説明

駆動力伝達装置

【課題】複雑な制御機構や制御システムを必要とせず、また、摩耗による信頼性の低下および摩擦の増大を伴うことのない、副駆動輪用のモータ駆動力伝達装置を提供する。
【解決手段】入出力軸1,2を同軸突き合わせ関係に配置し、出力軸2に近い入力軸1の端部外周に、出力軸2に近い側より順次、前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4を、それぞれの内輪3a,4aが入力軸1と共に回転するよう嵌合して設け、前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cを出力軸2に結合し、前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4の外輪3c,4c間に、後退ワンウェイクラッチ4に近い側より順次、カム機構6および後退回転伝動クラッチ5を介在させ、カム機構6はワンウェイクラッチ4からの後退駆動力に応動してカムディスク6bを左行させることにより、クラッチ5を締結させるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前後輪の一方(主駆動輪)をエンジン等の主動力源により駆動し、他方(副駆動輪)を副動力源である電動モータにより駆動する電動モータ式4輪駆動車両の電動モータ駆動系などに用いるのに有用な駆動力伝達装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動モータ式4輪駆動車両としては従来、特許文献1に記載されているようなものが知られており、エンジン等の主動力源により主駆動輪を駆動し、副動力源たる電動モータにより副駆動輪を駆動する。
【0003】
そして特許文献1には更に、電動モータと副駆動輪との間の伝動系に駆動力伝達装置を設け、これにより、
電動モータを前進駆動させた前進4輪駆動走行時に電動モータの前進駆動力を副駆動輪に伝達して、エンジン駆動される主駆動輪と合わせた4輪駆動での前進走行を可能にし、
電動モータを停止させた前進2輪駆動での走行時には副駆動輪の前進回転が電動モータに伝達されないようモータ伝動系を遮断し、
電動モータを後退駆動させた後退4輪駆動走行時に電動モータの後退駆動力を副駆動輪に伝達して、エンジン駆動される主駆動輪と合わせた4輪駆動での後退走行を可能にする技術が示されている。
【特許文献1】特開2004−082869号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし上記の駆動力伝達装置は、前進用のワンウェイクラッチと、後退用の摩擦クラッチと、後退用の摩擦クラッチを後退駆動時に締結させるカム機構とを具えるが、
上記カム機構が前進駆動時および後退駆動時の双方で摺動するリターンスプリング等の摩擦部材を内包するため、
当該摩擦部材の摺動摩擦により伝動損失が増大するという問題があった。
【0005】
本発明は、上記した問題を解消可能な新規な駆動力伝達装置を提案し、これにより、摩擦による伝動損失の増大を抑制し得るようにした駆動力伝達装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的のため本発明による駆動力伝達装置は、請求項1に記載のごとく、
入力軸と出力軸との間で動力の受け渡しを行う駆動力伝達装置を前提とし、
前記入力軸の正方向駆動時に正方向駆動力を前記出力軸に伝達するよう係合する正方向ワンウェイクラッチと、
前記入力軸の逆方向駆動時に逆方向駆動力を前記出力軸に伝達するよう係合する逆方向ワンウェイクラッチとを具え、
前記入力軸と前記出力軸との間に、前記動力の伝達経路が並列となるように前記正方向ワンウェイクラッチと前記逆方向ワンウェイクラッチとを配置し、
前記逆方向ワンウェイクラッチと前記出力軸との間に、これらを連結可能に切り離すよう、締結された状態と締結されない状態との間で切り替え可能な逆方向回転伝動クラッチを介挿し、
前記入力軸からの逆方向駆動力に応動して前記逆方向回転伝動クラッチを締結させるカム機構を設けた構成に特徴づけられる。
【発明の効果】
【0007】
かかる本発明の駆動力伝達装置によれば、
入力軸の正方向駆動時は、正方向ワンウェイクラッチが入力軸からの正方向駆動力を出力軸に伝達するよう係合し、
入力軸の逆方向駆動時は、逆方向ワンウェイクラッチが入力軸からの逆方向駆動力を出力軸に向かわせるよう係合し、このとき、入力軸からの逆方向駆動力に応動してカム機構が逆方向回転伝動クラッチを締結させることで、入力軸からの逆方向駆動力を出力軸に伝達することができる。
【0008】
また、入力軸に駆動力が入力されない間に出力軸から正回転方向の逆入力があると、正方向ワンウェイクラッチが空転して、正回転方向逆入力が入力軸に向かうのを防止することができる。
【0009】
よって、本発明の駆動力伝達装置を電動モータ式4輪駆動車両の副駆動輪駆動系に挿入して用いた場合、この車両を正回転(前進)方向4輪駆動と、逆回転(後退)方向4輪駆動と、正回転(前進)方向2輪駆動との3態様で走行させることができる。
【0010】
ところで上記の3態様を実現するに際し、上記したところから明らかなように、カム機構が、摩擦による伝動損失の増大を招くようなバネ部材を必要とするといえども、カム機構を逆回転(後退)方向駆動力伝達時に使用するのみであることから、摩擦による伝動損失の増大を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置を具えた電動モータ式4輪駆動車両の駆動系を模式的に示すもので、
この電動モータ式4輪駆動車両の駆動系は、主動力源であるエンジン21からの駆動力を、変速機22、プロペラシャフト23、ディファレンシャルギヤ装置を含む終減速機24、および左右ドライブシャフト25を介して主駆動輪である左右後輪26へ伝達する、フロントエンジン・リヤホイールドライブ車(FR車)をベース車とし、
電動モータ27の駆動力を、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置28、減速機29、ディファレンシャルギヤ装置を含む終減速機30、およびドライブシャフト31を介して副駆動輪である左右前輪32に伝達するようになしたものである。
なお本発明の一実施例になる駆動力伝達装置28は、減速機29および終減速機30間に配置してもよい。
【0012】
図2は、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置28を具えた電動モータ式4輪駆動車両の他の型式の駆動系を模式的に示すもので、
この電動モータ式4輪駆動車両の駆動系は、エンジン等の主動力源41からの駆動力を、変速機およびディファレンシャルギヤ装置の組み合わせになるトランスアクスル42、およびドライブシャフト43を介して主駆動輪である左右前輪44へ伝達する、フロントエンジン・フロントホイールドライブ車(FF車)をベース車とし、
電動モータ等の副動力源45からの駆動力を、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置28、ディファレンシャルギヤ装置を含む減速機46、およびドライブシャフト47を介して副駆動輪である左右後輪48に伝達するようにしたものである。
なお駆動力伝達装置28は、減速機46内に含めてこれと同一ユニットに構成することもできる。
【0013】
図1または図2に例示するような用途に供する、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置28は、具体的には例えば図3に明示するような構成となす。
この駆動力伝達装置は、電動モータ27(45)に結合される入力軸1と、副駆動輪32(48)に結合される出力軸2とを具え、これら入力軸1および出力軸2をケーシング8内に同軸突き合わせ関係に収納する。
ケーシング8は、ケーシング部分8a,8bの合体により構成し、これらをボルト11により相互に結合させる。
【0014】
そして、入力軸1を軸受9aによりケーシング部分8aに回転自在に支持すると共に、入力軸1およびケーシング部分8a間をオイルシール10aにより油封し、出力軸2を軸受9bによりケーシング部分8bに回転自在に支持すると共に、出力軸2およびケーシング部分8b間をオイルシール10bにより油封する。
【0015】
出力軸2に近い入力軸1の端部外周に、出力軸2に近い側より順次、前進ワンウェイクラッチ(正方向ワンウェイクラッチ)3、および、後退ワンウェイクラッチ(逆方向ワンウェイクラッチ)4を嵌合して設ける。
前進ワンウェイクラッチ(正方向ワンウェイクラッチ)3は、内輪3aと、外輪3cと、これら内外輪間に介在させたスプラグ3bおよび軸受3d,3eとよりなる通常のものとし、
後退ワンウェイクラッチ(逆方向ワンウェイクラッチ)4も、内輪4aと、外輪4cと、これら内外輪間に介在させたスプラグ4bおよび軸受4d,4eとよりなる通常のものとする。
【0016】
前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4は、それぞれの内輪3a,4aを入力軸1と共に回転するよう、しかし、軸線方向へは変位不能にして、出力軸2に近い入力軸1の端部外周にセレーション嵌合、またはスプライン嵌合する。
前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cは、入力軸1に近い出力軸2の端部に一体成形した環状部2aの内周に嵌合させて出力軸2に結合する。
前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4の外輪3c,4c間に、前進ワンウェイクラッチ3に近い側より順次、後退回転伝動クラッチ(逆方向回転伝動クラッチ)5およびカム機構6を以下のようにして配置して介在させる。
【0017】
先ず後者のカム機構6を説明するに、このカム機構6は、後退ワンウェイクラッチ4の外輪4cに結合されてこれと共に回転するワンウェイクラッチ側カムディスク6aと、このワンウェイクラッチ側カムディスク6aに対し軸線方向に対面し、皿バネなどのリターンスプリング7でワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ軸線方向プリロードにより押圧された後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bと、これらカムディスク6a,6b間に介在させたカムフォロア6cとより成るスラストカム機構とする。
【0018】
そして当該カム機構6は、ワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ後退方向駆動力が伝達されるとき、後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bとの間における相対回転によりカムフォロア6cを介して、後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bをワンウェイクラッチ側カムディスク6aから遠ざかる軸線方向へ変位させるものとする。
なお皿バネ型式のリターンスプリング7は、その内周をカムディスク6bの外周フランジ部6dに係合させ、外周をケーシング部分8bの環状切り欠き8cに係合させて、カムディスク6bおよびケーシング部分8b間に縮設し、カムディスク6bに対しこれをカムディスク6aへ押圧する上記軸線方向のプリロードを付与するものとする。
【0019】
一方で後退回転伝動クラッチ5は、一対の相互に軸線方向に対向した環状クラッチギヤ5a,5bを具え、これら環状クラッチギヤ5a,5bの軸線方向対向面にそれぞれ相互に噛み合い可能な歯を設けて構成したドグクラッチとする。
そして、環状クラッチギヤ5aはカムディスク6bと共に回転するようこれに結合し、環状クラッチギヤ5bは前進ワンウェイクラッチの外輪3cと共に回転するようこれに結合する。
【0020】
この後退回転伝動クラッチ5の作用は、以下のとおりである。
ワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ後退方向駆動力が伝達されず、カム機構6が後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bをリターンスプリング7によりカムディスク6aに接近した位置にされる間、環状クラッチギヤ5aが図示のごとく環状クラッチギヤ5bから離間することにより、後退回転伝動クラッチ5は解放状態となってワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4c間を遮断する。
【0021】
ワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ後退方向駆動力が伝達され、このディスク6aが後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bとの相対回転によりカムフォロア6cを介してカムディスク6bをリターンスプリング7に抗しカムディスク6aから遠ざけるカム機構6の作動時は、環状クラッチギヤ5aが図示の位置から左行されて環状クラッチギヤ5bと噛合することにより、後退回転伝動クラッチ5は締結状態となってワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4c間を結合する。
【0022】
以上により前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4は、入力軸1および出力軸2間に並列的に配置され、更に後者の後退ワンウェイクラッチ4は、カム機構6により締結される後退回転伝動クラッチ5および前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cを介して入出力軸1,2間を結合することとなり、
かかる構成の本実施例の駆動力伝達装置は、図1または図2に示すごとくに電動モータ式4輪駆動車両に用いたとき以下のように機能する。
【0023】
図4(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を前進4輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでは、前進4輪駆動時の入力軸1の回転方向を、図4(a)の右側(電動モータ側)から見て時計回り方向として説明する。
また図4(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図4(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図4(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図4(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0024】
入力軸1が電動モータからの前進駆動力により対応する方向に回転されると、前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aが外輪3bに対して係合方向に回転するので、スプラグ3bが図4(b)に示すように係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3の係合(図ではLockと表示した)により外輪3cはスプラグ3bを介して内輪3aと一体的に前進方向へ回転する。
よって、電動モータから入力軸1への前進駆動力が前進ワンウェイクラッチ3を介して出力軸2にそのまま伝達され、副駆動輪を前進方向へモータ駆動することができ、エンジンによる主駆動輪の前進駆動と相まって車両を前進4輪駆動走行させ得る。
【0025】
なお、入力軸1の前進回転は後退ワンウェイクラッチ4の内輪4aにも伝達されるが、内輪4aの回転方向が外輪4cに対し非係合方向であるため、スプラグ4bは図4(c)に示すように非係合方向に傾き、後退ワンウェイクラッチ4の非係合(図ではFreeと表示した)により内輪4aは外輪4cに対し空転するのみで、外輪4cに前進回転が伝達されることはない。
かかる後退ワンウェイクラッチ4の非係合により、入力軸1の前進回転は外輪4c、従ってカム機構6のカムディスク6aに伝達されず、カムディスク6a,6b間の相対回転も発生しないのでカム機構6は動作することなく図4(a)の状態を保ち、従ってカムディスク6bとリターンスプリング7との間にフリクションが発生することもない。
【0026】
図5(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を前進2輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでも、前進2輪駆動時の出力軸2の回転方向を、図5(a)の右側(電動モータ側)から見て時計回り方向として説明する。
また図5(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図5(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図5(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図5(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0027】
前進2輪駆動時においては、電動モータを停止させてこれによる副駆動輪の駆動を行わず、エンジンによる主駆動輪の駆動のみにより車両を走行させることから、電動モータから入力軸1に回転が伝達されることがなくて入力軸1は停止したままである。
しかし、エンジンによる主駆動輪の2輪駆動により車両を走行させることから、副駆動輪の回転が出力軸2に伝達されて出力軸2が副駆動輪により前進回転方向へ逆駆動される。
【0028】
かかる出力軸2の逆駆動による前進回転は、図5(b)に示すように前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cに達して、これを前進回転させる。
しかし外輪3cの前進回転は、内輪3aに対して非係合方向であるので、スプラグ3bが図5(b)に示すように非係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3の非係合(図ではFreeと表示した)により外輪3cは内輪3aに対し空転するのみで、内輪3aに出力軸2からの前進回転が伝達されることはない。
【0029】
かかる前進ワンウェイクラッチ3の非係合により、出力軸2の前進回転は内輪3a、従って入力軸1に伝達されず、電動モータの引き摺りによる動力損失や電動モータの早期摩耗を回避することができる。
また、出力軸2の前進回転がカム機構6のカムディスク6aに伝達されず、カムディスク6a,6b間の相対回転も発生しないのでカム機構6は動作することなく図5(a)の状態を保ち、従ってカムディスク6bとリターンスプリング7との間にフリクションが発生することもない。
【0030】
図6(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を後退4輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでは、後退4輪駆動時の入力軸1の回転方向を、図6(a)の右側(電動モータ側)から見て反時計回り方向として説明する。
また図6(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図6(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図6(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図6(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0031】
入力軸1が電動モータからの後退駆動力により対応する方向に回転されると、後退ワンウェイクラッチ4の内輪4aが外輪4bに対して係合方向に回転するので、スプラグ4bが図6(c)に示すように係合方向に傾き、後退ワンウェイクラッチ4の係合(図ではLockと表示した)により外輪4cはスプラグ4bを介して内輪4aと一体的に後退方向へ回転する。
よって、電動モータから入力軸1への後退駆動力が後退ワンウェイクラッチ4を介しカム機構6のワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ伝達されるが、このとき当該ディスク6aが後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bとの相対回転によりカムフォロア6cを介して、図6(a)に示すごとくカムディスク6bをリターンスプリング7に抗しカムディスク6aから遠ざける軸線方向へ変位させる。
【0032】
かかるカム機構6の作動時は、後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bが上記軸方向変位により後退回転伝動クラッチ5の環状クラッチギヤ5aを図6(a)に示すごとく左行させて環状クラッチギヤ5bと噛合させ、後退回転伝動クラッチ5を締結状態となして両ワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4c間を結合する。
よって、電動モータから入力軸1への後退駆動力が、後退ワンウェイクラッチ4、カム機構6、後退回転伝動クラッチ5、および前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cを経て出力軸2にそのまま伝達され、副駆動輪を後退方向へモータ駆動することができ、エンジンによる主駆動輪の後退駆動と相まって車両を後退4輪駆動走行させ得る。
【0033】
なお、入力軸1の後退回転は前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aにも伝達されるが、内輪3aの回転方向および回転速度が外輪3cのそれと同じであるため、スプラグ3bは図6(b)に示すように非係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3は非係合状態(図ではFreeと表示した)に保たれ、前進ワンウェイクラッチ3は内輪3aおよび外輪3c間で動力伝達を行うことはない。
【0034】
また、入力軸1の後退駆動力が出力軸2へ向かう時(後退4輪駆動時)に、この後退駆動力が上記したとおりカム機構6のカムディスク6bを経由するため、当該カムディスク6bが、ケーシング部分8bに着座しているリターンスプリング7に対し相対回転し、両者間にフリクションを生ずるが、
入力軸1の後退駆動力が出力軸2へ向かう(後退4輪駆動)は、車両の後退走行であることから発生頻度も発生時間もごく僅かであって、上記カムディスク6bおよびリターンスプリング7間のフリクションが、摩耗による信頼性を問題になるほど低下させたり、摩擦による伝動損失を問題になるほど増大させることはない。
【0035】
なお、前記特許文献1に記載の駆動力伝達装置においては、電動モータを停止させ、エンジンによる2輪駆動での走行中に、副駆動輪の回転が電動モータに向かうことのないようモータ伝動系を遮断する等のためのクラッチを設けることが不可欠となるが、
このクラッチとして、電磁湿式多板クラッチを用いると、当該電磁湿式多板クラッチの締結および解放にあたり、複雑な制御システムが必要となるという問題があったが、
本実施例においては、上記したところから明らかなように制御システムが一切不要であって、複雑な制御システムが必要になるという問題を生ずることが全くない。
【0036】
更に前記特許文献1に記載の駆動力伝達装置においては、上記のカム機構を動作させるために、諸元の異なる2つのギヤを使用する必要があったため、騒音が増大するとともに、コストが増大してしまうという問題があったが、
本実施例においては、上記したところから明らかなように、これら騒音の増大やコスト高になる構成を一切持たず、これらの問題を生ずることもない。
【0037】
ここで、後退回転伝動クラッチ5の前記した締結・解放を司るカム機構6について、図7に基づき更に詳述する。
カム機構6は前述したように、カムディスク6a,6bと、これらの間に介在させたカムフォロア6cとからなるが、カムディスク6a,6bの軸線方向相互対向面にはそれぞれ、前記したカム作用が得られるようにするためカム溝が設けられており、図7はこれらカム溝をカム機構6の外周側から見て示す。
【0038】
カム機構6に入力される駆動力をT、入力軸1の軸中心からカムフォロア6cの中心部までの距離をL1、カムディスク6a,6bの対向面におけるカム溝のカム角(カム機構6の軸直角面とカム溝とのなす角度)をθ、前記リターンスプリング7の付勢力をFS、リターンスプリング7の内径をL2、カムディスク6bとリターンスプリング7との間の静摩擦係数をμとすると、
カムディスク6bとリターンスプリング7とが静摩擦状態である場合においてカム機構6を動作させるためには、以下の2つの条件を満たす必要がある。
【0039】
まず上記の要求のためには、カム機構6の推進力(スラスト)がリターンスプリング7の付勢力FSよりも大きいことが必要であるため、T/(L1×tanθ)>FSであることが必須となる。
さらに、リターンスプリング7とカムディスク6bとの間の摩擦力がカム機構6に作用する駆動力Tを前記L1で除したカム回転力よりも大きい必要があるため、μ×FS×(L2/L1)>T/L1であることも必須となる。
これらのことから、FS×L1×tanθ<T<μ×FS×L2の関係式が導かれ、カムディスク6bとリターンスプリング7とが静摩擦状態である場合においては、この式を満足する駆動力Tがカム機構6に入力されたとき、カム機構6は動作されることとなる。
【0040】
また、カムディスク6bがリターンスプリング7に対して相対回転しながらカム機構6が作動するためには、カムディスク6bおよびリターンスプリング7間の動摩擦係数がμ’であるとすると、以下の条件を満たす必要がある。
【0041】
まず上記の要求のためには、カム機構6の推進力(スラスト)がリターンスプリング7の付勢力FSよりも大きいことが必要であるため、T/(L1×tanθ)>FSであることが必須となる。
さらに、カムの回転力はリターンスプリング7とカムディスク6bとの間の摩擦力以上の回転力にならないため、μ’×FS×(L2/L1)=T/L1であることも必須となる。
これらのことから、μ’>L1/L2×tanθの関係式が導かれ、カムディスク6bとリターンスプリング7とが動摩擦状態である場合においては、リターンスプリング7とカムディスク6bとの間の動摩擦係数がこの式を満足するμ’以上であれば、カム機構6は動作されることとなる。
【0042】
後退回転伝動クラッチ5は、カムディスク6aがカムディスク6bに対し相対回転し得るような駆動力がカム機構6へ入力された場合に、カム機構6の動作により自縛的に締結され、セルフロックされる。
また、セルフロックした状態でカム機構6に駆動力が入力されなくなると、カムディスク6aをカムディスク6bに対し上記の通り相対回転させるトルクもなくなるため、リターンスプリング7のバネ力を受けたカムディスク6bがカムフォロア6cをカム溝内において元の位置まで転動させながら、カムディスク6aをカムディスク6bに対し元の相対回転位置まで回転させる。
かかるカムディスク6aの回転につれ、カムディスク6bはカムディスク6aに向け接近するよう変位して、環状クラッチギヤ5aを環状クラッチギヤ5bから離隔させ、後退回転伝動クラッチ5をセルフロックの解除により解放させることができる。
【0043】
なお上記した実施例では、後退回転伝動クラッチ5を環状クラッチギヤ5a,5bよりなるドグクラッチにより構成したが、
この後退回転伝動クラッチ5は、図8に示すような湿式多板クラッチ14や、図9に示すような単板摩擦クラッチ15など、任意の型式のものを用いることができる。
【0044】
後退回転伝動クラッチ5を図8に示すように湿式多板クラッチ14で構成する場合、カム機構6のカムディスク6bにプレッシャープレート13を結合し、前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cに、カム機構6の方向へ開口して延在するクラッチドラム14cを設ける。
そして、プレッシャープレート13とクラッチドラム14cとの間に複数のインナープレート14aおよびアウタープレート14bを交互に配置して介在させ、インナープレート14aの内周をプレッシャープレート13に対し軸方向へ変位可能にスプライン嵌合し、アウタープレート14bの外周をクラッチドラム14cの内周に軸方向へ変位可能にスプライン嵌合する。
かかる湿式多板クラッチ14(後退回転伝動クラッチ5)は、カム機構6の動作でプレッシャープレート13が図8の解放位置から左行すると、プレッシャープレート13およびクラッチドラム14c間にインナープレート14aおよびアウタープレート14bを挟圧されてクラッチ締結状態となり、電動モータによる副駆動輪の後退駆動を可能にする。
【0045】
後退回転伝動クラッチ5を図9に示すように単板摩擦クラッチ15により構成する場合、カム機構6のカムディスク6bにクラッチ部材15aを一体結合し、前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cにクラッチ部材15bを一体結合する。
これらクラッチ部材15a,15bは相互に対向するよう配置し、それぞれの対向面をクラッチ面となす。
かかる単板摩擦クラッチ15(後退回転伝動クラッチ5)は、カム機構6の動作でクラッチ部材15aが図9の解放位置から左行すると、クラッチ部材15aがクラッチ部材15bに圧接してクラッチ締結状態となり、電動モータによる副駆動輪の後退駆動を可能にする。
【0046】
図3の実施例においては、前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4をスプラグタイプのものとしたが、これらワンウェイクラッチ3,4は、例えば、図10(a),(b)に示すような、ローラタイプのものでもよい。
図10(a)のワンウェイクラッチ3,4は、内外輪3a(4a),3c(4c)間におけるローラ3f(4f)をバネ3g(4g)で図示の空転位置に弾支し、内外輪3a(4a),3c(4c) がローラ3f(4f)をバネ3g(4g)に抗して転動変位させる方向に相対回転するとき、ローラ3f(4f)が内外輪3a(4a),3c(4c)間に噛み込まれて動力伝達を行うものである。
また図10(b) のワンウェイクラッチ3,4は、内外輪3a(4a),3c(4c)間におけるローラ3f(4f)をケージ3h(4h)で円周方向所定間隔に保持し、内外輪3a(4a),3c(4c) をローラ3f(4f)が内外輪3a(4a),3c(4c)間に噛み込まれる方向へ相対回転させるとき、内外輪3a(4a),3c(4c)間がローラ3f(4f)を介して係合させて動力伝達を行うものである。
【0047】
図11は、本発明の他の実施例になる駆動力伝達装置を示し、図11においては、図3〜図8におけると同様な部分に同一符号を付して示した。
本実施例においては、電動モータ27に結合すべき入力軸1と、副駆動輪に結合すべき出力軸2とを、スラストベアリング18aを介して同軸に突き合わせると共に、ブッシュ18bを介して相互に相対回転可能に嵌合する。
【0048】
そして出力軸2の外周に、入力軸1の側より順次配して前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4を設け、これらワンウェイクラッチ3,4を相互に隣り合わせに配置して出力軸2の外周に嵌合する。
前進ワンウェイクラッチ3は、その内輪3aが出力軸2と共に回転するよう、これに一体成形し、この一体成形のために出力軸2の対応端部を拡径してこの拡径部を前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aとなす。
また、後退ワンウェイクラッチ4は、その内輪4aが出力軸2に対し相対回転し得るよう、これにニードルベアリング16を介して嵌合する。
また、前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aおよび後退ワンウェイクラッチ4の内輪4a間にスラストベアリング17を介在させ、これら内輪3a,4aを相互に押圧された状態でも滑らかに相対回転し得るようになす。
【0049】
前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4の外輪3c,4cを相互に一体結合または一体成形により一体化すると共に入力軸1に結合し、この入力軸1を介して両ワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4cを、共通に電動モータ27へ結合する。
両ワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4cは、上記のごとく相互に一体化したことで、一対の軸受3d,4dのみにより内輪3a,4aに対して回転自在に支持することができ、両ワンウェイクラッチ3,4の軸線方向合計長さを図3の実施例よりも短縮することができる。
【0050】
前進ワンウェイクラッチ3から遠い後退ワンウェイクラッチ4の内輪4aの端部4iを前進ワンウェイクラッチ3から遠ざかる方向へ延在させ、この内輪延長端部4iと出力軸2との間に、後退回転伝動クラッチ5およびカム機構6を介在させる。
【0051】
カム機構6は図3におけると同様に機能するもので、
後退ワンウェイクラッチ4の内輪4a(詳しくは、その延長端部4i)と共に回転するよう、これにスプライン嵌合したワンウェイクラッチ側カムディスク6aと、
このワンウェイクラッチ側カムディスク6aに向かう軸線方向へ、リターンスプリング7によるプリロードで押圧された後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bと、
これらカムディスク6a,6b間にあって、ワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ後退駆動力が伝達されるとき、後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bをワンウェイクラッチ側カムディスク6aから遠ざかる方向へ変位させるカムフォロア6cとより成るスラストカム機構とする。
【0052】
ここで後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bの内周は、後退ワンウェイクラッチ内輪4aの延長端部4iに回転自在に嵌合したクラッチハブ14dの外周にスプライン嵌合し、このクラッチハブ14dを、後退ワンウェイクラッチ内輪4aの延長端部4iに係着したスナップリング14eにより抜け止めする。
【0053】
なおリターンスプリング7は、図3におけると同様な皿バネとし、その内周をカムディスク6bの外周フランジ部6dに係合させ、外周をケーシング8の環状切り欠き8cに係合させて、カムディスク6bおよびケーシング8間に縮設し、カムディスク6bに対しこれをカムディスク6aへ押圧する上記軸線方向のプリロードを付与するものとする。
当該プリロードによるスラストは、スペーサリング19a、軸受4d、内輪4aおよびスラストベアリング17を介して内輪3aに達し、その後、スラストベアリング18、入力軸1、軸受9aを介してケーシング部分8aに達するため、上記のプリロードによっても内輪3aが軸線方向へ変位することはない。
【0054】
後退回転伝動クラッチ5は、図8につき前述した湿式多板クラッチ14と同様な以下の構成とする。
つまり、後退ワンウェイクラッチ4から遠いカム機構6の側に配してクラッチドラム14cを設け、該クラッチドラム14cの内周を出力軸2上に結合する。
クラッチドラム14cは、出力軸2上に係着したスナップリング20と、クラッチドラム14c および軸受9b間に介在させたスペーサリング19bとの間に挟み、これによりクラッチドラム14cを出力軸2上に軸線方向位置決めする。
【0055】
カムディスク6bを後退回転伝動クラッチ5(湿式多板クラッチ14)のプレッシャプレートとしても用い、これがため、クラッチドラム14cおよびカムディスク6bの軸線方向対向面間にインナープレート14aおよびアウタープレート14bを交互に配置して介在させる。
インナープレート14aは、後退ワンウェイクラッチ4の内輪延長端部4i上で回転可能なクラッチハブ14dの外周にスプライン嵌合することにより、カムディスク6bと一体回転し得るようにすると共にクラッチハブ14dに対し軸線方向へ相対変位可能とする。
なお、アウタープレート14bは、クラッチドラム14cの内周に軸線方向相対変位可能にしてスプライン嵌合することにより、クラッチドラム14cと共に回転し得るようになす。
【0056】
図11の実施例においても、前進ワンウェイクラッチ3および後退ワンウェイクラッチ4は、電動モータ27に結合した入力軸1と、副駆動輪32(48)に結合した出力軸2との間に並列的に配置され、更に後者の後退ワンウェイクラッチ4は、カム機構6により締結される後退回転伝動クラッチ5を介して入出力間を結合することとなり、
かかる構成の本実施例の駆動力伝達装置は、図1または図2に示すごとくに電動モータ式4輪駆動車両に用いたとき以下のように機能する。
【0057】
図12(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を前進4輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでは、前進4輪駆動時の入力回転方向(外輪3c,4cの回転方向)を、図12(a)の右側(電動モータ側)から見て時計回り方向として説明する。
また図12(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図12(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図12(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図12(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0058】
両ワンウェイクラッチ3,4の外輪3c,4cが電動モータからの前進駆動力により対応する前進方向に回転されると、前進ワンウェイクラッチ3の外輪3cが内輪3aに対して係合方向に回転するので、スプラグ3bが図12(b)に示すように係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3の係合(図ではLockと表示した)により内輪3aはスプラグ3bを介して外輪3cと一体的に前進方向へ回転する。
よって、電動モータから外輪3c,4cへの前進駆動力が前進ワンウェイクラッチ3を介して出力軸2にそのまま伝達され、副駆動輪を前進方向へモータ駆動することができ、エンジンによる主駆動輪の前進駆動と相まって車両を前進4輪駆動走行させ得る。
【0059】
なお、電動モータから外輪3c,4cへの前進回転は後退ワンウェイクラッチ4の外輪4cにも伝達されるが、外輪4cの回転方向が内輪4aに対し非係合方向であるため、スプラグ4bは図12(c)に示すように非係合方向に傾き、後退ワンウェイクラッチ4の非係合(図ではFreeと表示した)により外輪4cは内輪4aに対し空転するのみで、内輪4aに前進回転が伝達されることはない。
かかる後退ワンウェイクラッチ4の非係合により、電動モータから外輪4cへの前進回転は内輪4a、従ってカム機構6のカムディスク6aに伝達されず、カムディスク6a,6b間の相対回転も発生しないのでカム機構6は動作することなく図12(a)の状態を保ち、従ってカムディスク6bとリターンスプリング7との間にフリクションが発生することもない。
【0060】
図13(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を前進2輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでも、前進2輪駆動時の出力軸2の回転方向を、図13(a)の右側(電動モータ側)から見て時計回り方向として説明する。
また図13(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図13(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図13(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図13(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0061】
前進2輪駆動時においては、電動モータを停止させてこれによる副駆動輪の駆動を行わず、エンジンによる主駆動輪の駆動のみにより車両を走行させることから、電動モータから外輪3c,4cに回転が伝達されることがなくて、外輪3c,4cは停止したままである。
しかし、エンジンによる主駆動輪の2輪駆動により車両を走行させることから、副駆動輪の回転が出力軸2に伝達されて出力軸2が副駆動輪により前進回転方向へ逆駆動される。
【0062】
かかる出力軸2の逆駆動による前進回転は、図13(b)に示すように前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aに達して、これを前進回転させる。
しかし内輪3aの前進回転は、外輪3cに対して非係合方向であるので、スプラグ3bが図13(b)に示すように非係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3の非係合(図ではFreeと表示した)により内輪3aは外輪3cに対し空転するのみで、外輪3cに出力軸2からの前進回転が伝達されることはない。
【0063】
かかる前進ワンウェイクラッチ3の非係合により、出力軸2の前進回転は外輪3c、従って入力軸に伝達されず、電動モータの引き摺りによる動力損失や電動モータの早期摩耗を回避することができる。
また、出力軸2の前進回転がカム機構6のカムディスク6aに伝達されず、カムディスク6a,6b間の相対回転も発生しないのでカム機構6は動作することなく図13(a)の状態を保ち、従ってカムディスク6bとリターンスプリング7との間にフリクションが発生することもない。
【0064】
図14(a)は、電動モータ式4輪駆動車両を後退4輪駆動走行させる時における上記駆動力伝達装置の駆動力伝達経路にハッチングを付して示す説明用断面図である。
なおここでは、後退4輪駆動時の電動モータから外輪3c,4cへの回転方向を、図14(a)の右側(電動モータ側)から見て反時計回り方向として説明する。
また図14(b)は、前進ワンウェイクラッチ3を図14(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図であり、図14(c)は、後退ワンウェイクラッチ4を図14(a)の右側(電動モータ側)から見て示す横断面図である。
【0065】
外輪3c,4cが電動モータからの後退駆動力により対応する後退方向に回転されると、後退ワンウェイクラッチ4の外輪4cが内輪4aに対して係合方向に回転するので、スプラグ4bが図14(c)に示すように係合方向に傾き、後退ワンウェイクラッチ4の係合(図ではLockと表示した)により内輪4aはスプラグ4bを介して外輪4cと一体的に後退方向へ回転する。
よって、電動モータから外輪3c,4cへの後退駆動力が後退ワンウェイクラッチ4を介しカム機構6のワンウェイクラッチ側カムディスク6aへ伝達されるが、このとき当該ディスク6aが後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bとの相対回転によりカムフォロア6cを介して、図14(a)に示すごとくカムディスク6bをリターンスプリング7に抗しカムディスク6aから遠ざける軸線方向へ変位させる。
【0066】
かかるカム機構6の作動時は、後退回転伝動クラッチ側カムディスク6bが上記軸方向変位により、クラッチドラム14cとの間にインナープレート14aおよびアウタープレート14bを挟圧して後退回転伝動クラッチ5を締結状態となし、後退ワンウェイクラッチ4を介してその外輪4cから内輪4aに達した後退駆動力を、カム機構6および後退回転伝動クラッチ5を順次経て出力軸2に伝達可能となる。
よって、電動モータから外輪3c,4cへの後退駆動力が、後退ワンウェイクラッチ4、カム機構6、および後退回転伝動クラッチ5を経て出力軸2にそのまま伝達され、副駆動輪を後退方向へモータ駆動することができ、エンジンによる主駆動輪の後退駆動と相まって車両を後退4輪駆動走行させ得る。
【0067】
なおこの間、前進ワンウェイクラッチ3の内輪3aも出力軸2と共に後退方向へ回転されるが、内輪3aの回転方向および回転速度が外輪3cのそれと同じであるため、スプラグ3bは図14(b)に示すように非係合方向に傾き、前進ワンウェイクラッチ3は非係合状態(図ではFreeと表示した)に保たれ、前進ワンウェイクラッチ3は内輪3aおよび外輪3c間で動力伝達を行うことはない。
しかし、出力軸2と内輪3aの回転が同一回転を行うため、前進ワンウェイクラッチ3の内外輪3a,3bが図14(b)に矢印を付して示すごとく一体回転することとなり、これら内外輪3a,3b間のスプラグ3bおよび軸受3d内のボールも図14(a)にハッチングを付して示すごとく同じ回転を行っている。
【0068】
また、電動モータから外輪3c,4cへの後退駆動力が出力軸2へ向かう時(後退4輪駆動時)に、この後退駆動力が上記したとおりカム機構6のカムディスク6bを経由するため、当該カムディスク6bが、ケーシング8に着座しているリターンスプリング7に対し相対回転し、両者間にフリクションを生ずるが、
電動モータから外輪3c,4cへの後退駆動力が出力軸2へ向かう(後退4輪駆動)は、車両の後退走行であることから発生頻度も発生時間もごく僅かであって、上記カムディスク6bおよびリターンスプリング7間のフリクションが、摩耗による信頼性を問題になるほど低下させたり、摩擦による伝動損失を問題になるほど増大させることはない。
【0069】
なお、図11〜14につき上述した実施例では、後退回転伝動クラッチ5を図8におけると同様な湿式多板クラッチ14で構成したが、
この後退回転伝動クラッチ5は、図15に示すようなドグクラッチや、図16に示すような摩擦クラッチ15など、任意の型式のものを用いることができる。
【0070】
後退回転伝動クラッチ5を図15に示すように、図3の実施例におけると同様なドグクラッチで構成する場合、カムディスク6aから遠いカムディスク6bの面に環状クラッチギヤ5aを一体成形または一体結合して設け、これと対向するよう配して環状クラッチギヤ5bを設け、該環状クラッチギヤ5bの内周を出力軸2に軸線方向へ変位不能にして回転係合させる。
かかるドグクラッチ式の後退回転伝動クラッチ5は、カム機構6の動作でカムディスク6bが図15の解放位置から左行すると、環状クラッチギヤ5aが環状クラッチギヤ5bに噛み合ってクラッチ締結状態となり、電動モータによる副駆動輪の後退駆動を可能にする。
【0071】
後退回転伝動クラッチ5を図16に示すように摩擦クラッチ15により構成する場合、カムディスク6aから遠いカムディスク6bの面にクラッチ部材15aを一体成形または一体結合により設け、これと対向するよう配してクラッチ部材15bを設け、該クラッチ部材15bの内周を出力軸2に軸線方向へ変位不能にして回転係合させる。
かかる摩擦クラッチ15(後退回転伝動クラッチ5)は、カム機構6の動作でクラッチ部材15aが図16の解放位置から左行すると、クラッチ部材15aがクラッチ部材15bに圧接してクラッチ締結状態となり、電動モータによる副駆動輪の後退駆動を可能にする。
【0072】
上記した何れの実施例になる本発明の駆動力伝達装置においても、
電動モータ式4輪駆動車両の前進4輪駆動走行、前進2輪駆動走行、後退4輪駆動走行を実現するに際し、前記した作用説明から明らかなように、内部機構の自動作用により当該3走行形態を実現することができ、複雑な制御機構や制御システムを必要とすることがなくて、コスト上およびメインテナンス上大いに有利である。
【0073】
またカム機構6が、摩耗による信頼性の低下や摩擦による伝動損失の増大を招くようなバネ部材(リターンスプリング7)を必要とするといえども、カム機構6が使用頻度や使用時間のごく僅かな後退(逆回転)方向の駆動力伝達時に機能するのみであることから、摩耗による信頼性の低下や摩擦による伝動損失の増大が殆ど問題になることはない。
更に、上記のカム機構6が後退(逆回転)方向の駆動力に応動することから、これを動作させるためにギヤなどの別部品を必要とすることがなくて、騒音が増大したり、コストが嵩む等の問題を生ずることもない。
【0074】
なお上記実施例では、図1および図2につき前述したごとくフロントエンジン・リヤホイールドライブ(FR車)や、フロントエンジン・フロントホイールドライブ(FF車)がベース車両である場合について説明したが、ミッドシップエンジン搭載車や、リヤエンジン・リヤホイールドライブ(RR車)をベース車両とし、エンジン駆動されない車輪を電動モータで駆動するようにした車両に対しても本発明の駆動力伝達装置は同様の考え方により適用可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明の一実施例になる駆動力伝達装置を副駆動輪の伝動系に具えた電動モータ式4輪駆動車両の車輪駆動系を示す線図的平面図である。
【図2】図1におけると同様な本発明の一実施例になる駆動力伝達装置を副駆動輪の伝動系に具えた、他の型式の電動モータ式4輪駆動車両の車輪駆動系を示す線図的平面図である。
【図3】図1および図2の電動モータ式4輪駆動車両に用いた、本発明の一実施例になる駆動力伝達装置の半部縦断側面図である。
【図4】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が前進4輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図3と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図5】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が前進2輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図3と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図6】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が後退4輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図3と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図7】同実施例の駆動力伝達装置内における後退回転伝動クラッチを作動させるためのカム機構の動作原理説明用模式図である。
【図8】駆動力伝達装置内における後退回転伝動クラッチの他の構成例を示す要部縦断側面図である。
【図9】駆動力伝達装置内における後退回転伝動クラッチの更に他の構成例を示す要部縦断側面図である。
【図10】駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチおよび後退ワンウェイクラッチの他の例を示し、 (a)は、バネ保持式ローラを用いたワンウェイクラッチの構成例を示す要部正面図、 (b)は、ケージ保持式ローラを用いたワンウェイクラッチの構成例を示す要部正面図である。
【図11】本発明の他の実施例になる駆動力伝達装置の半部縦断側面図である。
【図12】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が前進4輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図11と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図13】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が前進2輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図11と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図14】同実施例になる駆動力伝達装置の伝動系路を、電動モータ式4輪駆動車両が後退4輪駆動走行を行う場合について示す説明図で、 (a)は、該伝動系路を示すための、図11と同様な半部縦断側面図、 (b)は、駆動力伝達装置内における前進ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図、 (c)は、駆動力伝達装置内における後退ワンウェイクラッチの状態を示す部分横断面図である。
【図15】駆動力伝達装置内における後退回転伝動クラッチの他の構成例を示す要部縦断側面図である。
【図16】駆動力伝達装置内における後退回転伝動クラッチの更に他の構成例を示す要部縦断側面図である。
【符号の説明】
【0076】
1 入力軸
2 出力軸
3 前進ワンウェイクラッチ(正方向ワンウェイクラッチ)
4 後退ワンウェイクラッチ(逆方向ワンウェイクラッチ)
5 後退回転伝動クラッチ(逆方向回転伝動クラッチ)
6 カム機構
7 リターンスプリング
8 ケーシング
11 ボルト
12 ブッシュ
13 プレッシャープレート
14 湿式多板クラッチ
15 摩擦クラッチ
16 ニードルベアリング
17 スラストベアリング
19a,19b スペーサリング
20 スナップリング
21 エンジン
22 変速機
23 プロペラシャフト
24 終減速機
25 ドライブシャフト
26 左右後輪(主駆動輪)
27 電動モータ
28 駆動力伝達装置
29 減速機
30 終減速機
31 ドライブシャフト
32 左右前輪(副駆動輪)
41 主動力源
42 トランスアクスル
43 ドライブシャフト
44 左右前輪(主駆動輪)
45 副動力源
46 減速機
47 ドライブシャフト
48 左右後輪(副駆動輪)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力軸と出力軸との間で動力の受け渡しを行う駆動力伝達装置において、
前記入力軸の正方向駆動時に正方向駆動力を前記出力軸に伝達するよう係合する正方向ワンウェイクラッチと、
前記入力軸の逆方向駆動時に逆方向駆動力を前記出力軸に伝達するよう係合する逆方向ワンウェイクラッチとを具え、
前記入力軸と前記出力軸との間に、前記動力の伝達経路が並列となるように前記正方向ワンウェイクラッチと前記逆方向ワンウェイクラッチとを配置し、
前記逆方向ワンウェイクラッチと前記出力軸との間に、これらを連結可能に切り離すよう、締結された状態と締結されない状態との間で切り替え可能な逆方向回転伝動クラッチを介挿し、
前記入力軸からの逆方向駆動力に応動して前記逆方向回転伝動クラッチを締結させるカム機構を設けたことを特徴とする駆動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1に記載の駆動力伝達装置において、
前記正方向ワンウェイクラッチと前記逆方向ワンウェイクラッチは、それぞれ、
円筒形に形成された内輪と、
円筒形に形成され、前記内輪の外周側に設けられた外輪と、
前紀内輪と外輪との間に設けられたスプラグとを有し、
前記入力軸と出力軸は、それぞれの端部に形成された互いの端面が対向するように同軸に配置され、
前記出力軸に近い前記入力軸の端部外周に、前記出力軸に近い側より順次、前記正方向ワンウェイクラッチの内輸と、逆方向ワンウェイクラッチの内輪とが設けられ、
これら正方向ワンウェイクラッチの内輪と逆方向ワンウェイクラッチの内輪は、前記入力軸とともに回転できるように、それぞれ前記入力軸に結合され、
前記正方向ワンウェイクラッチの外輪は、前紀出力軸に結合され、
前記正方向ワンウェイクラッチの外輸と前記逆方向ワンウェイクラッチの外輪との間に、前記逆方向ワンウェイクラッチに近い側より順次、前記逆方向回転駆動クラッチと、カム機構を介在させたことを特徴とする駆動力伝達装置。
【請求項3】
請求項2に記載の駆動力伝達装置において、
前記カム機構は、前記逆方向ワンウェイクラッチの外輪と共に回転するワンウェイクラッチ側カムディスクと、このワンウェイクラッチ側カムディスクに向かって軸線方向へプリロードにより押圧された逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクと、これらカムディスク間にあって、ワンウェイクラッチ側カムディスクへ逆方向駆動力が伝達されるとき逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクをワンウェイクラッチ側カムディスクから遠ざかる方向へ変位させるカムフォロアとより成るスラストカム機構であり、
前記逆方向回転伝動クラッチは、逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクの前記変位に応動して締結するものであることを特徴とする駆動力伝達装置。
【請求項4】
請求項1に記載の駆動力伝達装置において、
前記出力軸の外周に前記正方向ワンウェイクラッチおよび逆方向ワンウェイクラッチを相互に隣り合わせに設け、正方向ワンウェイクラッチの内輪を出力軸と共に回転するよう設け、また、逆方向ワンウェイクラッチの内輪を出力軸に対し相対回転し得るよう設け、
正方向ワンウェイクラッチの外輪と逆方向ワンウェイクラッチの外輪とを一体に形成すると共に入力軸に結合し、
逆方向ワンウェイクラッチの内輪および出力軸間に、前記逆方向回転伝動クラッチおよびカム機構を介在させたことを特徴とする駆動力伝達装置。
【請求項5】
請求項4に記載の駆動力伝達装置において、
前記カム機構は、前記逆方向ワンウェイクラッチの内輪と共に回転するワンウェイクラッチ側カムディスクと、このワンウェイクラッチ側カムディスクに向かって軸線方向へプリロードにより押圧された逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクと、これらカムディスク間にあって、ワンウェイクラッチ側カムディスクへ逆方向駆動力が伝達されるとき逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクをワンウェイクラッチ側カムディスクから遠ざかる方向へ変位させるカムフォロアとより成るスラストカム機構であり、
前記逆方向回転伝動クラッチは、逆方向回転伝動クラッチ側カムディスクの前記変位に応動して締結するものであることを特徴とする駆動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2007−71382(P2007−71382A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−120764(P2006−120764)
【出願日】平成18年4月25日(2006.4.25)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)