説明

顎部のたるみの評価方法

【課題】 年齢とともに進行する顎部のたるみの度合いを判定するための客観的な基準を提示し、それに基づいて顎のたるみの進行度合いを評価する方法、それを用いて顎のたるみを改善するための各種美容処理の有効性を評価する方法を提供する。
【解決手段】 被検者の顎部から頚部の形状を側面から観察する工程、及び前記側面から観察された顎部から頚部の形状を図1に示すグレード0〜5の評価基準の中で最も合致する形状のグレードに分類する工程を含み、前記グレード数の増大が顎部のたるみの進行を示す、顎部のたるみの評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顎部のたるみを評価する方法に関する。さらに本発明は、前記方法を用いる顎部のたるみ改善処理の有効性を評価する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
顎部や頬部における皮膚のたるみは特に美容上の大きな関心事となっている。たるみが生ずる原因として、真皮の弾力性の低下や皮下脂肪組織の支持力の低下、あるいは皮膚を支える筋力の低下等が指摘されており、美容マスクを装着したり、粘着テープによりたるみを矯正したりする方法や、肌の弾力を向上させる局所剤や経口剤の適用といった、皮膚のたるみを改善するための様々な方法が提案されている。
【0003】
特許文献1には、皮膚外用剤を用いたマッサージと、経口用組成物の投与と、顎及び頬をリフトアップする美容マスクとを併用することにより、効果的にたるみを改善する方法が記載されている。当該文献においては、40〜49歳の年齢層におけるたるみの改善を皮下脂肪厚の減少によって評価している。
【0004】
一方、非特許文献1では、「頚部のたるみ」を首皮膚の下垂によるたるみと定義し、背筋をまっすぐにのばし、顔を正面に向けたモデルの首の付け根から顎の部分まで(顎は除く)の範囲について、顎と首のラインが作る角度の比較により下垂を側面から評価して、グレードに分類することが記載されている。しかしながら、各グレードに分類するための判定基準が示されていないため判定者による誤差が大きいと予測され、各グレードと年齢との相関関係についても何ら示唆されていない。
【0005】
非特許文献2には、顎下皮膚下垂の測定方法が記載され、電気制御されたベッドを用いて被検者を横臥及び正座状態としたときの側面から見た顎下形状をベッド横に設置されたカメラにより撮像し、横臥状態と正座状態の顎下形状を比較して変化した領域の面積により下垂(たるみ)の大きさを特定している。著者は、前記面積と年齢との間に統計的に有意な相関関係が見られると結論づけているが、この方法を実施するためには専用の機器類が必要で煩雑であり、被検者の負担も大きい上、測定結果を示す図3のグラフを見ると、特に20〜40歳では計測値が同等であり、若年層における下垂(たるみ)の変化を十分に反映しているとは言い難い。
【0006】
即ち、従来技術においては、顎部のたるみが年齢とともに如何にして進行するのかは未だに明らかにされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−148726号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「スキンエイジング アトラス」第2巻:アジア系編、ローラン・バザン、フレデリック・フラマン著、(日本語版監訳:森康二 他)、2010年、MED‘COM
【非特許文献2】M.Setaro等,Skin Research and Technology, Vol.10, p.251−256 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
よって本発明における課題は、年齢とともに進行する顎部のたるみの度合いを判定するための客観的な基準を提示し、それに基づいて顎のたるみの進行度合いを評価する方法、さらには、それを用いて顎のたるみを改善するための各種美容処理の有効性を評価する方法を提供することにある。
【0010】
本発明者等は、前記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、年齢による顎のたるみがどのように進行するかを解明することに成功し、当該進行度合いを判定するための客観的な基準を確立できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0011】
即ち本発明は、被検者の顎部から頚部の形状を側面から観察する工程、及び
前記観察する工程で得られた顎部から頚部の側面形状を、以下のグレード0〜5の評価基準:
グレード0:顎部全体が滑らかな形状;
グレード1:顎部に下方への僅かな膨らみが認められる形状;
グレード2:顎部前部に段差が認められる形状;
グレード3:顎部が明確に袋状に下方に膨らんだ形状;
グレード4:顎部と頚部との接合部付近が顎部の水平延長線より下方に移行した形状;
グレード5:顎部と頚部との接合部付近が顎部の水平延長線より下方に移行し、顎部と頚部との判別が困難な形状;
の中で最も合致する形状のグレードに分類する工程を含み、前記グレード数の増大が顎部のたるみの進行を示す、顎部のたるみの評価方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明で用いられる顎部のたるみの評価基準は、そのグレード数の増加と年齢による顎部のたるみの進行状況とが相関しているので、本発明の評価方法によれば、被検者の顎部のたるみの進行度合いが当該被検者の年齢に相応であるか否かを容易に判断することができ、その結果に応じてたるみ改善の美容処理の要否等を判断することができる。また、美容処理の前後に本発明の評価方法を実施することにより、当該美容処理の有効性を評価することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の方法で用いられる評価基準(グレード0〜5)に合致する顎部及び頚部の形状を示す模式図(各グレードの上段)並びに各グレードに属すると評価された被験者の顎部から頚部の側面形状を示す写真(各グレードの下段)である。
【図2】本発明で用いられる更に細分化された評価基準(グレード0〜9)に合致する顎部及び頚部の形状を示す模式図である。
【図3】被検者の年齢と、本発明の方法に従って評価した当該被検者の顎部たるみの評価結果(グレード数)との相関を示すグラフである。
【図4】被検者の体脂肪率(%)と、本発明の方法に従って評価した当該被検者の顎部たるみの評価結果(グレード数)との相関を示すグラフである。
【図5】被検者の骨格筋率(%)と、本発明の方法に従って評価した当該被検者の顎部たるみの評価結果(グレード数)との相関を示すグラフである。
【符号の説明】
【0014】
10:顎部、15:顎部と頚部との接合部、20:頚部
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の顎部のたるみの評価方法は、被検者の顎部から頚部の形状を側面から観察する工程(以下、「観察工程」とする)を含む。
本発明の観察工程では、被検者に顔を正面に向けて自然な姿勢で静止してもらい(立位でも座位でもよい)、その被検者の顎部から頚部にかけての形状を側面から観察する。
【0016】
前記の観察は、評価する者が被検者を直接目視することにより実施してもよいし、被検者の側面に設置されたカメラ等により被検者の顎部から頚部を撮像し、当該画像によって観察してもよい。
【0017】
本発明の評価方法は、前記観察工程において得られた顎部から頚部の側面形状を、以下のグレード0〜5の評価基準の中で最も合致する形状のグレードに分類する工程を(以下「分類工程」とする)を含む。
【0018】
評価基準:
グレード0:顎部全体が滑らかな形状。
グレード1:顎部に下方への僅かな膨らみが認められる形状。
グレード2:顎部の膨らみの前部に段差が認められる形状。
グレード3:顎部の膨らみが明確に袋状になった形状。
グレード4:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行した形状。
グレード5:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行し、顎部と頚部との境界の判別が困難な形状。
【0019】
図1に、前記各グレードに該当する顎部から頚部の側面形状を模式的に表した図を示す。
グレード0は、顎部10の全体が水平で滑らかな形状をしており、顎部10と頚部20との接合部15が明確に判別できる形状である。年齢的には20歳代以下がこのグレードに該当する。
【0020】
グレード1は、顎部に下方への僅かな膨らみが認められるが、顎部と頚部との接合部は明確に判別できる形状である。年齢的には、20歳代後半から30歳代がこのグレードに該当する。
グレード2は、グレード1で認められた僅かな膨らみが若干大きくなり、その膨らみの前部(顎部前部)に段差が認められる形状である。年齢的には、40歳代がこのグレードに該当する。
【0021】
グレード3は、グレード1及び2で認められた膨らみが更に大きくなり、顎部が明確な袋状に下方に膨らんだ形状であり、グレード2で観察された段差も認められる。このグレードに該当する年齢はおよそ50歳代である。
グレード4は、グレード1〜3で観察された袋状の膨らみ及び段差に加えて、顎部と頚部との接合部付近の下方への移行(下垂)が認められる形状であり、当該接合部は顎部の袋状の膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行している。年齢的には、60歳代がこのグレードに該当する。
【0022】
グレード5は、顎部と頚部との接合部が更に大きく下方に移行(下垂)し、顎部と頚部との境界の判別が困難な状態、即ち、皮膚が顎前部から頚部下側に向けて下降している形状である。年齢的には70歳代以上がこのグレードに該当する。
【0023】
この分類工程においては、被検者の顎部から頚部の側面形状が、前記グレード0〜5の評価基準の中で最も合致する形状のグレードに分類され。最も合致する形状とは、被検者の側面形状が、前記各グレードの形状が有する特徴的形状、例えば、顎部の滑らかさ、下方向への膨らみの有無、顎部前部における段差の有無、顎部と頚部との接合部の下方への移行(下垂)の有無及びその程度(位置)、顎部と頚部との境界の明瞭さ等を有しているか否か等に基づいて判断できる。なお、図1には、各グレードに分類された代表的な側面形状を示す写真を下段に掲載した。
【0024】
被検者の側面形状を分類するに際しては、目視で観察した場合には、前記評価基準を参照比較しながら被検者を観察し、最も合致する特徴的形状の多いグレードに分類するのが好ましい。
【0025】
一方、前記観察工程において、カメラ等により撮像した画像を用いて分類する場合には、当該画像と評価基準とを併置して参照比較しながら分類することができる。また、撮像した画像をコンピュータに取り込むとともに、当該コンピュータに前記評価基準の特徴的形状あるいは図1に示すような評価基準を具体化した画像を記憶させておき、類似画像検索ソフト等を用いて当該画像の形状が最も合致するグレードを決定して分類することもできる。
【0026】
上記の評価基準(グレード0〜5)は、そのグレード数の増大と年齢による顎部のたるみの進行度合いとが統計的に有意な相関関係を示すことが実験的に確認されている。即ち、被検者の顎部のたるみの進行度合いが当該被検者の年齢に相応であるか否かを容易に判断することができる。
【0027】
本発明者は、年齢による顎部のたるみ形状を更に詳細に検討することにより、前記の評価基準(基本評価基準)に加えて、当該基準のグレード3〜グレード5を更に細分化した次の評価基準(細分化評価基準)を設定した。
下記の細分化評価基準のグレード0〜3が基本評価基準のグレード0〜3に相当し、細分化評価基準6(及び7)が基本評価基準のグレード4、細分化評価基準9が基本評価基準のグレード5に相当する。
【0028】
細分化評価基準:
グレード0:顎部全体が滑らかな形状。
グレード1:顎部に下方への僅かな膨らみが認められる形状。
グレード2:顎部の膨らみの前部に段差が認められる形状。
グレード3:顎部の膨らみが明確に袋状になった形状。
グレード4:顎部と頚部との接合部が下方に移行しているが、顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線上よりは上側にある形状。
グレード5:顎部と頚部との接合部が更に下方に移行し、顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線上にある形状。
グレード6:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方(但し頚部の中心点よりは上側)に移行した形状。
グレード7:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方、かつ頚部の中心点より下側に移行した形状。
グレード8:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方、かつ頚部の中心点より下側に移行し、顎部と頚部との境界が不明瞭となった形状。
グレード9:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行し、顎部と頚部との境界の判別が困難な形状。
【0029】
細分化評価基準において追加されたグレード4、5、7及び8は、特に顎のたるみが目立つようになる40歳代から60歳代の年齢に該当するため、この細分化評価基準を採用することにより、当該年代の方々に対するきめ細かな評価が可能となる。
【0030】
例えば、本発明の方法によって評価した結果、実年齢より上のグレードに分類された被検者に対しては、顎部のたるみを改善する美容処理(化粧、美容施術、施薬、美容手術など)を提案することも可能である。
また、そのような美容処理の前後に本発明の評価方法を実施することにより、当該美容処理の有効性を客観的に評価することもできる。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
20歳代〜60歳代の女性102名の被検者について、顎部から頚部の形状を座位にて側面(真横)からカメラで撮影した。得られた各被験者の画像と前記基本評価基準(グレード0〜5)とを比較して形状が最も合致するグレードに分類した。年齢を横軸、グレード数を縦軸としてプロットしたグラフを図3に示す。
図3に示したように、年齢とグレード数とは統計的に有意(p<0.01)に相関しており、本発明で採用した評価基準は、20歳代の若年層から60歳代に渡って、年齢による顎のたるみの進行を正確に反映していることがわかる。
【0032】
(実施例2)
30歳代〜40歳代の女性51名の被検者について、実施例1と同様にして顎部のたるみを評価した(グレード0〜5)に分類した。次いで、各被検者の体脂肪率及び体骨格筋率をインピーダンス法にて計測した。
各被検者の体脂肪率及び体骨格筋率(横軸)に対して顎のたるみのグレード数(縦軸)をプロットしたグラフを図4及び図5に示す。これらの図から、顎部のたるみのグレード数は、体脂肪率とは正の相関関係があり、体骨格筋率とは負の相関関係があり、それらは統計的に有意であることがわかる。
【0033】
同年代の女性においては、体脂肪率が高く体骨格筋率が低い方が、顎部のたるみが進行しやすい傾向があり、このことは、従来の知見とも一致している(例えば、特許文献1参照)。即ち、本発明に係る顎部のたるみの評価方法は、従来からの知見に照らしても妥当な結果が得られる適正な評価方法である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、顎部のたるみが年齢とともに如何にして進行するかを初めて解明し、その知見に基づいて顎部のたるみの進行度合いを判定する客観的な基準を提供する。従って、本発明に係る評価方法は、被検者の年齢と顎のたるみの進行度合いとの一致/不一致を客観的に判定できるため、例えば美容コンサルティングにおいて有効に使用することができる。また、顎のたるみに関する各種美容処理の前後に本発明の評価方法を実施することにより、当該美容処理の有効性の適格な評価に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の顎部から頚部の形状を側面から観察する工程、及び
前記側面から観察された顎部から頚部の形状を以下のグレード0〜5の評価基準:
グレード0:顎部全体が滑らかな形状;
グレード1:顎部に下方への僅かな膨らみが認められる形状;
グレード2:顎部の膨らみの前部に段差が認められる形状;
グレード3:顎部の膨らみが明確に袋状になった形状;
グレード4:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行した形状;
グレード5:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行し、顎部と頚部との境界の判別が困難な形状;
の中で最も合致する形状のグレードに分類する工程を含み、前記グレード数の増大が顎部のたるみの進行を示す、顎部のたるみの評価方法。
【請求項2】
前記観察する工程が、被検者の側面に設置されたカメラにより被検者の顎部から頚部を撮像し、当該画像を観察することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分類する工程が、前記撮像した画像をコンピュータに取り込むとともに、当該コンピュータに前記グレード0〜5の特徴的形状あるいは当該形状を具体化した画像を記憶させ、類似画像検索ソフトを用いて分類することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記グレード0〜5の評価基準に代えて、以下のグレード0〜9の細分化評価基準:
グレード0:顎部全体が滑らかな形状;
グレード1:顎部に下方への僅かな膨らみが認められる形状;
グレード2:顎部の膨らみの前部に段差が認められる形状;
グレード3:顎部の膨らみが明確に袋状になった形状;
グレード4:顎部と頚部との接合部が下方に移行しているが、顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線上よりは上側にある形状;
グレード5:顎部と頚部との接合部が更に下方に移行し、顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線上にある形状;
グレード6:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方(但し頚部の中心点よりは上側)に移行した形状;
グレード7:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方、かつ頚部の中心点より下側に移行した形状;
グレード8:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方、かつ頚部の中心点より下側に移行し、顎部と頚部との境界が不明瞭となった形状;
グレード9:顎部と頚部との接合部が顎部の袋状膨らみ下端を通る水平延長線より下方に移行し、顎部と頚部との境界の判別が困難な形状;
を用いる、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の評価方法を美容処理の前後に実施し、処理前のグレード数に比較した処理後のグレード数の減少が、当該処理が顎部のたるみ改善に有効であることを示す、美容処理の有効性を評価する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−59529(P2013−59529A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−200499(P2011−200499)
【出願日】平成23年9月14日(2011.9.14)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】