説明

電気化学的分析・測定用電極及び電気化学的分析・測定装置、並びに被検物質濃度の電気化学的分析・測定方法

【課題】 導電性ダイヤモンド電極を用いて電気化学的に被検溶液中の被検物質を測定する際に、被検物質の電気化学的酸化反応を助ける物質を用いることによって被検物質の電気化学的酸化反応を起こさせ、そのときの電流変化を検知することにより、被検溶液中の被検物質を検出する。
【解決手段】 作用電極と対電極並びに参照電極を被検溶液に浸漬又は接触させ、前記作用電極と対電極との間に電圧を印加したときに両極間に流れる電流の変化を検出することにより被検物質の濃度を測定する際に、作用電極として表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドを用いることにより、前記イオン注入した元素の触媒作用により作用電極表面での被検物質の電気化学的酸化反応を促進させ、そのときの電流値の大小により、被検溶液中に含まれる被検物質の濃度を簡便に、かつ高精度で分析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性ダイヤモンド電極を用い、電気化学的分析・測定法により被検溶液中の被検物質の濃度を高感度及び高精度で測定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学的分析・測定法によって被検溶液中の被検物質(例えば、金属)を分析・測定する際には、例えば特許文献1に記載のように、図1に示される分析装置が用いられている。同図中、符号1は測定容器を示すものであり、その測定容器1内に被測定対象となる物質(例えば金属イオン)を含んだ電解液1aが入っており、封止部材1bにより封止されている。符号2は作用電極、符号3は対電極を示すものであり、それら作用電極2と対電極3とが一定の距離を隔てて、前記測定容器1内の電解液1a中に浸されるように設けられている。なお、符号5は参照電極(基準電極)を示すものであり、キャピラリー5aを介して前記作用電極2に電気的接続されるとともに、配線5bを介してポテンシオスタット4に接続されている。
なお、図1中、4aはポテンシャルスイーパ、4bはレコーダである。
【0003】
同文献によると、溶液中に含まれた金属を分析する場合、ポテンシオスタット4により作用電極2の電位を自然電極電位から負電位方向にスイープ(掃引)することにより、電解液1a中の金属イオンを前記作用電極2表面に対し順次電着させて電着物質を形成(還元濃縮)する。その後、前記ポテンシオスタット4により、前記作用電極2の電位を正電位方向にスイープして、前記電着物質を電解液1a中に酸化溶出(アノードストリッピング)する。前記電着物質中の金属は所定の酸化電位で溶出することから、前記金属を電解液1a中に溶出する際に、前記作用金属2の電位変化に対する電流変化(電位に対するピーク電流)を所望の走査速度で検出することにより、前記電解液1a中の金属成分を分析できる、とされている。
【0004】
上記のような電気化学的分析装置においては、対電極3にPtが、作用電極2にグラッシーカーボンが用いられる場合が多い。作用電極2にグラッシーカーボンが用いられる理由は、グラッシーカーボンが電気伝導性に優れ、化学的に安定でガスを通さず、しかも安価で、水素発生や酸素発生に対して過電圧が比較的大きく(電位窓が比較的広く)、バックグランド電流が小さい等の特徴を持っているため、といわれている。
しかしながら、グラッシーカーボン電極も長時間にわたって繰り返し使用されると測定精度が低下して、長期間安定して正確な測定を行なうことができなくなるといった問題点があるため、昨今では導電性を付与したダイヤモンド薄膜が作用電極に用いられるようになっている。
【0005】
ダイヤモンドは絶縁材料ではあるが、イオン注入によりダイヤモンド構造を破壊して導電性を付与し、電気化学的分析・測定用の電極に用いることが特許文献2で提案されている。
また特許文献3には、気相法により基体上にダイヤモンドを合成する際に、ホウ素(B)等の不純物をドープさせて導電性を付与したダイヤモンドを上記電極に用いることも提案されている。
そして、高濃度でホウ素をドープしたホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極は、広い電位窓と、他の電極材料と比較してバックグランド電流が小さいといった有利な性質を持っている。さらに、物理的,化学的に安定で耐久性に優れるといった特徴を有している。このために、近年、電気化学的分析・測定用の電極として、ホウ素をドープした導電性ダイヤモンド薄膜が多用されるようになっている(例えば特許文献4)。
【特許文献1】特開2001−21521号公報
【特許文献2】特開昭58−160860号公報
【特許文献3】特開平2−266253号公報
【特許文献4】特開2001−50924号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、ヒ素(As)は飲料水や食物を介して人体に入りやすい元素であり、人体に蓄積されるとヒ素中毒症を引起こし、死に到らしめる人体にとっては極めて有害な元素である。鉱物中から地下水に溶け出したヒ素が飲料水として人体に取りこまれることが問題になるため、地下水中のヒ素濃度を簡便に、かつ精度良く検出する必要がある。
地下水に限らずヒ素ないしその化合物が、人体等に悪影響を及ぼす場合が多々ある。例えば、ヒ素鉱山ではヒ素含有鉱物を採掘して無水亜ヒ酸を製造している。或いは亜鉛精錬所においては、カドミウムを還元回収する際の脱カドミ浄液工程でアルシン(AsH3)が発生する。ヒ化ガリウム(GaAs)やヒ化イリジウム(IrAs)を取り扱う半導体工場においてもヒ素化合物を含む廃棄物が発生する。また、光学ガラスや電気ガラス等の特殊ガラスを製造する過程で清澄剤として無水亜ヒ酸が使用される場合もある。さらには、ヒ素化合物が木材の防腐剤やシロアリ駆除剤として使用された時期もある。
【0007】
このようなヒ素ないしヒ素化合物が生活水に混入されていると、社会的な影響は極めて大きくなる。このため、飲料水に限らず、周辺の生活水中のヒ素ないしヒ素化合物濃度を簡便に、かつ精度良く検出する方法が求められている。
ヒ素濃度の一般的な定量法としては、例えば蛍光分析法や原子吸光法等が挙げられるが、いずれの方法を用いようとしても装置が高価で、測定に手間と時間が掛かるといった問題点があるため、地下水等に含まれるヒ素を簡便に定量しようとする際には適用し難い。そこで、地下水等に電気化学的分析・測定法を適用して、地下水等に含まれるヒ素を定量することが想定される。
【0008】
しかしながら、地下水等に含まれているヒ素濃度の測定に電気化学的分析・測定法を適用しようとすると、ヒ素の電気化学的酸化反応性が問題となる。一般にヒ素は酸化し難いとされている。このため、広い電位窓を有するホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極を用いても、単に電解質化したのみでは、地下水中等のヒ素の濃度測定は行えない。
同様に、広い電位窓を有するホウ素ドープ型導電性ダイヤモンド電極を用いても、電気化学的に酸化反応を起こし難い物質の濃度の測定は行い難い。
【0009】
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、導電性ダイヤモンド電極を用いて電気化学的に被検溶液中の被検物質を検出する際に、被検物質の電気化学的酸化反応を助ける物質を用いることによって当該物質の電気化学的酸化反応を促進させ、そのときの電流変化を検知することにより、被検溶液中の被検物質の濃度を精度良く検出するための電気化学的分析・測定用電極、及びそれを用いた分析・測定装置並びに分析・測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の電気化学的分析・測定用電極は、その目的を達成するため、表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドからなることを特徴とする。
また、本発明の電気化学的分析・測定装置は、被検溶液に浸漬又は接触される作用電極と対電極並びに参照電極、前記作用電極と対電極との間に電圧を印加する電圧印加手段、及び両電極間に流れる電流を測定する電流測定手段を備えた電気化学的分析・測定用装置であって、作用電極として表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドが用いられていることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明の電気化学的分析・測定方法は、作用電極と対電極並びに参照電極を被検溶液に浸漬又は接触させ、前記作用電極と対電極との間に電圧を印加したときに両極間に流れる電流の変化を検出することにより被検物質の濃度を測定する方法であって、作用電極として表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドを用いることにより、被検溶液中に含まれる被検物質の濃度を測定することを特徴とする。
いずれの発明にあっても、導電性ダイヤモンドとしては、ホウ素ドープ型気相合成ダイヤモンドが好ましい。
なお、電流ピーク値を予め作成しておいた検量線と比較することにより被検溶液中に含まれる被検物質の濃度を容易に確定することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、導電性ダイヤモンド電極を用いて被検溶液中の電気化学的な酸化反応を起こし難い被検物質を電気化学的に検出する際に、被検物質の電気化学的酸化反応を助ける物質を予め導電性ダイヤモンド電極の表面にイオン注入させておくことにより、電極表面での前記被検物質の電気化学的酸化反応を促進させ、そのときの電流変化を検出することにより、被検物質の存在及びその濃度を容易に検出することができる。
【0013】
被検物質の電気化学的酸化反応を助ける物質として、例えばイリジウムを導電性ダイヤモンド表面にイオン注入しておくと、当該導電性ダイヤモンドを電極として長時間繰り返し使用しても、イリジウムが剥離除去や減少されることなく、被検物質の電気化学的酸化反応を促進させる機能を長期間にわたって維持することができる。また、バックグラウンド電流の低いダイヤモンド電極を用いているので、仮に被検物質量が微量で電流値が極めて小さくても、反応に伴う電流変化を精度良く認識することができる。
【0014】
さらに、イリジウムをイオン注入したダイヤモンドを電極として使用した場合、イリジウムそのものを電極に使用した場合と比較して電圧印加時の応答電流値のノイズが小さいために、反応に伴う応答電流の変化を精度良く認識することができる。例えば、イリジウム単体電極に比べてイリジウムイオン注入ダイヤモンド電極では電流値に現れるノイズは少なくとも1/100以下になる。このため、被検物質の検出限界を格段に下げることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者等は、導電性ダイヤモンド薄膜を作用電極に用いて電気化学的酸化反応を起こし難い被検物質を電気化学的試験・分析法により検出を行う際に、被検物質の電気化学的酸化反応を助ける物質の探索を行ってきた。
その結果、電気化学的酸化反応を起こし難い被検物質を、触媒作用を有する物質の存在下でその反応を促進させ、そのときの反応電位に対する電流密度の変化で当該被検物質の存在及びその存在量を知ることができることを見出したものである。
そして、予備実験を繰り返すことにより、金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素が被検物質の電気化学的酸化反応を促進させる触媒機能を果たすこと、当該元素が導電性ダイヤモンド電極の表面にイオン注入されていると反復利用できることを見出した。
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明の最大の特徴である作用電極としての導電性ダイヤモンド薄膜電極は、電極としての機能を果たすとともに、触媒の担体の機能を負わせたものである。電極としては、基本的には従来法と同様な気相合成法で作製されたダイヤモンド薄膜で十分である。そして本発明ではさらに、物理化学的に極めて安定であるという特性を持つダイヤモンドを触媒担体として用いることに特徴がある。すなわち、気相合成法で作製されたダイヤモンド薄膜に、触媒として、金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素のイオン注入処理がなされている。
【0017】
導電性ダイヤモンド薄膜は通常の気相合成法で作製される。すなわち、シリコン単結晶(100)等の基板を成膜装置内にセットし、純H2ガスをキャリアガスとした成膜用ガスを流す。成膜用ガスには、キャリアガスとしての純H2ガスを、所定量の酸化ホウ素(B2O3)を溶解させたアセトン/メタノール(体積比9:1)の混合溶液中を通過させて炭素、ホウ素を含ませている。
炭素、ホウ素を含ませたH2ガスを流している成膜装置内にマイクロ波を与えてプラズマ放電を起こさせると、成膜用ガス中の炭素源から炭素ラジカルが生成し、基板にSi単結晶上にsp3構造を保ったまま、かつホウ素を混入しながら堆積してダイヤモンドの薄膜が形成される。
【0018】
ダイヤモンド薄膜の膜厚は成膜時間の調整により、またホウ素の混入量はアセトン/メタノール混合溶液中の炭素原子に対するホウ素原子の割合を変えることにより制御することができる。ダイヤモンド薄膜を電気化学的試験・分析用の電極として使用する際には、その膜厚は10μm以上であれば十分である。また導電性を付与するためにドープするホウ素量は1000〜10000ppm程度で十分である。
【0019】
このようにして調製された導電性ダイヤモンド薄膜の表面に、被検物質の電気化学的酸化反応を促進させる触媒である金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素のイオン注入処理がなされる。
本来、上記元素に被検物質の電気化学的酸化反応を促進させる触媒作用を負わせるのであれば、当該元素が電極表面上に担持されていれば足りる。しかしながら、作用電極は溶液中に浸漬され、或いは溶液に接触される形態で使用されるために、上記元素の担持態様は耐久性に優れた付着強度の高い形態が好ましい。使用時間が長くなるにつれて少なくなったり、容易に剥がれて除去されたりするような担持態様では、触媒的な作用を長時間にわたって維持することはできない。ちなみにPtをダイヤモンド表面に電気化学的に付着させても、多数回にわたって使用すると、Ptは殆ど機能しなくなるほどに減少してしまうという報告もある(F.Montilla et al./Electrochimica Acta 48(2003)3891-3897)。
【0020】
長時間にわたって強固に担持させる手段として、当該元素をダイヤモンド層中に混入させることが挙げられる。ダイヤモンドの気相合成の途中で当該触媒金属の微粒子を分散させる方法も想定されるが、金属微粒子分散時とダイヤモンド気相合成時とで雰囲気条件を変える必要があることから、製造が難しくなる。また、ダイヤモンド層中に微粒子として分散させてしまうと表面に露出している割合が少なく、当該元素が発揮する触媒作用の効率は低い。
【0021】
これに対して、イオン注入法では、当該元素は元素のままで分散され、しかも表層部近傍にとどまったまま担持される形態となる。このため極めて安定であるとともに露出表面が広くなって、効率良く触媒作用を発揮することができる。
なお、イオン注入時には、イオン化された元素の混入とともにエネルギーによる照射損傷が生じる。このため、照射損傷の回復と、格子間位置に混入された注入元素を移動させるために熱処理(アニーリング)を行う。このアニーリングにより、損傷を受けた表層部は下地結晶の原子配列にならって本来の結晶構造に戻る。この過程で注入された元素は表面に露出し、その元素が所望の触媒機能を発揮することになる。
【0022】
上記金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素は、公知のイオン注入装置と公知のイオン注入技術の使用により、イオン注入される。イオンは、ダイヤモンド薄膜の内部深くまで注入される必要はなく、表面近傍で単に担持されれば十分である。したがって、イオンを加速させるエネルギーはさほど高くする必要はない。500keV〜1MeV程度で十分である。
【0023】
また、注入量は1〜10×1014/cm2程度にすることが好ましい。上記元素は、被検物質の電気化学的酸化反応の触媒作用を発揮するのみで自身が消費されるわけではないので、この程度の付着量で十分である。
なお、ダイヤモンドにイオン注入することで注入領域が照射損傷されアモルファス化される。前記特許文献2では、5×1015/cm2以上のイオン注入によってダイヤモンド構造を破壊して導電性を付与しているが、本発明で電極として用いるダイヤモンド薄膜は既に導電性付与のためにホウ素がドープされているので、必要以上の注入量とすることは却って好ましくない。イオン注入する元素の種類にもよるが、注入量が1015/cm2以下であれば、その後のアニーリングによりダイヤモンドの結晶構造が回復されて電気化学的特性を保持し、ダイヤモンド電極として使用可能である。しかし、注入量が1015/cm2を大幅に超えると、ダイヤモンド構造が完全に破壊され、アニーリングによっても元に戻らない。
したがって、上記金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素のイオン注入量は1〜10×1014/cm2程度とすることが好ましい。
【0024】
上記のような態様で調製された導電性ダイヤモンドが、従来から用いられている電気化学的分析・測定装置の作用電極として用いられる。
電気化学的分析・測定装置としては基本的には図1に示されるような装置で十分である。必ずしも専用の容器を用いる必要はなく、被検溶液に浸漬される、或いは被検溶液に同時に接触される作用電極と対電極並びに参照電極、及び電圧印加手段と電流測定手段を備えていれば足りる。
【0025】
次に、触媒金属としてイリジウム(Ir)を用い、被検物質としてヒ素(As)を検出した例を用いて本発明を詳細に説明する。
ヒ素を含有する被検溶液を図2に示す電気化学的測定装置に入れ、Irをイオン注入したホウ素ドープ型のダイヤモンド電極を作用電極に使用して、電流密度−電位曲線を求めた。
電流密度−電位曲線は、参照電極に対する作用電極の電位をポテンシャルスイーパーの作動により自然電極電位から負電位方向に、そして負電位方向から自然電極電位を経て正電位方向に、さらに正電位方向から自然電極電位方向に所定の走査速度で電位スイープさせたときの応答電流をモニターすることにより作成できる。大よそ図3に示す形態の電流密度−電位曲線を呈する。
【0026】
ダイヤモンド電極に正の電位を付加したとき、イオン注入されたIrの触媒作用を受けてヒ素が電極表面で電気化学的に酸化され、対電極との間に電流が流れるので、流れる電流の変化を知ることにより、ヒ素の存在を知ることができる。
また、電流変化のピーク値は含まれる被検物質の濃度に比例している。したがって、電気化学的酸化反応を起こさせる電位値を一定にして、その電位値での電流値と被検物質の濃度との関係を予め求めておけば、その関係から、得られた電流値に対応する被検溶液中の被検物質の濃度を容易に知ることができることになる。
【0027】
そこで、ヒ素濃度は、予め各種異なった含有量のヒ素含有被検溶液を作製し、各被検溶液で検出した一定付加電位での電流値から検量線を作成しておき、実際に得られた電流値を当該検量線と対比することにより、被検溶液中のヒ素濃度を知ることができる。このため、被検溶液中のヒ素濃度が測定精度良く検出できることになる。
後述の実施例に、実際に水溶液中のNaAsO2の濃度を測定した例を紹介している。
【0028】
このNaAsO2は家畜の薬浴剤として使用されている物質である。当然、生活水に混入されることは好ましくない。このNaAsO2や冒頭の課題の欄で紹介した各種ヒ素化合物は、いずれもAsO2-(亜ヒ酸)とその塩である。ヒ素は三価の形As(III)で含まれている。
イリジウム(Ir)を触媒として、Asの電気化学的酸化反応が進行するとき、次のような反応が起こっていると予測される。
すなわちIrの還元体が酸化体になる酸化反応に伴い、As(III)→As(V)の反応、つまり三価のヒ素が五価のヒ素に酸化される反応を起こすことになる。
したがって、Asを三価の形で含むAsH3,AsCl3,AsF3,As2O3等は、触媒としてIrを使用することによりその電気化学的な酸化反応を検知することができ、その際の電流値からそれらの濃度を知ることができることになる。
【0029】
上記事例では、導電性ダイヤモンドの表面にイオン注入する元素としてIrを用いたが、Au,Pt,Ag,Pd,Ru或いはRhをイオン注入しても同様の作用・効果を有することは勿論である。
これらの金(Au),白金(Pt),銀(Ag),パラジウム(Pd),ルテニウム(Ru),ロジウム(Rh)及びイリジウム(Ir)は非常に触媒活性の高い元素である。このため、ヒ素ないしヒ素化合物のみならず、電気化学的に酸化反応を起こし難いシュウ酸,グルコース,インシュリン等であっても、ダイヤモンド電極に担持された上記元素の触媒作用により、ダイヤモンド電極表面上において比較的低い電位下で酸化反応を起こさせることができ、そのときの電流変化でその酸化反応が起こったことを知る、すなわち、被検物質の存在を知ることができる。
また、予め検量線を作成しておけば、一定電位付加時に流れる電流の測定値から、被検物質の濃度を容易に知ることができる。
しかも、作用電極としてバックグラウンド電流が小さく、かつ電流値のノイズが小さい導電性ダイヤモンドを用いているので、精度良く測定することができる。
【実施例】
【0030】
マイクロ波プラズマCVD装置によって作製したドープホウ素濃度10000 ppmの導電性ダイヤモンド薄膜に、Tandetron4117-HC(HVCC社製)のイオン注入装置を用い、室温下、900 keVの照射エネルギーでイリジウムイオンを注入し、イリジウムイオン注入量約1015/cm2のイオン注入ダイヤモンド薄膜を得た。このイオン注入ダイヤモンド薄膜に、照射損傷回復のために水素プラズマ中850℃×10分間のアニールを施した。
アニールされたイオン注入ダイヤモンド薄膜を図2に示す装置の作用電極に適用した。そして、対電極にPt電極を、参照電極にAg/AgCl電極を用いた。
【0031】
この装置に1.0 mM濃度のNaAsO2溶液を入れ、100 mv/秒の走査速度で電位スイープさせたときの応答電流をモニターし、図4に示す電流密度−電位曲線を得た(同図にはNaAsO2を入れていないときの電流密度−電位曲線も併記している)。
比較のために、イリジウム金属そのものを作用電極に用い、同じ1.0 mM濃度のNaAsO2溶液について全く同様に電流密度−電位曲線を作成したところ、図5に示すものが得られた。なお、結果の明示は省くが、イオン注入していないダイヤモンドそのものを作用電極に用い、全く同様の試験を行ったところ、NaAsO2の有無によっても電流密度−電位曲線が全く変化しないことを確認している。
【0032】
図5に示す結果からもわかるように、イリジウム金属そのものを作用電極に用いた場合、バックグランド電流が大きいためにAsの酸化反応ピークが判然としていない。むしろ測定不能と言えるものである。これに対して、図4に示す結果によると、イリジウムイオン注入ダイヤモンドを作用電極に用いた場合は、0.7 V vs.Ag/AgCl付近に明瞭な反応ピークがあることがわかる。
これらの結果は、イオン注入されたダイヤモンド電極のバックグラウンド電流が小さいと言う特性を利用することにより、ヒ素(As)の電気化学的酸化反応がイリジウムの触媒作用で進行していることを判定できることを示している。
【0033】
次に、NaAsO2濃度を0.1〜1.0 mMの範囲で変えた各水溶液について、全く同様の方法で電流密度−電位曲線(図6参照)を得た後、その電流密度−電位曲線からピーク電流を読み取った。そして、読み取った電流密度とNaAsO2濃度との関係を整理すると、図7に示すように、この濃度域においてはほぼ線形な応答が見られることがわかった。
すなわち、図7に示す関係線が、いわゆる検量線として利用できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】金属成分を電気化学的に分析する一般的な装置の概略を説明する図
【図2】本発明方法で用いた分析装置を説明する図
【図3】Irイオンを注入した導電性ダイヤモンド電極を作用電極に使用し、ヒ素含有水溶液に電位を掛けたときに得られた電流密度−電位曲線
【図4】Irイオンを注入した導電性ダイヤモンド電極を作用電極に使用し、1.0 mM濃度のNaAsO2溶液に電位を掛けたときに得られた電流密度−電位曲線
【図5】Irからなる電極を作用電極に使用し、1.0 mM濃度のNaAsO2溶液に電位を掛けたときに得られた電流密度−電位曲線
【図6】Irイオンを注入した導電性ダイヤモンド電極を作用電極に使用し、各種濃度のNaAsO2溶液に電位を掛けたときに得られた各電流密度−電位曲線
【図7】各種濃度のNaAsO2溶液から得られた電流密度−電位曲線上の各ピーク電流密度値とNaAsO2濃度の関係を示す図(検量線)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドからなる電気化学的分析・測定用電極。
【請求項2】
導電性ダイヤモンドが、ホウ素ドープ型気相合成ダイヤモンドである請求項1に記載の電気化学的分析・測定用電極。
【請求項3】
被検溶液に浸漬又は接触される作用電極と対電極並びに参照電極、前記作用電極と対電極との間に電圧を印加する電圧印加手段、及び両電極間に流れる電流を測定する電流測定手段を備えた電気化学的分析・測定用装置であって、作用電極として表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドが用いられていることを特徴とする電気化学的分析・測定装置。
【請求項4】
導電性ダイヤモンドが、ホウ素ドープ型気相合成ダイヤモンドである請求項3に記載の電気化学的分析・測定装置。
【請求項5】
作用電極と対電極並びに参照電極を被検溶液に浸漬又は接触させ、前記作用電極と対電極との間に電圧を印加したときに両極間に流れる電流の変化を検出することにより被検物質の濃度を測定する方法であって、作用電極として表面に金,白金,銀,パラジウム,ルテニウム,ロジウム及びイリジウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素がイオン注入された導電性ダイヤモンドを用いることにより、被検溶液中に含まれる被検物質の濃度を測定することを特徴とする電気化学的分析・測定方法。
【請求項6】
導電性ダイヤモンドが、ホウ素ドープ型気相合成ダイヤモンドである請求項5に記載の電気化学的分析・測定方法。
【請求項7】
電流ピーク値を予め作成しておいた検量線と比較することにより被検溶液中に含まれる被検物質の濃度を測定する請求項5又は6に記載の電気化学的分析・測定方法。
【請求項8】
被検物質がヒ素及びヒ素化合物である請求項5〜7の何れかに記載の電気化学的分析・測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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