説明

音響調整装置及び音響調整方法

【課題】有色音の音声信号を用いて、空間の音響特性を正しく同定することができる音響調整装置、および音響調整方法を提供する。
【解決手段】所定の空間における音響を調整する音響調整装置であって、スピーカによって再生される有色音の音源信号とマイクによって集音された集音信号とを複数の部分周波数帯域へ分割する分割手段と、部分周波数帯域における音源信号の信号レベルに基づいて当該音源信号が伝達関数の推定に有効であるか否かを判定する判定手段と、判定手段によって有効であると判定された音源信号および集音信号に基づいて、当該音源信号および集音信号の部分周波数帯域における部分音響伝達関数を推定する推定手段と、推定手段によって推定された部分音響伝達関数を複数の部分周波数帯域について合成する合成手段とを備えた音響調整装置とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響調整装置及び音響調整方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、所定の空間内においてスピーカとスピーカから発せられる音楽等を聴取する聴取者との間における音響伝達関数を推定(同定)し、その音響伝達関数に基づいてフィルタ係数を設定した適応フィルタを通して音声信号をスピーカから出力させることによって、聴取者が聴取する音声(例えば音楽等)の臨場感を向上させる技術が知られている。
【0003】
音響伝達関数の同定を行う方法としては、テスト用に生成した所定の信号(以下、「ホワイトノイズ」という。)を用いる方法が一般的である。この方法で音響伝達関数の同定を行う場合、聴取者が音楽を聴取する位置にマイクを設置しておき、このマイクによってスピーカから発せられたホワイトノイズを集音する。
【0004】
図1は、従来の音響伝達関数の同定方法の説明図である。図1(a)に示すように、ホワイトノイズは低周波から高周波にわたり一定の信号レベルをもつ信号である。そのため、このホワイトノイズをマイクにより集音し、その結果得られる信号の周波数特性や信号レベルを解析することによって、図1(b)に示すように、スピーカ−マイク間の空間における低周波から高周波までの求めたい音響特性を満遍なく算出することができ、この測定結果に基づいて音響伝達関数の同定を行うことができる。
【0005】
このように、ホワイトノイズは、低周波から高周波までの広い周波数帯域を含んでいるため、音響伝達関数の同定に用いるには有効な信号であるが、あくまでノイズであるため、聴取者にとっては耳障りな音である。そのため、ホワイトノイズによる音響周波数の同定は、予め、聴取者が居ないときや音楽等を再生する前の時点で行われていた。
【0006】
このように、予め音響伝達関数の同定を行った場合、その後、音楽等の再生中に空間の温度や湿度、スピーカと聴取者の位置関係が変化した場合には、スピーカ−聴取者間の空間における音響特性が変化するおそれがある。そのため、音響伝達関数の同定は随時行うことが望ましいが、上記のようにホワイトノイズは聴取者にとって耳障りな音なため、音楽等の再生中にホワイトノイズによる音響伝達関数の同定を随時行うと、聴取者の快適性を阻害してしまうという問題が生じるおそれがある。
【0007】
かかる問題を解消する技術として、ホワイトノイズではなく、音楽の再生中にスピーカへ出力される音楽信号を用いて、空間の音響特性を同定する技術が考案されている(たとえば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−243242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来技術のように音楽信号を用いた場合、空間の音響特性を精度よく測定することができない場合があり、空間の音響特性を正しく同定できないおそれがあった。
【0010】
音楽信号は、メロディーの進行に伴って音階や音の強弱が変化する音声(以下、「有色音」という。)を信号化したものであるため、ホワイトノイズのように低周波から高周波までの周波数帯域において一定の信号レベルをもたない場合が多い。
【0011】
たとえば、図1(c)に示すように、ある時刻(t)における有色音の音声信号が、比較的周波数の低い帯域(以下、「低周波帯域」という。)における信号レベルが十分に高く、比較的周波数の高い帯域(以下、「高周波帯域」という。)における信号レベルが非常に低かった場合を考える。
【0012】
この場合、ある空間における実際の音響特性が、仮に図1(b)に示した音響特性であったとすると、計算により求めた音響特性は、図1(d)に示すように、低周波帯域については、音楽信号の信号レベルが十分に高いため、良好に音響特性を再現することができるが、高周波領域については、音楽信号の信号レベルが非常に低いため、音響特性を良好に再現することができず、実際の音響特性(図1(d)中の一点鎖線)よりも信号レベルが低い音響特性が再現されてしまう。
【0013】
一方、図1(e)に示すように、ある時刻(t+1)における有色音の音声信号が、低周波帯域における信号レベルが非常に低く、高周波帯域における信号レベルが十分に高かった場合は、図1(f)に示すように、高周波帯域については、音楽信号の信号レベルが十分に高いため、良好に音響特性を再現することができるが、低周波領域については、音楽信号の信号レベルが非常に低いため、音響特性を良好に再現することができず、実際の音響特性(図1(f)中の一点鎖線)よりも信号レベルが低い音響特性が再現されてしまう。
【0014】
このように、ある空間の音響伝達関数等の音響特性を有色音の音声信号を用いて同定した場合には、音声信号の周波数特性が時間的に変化するので、空間の音響特性を精度よく測定することができない場合があり、空間の音響特性を正しく同定できないおそれがあった。
【0015】
そこで、本発明は、有色音の音声信号を用いて、空間の音響特性を正しく同定することができる音響調整装置、および音響調整方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明では、スピーカと前記スピーカが再生する音声を集音するマイクとの間における音響伝達関数を推定することで所定の空間における音響を調整する音響調整装置であって、前記スピーカによって再生される有色音の音源信号を複数の部分周波数帯域へ分割するとともに、前記マイクによって集音された集音信号についても前記部分周波数帯域へ分割する分割手段と、前記部分周波数帯域における音源信号の信号レベルに基づいて当該音源信号が伝達関数の推定に有効であるか否かを判定する判定手段と、前記判定手段によって有効であると判定された前記音源信号および前記集音信号に基づいて、当該音源信号および集音信号の前記部分周波数帯域における前記音響伝達関数をあらわす部分音響伝達関数を推定する推定手段と、前記推定手段によって推定された前記部分音響伝達関数を複数の前記部分周波数帯域について合成する合成手段とを備えた音響調整装置を提供することとした。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、有効と判定された音源信号と、その音源信号と同一の部分周波数帯域の集音信号とに基づいて、伝達関数の推定に有効と判定された音源信号の部分周波数帯域における部分音響伝達関数を推測し、各部分周波数帯域毎に推定した部分音響伝達関数同士を合成するため、有色音の音声信号を用いて、ある空間の音響伝達関数等の音響特性を同定した場合に、空間の音響特性を精度よく測定することができ、空間の音響特性を正しく同定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】従来の音響伝達関数の同定方法の説明図である。
【図2】本実施形態に係る音響調整装置の適用例を示す説明図である。
【図3】本実施形態に係る音響調整装置の構成を示す機能ブロック図である。
【図4】本実施形態に係る音響調整装置による音響伝達関数の同定方法の説明図である。
【図5】記憶部に各部分音響伝達関数が記憶される手順を示す説明図である。
【図6】本実施形態に係る音響調整装置の詳細な構成を示す説明図である。
【図7】DSPのCPUが音響調整プログラムを実行するときの処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る音響調整装置および音響調整方法の一実施形態について、添付図面を参照して具体的に説明する。図2は、本実施形態に係る音響調整装置の適用例を示す説明図である。図2に示すように、本実施形態に係る音響調整装置10は、CD(Compact Disc)やDVD(Digital Versatile Disc)といった可搬型記憶媒体に記憶された音楽や音声、ラジオ、テレビ、カーナビゲーションシステム等の音楽や音声を出力する再生装置200から入力される音声や音楽の信号(以下、「音源信号」という。)を、後述の適応フィルタ部62(図6参照)を通してスピーカ201へ出力させることによって、空間における音響を調整し、聴取者203が聴取する音楽等の臨場感を向上させる装置である。
【0020】
図2中の符号202は、聴取者203の近傍に設置され、スピーカ201から出力された音楽等の有色音を集音するマイクである。このマイク202は、集音した有色音を音声信号(以下、「集音信号」という。)に変換して音響調整装置10へ出力する。ここで、有色音とは、メロディー等の進行に伴って音階や音の強弱が変化する音のことである。
【0021】
この音響調整装置10では、再生装置200から入力される音源信号とマイク202から入力される集音信号とに基づいて、スピーカ201と聴取者203との間における空間の音響伝達関数を随時推定する。そして、この音響調整装置10は、推定した音響伝達関数に基づいて計算したフィルタ係数を調整した適応フィルタを通して音源信号をスピーカ201へ出力する。
【0022】
ここで、本実施形態の音響調整装置10の構成について、図3を参照して説明する。図3は、音響調整装置10の構成を示す機能ブロック図である。図3に示すように、分割部20と、判定部30と、推定部40と、記憶部50と、合成部60とを備えている。
【0023】
分割部20は、スピーカ201によって再生される有色音の音源信号を複数の部分周波数帯域へ分割するとともに、マイク202によって集音された集音信号についても、音源信号の部分周波数帯域と同じ部分周波数帯域に分割する分割手段として機能する処理部である。
【0024】
本実施形態において、分割部20は、再生装置200から入力される音源信号を可聴域(人に聞こえる周波数の範囲)における中間周波数を境として、中間周波数よりも高い周波数帯域(以下、「高周波帯域H」という。)と、中間周波数以下の周波数帯域(以下、「低周波帯域L」という。)という2つの部分周波数帯域に分割して、判定部30へ出力する。
【0025】
また、分割部20は、マイク202から入力される集音信号を音源信号と同様に、周波数が中間周波数よりも高い高周波帯域Hと、周波数が中間周波数以下の低周波帯域Lという2つの部分周波数帯域に分割する。この集音信号を分割した各部分周波数帯域毎の集音信号は、それぞれ推定部40へ出力される。
【0026】
なお、本実施形態では、分割部20により音源信号と集音信号とをそれぞれ2つの部分周波数帯域に分割しているが、分割する部分周波数帯域数は、これに限定するものではなく、任意の部分周波数帯域に分割してもよい。ただし、音源信号及び集音信号を3つ以上の部分周波数領域に分割する場合であっても、音源信号及び集音信号は、それぞれ同じ周波数幅で分割する。
【0027】
判定部30は、分割部20から入力された各部分周波数帯域における各音源信号の信号レベルに基づいて、当該音源信号が音響伝達関数の推定に有効であるか否かを判定する処理部である。この判定部30は、高周波帯域H及び低周波帯域Lのそれぞれの音源信号が所定の信号レベル以上であった場合に、その音源信号を音響伝達関数の推定に有効であると判定して推定部40へ出力する。
【0028】
すなわち、この判定部30は、分割部20から入力される各部分周波数帯域毎の音源信号が音響伝達関数の推定に有効か無効かを判定する基準として、所定の閾値を備えている。ここで設定する閾値としては、たとえば、ホワイトノイズの信号レベルの値を用いる。そして、音源信号の信号レベルがこの閾値以上であった場合に、その音源信号を音響伝達関数の推定に有効と判定するのである。また、この判定部30は、音源信号の信号レベルが所定の信号レベルに達していなかった場合には、その音源信号を推定部40へ出力することなく破棄する。
【0029】
たとえば、ある時刻(t)において、図4(a)に示すような音源信号が分割部20に入力された場合、図4(a)の中央に示す一点鎖線よりも左側の領域に示す音源信号が低周波帯域Lの音源信号として判定部30へ入力され、図4(a)の中央に示す一点鎖線よりも右側の領域に示す音源信号が高周波帯域Hの音源信号として判定部30へ入力される。
【0030】
この場合、判定部30は、時刻(t)における低周波帯域Lの音源信号の信号レベルが閾値以上であるため音響伝達関数の推定に有効と判定し、その音源信号を後段の推定部40へ出力する。一方、判定部30は、時刻(t)における高周波帯域Hの音声信号の信号レベルが閾値未満であるため無効と判断して、その音源信号を後段の推定部40へ出力することなく破棄する。
【0031】
その後、時刻(t+1)において、図4(c)に示すような音源信号が分割部20に入力された場合、図4(c)の中央に示す一点鎖線よりも左側の領域に示す音源信号が低周波帯域Lの音源信号として判定部30へ入力され、図4(c)の中央に示す一点鎖線よりも右側の領域に示す音源信号が高周波帯域Hの音源信号として判定部30へ入力される。
【0032】
この場合、判定部30は、時刻(t+1)における低周波帯域Lの音源信号の信号レベルが閾値未満であるため無効と判定し、その音源信号を後段の推定部40へ出力することなく破棄する。一方、判定部30は、時刻(t+1)における高周波帯域Hの音源信号の信号レベルが閾値以上であるため音響伝達関数の推定に有効と判定し、その音源信号を後段の推定部40へ出力する。
【0033】
本実施形態では、判定部40により、信号レベルが所定の信号レベル以上の音源信号を音響伝達関数の推定に有効と判定しているが、音源信号の信号レベルが所定範囲内であった場合に、当該音源信号が音響伝達関数の推定に有効であると判定するように構成してもよい。かかる構成により、ノイズや違法電波等の不必要に信号レベルの高い音源信号が入力された場合に、その音源信号を音響伝達関数の推定に有効と判定することがないので、後段の推定部40による部分音響伝達関数の推定精度の低下を未然に防止することができる。
【0034】
なお、音源信号が音響伝達関数の推定に有効であるか否かは、各音源信号の電圧値、電流値、振幅値等、音源信号の強度を判定できるものであれば、任意の値に基づいて判定を行ってもよい。
【0035】
推定部40は、判定部30によって音響伝達関数の推定に有効であると判定された音源信号および集音信号とに基づいて、当該音源信号及び集音信号の部分周波数帯域における音響伝達関数をあらわす部分音響伝達関数を推定する処理部である。
【0036】
この推定部40は、音響伝達関数を算出する周知の演算式により、信号レベルが所定の信号レベル以上の音源信号と、その音源信号と同じ部分周波数帯域の集音信号との差分から、スピーカ201―マイク202間の空間における各部分周波数帯域での音響特性を計算し、その音響特性から理想的な部分音響伝達関を計算し、その計算結果を記憶部50へ出力する。
【0037】
たとえば、推定部40は、時刻(t)において、図4(a)に示すような音源信号が分割部20に入力された場合、判定部30から低周波領域Lの音源信号が入力されるので、図4(b)に示すように、低周波帯域Lに関する音響特性だけを計算し、その音響特性から得られた低周波帯域Lに関する部分音響伝達関数を後段の記憶部50に記憶させる。
【0038】
上記のように、このとき判定部30に入力される低周波帯域Lの音源信号は、その信号レベルが閾値以上であり、ホワイトノイズと同様に一定の信号レベルを備えた信号であるため、判定部30は、低周波帯域Lに関しては、ホワイトノイズを用いたときと同様の再現性で空間の音響特性を計算することができる。
【0039】
また、推定部40は、時刻(t+1)において、図4(c)に示すような音源信号が分割部20に入力された場合、判定部30から高周波帯域Hの音源信号だけが入力されるので、図4(d)に示すように、高周波帯域Hに関する音響特性だけを計算し、その音響特性から得られた高周波帯域Hに関する部分音響伝達関数を後段の記憶部50に記憶させる。
【0040】
このとき、判定部30に入力される高周波帯域Hの音源信号は、その信号レベルが閾値以上であり、ホワイトノイズと同様に一定の信号レベルを備えた信号であるため、判定部30は、高周波帯域Hに関しては、ホワイトノイズを用いたときと同様の再現性で空間の音響特性を計算することができる。
【0041】
記憶部50は、各部分周波数帯域毎に部分音響伝達関数を記憶する。この記憶部50は、後述の合成フィルタ部51、52(図6参照)において部分音響伝達関数およびフィルタ係数が設定されるメモリに相当するものである。
【0042】
ここで、図5を参照して、記憶部50に各部分音響伝達関数が記憶(設定)される手順について説明する。図5は、記憶部に各部分音響伝達関数が記憶される手順を示す説明図である。図5(a)〜(e)では、高周波帯域HをH、低周波帯域LをL、部分音響関数をYで示しており、高周波帯域Hにおける部分音響伝達関数YをYH、低周波領域Lにおける部分音響伝達関数YをYLで示している。なお、YH、YL横のカッコ内は、音響調整装置10に音源信号が入力された時刻を示している。
【0043】
本実施形態の音響調整装置10に音源信号が入力される前の状態(時刻(0))において、記憶部50には、図5(a)に示すように、初期値として標準的な高周波帯域における部分音響伝達関数YH(0)と、標準的な低周波帯域における部分音響伝達関数YL(0)が記憶されている。
【0044】
その後、時刻(t)において、音響調整装置10に音源信号が入力されたとする。このとき、入力された音源信号に関して、高周波帯域Hの音源信号だけが音響伝達関数の推定に有効と判定された場合、記憶部50には、図5(b)に示すように、時刻(t)における高周波帯域Hの部分音響伝達関数YH(t)が記憶される。ここでは、低周波帯域Lにおける音源信号が無効と判定されるため、初期値として記憶されている低周波帯域Lの部分音響伝達関数YL(0)は更新されることなく保持される。
【0045】
次に、時刻(t+1)において、音響調整装置10に入力された音源信号に関して、低周波帯域Lだけが音響伝達関数の推定に有効と判定された場合、記憶部50には、図5(c)に示すように、低周波帯域Lにおける部分音響伝達関数Yが時刻(t+1)における低周波領域Lの部分音響伝達関数YL(t+1)に更新されて記憶される。ここでは、高周波帯域Hにおける音源信号が無効と判定されるため、高周波帯域Hの部分音響伝達関数YH(t)は更新されることなく保持される。
【0046】
その後、時刻(t+2)において、音響調整装置10に入力された音源信号に関して、高周波帯域Hだけが音響伝達関数の推定に有効と判断された場合、記憶部50には、図5(d)に示すように、高周波帯域Hの部分音響伝達関数YH(t+1)がYH(t+2)に更新され、低周波帯域Lの部分音響伝達関数YL(t+1)は保持される。
【0047】
そして、時刻(t+3)において、音響調整装置10に入力された音源信号に関して、低周波帯域Lだけが音響伝達関数の推定に有効と判断された場合、同様に、高周波帯域Hの部分音響伝達関数YH(t+2)が保持され、低周波帯域Lの部分音響伝達関数YL(t+1)がYL(t+3)に更新される。
【0048】
合成部60は、推定部40によって推定された部分音響伝達関数を複数の部分周波数帯域について合成する処理部である。この合成部60は、記憶部50に記憶している各部分周波数帯域毎の部分音響伝達関数を合成することによって、可聴域における全周波数帯域の音響特性に対応する音響伝達関数を生成する。
【0049】
たとえば、合成部60は、推定部40により、図4(b)及び(d)に示したような音響特性が算出され、これらの音響特性から得られた部分音響伝達関数が記憶部50に記憶されていた場合、そのときに記憶部50に記憶されている低周波帯域Lの部分音響伝達関数と高周波帯域Hの部分音響伝達関数とを合成することによって、図4(e)に示すように、可聴域における全周波数帯域について良好に空間の音響特性を再現することができる。
【0050】
このように、本実施形態の音響調整装置10では、再生装置200から入力される有色音の音源信号を複数の部分周波数帯域に分割し、分割した各音源信号の信号レベルが所定の信号レベル以上であると判定された場合に、その音源信号を用いて、その音源信号の部分周波数帯域における部分音響伝達関数を推定するように構成している。
【0051】
そのため、この音響調整装置10では、推定部40により推定された部分周波数帯域毎の各部分音響伝達関数が、それぞれホワイトノイズを用いた場合と同様に、一定の信号レベルを備えた音源信号を用いて各周波数帯域毎の部分音響伝達関数を推定することができるので、これらの各部分音響伝達関数を合成部60によって合成することで、可聴域における全周波数帯域について良好に空間の音響特性を再現することができる。
【0052】
しかも、この音響調整装置10では、音源信号の入力中に、音源信号が音響伝達関数の推定に有効と判定される度に記憶部50に記憶している部分音響伝達関数を最新のものに更新するため、たとえば、音楽の再生中に空間の音響特性が変化した場合であっても、その音響特性の変化に応じて部分音響伝達関数を随時変更して、環境の変化に応じた理想的な音響伝達関数を得ることができる。
【0053】
ここで、本実施形態に係る音響調整装置10の更に具体的な構成および音響調整装置10における信号の流れについて、図6を参照して説明する。図6は、音響調整装置10の詳細な構成を示す説明図である。
【0054】
図6に示すように、音響調整装置10は、同期部71、音源信号用の周波数変換部81、集音信号用の周波数変換部82、音源信号用のハイパスフィルタ部21、ローパスフィルタ部22、1/2ダウンサンプル部91、92、集音信号用のハイパスフィルタ部23、ローパスフィルタ部24、1/2ダウンサンプル部93、94、音源信号用のレベルチェック部31、32、適応制御部41、42、2アップサンプル部95、96、合成フィルタ部51、52、加算部61、適応フィルタ部62、逆周波数変換部100を備えている。
【0055】
この音響調整装置10は、CPU(Central Processing Unit)とROM(Read Only Memory)とRAM(Random Access Memory)とを備えたDSP(Digital Signal Processor)により構成しており、このDSPのCPUがROMに記憶している所定の音響調整プログラムをRAMを作業領域として実行することによって、上記同期部71、周波数変換部81、周波数変換部82、ハイパスフィルタ部21、ローパスフィルタ部22、1/2ダウンサンプル部91、92、ハイパスフィルタ部23、ローパスフィルタ部24、1/2ダウンサンプル部93、94、レベルチェック部31、32、適応制御部41、42、2アップサンプル部95、96、合成フィルタ部51、52、加算部61、適応フィルタ部62、逆周波数変換部100等として機能する。
【0056】
同期部71は、再生装置200から入力される音源信号を遅延処理することによって、音源信号と集音信号との位相を同期させた後、音源信号を周波数変換部81へ出力する。
【0057】
音源信号用の周波数変換部81は、同期部71から入力された音源信号をFFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)により周波数領域へと変換した後、ハイパスフィルタ部21およびローパスフィルタ部22へ出力すると共に、この周波数領域に変換した音源信号を適応フィルタ62へ出力する。
【0058】
集音信号用の周波数変換部82は、マイク202から入力される集音信号をFFTにより周波数領域へと変換した後、ハイパスフィルタ部23およびローパスフィルタ部24へ出力する。
【0059】
音源信号用のハイパスフィルタ部21は、周波数領域に変換された音源信号の低周波帯域L成分をカットし、高周波帯域H成分のみの音源信号を生成して1/2ダウンサンプル部91へ出力する。また、音源信号用のローパスフィルタ部22は、周波数領域に変換された音源信号の高周波帯域H成分をカットし、低周波帯域Lのみの音源信号を生成して1/2ダウンサンプル部92へ出力する。
【0060】
同様に、集音信号用のハイパスフィルタ部23は、高周波帯域H成分のみの集音信号を1/2ダウンサンプル部93へ出力し、集音信号用のローパスフィルタ部24は、低周波帯域L成分のみの集音信号を1/2ダウンサンプル部94へ出力する。
【0061】
音源信号用の1/2ダウンサンプル部91、92は、それぞれに入力される各音源信号を音源信号周波数の1/2倍のサンプリング周波数でサンプリング(ダウンサンプル)した後、各1/2ダウンサンプル部91、92の後段のレベルチェック部31、32へ出力する。
【0062】
集音信号用の1/2ダウンサンプル部93、94は、それぞれに入力される集音信号を集音信号周波数の1/2倍のサンプリング周波数でサンプリング(ダウンサンプル)した後、1/2ダウンサンプル部93、94の後段の適応制御部41、42へ出力する。
【0063】
レベルチェック部31、32は、それぞれに入力される音源信号の信号レベルが所定の信号レベル以上であるか否かを判定し、信号レベルが所定の信号レベル以上であると判定した音源信号をそれぞれ後段の適応制御部41、42へ出力する。一方、このレベルチェック部31、32は、信号レベルが所定の信号レベルに達していないと判定した場合、その信号を適応制御部41、42へ出力することなく破棄する。
【0064】
適応制御部41、42は、それぞれに入力される音源信号と集音信号とに基づいて、それぞれ各部分周波数帯域における音響特性を計算し、得られた各音響特性に応じた部分音響伝達関数を求めて(推定して)同定処理を行い、同定処理後の部分音響伝達関数を適用した信号を各適応制御部41、42の後段の2アップサンプル部95、96へ出力する。
【0065】
2アップサンプル部95、96は、それぞれに入力される信号を、その信号周波数の2倍のサンプリング周波数でサンプリング(アップサンプル)した後、後段の合成フィルタ部51、52へ出力する。
【0066】
合成フィルタ部51、52は、周知の最適化アルゴリズムに従って、各部分周波数帯域における部分音響伝達関数を自己適応させる適応型フィルタ(adaptive filter)であり、それぞれに入力される信号に基づいて、各部分周波数帯域における部分音響伝達関数を適用したフィルタ係数を自己適応させる。これらの各合成フィルタ部51、52は、前段の2アップサンプル部95、96から信号が入力されるたびに、その信号に基づいて、部分音響伝達関数とフィルタ係数とを更新する。
【0067】
加算部61は、高周波帯域用Hの合成フィルタ51と低周波帯域Lの合成フィルタ52とを加算処理する。この加算部61の加算処理により、後段の適応フィルタ部62におけるフィルタ係数が決定することとなる。すなわち、この加算処理の結果、合成フィルタ部51のフィルタ係数が適応フィルタ部62の高周波帯域Hにおけるフィルタ係数として設定され、合成フィルタ部52のフィルタ係数が適応フィルタ部62の低周波帯域Lにおけるフィルタ係数として設定される。
【0068】
適応フィルタ部62は、周波数変換部81から入力される周波数領域に変換された音源信号に対して、そのとき設定されているフィルタ係数に応じたフィルタ処理を施して逆周波数変換部100へ出力する。
【0069】
逆周波数変換部100は、適応フィルタ部62から入力される周波数領域の音源信号をIFFT(Inverse Fast Fourier Transform:逆高速フーリエ変換)により時間領域へと変換した後、スピーカ201へ出力する。
【0070】
次に、音響調整装置10が音響調整を行う際にDSPのCPUが実行する処理について、図7を参照して説明する。図7は、DSPのCPUが音響調整プログラムを実行するときの処理の流れを示すフローチャートである。
【0071】
図7に示すように、CPUは、まず音源信号と集音信号との位相を同期させる同期処理を実行し(ステップS101)、その後、音源信号および集音信号を周波数領域へと変換する周波数変換処理を実行する(ステップS102)。
【0072】
続いて、CPUは、周波数領域に変換された音源信号と集音信号とをそれぞれ高周波帯域Hと低周波帯域Lとに分割する分割処理を実行し(ステップS103)、その後、各信号周波数の1/2倍のサンプリング周波数によるダウンサンプル処理を実行する(ステップS104)。
【0073】
ここで、CPUは、ダウンサンプル処理が施された各部分周波数帯域の音源信号毎に、信号レベルが所定の信号レベル以上であるか否かを判定することによって、その音源信号が音響伝達関数の推定に有効か否かを判定する処理を実行する(ステップS105)。
【0074】
そして、CPUは、音源信号が音響伝達関数の推定に有効であると判定した場合(ステップS105:Yes)、その音源信号と部分周波数帯域が同じ集音信号とに基づいて、その部分周波数帯域における部分音響伝達関数を推定する同定処理を実行し(ステップS106)、その後、設定中の部分音響伝達関数を今回の同定処理により得た部分音響伝達関数に更新する更新処理を実行して(ステップS107)、処理をステップS108へ移す。一方、CPUは、ステップS105において音源信号が音響伝達関数の推定に有効でないと判定した場合に(ステップS105:No)、処理をステップS108へ移す。
【0075】
続いて、CPUは、アップサンプル処理を実行し(ステップ108)、その後、高周波帯域Hの合成フィルタ部51と低周波帯域Lの合成フィルタ部52とを合成する合成処理を実行する(ステップS109)。
【0076】
そして、CPUは、音源信号に対して適応フィルタ部62による畳み込み処理を実行し(ステップS110)、その後、畳み込み処理が施された音源信号を時間領域へと変換する逆周波数変換処理を実行して(ステップS111)、スピーカ201へ出力した後処理を終了する。
【0077】
このように、本実施形態の音響調整装置10では、音響伝達関数の同定に、ホワイトノイズではなく、再生装置200から入力される有色音である音源信号を用いるため、音楽等の再生中に随時音響伝達関数の同定を行っても聴取者の快適性を阻害することがない。
【0078】
また、この音響調整装置10は、再生装置200から入力される音源信号を周波数領域へと変換したうえで複数の部分周波数帯域に分割し、各部分周波数帯域毎に音源信号の信号レベルをチェックして、信号レベルが所定の信号レベル以上であると判定された音源信号と、その音源信号と同じ部分周波数帯域の集音信号とに基づいて、当該部分周波数帯域における部分音響伝達関数を同定するので、再生装置200から入力される信号レベルが時刻によって変化する場合であっても、音源信号の信号レベルが所定の信号レベル以上となっている部分周波数帯域では、良好に空間の音響特性を再現することができるので、好適に部分音響伝達関数の同定を行うことができる。
【0079】
そして、この音響調整装置10では、部分周波数帯域毎に分割された音源信号の信号レベルが所定の信号レベル以上であると判定された部分周波数帯域においては、当該部分周波数帯域に対応する合成フィルタ部51、52のフィルタ係数を更新し、音源信号の信号レベルが所定の信号レベルに満たないと判定された部分周波数帯域においては、当該部分周波数帯域に対応する合成フィルタ部51、52のフィルタ係数を更新せずに、前回更新されたフィルタ係数を保持する。
【0080】
そのため、この音響調整装置10では、非常に信号レベルの低い音源信号等、部分音響伝達関数の同定に適さない音源信号が入力された場合に、その音源信号に基づいて合成フィルタ部51、52のフィルタ係数を更新することがないので、音響特性の再現性が低減することを防止することができる。
【0081】
また、上記した実施形態では、音響調整装置10に音源信号が入力される前の状態において、記憶部50に、初期値として標準的な高周波帯域における部分音響伝達関数と、標準的な低周波帯域における部分音響伝達関数とを記憶させているが、音源信号の入力が停止された場合に、記憶部50は、そのときに記憶されている各部分音響伝達関数を次に音源信号が入力されるまで保持する。
【0082】
これにより、この音響調整装置10を車載型のオーディオシステム等に適用した場合に、音楽の再生中にエンジンを停止させても、エンジンを再始動させたときに記憶部50には、エンジンを停止させた際の各部分音響伝達関数が保持されているため、音響伝達関数の同定までに要する時間を短縮することができる。
【符号の説明】
【0083】
10 音響調整装置
20 分割部
30 判定部
40 推定部
50 記憶部
60 合成部
200 再生装置
201 スピーカ
202 マイク
203 聴取者

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカと前記スピーカが再生する音声を集音するマイクとの間における音響伝達関数を推定することで所定の空間における音響を調整する音響調整装置であって、
前記スピーカによって再生される有色音の音源信号を複数の部分周波数帯域へ分割するとともに、前記マイクによって集音された集音信号についても前記部分周波数帯域へ分割する分割手段と、
前記部分周波数帯域における音源信号の信号レベルに基づいて当該音源信号が伝達関数の推定に有効であるか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段によって有効であると判定された前記音源信号および前記集音信号に基づいて、当該音源信号および集音信号の前記部分周波数帯域における前記音響伝達関数をあらわす部分音響伝達関数を推定する推定手段と、
前記推定手段によって推定された前記部分音響伝達関数を複数の前記部分周波数帯域について合成する合成手段と、
を備えたことを特徴とする音響調整装置。
【請求項2】
前記部分音響伝達関数を各前記部分周波数帯域毎に記憶する記憶手段を備え、
前記推定手段は、前記判定手段により伝達関数の推定に有効であると判定された前記音源信号と前記集音信号とに基づいて推定した前記部分音響伝達関数を前記記憶手段に記憶させ、
前記合成手段は、前記記憶手段に記憶している各部分周波数帯域毎の前記部分音響伝達関数を合成することを特徴とする請求項1に記載の音響調整装置。
【請求項3】
スピーカと前記スピーカが再生する音声を集音するマイクとの間における音響伝達関数を推定することで所定の空間における音響を調整する音響調整装置による音響調整方法であって、
前記音響調整装置が、
前記スピーカによって再生される有色音の音源信号を複数の部分周波数帯域へ分割するとともに、前記マイクによって集音された集音信号についても前記部分周波数帯域へ分割する分割ステップと、
前記部分周波数帯域における音源信号の信号レベルに基づいて当該音源信号が伝達関数の推定に有効であるか否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップによって有効であると判定された前記音源信号および前記集音信号に基づいて、有効であると判定された前記音源信号の前記部分周波数帯域における前記音響伝達関数をあらわす部分音響伝達関数を推定する推定ステップと、
前記推定ステップによって推定された前記部分音響伝達関数を複数の前記部分周波数帯域について合成する合成ステップと
を備えたことを特徴とする音響調整方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−181448(P2010−181448A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22458(P2009−22458)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】