説明

静電インクジェット現象を利用した三次元構造を有する細胞組織の作製

【課題】静電インクジェット現象を利用した血管などの細胞組織を作製する方法及び装置の提供。
【解決手段】基板上に細胞組織のパターニングを行うパターン生成装置であって、
細胞組織を形成するための材料を含む溶液を保持するための少なくとも1つの容器と、
パターニングを行う対象である基板と、
前記容器に電圧を印加する電圧印加部と、を備え、
前記電圧印加部によって前記容器に電圧が印加されることによって、前記容器と前記基板との間に電界が発生し、静電インクジェット現象により前記容器から前記溶液が吐出され、吐出された溶液が前記基板上に付着するパターン生成装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電インクジェット現象を利用した三次元構造を有する細胞組織の作製方法、及びそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療・人工臓器などのバイオテクノロジー研究では、実際の組織に類似した三次元構造の細胞組織を用いて実験することが強く望まれている。また、人工的に三次元構造を有する組織を形成する場合、実際に組織として機能する必要がある。しかしながら、三次元構造を有する組織は自重が細胞間の結合力を上回るため、三次元状に細胞を配置してもその形状を維持することは困難であり、二次元状に変形してしまう。このため、三次元構造を有する組織を人工的に作製するのは容易ではなかった。
【0003】
従来より、生体外において生体中の三次元構造を有する組織を構築する方法があった。例えば、細胞を含む液体の中に細胞の足場となる三次元構造のスキャホールドを入れて、スキャホールド表面に細胞を付着させる方法が提案されている。例えば、リン酸カルシウムあるいはポリ乳酸ポリグリコール酸共重合体(PLGA)等で形成されたスキャホールド上で骨へ分化し得る細胞を細胞増殖因子の存在下で増殖させ人工骨として用いる方法があった(非特許文献1を参照)。しかしながら、該技術では、あらかじめ所定の形状に形成されたスキャホールド上に1種類の細胞を接着増殖することができるのみであり、複数の種類の細胞の構成パターンを自由にパターニングすることはできなかった。
【0004】
また、従来から存在するピエゾ方式又はサーマル方式のインクジェット技術を利用して、細胞を内包するアルギン酸カプセルを二次元または三次元にパターニングして、人工組織を作製する技術が存在する(非特許文献2を参照)。ピエゾ方式及びサーマル方式のインクジェット技術においては、粘性の高い溶液の吐出を制御できないので、細胞をアルギン酸カプセルに内包して用いている。しかしながら、該技術では、細胞同士の接着ならびに相互作用がアルギン酸カプセルによって阻害されてしまうという問題があった。このため、細胞が二次元または三次元状に配列されているものの、組織として機能していなかった。この技術ではインクジェット技術を用いることにより、ある程度自由に細胞をパターニングすることができるが、実用的なパターニング方法とはいえない。
【0005】
本発明者は、静電力をコントロールすることで液体の吐出を制御する静電インクジェット現象について研究を行い、ピエゾ方式、サーマル方式以外の新しいインクジェット技術である静電インクジェット技術を開発した(非特許文献3を参照)。この技術においては、液体に高電圧を印加することが必要であり、このため生細胞を用いた場合、死滅してしまうと考えられた。
【0006】
【非特許文献1】YANG,X. et al., Journal of Bone and Mineral Research,18:47-57, January 2003
【非特許文献2】Henmi C. et al., AATEX, 14, Special Issue, 689-692, 2008.
【非特許文献3】Kawamoto H. et al., JOURNAL OF IMAGING SCIENCE AND TECHNOLOGY, Volume 49, Number 1, January/February 2005, p.19-27
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、静電インクジェット現象を利用して、血管などの細胞組織を作製する方法及び装置の提供を目的とする。再生医療・人工臓器などのバイオテクノロジー分野では、精密に二次元又は三次元にパターニングされた細胞組織が必要である。本発明は、このような細胞組織のパターニングを可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の従来技術の問題を解決するには、細胞及び細胞の足場となるスキャホールドをパターニングする技術が必要であった。こうしたスキャホールドとして細胞外マトリックス物質が望ましいが、足場としての強度を得るためには高粘性で有ることが必要である。しかし、ピエゾ方式又はサーマル方式のインクジェットプリンタを改造し、吐出出力を若干向上させたとしても、高粘性なスキャホールドを安定して吐出させることは困難であり、組織として機能しうる3次元構造を有する組織を作製することは不可能であった。
【0009】
本発明者は、先に開発した静電インクジェット現象を利用した静電インクジェット技術を利用し、血管などの三次元構造の細胞組織を作製できないか鋭意検討を行った。従来のピエゾ方式やサーマル方式のインクジェット技術では、高粘性の液体をインクとして用いてインクの吐出量や吐出パターンをコントロールすることはできなかった。すなわち、細胞を含む液体は特に粘性が高いため、インクジェットプリンタで用いられるキャピラリチューブが詰まり液体を安定して吐出させることができなかった。
【0010】
本発明者は、静電インクジェット現象を利用することにより、高粘性のスキャホールドや細胞を含む液体を詰まらせることなく安定して吐出できること、細胞に高電圧を印加しても細胞が死滅することなく細胞を吐出できることを見出し、静電インクジェット現象を利用して三次元構造を有する細胞組織を作製することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 基板上に細胞組織のパターニングを行うパターン生成装置であって、
細胞組織を形成するための材料を含む溶液を保持するための少なくとも1つの容器と、
パターニングを行う対象である基板と、
前記容器に電圧を印加する電圧印加部と、を備え、
前記電圧印加部によって前記容器に電圧が印加されることによって、前記容器と前記基板との間に電界が発生し、静電インクジェット現象により前記容器から前記溶液が吐出され、吐出された溶液が前記基板上に付着するパターン生成装置。
【0012】
[2] 基板がアースされており、電圧印加部によって容器に電圧が印加されることによって、静電インクジェット現象により前記容器から溶液が吐出され、吐出された溶液が前記基板上に付着する、[1]のパターン生成装置。
[3] さらに、容器と基板との間に配置され、アースされ、穴が形成された平板電極を備え、電圧印加部によって前記容器に電圧が印加されることによって、静電インクジェット現象により前記容器から溶液が吐出され、吐出された溶液が前記平板電極に形成された穴を通過して前記基板上に付着する、[1]のパターン生成装置。
【0013】
[4] 細胞組織を形成するための材料を含む溶液を保持するための少なくとも1つの容器が、細胞の足場となるスキャホールドを含む溶液を保持する容器及び細胞を含む溶液を保持する容器を含む、[1]〜[3]のいずれかのパターン生成装置。
[5] さらに、細胞増殖因子を含む溶液を保持する容器を備えた、[1]〜[4]のいずれかのパターン生成装置。
【0014】
[6] [1]〜[3]のいずれかのパターン生成装置を用いて、基板上に細胞組織をパターニングし三次元構造を有する細胞組織を作製する方法であって、基板上にスキャホールドと細胞を吐出し基板上に付着させパターニングする工程を含み、隣接する細胞同士が接着しており(直接接しているか又は細胞外マトリックス物質を介して接している)、三次元構造がスキャホールドにより維持された、三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
[7] [6]の基板上に細胞組織をパターニングし三次元構造を有する細胞組織を作製する方法であって、
(i) 基板上にスキャホールドを吐出しパターニングする工程、及び
(ii) パターニングしたスキャホールドに接触するように細胞を吐出しパターニングする工程を含み、隣接する細胞同士がコンタクトしており、三次元構造がスキャホールドにより維持された、三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【0015】
[8] スキャホールドと細胞のパターニングを繰り返し、スキャホールドと細胞を多層積み上げることにより三次元構造を形成する、[6]又は[7]の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
[9] さらに、細胞に接触するように細胞増殖因子が吐出される、[6]〜[8]のいずれかの三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【0016】
[10] 2種類以上の細胞が用いられる、[6]〜[9]のいずれかの三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
[11] スキャホールド及び細胞を吐出するために容器に印加される電圧が0.5kv〜5kvである、[6]〜[10]のいずれかの三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
[12] スキャホールドを保持する容器の温度が37℃以上に維持され、基板上の温度が37℃以下に維持される、[6]〜[11]のいずれかの三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【0017】
[13] [6]〜[12]のいずれかの三次元構造を有する細胞組織を作製する方法により作製された三次元構造を有する人工細胞組織であって、細胞が生存しており、隣接する細胞同士が接着しており、三次元構造がスキャホールドにより維持されている、人工細胞組織。
【発明の効果】
【0018】
本発明の細胞組織のパターニングを行うパターン生成装置は、静電インクジェット現象を利用した装置であり、粘度の高いスキャホールドを含む溶液や細胞を含む溶液も高精度で基板上に吐出することを可能とする。該装置を用いることにより、組織を形成する細胞と該細胞の足場となるスキャホールドを任意のパターンでパターニングすることができ、任意の三次元構造を有する細胞組織を作製することができる。また、本発明の装置により、細胞の生存を維持した状態で吐出することができ、作製された細胞組織の隣接する細胞同士の間で接着が成立する。このため、実際の生体組織に類似した人工細胞組織を作製することができる。作製した組織は、研究、移植等に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
<パターン生成装置の構成>
図1は、静電インクジェット方式を用いて基板上に細胞又はバイオマテリアルのパターンニングを可能とするパターン生成装置1の概略構成を示す図である。パターン生成装置1は、細胞の足場となるスキャホールドを含む溶液(例えば、ゼラチン)を保持する容器であるスキャホールドシリンジ11と、細胞を含む溶液を保持する容器である細胞シリンジ12と、両シリンジに取り付けられたキャピラリチューブ13と、パターンを形成する対象である基板を保持するディッシュ(基板)14と、ディッシュ14の位置を移動させるためのステージ部15と、制御部19からの指示に従ってステージ部15の移動を制御するステージドライバ16と、シリンジ11及び12に高電圧を印加するための高電圧アンプ17及び発振機18と、印加電圧及びステージの移動を制御する制御部(例えば、コンピュータで構成される)19と、を備えている。ここで、ディッシュ14はアースされているので、印加される高電圧によって、シリンジ11及び12とディッシュ14との間に、電界が形成される。
【0020】
各シリンジ11又は12に制御部19及び発振機18によって生成された電圧波形を高電圧アンプ17で増幅させることで、スキャホールドおよび細胞のパターニングを行う。なお、印加電圧は、0.5kv〜5kvの範囲でパターニングを行う。
【0021】
印加電圧の強度を制御することにより、キャピラリチューブ13とディッシュ14との間に形成される電界強度が制御されるようになっている。この電界強度を制御することによって、キャピラリチューブ(ノズル)13からの吐出量が調整される。吐出される液体(スキャホールド及び細胞溶液)は、電圧印加により帯電しているので、ノズルの少なくとも先端部の吐出面は絶縁されていることが望ましい。そこで、本実施形態で示されるように、ノズルはガラス製キャピラリチューブを用いることが望ましい。
【0022】
また、ステージドライバ16が、制御部19の制御に従って、移動信号をステージ15に与えてディッシュ14の位置を制御する。すなわち、まずスキャホールドを吐出しディッシュ14上に付着させ希望の形にパターニングし、さらに細胞をスキャホールドの横又は上に付着させパターニングする。そして一層描画後にディッシュに満たしてある培養液の高さを一層分上げる。これらの作業を繰り返し行うことで、三次元状に細胞組織を積み上げていく。
【0023】
図2は、細胞パターンニング時に流れるコロナ放電電流と印加電圧との関係を示す図である。実験では、印加電圧が約1.5kv以上になるとテーラーコーンを形成しながら液体が吐出されることが確認された。また、実験によれば、印加電圧が1.5kvに近いほど、吐出される液体のドット径が小さいことも確認された。このように、1.5kv以上の高電圧を印加するとシリンジ11又は12先端に三角錐状のテーラーコーンが形成され、テーラーコーンの先端部分のみがちぎれて液滴として吐出される。この際火花放電が起きないように空隙を例えば0.5mmにしている。空隙が10mmを超えると、液滴が飛翔中に周りの空気流によって流され、パターニングの精度が下がるからである。なお、高電圧を印加しているにも拘わらず、着弾後も細胞は死滅することなく生きており、また吐出された細胞同士がコンタクトを取っていることを確認している(図4参照)。この技術を利用して図5に示すように、細胞組織を立体的に形成することが可能である。また、細胞を吐出するためのキャピラリチューブは、少なくとも内径30μm以上のキャピラリチューブであれば使用可能であり、好ましくは30μm〜100μmである。スキャホールド及び細胞増殖因子を吐出するためのキャピラリチューブの内径は10μm〜100μmである。細胞の大きさを考慮すると液滴径はチューブ外径の数分の一の大きさである。本発明の装置を用いれば、市販のピエゾ方式又はサーマル方式のインクジェットプリンタよりもより精細にパターニングすることができる。また、市販のインクジェットプリンタで用いられる顔料インクよりも6000倍粘度が高いペースト状の液体も吐出が可能であり、立体造形が可能である。
【0024】
以上が本発明によるパターン生成装置の基本構成及び動作であるが、続いて改良案について説明する。図3は、改良されたパターン生成装置2の概略構成を示す図である。
【0025】
図1の構成の場合、電圧印加によってキャピラリチューブ13とディッシュ14との間に電界が形成されるため、形成されるパターンのエッジ部分に電界が集中してしまう(電界のエッジ効果)。このため、スキャホールドや細胞が均一に積み上げられない可能性が出てきてしまう。
【0026】
この問題を解決するのが図3の改良案の構成である。パターン生成装置2は、図1の構成に加えて、吐出液通過穴を有する平板電極21を、キャピラリチューブ13とディッシュ14の間に備えている。また、パターン生成装置2では、電圧は、シリンジとディッシュとの間ではなく、シリンジ11及び12と平板電極21との間に印加されるようになっている。このように構成することによって、電界はキャピラリチューブ13と平板電極21の間にのみ形成されるので、ディッシュ14上における電界の影響を除去することができる。つまり、三次元状に高く細胞を積み上げた場合でも、キャピラリチューブ先端周りの電界が変化しないので、吐出形態が変化しにくい。よって、基板上にスキャホールドや細胞を均一に積み上げることができるようになり、所望パターンの形成が容易になるという効果がある。なお、テーラーコーン形成のスレッシュホルド電圧値が、図1の場合の約1.5kvから少しずれる可能性はあるが、その近傍にあることは確かであり、コロナ放電電流と印加電圧の関係の傾向は図2と同等なものとなると思われる。
【0027】
<三次元組織の作製のための材料>
本発明の方法においては、細胞組織を形成するための材料を基板上に吐出する。基板としては、例えば、ガラス、樹脂、金属等でできた容器、平板、フィルム、膜等が挙げられる。具体的には、培養用ディッシュ等の培養器、スライドガラス等を用いることができる。
【0028】
細胞組織を形成するための材料としては、細胞の足場となるスキャホールド、細胞及び細胞増殖因子が挙げられ、これらの複数を含んでいてもよい。
【0029】
スキャホールドとしては、生体組織において細胞外マトリックスを構成する物質を用いることができる。細胞外マトリックスとは、生体組織中の細胞の外側に存在する安定な生体構造物をいい、細胞接着活性を有し、細胞が三次元構造を形成するときの構造支持体として働く。また、細胞外マトリックスは、細胞の形、細胞移動、細胞増殖、細胞内代謝、細胞分化等を調節する作用も有する。細胞外マトリックスを構成する物質として、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖蛋白質等が挙げられ、糖蛋白質として、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン等が挙げられる。従って、スキャホールドとして、上記の物質及びコラーゲンの変性物であるゼラチンを用いることができる。また、カドヘリン、セクレチンやNCAM、ICAM等の免疫グロブリンスーパーファミリーに属する物質も細胞膜を結合する作用を有するので、スキャホールドとして用いることができる。さらにスキャホールドとしては、フィブリノーゲン及びフィブリンも用いることができる。フィブリノーゲンは、出血に伴ってトロンビンによる切断反応をへてフィブリンとなり、ポリマー化する。ポリマー化の際に、他の血漿蛋白質や血液細胞を巻き込んでフィブリン塊を形成し傷口を接着し、止血効果を表す。血液から精製したフィブリノーゲンとトロンビンは混合して止血剤(フィブリン糊)として使用されている。組織を接着する機能や一定の強度を持つことから、細胞の足場としての機能を果たすことができることが知られており、一過性に作られる疑似マトリックスと呼ばれることがある。スキャホールドは上記物質の1種類の物質を用いてもよいし、2種類以上の物質を混合して用いてもよい。これらの物質は生体から抽出したものでも、細胞を用いて産生したものでも、人工的に合成したものでもよい。
【0030】
これらの物質を静電インクジェット方式を用いたパターン生成装置で吐出するときの濃度は限定されず、物質により適宜決定することができるが、例えば0.1〜10mg/mlの濃度で用いることができる。スキャホールドは、例えば、生理食塩水、培地、緩衝液に溶解させて用いればよい。
【0031】
用いる細胞は限定されず、作製しようとする組織に応じて適宜選択することができる。例えば、外胚葉、中胚葉又は内胚葉に由来する分化細胞や幹細胞を用いることができる。さらに具体的には例えば、血管内皮細胞、表皮細胞、平滑筋細胞、骨細胞、軟骨細胞、骨格筋芽細胞、膵実質細胞、膵管細胞、肝細胞、血液細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、骨芽細胞、神経細胞、色素細胞、脂肪細胞等を用いることができる。また、幹細胞としては表皮幹細胞、毛嚢幹細胞、膵(共通)幹細胞、肝幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、iPS細胞(induced pluripotent stem cell)等の幹細胞を用いることができる。
【0032】
作製される組織を移植に用いる場合、移植拒絶反応を避けるために、移植を受ける個体の自己の細胞又は主要組織適合性抗原の型が一致若しくは類似している個体由来の細胞を用いるのが好ましい。
【0033】
これらの細胞は、作製しようとする組織に応じて選択するが、複数の種類の細胞からなる組織を作製しようとする場合、複数の異なる細胞を用いればよい。すなわち、2種類以上の細胞を用いればよい。例えば、血管を形成する場合、血管内皮細胞と平滑筋細胞を用いればよい。細胞は、生体組織から単離して培養したものを用いてもよいし、前記の幹細胞から分化・増殖させたものを用いてもよい。静電インクジェット方式を用いたパターン生成装置で吐出するときの細胞密度は限定されず、例えば104〜108個/mlの密度で用いればよい。細胞は、例えば、MEM培地、αMEM培地、DME培地、BME培地、IMEM培地、RPMI培地、ES培地等の通常細胞培養に用いられる培地や生理食塩水、緩衝液等に懸濁して用いることができる。
【0034】
さらに、細胞組織の作製に、細胞増殖因子やサイトカインを用いてもよい。細胞増殖因子とは、細胞の増殖を促進または制御する物質をいい、サイトカインとは、細胞から産生され同種の又は異種の細胞に作用する生理活性物質をいう。細胞増殖因子としては、例えば、血小板由来増殖因子(PDGF)、上皮増殖因子(EGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、インシュリン等が挙げられる。また、サイトカインとしては、インターロイキン類、ケモカイン類、コロニー刺激因子などの造血因子、腫瘍壊死因子、インターフェロン類等が挙げられる。細胞増殖因子は、用いる細胞に対応したものを用いればよい。また、その他の生理活性物質は、例えば、アスコルビン酸、ビオチン、パントテン酸カルシウム、ビタミンD等のビタミン類、トランスフェリン、血清アルブミン等の蛋白質、脂質、リノール酸、コレステロール、ピルビン酸、レチノイン酸、抗生物質等のその他の生理活性物質を用いてもよい。本発明においては、これらの細胞の増殖に効果がある物質を総称して細胞増殖因子という。また、本発明においては、上記スキャホールド、細胞、増殖因子をバイオマテリアルということがある。
【0035】
<三次元組織の作製>
本発明の方法においては、静電インクジェット方式を用いたパターン生成装置を用いて上記のスキャホールド、細胞及び細胞増殖因子を特定のパターンで基板上に吐出して三次元構造を有する細胞組織を作製する。ここで、細胞組織とは細胞を主な構成要素として構成される組織をいい、組織の構造が細胞の足場となるスキャホールドで維持され、細胞と細胞の間に接着が認められる組織をいう。細胞接着(あるいは単に接着)には、細胞間の接着と、細胞−マトリックス間の接着とがある。本発明においては、細胞が吐出された直後に細胞同士が必ずしも直接接触している必要はないが、細胞と細胞の間には細胞外マトリックス又は疑似マトリックス物質が介在していることが重要である。これらの介在物質は足場となる物質(スキャホールド)であり、形成される組織の構造強度を保つと共に細胞の生存を支持し、かつ細胞同士がやがて接触さらには接着することを妨げないか、又は積極的に促進する作用を持つものである。細胞−マトリックス間の接着はインテグリンによっている。一方、細胞間の接着とは、細胞同士の間に接着装置が形成されることをいう。接着装置とは、アドヘレンスジャンクション、タイトジャンクション、ギャプジャンクション、デスモソーム、ヘミデスモソームなどの構造をいう。これらは例えば、細胞表面の蛋白(カドヘリンなどの接着蛋白質やコネクシンなどのチャンネル蛋白質)及び細胞内の細胞骨格によって形成されるものである。細胞は、マトリックスを分解する物質を分泌し、介在物質の一部はやがて除かれ、互いに接触する面ができ、接着が進行して、組織構造が完成する。すなわち本発明においては、スキャホールドとなる物質を細胞と同時に、あるいは交互にプリントすることが特に望ましい。
【0036】
静電インクジェット方式を用いたパターン生成装置は、1個又は複数の吐出用液体を入れる容器(シリンジ)を有しており、複数のシリンジにそれぞれ、スキャホールド溶液、細胞懸濁液及び細胞増殖因子(細胞成長因子)溶液を別々に保持させて用いればよい。また、1個のシリンジに例えば、細胞とスキャホールド、細胞と細胞増殖因子、スキャホールドと細胞増殖因子のように、複数の材料を保持させてもよい。また、複数の細胞を用いる場合、細胞懸濁液を保持させるシリンジを複数用い、それぞれのシリンジに異なる細胞を別々に保持させて用いてもよい。
【0037】
シリンジ中の液体はシリンジに取り付けられたキャピラリチューブを通って基板上に吐出される。シリンジ中の溶液を吐出させるために、パターン生成装置の電圧印加部により、容器に電圧を印加する。この際の印加電圧は、0.5kv〜5kvである。細胞を吐出するとき、数μAの電流が細胞を流れるが、細胞の外側を流れるため、細胞に致死的な障害を与えない。本発明のパターン生成装置は、高電圧を印加するにもかかわらず、細胞が死滅することなく、細胞が生存した状態で、三次元構造を有する細胞組織を作製することができる。吐出パターンは、作製しようとする組織に応じて適宜制御すればよい。例えば、基板上にスキャホールドを一定のパターンで吐出し基板上に付着させ、基板上に一定の形状でスキャホールドを形成させる。次いで、細胞を、スキャホールドに接触するように、スキャホールドの上又は横部分に一定のパターンで吐出し基板上に付着させる。ここで、基板上に付着させるとは、直接基板に付着させることも、基板に付着させたスキャホールドや細胞にさらに付着させることも含む。この際、静電インクジェット方式を用いたパターン生成装置から吐出される一滴の液滴に1個の細胞が含まれているのが望ましい。吐出される液滴の直径は数μm〜数十μmとする。また、必要に応じて細胞増殖因子を細胞に接触するように吐出する。基板上にスキャホールドと細胞を1層分吐出した後に、同様に2層目を形成する。この際、液を吐出するキャピラリチューブの先端の位置と基板上の細胞等が吐出される位置の距離が一定となるように、基板の高さを1層分上げるのが好ましい。この場合、一層の厚さは細胞の直径とスキャホールドの厚さで決まり、1〜50μm程度である。この工程を繰り返すことにより、細胞とスキャホールドを多層に積み上げ、三次元構造を有する組織を作製することができる。この際、細胞とスキャホールドは厚さ方向に交互に存在するようにパターニングしてもよいし、細胞の周囲をスキャホールドが覆って存在するようにパターニングしてもよい。細胞とスキャホールドの比、例えば細胞1個当たりにスキャホールドの量(質量)は、作製しようとする細胞組織により適宜決定することができる。
【0038】
細胞懸濁液、スキャホールド及び細胞増殖因子を保持したシリンジは37℃以上に維持するのが好ましい。特にスキャホールドは温度が低下すると粘性が高くなるので、37℃以上に維持することにより液状になるように保つことが望ましい。また、細胞懸濁液を保持するシリンジは、細胞の死滅を避けるため40℃以下に保持することが望ましい。また、基板上に吐出されたスキャホールドが着弾後固化しやすくするために基板の温度は37℃以下に維持することが望ましい。また、細胞の死滅を避けるために、基板の温度は少なくとも40℃以下に維持することが望ましい。
【0039】
パターニングのパターンは、パターン生成装置に連結したコンピュータにより制御することができる。
【0040】
例えば、血管を作製する場合、血管内皮細胞の周囲を平滑筋細胞が覆うように細胞をパターニングすればよい。この場合、血管内皮細胞は内壁を構成する細胞であり、平滑筋細胞は外壁を構成する細胞として働く。
【0041】
本発明の方法により、種々の人工細胞組織、人工臓器や人工器官を作製することができる。例えば、皮膚、血管、心筋、筋肉、角膜、腎臓、心臓、肝臓、臍帯、腸、神経、肺、胎盤、膵臓、脳、関節、骨、軟骨、四肢末梢、網膜などが挙げられる。また、本発明の方法によれば、スキャホールド及び細胞の吐出のパターンを自由に制御することができ、血管を有する皮膚組織等、複数の細胞組織を含む複合細胞組織を作製することも可能である。本発明の方法で作製される細胞組織はスキャホールドの存在及び細胞同士のコンタクトのため、その三次元構造が維持される。すなわち、自己支持性を有する組織である。
【0042】
得られた細胞組織は、移植、損傷した組織の補修等に用いることができる。例えば、血管を有する皮膚を本発明の方法により作製し、該皮膚を損傷した皮膚部分に移植することができる。
【0043】
本発明の方法で作製される組織の大きさは限定されず、作製しようとする組織の種類により適宜決定すればよいが、通常、面積については、少なくとも0.1cm2であり、好ましくは少なくとも0.5cm2であり、さらに好ましくは少なくとも1cm2であり、あるいは少なくとも2cm2である。また、作製される組織の厚み(基板上に三次元状に作製した場合の高さ)も限定されず、作製しようとする組織の種類により適宜決定すればよいが、通常少なくとも10μm、好ましくは20μm、さらに好ましくは100μm、200μm、あるいは500μmである。
【0044】
本発明は上記のパターン生成装置を用いて作製された三次元構造を有する人工細胞組織であって、細胞が生存しており、隣接する細胞同士がコンタクトをとっており、三次元構造がスキャホールドにより維持されている、人工細胞組織をも含む。
【実施例】
【0045】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0046】
間葉系幹細胞株 UE6E7T-12(JCRB1151)を(独)医薬基盤研究所JCRB細胞バンクより入手し、ウシ胎児血清10%を含むDMEM培地で培養した。この細胞が約80%コンフルエントの状態となったところで、トリプシンによって剥離し、互いに解離させて培養液中に懸濁した溶液を作製した。次に、図1に示すように、この細胞を含む溶液を入れたシリンジと細胞の足場となるスキャホールドを含む液体「ゼラチン(ウシ骨由来,074-02761,Wako)3gに対して10ccの培養液で希釈したもの)」を入れたシリンジを、空隙を介して培養液を入れたディッシュと対向するように設置した。各シリンジに高電圧を印加し、図2に示すようなコロナ放電電流を伴いながら、各溶液のパターニングを行った。
【0047】
各シリンジにPCおよびファンクションジェネレーター(Iwatsu,Tokyo,SG-4105)によって生成された電圧波形を高電圧アンプ(Matsusada Precision Inc., High voltage supply, HEOPS-5B6)で増幅させることで、スキャホールド及び細胞のパターニング(図4A及び図4B)を行った。また、ドライバ(CHUO SEIKI,QT-K)又はPCによって移動信号を発信し、XYのリニアステージコントローラ(CHUO SEIKI,2-axis stage controller QT-CM2-35)とステージ(CHUO SEIKI、ALS-301-HM)によってディッシュの位置を制御した。すなわち、まずスキャホールドを希望の形にパターニングし、さらに細胞をスキャホールドの横又は上にパターニングした。そして、一層描画後にディッシュに満たしてある培養液の高さを一層分上げた。これらの作業を繰り返し行うことで、三次元状に細胞組織を積み上げた。印加電圧:0.5kV〜5kVの範囲でパターニングを行った。高電圧を印加するとシリンジ先端に三角錐状のテーラーコーンが形成され、テーラーコーンの先端部分のみがちぎれて液滴として吐出されるが、この際火花放電が起きないように空隙を0.5 mmにした。この際、空隙が10 mmを超えると、液滴が飛翔中に周りの空気流によって流され、パターニングの精度が下がってしまう。
【0048】
高電圧を印加しているにも関らず、着弾後図4C及び図4Dに示すように、細胞は生きていることが確認された。また、吐出された細胞同士が接触していることも確認された。
【0049】
この技術を利用して、印加電圧2.5 kV、空隙3.0 mmの条件でスキャホールドを含む液体を10回ほど描画し、その上に同一の印加電圧と空隙の条件でさらに細胞を含む液体を描画した結果を図5に示す。図5に示すように、細胞組織を立体的に形成することが可能である。
【0050】
なお、本実施例においては、内径80μmのキャピラリチューブを用いて細胞を吐出しているが、細胞の大きさを考慮すると内径30μm以上のキャピラリチューブであれば使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】静電インクジェット方式を用いて基板上に細胞又はバイオマテリアルのパターニングを可能とするパターン生成装置1の概略構成を示す図である。
【図2】細胞パターニング時に流れるコロナ放電電流と印加電圧との関係を示す図である。
【図3】改良されたパターン生成装置2の概略構成を示す図である。
【図4】パターン生成装置により描画された細胞ライン及び細胞の状態を示す図である。図4A及び図4Bは細胞ラインを、図4Cは描画後の細胞を、図4Dは描画後の細胞の拡大図を示す。
【図5】パターン生成装置により作製された、細胞とスキャホールドを含む立体組織の造形を示す図である。
【符号の説明】
【0052】
1 パターン生成装置
11 スキャホールドシリンジ
12 細胞シリンジ
13 キャピラリチューブ
14 ディッシュ
15 ステージ部
16 ステージドライバ
17 高電圧アンプ
18 発振機
19 制御部
2 改良されたパターン生成装置
21 平板電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に細胞組織のパターニングを行うパターン生成装置であって、
細胞組織を形成するための材料を含む溶液を保持するための少なくとも1つの容器と、
パターニングを行う対象である基板と、
前記容器に電圧を印加する電圧印加部と、を備え、
前記電圧印加部によって前記容器に電圧が印加されることによって、前記容器と前記基板との間に電界が発生し、静電インクジェット現象により前記容器から前記溶液が吐出され、吐出された溶液が前記基板上に付着するパターン生成装置。
【請求項2】
基板がアースされており、電圧印加部によって容器に電圧が印加されることによって、静電インクジェット現象により前記容器から溶液が吐出され、吐出された溶液が前記基板上に付着する、請求項1記載のパターン生成装置。
【請求項3】
さらに、容器と基板との間に配置され、アースされ、穴が形成された平板電極を備え、電圧印加部によって前記容器に電圧が印加されることによって、静電インクジェット現象により前記容器から溶液が吐出され、吐出された溶液が前記平板電極に形成された穴を通過して前記基板上に付着する、請求項1記載のパターン生成装置。
【請求項4】
細胞組織を形成するための材料を含む溶液を保持するための少なくとも1つの容器が、細胞の足場となるスキャホールドを含む溶液を保持する容器及び細胞を含む溶液を保持する容器を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のパターン生成装置。
【請求項5】
さらに、細胞増殖因子を含む溶液を保持する容器を備えた、請求項1〜4のいずれか1項に記載のパターン生成装置。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のパターン生成装置を用いて、基板上に細胞組織をパターニングし三次元構造を有する細胞組織を作製する方法であって、基板上にスキャホールドと細胞を吐出し基板上に付着させパターニングする工程を含み、隣接する細胞同士が接着しており、三次元構造がスキャホールドにより維持された、三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項7】
請求項6記載の基板上に細胞組織をパターニングし三次元構造を有する細胞組織を作製する方法であって、
(i) 基板上にスキャホールドを吐出しパターニングする工程、及び
(ii) パターニングしたスキャホールドに接触するように細胞を吐出しパターニングする工程を含み、隣接する細胞同士が接着しており、三次元構造がスキャホールドにより維持された、三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項8】
スキャホールドと細胞のパターニングを繰り返し、スキャホールドと細胞を多層積み上げることにより三次元構造を形成する、請求項6又は7に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項9】
さらに、細胞に接触するように細胞増殖因子が吐出される、請求項6〜8のいずれか1項に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項10】
2種類以上の細胞が用いられる、請求項6〜9のいずれか1項に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項11】
スキャホールド及び細胞を吐出するために容器に印加される電圧が0.5kv〜5kvである、請求項6〜10のいずれか1項に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項12】
スキャホールドを保持する容器の温度が37℃以上に維持され、基板上の温度が37℃以下に維持される、請求項6〜11のいずれか1項に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法。
【請求項13】
請求項6〜12のいずれか1項に記載の三次元構造を有する細胞組織を作製する方法により作製された三次元構造を有する人工細胞組織であって、細胞が生存しており、隣接する細胞同士が接着しており、三次元構造がスキャホールドにより維持されている、人工細胞組織。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−22251(P2010−22251A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−186068(P2008−186068)
【出願日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】