説明

音場制御装置

【課題】再生環境の違いによる音場効果の強弱のずれを適切に補正できる音場制御装置を提供する。
【解決手段】音場制御装置は、再生環境における音響の状態、つまり反射音の発生状況を確認した結果に基づいて、音場効果情報から生成する複数の音場効果音の音量を補正して、複数のスピーカから音場効果音を放音させる。また、音場制御装置は、再生環境における音響の状態を確認するために、テスト音を生成してスピーカから放音させ、このテスト音の直接音と、壁などに反射して発生する反射音をマイク3で収音し、解析部57で解析して、聴取位置で測定した収音音量に占める直接音の比率である第2係数を算出する。そして、その再生環境に応じて音場形成する音場効果音を補正することで、再生環境にかかわらず、理想的な再生環境に近づけることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、音声信号に音場効果を付与して音場を制御する音場制御装置に関し、特に再生環境に応じた音場効果の制御に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コンテンツの音に音場効果を付与して音場を制御する音場制御装置があった(例えば、特許文献1参照。)。音場効果とは、コンサートホールなどの音響空間で発生する反射音を模擬した音を再生することで、部屋に居ながらにして実際のコンサートホールなどの別の空間に居るような臨場感を聴取者に体感させることができる効果である。
【0003】
図1は、従来の仮想音源の定位処理を説明するための概念図である。図1(A)は音場制御装置に接続するスピーカの配置図、図1(B)は音場効果を付与した音を再生する場合の直接音及び反射音の音源分布のイメージ図、図1(C)はあるホールのエコーパターン(直接音と反射音の発生時間とレベルを示すグラフ)である。
【0004】
従来の音場制御装置では、図1(A)に示すように、部屋Hに設置されたスピーカSP1〜スピーカSP5からの再生音の音量が受音点(聴取位置)Jにおいて同等になるように、予め設置時などに音量が調整される。
【0005】
音場制御装置は、あるホールの音場を模擬した音場効果を付与するように設定されると、図1(B)に示すように、入力信号(コンテンツに含まれる音の信号)をそのまま、または何らかの加工を施して、スピーカから放音させる。また、音場制御装置は、あるホールの音場効果情報に基づいて、入力信号から複数の反射音を模擬した音(音場効果音)の信号を生成して、図1(B)に示すようにスピーカから複数の反射音として放音させる。このとき、直接音と複数の反射音(音場効果音)の発生時間とレベルは、例えば図1(C)に示すような関係になる。
【0006】
なお、音場効果情報とは、音場効果音を再生するための情報である。音場効果情報は、コンサートホールなどの音響空間で発生する反射音群のインパルス応答特性や反射音群の各仮想音源の位置情報などを含んでいる。以下の説明において、音場制御装置が入力信号から生成する、コンサートホールなどの音響空間の反射音を上記のように音場効果音と称して、受聴環境における部屋の壁などにより音が反射して発生する反射音と区別する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2755208号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の音場制御装置では、スピーカの配置や部屋の響きの違いなど実際の再生環境の違いにより、意図した音場効果を得られないことがあるという問題があった。
【0009】
図2は、再生環境の違いによる音場効果の違いを説明するための図である。図2(A)に示すように、部屋Hにおいて受音点(聴取位置)Jから距離Aの対称な位置に左右の音源SP1・音源SP2を設置し、受音点Jに向けて音を放音する。この場合、この音の放音に伴って、部屋Hの壁に反射することなく受音点Jに到達する直接音と、部屋Hの壁に反射して受音点Jに到達する複数の反射音が発生する。図2(A)に示す再生環境を再生環境Aと称する。一方、図2(B)に示すように、部屋Hにおいて受音点Jから距離B(<A)の対称な位置に左右の音源SP1・音源SP2を設置し、受音点Jに向けて音を放音する。この場合、この音の放音に伴って、部屋Hの壁に反射することなく受音点Jに到達する直接音と、部屋Hの壁の図2(A)に示した位置とは異なる位置で反射して受音点Jに到達する複数の反射音が発生する。図2(B)に示す再生環境を再生環境Bと称する。
【0010】
図2(C)には、再生環境Aにおいて、右側の音源SP2から放音された音が直接受音点Jに到達した直接音のレベル及び音源SPから放音された音に伴い発生する部屋Hの反射音のレベルと、受音点Jに到達する時間と、の関係を示している。図2(D)には、再生環境Bにおいて、図2(C)と同じ関係を示している。なお、聴取者が感じている音量は、ある一定時間の音圧を積分したもの(直接音と反射音のエネルギーの総和)である。そのため、両図において、全体としての音量が一致するようにスケールを調整している。
【0011】
直接音と反射音は両方とも音源からの放射エネルギーに比例する一方で、直接音のエネルギーは受音点との距離に応じて変化し、反射音のエネルギーは再生環境の残響特性に応じて変化する。再生環境Aと再生環境Bのように音源の位置のみを変化させた場合には、直接音のエネルギー変化が大きい一方で、反射音のエネルギー変化はほとんど無い。また、この2つの再生環境において、受音点での音量を同一にするために音源からの放音エネルギーを調節した場合、それぞれの環境での直接音と反射音の比率は保たれる。
【0012】
再生環境A及び再生環境Bにおいて、音源SP1・音源SP2が同じパワーで音を出力している場合、受音点Jでの音量が同等になる条件で比較すると、図2(C)及び図2(D)に示すように、直接音のエネルギーは、受音点Jに対して音源SP1・音源SP2が近い方(距離Bの方)が大きく、受音点Jに対して音源SP1・音源SP2が遠い方(距離Aの方)が小さくなる。これに対して、反射音のエネルギーは、受音点Jでの音量を同一にするために音源の放射エネルギーを調節した結果として、音源SP1・音源SP2が遠い方(距離Aの方)が大きく、音源SP1・音源SP2が近い方(距離Bの方)が小さくなる。つまり、図2(C)に示すように再生環境Aでは直接音と反射音のエネルギー比は小さく、図2(D)に示すように再生環境Bでは直接音と反射音のエネルギー比は大きい。このような直接音と反射音のエネルギー比は、聴取者にとっては音の雰囲気の違いとして感じられる。
【0013】
上記の再生環境A・再生環境Bのそれぞれで、図1(C)に示したエコーパターンを音場効果として選択してコンテンツ信号を再生した場合、図2(E)[再生環境Aのとき]・図2(F)[再生環境Bのとき]に示すような結果になる。図2(E)・図2(F)には、コンテンツ信号を再生した際に受音点に到達する直接音(以下、コンテンツ信号の直接音と称する。)、及びコンテンツ信号を再生した際に部屋の壁で反射して発生した反射音(以下、コンテンツ信号の反射音と称する。)を点線で示し、音場効果音とその反射音を実線で示している。さらに、コンテンツ信号の再生エネルギー(コンテンツ信号の直接音とコンテンツ信号の反射音のエネルギーの総和)を直接音の左側に一点鎖線で示し、図2(E)・図2(F)の両図において、コンテンツ信号の再生エネルギーが同じ大きさになるように表示している。
【0014】
再生環境Aでは、前記のように、コンテンツ信号の直接音とコンテンツ信号の反射音のエネルギー比が小さい。また、図2(E)に示すように、音場効果音に対して、再生環境(室内)で反射により発生するコンテンツ信号の反射音の音圧レベルが大きい。そのため、音場効果音が、室内で発生するコンテンツ信号の反射音に埋もれてしまい、聴取者には音場効果が弱く感じられる。
【0015】
逆に、再生環境Bでは、前記のように、コンテンツ信号の直接音とコンテンツ信号の反射音のエネルギー比が大きい。また、図2(F)に示すように、音場効果音に対して、再生環境(室内)で反射により発生するコンテンツ信号の反射音の音圧レベルが小さい。そのため、音場効果音が、室内で発生するコンテンツ信号の反射音に埋もれることが無く、聴取者には音場効果が強く感じられる。
【0016】
このような再生環境の違いによる音場効果の違いは、受音点に対するスピーカの距離の違いだけでなく、部屋の広さや材質(反射率)などの違いによっても生じる。
【0017】
音場効果が強すぎると音がきつい感じになるので、かえって鑑賞の邪魔になってしまう。一方、音場効果が弱すぎると音場効果音が聞こえにくくなるので、この機能を利用する意味が薄らいでしまう。
【0018】
そこで、本発明は、再生環境の違いによる音場効果の強弱のずれを適切に補正できる音場制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
この発明は、上記の課題を解決するための手段として、以下の構成を備えている。
【0020】
本発明の音場制御装置は、入力された音声信号に対して音場効果を付与して音場を制御する装置である。音場制御装置は、再生環境(装置の設置場所)における音の反射状態を考慮して、音場効果を付与するために生成する音場効果音の音量を、その再生環境に応じて調整する。
【0021】
音場制御装置は、ホールなどの音響を模擬した反射音に相当する音場効果音を生成するための情報として音場効果情報を記憶している。音場制御装置は、この音場効果情報に基づいて複数の音場効果音を生成して、これら音場効果音と入力信号に基づく音をスピーカから放音させることで、聴取位置の周囲に聴取者の所望の音場を生成する。音場制御装置が記憶している音場効果情報は、実際のホールなどで測定された音響データに基づいて、またはシミュレーションによって作成されている。また、音場制御装置は、音響的な条件が良好で安定している調整環境で、一定時間内の全収音エネルギーと、それに含まれる直接音のエネルギーの比率を算出して、この情報を記憶している。
【0022】
スピーカと聴取位置との距離や部屋の響きなどは再生環境によって異なるため、従来の音場制御装置では意図した音場効果が得られないことがある。そこで、本発明の音場制御装置は、音声信号が入力される入力手段と、調整環境における一定時間内の全収音エネルギーと、それに含まれる直接音のエネルギーの比率を算出した第1の係数を記憶する記憶手段と、を備えている。また、音場制御装置は、前記入力手段から入力された音声信号から音場効果音を生成し、前記第1の係数に応じた音量で出力する音場生成手段と、再生環境において、一定時間内の全収音エネルギーと、それに含まれる直接音のエネルギーの比率である第2の係数を算出する算出手段と、前記第1の係数と前記第2の係数の比に基づいて、前記音場効果音の音量を補正する補正手段と、を備えている。音場制御装置は、このような構成により、再生環境における音響の状態、つまり音が壁などに反射した反射音の発生状況を確認した結果に基づいて、音場効果情報に基づいて生成する音場効果音(ホールなどで発生する反射音を模擬した音)の音量を補正して、複数のスピーカから音場効果音を放音させることができる。したがって、その再生環境に応じて音場効果音の音量を補正することで、再生環境にかかわらず、理想的な環境に近づけることができる。
【0023】
また、上記の前記第1の係数と前記第2の係数の比が極端に大きかったり極端に小さかったりすると、音場効果情報に基づいて生成する音場効果音が意図したものと違ったものとなり、入力信号の直接音よりも音場効果音の方が極端に大きくなったり極端に小さくなったりするおそれがある。この発明の音場制御装置において、前記補正手段は、前記音場効果音の音量を補正する際に、前記第1の係数と前記第2の係数の比に制限を設ける。このような構成を備えることにより、音場効果音の音量を一定範囲内に制限できるので、上記のような不具合の発生を防止できる。
【0024】
また、この発明の音場制御装置は、出力手段に複数のスピーカが接続されており、スピーカ毎に第1の係数及び第2の係数が異なることがある。この場合には、再生環境によっては係数の代表値を決定することで、この代表値を用いることが可能である。このような場合に、決定手段で、複数の該第1の係数及び第2の係数の代表値をそれぞれ決定し、補正手段がこの代表値を用いて音場効果音の音量を補正する。これにより、演算処理量を抑制できるので、演算負荷や演算時間を軽減できる。
【0025】
例えば、複数のスピーカを設ける場合、フロント側とリア側のスピーカで係数A及び補正係数Bの代表値を設定すると良い。これにより、リビングルームにおいて、テーブルやソファーなどの配置の関係で、聴取位置がリアスピーカの近傍になった場合でも、音場効果を理想的な環境に近づけることができる。
【発明の効果】
【0026】
この発明によれば、音場制御装置は、その再生環境に応じて音場効果の強弱のずれを適切に補正することで、再生環境にかかわらず、理想的な再生環境に近づけることができる。これにより、聴取者は、音場制御装置やスピーカの設置場所を気にすることなく、音場効果による臨場感を楽しむことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】従来の仮想音源の定位処理を説明するための概念図である。
【図2】再生環境の違いによる音場効果の違いを説明するための図である。
【図3】音場制御装置の主要部の概略構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の音場制御装置において、再生環境の違いに応じて補正した音場効果を説明するための図である。
【図5】音場制御装置の構成を示すブロック図、並びにマイク及び複数のスピーカの配置図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の音場制御装置は、再生環境における音の反射状態を考慮して、音場効果を付与するために生成する音場効果音の音量を、その再生環境に応じて調整する。すなわち、音場制御装置は、再生環境において、収音エネルギーに占める直接音の比率を測定する。そして、調整環境における収音エネルギーに占める直接音の比率を、上記の再生環境で測定した比率に応じて補正し、入力信号に対してこの補正した比率で音場効果を付与する。これにより、再生環境の違いによる音場効果の強弱のずれを適切な効果量に調整する。以下、その詳細を説明する。
【0029】
図3は、音場制御装置の主要部の概略構成を示すブロック図である。音場制御装置1は、入力部31、信号処理部33、出力部35、マイク入力部37、記憶部39、及び制御部41を備えている。また、信号処理部33は、テスト音生成部51、効果音生成部53、補正部55、及び解析部57を備えている。マイク入力部37にはマイクロフォン3(以下、単にマイク3と称する。)が接続され、入力部31にはコンテンツ再生機器(例えば、チューナやDVDプレーヤ)5が接続されている。さらに、出力部35には、スピーカ10が接続されている。
【0030】
音場制御装置1は、コンテンツ再生機器5が出力したコンテンツの音声信号(以下、コンテンツ信号と称する。)が入力部31から入力されると、信号に応じてA/D変換やデコードなどの処理を行い、信号処理部33へ出力する。信号処理部33は、入力部31から入力されたコンテンツ信号を出力部35へ出力する。また、信号処理部33は、記憶部39から読み出した音場効果情報に基づいて、コンテンツ信号からホールなどの反射音に相当する音場効果音を生成して出力部35へ出力する。なお、音場効果情報とは、音場効果音を再生するための情報である。音場効果情報は、コンサートホールなどの音響空間で発生する反射音群のインパルス応答特性や反射音群の各仮想音源の位置情報などを含んでいる。なお、前記のように、音場制御装置がコンテンツ信号から生成する、コンサートホールなどの音響空間の反射音を、音場効果音と称して、コンテンツ信号の再生音が部屋の壁などに反射して発生する反射音と区別する。
【0031】
信号処理部33は、再生環境に応じて音場効果を付与する付加量(音場効果音のレベル)を補正する。
【0032】
出力部35は、信号処理部33から入力されたコンテンツ信号や音場効果音の信号に対して、遅延処理・D/A変換・増幅などの処理を行ってスピーカ10に出力する。
【0033】
記憶部39は、再生エネルギー(事前調整環境における直接音及び反射音のエネルギーの総和)に占める直接音の比率(係数A、第1の係数に相当)の情報を予め記憶している。この係数Aは、音場効果情報を決定する際に事前の調整環境(例えば、メーカの調整室などの理想的な再生環境)で測定した値に基づいて予め設定された値である。
【0034】
再生エネルギーに占める直接音の比率を測定する際に、以下のような方法を用いることができる。
【0035】
(1)インパルス応答を利用
テスト音生成部51でテスト音信号としてインパルスを生成してスピーカ(音源)から放音(出力)し、聴取位置(受音点)90に設置したマイク3(図5を参照)でテスト音信号の直接音及びテスト音信号の反射音を収音し、解析部57で解析する。測定結果により、信号出力から一定時間内の全収音エネルギー(音量)と、それに含まれるテスト音信号の直接音のエネルギーの比率(係数A)を算出することで、再生エネルギーに占める直接音の比率を求めることができる。
【0036】
(2)マイク位置による音量差を利用
テスト音生成部51でテスト音信号として白色雑音などの定常信号を生成してスピーカ(音源)から放音(出力)し、聴取位置(受音点)90に設置したマイク3でテスト音信号の直接音及びテスト音信号の反射音を収音し、解析部57でエネルギーを測定する。また、この状態でのスピーカからマイク3までの距離を周知の方法で測定する。次に、マイク3を聴取位置90から少しだけ外れた(近接した)位置に設置して、同様にエネルギーと距離を測定する。
【0037】
ここで、室内に一定の音を放音して音が定常状態になったとき、この状態での反射音によるエネルギーが近接した二点で同一と仮定し、その音圧をPrとする。また、直接音は距離の二乗に反比例して減衰するものとする。音源位置での音圧をP0として、最初の位置での音源と受音点の間の距離をR1、測定音圧をP1とし、移動した位置での音源と受音点の受音点の間の距離をR2、測定音圧をP2とすると、以下の式が成り立つ。
【0038】
P1=(P0/R12)+Pr , P2=(P0/R22)+Pr
これらの式から、エネルギー全体に占める直接音の割合は、以下のように求める。
【0039】
【数1】

【0040】
これら2つの方法のいずれかを用いて、再生エネルギーに占める直接音の比率を測定と計算によって求めることができる。
【0041】
上記の係数Aは、以下の式により求めることができる。すなわち、
係数A=直接音のエネルギー/事前調整環境での再生音のエネルギー
=直接音のエネルギー/(直接音のエネルギー+反射音のエネルギー)
(但し、0<A≦1、音場効果情報に設定された仮想音源データそのものの実現を目標とする場合には、A=1となる。)
である。このようにして求めた係数Aは、先述のとおり予め記憶部39に記憶される。また、記憶部39は、解析部57が出力した、音場効果音(ホールなどで発生する反射音を模擬した音)の音量を補正するための補正係数B(後述)を記憶する。さらに、受音点(聴取位置)とスピーカの距離や位置関係などの情報を記憶している。
【0042】
次に、信号処理部33の詳細を説明する。
【0043】
テスト音生成部51は、不図示の操作部で環境測定モードが設定されると、テスト音の信号を生成して出力部35に出力する。このテスト音は、スピーカ10が設置された場所(例えば、居間などの実際の再生環境)の音響を調査するためにスピーカから放音される信号である。
【0044】
解析部(算出手段に相当)57は、マイク3で収音したテスト音の直接音及びテスト音が設置場所の壁などで反射した反射音の信号(収音信号)に基づいて、再生環境でのエネルギー全体に占める直接音の比率(補正係数B、第2の係数に相当)を算出して記憶部39に出力し、この補正係数を記憶部39に記憶させる。具体的には、
補正係数B=直接音のエネルギー/再生環境での再生音のエネルギー
=直接音のエネルギー/(直接音のエネルギー+反射音のエネルギー)
(但し、0<B<1)
である。
【0045】
なお、再生環境においても、前記のインパルス応答や音量差を利用して、再生エネルギーに占める直接音の比率を測定する方法を用いると良い。例えば、テスト音生成部51は、テスト音信号としてインパルスを生成してスピーカから放音する。受音点90に設置したマイク3は、テスト音信号の直接音及びテスト音信号の反射音を収音する。解析部57は、テスト音信号の出力から一定時間内の全収音エネルギー(音量)と、それに含まれるテスト音信号の直接音のエネルギーの比率(係数B)を算出することで、再生エネルギーに占める直接音の比率を求めることができる。
【0046】
効果音生成部(音場生成手段に相当)53は、聴取者が選択した音場効果に応じた音場効果情報を記憶部39から読み出して、音場を形成するための効果音の信号を仮想音源毎に生成する。
【0047】
なお、効果音生成部53は、記憶部39から音場効果情報を読み出すのではなく、係数Aに応じた音量で効果音の信号を仮想音源毎に生成するように、プリセットされた構成にすることも可能である。
【0048】
補正部55は、記憶部39から係数A及び補正係数Bを読み出して、これらの係数から音場効果の効果量の補正値Cを算出する。具体的には、
音場効果の補正値C=√(A/B)
とする。なお、係数A及び補正係数Bは、共にエネルギーの比率を表しているので、入力信号を補正するために、A/Bの平方根を算出して振幅に変換する。
【0049】
補正部55は、算出した音場効果の補正値Cにより、効果音生成部53が出力した音場効果音の信号を補正して出力部35に出力する。
【0050】
図4は、本発明の音場制御装置において、再生環境の違いに応じて補正した音場効果を説明するための図である。以下の説明では、図2(A)・図2(B)に示した再生環境A・再生環境Bにおいて、音場効果を調整する場合を例に挙げて説明する。なお、図2(A)と図4(A)、及び図2(B)と図4(B)は、それぞれ同じ図である。また、図4(A)・図4(C)・図4(E)は再生環境Aの図、図4(B)・図4(D)・図4(F)は再生環境Bの図である。また、図4(C)〜図4(F)には、スピーカから受音点に至る直接音及びスピーカから放音された音が部屋の壁などで反射して発生した反射音を点線で示し、音場効果音及びこの音場効果音の反射音を実線で示している。さらに、図4(C)〜図4(F)の各図において、入力信号の再生エネルギー(コンテンツ信号の直接音とコンテンツ信号の反射音のエネルギーの総和)を直接音の左側に一点鎖線で示している。そして、再生環境A及び再生環境Bで音量が一致するように、これら各図において、入力信号の再生エネルギーが同一の大きさになるようにスケールを調整して表示している。聴取者が感じている音量は、ある一定時間の音圧を積分したもの(直接音と反射音のエネルギーの総和)で決まるためである。
【0051】
図4(A)に示した再生環境Aにおいて、音源SP1または音源SP2からテスト音(例えばインパルス)を放音させて、受音点(聴取位置)Jに設置したマイク3でコンテンツ信号の直接音及びコンテンツ信号の反射音を収音した場合、補正係数B=0.3であったとする。
【0052】
音場効果情報に設定された仮想音源データそのものの実現を目標とすると、計数A=1である。したがって、音場効果の補正値Cは、
音場効果の補正値C=√(A/B)=√(1/0.3)≒1.83
となる。補正部55は、効果音生成部53が生成した音場効果を付与するための音場効果音を上記の補正値Cにより補正する(音場効果の各仮想音源の振幅(音圧レベル)と補正値Cの積を演算する)ことで、再生環境Aに適した音場効果に再生レベルを調整できる。例えば、図1(C)に示した音場効果を入力信号に付与した場合、補正部55における音場効果音のレベル補正により、音源SP2から放音されるコンテンツ信号の直接音及び音場効果音の音圧レベルは図4(C)に示す収音結果のようになる。
【0053】
一方、図4(B)に示した再生環境Bにおいて、音源SP1または音源SP2からテスト音(例えばインパルス)を放音させて、受音点(聴取位置)Jに設置したマイク3でコンテンツ信号の直接音及びコンテンツ信号の反射音を収音した場合、補正係数B=0.68であった。
【0054】
音場効果情報に設定された仮想音源データそのものの実現を目標とすると、計数A=1である。したがって、音場効果の補正値Cは、
音場効果の補正値C=√(A/B)=√(1/0.68)≒1.21
となる。補正部55は、同様に補正値Cを用いて補正することで、再生環境Bに適した音場効果に再生レベルを調整できる。例えば、図1(C)に示した音場効果を入力信号に付与した場合、補正部55における音場効果音のレベル補正により、音源SP2から放音されるコンテンツ信号の直接音及び音場効果音の音圧レベルは図4(D)に示す収音結果のようになる。
【0055】
図4(C)に示した再生環境Aにおける収音結果のグラフと、図4(D)に示した再生環境Bにおける収音結果のグラフでは、いずれもオリジナルの仮想音源分布と同一にはなっていない。しかし、補正前の状態と比較して音場効果の特徴が明確に現れており、再生環境にかかわらず、理想的な再生環境に近づけることができる。すなわち、図4(A)に示した再生環境Aのように、コンテンツ信号の直接音の比率がコンテンツ信号の反射音に対して小さい場合には、コンテンツ信号の放音に伴ってその環境で発生する反射音により、音場効果音が聞こえにくくなる(埋もれてしまう)ため、音場効果音の付与量が再生環境Bよりも多くなっている(レベル補正値が再生環境Bよりも大きくなっている)。一方、図4(B)に示した再生環境Bのように、コンテンツ信号の直接音の比率がコンテンツ信号の反射音に対して大きい場合には、その環境で発生する反射音が再生環境Aと比べて少なく音場効果音は聞こえやすくなるため、音場効果音の付与量が再生環境Aよりも少なくなっている(レベル補正値が再生環境Aよりも小さくなっている)。
【0056】
次に、図4(A)に示した再生環境Aを目標特性(望ましい状態)として、再生環境Bにおける音場効果を補正する場合には、以下のような演算を行う。前記のように、再生環境Aの補正係数B=0.3で、再生環境Bの補正係数B=0.68であり、再生環境Aを目標特性とするので、係数A=0.3、補正係数B=0.68として、音場効果の補正値Cを演算する。この場合、
音場効果の補正値C=√(A/B)=√(0.3/0.68)≒0.66
となる。補正部55は、効果音生成部53が生成した音場効果音を上記の補正値Cにより補正することで、再生環境Bに適した音場効果に再生レベルを調整できる。例えば、再生環境Aにおいて図1(C)に示した音場効果を入力信号に付与した場合には、音源SP2から放音されるコンテンツ信号の直接音及び音場効果音の音圧レベルの測定結果は図4(E)に示すようになる。これに対して、再生環境Bにおいて図1(C)に示した音場効果を入力信号に付与した場合には、音源SP2から放音されるコンテンツ信号の直接音及び音場効果音の音圧レベルの測定結果は図4(F)に示すようになる。この例でも、図4(E)に示した再生環境Aにおける収音結果のグラフと、図4(F)に示した再生環境Bにおける収音結果のグラフとの比較では、図4(C)・図4(D)に示した収音結果のグラフと同様に同一の特性にはならないが、より近い特性に補正できる。
【0057】
以上のとおり、本願発明では、再生環境に応じて音場効果を補正できるので、再生環境にかかわらず、理想的な再生環境に近づけることができる。また、オーディオリスニングの観点からは再生環境で発生する反射音も加わった音が「元の音=音場効果を付与していない音」とも言えるので、音場効果を付与する場合の変化量として、本願発明の方式は違和感を少なくできる。
【0058】
さらに、本願発明の方式は再生環境の直接音と反射音のエネルギーの比率を測定する手段があれば容易に実現できるので、再生環境における反射音を抑制する処理などで測定環境を再現しようとする手法に対して、コストや処理能力の制約が少なく有利である。
【0059】
次に、本発明の音場制御装置において、複数のスピーカから音場効果音を放音する構成の具体例を説明する。図5は、音場制御装置の構成を示すブロック図、並びにマイク及び複数のスピーカの配置図である。
【0060】
図5に示す音場制御装置1Bは、図3に示した構成に加えて、制御部41と接続されるメモリ43、操作部45、及び表示部47を備えている。入力部13にはコンテンツ再生機器5としてDVDプレーヤ5Bが接続されている。出力部15には、一例として、4つのスピーカ11〜スピーカ14が接続されている。
【0061】
部屋91内には、受音点である聴取位置90に向けて放音するように、各スピーカ11〜14が聴取位置90の周囲に配置されている。すなわち、聴取位置90の前方左と前方右に、それぞれ左チャンネル(Lch)用のスピーカ11と右チャンネル(Rch)用のスピーカ12が設置されている。聴取位置90の後方左と後方右にサラウンド左チャンネル(SLch)用のスピーカ13とサラウンド右チャンネル(SRch)用のスピーカ14が設置されている。聴取位置90には、マイク3が設置されている。
【0062】
信号処理部33では、Lch、Rch、SLch、及びSRchの4チャンネルのデジタル音声信号(PCM信号)が、効果音生成部53に入力されて、効果音生成部53は、音場を形成するための音場効果音の信号を仮想音源毎に生成して、補正部55に出力する。
【0063】
また、補正部55は、効果音生成部53からの音場効果音の信号を補正し、出力するスピーカ毎に音場効果音の信号を分配・加算してLch用・Rch用・SLch用・SRch用の各音場効果音の信号を生成・出力する。
【0064】
また、信号処理部33は、入力部31から入力された各chの信号と補正部55が出力した各ch用の音場効果音の信号とをそれぞれ加算する加算器76〜加算器79を備えている。
【0065】
このように構成することで、音場を形成する音場効果音を再生環境に応じて補正することができる。
【0066】
係数A及び補正係数Bは、それぞれの環境でスピーカ毎に求めることができるので、複数の値を持つことができる。例えば、音場効果情報を決定する際の事前の調整環境における調整時に5つのスピーカを使用し、音場制御装置1での再生時に図5に示したように4つのスピーカを使用した場合には、係数A1〜A5・補正係数B1〜B4のように、合計9つのパラメータが存在することになる。
【0067】
複数のパラメータの取り扱いについては、以下に挙げるように幾つかの方法がある。
【0068】
(1)係数A及び補正係数Bの代表値を設定
係数Aや補正係数Bが複数存在する場合には、係数Aの代表値及び補正係数Bの代表値を何らかの方法で定めて、全スピーカに対して同一の補正を行う。代表値としては、例えば、平均値や中央値の採用が考えられる。
【0069】
(2)係数Aまたは補正係数Bを個別に補正
調整環境と再生環境のスピーカ配置が異なる場合など、特定の仮想音源を再現するための出力先が調整時と再生時とで異なる場合には、個々の仮想音源毎に調整時の出力先と再生時の出力先を考慮して、個別に補正を行う。
【0070】
(3)係数Aは代表値を設定、補正係数Bは仮想音源毎または出力先毎に設定
この方法は、調整環境の方が再生環境よりも条件を整えやすいことを考慮して、効果の最適化と処理の複雑さバランスを取ることができる。
【0071】
(4)聴取位置の前方と後方に分けて、係数A及び補正係数Bの代表値を設定
例えば、5.1チャンネルのサラウンドシステムでは、聴取位置の前方にLch・Cch・Rchのスピーカ(フロントスピーカ)を、聴取位置の後方にSLch・SRchのスピーカ(リアスピーカ)をそれぞれ設置する。このとき、専用のリスニングルームのように理想的な再生環境では、フロントスピーカとリアスピーカの中間に聴取位置を設定することができる。一方、リビングルームにサラウンドシステムを設置した場合、テーブルやソファーなどの配置の関係で、リアスピーカの近傍に聴取位置を設定することが多い。このような場合、リアスピーカは、フロントスピーカよりも近くなるので、聴取者は、音場効果の調整を行わないとフロント側よりもリア側の音場効果を強く感じてしまう。そこで、このような場合には、フロント側とリア側のスピーカで係数A及び補正係数Bを変えると良い。例えば、上記の場合3つのフロントスピーカについて係数A及び補正係数Bの代表値を設定し、2つのリアスピーカについて係数A及び補正係数Bの代表値を設定すると、少ない調整値で、聴取位置に応じた調整を行うことができる。
【0072】
上記(1)〜(4)の場合、制御部(決定手段に相当)41が、複数の係数Aや補正係数Bから、係数Aの代表値や補正係数Bの代表値を演算して、記憶部39に記憶させておく。そして、補正部55は、記憶部39から係数Aの代表値や補正係数Bの代表値や個別の値を読み出して、音場効果の補正値Cを演算するように構成すれば良い。
【0073】
以上のように、係数Aや補正係数Bの代表値を設定することで、演算処理量を抑制できるので、演算負荷や演算時間を軽減できる。
【0074】
なお、音場制御装置1では、再生環境での直接音と反射音の比率測定を、環境構築時に一度実施すれば良い。また、音場効果の処理で利用するために、測定結果は、音場制御装置1が内蔵する不揮発性のメモリ(記憶部39)に格納しておけば良い。
【0075】
また、係数A・補正係数Bをそれぞれ代表的な値を一つだけ設定する場合には、効果音生成部53の入力側または出力側に補正部55を設ければ良い。
【0076】
さらに、係数A・補正係数Bを複数持ち、個々の仮想音源毎に異なる補正を行う場合は、効果音生成部53または出力部35で出力先のスピーカ毎に信号の加算を行う前に、個々の仮想音源毎に補正を行うように構成すると良い。
【0077】
また、係数Aとして単一の代表値を用い、補正係数Bとして複数の値を用いる場合には、音場効果の処理ブロック(効果音生成部53)の出力側で出力先のスピーカ毎にレベル補正を行うように構成すると良い。
【0078】
また、補正係数√(A/B)が極端に大きいかまたは小さい場合には、補正係数の値の範囲を制限値により制限したり、補正のスケールファクタとして関数を導入したりするなど、補正係数√(A/B)を一定範囲内に制限するように対策を行うと良い。すなわち、音場効果音の「音量」を補正しているので、想定した音場とは異なる音場に変化する状況が発生し得る。この変化をある程度制限するために、補正係数の範囲制限やスケーリング(補正係数が大きくなるにつれて増加量を抑える方法)により、一定範囲内に制限すると良い。これにより、直接音よりも音場効果音の方が大きいといった処理上の不都合の発生を防止できる。
【0079】
以上のように、本発明の音場制御装置は、その再生環境に応じて音場を形成する音場効果音の音量を補正することで、再生環境にかかわらず、理想的な再生環境に近づけることができる。
【符号の説明】
【0080】
1,1B…音場制御装置 3…マイクロフォン(マイク) 5…コンテンツ再生機器 10〜18…スピーカ 31…入力部 33…信号処理部 35…出力部 37…マイク入力部 39…記憶部 41…制御部 43…メモリ 45…操作部 47…表示部 51…テスト音生成部 53…効果音生成部 55…補正部 57…解析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音声信号が入力される入力手段と、
調整環境における一定時間内の全収音エネルギーと、それに含まれる直接音のエネルギーの比率を算出した第1の係数を記憶する記憶手段と、
前記入力手段から入力された音声信号から音場効果音を生成し、前記第1の係数に応じた音量で出力する音場生成手段と、
再生環境において、一定時間内の全収音エネルギーと、それに含まれる直接音のエネルギーの比率である第2の係数を算出する算出手段と、
前記第1の係数と前記第2の係数の比に基づいて、前記音場効果音の音量を補正する補正手段と、
を備えた音場制御装置。
【請求項2】
前記補正手段は、前記音場効果音の音量を補正する際に、前記第1の係数と前記第2の係数の比に制限を設ける請求項1に記載の音場制御装置。
【請求項3】
前記第1の係数または前記第2の係数がスピーカ毎に異なる場合に、複数の該第1の係数または第2の係数の代表値をそれぞれ決定する決定手段を備え、
前記補正手段は、前記決定手段が前記代表値を決定していると、前記決定手段が決定した代表値を用いて、前記音場生成手段が生成した音場効果音の音量を補正する請求項1または2に記載の音場制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−4394(P2011−4394A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114675(P2010−114675)
【出願日】平成22年5月18日(2010.5.18)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】