説明

音響信号生成装置

【課題】 ステレオ信号を狭間隔スピーカから広い間隔の拡大ステレオ信号として生成し、中央音源は中抜け感のない信号として再生させる音響信号生成装置を実現する。
【解決手段】 ステレオ信号をフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段21、22と、正弦波成分同士及び余弦波成分同士を比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を検出する周波数検出手段24と、FFTして得られた正弦波成分及び余弦波成分のうち、周波数検出手段により検出された周波数の正弦波成分同士、余弦波成分同士を加算して加算成分を得る加算手段27と、加算成分を逆フーリエ変換して加算音響信号を得るIFFT手段28と、ステレオ信号を処理して得た拡大ステレオ音響信号に加算音響信号を加算して再生用音響信号として生成する信号生成手段3、4とを備えて音響信号生成装置を実現した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、前記ステレオ音響信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成する音響信号生成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最近になり、小型で高忠実度の音響信号を発音可能なスピーカも実用化されるようになり、小型でありながら臨場感が優れたステレオ再生装置も市場導入されるようになってきた。
一方、臨場感のあるステレオ再生を行うためには、通常は視聴者の前方に正三角形となる位置、即ち±30度の位置に左右スピーカの設置が想定されるが、視聴空間の制約のため狭い空間にスピーカを設置しなければならない場合もある。スピーカの設置角が小さい場合であっても所定のステレオ効果が得られるようにする。
【0003】
設置角の小さなスピーカ配置において、左右スピーカの配置される位置よりも外側に音源を定位させる拡大ステレオ音によりスピーカから発音させ、所望のステレオ効果を得ることができる。しかし、拡大ステレオ音による再生では、左右スピーカの中央に配置される中央音源も拡大されて再生されるため、拡大された中央音源は左右スピーカの中央位置に定位しなく、いわゆる中抜け音として再生されてしまう。スピーカの中央で歌われるボーカルの音源が周囲に分散された音として視聴されてしまう。左右スピーカの設置角が小さい場合であっても所望のステレオ効果が得られると共に、スピーカの中央に定位する音源は中抜けを伴わない音で再生できることは好ましい。
【0004】
特許文献1には、入力信号がステレオかモノラルかによりステレオ感の拡大処理の効果を切り替えることにより、モノラル信号時の不自然感をなくすようにした音場再生装置が開示されている。入力信号がステレオ信号かモノラル信号かを判定回路により判定し、この結果によりFIRフィルタの出力信号と入力信号の加算の割合を変化させる。入力信号がステレオであればFIRフィルタの出力信号の方を大きく、入力信号がモノラルの場合はFIRフィルタの出力信号の方を小さくするよう加算器での加算の割合を制御することにより、入力信号がモノラルの場合の音像のボケや音質の劣化を目立たないようにした音場再生装置が開示されている。
【特許文献1】特開平5−243882号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されている音場再生装置では入力信号がステレオ信号か、又はモノラルに近い信号であるかによりステレオ感の拡大効果を可変させるようにしているのみであり、例えば伴奏用楽器がステレオ配置され、ボーカルが中央でモノラルに近いボケのない音で歌っている場合などでは伴奏用楽器がステレオ感の拡大効果により拡大されて再生されると共に、ボーカルも拡大効果を伴って再生されるため、ボーカル音の音像のボケや音質の劣化が目立つようになってしまう。特に、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、ステレオ信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成する場合において、中央位置に定位させるボーカル音源に対しても拡大ステレオ音響信号の効果が与えられてしまい、再生用音響信号としてボケを伴わないボーカル音源と共に生成する音響信号生成装置を実現することはできなかった。
【0006】
そこで、本発明は、上記のような問題点を解消するためになされたもので、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、ステレオ信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成すると共に、左右スピーカの中央に定位される中央音源のみは拡大ステレオ音響信号の効果を与えなく、中抜け感を伴わない再生用音響信号として生成を可能とする音響信号生成装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明における第1の発明は、入力される左右2チャンネルのオーディオ信号を左右1組のスピーカにおいて再生した際に得られる音像定位位置よりも左右に拡大した位置に音像定位させる処理を前記入力されるオーディオ信号に対して行って得た拡大オーディオ信号を出力する音響信号生成装置において、前記入力される左右2チャンネルのオーディオ信号のそれぞれをフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの各周波数の正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段と、前記FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第1の周波数群を検出すると共に、前記FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第2の周波数群を検出する周波数群検出手段と、前記周波数群検出手段により検出された第1の周波数群の周波数及び第2の周波数群の周波数のうち共通な周波数を検出する周波数検出手段と、前記FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分のうち、前記周波数検出手段で検出された共通な周波数の正弦波成分同士を加算して加算正弦波成分を得ると共に、前記FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分のうち、前記周波数検出手段で検出された共通な周波数の余弦波成分同士を加算して加算余弦波成分を得る加算手段と、前記加算手段より得られた加算正弦波成分及び加算余弦波成分を逆フーリエ変換して加算オーディオ信号を得るIFFT手段と、前記左右に拡大した位置に音像定位させる処理を行った拡大オーディオ信号に、前記IFFT手段で得られた加算オーディオ信号を加算した信号を新たな拡大オーディオ信号として生成する信号生成手段と、を備えることを特徴とする音響信号生成装置を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、入力される左右2チャンネルのオーディオ信号のそれぞれをフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの各周波数の正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段と、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第1の周波数群を検出すると共に、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第2の周波数群を検出する周波数群検出手段と、周波数群検出手段により検出された第1の周波数群の周波数及び第2の周波数群の周波数のうち共通な周波数を検出する周波数検出手段と、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の正弦波成分同士を加算して加算正弦波成分を得ると共に、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の余弦波成分同士を加算して加算余弦波成分を得る加算手段と、加算手段より得られた加算正弦波成分及び加算余弦波成分を逆フーリエ変換して加算オーディオ信号を得るIFFT手段と、左右に拡大した位置に音像定位させる処理を行った拡大オーディオ信号に、IFFT手段で得られた加算オーディオ信号を加算した信号を新たな拡大オーディオ信号として生成する信号生成手段とを備えるので、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、ステレオ信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成すると共に、左右スピーカの中央に定位される中央音源のみは拡大ステレオ音響信号の効果を与えなく、中抜け感を伴わない再生用音響信号として生成することを可能とする音響信号生成装置を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明の実施例に係る音響信号生成装置について図1〜図6を用いて説明する。
図1は、本発明の実施に係る音響信号生成装置の構成例を示すブロック図である。図2は、本発明の実施に係る音響信号生成装置の音像定位拡大の動作を説明するための図である。図3は、本発明の実施に係る音響信号生成装置のトランスオーラル処理を説明するための図である。図4は、本発明の実施に係る音響信号生成装置の音像定位拡大処理器の構成例を示すブロック図である。図5は、本発明の実施に係る音響信号生成装置の動作例をフローチャートで示した図である。図6は、本発明の実施に係る音響信号生成装置の応用動作例をフローチャートで示した図である。
【0010】
その音響信号生成装置は、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、ステレオ信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成すると共に、左右スピーカの中央に定位される中央音源のみは拡大ステレオ音響信号の効果を与えなく、中抜け感を伴わない再生用音響信号として生成することを可能とする装置を実現するという目的を、入力される左右2チャンネルのオーディオ信号のそれぞれをフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの各周波数の正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段と、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第1の周波数群を検出すると共に、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第2の周波数群を検出する周波数群検出手段と、周波数群検出手段により検出された第1の周波数群の周波数及び第2の周波数群の周波数のうち共通な周波数を検出する周波数検出手段と、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の正弦波成分同士を加算して加算正弦波成分を得ると共に、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の余弦波成分同士を加算して加算余弦波成分を得る加算手段と、加算手段より得られた加算正弦波成分及び加算余弦波成分を逆フーリエ変換して加算オーディオ信号を得るIFFT手段と、左右に拡大した位置に音像定位させる処理を行った拡大オーディオ信号に、IFFT手段で得られた加算オーディオ信号を加算した信号を新たな拡大オーディオ信号として生成する信号生成手段とを備えるようにして実現した。
【0011】
音響信号生成装置の構成について述べる。
図1に示す音響信号生成装置10は、音像定位拡大処理器11及びトランスオーラル再生処理器12よりなるステレオ音拡大処理部1と、FFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換器)21、22、振幅位相比較器23、中央成分判定器24、中央成分抽出器25、26、成分加算器27、IFFT(Inverse fast Fourier transform;逆高速フーリエ変換器)28、及び制御器29よりなるセンター音処理部2と、加算器3、4とより構成される。
図4に示す音響信号生成装置のはフィルタ111、112よりなる音像定位拡大処理器11と、フィルタ121、122、加算回路123、124、フィルタ125、及び126よりなるトランスオーラル再生処理器12とより構成される。
【0012】
音響信号生成装置の動作について述べる。
まず、音響信号生成装置10に入力される左右音響入力信号はステレオ音拡大処理部1及びセンター音処理部2に入力される。ステレオ音拡大処理部1の音像定位拡大処理器11は、左右音響入力信号を狭い間隔で配置される再生用スピーカから発音した際に、発音された音が通常の間隔で配置されるスピーカの位置から発音された音としてヘッドフォンを用いた場合に受聴されるように音像定位を拡大処理した拡大音響信号を生成する。トランスオーラル再生処理器12はヘッドフォン受聴用として生成された拡大音響信号をスピーカにより再生した場合に、視聴者はスピーカからの再生音がヘッドフォン受聴したと同様に視聴されるスピーカ再生信号として生成する。
【0013】
センター音処理部2は、入力される左右音響入力信号から中央に定位される音響信号のみをセンター音信号として取得する。加算器3はトランスオーラル再生処理器12でスピーカ再生信号として生成された左側の出力信号とセンター音処理部2で取得されたセンター音信号とを加算して出力する。同様にして、加算器4はスピーカ再生用信号として生成された右側の出力信号とセンター音号とを加算して出力する。音響信号生成装置10から出力される左右出力信号は、狭い間隔で配置されるスピーカから発した音が通常の間隔で配置されるスピーカの位置から発音される拡大音響信号として再生されると共に、左右音響入力信号により中央に定位される音源は拡大音響信号処理がなされなく、中央音源のボケや中抜け感を伴わない再生用音響信号として生成される音響信号生成装置10を実現している。
【0014】
次に、詳細に説明する。
図1に示すセンター音処理部2についてさらに述べる。
FFT21は、例えば44.1kHzで標本化され、ディジタル信号に変換されて入力される左音響入力信号を、例えば1024の標本点を窓区間として高速周波数変換処理を行う。左音響入力信号の正弦周波数成分、及び余弦周波数成分が得られる。FFT22は同様にして右音響入力信号の正弦周波数成分、及び余弦周波数成分を得る。振幅位相比較器23はFFT21及び22から出力される左右音響入力信号の正弦周波数成分、及び余弦周波数成分のそれぞれを比較し、比較して得られる正弦周波数成分、及び余弦周波数成分のそれぞれのレベル差を、分析して得られる周波数毎に出力する。中央成分判定器24は、分析して得られた周波数毎に左側音響入力信号の正弦周波数成分、及び余弦周波数成分と右側音響入力信号の正弦周波数成分、及び余弦周波数成分の相対応するそれぞれを比較し、同一周波数成分で正弦周波数成分、及び余弦周波数成分それぞれのレベル差が例えば3dB以下である周波数値を視聴用左右スピーカの中央に定位するセンター音信号であるとして判定する。
【0015】
中央成分抽出器25はFFT21で周波数分析して得られた左音響入力信号を構成する周波数のうち、センター音信号であるとして判定された正弦周波数成分及び余弦周波数成分のそれぞれを取得する。中央成分抽出器26は、FFT22で周波数分析して得られた右音響入力信号を構成する周波数のうち、センター音信号であるとして判定された正弦周波数成分及び余弦周波数成分のそれぞれを取得する。成分加算器27は中央成分抽出器25及び26で取得された正弦周波数成分及び余弦周波数成分のそれぞれを加算する。IFFT28は、加算して得られた正弦周波数成分及び余弦周波数成分のそれぞれを、FFT21及び22の窓期間に相当する窓期間で逆高速フーリエ変換を行う。左右音響入力信号に含まれるセンター音信号のみが得られる。加算器3及び4のそれぞれは、トランスオーラル再生処理のなされた左右拡大音響信号に抽出されたセンター音信号を加算する。
【0016】
音響信号生成装置10は、拡大処理された左右拡大音響信号と、抽出され拡大処理のなされないセンター音信号とを加算して得られた左右出力信号を出力する。センター音信号は拡大処理された信号と拡大処理のなされない信号の両者が出力されるため、拡大処理された周囲音と拡大処理のなされないセンター音とは融合された音として視聴される。センター音信号の拡大処理を弱めたり、あるいは拡大処理されたセンター音と拡大処理のなされないセンター音とのレベル比の調整は設計事項であり、センター音の音源の中抜けが少なく、且つ左右音とセンター音とが分離することなく視聴される適当な配分比を設定することになる。
制御器29は、上記の各回路ブロックの制御を行う。
【0017】
なお、ここで、FFT21、22によるセンター音源の抽出を正弦周波数成分及び余弦周波数成分のそれぞれを用いて行うとして述べた。FFT21、22によるセンター音源の抽出は周波数成分のレベル、周波数成分の位相差を調べ、例えばレベル差が3dB程度であり、且つ位相差が例えば30度以内である場合にセンター音源であるとして抽出するようにしても良い。
【0018】
音像定位拡大処理器11及びトランスオーラル再生処理器12での処理についてさらに述べる。
図2は、視聴者59の前面に、例えば開き角20度で配置される左右のスピーカ51、52から発音される音場を、標準的な開き角60度で配置される仮想スピーカ53、54から発音された音として視聴させるための音像定位拡大について示している。即ち、スピーカ51、52から発音される音が、仮想スピーカ53、54から発音された音として視聴者59に聞こえさせるようにする。その場合の左側仮想スピーカ53から発音されて視聴者59の左側の耳元に到達する音の伝達関数をhll、右側の耳元に到達する音の伝達関数をhlrとする。右側仮想スピーカ54から発音されて視聴者59の右側の耳元に到達する音の伝達関数をhrr、左側の耳元に到達する音の伝達関数をhrlとする。左右の仮想スピーカ53、54から再生する信号をxl(t)、xr(t)とするとき、左右の耳元に到達する信号fl(t)、fr(t)は次式で示される。
【0019】
【数1】

【0020】
図3を参照し、左右のスピーカ55、56から発音させ、式(1)の信号fl(t)、fr(t)を視聴者58の左右の耳元に到達させるためのトランスオーラル信号処理について述べる。
同図は、そのトランスオーラル再生処理を説明するための図であり、収録現場において人工頭57の左右の耳元で収音されるPl(t)、Pr(t)の音を、視聴者58の左右の耳元に生じさせる信号処理について説明している。
まず、人工頭57の左右の耳元で収音された信号Pl(t)、Pr(t)は再生現場に設置されるトランスオーラル再生処理器12に入力される。トランスオーラル再生処理器から出力される信号をl(t)、r(t)とし、信号l(t)、r(t)を左右のスピーカ55、56から発音させる。
【0021】
ここでスピーカ55から視聴者58の左右の耳元までの伝達関数をhLS(t)、hLO(t)とし、スピーカ56から視聴者58の右左の耳元までの伝達関数をhRS(t)、hRO(t)とし、視聴者58の左右の耳元に到達すべき音をPl(t)、Pr(t)とし、次式で表される。
【数2】

【0022】
式(2)の両辺をフーリエ変換し、行列の形で表すと式(3)が得られる。
【数3】

【0023】
ここで、システムのフィルタ行列をFとすると式(3)は次式で示される。
【数4】

【0024】
式(4)において、Fは式(3)中の4つの伝達関数行列式Hの逆行列である。このFで構成されたトランスオーラルシステムをフィードバック方式と呼ぶ。
行列Hはさらに次式の様に変形できる。以下、(t)を省いて記述する。
【数5】

【0025】
式(5)を式(3)に代入し、両辺をHLSRSで除す。
【数6】

【0026】
式(6)をフーリエ逆変換し、移項する。
【数7】

【0027】
図4を参照し、音像定位拡大処理器11及びトランスオーラル再生処理器12で行うフィルタ処理の特性について述べる。
音像定位拡大処理器11は式(1)に示した処理を行う回路ブロックであり、フィルタ111は入力される左側の信号xl(t)にhll(t)+hrl(t)の特性を与え、フィルタ112は入力される右側の信号xr(t)にhlr(t)+hrr(t)の特性を与える。
トランスオーラル再生処理器12は式(7)に示した処理を行う回路ブロックである。即ち、音像定位拡大処理器11から出力されるfl(t)、fr(t)をそのまま視聴者58に視聴させようとするものである。
l(t)=Pl(t)、fr(t)=Pr(t)とさせるための信号処理を行う。
式(7)に示した特性はトランスオーラル再生処理器12に示すフィルタ121、122、125、126、加算回路(減算回路)123、及び124により得ることが出来る。
【0028】
音像定位拡大処理器11及びトランスオーラル再生処理器12により、狭い間隔で配置される再生用スピーカを用い、再生音を通常の間隔で配置されるスピーカの位置から発音された音としてヘッドフォン受聴されるように音像定位を拡大処理して視聴できるものの、左右スピーカの中央に定位されるセンター音源も拡大音響信号処理されて視聴される。センター音処理部2は、センター音源を左右音響入力信号から抽出し、拡大音響信号処理を行うことなく再生させるためセンター音源の音像が必要以上に大きくなったり、中抜け音として視聴されるのを防止している。
【0029】
図5を参照し、音響信号生成装置10の処理の流れについて説明する。
まず、S(ステップ)71で音響信号生成装置10には左右音響入力信号が入力される。S72で左右音響入力信号はステレオ音拡大処理部1とセンター音処理部2とに供給される。S73でステレオ音拡大処理部1は左右音響入力信号の音像定位拡大処理及びトランスオーラル再生処理を行い、拡大音響信号を生成する。S74でセンター音処理部2は左右音響入力信号をFFT処理し、振幅および位相情報、又は正弦波成分及び余弦波成分の成分情報を得る。S75で、FFT処理して得られた成分情報が左右の音響入力信号同士で同一である、即ちセンター音信号であるかが、左右に配置されるスピーカの近辺から再生される音響信号との比較において判定される。S76で、左右で似通った周波数及びレベル成分が検出される場合はセンター音信号であるとして判定される。そのセンター音成分が抽出される。S77で、抽出された中央成分はIFFTされ、センター音信号が得られる。
S78で、S73で拡大処理された入力信号と、S77で抽出されたセンター音信号とが加算される。S79で加算して得られる音響信号が出力信号として音響信号生成装置10から出力される。
【0030】
図6を参照し、音響信号生成装置10の応用処理の流れについて説明する。
図6に示す応用処理は、図5に示した処理に比し、入力信号からセンター音信号を抽出する処理方法で異なっている。図5に示したと同じ処理については同じ符号を付し説明を省く。
S81において、S75で判定して得られた左右音響信号の中央成分が存在する周波数特性から、中央成分のみを通過させるためのフィルタ特性を得る。S82で、得られたバンドパス特性を有するフィルタを実現する。そのフィルタは急峻な通過、遮断特性を有するイコライザ特性とも類似している。S83で、S72により供給された入力信号を、S82で実現された特性で通過させることによりセンター音信号を抽出する。S78以降は同様に動作し、音響信号が音響信号生成装置10から出力される。
【0031】
以上のように、本実施例で示した音響信号生成装置10によれば、入力される左右2チャンネルのオーディオ信号のそれぞれをフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの各周波数の正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段21、22と、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第1の周波数群を検出すると共に、FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第2の周波数群を検出する周波数群検出手段23と、周波数群検出手段により検出された第1の周波数群の周波数及び第2の周波数群の周波数のうち共通な周波数を検出する周波数検出手段24と、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の正弦波成分同士を加算して加算正弦波成分を得ると共に、FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分のうち、周波数検出手段で検出された共通な周波数の余弦波成分同士を加算して加算余弦波成分を得る加算手段27と、加算手段より得られた加算正弦波成分及び加算余弦波成分を逆フーリエ変換して加算オーディオ信号を得るIFFT手段28と、左右に拡大した位置に音像定位させる処理を行った拡大オーディオ信号に、IFFT手段で得られた加算オーディオ信号を加算した信号を新たな拡大オーディオ信号として生成する信号生成手段3、4とを備えるので、ステレオ信号を所定間隔の左右スピーカよりも狭い間隔に配置される狭間隔スピーカから発音させ、ステレオ信号を狭間隔スピーカよりも広い間隔の広がりを有する拡大ステレオ信号として生成すると共に、左右スピーカの中央に定位される中央音源のみは拡大ステレオ音響信号の効果を与えなく、中抜け感を伴わない再生用音響信号として生成することを可能とする音響信号生成装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施に係る音響信号生成装置の構成例を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施に係る音響信号生成装置の音像定位拡大の動作を説明するための図である。
【図3】本発明の実施に係る音響信号生成装置のトランスオーラル処理を説明するための図である。
【図4】本発明の実施に係る音響信号生成装置の音像定位拡大処理器の構成例を示すブロック図である。
【図5】本発明の実施に係る音響信号生成装置の動作例をフローチャートで示した図である。
【図6】本発明の実施に係る音響信号生成装置の応用動作例をフローチャートで示した図である。
【符号の説明】
【0033】
1 ステレオ音拡大処理部
2 センター音処理部
3、4 加算器
10 音響信号生成装置
11 音像定位拡大処理器
12 トランスオーラル再生処理器
21、22 FFT
23 振幅位相比較器
24 中央成分判定器
25、26 中央成分抽出器
27 成分加算器
28 IFFT
29 制御器
111、112、121、122、125、126 フィルタ
123、124 加算回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力される左右2チャンネルのオーディオ信号を左右1組のスピーカにおいて再生した際に得られる音像定位位置よりも左右に拡大した位置に音像定位させる処理を前記入力されるオーディオ信号に対して行って得た拡大オーディオ信号を出力する音響信号生成装置において、
前記入力される左右2チャンネルのオーディオ信号のそれぞれをフーリエ変換して所定周波数間隔ごとの各周波数の正弦波成分及び余弦波成分を得るFFT手段と、
前記FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第1の周波数群を検出すると共に、前記FFT手段より得られた各周波数毎の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分と右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分とのレベルを比較しレベル差が所定の範囲にある周波数を1つのまとまりとした第2の周波数群を検出する周波数群検出手段と、
前記周波数群検出手段により検出された第1の周波数群の周波数及び第2の周波数群の周波数のうち共通な周波数を検出する周波数検出手段と、
前記FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の正弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の正弦波成分のうち、前記周波数検出手段で検出された共通な周波数の正弦波成分同士を加算して加算正弦波成分を得ると共に、前記FFT手段により得られた各周波数の左チャンネルオーディオ信号の余弦波成分及び各周波数の右チャンネルオーディオ信号の余弦波成分のうち、前記周波数検出手段で検出された共通な周波数の余弦波成分同士を加算して加算余弦波成分を得る加算手段と、
前記加算手段より得られた加算正弦波成分及び加算余弦波成分を逆フーリエ変換して加算オーディオ信号を得るIFFT手段と、
前記左右に拡大した位置に音像定位させる処理を行った拡大オーディオ信号に、前記IFFT手段で得られた加算オーディオ信号を加算した信号を新たな拡大オーディオ信号として生成する信号生成手段と、
を備えることを特徴とする音響信号生成装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−92411(P2008−92411A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−272725(P2006−272725)
【出願日】平成18年10月4日(2006.10.4)
【出願人】(000004329)日本ビクター株式会社 (3,896)
【Fターム(参考)】