説明

電気泳動ゲル分離媒体

【課題】高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成すること。
【解決手段】組成の異なる二以上の溶液を混合することにより作成する組成変化勾配を有する電気泳動ゲル分離媒体であって、前記二以上の溶液のうち少なくとも一以上の溶液に比重を異ならせるため用いられる添加剤が添加されており、前記添加剤の比重は1.4g/cm以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動ゲル分離媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、タンパク質の解析に利用される手法として電気泳動法が知られている。
電気泳動法は、電気泳動分離媒体に緩衝液を含ませたもの、または、緩衝液を内包させたものに分析対象試料を添加し、電圧をかけることによって、分析対象試料の化学的特性により分析対象資料を分離する手法である。分離された分析対象試料はその後、さらに染色などにより分離した物質を可視化することができる。
【0003】
従来、電気泳動法で使用する電気泳動分離媒体として、セルロース、セルロースアセテート、でんぷん、アガロース、シリカゲル、ポリアクリルアミドゲル等が知られている。
これらの電気泳動分離媒体は、一般的には、プラスチックやガラスなどの透明支持体の表面上や、2枚の支持体を用いてその内側に電気泳動分離媒体の前駆体を充填することにより形成される。
【0004】
近年特に、タンパク質の分離を目的とした電気泳動分析では、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(以下、「SDS−PAGE」と称する。)が用いられている。SDS−PAGEによれば、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)処理により電荷を帯びたタンパク質を、アクリルアミドポリマーで形成された架橋構造を有する水性ゲル中を泳動させることにより、架橋構造が分子ふるいとしての特性を示し、タンパク質を分子量に応じて分離することが可能である。
SDS−PAGEに用いられるポリアクリルアミドゲルは、緩衝剤を含む水溶液に、アクリルアミドモノマーと、N,N’−メチレンビスアクリルアミド等の架橋剤と、過硫酸アンモニウム、N,N,N’,N’‐テトラメチルエチレンジアミンのようなラジカル重合開始剤を導入し、重合させることで得られる。
【0005】
また、SDS−PAGEに用いられるポリアクリルアミドゲルは、一般的に、アクリルアミド濃度が高い分離ゲルと、アクリルアミド濃度が低い濃縮ゲルにより形成されている。分析対象資料は、濃縮ゲルを泳動することにより濃縮され、分離ゲルを泳動することにより分子量に応じて分離する。
さらに、分離可能な分子量範囲を広げたい場合、アクリルアミド濃度をタンパク質の進行方向に対して連続的に高くなるよう変化させて作製する、アクリルアミド濃度変化勾配を有するグラジエントゲルと呼ばれるゲルを用いるのが有効である。
【0006】
ここで、上記グラジエントゲルの作成においては、支持体の下部に充填されるアクリルアミド濃度が高いゲル前駆溶液の比重を高くし、支持体の上部に充填されるアクリルアミド濃度が低いゲル前駆溶液と比重差をつけることにより混ざり合いを抑える技術がある。
例えば、特許文献1に記載された電気泳動用ゲルは、比重差をつけるためにアクリルアミド濃度が高いゲル前駆溶液にグリセリン等の水溶性物質を添加している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平01−302153号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】タンパク質実験ハンドブック,羊土社,2003年8月15日発行,P31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述の方法により、ある程度ゲル前駆溶液の混ざり合いを抑えることが可能となったものの、完全に混ざり合いをふせぐことはできない。ゲル前駆溶液の混ざり合いは、タンパク質の泳動方向に直交する方向のアクリルアミド濃度の不均一、および、アクリルアミド濃度変化勾配の再現性の低下につながり、タンパク質分離能の低下、および、タンパク質分離の位置的再現性の低下を引き起こす。
このように、従来は、高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することが困難であった。
本発明の課題は、より高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の課題を解決するため、本発明に係る電気泳動ゲル分離媒体は、組成の異なる二以上の溶液を混合することにより作成する組成変化勾配を有する電気泳動ゲル媒体であって、前記二以上の溶液のうち少なくとも一以上の溶液に比重を異ならせるため用いられる添加剤が添加されており、前記添加剤の比重は1.4g/cm以上であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の一態様に係る電気泳動ゲル分離媒体は、前記添加剤は水溶性であり、グリセリンよりも比重が0.2g/cm以上大きいことを特徴とする。
また、本発明の一態様に係る電気泳動ゲル分離媒体は、前記添加剤は2−ブロモエタノールであることを特徴とする。
また、本発明の一態様に係る電気泳動ゲル分離媒体は、前記添加剤は2,2,2−トリクロロエタノールであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
このような構成により、比重が1.26g/cmのグリセリンと比して、比重が1.40g/cm以上の添加剤を用いているため、グリセリンの使用量より少量で、組成の異なる二以上の溶液の比重差を大きくすることが可能である。
溶液に大きな比重差を作ることにより、組成の異なる二以上の溶液間の混ざり合いを抑えることができるため、タンパク質の泳動方向に直交する方向に組成が均一に作成すること、および、組成変化勾配の再現性を向上させることが可能となる。
そのため、より高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を適用した電気泳動ゲル分離媒体の実施形態を説明する。
なお、本実施形態においては、電気泳動ゲル分離媒体としてポリアクリルアミドゲルの作成に適用するものとして説明するが、ポリアクリルアミドゲル以外であっても、組成変化勾配を有するグラジエントゲルの作成に適用することが可能である。
本実施形態におけるポリアクリルアミドゲルは、組成の異なる二種の溶液を用いて作成する。
【0014】
本実施形態におけるポリアクリルアミドゲルを作成する一の溶液は、アクリルアミド水溶液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−HCl水溶液などの緩衝溶液、水、および、比重を高くするために加える添加剤(以下、「添加剤」と称する。)を加え、さらに、過硫酸アンモニウム、N,N,N’,N’‐テトラメチルエチレンジアミンのような重合開始剤を加えて作成する(以下、「高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液」)。
【0015】
添加剤としては、水溶性であり、比重が1.40g/cm、以上のものを用いる。特にグリセリンよりも比重が0.2g/cm以上大きいものが望ましい。
具体的には2‐ブロモエタノール、2,2,2−トリクロロエタノールが例示できる。これらは水溶性物質であり、比重はそれぞれ、1.75g/cm、1.56g/cmである。
【0016】
本実施形態におけるポリアクリルアミドゲルを作成する他の一の溶液は、アクリルアミド水溶液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−HCl水溶液などの緩衝溶液、水、および、過硫酸アンモニウム、N,N,N’,N’‐テトラメチルエチレンジアミンのような重合開始剤を加えて作成する(以下、「低比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液」)。
【0017】
アクリルアミド水溶液は、アクリルアミドモノマーと架橋材とを含有する水溶液である。
アクリルアミドモノマーとしては、アクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N,N’−ジメチルアクリルアミド等が用いられるが、これらに限定されるものではない。
また、これらのモノマーを単独で、あるいは二種以上のモノマーを混合した溶液を用いることもできる。
【0018】
架橋材としては、N,N−メチレンビスアクリルアミド、N,N’−プロピレンビスアクリルアミド、ジアクリルアミドジメチルエーテル等が用いられるが、これらに限定されるものではない。
重合開始剤としては、過硫酸アンモニウムおよびN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン等が用いられるが、これらに限定されるものではない。
本実施形態においては、容器上部から下部に進むごとにアクリルアミド濃度が高くなるようなアクリルアミド濃度変化勾配を有するポリアクリルアミドゲルを作成するため、高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の含有するアクリルアミド濃度を高く、また、低比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の含有するアクリルアミド濃度を低く作成する。
【0019】
たとえば、所定の容器の上部から、高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の充填を開始し、連続的に低比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の混合比率を増加させながら充填を行い、アクリルアミド濃度変化勾配を有するポリアクリルアミドゲルを作成する。
なお、本実施形態においては、組成の異なる二種の溶液を用いてポリアクリルアミドゲルを作成したが、三種の溶液を用いてもよく、二種以上であればこれらに限定されるものではない。
【0020】
(実施形態の効果)
以上のように、本実施形態に係るポリアクリルアミドゲルは、添加剤にグリセリンより比重の高い物質を用いており、グリセリンより少ない添加量で、組成の異なる二種のポリアクリルアミドゲル前駆溶液の比重差を大きくすることが可能である。
組成の異なる二種のポリアクリルアミドゲル前駆溶液に大きな比重差を作ることにより、ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の混ざり合いを抑えることができるため、タンパク質の泳動方向に直交する方向に組成が均一に作成すること、および、組成変化勾配の再現性を向上させることが可能となる。
そのため、より高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することが可能である。
なお、本実施形態におけるアクリルアミド濃度変化勾配とは、組成変化勾配に対応する。
【0021】
(実施例)
表1は、本実施例に係るポリアクリルアミドゲルの組成を示したものである。
【0022】
【表1】

【0023】
表1における、高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液は、アクリルアミド水溶液(30w/v%)と、1.5ml トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−HCl(pH8.8)水溶液と、過硫酸アンモニウム(10w/v%)と、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、蒸留水と、2−ブロモエタノールとを含んで組成される。
また、表1における、低比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液は、アクリルアミド水溶液(30w/v%)と、1.5ml トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−HCl(pH8.8)水溶液と、過硫酸アンモニウム(10w/v%)と、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、蒸留水とを含んで組成される。
【0024】
表1における、2−ブロモエタノールを添加した後の、最終的な高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の比重は、1.060g/cmとなる。
表1におけるアクリルアミド水溶液は、アクリルアミドモノマーと架橋材とを含有する水溶液である。アクリルアミド水溶液は、アクリルアミドモノマーとしてアクリルアミド、架橋材としてN,N−メチレンビスアクリルアミドを、29.2:0.8の重量比で含有している。
表2は、本発明に係る電気泳動ゲル分離媒体の比較例として、グリセリンを添加剤として用いた電気泳動ゲル分離媒体の組成を示したものである。
【0025】
【表2】

【0026】
表2における、高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液は、アクリルアミド水溶液(30w/v%)と、1.5ml トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン−HCl(pH8.8)水溶液と、過硫酸アンモニウム(10w/v%)と、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンと、蒸留水と、グリセリン水溶液(50w/v%)とを含んで組成される。一方、低比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液は、表1および表2において同様の組成である。
グリセリンは、添加剤として用いており、比重1.26g/cmの水溶性物質である。
【0027】
表2におけるグリセリン水溶液は、50w/v%で作成してあるため、表2における高ポリアクリルアミド濃度水溶液における添加剤の量は、表1における高アクリルアミド濃度水溶液における添加剤の量と同量となる。
表2における、グリセリン水溶液を添加した後の、最終的な高比重ポリアクリルアミドゲル前駆溶液の比重は、1.040g/cmとなる。
【0028】
(電気泳動の結果)
表1および表2におけるポリアクリルアミドゲル前駆溶液を用いて作成したポリアクリルアミドゲルを用いて、電気泳動を行った結果、表1の組成に基づき作成したポリアクリルアミドゲルのほうが、タンパク質解析結果の再現性が高かった。
(実施例の効果)
以上のように、本実施例に係るポリアクリルアミドゲルは、添加剤として2−ブロモエタノールを用いているため、グリセリンより少ない添加量で、組成の異なる二種のポリアクリルアミドゲル前駆溶液の比重差を大きくすることが可能である。
【0029】
組成の異なる二種のポリアクリルアミドゲル前駆溶液の比重差により、タンパク質の泳動方向に直交する方向に組成が均一に作成すること、および、組成変化勾配の再現性を向上させることが可能となる。
また、より高いタンパク質分離能を有し、タンパク質解析結果の再現性が高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
以上説明したように本発明によれば、組成の異なる二種以上の電気泳動ゲル分離媒体の前駆溶液を混合比重を変化させながら充填することにより、組成変化勾配の再現性の高い電気泳動ゲル分離媒体を作成することが可能となる。そのため、たとえばタンパク質分離のための研究、もしくは臨床の用途で使用されるプレキャストゲルの作成に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成の異なる二以上の溶液を混合することにより作成する組成変化勾配を有する電気泳動ゲル分離媒体であって、
前記二以上の溶液のうち少なくとも一以上の溶液に比重を異ならせるため用いられる添加剤が添加されており、
前記添加剤の比重は1.4g/cm以上であることを特徴とする電気泳動ゲル分離媒体。
【請求項2】
前記添加剤は水溶性であり、グリセリンよりも比重が0.2g/cm以上大きいことを特徴とする請求項1に記載の電気泳動ゲル分離媒体。
【請求項3】
前記添加剤は2−ブロモエタノールであることを特徴とする請求項2に記載の電気泳動ゲル分離媒体。
【請求項4】
前記添加剤は2,2,2−トリクロロエタノールであることを特徴とする請求項2に記載の電気泳動ゲル分離媒体。

【公開番号】特開2011−80866(P2011−80866A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−233509(P2009−233509)
【出願日】平成21年10月7日(2009.10.7)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)