説明

電解質膜の製造方法、電解質膜の製造装置

【課題】本発明は、電解質前駆体膜に対して加水分解処理をおこなう技術の容易化を図ることを目的とする。
【解決手段】燃料電池に使用される電解質膜の製造方法は、加水分解によってイオン伝導性が付与される前のイオン交換樹脂前駆体により形成された電解質前駆体膜を準備する準備工程と、電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧して前記イオン交換樹脂前駆体に含まれるイオン交換基前駆体を加水分解する噴霧工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に使用される電解質膜の製造方法、および、製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、燃料電池に使用される電解質膜の製造工程において、SO2F基等のイオン交換基前駆体を有するイオン交換樹脂前駆体膜であるF型電解質膜(以後、「電解質前駆体膜」とも呼ぶ)に対して加水分解処理をおこなって、SO3H基等のイオン交換基を有するイオン交換樹脂膜であるH型電解質膜(以後、単に「電解質膜」とも呼ぶ)を生成する工程が知られている(特許文献1)。
【0003】
この工程では、電解質前駆体膜をアルカリ性の溶液と酸性の溶液に順次浸漬すことによって加水分解処理がおこなわれるが、アルカリ性溶液によって電解質前駆体膜が十分な加水分解反応を得るためには、浸漬時間を長くする必要があり、製造効率が低下する問題があった。
【0004】
本願発明者は、この問題を解決するために、アルカリ性溶液の濃度や温度を高くすることによって、浸漬時間を短縮しても十分な反応が得られることを見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−257765号公報
【特許文献2】特開2010−165625号公報
【特許文献3】WO2002/062878号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、高濃度のアルカリ性溶液は、取り扱いが容易ではなく、溶液を収容可能な容器等の材質が限定されるために製造設備のコストが上昇する等の問題があった。このように、電解質前駆体膜に対して加水分解処理を実施して電解質膜を製造する技術についてはなお改善の余地があった。
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、電解質前駆体膜に対して加水分解処理をおこなう技術の容易化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0009】
[適用例1]
燃料電池に使用される電解質膜の製造方法であって、
加水分解によってイオン伝導性が付与される前のイオン交換樹脂前駆体により形成された電解質前駆体膜を準備する準備工程と、
前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧して前記イオン交換樹脂前駆体に含まれるイオン交換基前駆体を加水分解する噴霧工程と、を有する製造方法。
【0010】
この構成によれば、電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧するため、電解質前駆体膜に対して容易に加水分解処理をおこなうことができる。
【0011】
[適用例2]
適用例1に記載の製造方法において、
前記噴霧工程は、雰囲気温度が100℃〜200℃の状態において、前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧する工程を含む、製造方法。
【0012】
この構成によれば、雰囲気温度が100℃〜200℃の状態において電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧するため、加水分解処理をより効率的におこなうことができる。
【0013】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の製造方法において、
前記噴霧工程において噴霧に用いられるアルカリ性溶液の濃度は、1規定〜12規定の範囲である、製造方法。
【0014】
この構成によれば、電解質前駆体膜に対して容易に加水分解処理でき、また、加水分解処理における安全性の向上を図ることができる。
【0015】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれかに記載の製造方法において、
前記噴霧工程は、搬送部によってチャンバの上部からチャンバの内部に搬送された前記電解質前駆体膜に対して、前記電解質前駆体膜を鉛直方向下方に移動させながら一方のノズルによってアルカリ溶液を噴霧し、噴霧後の前記電解質前駆体膜を鉛直方向上方に移動させながら、他方のノズルによって再度、アルカリ性溶液を噴霧する工程を含む、製造方法。
【0016】
この構成によれば、電解質前駆体膜に対して容易に加水分解処理でき、電解質膜の製造効率の向上を図ることができる。
【0017】
[適用例5]
燃料電池に使用される電解質膜の製造装置であって、
加水分解によってイオン伝導性が付与される前のイオン交換樹脂前駆体により形成された電解質前駆体膜を搬送するための搬送部と、
前記搬送部によって搬送される前記電解質前駆体膜を内部に収容可能なチャンバと、
前記チャンバの内部の温度を昇温するための加温部と、
前記チャンバの内部に配置され、前記チャンバに搬送された前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性水溶液を噴霧するためのノズルと、を備える製造装置。
【0018】
この構成によれば、チャンバの内部において、ノズルによってアルカリ性溶液を電解質前駆体膜に噴霧するため、電解質前駆体膜に対して容易に加水分解処理をおこなうことができる。
【0019】
[適用例6]
適用例5に記載の製造装置は、さらに、
前記チャンバの重力方向下方に配置され、前記電解質前駆体膜に対して噴霧された前記アルカリ性溶液を含む液体を前記チャンバから回収するためのタンクと、
前記タンクに収容された前記液体を含むアルカリ溶液を前記ノズルに供給する供給部と、を備える製造装置。
【0020】
この構成によれば、電解質前駆体膜に対して噴霧されたアルカリ性溶液を再度ノズルに供給するため、使用するアルカリ性溶液に対する電解質膜の製造効率の向上を図ることができる。
【0021】
[適用例7]
適用例6に記載の製造装置において、
前記タンクは、前記液体に含まれる固形物を除去するためのフィルタを備え、
前記供給部は、前記フィルタを通過した後の前記液体を含むアルカリ溶液を前記ノズルに供給する、製造装置。
【0022】
この構成によれば、電解質前駆体膜に対して噴霧されたアルカリ性溶液を含む液体をフィルタに通過させた後に再度ノズルに供給するため、加水分解処理をより効率的におこなうことができる。
【0023】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、電解質前駆体膜の加水分解方法や、膜電極接合体の製造方法、燃料電池の製造方法などのほか、これらの方法を実行する製造装置、および、これらの方法を装置に実行させるための制御プログラムなどの形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1実施例における電解質膜の製造装置の概略構成を例示した説明図である。
【図2】本実施例の加水分解処理の流れを説明するためのフローチャートである。
【図3】ノズルから噴霧されるアルカリ性溶液の様態を説明するための説明図である。
【図4】従来例における製造装置の概略構成を例示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
A.第1実施例:
図1は、第1実施例における電解質膜の製造装置の概略構成を例示した説明図である。製造装置100は、イオン交換樹脂前駆体により形成される電解質前駆体膜200に対して加水分解処理をおこない、イオン伝導性を付与して電解質膜を生成するため装置である。製造装置100は、搬送部110と、アルカリ処理部120と、酸処理部130と、第1水洗部140と、第2水洗部150と、を備えている。本実施例の製造装置100は、アルカリ処理部120においてアルカリ性溶液を用いて加水分解処理をおこない、酸処理部130において酸性溶液を用いて酸処理をおこなう。
【0026】
搬送部110は、電解質前駆体膜200を搬送するための装置であり、巻出ロール111と、搬送ロール112と、巻取ロール113とを備えている。搬送部110は、巻出ロール111に巻かれた帯状の電解質前駆体膜200を搬送ロール112によって、アルカリ処理部120、第1水洗部140、酸処理部130、第2水洗部150の順に順次搬送し、その後、巻取ロール113に巻き取る。
【0027】
アルカリ処理部120は、電解質前駆体膜200に対してアルカリ性溶液を噴霧するための装置であって、チャンバ121と、ノズル122と、加温部123と、回収タンク124と、濃度調整タンク125と、ポンプ126と、供給配管127と、を備えている。アルカリ性溶液としては、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化カルシウム(Ca(OH)2)、水酸化リチウム(LiOH)など任意のアルカリ性溶液を用いることができる。本実施例では、水酸化ナトリウム(NaOH)を使用した例について説明する。
【0028】
本実施例のアルカリ処理部120は、電解質前駆体膜200に対してアルカリ性溶液を噴霧するため、比較的低濃度のアルカリ性溶液を使用した場合であっても、電解質前駆体膜200に対して十分に加水分解処理をおこなうことができる。その理由については後述する。従来よりも低濃度のアルカリ性溶液によって加水分解処理ができることで、加水分解処理における作業の安全性の向上を図ることができる。なお、ここでいう比較的低濃度のアルカリ性溶液とは、例えば、アルカリ濃度が1規定〜12規定程度のものをいう。なお、規定度Nとモル濃度M(mol/l)との関係は、アルカリ性溶液に含まれる溶質1分子あたりの置換可能なH+またはOH-の数(価数)をnとすると、N=nMとなる。水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムの価数はn=1であり、水酸化カルシウムの価数はn=2である。
【0029】
チャンバ121は、箱形の外形を有し、上面部121Pupに、電解質前駆体膜200を内部に導入するため導入口121Hinと、内部の電解質前駆体膜200を外部に導出するための導出口121Houtと、を備えている。また、チャンバ121は、底面部121Pbtの中央付近に排出口121Hexを備え、底面部121Pbtの液体が側面部121Psiから排出口121Hexに向けて移動するように底面部121Pbtに勾配が設けられている。チャンバ121は、ステンレスなどの金属部材や、塩化ビニル樹脂などの合成樹脂等により形成することができる。本実施例のチャンバ121は、SUS316Lにより形成されている。
【0030】
ノズル122は、チャンバ121の側面部121Psiに取り付けられ、チャンバ121の内部に搬送された電解質前駆体膜200に向かってアルカリ性溶液をスプレー状に噴射する。ノズル122は、ポンプ126の動力によってアルカリ性溶液の噴射をおこなう。ノズル122は、チャンバ121の側面部121Psiに2つ(ノズル122l、122r)取り付けられ、チャンバ121の内部に搬送された電解質前駆体膜200までの距離が互いに等しくなるように構成されている。本実施例では、ノズル122から電解質前駆体膜200までの距離が、0.1m以上3m以下となるように設定されている。これは、ノズル122から電解質前駆体膜200までの距離が0.1mより小さいと、後述するように、ノズル122から噴射されたアルカリ性溶液が電解質前駆体膜200に到着するまでの間にアルカリ性溶液に含まれる水分を蒸発させることが困難となるためである。一方、3mより大きいと、電解質前駆体膜200まで届かない虞があるためである。なお、ノズル122の数は2つに限定されず任意の数、任意の位置に設定することができる。また、ノズル122lおよび122rは、それぞれが複数のノズルにより構成されたものであってもよい。例えば、ノズル122lおよび122rは、複数のノズルが横一列に配置されたものであってもよい。
【0031】
加温部123は、チャンバ121の内部を昇温させるための装置であり、ダクト123dを介して温風をチャンバ121の内部に送風する。なお、加温部123は、チャンバ121の内部を昇温可能な構成であれば、温風を送風する構成に限定されず、例えば、チャンバの側面部121Psiなどに設置された発熱体などであってもよい。
【0032】
回収タンク124は、チャンバ121の下方に配置され、チャンバ121の排出口121Hexから排出される溶液を回収する。排出口121Hexから排出される溶液には、ノズル122から噴射されて一部が加水分解に供されたアルカリ性溶液(水酸化ナトリウム)のほか、アルカリ性溶液と電解質前駆体膜200との化学反応によって生成されるフッ化ナトリウム(NaF)等の生成物や、チャンバ121の側面部121Psi等に付着していた結露水等が含まれている。以後、回収タンク124によって回収された溶液を「回収溶液」とも呼ぶ。回収タンク124は、この回収溶液に含まれる生成物を除去するためのフィルタ124fを内部に備えている。回収タンク124に収容された回収溶液は、このフィルタ124fを通過した後、接続管124cを介して濃度調整タンク125に供給される。
【0033】
濃度調整タンク125は、収容するアルカリ性溶液の濃度が一定に保たれるように制御部125cによって制御されるタンクであり、収容するアルカリ性溶液の濃度を検出するための濃度検出部125dと、加水分解処理に供されていない新品のアルカリ性溶液を供給するための供給部125sとを備えている。濃度調整タンク125には、接続管124cを介して回収タンク124から供給された回収溶液と、供給部125sから供給された新品のアルカリ性溶液との混合溶液が収容される。回収タンク124から供給される回収溶液は、加水分解処理に供されたことによるアルカリ分の消費や、結露水による希釈によってアルカリ濃度が低下しているため、制御部125cは、回収タンク124からの回収溶液の供給により、濃度調整タンク125のアルカリ性溶液の濃度が所定値以下となったことを濃度検出部125dによって検出すると、供給部125sを制御して新品のアルカリ性溶液を補充し、濃度調整タンク125のアルカリ性溶液の濃度を一定に維持する。
【0034】
ポンプ126は、濃度調整タンク125に収容されているアルカリ性溶液を吸い上げ、供給配管127を介して吸い上げたアルカリ性溶液をノズル122lとノズル122rに供給する。
【0035】
酸処理部130は、電解質前駆体膜200に対して酸処理をおこなうための装置である。酸処理部130は、搬送部110によって搬送される電解質前駆体膜200を容器130vに収容されている酸性溶液に浸漬することによって酸処理をおこなう。酸性溶液としては、硝酸(HNO3)や、塩酸(HCl)、硫酸(H2SO4)などを使用することができる。本実施例では、硝酸(HNO3)を使用した例について説明する。
【0036】
第1水洗部140は、アルカリ処理部120により加水分解処理をおこなった後の電解質前駆体膜200に対して水洗いをおこなうための装置である。第1水洗部140では、搬送部110によって搬送される電解質前駆体膜200を容器140vに収容されている水に浸漬することによって水洗がおこなわれる。第2水洗部150は、酸処理部130により酸処理をおこなった後の電解質前駆体膜200に対して水洗いをおこなうための装置である。第2水洗部150では、搬送部110によって搬送される電解質前駆体膜200を容器150vに収容されている水に浸漬することによって水洗いをおこなう。
【0037】
電解質前駆体膜200は、SO2F基のイオン交換基前駆体を有するイオン交換樹脂前駆体が膜状に形成されたF型高分子電解質膜である。イオン交換樹脂前駆体としては、例えば、高分子骨格がパーフルオロカーボン(−CF2−)であり、その側鎖末端にSO2F基を含むフルオロカーボン共重合体等を用いることができる。この電解質前駆体膜200は、加水分解によって、イオン交換基であるスルホン酸基(SO3H基)を有するH型高分子電解質膜となる。
【0038】
電解質前駆体膜200の成膜方法としては、一般的な溶融押出成形法(Tダイ法、インフレーション法、カレンダー法等)のほか、イオン交換樹脂前駆体の溶液または分散液の溶媒を蒸発させてキャスト成膜する溶剤キャスト法等を用いることができる。なお、本実施例の電解質前駆体膜200は、一方の面に、補強のための補強フィルム201が熱圧着により接合されているものとして説明するが、補強フィルム201を備えない電解質前駆体膜200に対しても本実施例の加水分解処理を実施することができる。
【0039】
補強フィルム201は、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)やFEP(テトラフルオロエチレンヘキサフルオロプロピレン共重合体)などのフッ素樹脂フィルムを使用している。なお、補強フィルム201は、PEN(ポリエチレンナフタレート)やPET(ポリエチレンテレフタラート)等のポリエステル系高分子化合物、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル(硬質)、ポリアミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリウレタン、熱硬化性ガラス充填シリコーンなどによって形成してもよい。
【0040】
図2は、本実施例の加水分解処理の流れを説明するためのフローチャートである。加水分解処理を実施するにあたり、まず、加水分解処理をおこなう対象となる電解質前駆体膜200を準備する(ステップS110)。本実施例では、電解質前駆体膜200は、巻出ロール111に巻かれた状態で用意される。電解質前駆体膜200は、製造装置100によって製造されたものであってもよいし、搬入されたものであってもよい。
【0041】
巻出ロール111に巻かれた電解質前駆体膜200は、巻出ロール111から繰り出され、搬送ロール112aを経由して、チャンバ121の内部に搬送される。チャンバ121の内部の雰囲気温度は、加温部123によって100℃以上、200℃以下の範囲、より好ましくは、130℃以上、180℃以下の範囲に設定される。これは、100℃より小さいと、加水分解処理に時間を要するためである。一方、200℃より大きいと、電解質前駆体膜200の変形等の不具合が生じる虞があるためである。
【0042】
チャンバ121の内部において、電解質前駆体膜200に対するアルカリ性溶液の噴霧がおこなわれる(ステップS120)。具体的には、チャンバ121の導入口121Hinから内部に搬入された電解質前駆体膜200は、鉛直方向下方に搬送されつつ、ノズル122lによってアルカリ性溶液を噴霧される。その後、搬送ロール112bにより折り返して、鉛直方向上方に搬送されつつ、ノズル122rによってアルカリ性溶液を噴霧される。
【0043】
図3は、ノズルから噴霧されるアルカリ性溶液の様態を説明するための説明図である。ノズル122から噴射されたアルカリ性溶液は、電解質前駆体膜200に向かう途中で水分が蒸発して次第に濃度が濃くなるため、電解質前駆体膜200と接触するアルカリ性溶液の濃度は、ノズル122から噴射された時の濃度より濃い状態となる。このように、本実施例のアルカリ処理部120は、比較的低濃度のアルカリ性溶液を使用した場合であっても、濃度を上昇させた後で電解質前駆体膜200と接触させることができる。なお、電解質前駆体膜200にアルカリ性溶液が接触することで、電解質前駆体膜200を構成するイオン交換樹脂前駆体の側鎖末端のSO2F基は、加水分解によってSO3Naとなる。
【0044】
本実施例では、チャンバ121の内部の雰囲気温度は、100℃以上に昇温されているため、アルカリ性溶液の濃度をより上昇させることができる。一般的に、ノズル122と電解質前駆体膜200との間の距離が離れるほど、また、チャンバ121の内部の雰囲気温度が高いほど、アルカリ性溶液に含まれる溶媒の蒸発が進み、より濃度を濃くすることができる。本実施例では、ノズル122と電解質前駆体膜200との間の距離(例えば、0.1m〜3m)、チャンバ121の内部の雰囲気温度(例えば、100℃〜200℃)、および、噴霧するアルカリ性溶液の濃度(例えば、1規定〜12規定)は、アルカリ性溶液の噴霧後に電解質前駆体膜200に到達したアルカリ性溶液の濃度が5規定〜20規定程度となるように調整されている。
【0045】
これは、電解質前駆体膜200に到達するアルカリ性溶液の濃度が5規定より小さいと、加水分解処理に時間を要するためである。一方、20規定より大きいと、電解質前駆体膜200に到達した際にアルカリ性溶液がほぼ乾燥した状態となり、電解質前駆体膜200の表面に固着するなどの不具合が生じる虞があるためである。搬送部110による電解質前駆体膜200の搬送速度や、ノズル122によるアルカリ性溶液の噴射量は、電解質前駆体膜200の加水分解が十分におこなえるように、電解質前駆体膜200に到達したアルカリ性溶液の濃度に応じて調整される。
【0046】
ノズル122lおよびノズル122rによって噴霧されたアルカリ性溶液の一部は、電解質前駆体膜200と接触して加水分解に供された後、排出口121Hexから排出される。また、一部は、チャンバ121の側面部121Psiに接触して冷却され、結露水とともに排出口121Hexから排出される。このように、本実施例のアルカリ処理部120によれば、ノズル122からの噴射により高濃度、高温化したアルカリ性溶液をチャンバ121の側面部121Psiで冷却し、また結露水によって希釈することができるため、耐アルカリのための設備負担が軽減され、また、取り扱いを容易にすることができる。
【0047】
本実施例のアルカリ処理部120は、電解質前駆体膜200を鉛直方向下方および鉛直方向上方に搬送した状態でアルカリ性溶液を噴霧するため、アルカリ性溶液を膜全体に均一に行き渡らせることができる。すなわち、電解質前駆体膜200に付着したアルカリ性溶液は、重力によって電解質前駆体膜200の表面を容易に移動でき、また、搬送方向が異なる状態で噴霧されるアルカリ性溶液は、それぞれの移動方向が異なるため、アルカリ性溶液を膜全体に均一に行き渡らせることができる。また、電解質前駆体膜200が鉛直方向に配置されることで、電解質前駆体膜200に付着した余分なアルカリ性溶液や反応によって生じる生成物等を電解質前駆体膜200から鉛直方向下方に落とすことができる。
【0048】
ノズル122lおよびノズル122rによってアルカリ性溶液を噴霧された電解質前駆体膜200は、導出口121Houtからチャンバ121の外部に搬出され、搬送ロール112c、112dを経由して、第1水洗部140において水に浸される。その後、酸処理部130において酸性溶液(硝酸)に浸漬されて、酸処理がおこなわれる(ステップS130)。電解質前駆体膜200に酸性溶液が接触することで、電解質前駆体膜200を構成するイオン交換樹脂前駆体の側鎖末端のSO3Naは、スルホン酸基(SO3H)となる。これによりイオン伝導性が付与されて電解質膜が生成される。その後、第2水洗部150によって水洗いされて処理が完了する。
【0049】
図4は、従来例における、製造装置の概略構成を例示した説明図である。従来例の製造装置100cは、本実施例の製造装置100と比較して、アルカリ処理部の構成のみが異なる。従来例のアルカリ処理部120cは、電解質前駆体膜200をアルカリ性溶液に浸漬することによって加水分解処理をおこなう。
【0050】
このアルカリ処理部120cによる加水分解処理では、従来の処理条件(アルカリ性溶液の濃度30%以下、温度80℃以下)で処理すると、処理効率が低く、電解質前駆体膜と接触する時間を増やすために、容器120vが大きくなり、薬液量が非常に多量、かつ設備長も長くなり、設備コストが上昇する問題があった。この問題を解決するために本願発明者は、アルカリ性溶液の濃度や温度を上昇させると加水分解処理の処理効率が向上することや、アルカリ性溶液の濃度を30%以上、温度を80℃以上とすると好ましいことを見出した。しかし、アルカリ性溶液の濃度や温度を上昇させると、取り扱いが容易ではなくなることや、容器120vをフッ素樹脂にするなど耐アルカリのための設備コストが上昇する等の問題があった。また、高濃度のアルカリ性溶液は、粘度が高いため、加水分解反応に必要な反応物質の伝達、および、反応により生じた生成物の入れ換えが不十分となりやすく、反応速度をより低下させる問題があった。このように、従来例のような浸漬法によって、高濃度、高温のアルカリ性溶液を取り扱うことは容易ではなかった。
【0051】
一方、従来から加水分解反応を促進するために、反応推進剤として、アルカリ性溶液にアルコールやジメチルスルホキシド等を添加することが知られている。しかし、アルコールを添加すると、発火や爆発などが生じる可能性が高まることや、電解質前駆体膜200が溶解するなどの問題があった。また、ジメチルスルホキシドを添加すると、生成した電解質膜に触媒電極層を接合して膜電極接合体(MEA)を構成したときに、触媒電極層に含まれる白金が被毒されて燃料電池の性能低下を招く問題があった。これらの問題は本願発明者により見出されたものである。
【0052】
また、従来例のアルカリ処理部120cによる加水分解処理では、フッ化ナトリウムなどの生成物が容器120vの内部に蓄積されるため、別途除去作業が必要となり、作業の効率性が低下する問題もあった。
【0053】
一方、本実施例の製造装置100によれば、高温雰囲気においてアルカリ性溶液を噴霧するため、高濃度、高温のアルカリ性溶液を電解質前駆体膜200に接触させることができ、処理時間の短縮を図ることができる。また、準備するアルカリ溶液の濃度や温度を、従来例よりも、低濃度、低温(常温)とすることができるため、耐高アルカリ性のために要する設備コストを抑制できるほか、取り扱いを容易にすることができる。また、本実施例の製造装置100によれば、回収溶液を再利用するため、アルカリ性溶液を効率よく使用することができる。また、再利用されるアルカリ性溶液は、フィルタ124fによって生成物が除去され、また、濃度調整タンク125によって、濃度が一定に維持されるため、生成される電解質膜の品質の低下を抑制することができる。
【0054】
さらに、本実施例の製造装置100によれば、チャンバ121の内部の雰囲気温度を電解質前駆体膜200のガラス転移点(110℃〜160℃)以上に過熱しても、電解質前駆体膜200の劣化を抑制することができるため、加水分解処理を高速におこなうことができる。一般的に、電解質膜200はガラス転移点以上に過熱されると吸水力等の性能が低下するため、ガラス転移点以下の温度で加水分解処理をおこなう必要があった。しかし、本実施例の製造装置100は、過熱水蒸気が電解質膜200に接触することによって、電解質膜200が過熱されるため、電解質膜200がガラス転移点以上に過熱された場合であっても性能の劣化を抑制することができる。このことは、本願発明者により見出された。
【0055】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0056】
B−1.変形例1:
本実施例では、製造装置100は、加温部123を備えているものとして説明したが、製造装置100は、加温部123を備えていなくてもよい。すなわち、チャンバ121の内部が常温であっても、ノズル122から噴射されたアルカリ性溶液は、電解質前駆体膜200に向かう途中で水分が蒸発して濃度が濃くなるため、処理時間の短縮や、設備負担が軽減、取り扱いの容易化など、本実施例の製造装置100と同様の効果を得ることができる。一方、ノズル122から噴射されたアルカリ性溶液に含まれる水分の蒸発を促進させる方法としては、チャンバ121の内部の雰囲気温度を上昇させる方法に限定されず、例えば、チャンバ121の内部の湿度を低下させてもよいし、噴射するアルカリ性溶液や電解質前駆体膜200を加温してもよい。
【0057】
B−2.変形例2:
本実施例では、電解質前駆体膜200は、補強フィルム201が接合されているものとして説明したが、電解質前駆体膜200に補強フィルム201が接合されていなくても、製造装置100によって加水分解処理をおこなうことができる。電解質前駆体膜200に補強フィルム201が接合されていない場合には、図1に示したように、電解質前駆体膜200の一方の面からのみアルカリ性溶液を噴射する構成に限定されず、電解質前駆体膜200の両面からノズル122によって、アルカリ性溶液を噴射することによって、より効率的に加水分解をおこなうことができる。また、電解質前駆体膜200は、少なくとも一方の主面に触媒電極層が形成されていてもよい。すなわち、触媒電極層が形成された状態で加水分解処理をおこなってもよい。
【0058】
B−3.変形例3:
本実施例では、加水分解に使用するアルカリ性溶液にアルコールやジメチルスルホキシドなどの反応推進剤を添加することにともなう問題点について言及したが、本実施例の製造装置100において、ノズル122から噴射するアルカリ性溶液に反応推進剤としてのアルコールやジメチルスルホキシドを添加しても問題はなく、また、加水分解反応を促進させる効果を得ることができる。
【0059】
B−4.変形例4:
本実施例では、電解質前駆体膜200は、SO2F基を有するイオン交換樹脂前駆体膜として説明したが、カルボキシル基の前駆体等、SO2F基以外のイオン交換基前駆体を備えていてもよい。
【0060】
B−5.変形例5:
本実施例では、アルカリ処理部120は、ノズル122に対して電解質前駆体膜200を移動させるものとして説明したが、アルカリ性溶液の噴霧時にノズル122と電解質前駆体膜200とが相対的に移動可能な構成であればよく、例えば、電解質前駆体膜200に対してノズル122が移動してもよい。
【符号の説明】
【0061】
100…製造装置
110…搬送部
111…巻出ロール
112…搬送ロール
113…巻取ロール
120…アルカリ処理部
121…チャンバ
121Pup…上面部
121Psi…側面部
121Pbt…底面部
121Hin…導入口
121Hout…導出口
121Hex…排出口
122…ノズル
123…加温部
123d…ダクト
124…回収タンク
124c…接続管
124f…フィルタ
125…濃度調整タンク
125c…制御部
125d…濃度検出部
125s…供給部
126…ポンプ
127…供給配管
130…酸処理部
140…第1水洗部
150…第2水洗部
200…電解質前駆体膜、電解質膜
201…補強フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池に使用される電解質膜の製造方法であって、
加水分解によってイオン伝導性が付与される前のイオン交換樹脂前駆体により形成された電解質前駆体膜を準備する準備工程と、
前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧して前記イオン交換樹脂前駆体に含まれるイオン交換基前駆体を加水分解する噴霧工程と、を有する製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法において、
前記噴霧工程は、雰囲気温度が100℃〜200℃の状態において、前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性溶液を噴霧する工程を含む、製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の製造方法において、
前記噴霧工程において噴霧に用いられるアルカリ性溶液の濃度は、1規定〜12規定の範囲である、製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の製造方法において、
前記噴霧工程は、搬送部によってチャンバの上部からチャンバの内部に搬送された前記電解質前駆体膜に対して、前記電解質前駆体膜を鉛直方向下方に移動させながら一方のノズルによってアルカリ溶液を噴霧し、噴霧後の前記電解質前駆体膜を鉛直方向上方に移動させながら、他方のノズルによって再度、アルカリ性溶液を噴霧する工程を含む、製造方法。
【請求項5】
燃料電池に使用される電解質膜の製造装置であって、
加水分解によってイオン伝導性が付与される前のイオン交換樹脂前駆体により形成された電解質前駆体膜を搬送するための搬送部と、
前記搬送部によって搬送される前記電解質前駆体膜を内部に収容可能なチャンバと、
前記チャンバの内部の温度を昇温するための加温部と、
前記チャンバの内部に配置され、前記チャンバに搬送された前記電解質前駆体膜に対してアルカリ性水溶液を噴霧するためのノズルと、を備える製造装置。
【請求項6】
請求項5に記載の製造装置は、さらに、
前記チャンバの重力方向下方に配置され、前記電解質前駆体膜に対して噴霧された前記アルカリ性溶液を含む液体を前記チャンバから回収するためのタンクと、
前記タンクに収容された前記液体を含むアルカリ溶液を前記ノズルに供給する供給部と、を備える製造装置。
【請求項7】
請求項6に記載の製造装置において、
前記タンクは、前記液体に含まれる固形物を除去するためのフィルタを備え、
前記供給部は、前記フィルタを通過した後の前記液体を含むアルカリ溶液を前記ノズルに供給する、製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−234712(P2012−234712A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−102677(P2011−102677)
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】