説明

静電気除電体

【課題】本発明の課題は、静電気除電に用いる装置内の静電気除電体について、除電体自体の腐食が無く、また、除電されるべき気体や液体を汚染しないものを得ることである。
【解決手段】タングステンの表層部のみを炭化したタングステンまたはモリブデンにより静電気除電体を製作することによって、前期課題を解決できる。
炭化したタングステンまたはモリブデンの層は表面から0.01〜20μmが適当であり、多くの用途には棒状のものを用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子機器、OA機器、衣服などの除電機、イオナイザー、食品工業用装置用除電気、化学工業用装置除電機、医薬品製造装置用除電機、エミッタアセンブリなどに用いられる除電機において、発生する静電気を除去する静電気除電体に関する
【背景技術】
【0002】
静電気は物体同士の接触、剥離、摩擦などによって生じるが、蓄積された静電気が放出される際には瞬間的に大電圧を生じるために、電子部品や電子機器、およびそれらを製造する装置においては故障、誤動作を引き起こす原因となる。塗装ブース内においては、静電気の発生により塗装むらが生じる。
【0003】
ガラスなどの電気絶縁性材料が被覆された部材で形成される機器、たとえば攪拌反応装置では、溶剤と被覆層との間でそれぞれ帯電が起こり、ガラスライナー層の破損や、液体の変質、着荷や爆発燃焼などを生じる恐れがある。
【0004】
このような静電気を未然に防ぐために、イオナイザー(除電機)などにはステンレス鋼のような腐食しにくい材料による静電気除電体が用いられてきたが、さまざまな金属物質からなるステンレス鋼のような材料では、液中や気中にさまざまな金属イオンが溶け出すなどして装置や気体、液の品質を害するという欠点があった。また、200℃を越えるような高温の大気中での使用では、ステンレス鋼なども変質や、気中へのイオン拡散などが指摘されている。
【0005】
特許文献1には、静電気除電体としてTiC、SiC、ZrO、ほう化ランタン、炭化タングステンなどからなる鋭い先端部を持つ技術が開示されている。これらの材料はステンレス鋼などの鉄形の材料と比較して腐食されにくく、不純物元素も少なくすることができる。一方で、これらの電気抵抗率を比較した場合はステンレス系の材料と比較しても高いために、除電作用としてはステンレス系の除電体と比較して、同等か、それ以下にとどまっていた。
ステンレスの電気抵抗率は代表的な数値で7×10−5Ω・cm程度。TiCは5×10−4Ω・cm、SiCは助剤により大きく異なるが10Ω・cm〜10Ω・cm、ZrOは絶縁体、炭化タングステンは5×10−5Ω・cm程度である。
【0006】
特許文献2には、放電電極の素材としてタングステンまたはタングステン合金を用いた携帯型除電機が開示されている。タングステンの電気抵抗率は5×10−6Ω・cm程度と、電気抵抗率は望ましい。だが、金属タングステンや一般的にタングステン合金と呼ばれるカリウムをドープしたタングステン、金属レニウムを添加したタングステン、セリアやイットリアなど酸化物を添加したタングステンなどは、いずれも大気雰囲気中や液体中での使用に際して、酸化が起こりやすく、酸化物でタングステン表層が剥がれ落ちて除電部材が損耗するだけでなく、液体や空気を粉塵や破片にて汚染することになり、満足な結果が得られない。この例として、大気雰囲気中にて用いられるイオナイザーにおいて、300℃の条件にて連続24時間除電を行ったところ、表面は黄色に変色し、図4(b)に示すような腐食が発生した。
【0007】
【特許文献1】実開2001−233396号公報
【特許文献2】特開平09−120896号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、静電気除電に用いる装置内の静電気除電体について、除電体自体の腐食が無く、また、除電されるべき気体や液体を汚染しないものを得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
タングステンまたはモリブデンの基材表層部のみを炭化したタングステンまたはモリブデンにより静電気除電体を製作することによって、前期課題を解決できる。
【0010】
炭化したタングステンまたはモリブデンの層は表面から0.01〜20μmが適当であり、多くの用途には棒状のものを用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
速やかに静電気除電を行うことができ、かつ、空気や液中に不純物を残さない静電気除電を行うことができ、交換寿命も著しく長い静電気除電材を得ることが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
請求項1に記載の本発明はタングステン基材の表面に、厚さ0.01μm以上、20μm以下のタングステン炭化物層を有する静電気除電体である。タングステンの電気抵抗率は5×10−6Ω・cm程度と低く、静電気除電用途には向いている一方で、タングステンは酸化しやすいという問題がある。電気的な影響もある大気中や液中では、タングステンは特に酸化しやすい。そのために、静電気除電用部材として用いる際にも表面の酸化が進行して、WOやWO、WOなどに変化し、黄色に変色し、剥離を起こす。そのために、空気中や液中にタングステン酸化物が拡散され、汚染の原因となる。汚染が特に問題ではない場合でも、タングステン自体が損耗し、また、電気抵抗率が大幅に大きくなるに、長時間交換なしで用いることはできない。
【0013】
本発明の静電気除電材は、タングステンの基材表面から0.01〜20μmの深さまでの炭化層を持つことに特徴がある。表面に炭化層を設けることにより、タングステンの酸化は極端に小さく、ほとんど無視することができるようにできるよう改善される。炭化層はその耐酸化性の効果を出すためには、少なくとも0.01μmは必要である。また、20μmを超える場合は、本来のタングステンの持つ電気的性能(導電性)が失われるために好ましくない。タングステン炭化物はタングステンと比較して、電気抵抗率が10倍程度増加するが、20μmを超えない厚さであれば、電気抵抗率は金属タングステンと比較して変化しない。20μmを超えると、電気抵抗率は急激に上昇するために、静電気除電材としては望ましくなくなる。これらのことから、電気除電材がたとえば空気中で静電気除去に使用される場合は〜数μmの厚さで十分であり、溶液などの撹拌に用いられるような磨耗が若干ながらも起きる用途の場合には炭化物層の厚さを比較的厚く(〜20μm)すればよい。表面炭化物層はWC、WC、およびそれらの複合材料からなる。
【0014】
請求項2に記載の本発明は、モリブデン基材の表面に、厚さ0.01μm以上、20μm以下のモリブデン炭化物層を有する静電気除電体である。モリブデンも酸素含有雰囲気中で酸化を起こしやすい。炭化物層の厚さの限定理由は、請求項1と同様である。モリブデンの電気抵抗は5.2×10−6Ω・cmであり、炭化モリブデンは1.0×10−4Ω・cmである。
【0015】
請求項3に記載の本発明は、形状が円柱状である請求項1に記載の静電気除電体である。空気中や液体中では、特に棒状のものが効率的である。本発明の棒状の静電気除電体は陵部を機械的に面取りした円柱や、バレル処理などの方法にて表面や両部を滑らかにしたものも含まれる。これにより、比表面積を最小にとどめることができ、また流体の流れを乱さずに、わずかな脱落も防ぐことができる。用途にもよるが、円柱先端を錘にすることもできる。
請求項4に記載の本発明は、タングステン基材が、純度99.9%以上のタングステンまたはカリウムを1〜300ppm含有するカリウムドープタングステンのいずれかからなることを特長とする請求項1に記載の静電気除電体である。タングステンに金属レニウムや希土類の酸化物などを添加したものは、耐薬品性や耐酸化性を損ねる恐れがあることや、製造費用が増加するなど好ましくない要因も加わる。
ドープ材としてのカリウムは、タングステンの粒界に球状となって存在しており、また量も少ないため表面にはほとんど露出していない。カリウムはタングステンのドープ材として最も使用される金属であるが、この性質のためにほとんど無視でき、純タングステンと同様に使用可能である。また、表層部のカリウムは、炭化の段階で表面から優先的に排出されるために、やはり影響はほぼ無視できる。
【0016】
請求項5に記載の本発明は、モリブデン基材が、純度99.9%以上のモリブデンまたはカリウムを1〜300ppm含有するカリウムドープモリブデンのいずれかからなることを特長とする請求項2に記載の静電気除電体である。カリウム添加の理由については、請求項4と同様である。
【0017】
本発明の静電気除電材料を得るには、下記製造方法を用いるのが最も確実で安価である。
【0018】
まず、タングステン系材料、特に純タングステンもしくはカリウムをドープした棒状のタングステンの焼結体、純モリブデンもしくはカリウムをドープした棒状のモリブデンの焼結体(基材)を得る。これは、通電焼結後に熱間鍛造を行なう方法、非酸化雰囲気下でグリーン体を焼結する方法など、どのような公知の手段もとることができる。
【0019】
この基材に、必要な際には陵部への面取り加工や、全体へのバレル加工(アルミナやジルコニアなどの硬質砥粒を分散した液体による研磨)を行う。タングステン焼結体の切断時にできたバリなどから、空気や液中へのタングステンやその不純物が流出するのを防ぐことが容易になる。
【0020】
その後に、表面の炭化処理を行う。炉を用いて、カーボン、メタン、一酸化炭素、水素雰囲気などの非酸化雰囲気中で1000度〜2500度、0.1〜5時間程度熱処理することにより、タングステンやモリブデンを基材表面から0.01〜20μmの深さまで炭化することができる。その後冷却すれば、目的とする静電気除電体が得られる。

以下、実施例によって、本発明の実施の形態を説明する。
【実施例】
【0021】
実施例として、高温の空気の除電に使用されるイオナイザーに用いる静電気除電体として、以下に示す10種類の試料を準備した。

試料1(本発明)純度99.9%タングステン基材の表面を炭化処理し、10μmの炭化層を設けた試料
試料2(本発明)タングステンに10ppmのカリウムをドープしたドープタングステン基材の表面を炭化処理し、10μmの炭化層を設けた試料
試料3(本発明)純度99.95%モリブデン基材の表面を炭化処理し、0.1μmの炭化層を設けた試料
試料4(本発明) モリブデンに5ppmのカリウムをドープしたドープモリブデン基材の表面を炭化処理し、0.1μmの炭化層を設けた試料
試料5(比較例)純度99.9%のタングステン試料
試料6(比較例)純度99.95%のモリブデン試料
試料7(比較例)酸化トリウムを1%含むタングステン試料
試料8(比較例)ステンレス鋼(SUS304)の試料
試料9(比較例)部分安定化ジルコニアの試料
試料10(比較例)炭化タングステン(WC−5質量%Co)の試料

それぞれの試料は、φ2(mm)×50(mm)の円柱状とし、図2に示すようにバレル加工を行ない、表面を滑らかにして陵部を丸めた。
【0022】
試料1および試料2の製造方法を以下に示す。
純度99.9%の純タングステンと、10ppmのカリウムをドープしたタングステンの線状材料を、カッチング装置にて長さ50mmに切断した。切断後に、平均粒子径がφ1μmの酸化ジルコニウムを研磨剤として、バレル加工を1時間行なったところ、陵部は丸められ、全体が滑らかな円柱となった(図2)。
次に、得られた円柱状のタングステンを、カーボン粉末と混合した状態でカーボンの容器に投入し、アルゴンガス雰囲気中で熱処理(炭化処理)を行なった。熱処理条件は、最高温度1500℃、2時間保持後冷却とした。
【0023】
冷却後に処理したタングステン円柱を、切断して断面を観察したところ、図1に示すように表面から10μm程度の炭化物層が観察できた。EPMAで分析の結果、タングステンの炭化物と炭化された層(WCおよび/またはWC)であることが確認できた。
【0024】
試料3および試料4の製造方法を以下に示す。
純度99.95%の純モリブデンおよび5ppmのカリウムをドープしたモリブデンの線状材料を、カッチング装置にて長さ50mmに切断した。切断後に、平均粒子径がφ1μmの酸化ジルコニウムを研磨剤として、バレル加工を1時間行なったところ、陵部は丸められ、全体が滑らかな円柱となった。
次に、得られた円柱状のタングステンを、カーボン粉末と混合した状態でカーボンの容器に投入し、アルゴンガス雰囲気中で熱処理(炭化処理)を行なった。熱処理条件は、最高温度1200℃、10分保持後冷却とした。
【0025】
冷却後に処理したモリブデン円柱を、切断して断面を観察したところ、表面から0.1μm程度の炭化物層が観察できた。EPMAで分析の結果、モリブデンの炭化物と炭化された層(MoCおよび/またはMoC)であることが確認できた。

実施例(試料1〜試料4)及び比較例(試料5〜試料10)
図3に示すような固定方法で、イオナイザー用の棒状徐電体として前記試料1〜試料10を用いた。イオナイザーの空気通路上に突起物として用いることにより、電荷を持った空気を除電することが目的である。前記空気は500℃程度と、高温での使用である。この雰囲気下にて240時間運転をすることで試験を行なった。
【0026】
試料1〜試料10について、前記イオナイザーに用いた結果を以下に示す。なお、「」のついた試料は、本発明の範囲外の比較例である。

試料1、試料2、試料3および試料4は、試料後も全く状態に変化が無く、また、イオナイザー中に不純なイオンの拡散は見られなかった。静電気除電体として良好に使用することができた。
【0027】
試料5は、使用中に表面の酸化が急激に進行し、表面が黄色に変色していた。表面は一部剥離し、イオナイザー中に粉塵として拡散しており、静電気除電体として適当ではなかった。黄色の粉塵を調査したところ、タングステン酸化物であることが確認された。

試料6は、使用中に表面の酸化が急激に進行し、表面が褐色に変色していた。表面は一部剥離し、イオナイザー中に粉塵として拡散しており、静電気除電体として適当ではなかった。褐色の粉塵を調査したところ、モリブデン酸化物であることが確認された。

試料7は試料5と同様に表面の変色および剥離が起きており、静電気除電体として適当ではなかった。
【0028】
試料8は、使用後に表面的な変化は若干の変色程度であったが、イオナイザー中に相当量のFeおよびNiのイオンが検出された。イオナイザー中の静電気除電体としては不適であった。また、電気抵抗が5×10(Ω・cm)程度と高いために、除電効果が試料1〜試料4と比較して若干低かった。

【0029】
試料9は、使用中、使用後とも変色は無かった。また検出されたイオンにはZr成分はなかった。しかしながら、絶縁体であるために空気除電の効果が上がらず、静電気除電体としては不適であった。
【0030】
試料10は、使用中、使用後とも見かけ上は変質しなかったが、処理した空気中にバインダーであるCoイオンが検出された。また、電気抵抗値が1.5×10程度と試料1〜試料4に対しても高いために、静電気除電体としては好ましくなかった。
【0031】
また、Coなどの金属バインダーを添加せずに製作したWCは、焼結が難しく、棒状に製作するためには大きな費用および設備が必要となる。
【0032】
また、試料1の類似実験として、タングステンの表面の炭化物層が0.01μm未満の試料、20μmより厚い試料で実験を行なった。その結果、0.01μm未満の試料は比較試料である試料3、試料4と同様に、表面の変色が起こり、一部剥離も発生していた。また、炭化物層が20μmより厚いものは、電気抵抗率がタングステン(5×10−6Ω・cm)より約10倍増加しており、除電の効果は試料1〜試料4よりも劣った。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の表面から約10μmに炭化層を有するタングステン静電気除電体の断面を示す
【図2】バレル加工した後の棒状のタングステン静電気除電体
【図3】本発明の静電気除電体を、イオナイザー用静電気除電体として使用した例である
【図4】(a)本発明の静電気除電体、使用後(b)表面に剥離が発生した比較例のタングステン静電気除電体、使用後
【符号の説明】
【0034】
1 表面からのタングステン(モリブデン)炭化物層
2 タングステン(モリブデン)基材
3 本発明の静電気除電体(棒状)
4 気体
5 気体の進行方向
6 導体
7 アース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン基材の表面に、厚さ0.01μm以上、20μm以下のタングステン炭化物層を有する静電気除電体。
【請求項2】
モリブデン基材の表面に、厚さ0.01μm以上、20μm以下のモリブデン炭化物層を有する静電気除電体。
【請求項3】
形状が、円柱状である請求項1または請求項2に記載の静電気除電体。
【請求項4】
タングステン基材が、純度99.9%以上のタングステンまたはカリウムを1〜300ppm含有するカリウムドープタングステンのいずれかからなることを特長とする請求項1に記載の静電気除電体。
【請求項5】
モリブデン基材が、純度99.9%以上のモリブデンまたはカリウムを1〜300ppm含有するカリウムドープモリブデンのいずれかからなることを特長とする請求項2に記載の静電気除電体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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