説明

電気錫めっき鋼板の製造方法

【課題】錫めっき鋼板の製造条件の変更に伴う冷却水温度のハンチング由来のクエンチステインの発生を防止できる電気錫めっき鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】連続電気錫めっきラインにおけるリフロー処理後のクエンチ処理において、クエンチタンク内の冷却水の温度を、下記の(1)式および(2)式を満足する水量W(m3/hr)の補助冷却水を前記クエンチタンクに投入して制御することを特徴とする電気錫めっき鋼板の製造方法;W=K×EI/ΔT+C・・・(1)、ΔT=T-Tcw・・・(2)、ただし、Eはリフロー処理時の電圧(V)、Iはリフロー処理時の電流(kA)、Tはクエンチタンク内の冷却水の温度(℃)、Tcwは補助冷却水の温度(℃)を表し、また、Kはクエンチ処理前の鋼板から放散される熱量により決定される定数、Cはクエンチタンクから放散される熱量および鋼板に持ち出される熱量により決定される定数である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気錫めっき鋼板の製造方法、特に、連続電気錫めっきラインにおけるリフロー処理後の急冷(クエンチ)処理時にクエンチステイン、特に錫めっき鋼板の製造条件の変更に伴う冷却水温度のハンチング由来のクエンチステインの発生を防止する電気錫めっき鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、缶用材料として用いられることの多い電気錫めっき鋼板では、電気めっきにより形成した錫めっき層の表面を抵抗加熱法または高周波誘導加熱法によるリフロー処理により溶融後、クエンチ処理用タンク(クエンチタンク)の冷却水でクエンチ処理して錫酸化物の形成を防止し、金属光沢が付与される。定常時には、クエンチタンク内の冷却水の温度は、PID制御によって一定量の補助冷却水が投入されて一定に保たれているが、鋼板の板厚や板幅、めっき量、ラインスピードなどの条件が変更される非定常時には、鋼板から持ち込まれる熱量の変化に伴い冷却水の温度が変動(ハンチング)するなどして不均一冷却を引き起こし、表面にあたかも水滴が付着したようなクエンチステインと呼ばれる汚れが発生する場合がある。
【0003】
このようなクエンチステインの発生を防止する技術として、例えば、特許文献1には、電気錫めっき鋼板の錫層の溶融装置の出側に設けられた冷却前の該鋼板の温度測定装置と、冷却水の温度測定装置および該冷却水温制御装置と、冷却水を該鋼板表面に噴射させる回動可能なクエンチスプレーと、該板温と冷却水の飽和温度との差、該スプレーの噴射水量、水温、噴射角度との関係を予め記憶し、該板温と冷却水の飽和温度との差を一定範囲にするように該スプレーの噴射水量、水温、噴射角度を制御する記憶制御装置からなる電気錫めっき鋼板のクエンチステイン防止装置が提案されている。また、特許文献2には、連続電気錫めっきラインにおけるリフロー処理後の錫めっき鋼板を冷却するノズルであって、冷却水を供給するヘッダーと、錫めっき鋼板に相対する側に該錫めっき鋼板の幅方向に延びた開口部を有し、該ヘッダーから供給された冷却水を溜める冷却水箱と、該冷却水箱内で前記ヘッダーと前記開口部との間に、上端を冷却水箱内冷却水の液面より高くなるように前記開口部下端水準より突出し、下端を冷却水が連通可能に配設した堰と、前記冷却水箱の外側に前記開口部下端に接して前記錫めっき鋼板の搬送方向と所定の角度をなす傾斜を有するように配設されたフラップとを有し、前記開口部を介し前記フラップからラミナーフローの冷却水を噴流する錫めっき鋼板のクエンチステイン防止用ラミナーフローノズルが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7-243084号公報
【特許文献2】特開2001-288594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載のクエンチステイン防止装置を用いても、鋼板表面が溶融状態の錫で覆われ、また鋼板が振動しながら高速走行しているので、リフロー処理後の鋼板温度を正確に測定することが難しく、安定してクエンチステインの発生を少なくできない。また、特許文献2に記載のラミナーフローノズルは冷却能力に限界があるため、鋼板の持込熱量が大きい場合に冷却不足となるため厚目付材には使用できない。
【0006】
本発明は、クエンチステイン、特に錫めっき鋼板の製造条件の変更に伴う冷却水温度のハンチング由来のクエンチステインの発生を確実に防止できる電気錫めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記の目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0008】
i) リフロー処理後の鋼板からクエンチタンク内の冷却水に持ち込まれる熱量は、リフロー処理時の電圧Eと電流のIの積、すなわち投入電力EIに比例する。
【0009】
ii) このEIに応じた水量の補助冷却水をクエンチタンクに投入してクエンチタンク内の冷却水の温度を制御すれば、錫めっき鋼板の製造条件の変更に伴う冷却水温度のハンチングを小さくでき、このハンチング由来のクエンチステインの発生を確実に少なくできる。
【0010】
iii) 製造条件変更時の冷却水温度のハンチングを1℃以内にすると、ハンチング由来のクエンチステインは発生しない。
【0011】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、連続電気錫めっきラインにおけるリフロー処理後のクエンチ処理において、クエンチタンク内の冷却水の温度を、下記の(1)式および(2)式を満足する水量W(m3/hr)の補助冷却水を前記クエンチタンクに投入して制御することを特徴とする電気錫めっき鋼板の製造方法を提供する。
W=K×EI/ΔT+C・・・(1)
ΔT=T-Tcw・・・(2)
ただし、Eはリフロー処理時の電圧(V)、Iはリフロー処理時の電流(kA)、Tはクエンチタンク内の冷却水の温度(℃)、Tcwは補助冷却水の温度(℃)を表す。また、Kはクエンチ処理前の鋼板から放散される熱量により決定される定数、Cはクエンチタンクから放散される熱量および鋼板に持ち出される熱量により決定される定数である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、クエンチステイン、特に錫めっき鋼板の製造条件の変更に伴う冷却水温度のハンチング由来のクエンチステイン発生させることなく電気錫めっき鋼板を製造できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】WとEI/ΔTとの関係を示す図である。
【図2】本発明を実施するためのクエンチ処理設備の一例を模式的に示す図である。
【図3】鋼板から持ち込まれる熱量が変わったときの本発明法による冷却水の温度変化を示す図である。
【図4】鋼板から持ち込まれる熱量が変わったときの従来のPID制御による冷却水の温度変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
クエンチタンク内の冷却水の熱収支は、補助冷却水の水量W、水の比熱ρ、冷却水の温度T、補助冷却水の温度Tcw、鋼板から持ち込まれる熱量Q、クエンチタンクから放散される熱量q1、鋼板に持ち出される熱量q2とすると、
W×ρ×ΔT=Q-q1-q2・・・(3)
と表せるので、補助冷却水の水量Wは、
W=( Q-q1-q2)/(ρ×ΔT)={Q/ρ-(q1+q2)/ρ}/ΔT・・・(4)
となる。
【0015】
また、鋼板から持ち込まれる熱量Qはリフロー処理時の電圧Eと電流のIの積EIに比例し、クエンチタンクから放散される熱量q1と鋼板に持ち出される熱量q2は同一製造条件中はほぼ一定であるので、次の(5)式、(6)式のように表せる。
Q/ρ=k×EI・・・(5)
-(q1+q2)/ρ=C’・・・(6)
そうすると(4)式は、
W=(k×EI+C’)/ΔT・・・(7)
となる。ここで、kは定数。
【0016】
そこで、本発明者等は、定常状態(製造条件一定で操業している状態)における補助冷却水の水量WとEI/ΔTとの関係を実機の連続電気錫めっきラインについて調査したところ、図1の結果を得た。図1より次の(8)式が得られた。
W=0.63×EI/ΔT-7.53・・・(8)
この結果より、(7)式は次の(1)式で近似できることが判明した。
W=K×EI/ΔT+C・・・(1)
ここで、Kはクエンチ処理前の鋼板から放散される熱量により決定される定数、Cはクエンチタンクから放散される熱量q1および鋼板に持ち出される熱量q2により決定される定数である。
【0017】
(5)式では、鋼板から持ち込まれる熱量Qがリフロー処理時のEIによる+の熱量のみを考慮しているためkは1/ρにより一義的に決定されることになる。しかしながら、実機の連続電気錫めっきラインでは鋼板から持ち込まれる熱量Qとしてクエンチ処理前に鋼板から放熱される熱量を考慮する必要が生じる。したがって、(1)式においてKはクエンチ処理前の鋼板から放散される熱量により決定される定数であり、リフロー処理の加熱方式、通電長さ、リフロー処理の通電ロールとクエンチタンクまでの距離などにより決定される。
【0018】
また、Cはクエンチタンクから放散される熱量q1および鋼板に持ち出される熱量q2により決定される定数であり、クエンチタンクの形状、冷却水の温度、冷却水量、気温、クエンチタンク内のパス長さ、ラインスピードなどにより決定される。
【0019】
したがって、上記の(1)式のように、EIに応じて水量Wの補助冷却水をクエンチタンクに投入すれば、クエンチタンク内の冷却水の温度を一定に制御できることになる。非定常時においては、EIの変化に応じた水量Wの補助冷却水を投入するだけなので、従来のように冷却水の温度をモニターしながらPID制御する場合に比べ、冷却水の温度のハンチングを小さくでき、クエンチステインの発生を少なくできる。また、本発明では、特許文献1のように正確な測定が困難な鋼板温度ではなく、正確な測定が可能なリフロー処理時の電圧と電流により投入する補助冷却水の水量を決定しているので、クエンチステインの発生を確実に少なくすることができる。
【0020】
図2に本発明を実施するためのクエンチ処理設備の一例を模式的に示す。
【0021】
電気めっき後の錫めっき鋼板1は、1対のコンダクターロール2を介してマッフル炉3内で通電加熱されてリフロー処理される。リフロー処理後の錫めっき鋼板1は、クエンチタンク4内の冷却水5へ浸漬されるとともに、クエンチタンク4内のしきい板6でしきられた部分に設置された1対のスリットノズル7からも循環ポンプ8により供給される冷却水5がスプレーされてクエンチ処理される。このとき、リフロー処理時のコンダクターロール2の通電条件から求まるEIと循環ポンプ8の近傍に設けた温度計9で測定される冷却水5の温度Tと補助冷却水配管10に設けた温度計11で測定される補助冷却水の温度Tcwを基に、演算装置12により上記の(1)式の水量Wを計算し、補助冷却水配管10に設けた流量調整弁13を調整して補助冷却水をクエンチタンク4へ投入することにより本発明を実施できる。なお、補助冷却水が投入されているため、クエンチタンク4の冷却水5の量は増加するので、冷却水5の一部はオーバーフロー配管14で回収され、熱交換器15でクエンチタンク4の冷却水5の温度より0~10℃高くなるように調整されて、クエンチタンク4へ戻される。通常、冷却水の温度Tは40〜80℃に、補助冷却水の温度Tcwはそれより20〜60℃低い温度に設定される。
【0022】
図3に非定常時、すなわち鋼板から持ち込まれる熱量が変わったときの本発明法による冷却水の温度変化を示す。また、図4に非定常時における従来のPID制御による冷却水の温度変化を示す。
【0023】
図3に示すように、本発明法による温度制御では、リフロー処理時のEIの変化に応じて必要な水量の補助冷却水を投入するだけでよいので、非定常時における冷却水の温度のハンチングを小さくでき、クエンチ処理時に均一冷却が可能となる。一方、図4に示すように、従来の方法では、冷却水の温度をモニターしながらPID制御により補助冷却水の水量を調整する必要があるので、非定常時における冷却水の温度のハンチングが大きくなり、クエンチ処理時に不均一冷却が起こりやすい。
【実施例1】
【0024】
実機の連続電気錫めっきラインに図2に示すようなクエンチ処理設備を設け、板厚0.15〜0.60mm、板幅700〜1100mm、めっき付着量(片面当たり)0.25〜15g/cm2の電気錫めっき後の鋼板をラインスピード150〜490m/minで搬送させ、こうした鋼板のサイズ、めっき量、ラインスピ−ドの条件に合わせてリフロー処理の電圧Eを150〜300V、電流Iを1500〜25000Aの範囲でリフロー処理を施した後、温度60℃の冷却水中に温度30℃の補助冷却水を(8)式に応じて決まる水量Wを2〜85m3/hr投入しながらクエンチ処理を施し、クエンチステインの発生状況を調査したところ、いずれの条件変更の場合でも冷却水の温度のハンチングは1.0℃以内に抑制され、クエンチステインの発生は従来のPID制御の場合の20%以下に防止できた。
【実施例2】
【0025】
実施例1と同様に実機の連続電気錫めっきラインにて、表1に示すA条件(板厚、板幅、めっき付着量、ラインスピード、リフロー処理の電圧及び電流、冷却水温度、ならびに補助冷却水温度)で、リフロー処理およびクエンチ処理を行い、電気錫めっき鋼板を製造した。A条件の後、表1に示すB条件で、リフロー処理およびクエンチ処理を行ない、電気錫めっき鋼板を製造した。発明例1ではクエンチ処理時に補助冷却水を(8)式に応じて決まる水量Wを投入した。また、比較例1では従来のPID制御により補助冷却水を投入した。A条件からB条件に変更したときの冷却水の温度のハンチングを調査した。表1に示すとおり、発明例1では冷却水のハンチングは1.0℃以内に抑制され、ハンチング由来のクエンチステインは防止できた。比較例1では冷却水のハンチングが3℃を超え、条件変更時にクエンチステインが発生した。
【0026】
【表1】

【実施例3】
【0027】
実施例1と同様に実機の連続電気錫めっきラインにて、表2に示すC条件(板厚、板幅、めっき付着量、ラインスピード、リフロー処理の電圧及び電流、冷却水温度、ならびに補助冷却水温度)で、リフロー処理およびクエンチ処理を行い、電気錫めっき鋼板を製造した。C条件の後、表2に示すD条件で、リフロー処理およびクエンチ処理を行ない、電気錫めっき鋼板を製造した。発明例2ではクエンチ処理時に補助冷却水を(8)式に応じて決まる水量Wを投入した。また、比較例2では従来のPID制御により補助冷却水を投入した。C条件からD条件に変更したときの冷却水の温度のハンチングを調査した。表2に示すとおり、発明例2では冷却水のハンチングは1.0℃以内に抑制され、ハンチング由来のクエンチステインは防止できた。比較例2では冷却水のハンチングが3℃を超え、条件変更時にクエンチステインが発生した。
【0028】
【表2】

【符号の説明】
【0029】
1 錫めっき鋼板
2 コンダクターロール
3 マッフル炉
4 クエンチタンク
5 冷却水
6 しきい板
7 スリットノズル
8 循環ポンプ
9 温度計
10 補助冷却水配管
11 温度計
12 演算装置
13 流量調整弁
14 オーバーフロー配管
15 熱交換器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続電気錫めっきラインにおけるリフロー処理後のクエンチ処理において、クエンチタンク内の冷却水の温度を、下記の(1)式および(2)式を満足する水量W(m3/hr)の補助冷却水を前記クエンチタンクに投入して制御することを特徴とする電気錫めっき鋼板の製造方法;
W=K×EI/ΔT+C・・・(1)
ΔT= T-Tcw・・・(2)
ただし、Eはリフロー処理時の電圧(V)、Iはリフロー処理時の電流(kA)、Tはクエンチタンク内の冷却水の温度(℃)、Tcwは補助冷却水の温度(℃)を表し、また、Kはクエンチ処理前の鋼板から放散される熱量により決定される定数、Cはクエンチタンクから放散される熱量および鋼板に持ち出される熱量により決定される定数である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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