食道癌マーカー
【課題】 食道癌に特異性が高く、かつ、食道癌の早期発見を可能とする腫瘍マーカーを提供すること
【解決手段】 様々なマーカー候補についてヒト癌病理切片ならびに正常組織切片に対する免疫組織染色を行った結果、自ら開発した80種類のトランスポーター対する抗原特異的抗体のうち、SLC38A4タンパク質に対する抗体が、食道癌組織に特異的に反応し、特に、早期の高分化段階にある食道癌組織において高い反応性を示すことを見出した。
【解決手段】 様々なマーカー候補についてヒト癌病理切片ならびに正常組織切片に対する免疫組織染色を行った結果、自ら開発した80種類のトランスポーター対する抗原特異的抗体のうち、SLC38A4タンパク質に対する抗体が、食道癌組織に特異的に反応し、特に、早期の高分化段階にある食道癌組織において高い反応性を示すことを見出した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SLC38A4(別名、SNAT4)タンパク質の発現を指標に食道癌を検査する方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用組成物、その製造方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用キット、および、SLC38A4タンパク質を利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、食道に発生する上皮性由来の腫瘍である。組織学的には、主に、食道粘膜上皮が癌化する扁平上皮癌と食道腺が癌化する腺癌に分類される。日本では全体の90%以上を扁平上皮癌が占め、残りの5%が腺癌である。このことから日本人における食道癌のほとんどは扁平上皮癌である。60歳代の男性に好発し、男女比は3〜5:1である。食道の形態学的特徴として外膜(漿膜)を有しないことから、増殖した癌細胞は周囲に浸潤し易く、リンパ節にも容易に転移するために進行が早い。また自覚症状に乏しいため、早期の発見が遅れやすい。食道癌の予後は胃癌、大腸癌を含む消化器系癌の中では極めて悪く、食道癌全体の5年生存率は14%程度である。発癌因子は不明であるが、禁煙により、食道扁平上皮癌の罹患率が下がることから、喫煙と食道扁平上皮癌との関連が示唆されている。
【0003】
食道癌の診断には、身体所見、画像診断、そして腫瘍マーカーが利用されている。身体所見については早期癌ではほとんど存在しない。進行癌では、ときに右もしくは左の鎖骨上部リンパ節腫大を認める。食道癌と診断された人では、その時点で74%に食道違和感を含む嚥下困難があり、14%に嚥下痛がある。
【0004】
画像診断においては、硫酸バリウムのエックス線撮影によって食道の狭窄や変形を簡便に調査することができる。しかし、この方法では早期癌の検出は難しい。早期癌の発見に最も有用なのは内視鏡検査である。ただし、通常の内視鏡観察では、粘膜面に留まる表在癌の発見が困難なこともしばしばである。そのため、ルゴール液を用いた染色が行われている(色素内視鏡検査)。ルゴール液は、正常な粘膜扁平上皮に豊富に含まれるグリコーゲンを染色する。粘膜の癌化や異型上皮化によってグリコーゲン量が著しく減少すると、病変部位はルゴール液で染色されずに白い不染帯となる。ただし、ルゴール液不染色帯は、癌に特異的ではなく、食道炎や萎縮部位においても陽性となってしまう。トルイジンブルー染色も使用されるが、この場合、正常粘膜が不染帯となり、癌病変が青染される。この染色では、癌病変が表面に露出していることが不可欠であり、皮内癌では陽性とならない。いずれの場合にも、内視鏡検査とあわせて行う生検による病理学的診断が、食道癌の確定診断となる。食道癌が確定されると、その深達度(進行期)を判断するために、超音波内視鏡検査やCT(コンピュータトモグラフィー)が施行される。これによって食道癌の周囲組織への浸潤やリンパ節、遠隔臓器への転移の有無が検出され、食道癌の進行期が診断される。PET検査はCTによる判断が困難な転移巣の評価に有用とされる。
【0005】
腫瘍マーカーを利用した診断に関しては、上記したように日本における食道癌の90%以上が扁平上皮癌であることから、子宮頚管部や食道の扁平上皮癌の指標であるSCC(扁平上皮癌関連抗原)が比較的よく利用されている。SCC単独での術前の診断率は30%前後であるとされている。SCC以外の腫瘍マーカーとしては、CEA、CYFRA21−1などが用いられている。しかし、これらマーカーを使用した場合、癌の進行度が進むと陽性率は高いが、早期癌の場合は診断率が低下する。自己抗体関連では、p53抗体が比較的早期の症例での陽性率が高いのが特徴であるが、それでも陽性率は20−30%程度である。
【0006】
一方、トランスポーターの異常な発現亢進が、癌化の指標の一つになりうることが指摘されている(特許文献1〜3、非特許文献1)。癌化した細胞の特徴として著しい増殖や転移が挙げられるが、これらの達成には多量の栄養源を必要とするため、癌細胞はグルコースやアミノ酸のトランスポーターの発現量を増加させることがある。例えば、L型アミノ酸トランスポーターのLAT1はヒトの種々の癌組織(前立腺癌、大腸癌、膀胱癌、バレット食道腺癌、口腔扁平上皮癌、肝臓癌)において高発現することが明らかとなっている(非特許文献2)。しかしながら、LAT1を含め、これまで報告されているトランスポーターはいずれも正常細胞にも少なからず発現しており、癌特異的なトランスポーターとはいいがたい(非特許文献3、4)。
【0007】
このように、これまで、食道癌に特異性の高いマーカーや早期の食道癌に高い陽性率を示すマーカーが見出されていない。食道癌は自覚症状に乏しいだけでなく、発症後は転移し易く、予後が悪いことを特徴とする。このため、食道癌に特異性が高く、かつ、食道癌の早期発見を可能とする腫瘍マーカーの同定が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願平11−248546号公報
【特許文献2】特願2004−76282号公報
【特許文献3】特願平10−126648号公報
【特許文献4】国際公開2008/096416号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Imai H, et al. Histopathology. 2009 Jun;54(7):804-13.
【非特許文献2】Kondoh N, et al. Int J Oncol. 2007 Jul;31(1):81-7.
【非特許文献3】del Amo EM, et al. Eur J Pharm Sci. 2008 Oct 2;35(3):161-74. Epub 2008 Jul 5.
【非特許文献4】Mackenzie B, Erickson JD. Pflugers Arch. 2004 Feb;447(5):784-95. Epub 2003 Jul 4. Review.
【非特許文献5】Sugawara M, et al. Biochim Biophys Acta. 2000 Dec 20;1509(1-2):7-13.
【非特許文献6】Hatanaka T, et al. Biochim Biophys Acta. 2001 Feb 9;1510(1-2):10-7.
【非特許文献7】Gu S, et al. Genomics. 2001 Jun 15;74(3):262-72.
【非特許文献8】Sundberg BE, et al. J Mol Neurosci. 2008 Jun;35(2):179-93. Epub 2008 Apr 17.
【非特許文献9】Desforges M, et al. J Physiol. 2009 Jan 15;587(Pt 1):61-72. Epub 2008 Nov 17.
【非特許文献10】Gao H, et al. Biol Reprod. 2009 Jun;80(6):1196-208. Epub 2009 Jan 28.
【非特許文献11】Desforges M, et al. Am J Physiol Cell Physiol. 2006 Jan;290(1):C305-12. Epub 2005 Sep 7.
【非特許文献12】Song B, et al. World J Gastroenterol. 2005 Mar 14;11(10):1463-72.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、食道癌に特異性が高く、かつ、食道癌の早期発見を可能とする腫瘍マーカーを提供することにある。さらなる本発明の目的は、当該腫瘍マーカーを標的とした食道癌(特に好ましくは早期の食道癌)の検査方法、当該腫瘍マーカーを検出するための分子を含む食道癌検出用組成物、当該組成物の製造方法、当該組成物を含む食道癌の検出用キット、および、当該腫瘍マーカーを利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
SLC38A4タンパク質(別名、SNAT4)は、ナトリウムイオン共役型のアミノ酸トランスポータータンパクに属し(非特許文献4)、その遺伝子は、まず2000年にラットの筋肉から、ヒトでは2001年に肝臓由来の培養細胞からクローニングされた(非特許文献5〜7)。SLC38A4タンパク質は、構造上はグルタミントランスポーターファミリーに分類されるが、実際にはグルタミンに対する親和性は低く、その輸送能は他のグルタミントランスポーターに比べて遥かに低い。その一方でLアラニンやアスパラギンを好んで輸送する(非特許文献4)。
【0012】
SLC38A4の成体内の局在に関しては、mRNAレベルにおいてはノーザンブロッティング法によってラットの筋肉と肝臓で検出され、ヒト組織では肝臓が最も高い(非特許文献6〜8)。RT―PCR法では肝臓以外に骨格筋、脳、肺、心臓、小腸、腎臓、膵臓、胎盤、子宮から遺伝子が増幅されている(非特許文献9と10)。SLC38A4のタンパク質レベルの局在情報に関しては、ウエスタンブロッティング法によって肝臓と胎盤、免疫組織染色では胎盤にて検出されている(非特許文献9と11)。癌との関連については、肝細胞癌の細胞株JHH4でmRNAの発現が確認されているが、正常肝臓組織と同じレベルで、発現亢進は実験的に確認されていない(非特許文献2)。また、マウスにおいては、高転移性の株化肝細胞癌Hca−Fと低転移性肝細胞癌Hca−Pに対する、遺伝子チップを用いた遺伝子発現解析の結果、slc38a4遺伝子がHca−Fにて比較的高く発現していることが報告されているが、肝臓癌の転移との因果関係については不明である(非特許文献12)。このように、SLC38A4の発現と食道あるいは食道癌との関係については、これまで知られていなかった。
【0013】
本発明者らは、上記の背景に鑑み、癌特異的マーカーを探索する目的において、様々なマーカー候補についてヒト癌病理切片ならびに正常組織切片に対する免疫組織染色を行った結果、自ら開発した80種類のトランスポーター対する抗原特異的抗体のうち、SLC38A4タンパク質に対する抗体が、食道癌組織(特に、早期の食道癌組織)に、特異的かつ強く反応することを見出した。そして、本発明者らは、SLC38A4タンパク質が、食道癌に高発現し、正常組織においては、ほとんど検出されないという知見に基づき、SLC38A4タンパク質の発現を指標に食道癌を検査することが可能であり、抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた免疫学的手法が食道癌の検査に有用であることを見出した。さらに、本発明者らは、SLC38A4タンパク質を利用して、食道癌の治療薬のスクリーニングを行うことが可能であることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は、SLC38A4タンパク質の発現を指標に、食道癌(特に好ましくは早期の食道癌)を検査する方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用組成物、その製造方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用キット、および、SLC38A4タンパク質を利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法に関し、より具体的には、
(1) 被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法、
(2) SLC38A4タンパク質の発現を抗体を用いて検出する、(1)に記載の方法、
(3) 抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、(2)に記載の方法、
(4) 食道癌が早期の食道癌である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法、
(5) 抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物、
(6) 抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、(5)に記載の組成物、
(7) 食道癌が早期の食道癌である、(5)または(6)に記載の組成物、
(8) (a)SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む、(5)に記載の組成物の製造方法、
(9) (a)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを免疫する工程、および(b)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む、(6)に記載の組成物の製造方法、
(10) 組成物が、早期の食道癌の検出用である、(9)または(10)に記載の製造方法、
(11) (5)から(7)に記載の組成物を含む、食道癌の検出用キット、
(12) (a)SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、(b)候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および(c)SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法、
(13) (a)食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、(b)当該モデル動物の食道部の組織を採取する工程、および(c)採取された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法、および
(14) 治療薬が、早期の食道癌の治療薬である、(12)または(13)に記載のスクリーニング方法、を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明において、SLC38A4タンパク質の発現が、食道癌に特異的に検出され、特に、早期の高分化段階にある食道癌において高い陽性率で検出されることが判明した。従って、SLC38A4タンパク質の発現を指標とした本発明の食道癌の検査方法によれば、高い精度で早期に食道癌を検出することが可能である。これにより、食道癌の進行の早い段階で食道癌の治療を行うことが可能となり、患者の治療や患者の予後の改善に大きく貢献することができる。また、SLC38A4タンパク質を利用した本発明の食道癌の治療薬のスクリーニング方法によれば、効率的に治療薬候補化合物を同定することが可能である。抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、本発明の食道癌の検出用組成物や食道癌の検出キットは、上記本発明における食道癌の検査や食道癌の治療薬のスクリーニングに極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ヒト由来のSLC38A4タンパク質のアミノ酸全長配列と、人工合成して免疫原に用いたアミノ酸配列(四角枠内:29位〜47位)を示す図である。
【図2】ウサギに免疫後に得られた抗血清、抗原親和性精製抗体、および正常ウサギ血清の抗体力価を抗原固相ELISAにより解析した結果を示すグラフである。X軸は抗原濃度(μg/ml)を、Y軸は吸光度(OD450)を示す。
【図3】SLC38A4を強制発現させた細胞を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の性能をフローサイトメトリにより評価した結果を示す図である。X軸は目的遺伝子が発現していることの指標である緑色蛍光タンパク質アザミグリーンの蛍光量を示す。Y軸はPE標識した2次抗体の反応性を示す。
【図4】SLC38A4を強制発現させた細胞を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の性能を免疫細胞染色により評価した結果を示す顕微鏡写真である。左はSLC38A4タンパク質を発現していない293T細胞に対する反応性を、右はSLC38A4タンパク質を一過的に発現している293T細胞に対する反応性を示す。
【図5】食道癌患者検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の染色性を、免疫組織染色により確認した結果を示す顕微鏡写真である。典型2例を用いた。左は患者の正常部位を、右は患者の癌部を含む組織を用いた結果である。
【図6】抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた食道癌検体のグレード別陽性率を示すグラフである。
【図7】WHO病理分類のグレードIおよびグレードI−IIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIの典型4例を示す。
【図8】WHO病理分類のグレードIIおよびグレードII−IIIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIIの典型4例を示す。
【図9】WHO病理分類のグレードIIIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIIIの典型4例を示す。
【図10】抗SLC38A4タンパク質抗体による、食道癌検体のグレード別組織染色のスコアを示すグラフである。
【図11】抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた、食道癌以外の消化器系癌検体6例(胃腺癌、大腸腺癌、直腸腺癌、膵臓癌、肝細胞癌、腎臓癌)に対する免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、各癌検体の組織染色の典型例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<食道癌の検査方法>
本発明は被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法を提供する。
【0018】
本発明において「細胞または組織」とは、本発明の検査方法において、SLC38A4タンパク質の発現を検出する際の試料(対象)となる細胞または組織である。生体より分離された状態の細胞または組織に対して本発明が適用される。「被検体から分離された」とは、生体から細胞または組織を摘出することによって、当該細胞または組織が、その由来の生体と完全に隔離されている状態をいう。細胞または組織を摘出する「被検体」としては、癌患者に限らず、健常者(癌のおそれがある者を含む)を対象とすることもできる。バイオプシー(生検)において採取した、被検体の臓器や組織の一部を本発明の検査方法に供することができる。
【0019】
病理組織は、通常、生体で存在していた状態、すなわち、周囲の細胞と結合した状態で(組織片として)調製され、本発明の方法において使用されるが、病理組織を周囲の細胞から分離した後に本発明の方法に使用してもよい。
【0020】
SLC38A4タンパク質の発現の検出結果を食道癌の診断に利用する目的の場合、病理組織としては、他の診断法によって癌であると判断される組織、癌である蓋然性が高いと判断される組織、または癌である可能性を有する組織が好適に使用される。使用される組織は、好ましくは、他の診断法によって癌であると判断される組織、または癌である蓋然性が高いと判断される組織である。ここで、他の診断法としては、例えば、X線造影検査、内視鏡検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査、腫瘍マーカーを用いた診断法などが挙げられる。通常は、これらの一つ以上によって癌が疑われる組織が用いられる。
【0021】
本発明において、発現を検出する「SLC38A4タンパク質」は、典型的には、配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。しかしながら、タンパク質のアミノ酸配列は、そのコードする遺伝子の変異などにより、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。従って、本発明においては、このようなSLC38A4タンパク質の天然の変異体も、検出対象となりうる。
【0022】
本発明において「SLC38A4タンパク質の発現を検出する」とは、SLC38A4タンパク質の発現の有無の検出、および発現の程度の検出の双方を含む意である。SLC38A4タンパク質の発現量は、絶対量としてまたは相対量として把握することができる。相対量を把握する場合には、例えば、用意した標準試料のSLC38A4タンパク質の発現量と比較して判断することができる。「標準試料」は、SLC38A4タンパク質を発現しているか否かが事前に特定されている試料である。例えば、既に食道癌の存在している部位が特定されている病理組織を、本発明の標準試料とすることができる。また、癌に罹患していない組織(正常組織)も、本発明の標準試料とすることができる。
【0023】
本発明におけるSLC38A4タンパク質の発現の検出は、免疫学的手法によることが好ましい。免疫学的手法としては、例えば、免疫組織化学的染色法、ELISA法、ラジオイムノアッセイ、FCM、免疫沈降法、イムノブロッティング等が挙げられる。免疫学的手法では、抗SLC38A4タンパク質抗体が使用され、当該抗体をSLC38A4タンパク質に接触させ、当該抗体のSLC38A4タンパク質への結合性(結合量)を指標として、SLC38A4タンパク質が検出される。ここで「接触」とは、抗SLC38A4タンパク質抗体がSLC38A4タンパク質を認識できうる生理条件下に、当該抗体とSLC38A4タンパク質をおくことを意味する。例えば、当該抗体を用いて、細胞表面上のSLC38A4タンパク質の染色を行う場合には、抗体を含有した溶液に、被検体から分離した細胞または組織を浸す、あるいは、当該細胞または組織に、抗体を含有した溶液を十分に滴下もしくは噴霧し、当該抗体が細胞または組織に存在するSLC38A4を認識できうる生理条件下におくことを意味する。免疫学的検出法によれば、迅速で感度のよい検出が可能となり、操作も簡便である。本発明の検査方法は、患者身体への負担が少ない点でも有利である。
【0024】
本発明の検査方法に用いる、抗SLC38A4タンパク質抗体としては、SLC38A4タンパク質に対する特異的な結合性を有する限り、その種類や由来に、特に制限はない。SLC38A4タンパク質(配列番号:1)の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)を認識する抗体であることが好ましい。
【0025】
抗SLC38A4タンパク質抗体として、標識物質を結合させた抗体を使用すれば、当該標識を検出することにより、SLC38A4タンパク質に結合した抗体量を直接測定することが可能であり、簡易である。その反面、この方法では、標識物質を結合させた抗体を用意する煩雑さがあり、また、検出感度が一般に低くなるという問題もある。そこで、本発明においては、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法や二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法などの間接的検出方法を利用することが好ましい。ここで「二次抗体」とは、抗SLC38A4タンパク質抗体に特異的な結合性を示す抗体である。例えば、抗SLC38A4タンパク質抗体をウサギ抗体として調製した場合には、二次抗体として抗ウサギIgG抗体を使用することができる。ウサギ、ヤギ、マウスなどの様々な生物種に由来する抗体に対して、使用可能な標識二次抗体が市販されており、抗SLC38A4タンパク質抗体の由来する生物種に応じて、適切な二次抗体を選択し、本発明において使用することができる。二次抗体に代えて、標識物質を結合させたプロテインGやプロテインAなどを用いることも可能である。
【0026】
標識物質としては、ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチン、および放射性物質などが挙げられる。本発明において、ビオチンを標識物質として用い、これにアビジンペルオキシダーゼを反応させることによれば、高感度で、SLC38A4タンパク質に結合した抗体を検出することが可能である。
【0027】
生体組織の免疫組織化学的染色は、一般に、以下の手順(1)〜(10)で実施される。なお、生体組織の免疫組織化学的染色法については様々な文献および成書を参照することができる(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
(1)固定・パラフィン包埋
外科的に生体より採取した組織をホルマリンやパラフォルムアルデヒド、無水エチルアルコール等によって固定する。その後パラフィン包埋する。一般にアルコールで脱水した後キシレンで処理し、最後にパラフィンで包埋する。パラフィンで包埋された標本を所望の厚さ(例えば、3〜5μm厚)に薄切し、スライドガラス上に伸展させる。なお、パラフィン包埋標本に代えてアルコール固定標本、乾燥封入した標本、凍結標本などを用いる場合もある。
(2)脱パラフィン
一般にキシレン、アルコール、および精製水で順に処理する。
(3)前処理(抗原賦活)
必要に応じて抗原賦活のために酵素処理、加熱処理および/または加圧処理等を行う。
(4)内因性ペルオキシダーゼ除去
染色の際の標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合、過酸化水素水で処理して内因性ペルオキシダーゼ活性を除去しておく。
(5)非特異的反応阻害
切片をウシ血清アルブミン溶液(例えば、1%溶液)で数分から数十分程度処理して非特異的反応を阻害する。なお、ウシ血清アルブミンを含有させた抗体溶液を使用して次の一次抗体反応を行うこととし、この工程を省略してもよい。
(6)抗体反応
適当な濃度に希釈した抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(7)標識試薬の添加
標識物質としてペルオキシダーゼが頻用される。上記抗体反応において、ペルオキシダーゼを結合させた抗SLC38A4タンパク質抗体を用いることもできるが、抗SLC38A4タンパク質抗体を標識しない場合には、ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体、ペルオキシダーゼを結合させたプロテインGやプロテインAなどを用いることもできる。例えば、2次抗体を用いる場合には、ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後、数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(8)発色反応
トリス緩衝液にDAB(3,3'-diaminobenzidine)を溶解する。続いて過酸化水素水を添加する。このようにして調製した発色用溶液を数分間(例えば、5分間)切片に浸透させ、発色させる。発色後、切片を水道水で十分に洗浄し、DABを除去する。
(9)核染色
マイヤーのヘマトキシリンを数秒〜数十秒反応させて核染色を行う。流水で洗浄し色出しする(通常、数分間)。
(10)脱水、透徹、封入
アルコールで脱水した後、キシレンで透徹処理し、最後に合成樹脂やグリセリン、ゴムシロップなどで封入する。
【0028】
細胞または組織が癌である蓋然性や組織におけるがん化している部位は、免疫染色による染色強度や免疫染色により染色される細胞の割合と強い相関性がある。このため、本発明の方法において、SLC38A4タンパク質の発現を検出することにより、被検体から分離した細胞または組織が癌である蓋然性の評価や、組織における癌化している部位の特定を行うことができる。これにより、食道癌の存在している部位や状況(転移部位や転移の状況、新たな組織に浸潤していくがん細胞の存在様式などを含む)を視覚的にとらえることができる。特に、SLC38A4タンパク質の発現は、早期の高分化段階にある食道癌において高い陽性率で検出されることから、本発明の方法によれば、病理組織のステージ(高分化段階)を判定することができる。高分化段階の癌細胞は、正常な扁平上皮細胞と細胞形態的に類似点が多く、グレードが進んだ進行癌に比べて癌と正常の区別が付きにくいが、抗SLC38A4タンパク質抗体を利用した本発明の組織染色は、目視では正常と区別しにくい早期癌の検出に極めて有用である。
【0029】
癌患者を対象として、上記方法を実施して得られた情報は、当該患者の病態の評価ないし把握、治療効果の評価などに利用できる。例えば、癌の治療と並行して本発明の方法を実施すれば、結果として得られる情報を基に治療効果を評価することができる。具体的には、薬剤投与後に本発明の方法を実施することで病理組織における染色性の変化を調べ、染色部位の増減の推移から治療効果を判定することができる。このように本発明の方法を治療効果のモニターに利用してもよい。一方、患者以外の者、すなわち、癌が認定されていない者を対象として得られた情報は、食道癌の罹患の有無の判定評価等に利用できる。本発明の方法に基づけば、染色性という客観性に優れた指標を基に癌の診断を行うことができる。
【0030】
被検体における癌の診断は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む。以下同じ。)によって行われるが、本発明の方法によって得られる、病理組織におけSLC38A4タンパク質の発現量に関するデータは、医師による診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による診断に役立つデータを収集し、提示する方法とも表現しうる。
【0031】
<食道癌検出用組成物およびその製造方法>
本発明は、抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物を提供する。抗SLC38A4タンパク質抗体は、SLC38A4タンパク質に対する特異的な結合性を有する限り、その種類や由来に、特に制限はない。本発明の食道癌検出用組成物に用いる抗体は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。また、本発明の食道癌検出用組成物に用いる抗体は、抗体の機能的断片や機能的断片の多量体の形態(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)であり得る。このような機能的断片やその多量体としては、例えば、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディーなどが挙げられる。ここで、「Fab」とは、1つの軽鎖および重鎖の一部からなる免疫グロブリンの一価の抗原結合断片を意味する。抗体のパパイン消化によって、また、組換え方法によって得ることができる。「Fab'」は、抗体のヒンジ領域の1つまたはそれより多いシステインを含めて、重鎖CH1ドメインのカルボキシ末端でのわずかの残基の付加によって、Fabとは異なる。「F(ab’)2」とは、両方の軽鎖と両方の重鎖の部分からなる免疫グロブリンの二価の抗原結合断片を意味する。「Fv」は、完全な抗原認識および結合部位を有する最少の抗体断片である。Fvは、重鎖可変領域および軽鎖可変領域が非共有結合により強く連結されたダイマーである。「scFv」は、抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含み、これらの領域は、単一のポリペプチド鎖に存在する。「sc(Fv)2」は、2つの重鎖可変領域および2つの軽鎖可変領域をリンカー等で結合して一本鎖にしたものである。「dsFv」とは、ジスルフィド安定化されたFvである。「ダイアボディー」とは、2つの抗原結合部位を有する小さな抗体断片であり、この断片は、同一ポリペプチド鎖の中に軽鎖可変領域に結合した重鎖可変領域を含み、各領域は別の鎖の相補的領域とペアを形成している。
【0032】
抗SLC38A4タンパク質抗体としては、SLC38A4タンパク質(配列番号:1)の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)を認識する抗体であることが好ましい。
【0033】
本発明の食道癌検出用組成物の製造方法は、SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および、SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む。さらに、組成物として許容される他の成分を混合する工程を含むことができる。
【0034】
本発明の食道癌検出用組成物に用いられる抗体の調製方法は、当分野で知られており、例えば、Harlow and Lane, Antibodies: A Laboratory Manual(New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1988)に記載されている。抗体は、通常の免疫学的手法、その他、ファージディスプレイ法など利用して調製することができる。
【0035】
ポリクローナル抗体の調製は、次の手順で行うことができる。抗原(例えば、配列番号:1に記載のSLC38A4タンパク質の全長もしくはその一部)を調製し、これを用いてウサギ等の動物に免疫を施す。抗原としてのSLC38A4タンパク質は、生体試料から分離・精製することにより調製することができる。また、組換えタンパク質として調製したSLC38A4タンパク質を抗原として用いることもできる。組換えタンパク質は、例えば、SLC38A4タンパク質をコードする遺伝子もしくはその一部を、発現可能な状態でベクターに挿入し、当該ベクターを適当な宿主に導入し、宿主において発現させたタンパク質を分離・精製することにより、調製される。SLC38A4タンパク質、好ましくは、29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)からなるペプチド領域を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク質、またはヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として調製したものを、抗原として用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に分離・精製することができる。
【0036】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清は、プロテインGやプロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、IgG画分とすることができる。SLC38A4タンパク質もしくはその一部を利用したアフィニティー精製により、抗血清やIgG画分から、さらに、免疫原として用いたSLC38A4タンパク質もしくはその一部に結合する抗体を、分離・精製することができる。
【0037】
本発明の食道癌検出用組成物に用いるポリクローナル抗体は、特に好ましくは、SLC38A4タンパク質の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)からなるペプチドを免疫し、当該ペプチドに結合する抗体として、分離・精製したものである。
【0038】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。ハイブリドーマをモノクローン化した後、選択されたクローンの培養液を精製することによって、目的の抗体を取得することができる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植して腹水内で増殖させ、その後、腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製または腹水の精製には、プロテインGやプロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。さらには、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、硫安分画、および遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
【0039】
こうして得られた抗体もしくはその遺伝子を基に、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディー等の、抗体の機能的断片やその多量体(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)を調製することができる。
【0040】
上記の通り、直接的にSLC38A4タンパク質に結合した抗体量を検出する場合、得られた抗SLC38A4タンパク質抗体は、直接、酵素、蛍光等により標識して用いられる。一方、SLC38A4タンパク質に結合した抗体量を、二次抗体などを利用して検出する間接的検出方法を実施する場合、得られた抗SLC38A4タンパク質抗体(一次抗体)を標識せず、当該抗体を認識する二次抗体を標識してもよい。
【0041】
本発明の食道癌検出用組成物としては、抗SLC38A4タンパク質抗体の他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩、標識化合物、二次抗体などが挙げられる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0042】
<食道癌検出用キット>
本発明は、また、上記本発明の食道癌検出用組成物を含む、食道癌の検出用キットを提供する。本発明のキットには、食道癌検出用組成物(抗体標品)の他、標識の検出に必要な基質、陽性対照や陰性対照、あるいは試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液等を組み合わせることができる。また、標識されていない抗体を抗体標品とした場合には、本発明のキットには、当該抗体に結合する物質(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインAなど)を標識化したものを組み合わせることができる。さらに、本発明のキットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。本発明のキットは、例えば、食道癌の診断において有用である。
【0043】
<食道癌の治療薬のスクリーニング方法>
本発明は、また、食道癌の治療薬のスクリーニング方法を提供する。その一つの態様は、SLC38A4タンパク質を標的としてスクリーニングする方法であり、SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および、SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、を含む方法である。この方法により、SLC38A4タンパク質に結合する化合物が得られ、食道癌の治療薬のスクリーニングが行うことができる。候補化合物としては、化学合成または天然の低分子化合物、天然または合成のタンパク質、ペプチド、抗体(本発明の抗体を含む)、細胞抽出液、培養上清などを用いることができる。候補化合物として抗体を用いる場合には、EIAやELISA等により候補化合物の結合活性を測定することができる。コンビナトリアルケミストリー技術によるハイスループットを用いてタンパク質に結合する人工合成された化合物をスクリーニングすることも当業者に周知の技術である(Verdine GL. Nature(ENGLAND) 1996 Nov 7;384:11-13、Hogan JC Jr.Nature(ENGLAND) 1996 Nov 7;384:17-19)。こうして得た化合物は、食道癌のターゲッティングにも用いることができる。
【0044】
他の一つの態様は、SLC38A4タンパク質の発現を指標にスクリーニングする方法であり、食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、当該モデル動物の食道部の組織を分離する工程、および、分離された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、を含む方法である。本方法は、上記のSLC38A4タンパク質を標的としてスクリーニングする方法に加え、あるいは、独立して、実施することができる。
【0045】
本方法においては、まず、食道癌モデル動物を用意する。例えば、ALDH2ノックアウトマウスの皮下等にエタノールまたはアセトアルデヒドを注射し、扁平上皮癌を発癌させ、食道癌のモデルマウスを得ることができる(例えば、特開2005-110601号公報参照)。ヒト食道癌細胞を免疫不全マウスに移植することによっても、食道癌モデル動物を作製することができる。
【0046】
次に、そのモデル動物に候補化合物または対照を投与する。候補化合物としては、化学合成または天然の低分子化合物、天然または合成のタンパク質、ペプチド、抗体(本発明の抗体を含む)、細胞抽出液、培養上清などを用いることができる。対照としては、陰性対照や陽性対照を用いることができる。ここで陰性対照としては、通常、生理食塩水等が用いられる。既に治療効果のないことが判明している物質でもよい。陽性対照としては、既に治療効果のあることが判明している物質等が用いられる。投与の方法は、当業者には周知であり、経口、静脈注射、皮内、または皮下などから、適宜選択することができる。
【0047】
次に、モデル動物の食道部の組織を分離する。分離された組織は、免疫染色に供する場合には、上記の通り、固定・パラフィン包埋等の処理を行うことができる。
【0048】
最後に、分離した組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する。SLC38A4タンパク質の発現を免疫染色により検出する場合には、陽性対照投与群の染色像と候補化合物投与群の染色像とを比較して、候補化合物投与群の染色をより陰性とする(例えば、染色強度を低くする、あるいは強染色される癌細胞の割合を少なくする)化合物を選択する。対照の染色像としては、陰性対照投与群の染色像の変わりに、陽性対照投与群の染色像(治療効果のある物質の投与群の染色像;標準染色像)を用意し、同等以上に陰性な染色像をもたらす化合物を選択してもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0050】
(1)抗体の作製
SLC38A4タンパク質のアミノ酸配列情報をもとに、コンピューターによる二次元構造予測を行い、溶媒との接触率、柔軟性、表面露出、抗原性、親水性、そして極性のすべての要素を統合した結果、29位〜47位のアミノ酸配列である「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)の位置が最も抗原性が高いと判断された(図1)。この29位〜47位のアミノ酸配列からなるペプチドを人工合成してKLHに結合させた後、コンプリートフロイドアジュバンドと混合し、隔週で6回、2羽以上のウサギに免疫した。抗原ペプチドを固相化したアガロースビーズカラムを用いて、免疫後に得られた抗血清から抗原特異的なIgGを精製した。精製IgGについて、抗原ペプチドを固相化した96ウェルプレートを用いたELISAを実施し、抗原濃度が0.4μg/mlのとき、その力価(吸光度OD450)が1.0以上であった場合に、以後の実験に用いた。本実施例において取得した抗原特異的IgG画分の力価は1.2であった(図2)。
【0051】
(2)抗体の性能確認
得られた抗体は、SLC38A4タンパク質の全長を強制発現させた293T培養細胞に対する細胞染色ならびにフローサイトメトリー(FCM)において反応性を示すことが望ましい。発現ベクターには、pcDNA3.1(インビトロジェン社)を用いた。SLC38A4遺伝子の下流に、リボソームのエントリーサイトであるIRES配列とその直下に緑色蛍光タンパク質アザミグリーン(アマルガム社)の遺伝子を搭載させた。この発現ベクターを293T細胞にリポフェクション試薬(インビトロジェン社)によって一過性に導入した際、アザミグリーンの蛍光が光った細胞は、SLC38A4遺伝子が導入された細胞であると判別される。
【0052】
まず、遺伝子導入した293T細胞(1×105細胞)の細胞膜に穴を開けるために、4%のパラフォルムアルデヒド/リン酸緩衝液(PBS)で4℃15分間固定した後、0.1%のTritonX−100/PBSで室温15分間処理した。次に、1μg/mlの抗体溶液(100μlの1%BSAと0.1%のTritonX−100を含むPBSに希釈)と細胞とを室温で1時間反応させた。その後、2次抗体としてPE標識された抗ウサギIgG抗体(ベックマンコールター社製、200倍希釈。希釈溶液は1次抗体希釈液と同一)を反応させた。抗体が抗原発現細胞と反応した場合には、アザミグリーン(緑色)で光る細胞が、同時にPE(赤色)で光ることになる(すなわち、FCMデータにおいてドットが右上にシフトする)。染色細胞をドットプロットにて展開した結果、陰性対照として用いたウサギIgGを用いた場合には、ドットは右上にシフトせず、一方、陽性対照としてのmycタグ抗体(MBL製:PL14)を用いた場合、および、ならびに抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた場合では、ドットが右上にシフトした(図3)。また、対照としてのモック遺伝子を導入した293T細胞を対照に、および、SLC38A4/SNAT4遺伝子を導入した293T細胞を上記と同様に同じように処理した後、UV蛍光顕微鏡(オリンパス社OLYMPUS、IX71蛍光顕微鏡システムシステム)にて観察を行った。その結果、対照細胞においては、ほとんど蛍光(赤色)が確認されず、SLC38A4/SNAT4遺伝子を導入された293T細胞においては、蛍光(赤色)が確認された(図4)。図2〜4の結果から、調製した抗体が、SLC38A4タンパク質を特異的に認識していると判断した。
【0053】
(3)抗体による組織切片(パラフィン包埋)の染色
検体をアジア人由来に統一するため、すべての組織切片(パラフィン包埋済み)は、上海Outdo社(中国)より購入した。まず、食道正常部(左)と食道扁平上皮癌部(右)を各2例ずつ用いて染色性の確認を行った。患者番号:Com01−D7およびCom01−D8は、いずれもWHO病理分類グレードIの食道扁平上皮癌である。組織切片を脱パラフィン処理するために、キシレンに5分間3回、100%エタノールに5分間2回、95%エタノールに5分間1回、90%エタノールに5分間1回、80%エタノールに5分間1回、70%エタノールに5分間1回、そしてPBSに5分間3回の処理を行った(すべて室温)。次に、抗原賦活化を目的に、組織切片を0.05%のTween20を含む10mM クエン酸緩衝液(pH6)に浸し、オートクレーブにて125℃で5分間処理を行った。内在性のペルオキシダーゼ活性を消滅させるために、3%の過酸化水素水を含むPBSに室温で10分間処理を行った後、5%の正常ヤギ血清と0.5%のBSAを含むPBS(ブロッキング溶液)で室温にて30分間処理を行った。過剰な溶液を布で拭った後、ブロッキング溶液で1μg/mlに希釈した抗SLC38A4タンパク質抗体を適量添加し(組織切片が十分に浸る程度)、室温で2時間反応させた。0.05%のTween20を含むPBSで室温5分間3回洗浄した後、二次抗体としてHistostar(Ms+Rb)(MBL社)の原液を適量添加し(組織切片が十分に浸る程度)、室温で60分間反応させた。0.05%Tween20を含むPBSで室温5分間3回洗浄した後、DAB基質液(MBL社)を10分間反応させた。反応は組織切片を水で洗浄することで停止させた。ヘマトキシリンによる染色の後、エタノールとキシレンで脱水処理を行い、標本作製液(松浪硝子)で標本を作製した。明視野顕微鏡(オリンパス社、IX71)にて検鏡および記録を行ったところ、抗SLC38A4タンパク質抗体は、正常食道部には反応せず、食道扁平上皮癌と反応することが確認された(図5)。
【0054】
次に、表1、表2に記した96例の食道癌患者検体(WHOによる病理分類で高分化型であるグレードIは27例、高分化と中分化の間のグレードI−IIは4例、中分化のグレードIIは36例、中分化と低分化の間のグレードII−IIIは3例、低分化のグレードIIIは26例)を用いた組織染色を上記と同様の方法にて実施した。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
なお、染色の程度はその染色強度と分布によって4段階に分けた。すなわち、被検癌組織の全体が非常に強く染まる場合を強陽性(++)、被検組織全体が染まる場合を陽性(+)、被検組織全体の一部が染まる、あるいは全体が弱く染まる場合を弱陽性(+−)、そして被検組織が全く染まらない場合を陰性(―)とした。その結果、調べた食道扁平上皮癌患者由来の生検被検組織検体96例のうち、強陽性は10例、陽性は24例、弱陽性は18例、陰性は44例であり、強陽性から弱陽性をすべて合わせた陽性例の合計は52例となり、全体の54%に相当した。また、WHO病理分離グレード別に結果を分類したところ、グレードIおよびI−IIに分類された31例のうち、26例が陽性(陽性率83.9%)(図6ならびに図7)、グレードIIおよびII−IIIに分類された39例のうち、22例が陽性(陽性率56.4%)(図6ならびに図8)、そしてグレードIIIの26例のうち、4例が陽性(陽性率15.4%)(図6ならびに図9)と判断された。この結果から、より早期の高分化段階にある食道癌において抗SLC38A4タンパク質抗体による陽性率が高いことが判明した(図6)。さらに、各グレードにおける陽性例を染色強度毎に分類すると、グレードIでは、強陽性が25.8%、陽性が32.3%、弱陽性が25.8%、グレードIIでは、強陽性が5.1%、陽性が30.8%、弱陽性は20.5%、そしてグレードIIIでは、強陽性は0%、陽性は7.7%、弱陽性は7.7%であり、グレードが低いほど、組織染色における染色強度が高い傾向が見られた(図10)。このことから、抗SLC38A4タンパク質抗体を利用した食道癌組織染色は、目視では正常と区別しにくい早期癌の検出に極めて有用であると考えられた。
【0058】
また、他の消化器系癌における抗SLC38A4タンパク質抗体による染色性を評価するために、胃腺癌、大腸腺癌、直腸腺癌、膵臓癌、肝細胞癌、そして腎臓癌に対する組織染色(各癌種4例ずつ)を、上記図5の方法に従って行った。これらの検体はすべて上海OutDo社から購入した。その結果、これら6癌種における染色性は確認されなかった(図11)。抗SLC38A4タンパク質抗体による染色は、食道扁平上皮癌に特異的な反応であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
以上説明したように、本発明によれば、SLC38A4タンパク質の発現を指標として高い精度で早期に食道癌を検出することが可能である。これにより、食道癌の進行の早い段階で食道癌の治療を行うことが可能となり、患者の治療の成功率を高め、かつ、患者の予後の改善を図ることが可能となる。また、本発明によれば、SLC38A4タンパク質を標的として、また、SLC38A4タンパク質の発現を指標に、効率的に、食道癌の治療薬のスクリーニングが可能である。このように、本発明は、食道癌の診断、治療、および治療薬の開発などに、大きく貢献しうるものである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、SLC38A4(別名、SNAT4)タンパク質の発現を指標に食道癌を検査する方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用組成物、その製造方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用キット、および、SLC38A4タンパク質を利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、食道に発生する上皮性由来の腫瘍である。組織学的には、主に、食道粘膜上皮が癌化する扁平上皮癌と食道腺が癌化する腺癌に分類される。日本では全体の90%以上を扁平上皮癌が占め、残りの5%が腺癌である。このことから日本人における食道癌のほとんどは扁平上皮癌である。60歳代の男性に好発し、男女比は3〜5:1である。食道の形態学的特徴として外膜(漿膜)を有しないことから、増殖した癌細胞は周囲に浸潤し易く、リンパ節にも容易に転移するために進行が早い。また自覚症状に乏しいため、早期の発見が遅れやすい。食道癌の予後は胃癌、大腸癌を含む消化器系癌の中では極めて悪く、食道癌全体の5年生存率は14%程度である。発癌因子は不明であるが、禁煙により、食道扁平上皮癌の罹患率が下がることから、喫煙と食道扁平上皮癌との関連が示唆されている。
【0003】
食道癌の診断には、身体所見、画像診断、そして腫瘍マーカーが利用されている。身体所見については早期癌ではほとんど存在しない。進行癌では、ときに右もしくは左の鎖骨上部リンパ節腫大を認める。食道癌と診断された人では、その時点で74%に食道違和感を含む嚥下困難があり、14%に嚥下痛がある。
【0004】
画像診断においては、硫酸バリウムのエックス線撮影によって食道の狭窄や変形を簡便に調査することができる。しかし、この方法では早期癌の検出は難しい。早期癌の発見に最も有用なのは内視鏡検査である。ただし、通常の内視鏡観察では、粘膜面に留まる表在癌の発見が困難なこともしばしばである。そのため、ルゴール液を用いた染色が行われている(色素内視鏡検査)。ルゴール液は、正常な粘膜扁平上皮に豊富に含まれるグリコーゲンを染色する。粘膜の癌化や異型上皮化によってグリコーゲン量が著しく減少すると、病変部位はルゴール液で染色されずに白い不染帯となる。ただし、ルゴール液不染色帯は、癌に特異的ではなく、食道炎や萎縮部位においても陽性となってしまう。トルイジンブルー染色も使用されるが、この場合、正常粘膜が不染帯となり、癌病変が青染される。この染色では、癌病変が表面に露出していることが不可欠であり、皮内癌では陽性とならない。いずれの場合にも、内視鏡検査とあわせて行う生検による病理学的診断が、食道癌の確定診断となる。食道癌が確定されると、その深達度(進行期)を判断するために、超音波内視鏡検査やCT(コンピュータトモグラフィー)が施行される。これによって食道癌の周囲組織への浸潤やリンパ節、遠隔臓器への転移の有無が検出され、食道癌の進行期が診断される。PET検査はCTによる判断が困難な転移巣の評価に有用とされる。
【0005】
腫瘍マーカーを利用した診断に関しては、上記したように日本における食道癌の90%以上が扁平上皮癌であることから、子宮頚管部や食道の扁平上皮癌の指標であるSCC(扁平上皮癌関連抗原)が比較的よく利用されている。SCC単独での術前の診断率は30%前後であるとされている。SCC以外の腫瘍マーカーとしては、CEA、CYFRA21−1などが用いられている。しかし、これらマーカーを使用した場合、癌の進行度が進むと陽性率は高いが、早期癌の場合は診断率が低下する。自己抗体関連では、p53抗体が比較的早期の症例での陽性率が高いのが特徴であるが、それでも陽性率は20−30%程度である。
【0006】
一方、トランスポーターの異常な発現亢進が、癌化の指標の一つになりうることが指摘されている(特許文献1〜3、非特許文献1)。癌化した細胞の特徴として著しい増殖や転移が挙げられるが、これらの達成には多量の栄養源を必要とするため、癌細胞はグルコースやアミノ酸のトランスポーターの発現量を増加させることがある。例えば、L型アミノ酸トランスポーターのLAT1はヒトの種々の癌組織(前立腺癌、大腸癌、膀胱癌、バレット食道腺癌、口腔扁平上皮癌、肝臓癌)において高発現することが明らかとなっている(非特許文献2)。しかしながら、LAT1を含め、これまで報告されているトランスポーターはいずれも正常細胞にも少なからず発現しており、癌特異的なトランスポーターとはいいがたい(非特許文献3、4)。
【0007】
このように、これまで、食道癌に特異性の高いマーカーや早期の食道癌に高い陽性率を示すマーカーが見出されていない。食道癌は自覚症状に乏しいだけでなく、発症後は転移し易く、予後が悪いことを特徴とする。このため、食道癌に特異性が高く、かつ、食道癌の早期発見を可能とする腫瘍マーカーの同定が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願平11−248546号公報
【特許文献2】特願2004−76282号公報
【特許文献3】特願平10−126648号公報
【特許文献4】国際公開2008/096416号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Imai H, et al. Histopathology. 2009 Jun;54(7):804-13.
【非特許文献2】Kondoh N, et al. Int J Oncol. 2007 Jul;31(1):81-7.
【非特許文献3】del Amo EM, et al. Eur J Pharm Sci. 2008 Oct 2;35(3):161-74. Epub 2008 Jul 5.
【非特許文献4】Mackenzie B, Erickson JD. Pflugers Arch. 2004 Feb;447(5):784-95. Epub 2003 Jul 4. Review.
【非特許文献5】Sugawara M, et al. Biochim Biophys Acta. 2000 Dec 20;1509(1-2):7-13.
【非特許文献6】Hatanaka T, et al. Biochim Biophys Acta. 2001 Feb 9;1510(1-2):10-7.
【非特許文献7】Gu S, et al. Genomics. 2001 Jun 15;74(3):262-72.
【非特許文献8】Sundberg BE, et al. J Mol Neurosci. 2008 Jun;35(2):179-93. Epub 2008 Apr 17.
【非特許文献9】Desforges M, et al. J Physiol. 2009 Jan 15;587(Pt 1):61-72. Epub 2008 Nov 17.
【非特許文献10】Gao H, et al. Biol Reprod. 2009 Jun;80(6):1196-208. Epub 2009 Jan 28.
【非特許文献11】Desforges M, et al. Am J Physiol Cell Physiol. 2006 Jan;290(1):C305-12. Epub 2005 Sep 7.
【非特許文献12】Song B, et al. World J Gastroenterol. 2005 Mar 14;11(10):1463-72.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、食道癌に特異性が高く、かつ、食道癌の早期発見を可能とする腫瘍マーカーを提供することにある。さらなる本発明の目的は、当該腫瘍マーカーを標的とした食道癌(特に好ましくは早期の食道癌)の検査方法、当該腫瘍マーカーを検出するための分子を含む食道癌検出用組成物、当該組成物の製造方法、当該組成物を含む食道癌の検出用キット、および、当該腫瘍マーカーを利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
SLC38A4タンパク質(別名、SNAT4)は、ナトリウムイオン共役型のアミノ酸トランスポータータンパクに属し(非特許文献4)、その遺伝子は、まず2000年にラットの筋肉から、ヒトでは2001年に肝臓由来の培養細胞からクローニングされた(非特許文献5〜7)。SLC38A4タンパク質は、構造上はグルタミントランスポーターファミリーに分類されるが、実際にはグルタミンに対する親和性は低く、その輸送能は他のグルタミントランスポーターに比べて遥かに低い。その一方でLアラニンやアスパラギンを好んで輸送する(非特許文献4)。
【0012】
SLC38A4の成体内の局在に関しては、mRNAレベルにおいてはノーザンブロッティング法によってラットの筋肉と肝臓で検出され、ヒト組織では肝臓が最も高い(非特許文献6〜8)。RT―PCR法では肝臓以外に骨格筋、脳、肺、心臓、小腸、腎臓、膵臓、胎盤、子宮から遺伝子が増幅されている(非特許文献9と10)。SLC38A4のタンパク質レベルの局在情報に関しては、ウエスタンブロッティング法によって肝臓と胎盤、免疫組織染色では胎盤にて検出されている(非特許文献9と11)。癌との関連については、肝細胞癌の細胞株JHH4でmRNAの発現が確認されているが、正常肝臓組織と同じレベルで、発現亢進は実験的に確認されていない(非特許文献2)。また、マウスにおいては、高転移性の株化肝細胞癌Hca−Fと低転移性肝細胞癌Hca−Pに対する、遺伝子チップを用いた遺伝子発現解析の結果、slc38a4遺伝子がHca−Fにて比較的高く発現していることが報告されているが、肝臓癌の転移との因果関係については不明である(非特許文献12)。このように、SLC38A4の発現と食道あるいは食道癌との関係については、これまで知られていなかった。
【0013】
本発明者らは、上記の背景に鑑み、癌特異的マーカーを探索する目的において、様々なマーカー候補についてヒト癌病理切片ならびに正常組織切片に対する免疫組織染色を行った結果、自ら開発した80種類のトランスポーター対する抗原特異的抗体のうち、SLC38A4タンパク質に対する抗体が、食道癌組織(特に、早期の食道癌組織)に、特異的かつ強く反応することを見出した。そして、本発明者らは、SLC38A4タンパク質が、食道癌に高発現し、正常組織においては、ほとんど検出されないという知見に基づき、SLC38A4タンパク質の発現を指標に食道癌を検査することが可能であり、抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた免疫学的手法が食道癌の検査に有用であることを見出した。さらに、本発明者らは、SLC38A4タンパク質を利用して、食道癌の治療薬のスクリーニングを行うことが可能であることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は、SLC38A4タンパク質の発現を指標に、食道癌(特に好ましくは早期の食道癌)を検査する方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用組成物、その製造方法、抗SLC38A4タンパク質抗体を含んだ食道癌の検出用キット、および、SLC38A4タンパク質を利用した食道癌の治療薬のスクリーニング方法に関し、より具体的には、
(1) 被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法、
(2) SLC38A4タンパク質の発現を抗体を用いて検出する、(1)に記載の方法、
(3) 抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、(2)に記載の方法、
(4) 食道癌が早期の食道癌である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法、
(5) 抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物、
(6) 抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、(5)に記載の組成物、
(7) 食道癌が早期の食道癌である、(5)または(6)に記載の組成物、
(8) (a)SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む、(5)に記載の組成物の製造方法、
(9) (a)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを免疫する工程、および(b)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む、(6)に記載の組成物の製造方法、
(10) 組成物が、早期の食道癌の検出用である、(9)または(10)に記載の製造方法、
(11) (5)から(7)に記載の組成物を含む、食道癌の検出用キット、
(12) (a)SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、(b)候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および(c)SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法、
(13) (a)食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、(b)当該モデル動物の食道部の組織を採取する工程、および(c)採取された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法、および
(14) 治療薬が、早期の食道癌の治療薬である、(12)または(13)に記載のスクリーニング方法、を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明において、SLC38A4タンパク質の発現が、食道癌に特異的に検出され、特に、早期の高分化段階にある食道癌において高い陽性率で検出されることが判明した。従って、SLC38A4タンパク質の発現を指標とした本発明の食道癌の検査方法によれば、高い精度で早期に食道癌を検出することが可能である。これにより、食道癌の進行の早い段階で食道癌の治療を行うことが可能となり、患者の治療や患者の予後の改善に大きく貢献することができる。また、SLC38A4タンパク質を利用した本発明の食道癌の治療薬のスクリーニング方法によれば、効率的に治療薬候補化合物を同定することが可能である。抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、本発明の食道癌の検出用組成物や食道癌の検出キットは、上記本発明における食道癌の検査や食道癌の治療薬のスクリーニングに極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ヒト由来のSLC38A4タンパク質のアミノ酸全長配列と、人工合成して免疫原に用いたアミノ酸配列(四角枠内:29位〜47位)を示す図である。
【図2】ウサギに免疫後に得られた抗血清、抗原親和性精製抗体、および正常ウサギ血清の抗体力価を抗原固相ELISAにより解析した結果を示すグラフである。X軸は抗原濃度(μg/ml)を、Y軸は吸光度(OD450)を示す。
【図3】SLC38A4を強制発現させた細胞を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の性能をフローサイトメトリにより評価した結果を示す図である。X軸は目的遺伝子が発現していることの指標である緑色蛍光タンパク質アザミグリーンの蛍光量を示す。Y軸はPE標識した2次抗体の反応性を示す。
【図4】SLC38A4を強制発現させた細胞を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の性能を免疫細胞染色により評価した結果を示す顕微鏡写真である。左はSLC38A4タンパク質を発現していない293T細胞に対する反応性を、右はSLC38A4タンパク質を一過的に発現している293T細胞に対する反応性を示す。
【図5】食道癌患者検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体の染色性を、免疫組織染色により確認した結果を示す顕微鏡写真である。典型2例を用いた。左は患者の正常部位を、右は患者の癌部を含む組織を用いた結果である。
【図6】抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた食道癌検体のグレード別陽性率を示すグラフである。
【図7】WHO病理分類のグレードIおよびグレードI−IIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIの典型4例を示す。
【図8】WHO病理分類のグレードIIおよびグレードII−IIIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIIの典型4例を示す。
【図9】WHO病理分類のグレードIIIの食道癌検体を用いて、抗SLC38A4タンパク質抗体による免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、グレードIIIの典型4例を示す。
【図10】抗SLC38A4タンパク質抗体による、食道癌検体のグレード別組織染色のスコアを示すグラフである。
【図11】抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた、食道癌以外の消化器系癌検体6例(胃腺癌、大腸腺癌、直腸腺癌、膵臓癌、肝細胞癌、腎臓癌)に対する免疫組織染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。図には、各癌検体の組織染色の典型例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<食道癌の検査方法>
本発明は被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法を提供する。
【0018】
本発明において「細胞または組織」とは、本発明の検査方法において、SLC38A4タンパク質の発現を検出する際の試料(対象)となる細胞または組織である。生体より分離された状態の細胞または組織に対して本発明が適用される。「被検体から分離された」とは、生体から細胞または組織を摘出することによって、当該細胞または組織が、その由来の生体と完全に隔離されている状態をいう。細胞または組織を摘出する「被検体」としては、癌患者に限らず、健常者(癌のおそれがある者を含む)を対象とすることもできる。バイオプシー(生検)において採取した、被検体の臓器や組織の一部を本発明の検査方法に供することができる。
【0019】
病理組織は、通常、生体で存在していた状態、すなわち、周囲の細胞と結合した状態で(組織片として)調製され、本発明の方法において使用されるが、病理組織を周囲の細胞から分離した後に本発明の方法に使用してもよい。
【0020】
SLC38A4タンパク質の発現の検出結果を食道癌の診断に利用する目的の場合、病理組織としては、他の診断法によって癌であると判断される組織、癌である蓋然性が高いと判断される組織、または癌である可能性を有する組織が好適に使用される。使用される組織は、好ましくは、他の診断法によって癌であると判断される組織、または癌である蓋然性が高いと判断される組織である。ここで、他の診断法としては、例えば、X線造影検査、内視鏡検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査、腫瘍マーカーを用いた診断法などが挙げられる。通常は、これらの一つ以上によって癌が疑われる組織が用いられる。
【0021】
本発明において、発現を検出する「SLC38A4タンパク質」は、典型的には、配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。しかしながら、タンパク質のアミノ酸配列は、そのコードする遺伝子の変異などにより、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。従って、本発明においては、このようなSLC38A4タンパク質の天然の変異体も、検出対象となりうる。
【0022】
本発明において「SLC38A4タンパク質の発現を検出する」とは、SLC38A4タンパク質の発現の有無の検出、および発現の程度の検出の双方を含む意である。SLC38A4タンパク質の発現量は、絶対量としてまたは相対量として把握することができる。相対量を把握する場合には、例えば、用意した標準試料のSLC38A4タンパク質の発現量と比較して判断することができる。「標準試料」は、SLC38A4タンパク質を発現しているか否かが事前に特定されている試料である。例えば、既に食道癌の存在している部位が特定されている病理組織を、本発明の標準試料とすることができる。また、癌に罹患していない組織(正常組織)も、本発明の標準試料とすることができる。
【0023】
本発明におけるSLC38A4タンパク質の発現の検出は、免疫学的手法によることが好ましい。免疫学的手法としては、例えば、免疫組織化学的染色法、ELISA法、ラジオイムノアッセイ、FCM、免疫沈降法、イムノブロッティング等が挙げられる。免疫学的手法では、抗SLC38A4タンパク質抗体が使用され、当該抗体をSLC38A4タンパク質に接触させ、当該抗体のSLC38A4タンパク質への結合性(結合量)を指標として、SLC38A4タンパク質が検出される。ここで「接触」とは、抗SLC38A4タンパク質抗体がSLC38A4タンパク質を認識できうる生理条件下に、当該抗体とSLC38A4タンパク質をおくことを意味する。例えば、当該抗体を用いて、細胞表面上のSLC38A4タンパク質の染色を行う場合には、抗体を含有した溶液に、被検体から分離した細胞または組織を浸す、あるいは、当該細胞または組織に、抗体を含有した溶液を十分に滴下もしくは噴霧し、当該抗体が細胞または組織に存在するSLC38A4を認識できうる生理条件下におくことを意味する。免疫学的検出法によれば、迅速で感度のよい検出が可能となり、操作も簡便である。本発明の検査方法は、患者身体への負担が少ない点でも有利である。
【0024】
本発明の検査方法に用いる、抗SLC38A4タンパク質抗体としては、SLC38A4タンパク質に対する特異的な結合性を有する限り、その種類や由来に、特に制限はない。SLC38A4タンパク質(配列番号:1)の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)を認識する抗体であることが好ましい。
【0025】
抗SLC38A4タンパク質抗体として、標識物質を結合させた抗体を使用すれば、当該標識を検出することにより、SLC38A4タンパク質に結合した抗体量を直接測定することが可能であり、簡易である。その反面、この方法では、標識物質を結合させた抗体を用意する煩雑さがあり、また、検出感度が一般に低くなるという問題もある。そこで、本発明においては、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法や二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法などの間接的検出方法を利用することが好ましい。ここで「二次抗体」とは、抗SLC38A4タンパク質抗体に特異的な結合性を示す抗体である。例えば、抗SLC38A4タンパク質抗体をウサギ抗体として調製した場合には、二次抗体として抗ウサギIgG抗体を使用することができる。ウサギ、ヤギ、マウスなどの様々な生物種に由来する抗体に対して、使用可能な標識二次抗体が市販されており、抗SLC38A4タンパク質抗体の由来する生物種に応じて、適切な二次抗体を選択し、本発明において使用することができる。二次抗体に代えて、標識物質を結合させたプロテインGやプロテインAなどを用いることも可能である。
【0026】
標識物質としては、ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチン、および放射性物質などが挙げられる。本発明において、ビオチンを標識物質として用い、これにアビジンペルオキシダーゼを反応させることによれば、高感度で、SLC38A4タンパク質に結合した抗体を検出することが可能である。
【0027】
生体組織の免疫組織化学的染色は、一般に、以下の手順(1)〜(10)で実施される。なお、生体組織の免疫組織化学的染色法については様々な文献および成書を参照することができる(例えば、「酵素抗体法、改訂第3版」、渡辺慶一、中根一穂編集、学際企画)。
(1)固定・パラフィン包埋
外科的に生体より採取した組織をホルマリンやパラフォルムアルデヒド、無水エチルアルコール等によって固定する。その後パラフィン包埋する。一般にアルコールで脱水した後キシレンで処理し、最後にパラフィンで包埋する。パラフィンで包埋された標本を所望の厚さ(例えば、3〜5μm厚)に薄切し、スライドガラス上に伸展させる。なお、パラフィン包埋標本に代えてアルコール固定標本、乾燥封入した標本、凍結標本などを用いる場合もある。
(2)脱パラフィン
一般にキシレン、アルコール、および精製水で順に処理する。
(3)前処理(抗原賦活)
必要に応じて抗原賦活のために酵素処理、加熱処理および/または加圧処理等を行う。
(4)内因性ペルオキシダーゼ除去
染色の際の標識物質としてペルオキシダーゼを使用する場合、過酸化水素水で処理して内因性ペルオキシダーゼ活性を除去しておく。
(5)非特異的反応阻害
切片をウシ血清アルブミン溶液(例えば、1%溶液)で数分から数十分程度処理して非特異的反応を阻害する。なお、ウシ血清アルブミンを含有させた抗体溶液を使用して次の一次抗体反応を行うこととし、この工程を省略してもよい。
(6)抗体反応
適当な濃度に希釈した抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(7)標識試薬の添加
標識物質としてペルオキシダーゼが頻用される。上記抗体反応において、ペルオキシダーゼを結合させた抗SLC38A4タンパク質抗体を用いることもできるが、抗SLC38A4タンパク質抗体を標識しない場合には、ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体、ペルオキシダーゼを結合させたプロテインGやプロテインAなどを用いることもできる。例えば、2次抗体を用いる場合には、ペルオキシダーゼを結合させた2次抗体をスライドガラス上の切片に滴下し、その後、数十分〜数時間反応させる。反応終了後、リン酸緩衝液など適当な緩衝液で洗浄する。
(8)発色反応
トリス緩衝液にDAB(3,3'-diaminobenzidine)を溶解する。続いて過酸化水素水を添加する。このようにして調製した発色用溶液を数分間(例えば、5分間)切片に浸透させ、発色させる。発色後、切片を水道水で十分に洗浄し、DABを除去する。
(9)核染色
マイヤーのヘマトキシリンを数秒〜数十秒反応させて核染色を行う。流水で洗浄し色出しする(通常、数分間)。
(10)脱水、透徹、封入
アルコールで脱水した後、キシレンで透徹処理し、最後に合成樹脂やグリセリン、ゴムシロップなどで封入する。
【0028】
細胞または組織が癌である蓋然性や組織におけるがん化している部位は、免疫染色による染色強度や免疫染色により染色される細胞の割合と強い相関性がある。このため、本発明の方法において、SLC38A4タンパク質の発現を検出することにより、被検体から分離した細胞または組織が癌である蓋然性の評価や、組織における癌化している部位の特定を行うことができる。これにより、食道癌の存在している部位や状況(転移部位や転移の状況、新たな組織に浸潤していくがん細胞の存在様式などを含む)を視覚的にとらえることができる。特に、SLC38A4タンパク質の発現は、早期の高分化段階にある食道癌において高い陽性率で検出されることから、本発明の方法によれば、病理組織のステージ(高分化段階)を判定することができる。高分化段階の癌細胞は、正常な扁平上皮細胞と細胞形態的に類似点が多く、グレードが進んだ進行癌に比べて癌と正常の区別が付きにくいが、抗SLC38A4タンパク質抗体を利用した本発明の組織染色は、目視では正常と区別しにくい早期癌の検出に極めて有用である。
【0029】
癌患者を対象として、上記方法を実施して得られた情報は、当該患者の病態の評価ないし把握、治療効果の評価などに利用できる。例えば、癌の治療と並行して本発明の方法を実施すれば、結果として得られる情報を基に治療効果を評価することができる。具体的には、薬剤投与後に本発明の方法を実施することで病理組織における染色性の変化を調べ、染色部位の増減の推移から治療効果を判定することができる。このように本発明の方法を治療効果のモニターに利用してもよい。一方、患者以外の者、すなわち、癌が認定されていない者を対象として得られた情報は、食道癌の罹患の有無の判定評価等に利用できる。本発明の方法に基づけば、染色性という客観性に優れた指標を基に癌の診断を行うことができる。
【0030】
被検体における癌の診断は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む。以下同じ。)によって行われるが、本発明の方法によって得られる、病理組織におけSLC38A4タンパク質の発現量に関するデータは、医師による診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による診断に役立つデータを収集し、提示する方法とも表現しうる。
【0031】
<食道癌検出用組成物およびその製造方法>
本発明は、抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物を提供する。抗SLC38A4タンパク質抗体は、SLC38A4タンパク質に対する特異的な結合性を有する限り、その種類や由来に、特に制限はない。本発明の食道癌検出用組成物に用いる抗体は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。また、本発明の食道癌検出用組成物に用いる抗体は、抗体の機能的断片や機能的断片の多量体の形態(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)であり得る。このような機能的断片やその多量体としては、例えば、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディーなどが挙げられる。ここで、「Fab」とは、1つの軽鎖および重鎖の一部からなる免疫グロブリンの一価の抗原結合断片を意味する。抗体のパパイン消化によって、また、組換え方法によって得ることができる。「Fab'」は、抗体のヒンジ領域の1つまたはそれより多いシステインを含めて、重鎖CH1ドメインのカルボキシ末端でのわずかの残基の付加によって、Fabとは異なる。「F(ab’)2」とは、両方の軽鎖と両方の重鎖の部分からなる免疫グロブリンの二価の抗原結合断片を意味する。「Fv」は、完全な抗原認識および結合部位を有する最少の抗体断片である。Fvは、重鎖可変領域および軽鎖可変領域が非共有結合により強く連結されたダイマーである。「scFv」は、抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含み、これらの領域は、単一のポリペプチド鎖に存在する。「sc(Fv)2」は、2つの重鎖可変領域および2つの軽鎖可変領域をリンカー等で結合して一本鎖にしたものである。「dsFv」とは、ジスルフィド安定化されたFvである。「ダイアボディー」とは、2つの抗原結合部位を有する小さな抗体断片であり、この断片は、同一ポリペプチド鎖の中に軽鎖可変領域に結合した重鎖可変領域を含み、各領域は別の鎖の相補的領域とペアを形成している。
【0032】
抗SLC38A4タンパク質抗体としては、SLC38A4タンパク質(配列番号:1)の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)を認識する抗体であることが好ましい。
【0033】
本発明の食道癌検出用組成物の製造方法は、SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および、SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、を含む。さらに、組成物として許容される他の成分を混合する工程を含むことができる。
【0034】
本発明の食道癌検出用組成物に用いられる抗体の調製方法は、当分野で知られており、例えば、Harlow and Lane, Antibodies: A Laboratory Manual(New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1988)に記載されている。抗体は、通常の免疫学的手法、その他、ファージディスプレイ法など利用して調製することができる。
【0035】
ポリクローナル抗体の調製は、次の手順で行うことができる。抗原(例えば、配列番号:1に記載のSLC38A4タンパク質の全長もしくはその一部)を調製し、これを用いてウサギ等の動物に免疫を施す。抗原としてのSLC38A4タンパク質は、生体試料から分離・精製することにより調製することができる。また、組換えタンパク質として調製したSLC38A4タンパク質を抗原として用いることもできる。組換えタンパク質は、例えば、SLC38A4タンパク質をコードする遺伝子もしくはその一部を、発現可能な状態でベクターに挿入し、当該ベクターを適当な宿主に導入し、宿主において発現させたタンパク質を分離・精製することにより、調製される。SLC38A4タンパク質、好ましくは、29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)からなるペプチド領域を、GST、βガラクトシダーゼ、マルトース結合タンパク質、またはヒスチジン(His)タグ等との融合タンパク質として調製したものを、抗原として用いることもできる。このような融合タンパク質は、汎用的な方法により簡便に分離・精製することができる。
【0036】
必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で採血し、遠心処理などによって血清を得る。得られた抗血清は、プロテインGやプロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、IgG画分とすることができる。SLC38A4タンパク質もしくはその一部を利用したアフィニティー精製により、抗血清やIgG画分から、さらに、免疫原として用いたSLC38A4タンパク質もしくはその一部に結合する抗体を、分離・精製することができる。
【0037】
本発明の食道癌検出用組成物に用いるポリクローナル抗体は、特に好ましくは、SLC38A4タンパク質の29位〜47位のアミノ酸配列「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)からなるペプチドを免疫し、当該ペプチドに結合する抗体として、分離・精製したものである。
【0038】
一方、モノクローナル抗体については次の手順で調製することができる。まず、上記と同様の手順で免疫操作を実施する。必要に応じて免疫を繰り返し、十分に抗体価が上昇した時点で免疫動物から抗体産生細胞を摘出する。次に、得られた抗体産生細胞と骨髄腫細胞とを融合してハイブリドーマを得る。続いて、目的タンパク質に対して高い特異性を有する抗体を産生するクローンを選択する。ハイブリドーマをモノクローン化した後、選択されたクローンの培養液を精製することによって、目的の抗体を取得することができる。一方、ハイブリドーマを所望数以上に増殖させた後、これを動物(例えばマウス)の腹腔内に移植して腹水内で増殖させ、その後、腹水を精製することにより目的の抗体を取得することもできる。上記培養液の精製または腹水の精製には、プロテインGやプロテインA等を用いたアフィニティークロマトグラフィーが好適に用いられる。また、抗原を固相化したアフィニティークロマトグラフィーを用いることもできる。さらには、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、硫安分画、および遠心分離等の方法を用いることもできる。これらの方法は単独ないし任意に組み合わされて用いられる。
【0039】
こうして得られた抗体もしくはその遺伝子を基に、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv、sc(Fv)2、dsFv、およびダイアボディー等の、抗体の機能的断片やその多量体(例えば、ダイマー、トリマー、テトラマー、ポリマー)を調製することができる。
【0040】
上記の通り、直接的にSLC38A4タンパク質に結合した抗体量を検出する場合、得られた抗SLC38A4タンパク質抗体は、直接、酵素、蛍光等により標識して用いられる。一方、SLC38A4タンパク質に結合した抗体量を、二次抗体などを利用して検出する間接的検出方法を実施する場合、得られた抗SLC38A4タンパク質抗体(一次抗体)を標識せず、当該抗体を認識する二次抗体を標識してもよい。
【0041】
本発明の食道癌検出用組成物としては、抗SLC38A4タンパク質抗体の他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩、標識化合物、二次抗体などが挙げられる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0042】
<食道癌検出用キット>
本発明は、また、上記本発明の食道癌検出用組成物を含む、食道癌の検出用キットを提供する。本発明のキットには、食道癌検出用組成物(抗体標品)の他、標識の検出に必要な基質、陽性対照や陰性対照、あるいは試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液等を組み合わせることができる。また、標識されていない抗体を抗体標品とした場合には、本発明のキットには、当該抗体に結合する物質(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインAなど)を標識化したものを組み合わせることができる。さらに、本発明のキットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。本発明のキットは、例えば、食道癌の診断において有用である。
【0043】
<食道癌の治療薬のスクリーニング方法>
本発明は、また、食道癌の治療薬のスクリーニング方法を提供する。その一つの態様は、SLC38A4タンパク質を標的としてスクリーニングする方法であり、SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および、SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、を含む方法である。この方法により、SLC38A4タンパク質に結合する化合物が得られ、食道癌の治療薬のスクリーニングが行うことができる。候補化合物としては、化学合成または天然の低分子化合物、天然または合成のタンパク質、ペプチド、抗体(本発明の抗体を含む)、細胞抽出液、培養上清などを用いることができる。候補化合物として抗体を用いる場合には、EIAやELISA等により候補化合物の結合活性を測定することができる。コンビナトリアルケミストリー技術によるハイスループットを用いてタンパク質に結合する人工合成された化合物をスクリーニングすることも当業者に周知の技術である(Verdine GL. Nature(ENGLAND) 1996 Nov 7;384:11-13、Hogan JC Jr.Nature(ENGLAND) 1996 Nov 7;384:17-19)。こうして得た化合物は、食道癌のターゲッティングにも用いることができる。
【0044】
他の一つの態様は、SLC38A4タンパク質の発現を指標にスクリーニングする方法であり、食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、当該モデル動物の食道部の組織を分離する工程、および、分離された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、を含む方法である。本方法は、上記のSLC38A4タンパク質を標的としてスクリーニングする方法に加え、あるいは、独立して、実施することができる。
【0045】
本方法においては、まず、食道癌モデル動物を用意する。例えば、ALDH2ノックアウトマウスの皮下等にエタノールまたはアセトアルデヒドを注射し、扁平上皮癌を発癌させ、食道癌のモデルマウスを得ることができる(例えば、特開2005-110601号公報参照)。ヒト食道癌細胞を免疫不全マウスに移植することによっても、食道癌モデル動物を作製することができる。
【0046】
次に、そのモデル動物に候補化合物または対照を投与する。候補化合物としては、化学合成または天然の低分子化合物、天然または合成のタンパク質、ペプチド、抗体(本発明の抗体を含む)、細胞抽出液、培養上清などを用いることができる。対照としては、陰性対照や陽性対照を用いることができる。ここで陰性対照としては、通常、生理食塩水等が用いられる。既に治療効果のないことが判明している物質でもよい。陽性対照としては、既に治療効果のあることが判明している物質等が用いられる。投与の方法は、当業者には周知であり、経口、静脈注射、皮内、または皮下などから、適宜選択することができる。
【0047】
次に、モデル動物の食道部の組織を分離する。分離された組織は、免疫染色に供する場合には、上記の通り、固定・パラフィン包埋等の処理を行うことができる。
【0048】
最後に、分離した組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する。SLC38A4タンパク質の発現を免疫染色により検出する場合には、陽性対照投与群の染色像と候補化合物投与群の染色像とを比較して、候補化合物投与群の染色をより陰性とする(例えば、染色強度を低くする、あるいは強染色される癌細胞の割合を少なくする)化合物を選択する。対照の染色像としては、陰性対照投与群の染色像の変わりに、陽性対照投与群の染色像(治療効果のある物質の投与群の染色像;標準染色像)を用意し、同等以上に陰性な染色像をもたらす化合物を選択してもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0050】
(1)抗体の作製
SLC38A4タンパク質のアミノ酸配列情報をもとに、コンピューターによる二次元構造予測を行い、溶媒との接触率、柔軟性、表面露出、抗原性、親水性、そして極性のすべての要素を統合した結果、29位〜47位のアミノ酸配列である「GIGNSEKAAMSSQFANEDT」(配列番号:2)の位置が最も抗原性が高いと判断された(図1)。この29位〜47位のアミノ酸配列からなるペプチドを人工合成してKLHに結合させた後、コンプリートフロイドアジュバンドと混合し、隔週で6回、2羽以上のウサギに免疫した。抗原ペプチドを固相化したアガロースビーズカラムを用いて、免疫後に得られた抗血清から抗原特異的なIgGを精製した。精製IgGについて、抗原ペプチドを固相化した96ウェルプレートを用いたELISAを実施し、抗原濃度が0.4μg/mlのとき、その力価(吸光度OD450)が1.0以上であった場合に、以後の実験に用いた。本実施例において取得した抗原特異的IgG画分の力価は1.2であった(図2)。
【0051】
(2)抗体の性能確認
得られた抗体は、SLC38A4タンパク質の全長を強制発現させた293T培養細胞に対する細胞染色ならびにフローサイトメトリー(FCM)において反応性を示すことが望ましい。発現ベクターには、pcDNA3.1(インビトロジェン社)を用いた。SLC38A4遺伝子の下流に、リボソームのエントリーサイトであるIRES配列とその直下に緑色蛍光タンパク質アザミグリーン(アマルガム社)の遺伝子を搭載させた。この発現ベクターを293T細胞にリポフェクション試薬(インビトロジェン社)によって一過性に導入した際、アザミグリーンの蛍光が光った細胞は、SLC38A4遺伝子が導入された細胞であると判別される。
【0052】
まず、遺伝子導入した293T細胞(1×105細胞)の細胞膜に穴を開けるために、4%のパラフォルムアルデヒド/リン酸緩衝液(PBS)で4℃15分間固定した後、0.1%のTritonX−100/PBSで室温15分間処理した。次に、1μg/mlの抗体溶液(100μlの1%BSAと0.1%のTritonX−100を含むPBSに希釈)と細胞とを室温で1時間反応させた。その後、2次抗体としてPE標識された抗ウサギIgG抗体(ベックマンコールター社製、200倍希釈。希釈溶液は1次抗体希釈液と同一)を反応させた。抗体が抗原発現細胞と反応した場合には、アザミグリーン(緑色)で光る細胞が、同時にPE(赤色)で光ることになる(すなわち、FCMデータにおいてドットが右上にシフトする)。染色細胞をドットプロットにて展開した結果、陰性対照として用いたウサギIgGを用いた場合には、ドットは右上にシフトせず、一方、陽性対照としてのmycタグ抗体(MBL製:PL14)を用いた場合、および、ならびに抗SLC38A4タンパク質抗体を用いた場合では、ドットが右上にシフトした(図3)。また、対照としてのモック遺伝子を導入した293T細胞を対照に、および、SLC38A4/SNAT4遺伝子を導入した293T細胞を上記と同様に同じように処理した後、UV蛍光顕微鏡(オリンパス社OLYMPUS、IX71蛍光顕微鏡システムシステム)にて観察を行った。その結果、対照細胞においては、ほとんど蛍光(赤色)が確認されず、SLC38A4/SNAT4遺伝子を導入された293T細胞においては、蛍光(赤色)が確認された(図4)。図2〜4の結果から、調製した抗体が、SLC38A4タンパク質を特異的に認識していると判断した。
【0053】
(3)抗体による組織切片(パラフィン包埋)の染色
検体をアジア人由来に統一するため、すべての組織切片(パラフィン包埋済み)は、上海Outdo社(中国)より購入した。まず、食道正常部(左)と食道扁平上皮癌部(右)を各2例ずつ用いて染色性の確認を行った。患者番号:Com01−D7およびCom01−D8は、いずれもWHO病理分類グレードIの食道扁平上皮癌である。組織切片を脱パラフィン処理するために、キシレンに5分間3回、100%エタノールに5分間2回、95%エタノールに5分間1回、90%エタノールに5分間1回、80%エタノールに5分間1回、70%エタノールに5分間1回、そしてPBSに5分間3回の処理を行った(すべて室温)。次に、抗原賦活化を目的に、組織切片を0.05%のTween20を含む10mM クエン酸緩衝液(pH6)に浸し、オートクレーブにて125℃で5分間処理を行った。内在性のペルオキシダーゼ活性を消滅させるために、3%の過酸化水素水を含むPBSに室温で10分間処理を行った後、5%の正常ヤギ血清と0.5%のBSAを含むPBS(ブロッキング溶液)で室温にて30分間処理を行った。過剰な溶液を布で拭った後、ブロッキング溶液で1μg/mlに希釈した抗SLC38A4タンパク質抗体を適量添加し(組織切片が十分に浸る程度)、室温で2時間反応させた。0.05%のTween20を含むPBSで室温5分間3回洗浄した後、二次抗体としてHistostar(Ms+Rb)(MBL社)の原液を適量添加し(組織切片が十分に浸る程度)、室温で60分間反応させた。0.05%Tween20を含むPBSで室温5分間3回洗浄した後、DAB基質液(MBL社)を10分間反応させた。反応は組織切片を水で洗浄することで停止させた。ヘマトキシリンによる染色の後、エタノールとキシレンで脱水処理を行い、標本作製液(松浪硝子)で標本を作製した。明視野顕微鏡(オリンパス社、IX71)にて検鏡および記録を行ったところ、抗SLC38A4タンパク質抗体は、正常食道部には反応せず、食道扁平上皮癌と反応することが確認された(図5)。
【0054】
次に、表1、表2に記した96例の食道癌患者検体(WHOによる病理分類で高分化型であるグレードIは27例、高分化と中分化の間のグレードI−IIは4例、中分化のグレードIIは36例、中分化と低分化の間のグレードII−IIIは3例、低分化のグレードIIIは26例)を用いた組織染色を上記と同様の方法にて実施した。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
なお、染色の程度はその染色強度と分布によって4段階に分けた。すなわち、被検癌組織の全体が非常に強く染まる場合を強陽性(++)、被検組織全体が染まる場合を陽性(+)、被検組織全体の一部が染まる、あるいは全体が弱く染まる場合を弱陽性(+−)、そして被検組織が全く染まらない場合を陰性(―)とした。その結果、調べた食道扁平上皮癌患者由来の生検被検組織検体96例のうち、強陽性は10例、陽性は24例、弱陽性は18例、陰性は44例であり、強陽性から弱陽性をすべて合わせた陽性例の合計は52例となり、全体の54%に相当した。また、WHO病理分離グレード別に結果を分類したところ、グレードIおよびI−IIに分類された31例のうち、26例が陽性(陽性率83.9%)(図6ならびに図7)、グレードIIおよびII−IIIに分類された39例のうち、22例が陽性(陽性率56.4%)(図6ならびに図8)、そしてグレードIIIの26例のうち、4例が陽性(陽性率15.4%)(図6ならびに図9)と判断された。この結果から、より早期の高分化段階にある食道癌において抗SLC38A4タンパク質抗体による陽性率が高いことが判明した(図6)。さらに、各グレードにおける陽性例を染色強度毎に分類すると、グレードIでは、強陽性が25.8%、陽性が32.3%、弱陽性が25.8%、グレードIIでは、強陽性が5.1%、陽性が30.8%、弱陽性は20.5%、そしてグレードIIIでは、強陽性は0%、陽性は7.7%、弱陽性は7.7%であり、グレードが低いほど、組織染色における染色強度が高い傾向が見られた(図10)。このことから、抗SLC38A4タンパク質抗体を利用した食道癌組織染色は、目視では正常と区別しにくい早期癌の検出に極めて有用であると考えられた。
【0058】
また、他の消化器系癌における抗SLC38A4タンパク質抗体による染色性を評価するために、胃腺癌、大腸腺癌、直腸腺癌、膵臓癌、肝細胞癌、そして腎臓癌に対する組織染色(各癌種4例ずつ)を、上記図5の方法に従って行った。これらの検体はすべて上海OutDo社から購入した。その結果、これら6癌種における染色性は確認されなかった(図11)。抗SLC38A4タンパク質抗体による染色は、食道扁平上皮癌に特異的な反応であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
以上説明したように、本発明によれば、SLC38A4タンパク質の発現を指標として高い精度で早期に食道癌を検出することが可能である。これにより、食道癌の進行の早い段階で食道癌の治療を行うことが可能となり、患者の治療の成功率を高め、かつ、患者の予後の改善を図ることが可能となる。また、本発明によれば、SLC38A4タンパク質を標的として、また、SLC38A4タンパク質の発現を指標に、効率的に、食道癌の治療薬のスクリーニングが可能である。このように、本発明は、食道癌の診断、治療、および治療薬の開発などに、大きく貢献しうるものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法。
【請求項2】
SLC38A4タンパク質の発現を抗体を用いて検出する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
食道癌が早期の食道癌である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物。
【請求項6】
抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
食道癌が早期の食道癌である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
(a)SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、
を含む、請求項5に記載の組成物の製造方法。
【請求項9】
(a)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域に結合する抗体を分離・精製する工程、
を含む、請求項6に記載の組成物の製造方法。
【請求項10】
組成物が、早期の食道癌の検出用である、請求項9または10に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項5から7に記載の組成物を含む、食道癌の検出用キット。
【請求項12】
(a)SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、
(b)候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および
(c)SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、
を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項13】
(a)食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、
(b)当該モデル動物の食道部の組織を採取する工程、および
(c)採取された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、
を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
治療薬が、早期の食道癌の治療薬である、請求項12または13に記載のスクリーニング方法。
【請求項1】
被検体から分離された細胞または組織における、SLC38A4タンパク質の発現を検出する工程を含む、食道癌の検査方法。
【請求項2】
SLC38A4タンパク質の発現を抗体を用いて検出する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
食道癌が早期の食道癌である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
抗SLC38A4タンパク質抗体を含む、食道癌検出用組成物。
【請求項6】
抗体が、SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域を認識する抗体である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
食道癌が早期の食道癌である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
(a)SLC38A4タンパク質またはその免疫原性のある一部を免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質に結合する抗体を分離・精製する工程、
を含む、請求項5に記載の組成物の製造方法。
【請求項9】
(a)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを免疫する工程、および
(b)SLC38A4タンパク質中の配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる領域に結合する抗体を分離・精製する工程、
を含む、請求項6に記載の組成物の製造方法。
【請求項10】
組成物が、早期の食道癌の検出用である、請求項9または10に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項5から7に記載の組成物を含む、食道癌の検出用キット。
【請求項12】
(a)SLC38A4タンパク質またはその一部を提供する工程、
(b)候補化合物をSLC38A4タンパク質またはその一部に接触させる工程、および
(c)SLC38A4タンパク質またはその一部に結合する化合物を選択する工程、
を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項13】
(a)食道癌モデル動物(ヒトを除く)に、候補化合物または対照を投与する工程、
(b)当該モデル動物の食道部の組織を採取する工程、および
(c)採取された組織中の、SLC38A4タンパク質の発現を検出し、対照と比較して、SLC38A4タンパク質の発現を低下させる化合物を選択する工程、
を含む、食道癌の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項14】
治療薬が、早期の食道癌の治療薬である、請求項12または13に記載のスクリーニング方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−149859(P2011−149859A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12082(P2010−12082)
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(390004097)株式会社医学生物学研究所 (41)
【出願人】(510021672)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(390004097)株式会社医学生物学研究所 (41)
【出願人】(510021672)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]