説明

電気的分析方法

【課題】簡便な操作で、従来公知の分析方法よりも検出感度や精度の高い分析方法を提供する。
【解決手段】前記分析方法は、被検試料中の分析対象物質の存在量に相関させて、分析対象物質と、前記分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナーと、標識酵素とを含む複合体を形成させ、前記標識酵素の生成物を電気的に分析する方法であって、カーボンナノチューブを感知部として用い、前記標識酵素として加水分解酵素を用い、前記生成物が、カーボンナノチューブ上に濃縮可能な物質である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的分析方法に関する。なお、本明細書における「分析」には、分析対象物質の存在の有無を判定する「検出」と、分析対象物質の量を定量的又は半定量的に決定する「測定」とが含まれる。
【背景技術】
【0002】
臨床検査のような生体試料の分析においては、微量成分を測定する場合が多いため、検出感度や精度の高い分析方法が求められている。このような分析方法としては、特異的な相互作用、例えば、抗原抗体反応や酵素−基質反応を利用することに加え、更に、電気的分析手段を組み合わせることにより高い検出感度を達成することが試みられている。
【0003】
また、電気的分析手段として、カーボンナノチューブ(以下、CNTと称することがある)電極を利用することが試みられている。
一方で、CNTにπ−π相互作用を介して、芳香族環(例えばピレン等)が吸着することは広く知られている(非特許文献1)。また、この原理を利用し、特異的な相互作用を分析する方法が試みられている。
【0004】
例えば、CNT電極を用いた測定法で、アルカリホスファターゼ(ALP)を利用し、その基質としてナフチルホスフェート(ナフタレン環)を利用し、生成したナフトールを電気化学的に検出する方法(非特許文献2)や、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)を標識酵素として利用し、その基質として過酸化水素、生成物ではなくメディエーターとしてハイドロキノンを利用する方法(非特許文献3)あるいは、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)を単なる酵素として利用し、その基質として過酸化水素、生成物ではなくメディエーターとしてフェノール類を利用する方法(非特許文献4)が報告されている。しかし、いずれもCNT電極特有の高い検出感度を達成することができず、実用化には至っていない。
【0005】
また、最近、CNT電極を用いた測定法で、アルカリホスファターゼ(ALP)を利用し、その基質としてp−アミノフェニルホスフェート(pAPP)を利用し、生成したp−アミノフェノール(pAP)を検出する方法(非特許文献5)が報告されている。しかし、この方法は、プレートを使用したバッチ式によるELISA法で実施することを試みており、プレート内で生成したpAPを測定するために、反応液をCNT電極に移して検出するものであるため、操作が煩雑であり、正確性や感度の面で劣ることが予想された。
【0006】
【非特許文献1】Chen,R.J. J.Am.Chem.Soc 2001,123,3838-3839
【非特許文献2】Lenihan JS, J Nanosci Nanotechnol. 2004 Jul;4(6):600-4.
【非特許文献3】Yu,X. Mol.BioSyst.2005,1,70-78
【非特許文献4】S. Korkut, Talanta 2008,76,1147-1152
【非特許文献5】P.J. Lamas-Ardisana, Anal.Chim. Acta 615 (2008) 30-38
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらの従来技術が公知であるにもかかわらず、微量成分を測定するには、更に高い検出感度や精度が要求されている。本発明者は、分析対象物質と、前記分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナーと、標識酵素とを含む複合体を形成させ、前記標識酵素の生成物を電気的に分析する方法において、前記標識酵素としてアルカリホスファターゼを用い、前記生成物が芳香環を一つのみ含み(あるいは、カーボンナノチューブ上に濃縮可能であり、)、前記複合体をカーボンナノチューブ上(に結合した状態)で形成させることにより、芳香環を一つのみ含む前記生成物はカーボンナノチューブ上に著しく濃縮され、電気化学的測定により、蓄積された前記生成物を分析することにより、検出感度や精度を飛躍的に向上させることができることを見出した。
なお、この際用いられるカーボンナノチューブとは、一様な平面のグラファイト以外のフラーレン、カーボンナノホーン等ナノカーボン構造体を含み、更に好ましくは、炭素によって作られるグラフェンシートが単層あるいは多層の同軸管状になった物質である。
従って、本発明の課題は、簡便な操作で、従来公知の分析方法よりも検出感度や精度の高い分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
[1]被検試料中の分析対象物質の存在量に相関させて、分析対象物質と、前記分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナーと、標識酵素とを含む複合体を形成させ、前記標識酵素の生成物を電気的に分析する方法であって、
カーボンナノチューブを感知部として用い、
前記標識酵素として加水分解酵素を用い、
前記生成物が、カーボンナノチューブ上に濃縮可能な物質である
ことを特徴とする分析方法、
[2]前記複合体が、前記感知部と連続して又は同領域に形成される、[1]の分析方法、
[3]前記複合体をカーボンナノチューブに結合した状態で形成させる、[1]又は[2]の分析方法、
[4]前記生成物が芳香環を含みかつ該芳香環が一つのみである物質である、[1]〜[3]の分析方法、
[5]前記加水分解酵素がアルカリホスファターゼである、[1]〜[4]の分析方法、
[6]前記生成物がp−アミノフェノールである、[1]〜[5]の分析方法、
[7]分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナー、標識酵素及び該標識酵素の基質、及びカーボンナノチューブを固定された感知部を含むキット、
[8][1]〜[6]の分析方法に用いるための、[7]のキット
に関する。
【0009】
なお、「カーボンナノチューブ上に濃縮される」とは、カーボンナノチューブへの結合、蓄積、吸着、取り込み、沈殿、析出、不溶化等を含み、これらは、前記生成物が生じる反応を流動的条件下で行っても容易にはカーボンナノチューブから脱離しない状態を意味する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来公知の分析方法よりも検出感度や精度の高い分析を実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の具体的な一態様として、図1に示す反応模式図に基づいて説明する。選択的相互作用として抗原抗体反応(サンドイッチ法)を利用し、抗原3を分析対象物として、カーボンナノチューブ上に前記抗原に特異的に反応する第一抗体2を固定化した感知部を作用極1として用い、前記抗原に特異的に反応する第2抗体をアルカリホスファターゼ(ALP)で標識したALP標識第二抗体4を使用して、サンドイッチ複合体を形成させ、前記ALPの基質であるp−アミノフェニルホスフェート(pAPP)を利用して以下に示す反応式1に基づく、ALPの酵素反応により、生じた生成物であるp−アミノフェノール(pAP)がカーボンナノチューブ上に濃縮され、反応式2に基づく酸化還元電流を測定することにより、前記抗原量を決定する。
【0012】
なお、電気化学的分析法として、上記作用極1に加え、対極、及び参照極を備えた電極部を用いるアンペロメトリック型分析法を使用し、具体的には、作用極、対極、参照極をポテンショスタットに接続し、参照極電位に対し、作用極電位を掃引し、カーボンナノチューブ上に濃縮されたp−アミノフェノールの酸化に伴い発生する酸化電流を測定する。
【0013】
【化1】

[式中、pAPPはp−アミノフェニルホスフェートであり、pAPはp−アミノフェノールであり、pQIはp−キノンイミンである]
【0014】
本発明で利用することのできる選択的相互作用は、一方が分析対象物質となることができる相互作用であって、被検試料中の分析対象存在量に相関して、複合体を形成することができる限り、特に限定されるものではなく、代表的なものとしては、例えば、抗原抗体反応、核酸間ハイブリダイゼーション反応、核酸−タンパク質間相互作用、レセプタ−リガンド間相互作用、タンパク質間相互作用(例えば、IgGとプロテインAとの反応)、低分子−タンパク質間相互作用(例えば、ビオチンとアビジンとの反応)を挙げることができる。
【0015】
また、前記相互作用以外にも、選択的相互作用を示す特異的パートナーが存在する種々の物質が公知であり、分析対象物質としては、例えば、タンパク質(酵素、抗原/抗体、レクチン等)、ペプチド、脂質、ホルモン(アミン、アミノ酸誘導体、ペプチド、タンパク質等からなる含窒素ホルモン、及びステロイドホルモン)、核酸、糖鎖(例えば、糖、オリゴ糖、多糖等)、薬物、色素、低分子化合物、有機物質、無機物質、若しくはこれらの融合体、又は、ウィルス若しくは細胞を構成する分子、血球などが挙げられる。
【0016】
例えば、選択的相互作用として抗原抗体反応を利用する場合には、分析対象物質とその特異的パートナーとの組合せは、抗原(分析対象物質)と抗体(特異的パートナー)との組合せ、あるいは、抗体(分析対象物質)と抗原(特異的パートナー)との組合せとなる。
【0017】
アルカリホスファターゼによる標識化物を含めた試薬構成は、その利用する選択的相互作用に基づいて、適宜選択することができ、例えば、抗原抗体反応を利用する場合には、各種公知方法、例えば、サンドイッチ法、二段階法、競合法、阻害法等を利用することができる。サンドイッチ法の場合には、図1に示すように、固定化パートナーと標識パートナーの組合せを用いることができる。二段階法の場合には、固定化パートナー、未標識パートナー、前記未標識パートナーにのみ特異的に反応する物質の標識化物の組合せ、具体的には、一次抗体/標識化二次抗体を用いる方法、ビオチン化抗体/標識化アビジンを用いる方法などを用いることができる。競合法の場合には、分析対象物質(標準物質)の標識化物(既知量)と固定化パートナーの組合せを用いることができる。
【0018】
前記被検材料としては、血液(全血、血漿、血清)、リンパ液、唾液、尿、大便、汗、粘液、涙、随液、鼻汁、頸部又は膣の分泌液、精液、胸膜液、羊水、腹水、中耳液、関節液、胃吸引液、組織・細胞等の抽出液や破砕液等の生体液を含むほとんど全ての液体試料が用いられる。
【0019】
前記標識物質としては、それが関与する反応による生成物が電気化学的に分析可能であり、かつ芳香環一つのみを含む物質を産生し得る酵素であれば、特に限定されるものではないが、具体的には、ホスファターゼ、エステラーゼ等の加水分解酵素が挙げられ、更に好ましくはアルカリホスファターゼが挙げられる。
【0020】
本発明で用いるカーボンナノチューブ上に濃縮可能な物質は、前記標識物質による加水分解反応等により生じる物質であり、かつカーボンナノチューブ上に濃縮可能な物質であり、電気化学的に分析可能である限り、特に限定されるものではないが、好ましくはカーボンナノチューブの内径又は曲率と比較してサイズが小さい物質であり、更に好ましくは芳香環を一つのみ含む物質である。
【0021】
具体的な生成物としては、p−アミノフェノール、アミノフェノール、クロロフェノール、メトキシフェノール、ジメトキシフェノール、アセトアミドフェノール、メチルフェノール、ジメチルフェノール、ヒドロキノン、レゾルシノール、カテコール、及びこれらの構造異性体等のフェノール類、ベンゾキノン及びこれらの構造異性体等のキノン類が挙げられ、好ましくはp−アミノフェノールである。
【0022】
前記基質としては、これらのリン酸化された物質を用い、それ自体はCNTに反応しないか反応が弱いことが望ましく、好ましくは、アルカリホスファターゼの基質として、p−アミノフェニルホスフェート(p−APP)を用いると良い。
【0023】
カーボンナノチューブ上に電気化学的に分析可能な物質が濃縮され、従来法と比較して、検出感度や精度を飛躍的に高めることができる理由は、現時点では必ずしも判明していないが、本発明者は以下の機構を推測している。なお、本発明は、以下の推測に限定されるものではない。
【0024】
例えば、基質としてp−アミノフェニルホスフェート(p−APP)を利用した場合、生成物であるP−アミノフェノール(p−AP)はカーボンナノチューブとの間にπ−π相互作用や疎水的相互作用を持つと同時に、p−アミノフェノールは芳香環を一つしか持たないため、カーボンナノチューブの内径又は曲率と比較してもサイズ的に小さく、カーボンナノチューブの様な微細構造を持つ炭素担体に対して、取り込まれ、このことにより、カーボンナノチューブ上に濃縮されると推測される。また、カーボンナノチューブの近くで、生成物を生成させることで、濃縮が著しく促進されると推測される。
【0025】
これは実施例で示した通り、カーボンナノチューブ電極を用いて、標識酵素としてアルカリホスファターゼ、基質としてナフチルホスフェートを利用して、生成したナフトールを電気化学的に検出する場合や、市販カーボン電極を用いて、標識酵素としてアルカリホスファターゼ、基質としてp−アミノフェニルホスフェートを利用して、生成したp−アミノフェノールを電気化学的に検出する場合、また、酵素反応と同時ではなく、p−アミノフェノールをCNT電極で電気化学的に検出す場合には、検出感度や精度を飛躍的に高めることができないことから推測される。
【0026】
本発明で用いるカーボンナノチューブを感知部に用いる場合とは、一般的なCNT電極を意味し、具体的には、電極部は絶縁性の基板上に少なくとも対極と該感知部であるカーボンナノチューブを含む作用極を有するアンペロメトリック型電極であり、好ましくは更に参照極を有し、前記電極部における電荷の変化を電流変化として捉えることにより、分析対象物質を検出するようになっている。
なお、電流の変化を捉える方法としては、電流測定の他、サイクリックボルタノメトリー、微分パルスボルタノメトリー、微分パルスアンペロメトリー、クロノアンペロメトリー等、広く知られた方法を用いることができる。
【0027】
また、別の態様として、電極部は絶縁性の基板上にカーボンナノチューブを含む電極及び参照極を有し、前記電極1がゲート自身又はゲートと通電可能な状態にある導電性電極を有する電界効果トランジスタであるボルタノメトリック型電極であり、前記ゲート自身又はゲートと通電可能な状態にある導電性電極における電荷の変化を電圧(電位)変化として捉え、ソース電極とドレイン電極との間に流れる電流値の変化を検出することにより、分析対象物質を検出するようになっている。この時、参照極は前記電極の表面で起こる電圧(電位)変化を安定に測定するため、基準となる電位を与え、通常は銀・塩化銀電極等と広く知られた電極を適宜用い、参照極に所定の電圧を交流もしくは直流で印加することにより、電解効果トランジスタの電気化学的特性の動作点を調整することができる。この時、電界効果トランジスタの代わりに薄膜トランジスタ(TFT)、単電子トランジスタ(SET)を用いても良い。
【0028】
本発明で用いる電気化学的分析方法とは、前記記載のアンペロメトリック型電極又はボルタノメトリック型電極を用いた分析法であり、カーボンナノチューブを感知部として用いた場合、カーボンナノチューブを含む感知部上に濃縮可能な物質が起こすカーボンナノチューブ上での電荷の変化を電流の変化として捉える分析、カーボンナノチューブ上での電荷の変化を電圧(電位)の変化として捉える分析、カーボンナノチューブ上での電荷の変化を電気的抵抗(又はインピーダンス)の変化として捉える分析などが含まれる。
【0029】
カーボンナノチューブを感知部として用いる場合、例えば、図2に示すように、分析対象物質(抗原)3と選択的に相互作用する特異的パートナー(第一抗体)2が、感知部(作用極)1とは別の複合体形成用担体(粒子)5に固定化されているが、該感知部と該複合体形成用担体とが、仕切りで隔てられていたり、その間の生成物の移動に操作が必要とされていたりすることなく、連続していると良い。
例えば、図2に示すように、複合体形成用粒子上に、第一抗体−抗原−ALP標識第二抗体4からなる複合体を形成し、近接したカーボンナノチューブに濃縮された生成物(pAP)を電気化学的に測定を行うことが挙げられる。
【0030】
また、カーボンナノチューブを感知部として用いる場合の別の態様としては、分析対象物質と選択的に相互作用する特異的パートナーは、そこで形成される複合体と感知部が同領域に配置されるように、感知部にあればどこでも良く、好ましくはカーボンナノチューブに固定化された態様(例えば、図1)が挙げられる。選択的相互作用反応により該複合体を形成した後、近接したカーボンナノチューブに濃縮された生成物を電気化学的に測定を行うことができれば良い。
【0031】
特異的パートナー及び/又は標識酵素のカーボンナノチューブへの固定化法は直接的に固定するもの、あるいは間接的に固定するものなどの制限は無く、選択的相互作用反応の性質に合わせて、任意の方法を使用することができる。例えば、カーボンナノチューブに直接的に物理吸着や共有結合で結合させても良いし、あらかじめカーボンナノチューブにアンカー部を有するフレキシブルスペーサーを介して間接的に結合させても良く、これらはChemical Reviews 2006年 106巻、1105-1136等に記載され、広く知られている方法を選択することができる。また、国際公開第WO 2006/038456号記載の高分子ポリマー等を利用してカーボンナノチューブに固定化しても良い。
【0032】
また、該特異的パートナー及び/又は標識酵素をカーボンナノチューブに固定化した後、牛血清アルブミン、ポリエチレンオキシドまたは他の不活性分子により表面を処理したり、特定物質の固定化層の上に付着層で被覆することにより非特異的反応を抑制したり、透過することのできる物質を選択したり、制御したりすることもできる。
【0033】
本発明に用いるカーボンナノチューブとしては、例えば、炭素原子のみからなり、直径が0.4〜50nm、長さが約1〜数100μmの一次元性のナノ材料であることが好ましい。
【0034】
前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ(SWNTs;single-walled carbon nanotubes)であることが好ましい。カーボンナノチューブの化学構造はグラファイト層を丸めてつなぎ合わせたもので表されるが、「単層カーボンナノチューブ」とは、このグラファイト層の数が1枚だけのものである。なお、グラファイト層の巻き方(らせん度)に依存して電子構造が金属的になったり、半導体的になったりすることが知られている。前記構成によれば、直径が小さいため、より高密度に成長でき、その結果、表面積が格段に増加することができる。更に、結晶性も良いため、物質を表面に固定化しやすいという利点がある。
【0035】
また、カーボンナノチューブを形成する技術は、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されないが、アーク放電法、レーザーアブレーション法、化学気相成長法(CVD法)、例えば、熱化学気相成長法やプラズマ化学気相成長、HiPCO法、スーパーグロースCVD法などの他、液相合成法などが挙げられる。カーボンナノチューブをアンペロメトリック型の感知部として用いる場合、又はボルタノメトリック型のゲートと通電可能な状態にある感知部として用いる場合として用いる場合は、予め上記の方法にて合成したカーボンナノチューブを電極上に塗布等により固定しても良く、好ましくは金属表面から、直接成長させ、感知部であり、かつ電極として用いることが好ましく、例えば、特開2008−64724号記載の熱化学気相成長法等の化学気相成長法を用いて金属表面から直接成長させることが好ましい。これにより、電気的・機械的に金属表面と良好に接触し、電極の性能と安定性を劇的に向上させることができる。
【0036】
また、カーボンナノチューブ電極は、リソグラフィーの方法を用いて、数ミクロンの金属表面上に形成することができるため、特許第2590002号記載のくし形金属表面上に形成させても良い。また、複数個同時に1つの基板上に形成することができ、これにより、同時複数項目計測が容易になる。
また、カーボンナノチューブをボルタノメトリック型のゲート部として用いる場合、例えば、国際公開WO 2006/025481号等記載の方法により、形成することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0038】
《実施例1:B型肝炎表面抗原(HBs抗原)の測定(CNT−ALP系)》
1−1.カーボンナノチューブ(CNT)作用極をもつ電極部、感知部の作製
図3に示すパターンからなる電極部を「Electrochemistry Communications 9, 2007, 13-18」記載の方法に基づき作製した。即ち、SiO/Si基板上にフォトリソグラフィー法により、Pt電極部をパターニングした後、作用極(作用極下地面積:4mm)上に触媒を塗布し、熱化学気相成長(熱CVD)法により、CNT作用極21を作製した。また、電極部の一部に銀・塩化銀インク(BAS社製)を塗布することにより、参照極22を作製し、CNT作用極、対極23、参照極を備えた電極部26を作製した。CNT作用極、対極、参照極の反対側の端部は、接続用コネクター24として機能し、電極部と接続用コネクターはリード部25で結ばれ、電極部と接続用コネクター部以外は絶縁膜により覆った。
なお、CNT作用極を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を図4に示す。
【0039】
1−2.抗HBsモノクローナル抗体がCNT作用極上に固定化された感知部の作製
次に、上記電極部のCNT作用極上に、0.15mol/L NaClを含む0.1mol/Lリン酸緩衝液(pH7.4)中にHBs抗原に対する抗体である抗HBsモノクローナル抗体(IgG:自社製)1mg/mLを含む水溶液2μLを適下し、37℃、飽和水蒸気圧下で30分間固定化させた。その後、溶媒を25℃、湿度40%の条件下で、1時間乾燥、真空デシケーター内で室温にて2時間乾燥させた後、1%カゼイン(和光純薬社製)含有0.1mol/L Tris/0.15mol/L NaCl水溶液(SIGMA社製、pH8.0)中に30分間振とう下、浸漬させて、未反応部をブロッキングし、さらに、脱塩水を用いて基板を洗浄後乾燥し、電極部に特定物質として抗HBsモノクローナル抗体が固定化された感知部として用いた。
【0040】
1−3.市販カーボン電極を作用極とした電極部、感知部の作製(対照実験用カーボン電極部)
次に、CNT作用極の効果を調べるため、市販カーボン電極(EP-P DEP Chip:北斗科学産業社製)を用い、上記の項目1−2と同様の方法にてEP-P DEP Chipのカーボン作用極上に抗HBsモノクローナル抗体を固定し、電極部に特定物質として抗HBsモノクローナル抗体が固定化された感知部として用いた。
【0041】
1−4.アルカリホスファターゼ(ALP)標識抗HBsウサギポリクローナル抗体(Fab’)溶液の作製
抗HBsウサギポリクローナル抗体(自社製)、ALP(ロシュ社製)、架橋試薬(Succinimidyl 4-[N-maleimidomethyl]-cyclohexane-1-carboxylate:PIERCE社製)を用いて、「高感度酵素免疫測定法(石川栄治:学会出版センター、1993)」記載のマレイミド・ヒンジ法に基づき、ALP標識抗HBsウサギポリクローナル抗体(Fab’)を作製した。得られた酵素標識抗体[ALP標識抗HBsウサギポリクローナル抗体(Fab’)]を0.1%カゼイン及び0.15mol/L NaClを含む0.1mol/L Tris緩衝液(pH8.0)(以下、緩衝液Aと称する)にて所定の濃度に調整した溶液を、ALP標識抗HBs抗体溶液とした。
【0042】
1−5.p−アミノフェニルホスフェート(pAPP)基質溶液の作製
2mmol/L p−アミノフェニルホスフェート(pAPP:Universal sensors社製)、1mmol/L MgSOを含む0.05mol/Lジエタノールアミン溶液(pH9.4)を作製し、pAPP基質溶液とした。
【0043】
1−6.2−ナフチルホスフェート(NP)基質溶液の作製(対照実験用)
2mmol/L 2−ナフチルホスフェート(NP:Alfa Aesar社製)、1mmol/L MgSOを含む0.05mol/Lジエタノールアミン溶液(pH9.4)を作製し、NP基質溶液とした。
【0044】
1−7.p−アミノフェノール(pAP)溶液の作製(対照実験用)
0.25mmol/L p−アミノフェノール(pAP:和光純薬社製)、1mmol/L MgSOを含む0.05mol/Lジエタノールアミン溶液(pH9.4)を作製し、pAP溶液とした。
【0045】
1−8.ALP標識抗HBsウサギポリクローナル抗体−HBs抗原−抗HBsモノクローナル抗体複合体(ALP標識HBs複合体)固定化電極部の作製
上記項目1−2で作成した抗HBsモノクローナル抗体固定化電極部を、HBs抗原溶液[HBs抗原(組換え品、サブタイプadw:自社製)を緩衝液Aにて所定濃度に調整した溶液]及びALP標識抗HBs抗体溶液(2μg/mL)を1:1の割合で混合した溶液中に振とう下、浸漬させて、7分間反応させた後、脱塩水を用いて、電極を洗浄・風乾して、ALP標識HBs複合体固定化電極とした。
【0046】
1−9.流路の作製と流動条件制御装置の構築及び電気化学アナライザーによるHBs抗原の測定
図5〜図7に示すバイオセンサユニットを作製した。図5〜図7に示すように、反応溶液の液入口32、液出口33としてガラス板の2ヶ所に穴(開口部)を開けたウインドー(window)31と、上記1−8で作製したALP標識HBs複合体固定化電極部37を備えた基板36とを用いて、両面テープ(厚み0.64mm:3M社製)を縦長の流路の形状に切り抜くことにより作製したガスケット34を上下から挟むことにより、中空状態の流路35の作製を行い、流路内に各電極部を保持させ、バイオセンサユニット41とした。
【0047】
次に、バイオセンサユニット41の流路入口に、図8に示すように、試薬(基質溶液)サーバー42及びポンプ43をチューブにより接続し、流路出口に廃液サーバー44を接続し、流速360μL/minにて、流路内に試薬サーバーから上記1−5又は1−6で作製した基質溶液を入口から出口方向へ流し、3分後にその送液状態を維持したまま、以下に示す条件にて、電気化学的測定を行った。
【0048】
また、電気化学的測定は、図8に示すように、作用極、参照極、対極の各接続用コネクター45を電気化学アナライザー(モデル832A:ALS社製)46にそれぞれ接続し、サイクリックボルタノメトリー法(CV)により、pAPP基質溶液又はNP基質溶液を送液状態のままで、参照極に対して−0.3Vと0.4Vとの間で電位を変化させ、電気化学的応答を測定した。
【0049】
1−10.測定結果
(1)HBs抗原(測定対象化合物)の存在に基づく酸化電流の検出(基質の比較)
測定結果の1例としてCNT作用極及びpAPP基質溶液を用いて、HBs抗原濃度0U/mLの場合のCV測定結果を図9に、HBs抗原濃度15U/mLの場合のCV測定結果を図10に、またCNT作用極及びNP基質溶液を用いて、HBs抗原濃度0U/mL及び15U/mLの場合のCV測定結果を図11、図12にそれぞれ示す。
【0050】
HBs抗原濃度が15U/mLの場合、参照極に対して+0.130Vの電位(酸化電位)にて、pAPの酸化反応に伴う酸化電流として、8585nAの酸化電流が検出(図10)され、参照極に対して−0.117Vの電位(酸化電位)にて、ナフトールの酸化反応に伴う酸化電流として、291.9nAの酸化電流が検出(図12)されたのに対し、HBs抗原濃度が0U/mLの場合(図9、図11)、同様の酸化電流は検出されなかった。
【0051】
(2)CNT電極部及び市販カーボン電極部を用いたpAPP及びNPの測定結果
(2−1)電気化学的分析法による測定結果
CNT電極部及び市販カーボン電極部を用いたpAPP及びNPの測定結果を表1に示す。酸化電流値は、市販カーボン電極部を用いた場合、pAPPは160.2nAであり、NPは46.64nAである一方、CNT電極部を用いた場合、pAPPは8585nAであり、NPは291.9nAであった。pAPPおよびNPのいずれにおいても、CNT電極の方が高い感度を示した。
【0052】
(2−2)化学発光法による測定結果
さらに、一般的に、CNT電極の方が市販カーボン電極よりも表面積が大きいと考えられるため、各電極部におけるALP標識HBs複合体の量(固定化量)の影響を取り除くため、それぞれの固定化量当りの酸化電流値を用いて比較を行った。
まず、化学発光法により、固定化量を測定した。各ALP標識HBs複合体固定化電極上のALP標識HBs複合体の量を比較するため、化学発光法を用いた。具体的には各ALP標識HBs複合体固定化電極をCDPstar溶液(ABI社製)に浸漬させて、CCDカメラ(ORCA II ER:浜松ホトニクス社製)にて10分間撮影し、その発光量積算値からALP標識HBs複合体の量を比較した。
【0053】
結果を表1に示す。pAPPを使用した場合、CNT電極においては、4240kcountを検出し、市販カーボン電極においては、1830kcountを検出した。これにより固定化量あたりの酸化電流値(酸化電流値/化学発光量)を求めると、市販カーボン電極部を用いた場合、pAPPは0.0875であり、NPは0.0255である一方、CNT電極部を用いた場合、pAPPは2.0248であり、NPは0.0688であった。
【0054】
(2−1)の結果から、それぞれの固定化量当りの酸化電流値を用いて比較を行うと、市販カーボン電極を使用した場合には、pAPPはNPに対して、約3.4倍の強度の酸化電流値を示すのに対し、CNT電極部を用いた場合、pAPPはNPに対して、約30倍の強度の酸化電流値を示すことがわかった。
このことから、電気化学分析法において、CNTを作用極とし、かつ基質としてpAPPを用いた場合には、表面積の効果だけでは考えられない著しい感度の上昇を示すことがわかった。
【0055】
【表1】

【0056】
(3)CNT電極部及び市販カーボン電極部によるpAPの測定結果
ALPによって生成するpAPが作用極部に存在していれば、シグナルを検出できるか否かを検討した。比較実験として、ALPの固定化されていないCNT電極部及びALPの固定化されていない市販カーボン電極部を用いてpAP溶液を測定した結果を、表2に示す。
この表において、それぞれの酸化電流値を比較すると、CNT電極部を用いた場合は、市販カーボン電極部を用いた場合に比べて、約1.6倍の強度の酸化電流値しか示さない。
一方、表1に示す通り、ALP標識複合体がCNT作用極及び市販カーボン作用極に固定化された場合を比較すると、CNT電極部を用いた場合は、市販カーボン電極部を用いた場合に比べて約30倍以上の強度の酸化電流値を示すことから、ALP標識複合体がCNT作用極近傍(あるいは上)に固定化されていることが重要であることが分かった。
【0057】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の分析方法は各種分析対象物質の、例えば、免疫学的反応測定の用途に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明におけるCNT作用極上での反応を模式的に示す説明図である。
【図2】本発明の別の態様におけるCNT作用極上での反応を模式的に示す説明図である。
【図3】実施例1で作製した電極部の構造を模式的に示す斜視図である。
【図4】実施例1で作製したCNT作用極のSEM写真である。
【図5】実施例1で作製したバイオセンサユニットの製造手順を模式的に示す説明図である。
【図6】図5に示すバイオセンサユニットの模式的平面図である。
【図7】図5に示すバイオセンサユニットの内部構造を模式的に示す断面図である。
【図8】図5に示すバイオセンサユニットを、試薬サーバー及び廃液サーバーと電気化学アナライザーとに接続した状態を模式的に示す斜視図である。
【図9】CNT電極及びpAPP基質溶液を用いて、HBs抗原(抗原濃度=0U/mL)のCV測定の結果を示すグラフである。
【図10】CNT電極及びpAPP基質溶液を用いて、HBs抗原(抗原濃度=15U/mL)のCV測定の結果を示すグラフである。
【図11】CNT電極及びNP基質溶液を用いて、HBs抗原(抗原濃度=0U/mL)のCV測定の結果を示すグラフである。
【図12】CNT電極及びNP基質溶液を用いて、HBs抗原(抗原濃度=15U/mL)のCV測定の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中の分析対象物質の存在量に相関させて、分析対象物質と、前記分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナーと、標識酵素とを含む複合体を形成させ、前記標識酵素の生成物を電気的に分析する方法であって、
カーボンナノチューブを感知部として用い、
前記標識酵素として加水分解酵素を用い、
前記生成物が、カーボンナノチューブ上に濃縮可能な物質である
ことを特徴とする分析方法。
【請求項2】
前記複合体が、前記感知部と連続して又は同領域に形成される、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記複合体をカーボンナノチューブに結合した状態で形成させる、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記生成物が芳香環を含みかつ該芳香環が一つのみである物質である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項5】
前記加水分解酵素がアルカリホスファターゼである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項6】
前記生成物がp−アミノフェノールである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項7】
分析対象物質と選択的相互作用を示す特異的パートナー、標識酵素及び該標識酵素の基質、及びカーボンナノチューブを固定された感知部を含むキット。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の分析方法に用いるための、請求項7に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−156605(P2010−156605A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−334849(P2008−334849)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(591122956)三菱化学メディエンス株式会社 (45)