説明

電気泳動を用いた試料の分析方法及びその利用

【課題】分離精度が向上した試料の分析方法の提供。
【解決手段】流路と前記流路に形成された試料貯留槽とを備える電気泳動装置を用いた電気泳動法による試料の分析方法であって、前記流路に泳動液が充填された前記電気泳動装置の前記試料貯留槽に試料を配置すること、及び、前記流路の両端に電圧を印加することにより電気泳動を行うことを含み、前記試料及び前記泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を、略同じとすることを含む、試料分析方法に関する。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動を用いた試料の分析方法及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の化合物や核酸、タンパク質等の分析対象物を高精度に分離・分析する方法として、電気泳動法が知られている。電気泳動法は、電場を用いた分離・分析方法であり、物質の電荷、分子量、立体構造等の違いによって物質を分離できることから、様々な物質の分離・分析に広く用いられている。
【0003】
電気泳動には、支持体の有無、支持体の種類等に応じて様々な方法があり、例えば、ポリアクリルアミド電気泳動、アガロースゲル電気泳動、デンプンゲル電気泳動、ろ紙電気泳動、セルロースアセテート膜電気泳動、電気クロマトグラフィー、無担体(フリーフロー)電気泳動、キャピラリー電気泳動法等が知られている。アガロースゲル電気泳動法を用いた分析としては、例えば、コンドロイチン硫酸等の硫酸化多糖類を添加したアガロースゲルを用いて糖化ヘモグロビンを分離する方法(特許文献1)等が提案されている。キャピラリー電気泳動を用いた分析方法としては、例えば、キャピラリー電気泳動法の一種である動電クロマトグラフィーを用い、コンドロイチン硫酸等のポリアニオンやポリカチオンを泳動用緩衝液に含有させることによって短時間で試料を分析する方法(特許文献2)、泳動装置をマイクロチップ化して、分析装置を小型化する方法(特許文献3及び4)等が提案されている。
【0004】
一方、泳動装置をマイクロチップ化した場合、試料の分離に用いる流路の長さ(分離長)が従来と比べて短くなり、これに起因して分離能が低下するという問題が生じている。この問題を解決するために様々な方法が提案されている。例えば、試料注入容積及び分離長を増大させる方法、分離前に流路内で分析対象物を濃縮する方法、塩基スタッキング法と組み合わせた方法(非特許文献1)、泳動用緩衝液として、試料の調製に用いた緩衝液とは異なる緩衝液を使用する方法(特許文献5)等が提案されている。しかしながら、高精度で試料の分析を行うという点では、上記従来の方法では十分とはいえない。
【0005】
その他の方法として、試料貯留槽と回収槽とが流路で連通するように形成された電気泳動チップを用いて分析を行う方法が提案されている(特許文献6)。具体的には、該方法は、電気泳動チップの試料導入槽に試料を供給した後、試料導入槽と回収槽との間に電位差を生じさせることによって試料導入槽からの試料の導入と分離とを行う方法である。また、同方法を用いて、例えば、血漿中のビリルビンを分離する方法(非特許文献2)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平05−133938号公報
【特許文献2】特許第3124993号
【特許文献3】特許第2790067号
【特許文献4】特許第3656165号
【特許文献5】特開2009−74811号公報
【特許文献6】国際公開2008/136465号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kim et al., J. Chromatgr. A, 1064, 121-127, 2005
【非特許文献2】Nie Z et al., Electrophoresis, 29(9):1924-31, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、高精度で試料の分析を行うためのさらなる技術が求められている。
【0009】
本発明は、流路への電圧の印加により試料の導入と分離とを行うフロンタル分析(frontal analysis)を用いた電気泳動による試料の分析において、分離能の向上が可能な新たな方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、流路と前記流路に形成された試料貯留槽とを備える電気泳動装置を用いた電気泳動法による試料の分析方法であって、前記流路に泳動液が充填された前記電気泳動装置の前記試料貯留槽に試料を配置すること、及び、前記流路の両端に電圧を印加することにより電気泳動を行うことを含み、前記試料及び前記泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることを含む試料分析方法に関する。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、例えば、フロンタル分析法を用いた電気泳動による試料の分析において、分析対象物の分離能を向上できるという効果を奏する。また、本発明によれば、好ましくは、従来よりも短時間で分析を行うことができるという効果を奏する。さらに、本発明の方法は、特に、小型化されたキャピラリー電気泳動チップを用いた試料の分析に適しており、より好ましくはマイクロチップ化された電気泳動チップにおけるフロンタル分析法連続キャピラリー電気泳動(Frontal Analysis Continuous Capillary Electrophoresis)を用いた試料の分析に適している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1Aは、本発明の方法に用いられ得る電気泳動チップの一例の構成を示す概念図であり、図1Bは、図IAに示す電気泳動チップのI−I線の断面図である。
【図2】図2は、実施例1の結果の一例を示すグラフである。
【図3】図3は、比較例1の結果の一例を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例2の結果の一例を示すグラフである。
【図5】図5は、比較例2の結果の一例を示すグラフである。
【図6】図6は、実施例3の結果の一例を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例7の結果の一例を示すグラフである。
【図8】図8は、比較例3の結果の一例を示すグラフである。
【図9】図9は、実施例8及び比較例4の結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、上記特許文献6のように、電圧の印加により試料貯留槽からの試料の導入と試料の分離とを行う方法、つまり、連続的にサンプリングを行いながら電気泳動を行う方法において、分離能のさらなる向上を図るべく研究を重ね、その中で、流路内のイオンの分布に着目した。具体的には、泳動液に対して微量の試料を注入する場合ではほとんど分離に影響を及ぼさず無視することができた試料中のイオンが、連続的にサンプリングを行いながら電気泳動を行う場合、分離精度に影響を及ぼしうることを見いだした。さらに、この問題は、電気泳動装置を小型化した場合、すなわち、電気泳動チップのように試料の分離に用いる長さ(分離長)が短い場合に顕著に生じ得ることを見いだした。より具体的には、分離長が短い場合、イオン分布のかたよりに起因する試料の電荷変動がもたらすピーク幅の拡大が頭著になり、その結果、分離能が低下することを見いだした。
【0014】
本発明は、流路の両端に電圧を印加することにより、試料貯留槽内の試料を流路内に導入し、試料を電気泳動することを含む電気泳動を用いた試料分析方法において、試料及び泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることにより、分析対象物の分離能を向上でき、たとえ分離長が短い場合であっても分離精度を向上できるという知見に基づく。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【0015】
本発明の分析方法により、分離能が向上される理由は定かではないが、以下のように推定される。フロンタル分析では、泳動液と試料とが接している幅がピーク幅になる。そして、このピーク幅は通常、1)試料の電荷変動、2)温度やブラウン運動等による拡散、3)不均一な流れ、4)試料導入時のメニスカス等による影響を受けて拡大する。中でも分離長が短い電気泳動においてピーク幅の拡大をもたらす最も大きな原因は、1)試料の電荷変動であると考えられる。本発明の方法は、試料及び泳動液における上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとするため、試料の電荷変動が抑制される。その結果、ピーク幅の拡大を抑制できることから、分離能を向上できると考えられる。但し、これらは推定であって、本発明はこれらのメカニズムには限定されない。
【0016】
本明細書において「電気泳動法」とは、物質を、その大きさや電荷の違い等による電場での移動速度の差を利用して分離する方法のことをいう。本発明の方法は、例えば、ポリアクリルアミド電気泳動、アガロースゲル電気泳動、デンプンゲル電気泳動、ろ紙電気泳動、セルロースアセテート膜電気泳動、動電クロマトグラフィー、無担体(フリーフロー)電気泳動、キャピラリー電気泳動等の様々な電気泳動法を用いた分析方法に使用できる。中でも、本発明は、キャピラリー電気泳動、例えば、動電クロマトグラフィー、キャピラリーゾーン電気泳動、ミセル導電クロマトグラフィー、キャピラリーゲル電気泳動に適しており、好ましくは動電クロマトグラフィー、ミセル導電クロマトグラフィーに適しており、マイクロチップ化された電気泳動チップを用いたキャピラリー電気泳動に特に適している。
【0017】
本明細書において「移動度」とは、流路の両端に電圧を印加することによって流路内に生じる電場中で物質が移動する速度のことをいい、例えば、物質の電荷、大きさ及び形状、ならびに、流路内の環境(例えば、流路内の液体の成分、pH、電気浸透流など)等に応じて決定される。本明細書において「電気浸透流」とは、例えば、負の電荷を有している内壁を備える流路を用いてキャピラリー電気泳動等を行う際に、上記流路の内壁の負電荷に起因して生じる陽極から陰極に向かう流れのことをいう。
【0018】
本明細書において「イオン」とは、分離能に影響を及ぼしうる程度に泳動液及び/又は試料に含まれる、負の電荷を有する成分及び正の電荷を有する成分を含み、例えば、緩衝剤、酸性物質、弱電解質、塩基性物質、強電解質、タンバク質、その他の正又は負の電荷を有する成分等が挙げられる。
【0019】
本明細書において「試料及び泳動液における『泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度』及び『分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度』の少なくとも一方の濃度を略同じとする」とは、泳動液と試料とにおいて、移動度が略同じであるイオンのイオン濃度が略同じとすることを含み、例えば、試料と泳動液とにおいて対応する上記負の電荷を有する成分及び正の電荷を有する成分が略同じ濃度とすることが好ましい。また、試料及び/又は泳動液中に「電気泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」又は「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」が複数種類存在する場合、前者のイオン及び後者のイオンそれぞれにおいて少なくとも一種類のイオンの濃度が略同じであればよく、好ましくは前者のイオン及び後者のイオンそれぞれにおいて全ての種類のイオンが略同じ濃度である。
【0020】
略同じ濃度には、濃度が同一であるか又は分離能に実質的に影響を及ぼさない程度の差を有する場合が含まれる。分離能に実質的に影響を及ぼさない程度の濃度の差は、例えば、試料の分離に用いる長さ等に応じて適宜決定される。分離長(試料貯留槽の流路側の端部と分析部との距離)が10〜30mmである場合、泳動液に含まれるイオンと該泳動液のイオンに対応する試料中のイオンとの濃度の差が、例えば、−10mmol/Lを超え+10mmol/L未満である場合略同じ濃度であるとすることができ、好ましくは−5mmol/L〜+5mmol/L等である。また、同様に、分離長が10〜30mmである場合、泳動液に含まれるイオンと該泳動液のイオンに対応する試料中のイオンとの濃度の差が、例えば、−10重量%を超えて〜+10重量%未満である場合略同じ濃度であるとすることができ、好ましくは−5重量%〜+5重量%である。泳動液及び試料中のイオンの種類及び濃度は、例えば、誘導結合プラズマ原子発光分光法、イオンクロマトグラフィー、電量滴定法、電気伝導度計等を用いて測定できる。
【0021】
また、移動度が略同じイオンとしては、例えば、移動度が同一であるか又は分離能に実質的に影響を及ぼさない程度の移動度の差を有するイオンが挙げられる。分離能に実質的に影響を及ぼさない程度の移動度の差は、例えば、試料の分離に用いる長さ等に適宜決定される。例えば、分離長(試料貯留槽の流路側の端部と分析部との距離)が20〜30mmである場合、泳動液に含まれるイオンと該泳動液のイオンに対応する試料中のイオンとの移動度の差が、例えば、±5%であり、好ましくは±2%等である。
【0022】
泳動液及び/又は試料中のイオン(以下、「対象イオン」ともいう)が「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)であるかは、例えば、下記の方法により判断することができる。まず、対象イオンの濃度が異なる2種類の泳動液を準備し、それぞれをキャピラリー電気泳動装置の陽極側と陰極側とに充填する。陽極側と陰極側とをつなぐキャピラリー部には、対象イオンが陽イオンである場合は陰極側と同じ泳動液を充填し、対象イオンが陰イオンである場合は陽極側と同じ泳動液を充填する。この状態で陽極と陰極とに電圧を印加すると、対象イオンがキャピラリー部を移動し、キャピラリー部における該イオンの濃度が変動する。このイオン濃度の変動を、例えば、対象イオンに特異的な吸収や電流値の変動等を測定することによって検出する。これにより、対象イオンのキャピラリー部における移動度を測定することができ、得られた対象イオンの移動度と、分析対象物の移動度とを比較することによって、対象イオンが上記a)のイオンであるか否かを判断することができる。なお、移動度の測定に用いる泳動液を作成する際に、対象イオンの対となる対イオンを添加してもよい。添加する対イオンとしては、例えば、対象イオンの移動度よりも早いイオンが好ましく、例えば、Na、K及びCl等が挙げられる。
【0023】
また、対象イオンが「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)であるかは、対象イオンが陰イオンである場合、分析対象物が陽イオンであれば上記b)のイオンであると判断することができ、対象イオンが陽イオンである場合、分析対象物が陰イオンであれば、上記b)のイオンであると判断することができる。
【0024】
本明細書において「分析対象物」としては、例えば、タンパク質、生体内物質、血液中物質等が挙げられ、タンパク質の具体例としてはヘモグロビン、アルブミン、グロブリン等が挙げられる。ヘモグロビンとしては、糖化ヘモグロビン、変異ヘモグロビン、マイナーヘモグロビン、修飾ヘモグロビン等が挙げられ、より具体的には、ヘモグロビンA0(HbA0)、ヘモグロビンA1c(HbA1c)、ヘモグロビンA2(HbA2)、ヘモグロビンS(HbS、鎌状赤血球ヘモグロビン)、ヘモグロビンF(HbF、胎児ヘモグロビン)、ヘモグロビンM(HbM)、ヘモグロビンC(HbC)、メト化ヘモグロビン、カルバミル化ヘモグロビン、アセチル化ヘモグロビン等が挙げられる。HbA1cとしては、安定型HbA1c、不安定型HbA1cがある。生体内物質及び血中物質等の具体例としては、ビリルビン、ホルモン、代謝物質等が挙げられる。ホルモンとしては、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質剌激ホルモン、絨毛性ゴナドトロピン、インスリン、グルカゴン、副腎髄質ホルモン、エピネフリン、ノルエピネフリン、アンドロゲン、エストロゲン、プロゲステロン、アルドステロン、コルチゾール等が挙げられる。
【0025】
本明細書において「試料」としては、試料原料から調製したものをいう。試料原料としては、生体試料が挙げられ、上記分析対象物を含むものが好ましく、より好ましくはヘモグロビンを含む試料である。生体試料としては、血液、赤血球成分を含む血液由来物、唾液、髄液等が含まれる。血液としては、生体から採取された血液が挙げられ、好ましくは動物の血液、より好ましくは哺乳類の血液、さらに好ましくはヒトの血液である。赤血球成分を含む血液由来物としては、血液から分離又は調製されたものであって赤血球成分を含むものが挙げられ、例えば、血漿が除かれた血球画分や、血球濃縮物、血液又は血球の凍結乾燥物、全血を溶血処理した溶血試料、遠心分離血液、自然沈降血液、洗浄血球などを含む。
【0026】
電気泳動を用いた試料の分析において、分析の正確性や再現性を向上させることを目的として校正用物質(Calibration Material)を用いることがある。また、分析の正確性や再現性を管理又は維持することを目的として精度管理用物質(Control Material)を用いることがある。このため、本明細書における「試料」又は「試料原料」は、校正用物質や精度管理用物質を含みうる。なお、本明細書において「校正用物質」は、例えば、装置の校正等に用いられる標準物質を含み、「精度管理用物質」は、分析の正確性及び/又は再現性の管理又は維持に用いる試料を含み、例えば、管理血清、プール血清及び標準液等が挙げられる。
【0027】
[試料分析方法]
本発明の試料分析方法は、一態様において流路と前記流路に形成された試料貯留槽とを備える電気泳動装置を用いた電気泳動法による試料の分析方法であって、前記流路に泳動液が充填された前記電気泳動装置の前記試料貯留槽に試料を配置すること、及び、前記流路の両端に電圧を印加することにより電気泳動を行うことを含み、前記試料及び前記泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることを含む試料分析方法に関する。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【0028】
また、本発明の試料分析方法は、連続的にサンプリングを行いながら電気泳動を行う方法とも言うことができる。このため、本発明の試料分析方法は、その他の態様として、連続的にサンプリングを行いながら電気泳動により試料を分析する方法であって、試料及び泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることを含む試料分析方法に関する。本態様の試料分析方法において、フロンタル分析連続キャピラリー電気泳動が好ましい。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【0029】
本発明の試料分析方法において、分離能をより向上できる点から、試料及び泳動液における上記a)及びb)の濃度を略同じにすることが好ましい。試料及び泳動液における上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとする方法としては、例えば、泳動液に含まれるイオン成分と略同じ濃度となるように、泳動液と同一又は類似の成分を有する試料調製液を用いて試料原料を希釈(混合)して試料を調製する方法、泳動液と試料とに含まれるイオン成分の濃度が略同じとなるように泳動液及び試料をそれぞれ調製する方法等が挙げられる。またその他には、泳動液と希釈後の試料とにおいて上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなる試料調製液(試料希釈液)を準備すること、泳動液と上記a)及びb)の少なくとも一方に記載されたイオンの組成(成分比)が同じであってかつ、泳動液よりも上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が高い添加剤を準備すること、準備した添加剤を試料原料又は希釈後の試料に添加することによって泳動液と試料とにおいて上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を同じとすること等が挙げられる。なお、本明細書において「試料調製液(試料希釈液)」とは、試料原料と混合して試料を調製するために用いるものであって、例えば、試料原料を希釈するためのものを含む。
【0030】
このため、本発明の試料分析方法は、さらに、試料を調製する工程を含んでいてもよい。試料調製工程は、泳動液中のイオン成分と略同じ濃度となるように、泳動液と同一又は類似のイオン成分を有する試料調製液を用いて試料原料を希釈して試料を調製することを含むことが好ましく、また、その他に、上記試料調製液(試料希釈液)を調製すること、上記添加剤を調製することを含んでいてもよい。なお、希釈に用いる試料調製液における上記イオン成分の濃度は、試料原料を希釈することを鑑み、泳動液の濃度よりも高くしておくことが好ましい。また、本発明の試料分析方法は、さらに、泳動液を調製する工程を含んでいてもよく、さらに、調製した泳動液を流路に充填する工程を含んでいてもよい。
【0031】
本発明の試料分析方法において、試料及び泳動液において上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることにより、電気泳動中における流路内の試料の周囲にあるイオンが、試料貯留槽に配置された試料と略同じ状態となることを含むことが好ましい。本願明細書において「試料の周囲」とは、試料の電荷に影響を及ぼして電荷を変えうる範囲のことを含み、好ましくは試料中の分析対象物の電荷に影響を及ぼし得る範囲のことを含む。
【0032】
本発明の試料分析方法において、分離能をさらに向上させる点から、流路がイオン性の擬似固定相を含むことが好ましい。本明細書において「イオン性の擬似固定相」とは、試料中の分析対象物と結合して複合体を形成しうるものをいう。イオン性の擬似固定相は、泳動液中に含有させて流路に導入してもよいし、試料に含有させて流路に導入してもよく、また、泳動液及び試料とは別に流路に導入してもよいが、分離能を向上する点から、泳動液及び試料の双方に添加することが好ましい。
【0033】
イオン性の擬似固定相としては、ヘモグロビンのように正の電荷を有する分析対象物の分析を行う場合は、例えば、硫酸化多糖類、カルボン酸化多糖類、スルホン酸化多糖類、リン酸化多糖類等の陰極性基を有する多糖類が使用でき、中でも、硫酸化多糖類及びカルボン酸化多糖類が好ましく、より好ましくは硫酸化多糖類である。硫酸化多糖類としては、例えば、コンドロイチン硫酸、へパリン、へパラン、フコイダン、又はその塩等が挙げられ、中でもコンドロイチン硫酸又はその塩が好ましい。コンドロイチン硫酸としては、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸D、コンドロイチン硫酸E等が挙げられる。カルボン酸化多糖類としては、アルギン酸、ヒアルロン酸又はその塩等が挙げられる。塩である場合、対イオンとしては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アミン化合物、有機塩基等のイオンが挙げられる。カルボン酸化多糖類の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩、トリス塩、アルギニン塩、リジン塩、ヒスチジン塩等がある。
【0034】
本発明の試料分析方法は、電気泳動による分離を光学的手法により検出する工程を含んでいてもよい。光学的手法による検出としては、例えば、吸光度の測定が挙げられる。吸光度の波長は、試料、分析対象物の種類に応じて適宜決定できる。
【0035】
本発明の試料分析方法は、光学的手法により得られたエレクトロフェログラムを解析する工程を含んでいてもよい。連続的にサンプリングしながら分離(電気泳動)を行う場合、得られるエレクトロフェログラムからは試料中の分析対象物を個別に分析することは因難であるが、解析処理を行うことにより、試料中の分析対象物を個別に分離・分析できる。解析工程は、エレクトロフェログラムを演算処理することにより、移動度(分離時間)に応じて分離したエレクトロフェログラムを得ることを含んでいてもよく、処理後のエレクトロフェログラムにおける各ピークの高さ及び/又はピークの面積に基き、試料中の分析対象物の成分比を求めることを含んでいてもよい。演算処理としては、例えば、微分処理、差分処理が挙げられる。
【0036】
本発明の試料分析方法において、流路は、キャピラリーであることが好ましい。これによってキャピラリー電気泳動を行うことができる。本明細書において「キャピラリー」とは、内径が100μm以下である管のことをいう。管の断面形状は、円でも、矩形でもよい。また、キャピラリーの長さは、特に制限されないが、本発明の試料分析方法は、分離長が短い場合であっても十分な分離能が得られることから、例えば、10〜150mmであり、好ましくは20〜60mmである。
【0037】
本発明の試料分析方法は、分離長が短い場合であっても十分な分離能が得られることから、電気泳動装置は、マイクロチップ化した電気泳動チップであることが好ましい。電気泳動チップの大きさは、例えば、長さ10〜200mm、幅10〜60mm、厚み0.3〜5mmであり、好ましくは長さ30〜70mm、幅10〜60mm、厚み0.3〜5mmである。電気泳動チップとしては、後述のものが使用できる。
【0038】
本発明の試料分析方法において、フロンタルアナリシスに十分な量の試料が流路に供給された後、試料に替えて泳動液及び/又は洗浄液を流路に導入してもよい。この場合、泳動液は、流路に充填されていた泳動液と同じであることが好ましい。
【0039】
本発明の試料分析方法は、試料又は試料原料として校正用物質又は精度管理用物質を使用してもよい。本態様において、本発明の試料分析方法は、校正用物質及び/又は精度管理用物質を試料原料として、試料を調製する工程を含むことが好ましい。試料調製工程は、例えば、校正用物質及び/又は精度管理用物質に含まれるイオンを確認する工程、校正用物質及び/又は精度管理用物質に含まれるイオンと分析対象となる生体試料(以下、「分析対象試料」という)に含まれるイオンとを対比する工程、校正用物質及び/又は精度管理用物質における上記「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)や「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)又はその他のイオンの有無及び/又はそれらの濃度に応じて、分析対象試料又はその試料原料のイオン濃度と略同じとなるように校正用物質及び/又は精度管理用物質又は調製後の試料のイオン濃度を調整する工程を含んでいてもよい。これによって、校正用物質及び精度管理用物質を、分析対象試料とほぼ同じ条件で電気泳動させることが可能となり、例えば、装置の校正精度の向上や、十分な精度管理を行うことができる。なお、その他のイオンとしては、例えば、泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が大きなイオン等が挙げられる。
【0040】
本態様は、一般的な校正用物質及び/又は精度管理用物質は、生体試料とイオン濃度が異なる場合があること、そのような物質を用いた校正及び精度管理では十分な精度が得られていないという問題を見出し、校正用物質又は精度管理用物質のイオンの状態を生体試料と略同じとすることにより、例えば、装置の校正精度の向上や、十分な精度管理を行うことができるとの知見に基づく。
【0041】
上記の血清や血漿等といった生体試料は、通常、様々なイオンが含まれている。そのイオンには、例えば、「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)や分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)を含みうる。例えば、血清や血漿には、ナトリウムイオンが約140mmol/L、カリウムイオンが約4mmol/L、塩素イオンが約100mmol/L含まれており、赤血球には、ナトリウムイオンが約100mmol/L、カリウムイオンが約50mmol/L、塩素イオンが約100mmol/L含まれている。
【0042】
一方、校正用物質及び精度管理用物質は、分析対象物を安定に保存できる条件にして供給するために、通常、分析対象物を安定化するための添加物等が添加されている。分析対象物がヘモグロビンやアルブミンの場合、これらの安定化のために、例えば、緩衝液、塩類やスクロース等の添加物が添加されている(ヘモグロビン:特開平6-308120、特許3686482、特許4061365、特開2004-125560、アルブミン:特許4183116、WO2001-094618)。これらの添加物は、分析対象物の安定化を目的としているため、これらに起因するイオンやそれらのイオンが電気泳動時に与える影響などはほとんど考慮されていない。このため、校正用物質及び精度管理用物質と分析対象試料とを比較した場合、校正用物質及び精度管理用物質における上記a)イオン及び/又は上記b)のイオンの濃度が、分析対象試料よりも低濃度である場合や高濃度である場合がある。また、通常、生体試料に含まれているイオン成分が、製造過程において透析等によって除去されて、校正用物質及び精度管理用物質に上記のイオンがほとんど含まれていない場合がある。
【0043】
本発明者らは、このような校正用物質及び精度管理用物質を使用して電気泳動による分析を行った場合、得られた結果が、実際の分析を行う分析対象試料(例えば、生体試料由来の試料等)の分析結果と異なり、校正用物質及び精度管理用物質の目的を十分達成できない場合があることを見いだした。
【0044】
さらに、上記の通り、校正用物質及び精度管理用物質と分析対象試料とでは、上記a)のイオン、上記b)のイオン及びその他のイオン等のイオン濃度が異なる場合が多く、この濃度の違いに起因して分離精度等の分析精度や、測定時間等が変動するという問題が生じることを見いだした。例えば、校正用物質及び精度管理用物質が、分析対象試料と比べてイオン濃度が低濃度かほとんどイオンを含んでいない場合、生体試料と比較して試料由来のイオン濃度が低濃度となり、それに起因して電流が流れにくくなり、その結果、電気泳動の速度が遅くなり、測定に多大な時間を要する。一方、校正用物質及び精度管理用物質が、分析対象試料と比べてイオン濃度が高濃度である場合、生体試料と比較して電流が流れやすくなり、その結果、電気泳動の速度が早くなり、十分な分離精度が得られない。
【0045】
本態様の方法では、上記の試料調製工程を含むことから、例えば、校正用物質又は精度管理用物質の測定においても分離精度を向上でき、装置の校正精度の向上や、十分な精度管理を行うことができる。
【0046】
試料調製工程において、イオンの状態を略同じとするとは、分析対象試料が上記a)のイオン及び/又は上記b)のイオンを含む場合、調製後の試料におけるイオン濃度が分析対象試料と略同じとなるように校正用物質又は精度管理用物質を試料原料として試料を調製することを含み、分析対象試料が上記a)のイオン、上記b)のイオン及びその他のイオンを含む場合、調製後の試料における上記a)のイオン、上記b)のイオン及びその他のイオンのイオン濃度を分析対象試料と略同じとなるように校正用物質又は精度管理用物質を試料原料として試料を調製することを含む。略同じにする方法としては、例えば、校正用物質及び/又は精度管理用物質の製造時に安定性を損なわないようなイオンを添加する場合は、その濃度を生体試料と同程度の濃度となるように添加する方法や、校正用物質及び/又は精度管理用物質を溶解して使用する場合はその溶解液を用いて生体試料と同程度の濃度となるようにしたり、生体試料のイオン濃度と同程度である泳動液を用いて溶解する方法等が挙げられる。
【0047】
上記の校正用物質及び/又は精度管理用物質を試料原料とする試料調製工程により、例えば、校正用物質又は精度管理用物質の測定においても分離精度を向上でき、装置の校正精度の向上や、十分な精度管理を行うことができる。このため、本発明は、さらにその他の態様として、該試料調製工程を含む、校正用物質を用いた校正方法及び精度管理用物質を用いた精度管理方法に関する。
【0048】
[分析対象物の測定方法]
本発明は、さらにその他の態様として、試料中の分析対象物の測定方法であって、本発明の試料分析方法を用いて試料中の分析対象物を測定することを含む方法に関する。試料及び分析対象物が上記のとおりである。分析対象物としては、ヘモグロビンが好ましく、より好ましくはHbA1cであり、さらに好ましくは糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cである。また、本発明の測定方法は、糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cとその他のヘモグロビン成分とを測定することが好ましい。したがって、本発明は、さらにその他の態様として、本発明の試料分析方法を用いてHbA1cを測定することを含むHbA1cの測定方法に関し、糖尿病の診断を行う観点から、本発明の試料分析方法を用いて安定型HbA1cをその他のヘモグロビン成分と分離して測定することが好ましい。
【0049】
[測定用キット]
本発明は、さらにその他の態様として、泳動液、試料を調製するための試料調製液、並びに、泳動液及び調製後の試料における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなるように、前記試料調製液を用いて試料を調製することが記載された説明書を含む測定用キットに関する。なお、本発明の測定キットは、説明書が本発明の測定キットの同梱されることなくウェブ上で提供される場合も含みうる。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【0050】
本発明の測定用キットにおいて、泳動液及び試料調製液は上述のとおりである。また、本発明の測定用キットは、さらに、電気泳動チップを含むことが好ましい。電気泳動チップは、試料貯留槽、泳動液貯留槽及び流路を含み、試料貯留槽と泳動液貯留槽とが流路により連通している電気泳動チップであることが好ましい。また、電気泳動チップの流路には、上記泳動液が充填されていてもよい。電気泳動チップとしては、例えば、国際公開第2008/136465号に記載の電気泳動チップや、後述する図1に示す電気泳動チップ等が挙げられる。
【0051】
本発明の測定用キットは、上記試料調製液に替えて、又は、それとともに、泳動液と上記a)及びb)の少なくとも一方に記載されたイオンの組成(成分比)が同じであって、かつ、泳動液よりも上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が高い添加剤を含んでいてもよい。
【0052】
本発明の測定用キットは、例えば、校正用物質及び精度管理用物質を含んでいてもよい。本態様の測定用キットは、キットに含まれる校正物質及び/又は精度管理用物質を試料原料として試料を調製する方法が記載された説明書を含むことが好ましく、より好ましくは校正用物質及び/又は精度管理用物質における上記「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)や「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)又はその他のイオン濃度と分析対象試料のイオン濃度と略同じとなるように調製することが記載された説明書を含むことが好ましい。また、校正用物質及び精度管理用物質は、後述する校正用物質及び/又は精度管理用物質であってもよい。
【0053】
本発明の測定用キットは、例えば、市販の校正物質及び/又は精度管理用物質を試料原料として試料を調製する方法が記載された説明書を含んでいてもよい。これにより、キットに校正用物質及び/又は精度管理用物質が含まれていない場合や、キットに含まれている校正用物質及び/又は精度管理用物質以外の校正用物質及び/又は精度管理用物質を使用する場合であっても、校正物質及び精度管理用物質由来の試料を生体試料のイオン濃度を略同じとすることができ、装置の校正精度の向上や、十分な精度管理を容易に行うことができる。説明書には、例えば、各種の校正物質及び/又は精度管理用物質の製品についての調製方法が記載されていることが好ましく、例えば、ある製品に対しては、精製水で溶解すること、別の製品に対しては生理食塩水(0.9%の食塩水)で溶解すること、さらに別の製品に対しては泳動液で溶解すること等の方法が記載されていればよい。また、校正用物質及び精度管理用物質が液系である場合、例えば、精製水、生理食塩水及び泳動液等の液で希釈することによって調製することが記載されていてもよく、また、校正用物質及び精度管理用物質が凍結乾燥品等のドライ系である場合、上記液等によって溶解することによって調製することが記載されていてもよい。さらには希釈倍率、液量等が記載されていることによって、より適切な調製が可能となり、校正精度及び/又は精度管理の向上が可能となる。
【0054】
[試料の調製方法]
本発明は、さらにその他の態様として、電気泳動法を用いた分析方法により分析を行う試料の調製方法であって、電気泳動に用いる泳動液及び調製する試料における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなるように試料を調製することを含む試料の調製方法に関する。本発明の試料調製方法によれば、本発明の試料分析方法をより簡便に行うことができる。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【0055】
上記試料の調製としては、例えば、泳動液中のイオン成分と略同じ濃度となるように泳動液と同一又は類似の成分を有する試料調製液を用いて試料原料を希釈して試料を調製すること、泳動液と試料とにおいてイオン成分と略同じ濃度となるように泳動液及び試料をそれぞれ調製すること等が挙げられる。またその他には、泳動液と希釈後の試料とにおいて上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなる試料調製液(試料希釈液)を準備すること、泳動液と上記a)及びb)の少なくとも一方に記載されたイオンの組成(成分比)が同じであって、かつ、泳動液よりも上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が高い添加剤を準備すること、準備した添加剤を試料原料又は希釈後の試料に添加することによって泳動液と試料とにおいて上記a)及びb)の少なくとも一一方の濃度を同じとすること等を含みうる。
【0056】
本発明の試料分析方法、分析対象物の測定方法、測定用キット及び試料の調製方法は、糖尿病等の診断、治療や経過観察を目的とする用途に用いることができるが、それに限られることなく、例えば、単なる化学分析や、変異ヘモグロビンなどの遺伝子多型の検出、酵素のアイソザイムの比率の確認、食品、飲料、調味料、洗剤、化粧品又は医薬品などの成分の分析、粘着剤(例えば、粘着テープなど)、塗料及びインクなどの抽出物又は溶解物の分析といった診断を目的としない用途にも用いることができる。
【0057】
[校正用物質・精度管理用物質]
本発明は、さらにその他の態様として、校正用物質、及び校正用物質を含むキットに関する。本発明の校正用物質は、分析対象物を含み、さらに分析対象物が含まれる生体試料に含まれ得るイオン成分を該生体試料中の濃度と略同じイオン濃度で含む校正用物質に関する。本発明の校正用物質によれば、例えば、装置の校正精度を向上させることができる。また、本発明の校正用物質を含むキットは、校正用物質と、キットに含まれる校正用物質を試料原料とする試料の調製方法が記載された説明書を含む。校正用物質は、本発明の校正用物質であってもよく、市販の校正用物質であってもよい。市販の校正用物質を含む場合、本態様のキットは、校正用物質における上記「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)や「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)又はその他のイオン濃度と分析対象試料のイオン濃度と略同じとなるように調製することが記載された説明書を含むことが好ましい。
【0058】
本発明は、さらにその他の態様として、精度管理用物質、及び精度管理用物質を含むキットに関する。本発明の精度管理用物質は、分析対象物を含み、さらに分析対象物が含まれる生体試料に含まれ得るイオン成分を該生体試料中の濃度と略同じイオン濃度で含む精度管理用物質に関する。本発明の精度管理用物質によれば、例えば、装置の校正精度を向上させることができる。また、本発明の精度管理用物質を含むキットは、精度管理用物質と、キットに含まれる精度管理用物質を試料原料とする試料の調製方法が記載された説明書を含む。精度管理用物質は、本発明の精度管理用物質であってもよく、市販の精度管理用物質であってもよい。市販の精度管理用物質を含む場合、本態様のキットは、精度管理用物質における上記「泳動により分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオン」(上記a)のイオン)や「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)又はその他のイオン濃度と分析対象試料のイオン濃度と略同じとなるように調製することが記載された説明書を含むことが好ましい。
【0059】
本発明の校正用物質及び精度管理用物質は、分析対象物が含まれる生体試料に含まれ得るイオン成分を該生体試料中の濃度と略同じイオン濃度となるように添加又は調製する工程を含む以外は、一般的な校正用物質又は精度管理用物質の製造方法と同様に行うことができる。
【0060】
本発明の校正用物質及び精度管理用物質、並びにこれらを含むキットは、本発明の試料分析方法、及び分析対象物の測定方法のみに適用されるものではなく、その他の電気泳動を用いた測定や、電気泳動以外の測定原理を用いた測定に使用する校正用物質及び精度管理用物質としても適用することができる。その他の電気泳動を用いた測定や、電気泳動以外の測定原理を用いた測定に使用する場合であっても同様に、上述する試料の調製方法を行えばよい。なお、本発明の校正用物質及び精度管理用物質は、例えば、溶血試料等の上記生体試料をそのまま凍結乾燥させたものや希釈したものは含まない。
【0061】
以下、本発明の試料分析方法について例をあげて説明する。但し、以下の説明は一例に過ぎず、本発明はこれに限定されないことはいうまでもない。
【0062】
(実施の形態1)
本実施の形態は、図1に示すマイクロチップ化されたキャピラリー電気泳動チップを用い、試料原料が全血であり、分析対象物がヘモグロビンである場合を例にとり説明する。
【0063】
図1は、本発明の試料分析方法に使用する電気泳動チップの構成の一例を示す概念図である。図1に示す電気泳動チップは、流路3、試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bを有し、試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bは流路3の両端にそれぞれ形成されている。
【0064】
電気泳動チップ全体の大きさは、例えば、長さ10〜200mm、幅10〜60mm、厚み0.3〜5mmであり、好ましくは長さ30〜70mm、幅10〜60mm、厚み0.3〜5mmである。
【0065】
流路3の長さは、電気泳動チップの長さに応じて適宜決定されるが、例えば、50〜150mmであり、好ましくは50〜60mmである。また、流路3の内径は、例えば、200μm以下であり、好ましくは10〜200μm、より好ましくは25〜100μmである。流路3の形状は、特に制限されず、円であってもよく、矩形であってもよい。
【0066】
流路3の材質は、ガラス、溶融シリカ、プラスチック等が挙げられる。プラスチック製としては、例えば、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等が挙げられる。流路3の内壁は、例えば、シリル化剤等で被覆されていてもよい。シリル化剤等による流路3の内壁の被覆は、例えば、国際公開2008/029685号、国際公開2008/13465号、特開2009−186445号公報に記載された方法等と同様に行うことができる。また、流路3は、市販のキャピラリーであってもよい。
【0067】
試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bの容積は、流路の内径及び長さ等に応じて適宜決定されるが、例えば、それぞれ、1〜1000mm3の範囲であり、好ましくは50〜100mm3の範囲である。試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bは、流路3の両端に電圧を印加するための電極をそれぞれ備えていてもよい。
【0068】
流路3、試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bは、試料及び泳動液の蒸発を抑制し、濃度変化を低減する点から、上面がシール材等により覆われていることが好ましい。
【0069】
つぎに、図1に示す電気泳動チップを用いた試料の分析方法の一例について説明する。
【0070】
まず、電気泳動チップの流路3に泳動液を充填する。
【0071】
流路3への泳動液の充填は、例えば、圧力または毛細管現象により行うことができる。また、流路3に泳動液が充填された電気泳動チップを用いてもよい。
【0072】
泳動液としては、例えば、有機酸、緩衝液、アミノ酸類等が使用でき、好ましくは有機酸である。有機酸としては、マレイン酸、酒石酸、コハク酸、フマル酸、フタル酸、マロン酸、リンゴ酸等が挙げられる。緩衝液としては、例えば、MES、ADA、ACES、BES、MOPS、TES、HEPES、TRICINE等が挙げられる。アミノ酸類としては、グリシン、アラニン、ロイシン等が挙げられる。泳動液は、有機酸及び/又は緩衝液に加えて、弱塩基や1,4−ジアミノブタンを含んでいてもよい。弱塩基としては、例えば、アルギニン、リジン、ヒスチジン、トリス等が挙げられる。泳動液のpHは、例えば、pH4.5〜6である。また、本実施の形態のように、分析対象物がヘモグロビンである場合、泳動液は、コンドロイチン硫酸やその塩といった硫酸化多糖類等のイオン性の擬似固定相を含むことが好ましい。これにより、ヘモグロビンのβ鎖N末端のアミノ基に硫酸化多糖類が結合して複合体を形成し、分離精度をより向上できる。
【0073】
つぎに、流路3に泳動液が充填された上記電気泳動チップの試料貯留槽2aに試料を配置する。
【0074】
試料貯留槽2aに配置する試料は、試料原料である全血を上述の試料調製液等により希釈することにより調製できる。この試料の調製において、泳動液と試料とにおける、「電気泳動により分析対象物であるヘモグロビンと同じ方向に移動され、かつ、分析対象物であるヘモグロビンの移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度」及び「分析対象物であるヘモグロビンとは逆の方向に移動するイオンの濃度」の少なくとも一方を略同じとすることが好ましい。例えば、泳動液が、イオン成分として、コンドロイチン硫酸、ナトリウム、酒石酸、アルギニンを含む場合、分析対象物であるヘモグロビンはコンドロイチン硫酸と複合体を形成し、陰性の状態となることから、負の電荷を有するコンドロイチン硫酸及び酒石酸のイオン(すなわち、分析対象物とは逆の方向に移動するイオン)の濃度を略同じするとすることが好ましい。
【0075】
上記イオンの濃度を略同じにするとは、上述した通り、分離長(試料貯留槽の流路側の端部と分析部との距離)が10〜30mmである場合、泳動液に含まれるイオンと該泳動液のイオンに対応する試料中のイオンとの濃度の差が、例えば、−10mmol/Lを超え+10mmol/L未満である場合略同じ濃度であるとすることができ、好ましくは−5mmol/L〜+5mmol/L等である。血清、血漿又は赤血球を試料原料とする場合、これらには、例えば、Na、K及びCl等が存在し、分析対象物がヘモグロビンである場合、Clは「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)となる。血清、血漿及び赤血球中におけるCl(分子量:35.5)の濃度は通常100mmol/L=3.55g/L程度であり、これを10希釈して試料を調製した場合、試料中には0.355g/L程度の濃度のClが含まれることとなる。このため、泳動液と試料とにおけるClのイオン濃度の差が上記範囲となるように、泳動液及び試料におけるCl以外の上記b)のイオンの濃度を設定してもよい。泳動液及び試料が酒石酸(分子量:150)を含む場合、酒石酸はb)のイオンとなることから、泳動液及び試料中における酒石酸の濃度を、例えば、3.55g/L=24mmol/L以上、好ましくは7.1g/L=48mmol/L以上とすることにより、泳動液に含まれるイオンと該泳動液のイオンに対応する試料中のイオンとの濃度の差を上記範囲とすることができる。なお、試料には、例えば、リン酸イオンや硫酸イオン等のイオンが含まれうるが、これらの濃度は約1mmol/Lである。このため、これらのイオンについては上記の好ましい範囲(−5mmol/L〜+5mmol/L)に含まれうる。
【0076】
試料原料の希釈率は、例えば、1.2〜100倍であり、好ましくは2〜30倍、より好ましくは3〜15倍である。また、試料原料中に分離能に影響を及ぼし得る程度にイオン成分が含まれている場合、試料原料の希釈率は、例えば、2〜1000倍であり、好ましくは5〜300倍、より好ましくは10〜200倍である。
【0077】
また、試料及び泳動液のpHは略同じであることが好ましい。このため、試料及び/又は泳動液にpH緩衝物質を添加してpHを調整してもよい。pH緩衝物質としては、特に制限されずいずれのイオンも使用でき、中でも、より安定なイオン状態で電気泳動を行うことができる点から、そのpKaがpH調整後の試料及び泳動液のpHの±1.0以内に含まれるイオンが好ましく、±0.7以内に含まれるイオンがより好ましい。pH緩衝物質の濃度としては、全てのイオンの場合、例えば、10〜3000mmol/Lであり、好ましくは50〜1500mmol/L、より好ましくは100〜800mmol/Lである。pKaが調整後の試料及び泳動液のpHに含まれるイオンの場合、例えば、5〜2000mmol/Lであり、好ましくは20〜1000mmol/L、より好ましくは50〜600mmol/L、さらに好ましくは100〜400mmol/Lである。
【0078】
ついで、流路3の両端、すなわち、試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bとの間に電圧を印加する。これにより、試料貯留槽2aから流路3への試料の導入及び流路3において分離が行われ、ヘモグロビンを含む試料が試料貯留槽2aから泳動液貯留槽2bに向かって移動する。
【0079】
流路3の両端に印加する電圧は、例えば、0.5〜10kVであり、好ましくは0.5〜5kVである。
【0080】
そして、所定の位置において測定を行う。測定は、例えば、吸光度測定等の光学的手法により行うことができる。分析対象物がヘモグロビンの場合は、例えば、波長415nmの吸光度の測定を行うことが好ましい。
【0081】
測定を行う位置、すなわち、分離に要する長さ(図1におけるy)は、流路3の長さ等に適宜決定できる。例えば、流路3の長さが50〜150mmである場合、流路3の試料貯留槽2a側の端部からの5〜140mmの位置で行うことが好ましく、より好ましくは10〜100mm、さらに好ましくは15〜50mmである。
【0082】
上述のように分析を行うことによって、ヘモグロビンの測定を行うことができ、好ましくはHbA1cとその他のヘモグロ分成分、さらに好ましくは糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cとその他のヘモグロビン成分とを分離して測定することができる。その他のヘモグロビン成分としては、不安定型HbA1c、HbS、HbF、HbA2、HbC等が挙げられる。さらに、得られたエレクトロフェログラムを解析することにより、例えば、HbA1cの比率(%HbA1c)やHbA1cの量を測定することができる。このため、本発明の分析方法は、糖尿病の予防、診断及び治療等の用途に利用することができる。
【0083】
なお、上記実施の形態では、試料原料として全血を溶血処理した溶血試料を使用し、それを試料調製液で希釈した試料を用いた場合を例にとり説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。試料は、例えば、生体から採取したままの試料原料(例えば、溶血した血液)そのものであってもよいし、試料原料を溶媒(試料調製液)で希釈した試料であってもよい。試料原料は、例えば、血液を含む血液試料でもよいし、ヘモグロビンを含有する市販品を含む試料であってもよい。血液試料としては、特に制限されず、例えば、全血等の血球含有物を溶血処理した溶血試料等があげられる。前記溶血処理は、特に制限されず、例えば、超音波処理、凍結解凍処理、加圧処理、浸透圧処理、界面活性剤処理等があげられる。前記浸透圧処理は、特に制限されないが、全血等の血球含有物を低張液等で処理してもよい。前記低張液としては、特に制限されないが、例えば、水、緩衝液等があげられる。前記緩衝液は、特に制限されないが、例えば、前述の緩衝剤、添加剤等を含んでもよい。前記界面活性剤処理としては、特に限定されないが、例えば、非イオン性界面活性剤等があげられる。前記非イオン性界面活性剤としては、特に制限されないが、例えば、ポリオキシエチレンイソオクチルフェニルエーテル(商品名「Triton(登録商標)X−100」)等があげられる。
【0084】
以下に、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例】
【0085】
[マイクロチップ]
図1に示す構造を有する電気泳動チップ(ポリメタクリレート製、長さ:70mm、幅30mm)を用いた。電気泳動チップは、矩形の流路3を有し、流路3の両端にはそれぞれ試料貯留槽2a(容積:0.05mL)と、泳動液貯留槽2b(容積:0.05mL)とが形成されている。流路3の長さ(図1中のx)は40mmとし、流路3の幅及び深さはそれぞれ40μmとした(流路の内径:40μm)。また、試料貯留槽2aの中心と泳動液貯留槽2bの中心との距離は46mmとした。
【0086】
(実施例1)
実施例1は、分析対象物が安定型HbA1cである例を示す。
【0087】
[泳動液]
泳動液は、1.0重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1mM NaN3及び0.01%Triton(登録商標)X−100を含有する100mmol/L L−酒石酸溶液を、L−アルギニンでpH4.8に調整したものを用いた。
【0088】
[試料]
1.11重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1.1mM NaN3及び0.011%Triton(登録商標)X−100を含有する111mmol/L L−酒石酸溶液をL−アルギニンでpH4.8に調整したものを、試料調製液として準備した。試料原料は、ヘモグロビン濃度140g/Lのヘモグロビン溶液を準備した。なお、該ヘモグロビン溶液は、添加剤としてスクロースを含むが上記a)のイオン及びb)のイオンや上述するその他のイオンを含まない。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。すなわち、コンドロイチン硫酸Cナトリウムの濃度が1.0重量%、L−酒石酸の濃度が100mmol/Lとなるように試料を調製した。泳動液及び試料におけるコンドロイチン硫酸、酒石酸及びアルギニンのイオン濃度を下記表1に示す。なお、コンドロイチン硫酸及び酒石酸は「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。また、試料原料には、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を含むヘモグロビン溶液(HbS及びHbFが含まれていないヘモグロビン溶液)を使用した。
【0089】
[電気泳動]
電気泳動チップの泳動液貯留槽2bに泳動液を導入し、毛細管作用により、流路3に泳動液を充填した。ついで、試料貯留槽2aに試料を導入した。試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bのそれぞれに電極を挿入し、挿入した電極に1400Vの電圧を印加して電気泳動を行った。試料貯留槽2a側の流路3の端部から20mm(図1中のy)の位置で、415nmにおける吸光度を測定した。得られたエレクトロフェログラムの一例を図2に示す。
【0090】
(比較例1)
比較例1では、泳動液(1.0重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1mM NaN3及び0.01%Triton(登録商標)X−100を含有する100mmol/L L−酒石酸溶液をL−アルギニンでpH4.8に調整したもの)を試料調製液として用いた以外は、実施例1と同様に測定を行った。泳動液及び試料におけるコンドロイチン硫酸、酒石酸及びアルギニンのイオン濃度を下記表1に示す。得られたエレクトロフェログラムの一例を図3に示す。
【0091】
【表1】

【0092】
図2及び3において、細線が実際に得られたエレクトロフェログラム、太線がエレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示し、X軸が泳動時間(秒)、Y軸(左側)が実測の吸光度(mAbs)、Y軸(右側)が実測の吸光度を処理して得られた単位時間あたりの吸光度(mAbs/sec)を示す。また、図2及び3において、不安定型HbA1c、安定型HbA1c、HbA0は、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0のピークをそれぞれ示す。なお、エレクトロフェログラムから吸光度の変化を示すグラフへの変換処理は、マイクロソフト社のExcelを用いて行った。
【0093】
図2に示すように、実施例1の本発明の方法によれば、HbA1cとHbA0を明確に分離することができるとともに、HbA1cを不安定型HbA1cと安定型HbA1cとに明確に分離することができた。また、図2及び3に示すように、実施例1のエレクトロフェログラムは比較例1のエレクトロフェログラムと比べて各ピークが鋭い(ピーク幅が狭い)ことから、実施例1の本発明の方法は比較例1の方法と比べて分離能が明らかに向上していることが確認できた。
【0094】
さらに、比較例1の方法は不安定型HbA1cのピークが現れるまでに泳動開始から30秒以上、HbA0のピークが現れるまでに50秒以上要したのに対し、実施例1の本発明の方法によれば、不安定型HbA1c及び安定型HbA1cは泳動開始から30秒以内、HbA0は泳動開始から40秒以内に各ピークが現れた。つまり、実施例1の本発明の方法によれば、約40秒の電気泳動時間で不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を分離できた。したがって、実施例1の本発明の方法によれば、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を短時間で精度よく分離できた。
【0095】
(実施例2)
実施例2は、分析対象物が安定型HbA1cである例を示し、試料原料として、安定型HbA1c、HbA0、HbS及びHbFを含むヘモグロビン濃度100g/Lのヘモグロビン溶液を用いた以外は、実施例1と同様に測定を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図4に示す。なお、使用したヘモグロビン溶液は、添加剤としてスクロースを含むが上記a)のイオン及びb)のイオンや上述するその他のイオンを含まず、実施例2における泳動液及び試料中のコンドロイチン硫酸、酒石酸及びアルギニンのイオン濃度は、上記実施例1と同じである。
【0096】
(比較例2)
比較例2では、泳動液(1.0重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1mM NaN3及び0.01%Triton(登録商標)X−100を含有する100mmol/L L−酒石酸溶液をL−アルギニンでpH4.8に調整したもの)を試料調製液として用いた以外は、実施例2と同様に測定を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図5に示す。なお、比較例2における泳動液及び試料中のコンドロイチン硫酸、酒石酸及びアルギニンのイオン濃度は、上記比較例1と同じである。
【0097】
図4及び5において、細線が実際に得られたエレクトロフェログラム、太線がエレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示す。また、図4及び5において、HbF、安定型HbA1c、HbA0及びHbSは、各ヘモグロビンのピークをそれぞれ示す。図4に示すように、実施例2の方法によれば、HbF、安定型HbA1c、HbA0及びHbSを分離することができた。また、図4及び5に示すように、実施例2のエレクトロフェログラムは、比較例2のエレクトロフェログラムと比べて各ピークが鋭く明確に現れている。このため、実施例2の本発明の方法は、比較例2の方法に比べて分離能が明らかに向上していることが確認できた。
【0098】
さらに、図4及び5に示すように、実施例2の方法によれば、分離に要する時間が短時間であった。具体的には、泳動開始から、HbA0まで40秒、HbSまで45秒で検出することができた。つまり、実施例2の本発明の方法によれば、約45秒の電気泳動時間でHbF、安定型HbA1c、HbA0及びHbSを分離できた。したがって、実施例2の本発明の方法によれば、HbF、安定型HbA1c、HbA0及びHbSを短時間で精度よく分離できた。
【0099】
(実施例3)
試料原料として健常人血を用いた以外は、実施例1と同様に測定を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図6に示す。なお、実施例3における泳動液及び試料中のコンドロイチン硫酸、酒石酸、アルギニンのイオン濃度は、上記実施例1と同じである。
【0100】
図6において、細線が実際に得られたエレクトロフェログラム、太線がエレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示す。また、図6において、不安定型HbA1c、安定型HbA1c、HbA0は、各ヘモグロビンのピークをそれぞれ示す。図6に示すように、実施例3の方法によれば、健常人血を溶血処理した溶血試料中の不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を分離することができた。さらに、図6に示すように、実施例3の方法によれば短時間で分離を行うことができた。
【0101】
(実施例4)
実施例4は、全血中に含まれるClイオンを泳動液に添加することにより、泳動液と試料とにおけるコンドロイチン硫酸、酒石酸及びClのイオン濃度を略同じにして電気泳動を行った例である。実施例4は、下記泳動液を用いた以外は、実施例3と同様に測定を行った。なお、コンドロイチン硫酸、酒石酸及びClは、「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。
【0102】
[泳動液]
泳動液は、1.0重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1mM NaN3及び0.01%Triton(登録商標)X−100及び10mmol/L NaClを含有する100mmol/L L−酒石酸溶液を、L−アルギニンでpH4.8に調整したものを用いた。
【0103】
泳動液及び試料におけるコンドロイチン硫酸、酒石酸、アルギニン及びClのイオン濃度を下記表2に示す。測定の結果、実施例4の本発明の方法によれば、実施例3と同様に、健常人血を溶血処理した溶血試料中の不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を分離することができ、さらには、これらの分離を短時間で行うことができた。
【0104】
【表2】

【0105】
(実施例5)
実施例5は、試料調製液及び泳動液にClイオンを添加することにより、泳動液と試料とにおけるコンドロイチン硫酸、酒石酸及びClのイオン濃度を略同じにして電気泳動を行った例である。実施例5は、下記試料を用いた以外は、実施例4と同様に測定を行った。なお、コンドロイチン硫酸、酒石酸及びClは、「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。
【0106】
[試料]
1.11重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1.1mM NaN3及び0.011%Triton(登録商標)X−100及び11mmol/L NaClを含有する111mmol/L L−酒石酸溶液をL−アルギニンでpH4.8に調整したものを、試料調製液として準備した。試料原料は、ヘモグロビン濃度140g/Lのヘモグロビン溶液を準備した。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。なお、該ヘモグロビン溶液は、スクロースを含むが上記a)のイオン及びb)のイオンや上述するその他のイオンを含まない。
【0107】
泳動液及び試料におけるコンドロイチン硫酸、酒石酸、アルギニン及びClのイオン濃度を下記表3に示す。測定の結果、実施例5の本発明の方法によれば、実施例1と同様に、HbA1cとHbA0を明確に分離することができるとともに、HbA1cを不安定型HbA1cと安定型HbA1cとに明確に分離することができた。また、実施例5の本発明の方法によれば、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を短時間で精度よく分離できた。
【0108】
【表3】

【0109】
(実施例6)
実施例6は、試料原料としてヘモグロビン凍結乾燥品を精製水で溶解したものを使用し、泳動液にClイオンを添加することにより、泳動液と試料とにおけるコンドロイチン硫酸、酒石酸及びClのイオン濃度を略同じにして電気泳動を行った例である。実施例6は、下記試料を用いた以外は、実施例4と同様に測定を行った。なお、コンドロイチン硫酸、酒石酸及びClは、「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。
【0110】
[試料]
試料調製液は、実施例1と同じものを準備した。また、試料原料は、溶血試料を凍結乾燥させたヘモグロビン凍結乾燥品に1mLの精製水を加えてヘモグロビン濃度140g/L及びNaCl 100mmol/Lを含む溶液を準備した。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。
【0111】
泳動液及び試料におけるコンドロイチン硫酸、酒石酸、アルギニン及びClのイオン濃度を下記表4に示す。測定の結果、実施例6の本発明の方法によれば、実施例1と同様に、HbA1cとHbA0を明確に分離することができるとともに、HbA1cを不安定型HbA1cと安定型HbA1cとに明確に分離することができた。また、実施例6の本発明の方法によれば、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0を短時間で精度よく分離できた。
【0112】
【表4】

【0113】
(実施例7)
実施例7は、キャピラリー電気泳動を用いて、変異Hb(HbF、HbS及びHbA2)を検出した例を示す。
【0114】
[泳動液]
泳動液は、200mMのトリシン及び15mMの1,4−ジアミノブタンを含む溶液をNaOHでpH9.4に調整したものを用いた。
【0115】
[試料]
222mMトリシン及び16.7mM 1,4−ジアミノブタンを含む溶液をNaOHでpH9.4に調整したものを、試料調製液として準備した。試料原料は、HbA、HbA2、HbF及びHbSを含む、Lyphocheck A2コントロール(バイオラッド社製)を精製水で溶解して、ヘモグロビン濃度80g/Lのヘモグロビン溶液を準備した。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。すなわち、トリシンの濃度が200mmol/Lとなるように試料を調製した。泳動液及び試料におけるトリシン及び1,4−ジアミノブタンの濃度を下記表5に示す。なお、トリシンは「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。
【0116】
上記泳動液及び試料を用いて、実施例1と同様の方法で電気泳動を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図7に示す。
【0117】
図7において、細線が実際に得られたエレクトロフェログラム、太線がエレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示す。また、図7において、HbA、HbF、HbS及びHbA2の各ヘモグロビンのピークをそれぞれ示す。図7に示すように、実施例7の方法によれば、HbF、HbS及びHbA2といった変異Hbを短時間で精度よく分離することができた。
【0118】
(比較例3)
比較例3として、下記試料を用いた以外は、実施例7と同様の方法でキャピラリー電気泳動を用いて変異Hbの測定を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図8に示す。なお、泳動液及び試料におけるトリシン及び1,4−ジアミノブタンの濃度を下記表5に示す。
【0119】
[試料]
200mMトリシン及び15mM 1,4−ジアミノブタンを含む溶液をNaOHでpH9.4に調整したものを、試料調製液として準備した。試料原料は、HbA、HbA2、HbF及びHbSを含む、Lyphocheck A2コントロール(バイオラッド社製)を精製水で溶解して、ヘモグロビン濃度80g/Lのヘモグロビン溶液を準備した。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。すなわち、トリシンの濃度が180mmol/Lとなるように試料を調製した。
【0120】
【表5】

【0121】
図8において、細線が実際に得られたエレクトロフェログラム、太線がエレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示す。また、図8において、HbA、HbF、HbS及びHbA2の各ヘモグロビンのピークをそれぞれ示す。
【0122】
図7及び8に示すように、実施例7のエレクトロフェログラムは、比較例3のエレクトロフェログラムに比べて各ピークの幅が狭く、優れた分離度で各ヘモグロビンを分離することができた。したがって、実施例7の本発明の方法は、比較例3の方法に比べて分離能が向上していることが確認できた。
【0123】
(実施例8)
実施例8は、キャピラリー電気泳動を用いて、血清タンパク質を検出した例を示す。
【0124】
[泳動液]
150mMグリシンを含む溶液をNaOHでpH10.0に調整した。
【0125】
[試料]
167mMグリシンを含む溶液をNaOHでpH10.0に調整したものを、試料調製液として準備した。試料原料として、アルブミン濃度40g/Lの溶液を準備した。試料原料0.01mLを試料調製液0.09mLで希釈することにより、試料を調製した(10倍希釈)。すなわち、グリシンの濃度が150mmol/Lとなるように試料を調製した。泳動液及び試料におけるグリシンの濃度を下記表6に示す。なお、グリシンは「分析対象物とは逆の方向に移動するイオン」(上記b)のイオン)に該当する。
【0126】
検出を280nmにおける吸光度で行った以外は、実施例1と同様の方法で電気泳動を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を図9に示す。
【0127】
(比較例4)
比較例4として、試料調製液として泳動液(150mMのグリシンを含む溶液、pH10.0)を使用した以外は、実施例8と同様の方法でキャピラリー電気泳動を用いて変異Hbの測定を行った。得られたエレクトロフェログラムの一例を実施例8の結果とあわせて図9に示す。なお、泳動液及び試料におけるグリシンの濃度を下記表6に示す。
【0128】
【表6】

【0129】
図9は、エレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示すグラフであって、太線が実施例8を示し、細線が比較例4を示す。図9に示すように、実施例8のエレクトロフェログラム(太線)は、比較例4のエレクトロフェログラム(細線)に比べてピークの幅が狭く、良好な分離度で血清タンパク質(アルブミン)を分離することができた。したがって、実施例8の本発明の方法は、比較例4の方法に比べて分離能が向上していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明の試料分析方法は、例えば、医療分野、臨床検査の分野、糖尿病の治療/予防分野等の様々な分野に有用である。
【符号の説明】
【0131】
2a 試料貯留槽
2b 泳動液貯留槽
3 流路
y 分離長

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流路と前記流路に形成された試料貯留槽とを備える電気泳動装置を用いた電気泳動法による試料の分析方法であって、
前記流路に泳動液が充填された前記電気泳動装置の前記試料貯留槽に試料を配置すること、及び、
前記流路の両端に電圧を印加することにより電気泳動を行うこと、を含み、
前記試料及び前記泳動液における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることを含む、試料分析方法。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【請求項2】
前記試料及び前記泳動液において、上記a)及びb)の濃度を略同じとする、請求項1記載の試料分析方法。
【請求項3】
前記試料及び前記泳動液において上記a)及びb)の少なくとも一方の濃度を略同じとすることにより、前記電気泳動中における前記流路内の試料の周囲にあるイオンが、前記試料貯留槽に配置された試料と略同じ状態となることを含む、請求項1又は2に記載の試料分析方法。
【請求項4】
前記流路が、キャピラリーであり、前記電気泳動法が、キャピラリー電気泳動法である、請求項1から3のいずれかに記載の試料分析方法。
【請求項5】
前記試料は、ヘモグロビンを含む試料である、請求項1から4のいずれかに記載の試料分析方法。
【請求項6】
ヘモグロビンA1cの測定方法であって、
請求項1から5のいずれかに記載の試料分析方法を用いてヘモグロビンA1cを測定することを含む、ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項7】
泳動液と、
試料を調製するための試料調製液と、
泳動液及び調製後の試料における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなるように、前記試料調製液を用いて試料を調製することが記載された説明書とを含む、測定用キット。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度
【請求項8】
さらに、電気泳動チップを含み、
前記電気泳動チップは、試料貯留槽、泳動液貯留槽及び流路を含み、前記試料貯留槽と前記泳動液貯留槽とが前記流路により連通している電気泳動チップである、請求項7記載の測定用キット。
【請求項9】
さらに、校正用物質、及び/又は、精度管理用物質を含む、請求項7又は8記載の測定用キット。
【請求項10】
電気泳動法を用いた分析方法により分析を行う試料の調製方法であって、
電気泳動に用いる泳動液及び調製する試料における下記a)及びb)の少なくとも一方の濃度が略同じとなるように、試料を調製することを含む、試料の調製方法。
a)前記電気泳動により前記試料中の分析対象物と同じ方向に移動され、かつ、前記分析対象物の移動度よりも移動度が小さいイオンの濃度
b)前記分析対象物とは逆の方向に移動するイオンの濃度

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−169892(P2011−169892A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−5139(P2011−5139)
【出願日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(000141897)アークレイ株式会社 (288)