説明

電極用チタン材

【課題】 製造が容易で、コストを低減することができる電極用チタン材を提供する。
【解決手段】 本発明の電極用チタン材は、金、銀あるいは白金族系元素から選択された一種又は二種以上の合金元素を含有するチタン合金で形成された基材と、前記基材の表面に一体的に積層形成された導電層を備えたものである。前記導電層は前記基材の表面からTiを溶出させることによって前記合金元素が濃縮された濃化層であり、その平均厚さが25Å以上とされたものである。前記導電層の平均厚さは60Å以上とすることが好ましい。また、前記合金元素は、合計で0.01〜1.0mass%とすることが好ましい。本発明の電極用チタン材は燃料電池のセパレータとして好適に利用することができ、また前記導電層を除去することなく、チタン合金の溶解原料として再利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータなどの電極用チタン材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンやその合金は、優れた耐食性を有し、チタン自体は良好な導電性を有するため、電解工業用の電極材や、固体高分子型燃料電池のセパレータなどの、導電性と耐食性とが要求される電極材として有望である。
しかし、純チタンやその合金は活性な金属であるため、大気中に放置するだけで、材料表面に不働態皮膜と呼ばれる酸化膜が形成される。この不働態皮膜のため、電気抵抗が上昇し、引いては電流損失を招くため、チタン材のままでは電極材として適さない場合が多い。
【0003】
そこで、特開平2003−105523号公報(特許文献1)に記載されているように、チタン材の表面から不働態皮膜を除去した後、その表面に白金系の貴金属あるいは/およびその酸化物からなる貴金属皮膜をメッキ、スクリーン印刷等により被覆することによって、導線性を確保したチタン電極材が提案されている。
【特許文献1】特開平2003−105523号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記貴金属皮膜のコーティング処理は、原材料としては高価なチタン材の使用に加えて、さらにコスト高を招来するものであり、製造コストが高いために電極材として普及していないのが実状である。
特に、燃料電池用セパレータは、多孔質の燃料極、空気極によって高分子電解質膜を挟持したセル(単セル)を多数のセパレータの間に挟み込んで構成されるものであるため、使用量が多いので、低コスト化が強く要望されている。なお、現在のところ、燃料電池用セパレータの素材としては、必ずしも十分な耐食性を有しないものの、コスト面から導電性を付与したステンレス鋼が主として用いられている。
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、製造が容易で、コストを低減することができる電極用チタン材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
白金族系元素などを合金元素として含むチタン合金は、純チタンよりも耐食性に優れることが知られているが、本発明者は前記合金元素量が僅かであってもチタン合金からTiを溶出させることによって、前記合金元素が濃縮され、導電性を有する導電層がチタン合金の基材表面に連続的に形成されることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の電極用チタン材は、金、銀あるいは白金族系元素から選択された一種又は二種以上の合金元素を含有するチタン合金で形成された基材と、前記基材の表面に一体的に積層形成された導電層を備えた電極用チタン材であって、前記導電層は前記基材の表面からTiを溶出させることによって前記合金元素が濃縮されたものであり、その平均厚さが25Å以上とされたものである。
前記導電層の厚さは、オージェ電子分光法(AES)で基材の深さ(厚さ)方向に沿った組成分析を行い、基材中の合金元素濃度を基準として合金元素のピーク濃度の1/2となる深さまでの合金元素濃化層を意味する。前記導電層の平均厚さは60Å以上とすることが好ましい。
【0007】
また、前記合金元素は、合計で0.01〜1.0mass%とすることが好ましい。0.01mass%未満では溶出Ti量の増大や導電層の形成に時間がかかり、一方1.0mass%を超えて添加しても材料コスト高の割には導電層の形成が促進されず、経済的でない。
【0008】
前記電極用チタン材は、優れた耐食性と導電性とを兼備したものであるので、燃料電池用セパレータとして好適に利用される。また、前記電極用チタン材の導電層は元々基材のチタン合金を構成する合金元素で形成されているので、スクラップとして利用するに際して、前記電極用チタン材の導電層を除去することなく、チタン合金の溶解原料として用いることができ、リサイクル性に優れる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の電極用チタン材は、白金族系元素等の合金元素を含むチタン合金からなる基材の表面にTiを溶出させることによって所定の厚さの、合金元素が濃縮した導電層を備えたものであるので、チタン合金の有する耐食性と導電層による良好な導電性を兼備したものとすることができ、また本発明のチタン材は僅かな合金元素を含むチタン合金を用いてTiの溶出という簡単な手法で製造することができるため、製造コストも低減することができ、電解処理用電極や燃料電池用セパレータなどの電極材として好適に利用することができる。しかも、本発明の電極用チタン材は、スクラップとして利用するに際して、前記電極用チタン材の導電層を除去することなく、チタン合金の溶解原料として再利用することができ、リサイクル性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の実施形態にかかる電極用チタン材について説明する。
この電極用チタン材は、白金族元素(Pd、Pt、Ir、Ru、Rh及びOs)、金およびAgから選択された一種又は二種以上の合金元素を合計で0.01〜1.0mass%を含有し、残部Tiおよび不可避的不純物からなるチタン合金で形成された基材と、その表面に積層形成された導電層を備える。前記導電層は、基材表面からTiが溶出して前記合金元素が濃縮して形成されたものであり、一部に合金元素の酸化物を含む。白金族元素の酸化物は、白金族元素単体と同様、導電性を有する。白金族元素の酸化物は、後述するTi腐食液に白金族元素が一部溶出するものの、その溶解度が低いため、基材表面に再析出したものと考えられる。
【0011】
前記合金元素は、Tiが選択的に腐食され、溶出された結果、基材表面に濃縮して導電層を形成するものであるから、基材を形成するチタン合金における含有量は、ごく微量であってもTiの溶出量を増やしていけば、やがて接触抵抗低減に有効な導電層が形成れるようになる。一方、合金元素を多量に添加すればTiの溶出量を減少させることができるが、合金元素が非常に高価であるため、かえって材料コスト高を招来する。よって、溶出させるTiのコストと有効な導電層の形成までの溶出時間を考慮すると、合金元素の添加量は、0.01〜1.0mass%程度、より好ましくは0.05〜0.5mass%程度、さらに好ましくは0.05〜0.3mass%程度とするのがよい。前記合金元素のほか、さらに、耐食性や強度をより向上させるために補助元素としてCrを0.2mass%程度以下、Niを1.0mass%程度以下、Coを0.5mass%程度以下、Moを0.5mass%程度以下を添加することができる。
【0012】
汎用性チタン合金の内、本発明において好適に使用されるチタン合金(合金元素量はmass%)としては、例えば、Ti−0.4Ni−0.015Pd−0.025Ru−0.14Cr(JIS規格14種、15種)、Ti−0.05Pd(JIS規格17種、18種)、Ti−0.05Pd−0.3Co(JIS規格19種、20種)、Ti−0.05Ru−0.5Ni(JIS規格21種、22種、23種)、Ti−0.1Ruを挙げることができる。
【0013】
前記導電層は、本発明のようにマトリックスであるTiを溶出して形成する場合、合金元素が濃縮した表面皮膜が基材表面に積層形成される。このため、導電層の厚さは、オージェ電子分光法(AES)で基材の深さ方向に沿った組成分析を行い、基材中の合金元素濃度を基準として合金元素のピーク濃度の1/2となる深さまでの合金元素濃化層の厚さと定義される。導電層の平均厚さが25Å未満では、成分偏析などに起因して、基材表面に導電層が形成されない領域が増大し、その部分にTiの不働態皮膜が形成されて全体として導電性が低下するようになる。このため、導電層の平均厚さを25Å以上、好ましくは60Å以上、より好ましくは125Å以上とするのがよい。
【0014】
基材表面のTiを溶出させて、表面に導電層を形成するには、前記チタン合金の基材を腐食液に浸漬して保持する腐食処理が簡便である。前記腐食液としては、Tiを腐食するものであればその種類を問わないが、硝フッ酸、フッ酸、塩酸、硫酸等を利用することができる。とりわけ、Tiに対する腐食性が大きく、短時間で合金元素の表面濃縮を達成するには、硝フッ酸やフッ酸、高温高濃度の塩酸や硫酸、あるいはこれらの混合液が好適である。
【0015】
上記腐食処理により、基材の表面のTiが溶出して形成された導電層は合金元素が濃縮した表面皮膜が連続的に基材表面に形成されるため、表面を軽く擦った程度では剥離や摩滅して除去されることはない。このため、本発明の電極用チタン材は、電解処理用の電極材、燃料電池用セパレータなどの電解液中で使用されたり、静的に保持されて使用されるような環境で使用される電極材として好適である。なお、導電層を形成後、大気中あるいは真空中で加熱処理を施すなどの方策を講じることにより、導電層の密着性を向上させるようにしてもよい。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0016】
下記表1に示す組成のチタン合金冷延板(板厚2mm)から、30mm幅×30mm長さの試験片を採取し、1mass%HF水溶液と10mass%HNO3 水溶液とを混合した25℃の腐食液に同表に示す時間中浸漬して、試験片の基材表面からTiを溶出させ、基材表面に白金属元素及びこれらの酸化物が濃縮した薄茶褐色ないし黒褐色の導電層を形成した。その後、試験片を腐食液から取り出し、水洗、乾燥後、下記の要領にて導電層の厚さ及び接触抵抗を測定した。その結果を表1に併せて示す。
【0017】
導電層の厚さの測定は、分析装置PHI−670(PHI社製)を用いて、下記の測定条件にてAESにより、試験片(チタン合金板)の厚さ方向の組成分析を行い、チタン合金板の合金元素量を基準として合金元素量のピーク高さの1/2となる深さを求め、これを導電層の厚さとした。また、厚さ測定は、外観上、特異な表面性状を示す部分以外の領域において異なる3点について行い、その平均を求めた。
・測定条件
一次電子線:5kV−50nA
測定領域 :10μm ×10μm平方
スパッタリング速度:4.5nm/分(SiO2 換算)
【0018】
接触抵抗は、前記試験片の両面を測定電極(接触面サイズ:20mm×20mm)によって挟持し、4Aの電流Iを流して、両電極間の電圧Eを測定し、E/I(I=4A)によって算出した。この際、測定電極の接触面には金めっきを施し、試験片を1.0kNの力で挟持するように測定電極に対して加重を掛けた。
接触抵抗の評価基準は、自然生成の不働態皮膜における接触抵抗(従来例No. 11の7.5mΩ)の30%以下、すなわち2.25mΩ以下であれば実用上電極材として利用可能であるので、これを評価基準とする。勿論、接触抵抗は低いほど好ましく、自然生成の不働態皮膜における接触抵抗の20%以下の1.5mΩ以下がより好ましく、10%以下の0.75mΩ以下であればさらに望ましい。
【0019】
【表1】

【0020】
表1の試料No. 1〜9について、導電層の平均厚さと接触抵抗との関係を整理したグラフを図1に示す。これより、導電層の平均厚さが25Å未満になると接触抵抗が急速に高くなり、平均厚さが25Å以上であれば接触抵抗が2.25mΩ以下に収まり、電極材として利用可能な導電性を具備するようになることが分かる。また、平均厚さが60Å以上で接触抵抗が1.5mΩ以下、125Å以上で接触抵抗が0.75mΩ以下になり、優れた導電性を備えることが確かめられた。
また、試料No. 13は、一旦、十分な厚さの導電層(平均厚さで200Å)を形成した後、接着テープを試料表面に押し当てて、強制的に導電層の表層を剥離したものであり、このため導電層の平均厚さが80Åとなっているが、この場合でも接触抵抗は十分低い値となっている。
一方、合金元素量が0.001mass%と僅少な試料No. 12では、浸漬時間を600秒としてもTiの溶出量が不十分であり、有効な厚さの導電層が形成されず、チタン合金の露出部が多くなり、接触抵抗も大きくなった。
【0021】
ところで、前記試料No. 5の基材を形成するチタン合金の組成を正確に分析した結果、Pd:0.15%、O:0.049%、Fe:0.043%、N:0.008%、C:0.006%、H:0.004%、残部Tiであった。そして、No. 5の導電層を形成した試験片を合計20枚準備し、導電層を除去することなく、非消耗式アーク溶解炉にて溶解し、ボタンインゴットを作成し、成分分析を行った結果、Pd:0.13%、O:0.055%、Fe:0.044%、N:0.008%、C:0.007%、H:0.007%、残部Tiであった。これより、本発明の電極材では、導電層を除去することなく、使用後の電極材をチタン合金の溶解原料として十分再利用できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】導電層の平均厚さと接触抵抗との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金、銀あるいは白金族系元素から選択された一種又は二種以上の合金元素を含有するチタン合金で形成された基材と、前記基材の表面に一体的に積層形成された導電層を備えた電極用チタン材であって、
前記導電層は前記基材の表面からTiを溶出させることによって前記合金元素が濃縮されたものであり、その平均厚さが25Å以上である電極用チタン材。
【請求項2】
前記導電層は、その平均厚さが60Å以上である請求項1又は2に記載した電極用チタン材。
【請求項3】
前記合金元素は、合計で0.01〜1.0mass%である請求項1に記載した電極用チタン材。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載した電極用チタン材をスクラップとして利用するに際して、前記電極用チタン材の導電層を除去することなく、チタン合金の溶解原料として利用する電極用チタン材の利用方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−19024(P2006−19024A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−192473(P2004−192473)
【出願日】平成16年6月30日(2004.6.30)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】