説明

電子顕微鏡用位相板及びその製造方法

【課題】電子線損失をより効果的に防止し、低圧から高圧まで広範囲の加速電圧に適用可能で、製造上の困難性を伴わず、実用化が可能で高コントラストの像を得ることを可能とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【解決手段】この出願の発明による電子顕微鏡用位相板は、開口部を有する支持体(14)の該開口部に、磁性体細線リングの一部または磁性体細線棒(15)を架橋させてなり、前記磁性体細線リングまたは磁性体細線棒(15)がベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分または磁性体細線棒(15)の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、電子顕微鏡用位相板及びその製造方法に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、電子線損失を防止した、新しい電子顕微鏡用位相板及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡における位相板において、従来、位相変化を与える源として物質の内部電位ポテンシャルが用いられてきた。ところが、電子が物質を透過すると電子の散乱が起こり、そのことが結像における電子線損失となり、像強度の劣化を引き起こしていた。この効果を軽減するために、この出願の発明者らは、位相板として軽元素(たとえば炭素)を用いる提案を行った(特許文献1、2)。しかしながら、このような提案によっても電子線損失の発生をなくすことはできず、100kV以下の加速電圧では実用性に乏しかった。この電子線損失を防ぐため、静電ポテンシャル(特許文献3、4)またはベクトルポテンシャル(特許文献5)を空間的に作り出し、物質散乱による損失を防ぐ手法も提案されたが、製造上の困難性のため現在まで実用化に到っていないのが実情である。
【特許文献1】特開2001−273866号公報
【特許文献2】特開2003−100249号公報
【特許文献3】特開平9−237603号
【特許文献4】ドイツ公開01052965号公報
【特許文献5】特開昭60−7048号公報
【非特許文献1】S.Kasai et al.,“Aharanov-Bohm Oscillation of resistance observed in a ferromagnetic Fe-Ni nanoring”, Appl. Phys. Lett. 81 (2002) 316-318
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
この出願の発明は、このような従来技術の実情に鑑みてなされたもので、電子線損失をより効果的に防止し、低圧から高圧までの広範囲の加速電圧に適用可能で、製造上の困難性を伴わず、実用化が可能で高コントラストの像を得ることを可能とする電子顕微鏡用位相板及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
この出願の発明は、上記課題を解決するものとして、第1には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部または磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線リングまたは磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分または磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0005】
また、第2には、上記第1の発明において、架橋された磁性体細線の左右両側を通過する電子線間の位相差が、前記磁性体細線の断面積の大きさの調整により特定の値に制御されていることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0006】
また、第3には、上記第1の発明において、架橋された磁性体細線の左右両側を通過する電子線間の位相差が、前記磁性体細線の飽和磁化の大きさの調整により特定の値に制御されていることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0007】
また、第4には、上記第3の発明において、前記磁性体細線リングまたは磁性体細線棒の飽和磁化の調整が、温度制御により行われていることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0008】
また、第5には、上記第2から第4のいずれかの発明において、前記電子線間の位相差の値がπであることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0009】
また、第6には、上記第1から第5のいずれかの発明において、前記磁性体細線リングがパーマロイにより形成されていることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0010】
また、第7には、上記第1から第6のいずれかの発明において、前記磁性体細線リングの平面形状が矩形形状であることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0011】
また、第8には、上記第1から第6のいずれかの発明において、前記磁性体細線リングの平面形状が半円形状であることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0012】
また、第9には、上記第1から第5のいずれかの発明において、前記磁性体細線棒が高抗磁率を持つ永久磁石より形成されていることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0013】
また、第10には、上記第1から第9のいずれかの発明において、前記支持体が、炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜であることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0014】
また、第11には、上記第1から第9のいずれかの発明において、前記支持体が、シリコン薄膜と、炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜との貼り合わせ薄膜であることを特徴とする電子顕微鏡用位相板を提供する。
【0015】
また、第12には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部を架橋させてなり、前記磁性体細線リングがベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線リング作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
(a1)マイカなどの基材上に炭素薄膜を形成するステップ、
(b1)炭素薄膜の上にシリコン薄膜を形成するステップ、
(c1)シリコン薄膜の上にレジスト膜を形成するステップ、
(d1)レジスト膜の上に電子線リソグラフィー法またはフォーカスイオンビーム法で複数のリング状溝を形成し、リング状にレジストを除くステップ、
(e1)複数のリング状溝を持ったレジスト膜全体に磁性体膜を堆積するステップ、
(f1)複数の磁性体リングを残し、不要なレジスト膜を磁性体膜とともに取り除くステップ、
(g1)炭素シリコン複合薄膜及びその上の複数の磁性体リングよりなる構造体を、水面剥離により基材から剥離させるステップ、
(h1)電子顕微鏡用グリッドで、前記構造体をすくい取るステップ、及び
(i1)電子顕微鏡用グリッド上の前記構造体の特定の磁性体片に対し、フォーカスイオンビーム法を用いて加工することにより、電子線が通過する穴を有する磁性体細線リングを形成するステップ。
【0016】
また、第13には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部を架橋させてなり、前記磁性体細線リングがベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線リング作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
(a2)シリコンなどの基材上にシリカ(SiO)薄膜を形成するステップ、
(b2)シリカ薄膜の上に貴金属膜または炭素薄膜を形成するステップ、
(c2)貴金属膜または炭素薄膜の上にレジスト膜を形成するステップ、
(d2)レジスト膜の上に電子線リソグラフィー法またはフォーカスイオンビーム法で複数のリング状溝を形成し、リング状にレジストを除くステップ、
(e2)複数のリング状溝を持ったレジスト膜全体に磁性体膜を堆積するステップ、
(f2)複数の磁性体リングを残し、レジスト膜を磁性体膜とともに取り除くステップ、
(g2)複数の磁性体リングの保護膜としてリングを包埋する炭素薄膜を形成するステップ
(h2)複合炭素シリコン複合薄膜とその中に包埋された複数の磁性体リングよりなる構造体を、フッ化水素溶液に浸漬し、シリカ層溶出剥離により基材から剥離させるステップ、
(i2)電子顕微鏡用グリッドで、前記構造体をすくい取るステップ、及び
(j2)電子顕微鏡用グリッド上の前記構造体の特定の磁性体片に対し、フォーカスイオンビーム法を用いて加工することにより、電子線が通過する穴を有する磁性体細線リングを形成するステップ。
【0017】
また、第14には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
(a3)50nm〜1μmの径を有し10〜1000μmの長さを持つ金属細線を準備するステップ、
(b3)金属細線を実体顕微鏡下の操作で支持体の開口部に架橋させるステップ、
(c3)架橋された金属細線の支持体側の両端を支持体に固定させるステップ、及び
(d3)両端が固定された金属細線に高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着し磁性体薄膜を形成するステップ。
【0018】
また、第15には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
(a4)10nm〜1μmの径を有する生物由来の線条重合蛋白質を単離するステップ、
(b4)単離した線条重合蛋白質を再構成調整し、10〜1000μmの長さの線条蛋白質を含む水溶液サンプルを準備するステップ、
(c4)開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の線条重合蛋白質の顕濁液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取るステップ、
(d4)流れにより一方向に並んだ線条重合蛋白質が支持体の開口を架橋していることを低温電子顕微鏡で確認するステップ、
(e4)確認された線条重合蛋白質が架橋している支持体を凍結乾燥するステップ、
(f4)架橋した多数の線条重合蛋白質のうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去するステップ、及び
(g4)線条重合蛋白質が架橋している支持体に線条重合蛋白質とともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成するステップ。
【0019】
また、第16には、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
(a5)10nm〜1μmの径を有し水中での分散性を保持した分散性カーボンナノチューブを準備するステップ、
(b5)単離した分散性カーボンナノチューブを調整し、10〜1000μmの長さの分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を準備するステップ、
(c5)開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取るステップ、
(d5)流れにより一方向に並んだ分散性カーボンナノチューブが支持体の開口を架橋していることを顕微鏡で確認するステップ、
(e5)確認された多数の分散性カーボンナノチューブよりなる支持体を乾燥するステップ、
(f5)架橋した多数の分散性カーボンナノチューブのうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去するステップ、及び
(g5)分散性カーボンナノチューブが架橋している支持体に分散性カーボンナノチューブとともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成するステップ。
【0020】
さらに、第17には、上記第12から第16のいずれかの発明において、全工程修了後、電子線が誘起する帯電を防止するのため位相板両面を炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜でコーティングすることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0021】
この出願の発明によれば、ベクトルポテンシャルを利用して電子線の位相制御を行うようにしたので、電子線を遮る物質がほとんどなく、電子線損失をより効果的に防止し、低圧から高圧までの広範囲の加速電圧に適用可能で、高コントラストの像を得ることが可能な電子顕微鏡用位相板及びその製造方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0023】
この出願の発明の電子顕微鏡用位相板は、開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部または磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線リングまたは磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分または磁性体細線棒の両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させることを特徴とするものである。
【0024】
例えば特許文献2に示す従来の位相板では、物質の作り出す内部静電ポテンシャルによる位相シフトを利用していたが、この出願の発明の位相板では、ベクトルポテンシャルによる電子波の位相シフトを利用する。そのために、この出願の発明の位相板では、ベクトルポテンシャルを作り出す磁束を作る。この磁束は高透磁率を持つ磁性体細線内に細線長軸方向に封じ込められたものとして実現される。
【0025】
磁束を生成する磁性体としては、高透磁率を有するものであれば各種のものの使用が可能であるが、磁性体細線リングの閉回路には軟磁性を持つパーマロイが、磁性体細線棒には高抗磁率を持つ永久磁石が使用される。磁束は磁性体細線の長軸方向に生成されるがパーマロイリング閉回路の場合は外部磁場による強制磁化が困難なので自発磁化が利用され、磁性体細線棒では強力な外部磁場による磁化法が適用される。磁束の大きさがベクトルポテンシャルの大きさ、従って位相差を決める。磁束の大きさの制御は磁性体細線の断面積及び磁性体飽和磁化の制御で行う。
【0026】
支持体としては、非磁性安定薄膜、たとえば炭素薄膜、シリコン薄膜、貴金属薄膜またはそれらの貼り合わせ膜を用いることができる。支持体の膜厚は100nm〜100μm程度である。
【0027】
この出願の発明の位相板では、磁性体細線の左右両側を通過する電子線の位相差は、磁性体細線の断面積の大きさの調整により特定の値に制御させることができる。たとえばパーマロイ、コバルトなどの強磁性体では、室温付近で断面積2,000nmで位相差はπとなる。そして、位相差をπとした場合には、ヒルベルト微分法による位相板となる。
【0028】
この位相板による位相差は、断面積の他、磁性体細線の飽和磁化の大きさの調整によっても特定の値に制御することができる。この場合、磁性体細線の飽和磁化の調整は、キュリー法則を利用して温度制御により行うことができる。
【0029】
ここで、この出願の発明による位相板を用いた無損失位相差法の概念を特許文献2に記載した炭素膜を利用した有損失位相差法と比較して、図1に示す。図1の(a)が有損失位相差法、(b)が無損失位相差法の概念図である。
【0030】
図1の(a)の従来の有損失位相板法は、πの位相変化(半波長分の位相おくれ)を与える炭素膜位相板を用いた位相差法であり、光学鎖微鏡の微分干渉法に相当する方法である。円形開口(絞り穴)を有する支持体の上に、この円形開口の約半分を覆うように炭素膜を設けて位相板が形成され、πの位相シフトを与えるために加速電圧に依存して炭素膜の厚さを変えて作られている。たとえば加速電圧が300kVの電子顕微鏡に適用する場合、約60nm厚の炭素薄膜が絞り穴の半分を覆うように設けられる。しかし、このような構成においては、炭素膜を通過するとき散乱による損失が起こり、像強度は半分近くに減衰し、改善の余地があった。
【0031】
図1の(b)は、このような問題点を解決するもので、磁性体細線を位相差生成に利用したこの出願の発明による無損失位相差法である。開口(絞り穴)を有する支持体の上に、磁性体細線が架橋形成されている。この無損失位相差法で利用する位相板の構造については以下にさらに詳述する。
【0032】
まず、この出願の発明において利用するベクトルポテンシャルについて述べる。ベクトルポテンシャルによる電子波の位相シフトはアハラノフ・ボーム効果(以下、AB効果と称する)として知られており、1959年にY. AharanovとD. Bhomにより理論的に予言された。その完全実証は日立製作所の外村彰氏により電子線ホログラフイーを用いて1980年代に報告された。この現象を利用した電子顕微鏡用位相板のアイデアは1985年にゼルニケ位相板として出願されたが特許化に到らなかった(特許文献4)。ゼルニケ位相板のデザインが製作を困難にしていたためである。この出願の発明では、この製作上の問題をヒルベルト微分位相板のデザインを用いることにより解決する。
【0033】
図2は磁性体細線棒によるAB効果の説明図であり、(a)が正面図、(b)が側面図である。図中Aがベクトルポテンシャル、Bが磁束である。
【0034】
図2に示すように磁束が作り出すベクトルポテンシャルAにより、磁性体細線の左右両側で電子波への影響に差が生じる。その差は電子波の位相のずれΔθとして現れる。左右の位相のずれ位相差Δθは磁性体細線近くでは一定である。図2(b)には、閉ループリング状と棒状の磁性体細線が示されているが、磁束が封じ込められた閉ループでは、内外の位相差が場所によらず一定という特性がある。この点、棒状磁性体では磁束もれがあるため棒の中心近傍のみが位相差一定となる。特に磁性体細線からの磁束もれが無視できる領域では、その差が下記数(1)で与えられる。
【0035】
【数1】

【0036】
外村氏は外径数μmの大きさの磁性体細線リングを用いて、リングの内側位相θinと外側位相θoutが一様かつその差Δθは磁束密度Bの積分である磁束Φtotalに比例することを確かめた。
【0037】
図2に示すAB効果は電子顕微鏡における位相板として理想的である。まず位相の変化が自由空間に広がるベクトルポテンシャルによりなされるので、モノを通過するときに付随する電子線損失がない。磁性体細線左右の位相差は電子線の加速電圧に依存せず、磁性体に閉じ込められた磁束の大きさのみに依存する。またπの位相を作り出すのに必要な磁束Φtotalが極めて小さいので、磁性体細線は極めて細くでき、その大きさを事実上無視でき、電子線を邪魔しない。さらに磁性体細線を含め支持体全体を導電物質で被覆することは容易で、そのことにより位相板の帯電問題が回避される。
【0038】
外村氏が行った磁性体細線リングを用いたAB効果実証実験は、小さな中心穴を持つゼルニケ位相差法にすぐに適用可能だが(特許文献4)、この方法は、特許文献3に示す作製法の技術と同じように開口部中心に超微小リングを作製することが困難であった。こうした作製上の困難のため比較的大きなリングしか出来ず、位相差法の実効性が疑問であった。
【0039】
そこで、この出願の発明者らは、図1(b)に示すような単純な構造の位相板とすることにした。この位相板は、ゼルニケ位相差法と同等の効果を持ったヒルベルト微分法によるもので、磁性体細線で実現するものである。その詳細について図3に示す。
【0040】
図3に示すように、この位相板(11)は、絞り穴(12)を有し、支持橋(13)が形成された支持体(14)の上に、リング状または棒状の磁性体細線(15)を設けた構造を有する。(16)は温度制御機構である。磁性体細線(15)の幅は50nm〜1μm程度、厚さは10〜50nm程度、断面積は2,000nm以上でその上限は5,000nm程度である。
【0041】
たとえば、パーマロイを磁性体(15)として用いた場合、パーマロイの飽和磁化は常温で約1Wb/mなので、式(1)よりπシフトの場合、断面積は以下のように約2,000nmと見積もることができる。なおSは磁性体細線の断面積、Bは飽和磁化による磁束密度である。
【0042】
【数2】

【0043】
【数3】

【0044】
実際の磁性体細線リング作製では断面積を正確に2,000nmに設定せず、多少大きめに作製することができる。その理由は、位相板(11)を高温(300〜1200℃程度)に固定保持する機構(16)を設ければ、キュリー法則を用いて飽和磁化を1Wb/mより小さい任意の値に設定できるからである。逆に適当な温度設定により、正確なπシフトに調節することが可能である。温度制御機構(16)としては、例えば既に市販されている電子顕微鏡用温度制御ステージ等を用いることができる。
【0045】
次に、磁性体細線リングの加工および支持体への移送方法を詳述する。
パーマロイを用いた磁性体リングの作製方法について、既に報告されている方法(非特許文献1:S.Kasai et al.,“Aharanov-Bohm Oscillation of resistance observed in a ferromagnetic Fe-Ni nanoring”, Appl. Phys. Lett. 81 (2002) 316-318)を利用することができる。ただし、この出願の発明による位相板における磁性体細線リングの作製には構造上の特殊性のため、その製作過程には新しい工夫が必要である。それは、磁性体細線リングがナノメートルの太さのため壊れやすく、例えばシリコンウェハ上からはがし、絞り穴の上に移送するといった工程が簡単に出来ないためである。この出願の発明では、このことを解決するため、次の2つの方法を提案する。
【0046】
まず第1の方法について、図4を参照して述べる。マイカ板を用意し、マイカ板上に炭素薄膜、シリコン薄膜を順次積層する(ステップ1、ステップ2)。次に、シリコン薄膜上にレジスト膜を作り(ステップ3)、レジスト膜にフォーカスイオンビーム(FIB)または電子線リソグラフィー(EB)でリング状の溝を深削りし、シリコン薄膜に達するようにする(ステップ4)、そこに磁性体薄膜を蒸着またはスパッターする(ステップ5)。レジスト上にのった磁性体を洗いとると(ステップ6)シリコン薄膜上に磁性体リングだけが残る。それをマイカと炭素膜の間でマイカ板から水面剥離によりはがし(ステップ7)、磁性体リング基材膜より2〜3倍大きな穴径を持つ電子顕微鏡用グリッド上にすくいとる(ステップ8)。両者の相対関係は定まらないので電子顕微鏡用グリッドの穴の上に磁性体リングがくるのは50%程度である。運良くグリッド穴上に来た磁性体リングはシリコン薄膜/炭素薄膜よりなる支持体で支持されているので、これをフォーカスイオンビームを用いて加工する(ステップ9)。こうしてシリコン薄膜/炭素薄膜に電子線が通過する穴が開けられる。このようにして位相板を作製することができる。
【0047】
次に、第2の方法について、図5を参照して述べる。第1の方法とは、シリコン基板上にシリカ薄膜を作り、その上に貴金属膜または炭素膜をパーマロイ支持体として作るところが異なる。この場合、支持体とシリコン基板との剥離はフッ化水素溶液を用いて行う。シリカ層はフッ化水素溶液による溶出層である。図5においてはその点が図4と異なるが他の工程はほとんど同じである。
【0048】
次に磁性体細線棒の加工作製法について述べる。
第1の方法では、先ず、50nm〜1μmの径を有し10〜1000μmの長さを持つ金属細線を準備する。金属細線は、例えば白金、金、ステンレス鋼等の剛直で酸化しない材料を用いることができる。次に、金属細線をマイクロマニュピレータを用いた実体顕微鏡下の操作で支持体の開口部に架橋させる。支持体としては、前述の磁性体細線リングによる位相板で用いたものと同様の材料を用いることができる。次に、架橋された金属細線の支持体側の両端を支持体に固定させる。この固定は、たとえば電気溶接等の方法を用いて行うことができる。そして、最後に、両端が固定された金属細線に高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着し磁性体薄膜を形成し、磁性体細線棒を得る。高抗磁率磁性体としては、コバルト、鉄、ニッケル等の強磁性体を用いることができる。
【0049】
第2の方法では、基材として生物由来の線条蛋白質(微小管、バクテリアのセン毛やベン毛等)を利用したものを用いる。たとえば、先ず、10nm〜1μmの径を有する生物由来の線条重合蛋白質を単離する。この単離は通常用いられている方法で行うことができる。次に、単離した線条重合蛋白質をpH(酸性度)イオン強度、温度を制御することにより再構成調整し、10〜1000μmの長さの線条蛋白質を含む水溶液サンプルを準備する。次に、開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の線条重合蛋白質の顕濁液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取る。次に、流れにより一方向に並んだ線条重合蛋白質が支持体の開口を架橋していることを低温電子顕微鏡で確認する。次に、確認された線条重合蛋白質が架橋している支持体を凍結乾燥する。次に、架橋した多数の線条重合蛋白質のうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去する。そして、最後に、線条重合蛋白質が架橋している支持体に線条重合蛋白質とともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成し、磁性体細線棒を得る。高抗磁率磁性体としては、コバルト、鉄、ニッケル等の強磁性体を用いることができる。
【0050】
第3の方法では、基材としてカーボンナノチューブを利用する。たとえば、先ず、10nm〜1μmの径を有し水中での分散性を保持した分散性カーボンナノチューブを準備する。次に、単離した分散性カーボンナノチューブを調整し、10〜1000μmの長さの分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を準備する。次に、開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取る。次に、流れにより一方向に並んだ分散性カーボンナノチューブが支持体の開口を架橋していることを顕微鏡で確認する。次に、確認された多数の分散性カーボンナノチューブよりなる支持体を乾燥する。次に、架橋した多数の分散性カーボンナノチューブのうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去する。そして、最後に、分散性カーボンナノチューブが架橋している支持体に分散性カーボンナノチューブとともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成し、磁性体細線棒を得る。高抗磁率磁性体としては、コバルト、鉄、ニッケル等の強磁性体を用いることができる。
【0051】
次に、磁性体細線棒の加工例及びそれを用いた位相板の実験例を詳述する。
まず磁性体細線棒の加工結果を図6に示す。この磁性体細線棒は、次の手順で作製した。
i)電子像ホログラフィーに用いられるバイプリズムを準備
ii)バイプリズムの穴を架橋する直径0.8μmの白金細線上にスパッター法で純コバルト膜を作製(厚さは約10nm)
iii)帯電防止のためコバルト蒸着されたバイプリズムを炭素膜(約10nm厚)で両面被覆
iv)コバルトを飽和磁化の永久磁石とするため、磁気共鳴イメージングに用いられる4テスラソレノイド型磁石の中心に長手方向に磁石が向くように設置
v)30分程放置後取り出し、すぐに実験用位相差電子顕微鏡(120kV)の対物レンズ後方焦点面に設置
【0052】
永久磁石は強い外部磁場があると磁化の方向が乱れる。また、通常の電子顕微鏡では対物レンズ後方焦点面の磁場はコバルト永久磁石を乱すほど強い。従ってこのAB位相板の実験は、磁場が後焦点面において遮へいされている位相差専用電子顕微鏡(Hosokawa,Danev, Arai & Nagayama, J. Electr. Microsc. 54(2005)317)を用いて行った。
【0053】
次に、この実験による棒型AB位相板の性能テストの結果を示す。ここでは、ゲルマニウム薄膜を試料とした、無損失のヒルベルト微分位相差法の検証実験を行った例を示す。
図7は、ゲルマニウム薄膜の縁部分を撮像した結果である。図7の(a)は永久磁石よりなる磁性体細線棒位相板を挿入した位相差像を示す。ただし、この場合、中心ビームが磁性体細線棒直近の右側を通過している。(b)は位相板挿入なしの通常像(正焦点)を示す。(c)は位相板なしの通常像(深い焦点はずし)を示す。(d)は細線磁性体棒位相板を挿入した位相差像を示す。ただし、この場合、中心ビームは磁性体細線棒直近の左側を通過している。
【0054】
通常像はよく知られているように正焦点(図7(b))ではコントラストが小さく、深い焦点はずし(深いデフォーカス、図7(c))ではコントラストが高い。一方、位相差像(図7(a)、(d):本実験では磁性体細線棒両側の位相差が必ずしも正確πに調整されていないのでヒルベルト微分像と通常像の和となっていると思われる)ではともにヒルベルト微分像に特徴的ないわゆる微分型の像(一方向から光を当てた地形図のような像)が見えている。ただし、中心ビームが磁性体細線棒の左右両側のどちらを通るかで微分の向きが逆転し、光の当たる方向が左右逆転(図7(a)、(d))して見えている。
これはまさしく本発明に期待される位相差像(R. Danev, H. Okaawara, N. Usuda, K. Kametani & K. Nagayama, J. Biol. Phys. 28(2002) 627-635参照)を示す結果そのものであり、磁性体細線棒のベクトルポテンシャルがヒルベルト微分位相板として正しく働いていることを示している。
【0055】
ヒルベルト微分位相差では上述したように中心ビームが磁性体細線棒の右と左を通るとき異なる2つの位相差像(図7(a)、(d))を与える。この2つの像を使うと、その差と和で異なる性質の像が再生される。特に差像(図8(a))は試料ゲルマニウム膜の電子密度を反映する位相量の線型微分項のみが反映されている。
従って図8(a)では薄膜の縁部の膜厚変化のあるところが強調されている。一方、和像(図8(b))では線型項がキャンセルされ、微分値の2乗及び位相差のπからのずれに伴う通常像の和が反映される。特に差像(図8(a))はヒルベルト位相差法でのみ検出可能な純粋な微分像という価値を持っている。
【0056】
次に、本位相差法が期待通りの無損失の位相板かどうかの定量的検証を行った。定量的検証法は文献(K. Nagayama, Adv. Imaging. Electr. Phys. 138(2005)69-145)にあるTable6の方法(図9参照)を用いた。
図9の例は電子線損失のある位相板を用いたときのヒルベルト微分法の性能検証の例である。この位相板では、対物レンズ後焦点面に挿入された絞りを厚さ約60nmの炭素膜(300kV加速電圧用π位相板)が半分覆っている(図1(a)参照)。この場合、炭素膜が電子線をある程度遮るため損失が起こるが、それでも位相差法の利点である低周波数成分の回復は達成されている。そのため図9(b)に比較する2つの像のようにヒルベルト微分位相差像は通常像に比べ高コントラストとなる。しかし高周波成分には電子線損失によりコントラスト劣化が起こる。この事を見るため図9のように実像をフーリエ変換(FT)し(図9(a))、周波数空間で強度比較(図9(a)のG(k)[Gain曲線])をした。Gain曲線において0〜0.1nm−1の低空間周波数では期待通り位相差像の強度が通常像より強い。一方、0.1nm−1以上の高周波数では位相差像強度が通常像より弱い。
【0057】
図10はグラファイト粒子の位相差像と通常像の比較である。図10の(a)はヒルベルト微分位相差像(正焦点)、(b)は通常像(深い焦点はずし)、(c)は古くから知られている簡単な位相差法であるナイフエッジ位相差法(絞りの半分にナイフエッジを入れて電子線を完全ストップ。図1(a)の炭素膜がナイフエッジに替った位相差法)による位相差像、(d)は通常像(正焦点)をそれぞれ示す。4つの像(図10(a)〜(d))の内、予想通り最もコントラストの低いのが正焦点通常像(図10(d))であった。そして最もコントラストが高くかつ像歪の小さいのが磁性体細線棒位相板を用いたヒルベルト微分位相差像(図10(a))であった。深い焦点はずしを用いれば通常像のコントラストも回復するが(図10(b))、深い焦点はずし特有の低周波フィルター像になっている。
【0058】
参考に示したナイフエッジ位相差像(図10(c))は図10(d)の通常像より像コントラストは高いが全体に暗いことがわかる。このような像の持つ特徴は、図10の右側(e)〜(g)のGain曲線で定量的に裏付けられる。図10(e)は、ヒルベルト法と通常法の比較であり、図9(b)のGain曲線と比較されるべきもので、0.1nm−1以上の高周波で強度損失がほとんどないという特徴を持つ。一方、ナイフエッジ位相差像と通常像の比較では(図10(g))炭素膜によるヒルベルト微分位相板よりさらに電子線損失が大きい(半円部分の電子線の完全カットのため)ので0.07nm−1より高周波で−2のGainとなっている。図9(b)の炭素膜位相板のGainが−1であるのに比べ、よりマイナス側に大、すなわち弱いコントラストとなっている。
【0059】
深い焦点はずし通常像と正焦点通常像の比較では(図10(f))、位相板を挿入していないので高周波側(0.13nm−1より大)のGainは0、すなわち等しくなっている。一方、低周波側のGainは正で、コントラスト回復に寄与している(図10(f))。これが通常法で従来から使われてきたデフォーカス(焦点はずし)法によるコントラスト増強の意味である。一見深いデフォーカス法は図10(e)に示すヒルベルト微分位相差法をしのぐように見えるが、これは今回の磁性体細線棒位相板の位相差が正確にπに調節されていないことによると思われる。さらによく見ると、より低周波側(0.015〜0.03nm−1)でヒルベルト微分法のGainが優っており、これが図10(a)、(b)の比較にあるコントラストの差となって現れている。
【0060】
以上のように、バイプリズム上にイオンスパッター製膜したコバルトによる磁性体細線棒を用いた位相板は期待されるAB位相板の無損失性を実証したことになる。
【0061】
この出願の発明によれば、以上のようにして、位相差電子顕微鏡に用いられる位相板として、永久磁石である磁性体細線が絞り穴を架橋する構造を持つ無損失位相板を作製することができる。磁性体細線内に封じ込められた磁束が作るベクトルポテンシャルが、加速電圧に依存しないで一定の位相差を細線の左右両側に与えるため、その位相差をπに設定すれば、ヒルベルト微分法(光学顕微鏡の微分干渉法と同等、特許文献2参照)としての位相差電子顕微鏡が実現する。この手法の利点は、極めて細い磁性体細線自体以外は電子線を遮るモノがないので完全無損失であることである。そして、一度磁性体細線左右の位相差がπに設定されると、加速電圧を問わずあらゆる電子顕微鏡に適用可能となることである。また、位相板を高温保持する機構を付加すれば正確にπシフト調節が可能となる。さらに、磁性体細線の大きさは実験的要求に合わせ任意に調節が可能となる。そして、この出願の発明によれば、これらの利点を利用することで、ヒルベルト微分AB位相板は、無帯電無損失の完全なヒルベルト微分位相差電子顕微鏡を実現させる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】この出願の発明による位相板を用いた無損失位相差法(b)の概念を特許文献2に記載した有損失位相差法(a)と比較して示す図である。
【図2】磁性体細線磁束によるベクトルポテンシャルが作り出すAB効果の説明図である。
【図3】この出願の発明による位相板(AB位相板)の構造例を詳細に示す図である。
【図4】この出願の発明による位相板の製造方法の一例を示す図である。
【図5】この出願の発明による位相板の製造方法の別の例を示す図である。
【図6】バイプリズムを利用した磁性体細線棒位相板の具体例を示す図である。
【図7】ゲルマニウムを試料としたヒルベルト微分位相差法検証実験例を示す図である。
【図8】中心光を磁性体細線棒の左と右に通して得た2つの像の和(b)の像と差(a)の像を示す図である。
【図9】有損失位相板(炭素膜半円π位相板)を用いた場合のシアノバクテリア像のコントラストの周波数依存性およびそれを元にしたい操作法と通常法のコントラスト比較(Gain曲線)の説明図である。
【図10】グラファイトの電顕像をもとに計算したAB位相板の性能を示すGain曲線の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
11 位相板
12 絞り穴
13 支持橋
14 支持体
15 磁性体細線
16 温度制御機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部または磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線リングまたは磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分または磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させることを特徴とする電子顕微鏡用位相板。
【請求項2】
架橋された磁性体細線の左右両側を通過する電子線間の位相差が、前記磁性体細線の断面積の大きさの調整により特定の値に制御されていることを特徴とする請求項1に記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項3】
架橋された磁性体細線の左右両側を通過する電子線間の位相差が、前記磁性体細線の飽和磁化の大きさの調整により特定の値に制御されていることを特徴とする請求項1に記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項4】
前記磁性体細線の飽和磁化の調整が、温度制御により行われていることを特徴とする請求項3に記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項5】
前記位相差の値がπであることを特徴とする請求項2から4のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項6】
前記磁性体細線リングがパーマロイにより形成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項7】
前記磁性体細線リングの平面形状が矩形形状であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項8】
前記磁性体細線リングの平面形状が半円形状であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項9】
前記磁性体細線棒が高抗磁率を持つ永久磁石より形成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれかの記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項10】
前記支持体が、炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜であることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項11】
前記支持体が、シリコン薄膜と、炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜との貼り合わせ薄膜であることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板。
【請求項12】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部を架橋させてなり、前記磁性体細線リングがベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線リング作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法
(a1)マイカなどの基材上に炭素薄膜を形成するステップ、
(b1)炭素薄膜の上にシリコン薄膜を形成するステップ、
(c1)シリコン薄膜の上にレジスト膜を形成するステップ、
(d1)レジスト膜の上に電子線リソグラフィー法またはフォーカスイオンビーム法で複数のリング状溝を形成し、リング状にレジストを除くステップ、
(e1)複数のリング状溝を持ったレジスト膜全体に磁性体膜を堆積するステップ、
(f1)複数の磁性体リングを残し、不要なレジスト膜を磁性体膜とともに取り除くステップ、
(g1)炭素シリコン複合薄膜及びその上の複数の磁性体リングよりなる構造体を、水面剥離により基材から剥離させるステップ、
(h1)電子顕微鏡用グリッドで、前記構造体をすくい取るステップ、及び
(i1)電子顕微鏡用グリッド上の前記構造体の特定の磁性体片に対し、フォーカスイオンビーム法を用いて加工することにより、電子線が通過する穴を有する磁性体細線リングを形成するステップ。
【請求項13】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線リングの一部を架橋させてなり、前記磁性体細線リングがベクトルポテンシャルを生成し、磁性体細線リングの架橋している部分の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線リング作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法
(a2)シリコンなどの基材上にシリカ(SiO)薄膜を形成するステップ、
(b2)シリカ薄膜の上に貴金属膜または炭素薄膜を形成するステップ、
(c2)貴金属膜または炭素薄膜の上にレジスト膜を形成するステップ、
(d2)レジスト膜の上に電子線リソグラフィー法またはフォーカスイオンビーム法で複数のリング状溝を形成し、リング状にレジストを除くステップ、
(e2)複数のリング状溝を持ったレジスト膜全体に磁性体膜を堆積するステップ、
(f2)複数の磁性体リングを残し、レジスト膜を磁性体膜とともに取り除くステップ、
(g2)複数の磁性体リングの保護膜としてリングを包埋する炭素薄膜を形成するステップ
(h2)複合炭素シリコン複合薄膜とその中に包埋された複数の磁性体リングよりなる構造体を、フッ化水素溶液に浸漬し、シリカ層溶出剥離により基材から剥離させるステップ、
(i2)電子顕微鏡用グリッドで、前記構造体をすくい取るステップ、及び
(j2)電子顕微鏡用グリッド上の前記構造体の特定の磁性体片に対し、フォーカスイオンビーム法を用いて加工することにより、電子線が通過する穴を有する磁性体細線リングを形成するステップ。
【請求項14】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法
(a3)50nm〜1μmの径を有し10〜1000μmの長さを持つ金属細線を準備するステップ、
(b3)金属細線を実体顕微鏡下の操作で支持体の開口部に架橋させるステップ、
(c3)架橋された金属細線の支持体側の両端を支持体に固定させるステップ、及び
(d3)両端が固定された金属細線に高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着し磁性体薄膜を形成するステップ。
【請求項15】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法
(a4)10nm〜1μmの径を有する生物由来の線条重合蛋白質を単離するステップ、
(b4)単離した線条重合蛋白質を再構成調整し、10〜1000μmの長さの線条蛋白質を含む水溶液サンプルを準備するステップ、
(c4)開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の線条重合蛋白質の顕濁液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取るステップ、
(d4)流れにより一方向に並んだ線条重合蛋白質が支持体の開口を架橋していることを低温電子顕微鏡で確認するステップ、
(e4)確認された線条重合蛋白質が架橋している支持体を凍結乾燥するステップ、
(f4)架橋した多数の線条重合蛋白質のうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去するステップ、及び
(g4)線条重合蛋白質が架橋している支持体に線条重合蛋白質とともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成するステップ。
【請求項16】
開口部を有する支持体の該開口部に、磁性体細線棒を架橋させてなり、前記磁性体細線棒がベクトルポテンシャルを生成し、前記磁性体細線棒の左右両側をそれぞれ通過する電子線間に位相差を形成させる電子顕微鏡用位相板の製造方法であって、前記磁性体細線棒作製に関する以下の各ステップを備えることを特徴とする電子顕微鏡用位相板の製造方法
(a5)10nm〜1μmの径を有し水中での分散性を保持した分散性カーボンナノチューブを準備するステップ、
(b5)単離した分散性カーボンナノチューブを調整し、10〜1000μmの長さの分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を準備するステップ、
(c5)開口部を多数持つメッシュ様支持体に上記の分散性カーボンナノチューブを含む水溶液を一滴のせ、水流を作るようにろ紙で吸い取るステップ、
(d5)流れにより一方向に並んだ分散性カーボンナノチューブが支持体の開口を架橋していることを顕微鏡で確認するステップ、
(e5)確認された多数の分散性カーボンナノチューブよりなる支持体を乾燥するステップ、
(f5)架橋した多数の分散性カーボンナノチューブのうち磁性体細線の土台として用いるもの以外をフォーカスイオンビーム法を用いて除去するステップ、及び
(g5)分散性カーボンナノチューブが架橋している支持体に分散性カーボンナノチューブとともに高抗磁率磁性体を厚みを制御しながら蒸着して磁性体薄膜を形成するステップ。
【請求項17】
全工程修了後、電子線が誘起する帯電を防止するのため位相板両面を炭素薄膜、貴金属薄膜などの非磁性耐酸化性導電性薄膜でコーティングすることを特徴とする請求項12から16のいずれかに記載の電子顕微鏡用位相板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−91312(P2008−91312A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−298292(P2006−298292)
【出願日】平成18年11月1日(2006.11.1)
【出願人】(505411789)ナガヤマ アイピー ホールディングス エルエルシー (3)
【氏名又は名称原語表記】Nagayama IP Holdings, LLC