説明

電波吸収体

【課題】 電波吸収性能を向上させる。
【解決手段】 繊維本体2を絡ませて繊維集合体に加工され、繊維本体2の表面に導電材層3と、磁性材層4とを内外2層に設けた電波吸収体である。繊維本体2は、有機又は無機繊維の1本のフィラメントであり、導電材層3は、電波吸収体1に外来の電磁波が入射したときに、高周波電流が誘起される層である。また、磁性材層4は、前記高周波電流によって誘起される高周波磁界を磁性損失によって減衰させ、散乱電磁波の再放射を減少させる層である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ波〜ミリ波帯の電波反射抑制を目的とする電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
有機繊維の集合体表面にカーボン層を付着させることによって、導電性を保有させた繊維の集合体からなる電波吸収体は、1950年代初期に米国で商業生産され始め、1970年代には日本も輸入され使用されるようになった。図6(a)に示すように、このタイプの電波吸収体11は、カーボン層を表面に形成した有機繊維の繊維本体12を絡ませて集合体としてマット状に加工したものである。
【0003】
集合体を構成する1本の繊維本体12の表面を覆ってカーボン層13が形成されている様子を図6(b)に示す。このタイプの電波吸収体11の電波減衰メカニズムは、図6(c)に示すように繊維の集合体の面に、電磁波Rw(電界成分ベクトルEf、磁界成分ベクトルMf)が入射したときに、繊維の集合体を構成する繊維本体12の表面のカーボン層13には、矢印方向に示す高周波電流Hcが誘起され、繊維本体12のカーボン層13からは、多方向に散乱電磁波Rsが再放射され、繊維本体12のカーボン層13に誘起された高周波電流Hcによる電力損失と、散乱電磁波Rsの再放射とによって電波吸収特性が得られるというものである。
【0004】
そして、このタイプの電波吸収体によりときには、導電性を保有させた繊維集合体の密度と繊維の導電性を調整することによって、マイクロ波〜ミリ波帯の比較的広い周波数帯で平均−15dB〜−25dBの電波吸収性能を得ることができる。
【0005】
また、繊維集合体の繊維密度を電波到来面から徐々に増大させることによって電波吸収性能を−20〜−25dBに改善することができ、さらに、繊維集合体の厚さを厚くすることによって、吸収できる電波の周波数範囲を低周波数側に広げることも可能である。
【0006】
ところで、有機繊維の集合体は、従来より各種フィルター、水滴消音材、排水処理材、土砂浸食防止材等の用途に用いられてきたが、これらの繊維集合体は、繊維密度、厚さ、繊維太さなどのバラツキが大きく、これらの用途に用いられていた有機繊維の集合体に単純に導電性を付与して電波吸収材の材料として用いようとすると、繊維密度、厚さ、繊維太さなどのバラツキの影響で電波吸収性能の周波数特性や電波吸収量が不安定になって、電波吸収性体として十分な機能が得られない。
【0007】
また、電波吸収体に用いる有機繊維として従来は、馬の尻毛や椰子の繊維が使用されてきたが、馬の尻毛や椰子の繊維は天然のもので、品質の同じものをそろえるのが困難であり、またその供給量から入手が困難であるという問題がある。このような問題点を解決するため、特許文献1には、極性ポリマーからなり、且つカーボン被覆を有する繊維を互いに絡ませたマット状のもので、従来のように馬の尻尾の毛や椰子の繊維のような天然繊維ではなく人工繊維を使用した電波吸収体が記載されている。
【0008】
特許文献1に記載された電波吸収体は、要するに、人工繊維を用いることで、品質のバラツキがなく、繊維自体の太さが一定で、各種太さの繊維も容易に得られ、均一な品質の繊維を使用することができると共に、カーボンも付着し易く、厚さの一様なカーボン被層を形成することができるというもので、特許文献1の明細書中には、厚さ30mm、縦×横=300×300mmに加工した試料の電波吸収特性として、8.4〜12.4GHz帯において反射減衰量20dB以上が得られたことが記載されている。
【0009】
ところで、繊維集合体を構成する繊維本体の種類が有機繊維であろうが、無機繊維であろうがその種類の如何に関わらず、繊維本体の表面をカーボン層で被覆して導電性を付与することによって得られる電波吸収特性のメカニズムは、前述のようにカーボン層に誘起された高周波電流による電力損失と、散乱電磁波の再放射による電力の拡散とによって入射電磁波を減衰させることである。散乱電磁波の再放射に関しては、電波吸収体の内部からの再放射は電波吸収性能を高める作用を持つが、電波吸収体表面部からの散乱電磁波の再放射は、逆に電波吸収性能を劣化させるという問題があることがわかった。
【特許文献1】特公平7―105610号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
解決しようとする問題点は、電波吸収体の内部からの散乱電磁波の再放射によって高められた電波吸収性能は、電波吸収体の表面部から再放射される散乱電磁波によって相殺されるという点である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、有機繊維集合体の有機繊維表面に被覆した導電材層上に更に磁性材皮層を被覆し、磁性材層の磁性損失によって、導電性繊維から再放射される電磁波を減少させ、電波吸収性能をさらに向上させる点を最大の特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、有機繊維表面上の導電材層上を被覆する磁性材層は、再放射される散乱電磁波を磁性損失によって減少させるため、安定で高い電波吸収性能が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
電波吸収体表面から再放射される散乱電磁波によって生じる電波吸収性能の劣化を防止するという目的を、繊維集合体の表面に、導電材層と、磁性材層とを内外2層の被覆層を設けることによって実現した。
【実施例1】
【0014】
図1(a)は本発明の1実施例を示す電波吸収体を示す図である。この実施例による電波吸収体1は、有機繊維の繊維本体2を互いに絡ませ、一定形態のマット状に保形された繊維集合体である。図1(b)において、繊維本体2は、繊維集合体を構成する1本のフィラメントであり、その表面は、内層被覆として導電材層3で覆われ、その外周は、さらに外層被覆として磁性材層4で覆われている。内層被覆の導電材層3は、電波吸収体に外来の電磁波が入射したときに、高周波電流が誘起される層であり、外層被覆の磁性材層4は、前記高周波電流によって内層被覆に誘起された高周波磁界を減衰させ、散乱電磁波の再放出を減少させる層である。
【0015】
本発明の電波吸収体1による電波吸収作用のメカニズムを図2に示す。図2(a)において、電磁波Rw(電界成分ベクトルEf、磁界成分ベクトルMf)が本発明による電波吸収体1のマットの面に入射したときに、電波吸収体1の表面には、矢印方向に示す高周波電流Hcが誘起され、電波吸収体1の表面からは、多方向に散乱電磁波Rsが再放射される。これを1本の繊維本体2について見ると、図2(b)のように、電波吸収体1に外来の電磁波が入射したときに、内層被覆の導電材層3に高周波電流Hcが誘起され、外層被覆の磁性材層4内には、この高周波電流Hcによって、高周波磁界Hmが誘起される。
【0016】
外層の磁性材層4に誘起された高周波磁界Hmは、磁性材層4の有する磁性損失によって減衰し、電波吸収体1の表面部から放出される散乱電磁波Rsの放出量を減少させ、繊維本体2の表面を導電材層のみで被覆しただけの従来の電波吸収体に比較して電波吸収性能を大幅に(−25〜−35dBに)向上させることができる。
【0017】
次に本発明の電波吸収体の製造方法を以下に説明する。
(1)有機繊維集合体の加工
繊維本体2に、太さが直径0.01〜3mm、好ましくは0.02〜0.8mmの塩化ビニリデン繊維糸を選定し、繊維集合体は、この繊維本体を互いに絡ませ、任意の厚さで密度は0.01〜0.1g/cm、この実施例においては厚さ20mm、密度0.04g/cmのマット状に加工した。
【0018】
(2)導電材層(内層被覆)の形成
次にこの繊維集合体を300×300mmの定型のマット状に裁断し、この繊維集合体を重量比でグラファイト20%、カーボンブラック5%、接着剤としてアクリル樹脂10%及び塩化ビニリデンラテックス10%、水35%、その他分散剤10%を含む水溶液に浸漬し、その後、繊維集合体を水溶液から取り出して80℃で乾燥した。これによって、繊維集合体の繊維表面には内層被覆として、カーボンとグラファイトとによる導電材層3が形成された。導電材層3は、繊維集合体1cm当たり百分の数g、この例では、繊維集合体1cm当たり0.03gであった。
【0019】
(3)磁性材層(外層被覆)の形成
次に得られた有機繊維集合体を、重量比でマグネタイト30%と塩化ビニリデンラテックス10%、水50%、その他分散剤10%の水溶液に浸漬し、その後水溶液から取り出して80℃で乾燥した。繊維表面の導電材層3上には磁性材層4であるマグネタイトの層が形成され、その付着量は、繊維集合体1cm当たり百分の数g、この例では、0.01gの磁性材を付着させ、繊維本体の表面の内外に導電材層と、磁性材層との2層の積層を有する電波吸収体を得た。
【0020】
(4)実施例と比較例による電波吸収体の電波吸収性能
図3に示すネットワークアナライザ5を用い、上記方法によって製造された電波吸収体の電波吸収性能を測定した。測定に際しては、送信ホーンアンテナ6及び受信ホーンアンテナ7の下方1000mmの位置に、測定試料8として300×300mmの大きさのマット状の電波吸収体を設置し、測定試料8の周囲には、不要反射波除去用の電波吸収体9を配置して測定した。
【0021】
図4に、繊維表面に導電材層と、磁性材層との積層を有する本発明による電波吸収体の電波吸収性能を示す。図4に明らかなとおり、実施例によれば、繊維表面の導電材層上に、磁性材層を積層することによって、電波吸収性能は、8−18GHzで平均−30dBの反射減衰量が得られた。比較のため、前記(2)の導電材層の形成処理によって、繊維集合体の繊維本体表面にカーボンとグラファイトとの導電材層(内層被覆)のみを形成した試料を比較例の電波吸収体としてその電波吸収性能を測定した。
【0022】
その測定結果を図5に示す。測定結果によれば、図5に示すように、電波吸収性能は、8−18GHzで平均−20dBの反射減衰量に留まった。図4と図5とを比較して明らかなように、繊維集合体の繊維表面に積層された導電材層の上にさらに磁性材層を積層することによって、電波吸収性能を大幅に改善できることがわかる。
【0023】
以上実施例においては、有機繊維の繊維本体の表面に導電材層と磁性材層とを積層した場合の例について説明したが、本発明による電波吸収体は、有機繊維の集合体に限らず、無機繊維の集合体の表面に導電材層と磁性材層とを積層しても,繊維集合体に導電材層が積層されたものに比してその電波吸収性能を大幅に改善できることが判明している。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、電磁波の吸収や、電波障害の防止を目的として電波暗室の天井や壁面貼り付け用電波吸収体として、また送信アンテナ間の干渉を防止する電波吸収体として各種の技術分野において広く活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明による電波吸収体の1例を示すもので、(a)は、電波集合体の斜視図、(b)は、繊維集合体を構成する1本の繊維の外周に形成された導電材層と磁性材層との積層を示す図である。
【図2】(a)は、本発明による電波吸収体に電磁波が入射したときに電磁波の再放射を減少させる様子を示す図、(b)は、繊維本体に積層された導電材層と磁性材層内に生じる高周波電流と、高周波磁界の様子を示す図である。
【図3】実施例及び比較例の電波吸収体の反射減衰量測定に用いた測定系の概略図である。
【図4】実施例に用いた電波吸収体の反射減衰特性を示す図である。
【図5】比較例に用いた電波吸収体の反射減衰特性を示す図である。
【図6】(a)は、従来の電波吸収体の外観斜視図、(b)は、繊維集合体を構成する1本の繊維の外周に形成された導電材層を示す図である。
【符号の説明】
【0026】
1、11 電波吸収体
2、12 繊維本体
3 導電材層
4 磁性材層
5 アナライザ
6 送信ホーンアンテナ
7 受信ホーンアンテナ
8 測定試料
9 不要反射波除去用の電波吸収体
13 カーボン層
Rw 電磁波
Ef 電界成分ベクトル
Mf 磁界成分ベクトル
Hm 高周波磁界
Hc 高周波電流
Rs 散乱電磁波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維本体を絡ませて繊維集合体に加工され、繊維本体の表面に、導電材層と、磁性材層とを内外2層に設けた電波吸収体であって、
繊維本体は、有機又は無機繊維の1本のフィラメントであり、
内層被覆は、電波吸収体に外来の電磁波が入射したときに、高周波電流が誘起される層であり、
外層被覆は、前記高周波電流によって内層被覆に誘起された高周波磁界を減衰させ、散乱電磁波の再放出を減少させる層であることを特徴とする電波吸収体。
【請求項2】
前記内層被覆は、導電材層であり、外層被覆は、磁性材層であることを特徴とする請求項1に記載の電波吸収体。
【請求項3】
繊維本体は、太さが直径0.01〜3mmの塩化ビニリデン繊維糸であり、
繊維集合体は、前記繊維本体を互いに絡ませることによって、密度0.01〜0.1g/cmのマット状に加工されているものであることを特徴とする請求項2に記載の電波吸収体。
【請求項4】
前記導電材層は、前記繊維集合体をグラファイト、カーボンブラックに接着剤と水、その他分散剤を含む水溶液に浸漬し、その後、繊維集合体を水溶液から取り出して乾燥することによって形成されたカーボンとグラファイトとの層であり、
前記磁性材層は、前記導電材層を形成後、マグネタイトに接着剤と水、その他分散剤を含む水溶液に浸漬し、その水溶液から取り出して乾燥することによって形成されたマグネタイトの層であることを特徴とする請求項3に記載の電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−311510(P2008−311510A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−159076(P2007−159076)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【出願人】(000221959)東北化工株式会社 (17)
【Fターム(参考)】