説明

電波吸収体の実効厚み制御法及び電波吸収体

【課題】厚みの異なる複数の電波吸収部材を複数組み合わせ配置することにより、実質的に厚みを制御し所望の電波吸収体を簡易に実現する。
【解決手段】厚みが異なる電波吸収部材を少なくとも一つ含む複数の電波吸収部材3〜6を面状に配置して電波吸収体を構成することによって、前記電波吸収体の実効厚みを制御する。これにより、既存の電波吸収部材を活用して、新規に電波吸収体を製造することなく所望特性の電波吸収体の実現が可能であり、設計コストや製造コストを下げることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波吸収体の実効厚み制御法及び電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
電波吸収体は、電波暗室内での電波散乱抑制、橋脚によるレーダ偽像防止、ETCの誤作動防止、SAR(Specific Absorption Rate)計測用人体ファントムの部材への使用等を目的として近年広く産業界でその需要が増大している。
【0003】
図8は一般的な単層電波吸収体であって、電波のエネルギーを熱エネルギーに変換する機能を有する電波損失材をフィラーとしてバインダーに混入した電波吸収層2(厚みd)を金属板や導電フィルム等の電波反射層1上に積層した構造を有している。電波吸収層2の形態としては、バインダーとしてゴムや樹脂を、電波損失材としてカーボン粉末やフェライト粉末を用いる技術が例えば下記特許文献1及び2に記載されている。また、エポキシ系塗料にフェライト粉末等を混ぜた電波吸収塗料技術が非特許文献1に報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−77584号公報
【特許文献2】特開2004−296758号公報
【0005】
【非特許文献1】電子情報通信学会論文誌B-H Vol.J73 No.4 pp.214-223 1990年4月
【0006】
このような電波吸収体において、電波吸収量を大きくするためには、電波吸収層を厚くするとともに電波損失材の量を多くして電波の熱への変換効率を高めることが通常考えられる。
【0007】
しかし、単純に電波吸収層を厚くし電波損失材の量を多くするだけでは、電波吸収体と空気のインピーダンスの不一致により電波吸収体表面での電波の反射量が増大し、電波吸収性能は良くならない。電波吸収量を最大にするには、電波吸収層の電気定数と呼ばれる誘電率ε及び透磁率μを考慮しながらその厚みを最適化することが必要である。
【0008】
電波吸収体の電波吸収量S[dB]は、入射面での電波の反射率Γを用いて(1)式及び(2)式で求められる。
S[dB]=−20log10|Γ| (1)
Γ=(Zin−1)/(Zin+1) (2)
【0009】
ここで、Zinは入射面から電波吸収体内部を見たときの規格化入力インピーダンスであり、光速度、入射電波の周波数、電波吸収層の比誘電率、比透磁率及び厚みをそれぞれc、f、ε、μ、dとすると、(3)式で表される。
【0010】
【数1】


一般的に電波吸収体の性能としては、所望の運用周波数帯域で電波吸収量として20dB以上が必要とされているため、以下の式(4)が設計条件となる。
|Γ|≦0.1 (4)
【0011】
一般に(4)式を満足する電気定数及び厚みの組み合わせは複数あるが、前記ε、μを有する現実の物質が必ずしも存在するとは限らない。したがって、一般には電波吸収体を使用する環境等の運用条件により使用する材料がまず選定され、これにより材料の電気定数が決まり、(4)式より厚みが決定されることになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
電波吸収体の吸収性能は電波吸収層の電気定数及び厚みに依存するため、厚みを設計値どおりに実現することは極めて重要である。しかし、シート型や塗料型の電波吸収体の場合、厚みを計測しながら製作するものの、製造後、バインダーである樹脂や塗料が固化する過程で厚みが変化し、実質的には厚みにばらつきが生じるという問題があった。
【0013】
一方、運用上の要求から同一材料で様々な吸収周波数を有する電波吸収体が必要になる場合も多々ある。この場合、所望の周波数に応じた厚みの電波吸収体を新たに製作することになり、設計コストや製造コスト上無駄が多いという問題があった。
【0014】
本発明は、上記の点に鑑み、厚みの異なる複数の電波吸収部材(電波吸収体を分割したものに相当)を複数組み合わせ配置することにより、実質的に厚みを制御し所望の電波吸収体を簡易に実現することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために、本発明のある態様の電波吸収体の実効厚み制御法は、同一材料で、厚みが異なる電波吸収部材を少なくとも一つ含む複数の電波吸収部材を面状に配置して電波吸収体を構成することによって、前記電波吸収体の実効厚みを制御することを特徴としている。
【0016】
前記態様において、前記複数の電波吸収部材のうち、少なくとも一つは面積を異ならせてもよい。
【0017】
本発明のもう一つの態様は電波吸収体であり、同一材料で、厚みが異なる電波吸収部材を少なくとも一つ含む複数の電波吸収部材が面状に配置されたことを特徴としている。
【0018】
前記態様において、前記複数の電波吸収部材の少なくとも一部は、面積が異なるものであってもよい。
【0019】
前記態様において、前記電波吸収部材は電波反射層上に電波吸収層を積層したものであればよい。
【0020】
なお、以上の構成要素の任意の組合せもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、厚みの異なる複数の電波吸収部材(電波吸収体を分割したものに相当)を複数組み合わせ配置することにより、実質的に厚みを制御することが可能であり、所望特性の電波吸収体を簡易に実現することができる。例えば、既存の電波吸収部材を組み合わせ配置することにより、新規に電波吸収体を設計・製作することなく所望特性の電波吸収体を実現できる効果がある。この組み合わせる電波吸収部材には、製造過程で発生した厚みがばらついた電波吸収体を用いることも可能であり、従来不良品として廃棄される電波吸収体を再利用できるという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る電波吸収体の実効厚み制御法及び電波吸収体の第1の実施の形態であって、電気定数が同一で厚み及び面積が異なる電波吸収部材を組み合わせ配置した平面図である。
【図2】第2の実施の形態であって、電気定数が同一で厚みがdの電波吸収部材を2個、前記電波吸収部材と同じ電気定数を有し厚みがdの電波吸収部材を2個、組み合わせ配置した平面図である。
【図3】第3の実施の形態であって、電気定数が同一で厚みがdの電波吸収部材を2個、前記電波吸収部材と同じ電気定数を有し厚みがdの電波吸収部材を2個、前記第2の実施の形態とは異なるように組み合わせ配置した平面図である。
【図4】第4の実施の形態であって、電気定数が同一で厚みがdの電波吸収部材を1個、前記電波吸収部材と同じ電気定数を有し厚みがdの電波吸収部材を3個、組み合わせ配置した平面図である。
【図5】本発明に係る実施例1の電波吸収体の電波吸収試験を行った結果を示す反射率の周波数特性図である。
【図6】本発明に係る実施例2の電波吸収体の電波吸収試験を行った結果を示す反射率の周波数特性図である。
【図7】本発明に係る実施例3の電波吸収体の電波吸収試験を行った結果を示す反射率の周波数特性図である。
【図8】一般的な単層電波吸収体の構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態及び実施例を詳述する。なお、各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理等には同一の符号を付し、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は発明を限定するものではなく例示であり、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0024】
本発明者は、同一材料で厚みd、面積Sを有するN個の電波吸収部材(電波吸収体を分割したものに相当し、例えば図8の一般的な単層電波吸収体である)を、下記条件式に従って平面的に組み合わせ配置することにより、厚みdの電波吸収体と等価な電波吸収体を実現できることを見いだした。
【0025】
【数2】


この場合、各電波吸収部材の面積は同一でも異なっていてもよいが、電波器材の放射ビーム径内に上記電波吸収体(面状配置の電波吸収部材群)が収まるように、個々の電波吸収部材の面積を小さくすることが必要である。
【0026】
上記(5)式を満足するように電波吸収部材を組み合わせ配置した電波吸収体に電磁波が入射したときの反射率Γは個々の電波吸収部材の反射率Γ(d)を用いて下記(7)式で表される。
【0027】
【数3】


なお、Γは電気定数及び厚みの関数であるが、個々の電波吸収部材は同一材料なのでここでは電気定数の表示を省略し、厚みdのみの関数として表示した。(5)式で定義される厚みをdeffとしてΔd=d−deffとおくと、ΓはΔdがdよりも十分小さいとして以下のように近似される。
【0028】
【数4】


ここで、(8)式中、Γ′はΓのdに関する微分係数である。実際の電波吸収体に使用される電気定数及び厚みを用いて(8)式を計算すると、その第2項は第1項に対して殆ど無視できることが確認できる。従って、Γは実質的にΓ(deff)に等しく、すなわち前記N個の電波吸収部材を配置した電波吸収体は厚みdeffの電波吸収体と同じ吸収性能を有することがわかる。従って前記N個の電波吸収部材からなる電波吸収体の実効厚みはdeffであると言える。
【0029】
図1は本発明の第1の実施の形態であって、同一材料(電気定数が同一)ではあるが、厚み及び面積が異なる4個の電波吸収部材3,4,5,6を平面的に隙間無く配置して電波吸収体を構成したものであり、個々の電波吸収部材3,4,5,6は例えば図8の単層電波吸収体の構造を有する。この場合、4個の電波吸収部材3,4,5,6からなる電波吸収体の実効厚みはdeffは(5)式から求められる。
【0030】
従って、既存の複数種の厚みの電波吸収部材から4個の電波吸収部材3,4,5,6を適宜選択することで、実質的に厚みを制御することが可能であり、新規に電波吸収体を設計・製作することなく所望特性の電波吸収体を簡易に実現することができる。この組み合わせる電波吸収部材には、製造過程で発生した厚みがばらついた電波吸収体を用いることも可能であり、従来不良品として廃棄される電波吸収体を再利用できるという利点もある。
【0031】
図2は本発明の第2の実施の形態であって、同一材料ではあるが、厚みの異なる第1の電波吸収部材7と第2の電波吸収部材8を2個ずつ平面的に隙間無く配置して電波吸収体を構成したものであり、個々の電波吸収部材7,8は図8の一般的な単層電波吸収体の構造を有する。
【0032】
電波吸収部材7の厚みがd、電波吸収部材8は電波吸収部材7と同一材料で厚みがdである場合、d=(d+d)/2の電波吸収体を実現するにあたって、従来は新たに厚みdの電波吸収体を製作する必要があった。しかし、本発明では図2に示すように同一面積の電波吸収部材7及び電波吸収部材8を単に平面的に隙間無く配置接合すればよい。
【0033】
図3は本発明の第3の実施の形態であって、第1の電波吸収部材7と第2の電波吸収部材8の配置を第2の実施の形態とは異ならせた場合を示す。この場合にも第2の実施の形態と同様の効果が得られる。
【0034】
図4は本発明の第4の実施の形態であって、第1の電波吸収部材7を1個、これと厚みの異なる第2の電波吸収部材8を3個組み合わせて平面的に隙間無く配置接合して電波吸収体を構成したものである。
【0035】
この場合、電波吸収部材7と電波吸収部材8を図4のように配置接合することで、厚みd=(d+3d)/4の電波吸収体を実現可能である。つまり、電波吸収体の実効厚みを、個々の電波吸収部材の面積で重み付け平均することにより得ることができる。
【0036】
以下に、本発明の手法により作製した実施例に係る電波吸収体の吸収特性の測定結果を示す。
【実施例1】
【0037】
カーボニル鉄を混入したウレタン樹脂を電波吸収層とした一辺長が150mm、厚み0.8mmの矩形状の電波吸収部材(反射層有り)RAM08及び同一材料で厚みが1.2mmの電波吸収部材(反射層有り)RAM12をそれぞれ2個ずつ、RAM08を第1の電波吸収部材7として、RAM12を第2の電波吸収部材8として図2のように配置して電波吸収体を構成した場合の電波吸収特性の実測値を図5に示す。また、比較のために図5にはこの電波吸収体と同じ電気定数を有し厚み1.0mmの電波吸収体(反射層有り)RAM10の吸収特性の実測値を示した。本発明に係る実施例1とRAM10の吸収特性は一致しており、本手法の有効性が確認された。
【実施例2】
【0038】
実施例1にて用いた電波吸収部材RAM08と電波吸収部材RAM12の空間的配置を図3のように変化させて電波吸収体を構成した。この場合の電波吸収特性の実測値を図6に示す。また、比較のために図6にはこの電波吸収体と同じ電気定数を有し厚み1.0mmの電波吸収体RAM10の吸収特性の測定値を示した。計測結果は実施例1とほぼ同様であり、本発明の電波吸収体の吸収特性は個々の電波吸収部材の配置順序には関係なく、(5)式で示すような個々の電波吸収部材の厚みと面積比だけで決まることが確認された。
【実施例3】
【0039】
実施例1で用いた電波吸収部材RAM08を1個、電波吸収部材RAM12を3個組み合わせて図4のように配置した場合の電波吸収特性の実測値、及び比較のための厚み1.1mmの電波吸収体RAM11の電波吸収特性の測定値を図7に示す。この場合も本発明に係る実施例3とRAMllの吸収特性は一致しており、本手法の有効性が確認された。
【0040】
以上、実施の形態及び実施例を例に本発明を説明したが、実施の形態の各構成要素や各処理プロセスには請求項に記載の範囲で種々の変形が可能であることは当業者に理解されるところである。
【0041】
本発明の各実施の形態及び各実施例においては、矩形状の電波吸収部材を組み合わせたが、面積及び形状は任意でよい。各実施例において、個々の電波吸収部材の長さは対象とする電波の波長よりも長い場合を例示したが、電波の波長よりも短い場合にも有効であると考えられる。
【0042】
また、複数の電波吸収部材を平面配置する場合を例示したが、緩やかな湾曲面を成すように配置する場合にも本発明は適用可能である。なお、電波吸収部材を配置する場合、一般に電波吸収部材間に隙間があると吸収性能は劣化するが、実用上3dB以下の性能劣化を生じる程度の隙間は許容される。
【0043】
各電波吸収部材は図8の単層電波吸収体の構造を有する場合で説明したが、単層電波吸収体の構造に限定されない。また、電波吸収層はゴム、樹脂等のバインダーに、フェライト、カーボニル鉄等の磁性損失材料を混入したもののほか、前記バインダーにカーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンマイクロコイル等の誘電損失材料を混入したものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0044】
既存の電波吸収体を活用することで、新規に電波吸収体を製造することなく所望特性の電波吸収体の実現が可能であり、設計コストや製造コストを下げることができる。
【符号の説明】
【0045】
1 電波反射層
2 電波吸収層
3〜6 電気定数が同一の電波吸収部材
7 第1の電波吸収部材
8 第2の電波吸収部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一材料で、厚みが異なる電波吸収部材を少なくとも一つ含む複数の電波吸収部材を面状に配置して電波吸収体を構成することによって、前記電波吸収体の実効厚みを制御することを特徴とする電波吸収体の実効厚み制御法。
【請求項2】
前記複数の電波吸収部材のうち、少なくとも一つは面積を異ならせた、請求項1記載の電波吸収体の実効厚み制御法。
【請求項3】
同一材料で、厚みが異なる電波吸収部材を少なくとも一つ含む複数の電波吸収部材が面状に配置されたことを特徴とする電波吸収体。
【請求項4】
前記複数の電波吸収部材の少なくとも一つは、面積が異なるものである、請求項3記載の電波吸収体。
【請求項5】
前記電波吸収部材は電波反射層上に電波吸収層を積層したものである、請求項3又は4記載の電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−33675(P2012−33675A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171472(P2010−171472)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(390014306)防衛省技術研究本部長 (169)
【Fターム(参考)】