説明

音響処理装置、スピーカ装置および音響処理方法

【課題】2台のスピーカの間隔が狭くても、少ない処理量で、定位感を損なわずに各スピーカの音像位置を拡大することができる音響処理装置、スピーカ装置および音響処理方法を提供すること。
【解決手段】本発明の実施形態に係るスピーカ装置1は、一方のチャンネルのオーディオデータに対して、数サンプルの遅延を用いたくし型フィルタのような簡易な構成で処理負荷の小さいフィルタ処理を施して4kHzから8kHz近傍にディップ付与し、また位相を調整して、もう一方のチャンネルのオーディオデータに加算する音響処理を行う。そして、このような音響処理がされたオーディオデータに基づいて放音することにより、スピーカ装置1のスピーカ500−Lとスピーカ500−Rとが近い場所に設けられ、聴取者からの見開き角度が狭いものとなっていても、聴取者は、音像位置が拡大したように知覚することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステレオ再生時のスピーカ音像位置を拡大する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ステレオ再生可能なスピーカ装置には、Lch、Rch用の2台のスピーカが設けられているが、このようなスピーカが設けられる電気機器のうち小さいもの、例えば、携帯端末、小型のテレビなどである場合、また、携帯性、省スペース化を目的とした筐体とする場合などにおいては、2台のスピーカの間隔を広くできない場合がある。ステレオ再生により拡がりのある音場を再現することができるが、このように2台のスピーカの間隔が狭いと、聴取者からみたスピーカ位置の見開き角度が狭くなり、得られる音場の拡がりも狭いものとなってしまう。
【0003】
そこで、2台のスピーカの間隔が狭いものであっても、音響処理を施すことによって擬似的に音場を拡げる技術が開発されている。例えば、特許文献1には、一方のチャンネルの信号を遅延させた遅延信号を他方のチャンネルに加算する技術が開示されている。また、特許文献2には、HRTF(Head−Related Transfer Function:頭部伝達関数)を用いた技術が開示されている。
【特許文献1】特開平10−28097号公報
【特許文献2】特開平09−1144799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された技術においては、音像を拡げることができるが、ぼやけた感じで拡がるため定位感が失われていた。特許文献2においては、FIR(Finite impulse response)フィルタなどの処理が必要であり膨大な処理量が必要であった。さらに、HRTFを用いることにより定位感が明確に出せる一方、聴取者により頭部の形状が異なるため、聴取者によっては不自然な定位感となってしまうことがあった。
【0005】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、2台のスピーカの間隔が狭くても、少ない処理量で、定位感を損なわずに各スピーカの音像位置を拡大することができる音響処理装置、スピーカ装置および音響処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の課題を解決するため、本発明は、LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力手段と、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータおよびRchオーディオデータに対して、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲に予め設定された遅延時間の遅延処理を行う遅延手段と、前記遅延手段によって遅延されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオ信号に加算するとともに、前記遅延手段によって遅延されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオ信号に加算する加算手段と、前記加算手段によって加算されたLchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記加算手段によって加算されたRchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整手段と、前記位相調整手段によって位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整手段によって位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力手段とを具備することを特徴とする音響処理装置を提供する。
【0007】
また、本発明は、LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力手段と、ディップの最低周波数が4kHzから8kHzの範囲に予め設定された周波数特性を有し、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータがおよびRchオーディオデータに対してフィルタ処理をするフィルタ処理手段と、前記フィルタ処理手段によってフィルタ処理がされたLchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記フィルタ処理手段によってフィルタ処理がされたRchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整手段と、前記位相調整手段によって位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整手段によって位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力手段とを具備することを特徴とする音響処理装置を提供する。
【0008】
また、別の好ましい態様において、前記位相調整手段による位相の調整は、前記入力手段から入力されたLchオーディオデータ、Rchオーディオデータの位相とは逆相関係になるように行われることを特徴とする。
【0009】
また、別の好ましい態様において、指示に応じて前記遅延手段に設定される遅延時間を決定する制御手段をさらに具備することを特徴とする。
【0010】
また、本発明は、上記記載の音響処理装置と、供給されるオーディオ信号を放音するLch用スピーカおよびRch用スピーカと、前記出力手段から出力されるRchオーディオデータおよびLchオーディオデータをアナログ変換してRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号として出力する変換手段と、前記変換手段から出力されたRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号のそれぞれを増幅する増幅手段と、前記増幅手段によって増幅されたRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号を、それぞれRch用スピーカおよびLch用スピーカに供給する供給手段とを有することを特徴とするスピーカ装置を提供する。
【0011】
また、本発明は、LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力過程と、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータおよびRchオーディオデータに対して、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲に予め設定された遅延時間の遅延処理を行う遅延過程と、前記遅延過程において遅延されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオ信号に加算するとともに、前記遅延過程において遅延されたRchオーディオデータを前記入力過程によって入力されたRchオーディオ信号に加算する加算過程と、前記加算過程において加算されたLchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記加算過程において加算されたRchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整過程と、前記位相調整過程において位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整過程において位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力過程とを備えることを特徴とする音響処理方法を提供する。
【0012】
また、本発明は、LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力過程と、ディップの最低周波数が4kHzから8kHzの範囲に予め設定された周波数特性を有し、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータがおよびRchオーディオデータに対してフィルタ処理をするフィルタ処理過程と、前記フィルタ処理過程においてフィルタ処理がされたLchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記フィルタ処理過程においてフィルタ処理がされたRchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整過程と、前記位相調整過程において位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整過程において位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力過程とを備えることを特徴とする音響処理方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、2台のスピーカの間隔が狭くても、少ない処理量で、定位感を損なわずに各スピーカの音像位置を拡大することができる音響処理装置、スピーカ装置および音響処理方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
【0015】
<実施形態>
本発明の実施形態に係るスピーカ装置1は、図2に示すように、2台のスピーカ500−L、500−Rを有する。このスピーカ装置1は、入力されたオーディオデータに応じた放音を、2台のスピーカ500−L、500−Rの中心Cの正面方向(2台のスピーカ500−L、500−Rを結ぶ線の垂線方向)にいる聴取者1000などに対して行うものであり、入力されたオーディオデータに後述する音響処理を施すことによって、聴取者1000が知覚する各スピーカ500−L、500−Rの音像位置(片側角度α、見開き2α)を、例えば仮想スピーカ501−L、501−Rの位置(片側角度β、見開き2β)に拡げることができるようになっている。まず、従来のようにHRTFを用いた場合において、音像位置を拡げる音響処理を行う場合について簡単に説明した後、本発明の実施形態における音響処理を実現するスピーカ装置1の構成について説明する。なお、以下の説明においては、現実のスピーカ500−L、500Rを示す片側角度αが20°であり、音像位置を拡げたときの仮想スピーカ501−L、501−Rを示す片側角度βが45°であるものとして説明する。
【0016】
HTRFを用いる場合には、まず、各位置におけるスピーカから、右耳2000−Rおよび左耳2000−LまでのHRTFを取得する。ここで、片側角度α方向にあるスピーカからの直接経路のHRTFをHa(α)といい、間接経路のHRTFをHb(α)という。
【0017】
スピーカ500−Rから右耳2000−Rへの直接経路のHRTF(以下、Ha(20°)という)を取得する。また、スピーカ500−Rから左耳2000−Lへの間接経路のHRTF(以下、Hb(20°)という)を取得する。同様に、仮想スピーカ501−Rの位置に配置したスピーカからも同様にして、Ha(45°)およびHb(45°)を取得する。なお、聴取者1000が正中面の位置にいるため、スピーカ500−LからのHRTFは、スピーカ500−Rのものと同様になるため取得する必要は無い。また、HRTFの取得は、公知の方法で行なえばよく、例えばダミーヘッドを用いた方法とすればよい。
【0018】
そして、Rch用のオーディオデータ、Lch用のオーディオデータのそれぞれに対して、直接経路のHRTFであるHa(20°)とHa(45°)の差分(単位をdBとする場合にはHa(45°)−Ha(20°))のHRTFを施し、また、これとは別に、Rch用のオーディオデータ、Lch用のオーディオデータのそれぞれに対して、間接経路のHRTFであるHb(20°)とHb(45°)の差分(単位をdBとする場合にはHb(45°)−Hb(20°))のHRTFを施す。
【0019】
スピーカ500−Rから、直接経路の差分のHRTFが施されたRch用のオーディオデータと、間接経路の差分のHRTFが施されたLch用のオーディオデータとを加算したオーディオデータに基づく放音を行う一方、スピーカ500−Lから、直接経路の差分のHRTFが施されたLch用のオーディオデータと、間接経路の差分のHRTFが施されたRch用のオーディオデータとを加算したオーディオデータに基づく放音を行う。
【0020】
これにより、聴取者1000は、スピーカ500−Rからの放音を仮想スピーカ501−Rからの放音として知覚することができるが、上述したように、HRTFを施す処理は非常に処理量が多く、装置への負荷が大きいものとなる。また、正確に再現するためには、各聴取者に対応するHRTFを取得する必要があり、頭部の形状が異なる聴取者によっては、違和感のある定位感となる場合がある。以上が、HTRFを用いた場合の説明である。
【0021】
次に、Ha(α)、Hb(α)の周波数特性を、α=20°、30°、45°、60°の場合について、それぞれ図4、図5、図6、図7に示す。それぞれαが変化すると、Ha(α)、Hb(α)ともに様々な周波数帯域における周波数特性が変化しているが、出願人の音像定位の実験の結果、αが30°以上における聴取者が知覚する音像定位は、Hb(α)における4kHzから8kHz付近のディップが、大きく影響を及ぼしていることが判明した。
【0022】
具体的には、図5から図7に示すように、αが30°、45°、60°のとき、Hb(α)におけるディップの中心周波数はそれぞれ5kHz、6kHz、6.5kHzとなり、αが大きいほどディップの中心周波数が高くなっている。このように、ディップの中心周波数が大きくなるほど、知覚する音像定位の位置が拡がることも判明した。なお、これらのディップはある程度の半値幅を有するため、ディップとなる範囲は、4kHzから8kHz付近に分布することとなる。
【0023】
8kHzが上限となるのは、αがどの範囲であっても、8kHz以上には大きなディップが存在するため、その周波数帯域においては、音像の定位への影響が小さいことによるものと考えられる。一方、4kHzが下限となるのは、αが30°においては、5kHz±1kHzの範囲にディップがあるが、αが20°以下である場合には、この周波数範囲において顕著なディップは存在しないことによるものと考えられる。したがって、この周波数範囲におけるディップが、音像定位の拡大感に対して大きな影響を及ぼすと考えられる。なお、αが20°未満についての周波数特性については図示を省略しているが、20°の周波数特性と概ね同じものとなっている。
【0024】
本発明の実施形態におけるスピーカ装置1は、上述のように、出願人の実験から得られた知見を応用して、本発明の効果を実現するものである。以下、本発明のスピーカ装置1の構成について、図1を用いて説明する。
【0025】
入力部100は、DIR(デジタル・インターフェース・レシーバ)、ADC(アナログ・デジタル・コンバータ)などから供給されるデジタルのオーディオデータをデコードしたオーディオデータを音響処理部200に入力する。音響処理部200に入力されるオーディオデータは、ステレオ2chのオーディオデータ(以下、LchのオーディオデータをオーディオデータSL、RchのオーディオデータをオーディオデータSRという)であり、この例においては、サンプリング周波数が48kHzのオーディオデータであるものとする。
【0026】
音響処理部200は、入力されたオーディオデータSL、SRに対して音響処理を行う。音響処理部200は、Rch用フィルタ211、Lch用フィルタ212、増幅部221、222、加算部231、232を有する。この音響処理部200の構成によって、上述したようなHRTFを用いた音響処理を簡易的に実現するものである。
【0027】
Rch用フィルタ211は、遅延部2111および加算部2112を有するくし型フィルタであって、オーディオデータSRが入力され、所定の周波数特性のフィルタ処理を施してオーディオデータSRCとして出力する。以下、Rch用フィルタ211を構成する遅延部2111および加算部2112について説明する。
【0028】
遅延部2111は、入力されたオーディオデータSRに対して、予め設定された遅延時間の遅延処理を行う。この遅延時間は、この例においては、オーディオデータSRの4サンプル分(概ね83.3マイクロ秒)の遅延処理を行う。加算部2112は、遅延部2111によって遅延処理されたオーディオデータSRを、入力部100から入力されたオーディオデータSRに加算して、オーディオデータSRCとして出力する。
【0029】
ここで、くし型フィルタであるRch用フィルタ211について、遅延部2111に設定される遅延時間と、フィルタ処理に係る周波数特性との関係について、図3を用いて説明する。図3は、遅延時間として、2サンプルから6サンプルの各々が設定された場合のRch用フィルタ211の周波数特性を示す説明図である。ここで、それぞれの周波数特性に付された数字は、遅延時間として設定されたサンプル数を示している。このように、周波数特性は、所定の周波数範囲のディップを持つものとなり、ディップの中心周波数は、遅延時間に応じて決まるものである。くし型フィルタにおけるディップの中心周波数は、以下の式(1)で表される。
【0030】
【数1】

【0031】
式(1)のDFは、ディップの中心周波数(Hz)、Tは遅延部2111に設定される遅延時間(秒)、n=1、2、3、・・・である。
【0032】
この例のように、遅延時間Tが4サンプル分(概ね83.3マイクロ秒)である場合には、ディップの周波数のうち最低周波数であるDFは、6kHzとなる。なお、遅延時間Tが、2、3、4、5、6サンプルである場合に対応する周波数特性は、図3に示すように、ディップの最低周波数DFが、それぞれ、概ね12、8、6、4.8、4KHzとなる周波数特性となる。
【0033】
上述したように、HTRFにおける4kHzから8kHzのディップが、見開き角度が拡がった音像定位に大きな影響を及ぼすから、この範囲外にディップの最低周波数DFが存在したとしても、この影響は小さくなる。したがって、遅延部2111に設定される遅延時間Tは、周波数特性におけるディップの最低周波数DFが、4kHzから8kHzまでの範囲になるように、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲(この例におけるサンプル数で表す場合には、3サンプルから6サンプルの範囲)で設定される。
【0034】
なお、これらのディップは一定の半値幅を有するから、HTRFにおけるディップの中心周波数の範囲(αが30°から60°に対応して、5kHzから6.5kHzまでの範囲)にあわせて、ディップの最低周波数DFが、5kHzから6.5kHzまでの範囲、すなわち遅延時間Tは、77マイクロ秒から100マイクロ秒の範囲で設定されると、音像定位を拡大する効果をより明確に得ることができる。この場合、サンプル数で表すと、4サンプルのみとなるが、オーディオデータSL、SRのサンプリング周波数が高い場合や、音響処理部200に入力されるオーディオデータSL、SRをオーバーサンプリングしてサンプリング周波数を増大させるオーバーサンプリング処理部を設けた場合には、設定範囲内で細かく遅延時間Tを調整することができる。
【0035】
この例におけるRch用フィルタ211は、入力されたオーディオデータSRに対して、6kHzにディップの中心周波数を有する周波数特性のフィルタ処理を施すから、出力されるオーディオデータSRCは、オーディオデータSRに比べて6kHz近傍の出力レベルが低下した周波数分布となる。このように、周波数特性に6kHzにディップの中心周波数を持たせ、後述する処理を施してからスピーカ500−L、500−Rから放音させると、片側角度βが45°となる仮想スピーカ501−L、501−Rから放音されているように音像を定位させることができる。以上がRch用フィルタ211の説明である。
【0036】
なお、Lch用フィルタ212については、遅延部2121および加算部2122を有するくし型フィルタであって、オーディオデータSLが入力され、所定の周波数特性のフィルタ処理を施してオーディオデータSLCとして出力するものであるが、その構成はRch用フィルタ211と同様な構成であるので説明を省略する。
【0037】
増幅部221は、Rch用フィルタ211から出力されたオーディオデータSRCを予め設定された増幅率で増幅し、出力レベルを調整する。また、増幅部222は、Lch用フィルタ212から出力されたオーディオデータSLCを予め設定された増幅率で増幅し、出力レベルを調整する。これは、Rch用フィルタ211、Lch用フィルタ212においてフィルタ処理されることによるディップと、HRTFの差分におけるディップのレベルの違いを調整するためのものである。この例においては、Hb(20°)とHb(45°)との差分に対応するレベルに応じて調整されるように増幅率が設定されている。なお、このレベルの調整によって、音像定位に与える影響は軽微であり、大きく異なるものでなければよく、高精度にレベルを一致させるような調整の必要はない。
【0038】
加算部231は、増幅部221によって増幅処理されたオーディオデータSRCを、入力部100から出力されたオーディオデータSLに加算して、オーディオ信号SLTとして出力する。この加算の際には、加算するオーディオデータSRCの位相の反転を行うなどして、加算部232において加算されるオーディオデータSRの位相とは逆相関係になるように調整する。
【0039】
加算部232は、増幅部222によって増幅処理されたオーディオデータSLCを、入力部100から出力されたオーディオデータSRに加算して、オーディオ信号SRTとして出力する。この加算の際には、加算するオーディオデータSLCの位相の反転を行うなどして、加算部231において加算されるオーディオデータSLの位相とは逆相関係になるように調整する。
【0040】
このようにして、音響処理部200は、入力されたオーディオ信号SL、SRに対して音響処理を施して、オーディオデータSLT、SRTを出力する。以上が音響処理部200の説明である。
【0041】
DAC300は、デジタルアナログコンバータであって、音響処理部200から出力されたオーディオデータSLT、SRTをアナログ変換し、オーディオ信号SLA、SRAとして出力する。
【0042】
増幅部400は、プリアンプおよびパワーアンプであって、DAC300から出力されたオーディオ信号SLA、SRAを増幅する。そして、増幅したオーディオ信号SLA、SRAを、それぞれスピーカ500−L、500−Rに出力し、放音させる。
【0043】
このようにして、スピーカ500−Lからオーディオ信号SLAが放音され、スピーカ500−Rからオーディオ信号SRAが放音されると、図2に示すような聴取者1000は、片側角度β=45°の方向にオーディオ信号SLA、SRAの音像が定位するようになり、仮想スピーカ501−L、501−Rから放音されているように知覚することができる。
【0044】
このように、本発明の実施形態に係るスピーカ装置1は、一方のチャンネルのオーディオデータに対して、数サンプルの遅延を用いたくし型フィルタのような簡易な構成で処理負荷の小さいフィルタ処理を施して4kHzから8kHz近傍にディップ付与し、また位相を調整して、もう一方のチャンネルのオーディオデータに加算する音響処理を行う。そして、このような音響処理がされたオーディオデータに基づいて放音することにより、スピーカ装置1のスピーカ500−Lとスピーカ500−Rとが近い場所に設けられ、聴取者1000からの見開き角度が狭いものとなっていても、聴取者1000は、より見開き角度の大きい仮想スピーカ501−L、501−Rから放音されているように感じることができ、音像位置を拡大することができる。
【0045】
また、くし型フィルタにおける周波数特性が、一部の周波数にディップを設けるというものであるため、HTRFを用いるよりもロバスト性のあるものとなり、HTRF作成に用いた頭部の形状と異なる聴取者であっても違和感なく音像位置の拡大感が得られ、さらに、音像位置の拡大感が得られる聴取位置の範囲を広くすることができる。
【0046】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は以下のように、さまざまな態様で実施可能である。
【0047】
<変形例1>
上述した実施形態においては、音響処理部200の加算部231、232における位相の調整は、逆相関係になるように行われていたが、逆相関係でなくてもよい。この位相の調整については、スピーカ500−Lから放音されるオーディオ信号SLAに含まれるオーディオデータSLの成分と、スピーカ500−Rから放音されるオーディオ信号SRAに含まれるオーディオデータSLC成分との相関により、スピーカ500−L、500−Rの間に定位するのを防止するためのものである。
【0048】
したがって、このような定位を防止するためには、少なくともオーディオデータSLとオーディオデータSLCとが同相関係にならないようにすればよい。このように、加算部231、232は、オーディオデータSLとオーディオデータSLCとの位相の関係、およびオーディオデータSRとオーディオデータSRCとの位相の関係は、逆相関係に限らず、互いに異なる位相の関係になるように位相を調整すればよい。このとき、位相の調整は、オールパスフィルタなどを用いて行ってもよい。なお、一般的に、聴取者1000が知覚可能な位相情報は1kHz以下の周波数帯域であるから、全周波数帯域ではなく、1kHz以下の周波数帯域の位相を調整してもよい。
【0049】
<変形例2>
上述した実施形態において、音響処理部200の遅延部2111、2121に設定される遅延時間を変更できるようにしてもよい。この場合には、図1に破線で示したように制御部600を設ければよい。この制御部600は、指示に応じて、遅延部2111、2121に設定すべき遅延時間を決定し、決定した遅延時間を設定する。この指示は、例えば、図示しない操作手段を聴取者1000が操作することによって行われ、音像位置を拡げたり狭めたりする指示とすればよい。制御部600は、音像位置を拡げる指示であった場合には、遅延時間Tを現設定より短くした所定時間として決定し、狭める指示であった場合には、逆に長くした所定時間として決定すればよい。このように、遅延時間Tを短くすれば、ディップの最低周波数DFが高くなり、遅延時間Tを長くすれば、ディップの最低周波数DFが低くなるから、聴取者1000が所望する音像位置の拡大感に変更することができる。
【0050】
なお、所定時間については、上述したように、遅延時間Tの設定範囲内、すなわち、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲内において決定され、例えば、125マイクロ秒と設定されているときに、狭める指示があっても、設定される遅延時間Tは長くなることはない。このとき、警告音などにより聴取者1000に報知してもよい。
【0051】
さらに、制御部600は、遅延時間の設定を変更するだけでなく、増幅部221、222に設定される増幅率の変更、加算部231、232における位相の調整量の変更など、設定される各種パラメータの変更制御を行えるようにしてもよい。
【0052】
<変形例3>
上述した実施形態においては、Rch用フィルタ211、Lch用フィルタ212については、くし型フィルタであるものとしたが、ノッチフィルタ、パラメトリックイコライザなどを用いて、ディップの最低周波数が4kHzから8kHzの周波数範囲に予め設定された周波数特性のフィルタとして機能させてもよい。
【0053】
<変形例4>
上述した実施形態においては、本発明は、スピーカ装置1を一実施形態として説明したが、音響処理部200の構成を有する音響処理装置としても、本発明の目的を達成することが可能である。このような音響処理装置は、ステレオ再生可能な2台以上のスピーカを有する携帯電話、テレビ、AVアンプなど、様々な電気機器に適用可能である。
【0054】
<変形例5>
上述した実施形態における各構成については、ハードウエアによる構成として説明したが、音響処理部200の機能の一部または全部については、入力部100、DAC300、増幅部400およびスピーカ500−L、500−Rを有する図示しないコンピュータのCPUが、記憶部に記憶された音響処理プログラムを実行することにより実現するようにしてもよい。このような音響処理プログラムは、磁気記録媒体(磁気テープ、磁気ディスクなど)、光記録媒体(光ディスクなど)、光磁気記録媒体、半導体メモリなどのコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶した状態で提供し得る。この場合には、これらの記録媒体を読み取る読取手段を設ければよい。また、インターネットのようなネットワーク経由でダウンロードさせることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施形態に係るスピーカ装置の構成を示すブロック図である。
【図2】実施形態に係るスピーカ装置のスピーカ位置と聴取者との関係を示す説明図である。
【図3】実施形態におけるくし型フィルタの周波数特性を示す説明図である。
【図4】α=20°におけるHRTFの周波数特性を示す図である。
【図5】α=30°におけるHRTFの周波数特性を示す図である。
【図6】α=45°におけるHRTFの周波数特性を示す図である。
【図7】α=60°におけるHRTFの周波数特性を示す図である。
【符号の説明】
【0056】
1…スピーカ装置、100…入力部、200…音響処理部、211…Rch用フィルタ、212…Lch用フィルタ、2111,2121…遅延部、2112,2122…加算部、221,222…増幅部、231,232…加算部、300…DAC、400…増幅部、500−L,500−R…スピーカ、501−L,501−R…仮想スピーカ、600…制御部、1000…聴取者、2000−L…左耳、2000−R…右耳

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力手段と、
前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータおよびRchオーディオデータに対して、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲に予め設定された遅延時間の遅延処理を行う遅延手段と、
前記遅延手段によって遅延されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオ信号に加算するとともに、前記遅延手段によって遅延されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオ信号に加算する加算手段と、
前記加算手段によって加算されたLchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記加算手段によって加算されたRchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整手段と、
前記位相調整手段によって位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整手段によって位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力手段と
を具備することを特徴とする音響処理装置。
【請求項2】
LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力手段と、
ディップの最低周波数が4kHzから8kHzの範囲に予め設定された周波数特性を有し、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータがおよびRchオーディオデータに対してフィルタ処理をするフィルタ処理手段と、
前記フィルタ処理手段によってフィルタ処理がされたLchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記フィルタ処理手段によってフィルタ処理がされたRchオーディオデータの位相を、前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整手段と、
前記位相調整手段によって位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整手段によって位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力手段によって入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力手段と
を具備することを特徴とする音響処理装置。
【請求項3】
前記位相調整手段による位相の調整は、前記入力手段から入力されたLchオーディオデータ、Rchオーディオデータの位相とは逆相関係になるように行われる
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の音響処理装置。
【請求項4】
指示に応じて前記遅延手段に設定される遅延時間を決定する制御手段
をさらに具備する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の音響処理装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の音響処理装置と、
供給されるオーディオ信号を放音するLch用スピーカおよびRch用スピーカと、
前記出力手段から出力されるRchオーディオデータおよびLchオーディオデータをアナログ変換してRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号として出力する変換手段と、
前記変換手段から出力されたRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号のそれぞれを増幅する増幅手段と、
前記増幅手段によって増幅されたRchオーディオ信号およびLchオーディオ信号を、それぞれRch用スピーカおよびLch用スピーカに供給する供給手段と
を有することを特徴とするスピーカ装置。
【請求項6】
LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力過程と、
前記入力過程において入力されたLchオーディオデータおよびRchオーディオデータに対して、62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲に予め設定された遅延時間の遅延処理を行う遅延過程と、
前記遅延過程において遅延されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオ信号に加算するとともに、前記遅延過程において遅延されたRchオーディオデータを前記入力過程によって入力されたRchオーディオ信号に加算する加算過程と、
前記加算過程において加算されたLchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記加算過程において加算されたRchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整過程と、
前記位相調整過程において位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整過程において位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力過程と
を備えることを特徴とする音響処理方法。
【請求項7】
LchオーディオデータおよびRchオーディオデータを入力する入力過程と、
ディップの最低周波数が4kHzから8kHzの範囲に予め設定された周波数特性を有し、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータがおよびRchオーディオデータに対してフィルタ処理をするフィルタ処理過程と、
前記フィルタ処理過程においてフィルタ処理がされたLchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたLchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整するとともに、前記フィルタ処理過程においてフィルタ処理がされたRchオーディオデータの位相を、前記入力過程において入力されたRchオーディオデータの位相とは異なる位相になるように調整する位相調整過程と、
前記位相調整過程において位相が調整されたLchオーディオデータを前記入力過程において入力されたRchオーディオデータに加算して出力するとともに、前記位相調整過程において位相が調整されたRchオーディオデータを前記入力過程において入力されたLchオーディオデータに加算して出力する出力過程と
を備えることを特徴とする音響処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−302666(P2009−302666A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152041(P2008−152041)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】