい。
【0016】
上述した各電子蓄積リングは、種々の波長の放射光発生装置として利用可能であるが、集束ミラーでの反射率が高い赤外放射光の発生装置として特に好適に用いることができ、強度及び輝度が大幅に増大した赤外放射光を得ることができる。一例として、赤外顕微鏡における試料への照射光発生装置としての利用を挙げることができ、ナノ・バイオ材料の評価に大きな貢献が期待できる。
【0017】
図4は、10個の集束ミラーを真空容器2の内部に配置し、設計軌道10上のある点から放出された赤外放射光(波長:1ミクロン)を、直接または集束ミラーで反射させて取出口4から取り出し、取出口4から4m離れた位置で結像させたときの結像状態をシミュレーションにより求めた結果であり、上から順に、(a)放射光が取出口4から直接取り出された場合、(b)集束ミラーで2回反射して取り出された場合、(c)集束ミラーで5回反射して取り出された場合、(d)集束ミラーで10回反射して取り出された場合を、それぞれ示している。結像状態は、各集束ミラーで反射した放射光が電子軌道10上で最後に集束したとき(例えば、図1から図3における位置Aで集束したとき)の集束状態と略同じである。
【0018】
赤外放射光は反射率がほぼ100%であるが、電子が円軌道を描きながら放射光を発生していることにより、有限サイズのミラーによる反射強度は反射回数とともに減少する(図4参照)。しかし、反射回数が増加するにつれて結像形状は小さくなり、輝度が増加するという効果が加わってくる。これにより、集束ミラーで10回反射した後も、放射光の重畳効果を得る上で十分な結像状態を維持することができる。
【0019】
図5は、集束ミラーでの放射光の反射回数と、結像形状の取り込み率との関係を示すものである。取り込み率は、反射回数が0回(すなわち、放射光が取出口4から直接取り出された場合)の結像強度を1としたときの各反射回数における結像強度の割合を示している。図5から明らかなように、反射回数が10回の場合でも30%以上の取り込み率が得られており、取出口4から取り出される赤外放射光の強度増加に十分寄与していることがわかる。
【0020】
取出口4から取り出される赤外放射光の強度増加率は、各反射回数の取り込み率を総和することにより求められ、集束ミラーを用いない従来の構成(すなわち、反射回数が0回の場合)に比べて、強度が7.4倍に増大している。これは、水平方向の取り出し角が30mradの場合に、実効的には水平222mradの放射光を取り込むことと同じである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係る電子蓄積リングの概略構成を示す平面図である。
【図2】本発明の他の実施形態に係る電子蓄積リングの概略構成を示す平面図である。
【図3】本発明の更に他の実施形態に係る電子蓄積リングの概略構成を示す平面図である。
【図4】結像形状をシミュレーションにより求めた結果を示す図である。
【図5】集束ミラーでの反射回数と結像形状の取り込み率との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0022】
1 電子蓄積リング
2 真空容器
4 取出口
6a 第1の集束ミラー
6b 第2の集束ミラー
6c 第3の集束ミラー
6d 第4の集束ミラー
6e 第5の集束ミラー
10 設計軌道




【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め定められた曲率を有する設計軌道に沿って電子ビームを周回させ、前記設計軌道から接線方向に放出された放射光を外部に取り出すための取出口を有する電子蓄積リングであって、
前記取出口の中心から前記設計軌道への接線が、前記設計軌道上の接点となる第1の位置を超える延長線上に配置された第1の集束ミラーを備え、
前記第1の集束ミラーは、前記設計軌道上の第2の位置から接線方向に放出された放射光を反射させて、前記第1の位置で集束させることにより、前記設計軌道上の第1の位置から接線方向に放出される放射光に重畳させて、前記取出口から外部に放出するように構成された電子蓄積リング。
【請求項2】
前記第1の集束ミラーは、前記設計軌道の軌道面に対して垂直な方向と平行な方向とで曲率が異なるトロイダルミラーである請求項1に記載の電子蓄積リング。
【請求項3】
前記設計軌道上の第3の位置から接線方向に放出された放射光を反射させて、前記第2の位置で集束させることにより、前記第2の位置から放出される放射光に重畳させる第2の集束ミラーを更に備える請求項1から3のいずれかに記載の電子蓄積リング。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−27725(P2008−27725A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−198923(P2006−198923)
【出願日】平成18年7月21日(2006.7.21)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】