説明

高い酵素活性を有する組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ

【課題】DGAT遺伝子を、高い酵素活性を有する状態で発現させる方法、及び高い酵素活性を有する組換えDGATを提供することであり、また当該組換えDGATを用いた、DGATの活性化物質または阻害物質のスクリーニング方法を提供することである。
【解決手段】SNF2遺伝子あるいはそのオルトログ遺伝子が破壊または機能低下している宿主細胞に、DGAT遺伝子を導入して形質転換し、当該形質転換体を培養することで、きわめて酵素活性が高い、新規な組換えDGATを取得できる。また、当該組換えDGATもしくはそれを含む形質転換体(生きたまま、破砕液、または培養液)を用いることで、DGATの活性化物質又は阻害物質をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貯蔵脂質の主要成分であるトリアシルグリセロールの合成酵素であるジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼを高活性の組換え体で製造する方法、及び得られた高活性の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ自体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼは、貯蔵脂質の主要成分であるトリアシルグリセロールの合成酵素であり、貯蔵脂質の合成に重要な役割をもつ酵素である。このため、油糧微生物、植物による脂質生産を改変するためのターゲットであり(非特許文献1)、反対に、肥満、高脂血症、糖尿病などのメタボリックシンドロームに関係する脂質蓄積を改善するためのターゲットでもある(非特許文献2)。
ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(以下、DGATともいう。)は、その遺伝子配列より、コレステロールアシルトランスフェラーゼと相同性を有するDGAT1(非特許文献3)とモルティエレラ・ラマニアナ・バー・アングリスポラより精製したDGATの遺伝子配列と相同性を有するDGAT2(非特許文献4)に分類される。両者間では、相同性は有していない。両者ともに、微生物、植物、動物で相同性を有する遺伝子(オルトログ)が存在するが、トリアシルグリセロール合成における役割は、異なっていると考えられる。
マウスでは、DGAT1の破壊はトリアシルグリセロールの低下はそれほどでもなく、食餌による肥満に対して耐性を示したのに対し(非特許文献5)、DGAT2の破壊ではトリアシルグリセロールの顕著な低下を示し、誕生後直ちに死亡した(非特許文献6)。また、出芽酵母でもDGAT1タイプであるARE1, ARE2遺伝子の破壊よりも、DGAT2タイプであるDGA1遺伝子の破壊がトリアシルグリセロール合成の顕著な低下をもたらした(非特許文献7)。以上の結果より、DGAT2タイプの酵素がトリアシルグリセロール合成の主要な反応を担っていると考えられている。以下、本発明において、単にジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ、又はDGATなどというとき、DGAT2タイプの酵素を指す。
【0003】
DGATは、既に述べたように脂質生産あるいは脂質蓄積における重要な酵素であり、その酵素活性を活性化あるいは阻害する物質の探索は、脂質生産の向上及び脂質蓄積に伴なう疾病の改善に重要である。しかしながら、DGATは膜結合性の不安定な酵素であり、天然での安定な酵素の供給源は知られていない。一方、DGAT遺伝子を取得して(非特許文献4、非特許文献8、特許文献1、特許文献2)、昆虫細胞、サッカロミセス・セレビジアなどで発現させて、酵素活性のある遺伝子産物を取得することは行われているが、報告によって得られた酵素活性にはばらつきがある。カスター種子やキリ種子のDGAT2を酵母に発現させた時は、そのミクロソーム膜でのDGAT活性は、20-50 pmol/min/mg proteinであった(非特許文献9、非特許文献10)。一方、モルティエレラ・ラマニアナ・バー・アングリスポラのDGAT2やサッカロミセス・セレビシェのDGA1遺伝子などを昆虫細胞に発現させた時のミクロソーム膜での活性は、30-200 nmol/min/mg protein というきわめて高い値を示している(非特許文献4、図5)が、同報告の別の実験では同じ条件で酵素活性が約100 pmol/min/mg proteinという低いピコモル単位の数値(非特許文献4、図7)であることから見て、上記高い活性値は単位の表記間違いの可能性もあり、少なくとも安定して高い活性が呈せられていないことが考えられる。他の報告でマウスのDGAT2を昆虫細胞に発現させた場合でも、そのミクロソーム膜の酵素活性は、約600 pmol/min/mg protein(発現していない場合の酵素活性は約200 pmol/min/mg protein)であって(非特許文献8)、やはり、ピコモルのオーダーを超えるものではない。そして、いずれの場合も、膜表面での酵素活性によりDGATの発現を確認したにとどまるものであって、これらの発現DGATが安定的に使用されたという報告も、さらに単離されて高い比活性をもつDGATが得られたという報告もない。
【特許文献1】国際公開2000/001713(WO00/001713)
【特許文献2】国際公開2000/004682(WO 02/04682)
【特許文献3】特開2006-042738
【非特許文献1】Lung, S.-C. and Weselake, R.J. Lipids, 41, 1073 (2006)
【非特許文献2】Coleman, R.A. and Lee, D.P. Prog. Lipid Res. 43, 134 (2004)
【非特許文献3】Cases, S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95, 13018 (1998)
【非特許文献4】Lardizabal, K. et al, J. Biol. Chem. 276, 38862 (2001)
【非特許文献5】Smith, S.J. et al, Nature Genetics 25, 87 (2000)
【非特許文献6】Stone, S.J. et al, J. Biol. Chem. 279, 11767 (2004)
【非特許文献7】Sandager, L. et al, J. Biol. Chem. 277, 6478 (2002)
【非特許文献8】Cases S. et al, J. Biol. Chem. 42, 38870 (2001)
【非特許文献9】Kroon, J.T.M. et al. Phytochemistry 67, 2541(2006)
【非特許文献10】Shockey, J.M. et al. Plant Cell, 18, 2294 (2006)
【非特許文献11】Nikawa, J. and Kawabata, M., Nucleic Acids Res. 26, 860 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、DGAT遺伝子を、高い酵素活性を有する状態で大量に発現させる方法、及び高い酵素活性を有する組換えDGATを提供することであり、また当該DGAT又は高濃度で高活性の組換えDGATを含む形質転換宿主(生存状態、破砕物もしくは培養液)を用いた、DGAT活性を活性化あるいは阻害する物質の探索を行うシステムを確立できるようにする点にある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、SNF2遺伝子を破壊した変異微生物を、DGAT遺伝子を発現させる宿主として用いることによって、発現させるDGAT遺伝子産物として、酵素活性が極めて高いDGATを大量に発現させることに成功した。
本発明者等は、先に、脂質合成を抑制する遺伝子として、トランスポゾン挿入変異により、サッカロミセス・セレビシェのSNF2遺伝子を同定し、この遺伝子を破壊することにより、この変異株の脂質生産性が向上することを見い出しており(特許文献2)、このSNF2遺伝子破壊株にサッカロミセス・セレビシェのDGAT遺伝子であるDGA1遺伝子を過剰発現させることで、脂質含量を30%程度まで増加させることができるという知見を得ていた(特願2006-31705)。これらの知見から、SNF2遺伝子破壊株においてDGAT活性が増加していることは予測されたものの、コントロールで用いたサッカロミセス・セレビシェの通常の野生株でDGA1遺伝子を過剰発現させた場合でも、すでに17%程度も脂質含量が増加していることからみて、SNF2遺伝子破壊株でDGAT活性が増加しているといっても、そのDGAT活性の増加程度は、野生株の場合に比べてたかだか数倍から10倍程度であると予想された。
しかしながら、実際にSNF2遺伝子破壊株におけるDGAT活性を測定したところ、数百倍程度という驚くべき酵素活性の増加が見られた。本発明は、SNF2遺伝子破壊株におけるDGAT活性が予想をはるかに越えて高いという知見に基づいてなされたものである。
また、DGAT蛋白質にタグペプチドをつけても、発現するDGAT遺伝子産物の高い酵素活性が失われないことを確認し、必要に応じて組換えDGATを容易に精製できることを見い出した。さらに、上記形質転換微生物中のDGATの酵素活性は、極めて高く安定しているので、酵素蛋白質をさらに濃縮、精製することなく破砕液のままでクリアな酵素活性が検出できることを見出し、組換えDGAT及びそれを含有する破砕液を用いたDGATの活性化物質又は阻害物質のスクリーニング系を確立して、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(7)に示す通りである。
[1] SNF2遺伝子あるいはそのオルトログ遺伝子が破壊または機能低下している宿主細胞に、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子が導入され、取得された当該形質転換体を培養して得られる組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
[2] 前記宿主細胞が、SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェであることを特徴とする、前記[1]に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
[3] 前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子が、サッカロミセス・セレビシェのDGA1遺伝子であることを特徴とする、前記[1]又は[2]に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
[4] SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、DGA1遺伝子が導入された形質転換体が、さらに、LEU2遺伝子も導入されていることを特徴とする、前記[3]に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
[5] 前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子の産物がタグペプチドをもつように改変されており、形質転換体を培養して得られた発現産物から、導入されたタグペプチドの性質によって均一に精製されたものであることを特徴とする、前記[1]〜[4]のいずれかに記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
[6] SNF2遺伝子あるいはそのオルトログ遺伝子が破壊または機能低下している宿主細胞に、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子を導入して形質転換し、当該形質転換体を培養して、得られた発現産物から組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼを取得することを特徴とする、組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
[7] SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、サッカロミセス・セレビシェ由来のDGA1遺伝子を導入して形質転換することを特徴とする、前記[6]に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
[8] 前記DGA1遺伝子を導入して形質転換する際に、さらにLEU2遺伝子も導入することを特徴とする、前記[7]に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
[9] 前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子の産物がタグペプチドをもつように改変されたものであり、形質転換体を培養して得られた発現産物から、導入されたタグペプチドの性質によって均一に精製する工程を含むことを特徴とする、前記[6]〜[8]のいずれかに記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
[10] 前記形質転換体を培養する際に、窒素源欠乏培地で培養することを特徴とする、前記[6]〜[9]のいずれかに記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
[11] 前記[1]〜[5]のいずれかに記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼを用いることを特徴とする、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの酵素活性を活性化する物質、又は阻害する物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、DGAT遺伝子を大量に、かつ高い酵素活性を有する状態で発現させる方法が提供でき、同時に、高い酵素活性を有する組換えDGATを提供することができた。また、精製前の形質転換宿主が高活性の組換えDGATを含んでいるので、組換えDGATと同様に、形質転換宿主またはその破砕液のまま用いても、DGAT酵素の活性化物質又は阻害物質を迅速にスクリーニングすることができ、簡便なスクリーニング法が提供できた。特に、DGAT阻害物質は、肥満や糖尿病などの疾患に対する創薬のターゲットとなることから、本発明は、肥満や糖尿病などの疾患用創薬の提供に繋がる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、主要な貯蔵脂質であるトリアシルグリセロールを合成する酵素であるDGAT遺伝子を、SNF2遺伝子あるいはそのオルトログを破壊あるいは機能低下させた宿主細胞で発現させて、酵素活性の高いDGAT蛋白質を取得するものである。
サッカロミセス・セレビシェのSNF2遺伝子は、原核生物、真核生物に広くオルトログが存在し、遺伝子DNAを包んでいるクロマチンを再構築させるという普遍的な機能をもっている。従って、SNF2遺伝子のオルトログを破壊したサッカロミセス・セレビシェ以外の微生物、又は動植物細胞を宿主とすることができる。これらの宿主細胞に対してDGAT遺伝子を導入して発現させた場合には、同様に、高い酵素活性の組換えDGATを得ることができる。
本発明において、SNF2遺伝子が破壊された変異体を取得する方法は、既に記載された方法(非特許文献11、特許文献3)等によって行うことができる。
例えば、マーカー遺伝子の両端に、破壊しようとする対象遺伝子の上流域、下流域の配列を付加したDNAを作成し、該DNAを用いて宿主を形質転換することにより、導入したDNAが、破壊しようとする遺伝子の上流と下流域部分で、相同的組み替えを起こし、対象遺伝子を破壊することができる。対象遺伝子が破壊された変異体は、マーカー遺伝子の発現による形質変化により識別できる。
本発明においては、その他の手法でも、遺伝子の機能を欠失あるいは低下させることができるものであれば使用可能である。これらには、上記破壊対象遺伝子を単離した後、適当な制限酵素で切断し、該切断部位にマーカー遺伝子を挿入して得た断片を用いて形質転換する方法、マーカー遺伝子を、破壊対象遺伝子の一部含むプラーマーを用いてPCRにより増幅し、形質転換する方法、あるいは突然変異剤などにより、ランダム変異を生じさせて、対象遺伝子が変異したものをスクリーニングする方法等がある。
【0009】
本発明で発現させるDGAT遺伝子は、サッカロミセス・セレビシェのDGA1遺伝子と相同性を有するDGAT2ファミリーに属する遺伝子であって、宿主である生物で発現可能なものであれば、どのような生物由来のものであっても利用可能である。発現させるDGAT遺伝子の由来となる生物は、発現する宿主細胞の由来生物と同一でもよいし、他の生物でもよい。発現のしやすさや、酵素活性の強さ、酵素の基質特異性などを検討して、至適のDGAT遺伝子を選択して使用すればよい。また、本発明のDGAT遺伝子とは、天然のDGAT遺伝子のみならず、そのフラグメント、塩基配列の1部を改変した核酸、または天然DGAT遺伝子の配列に由来するプライマー、プローブを用いて通常のハイブリダイズ条件で取得できる核酸であって、かつ、その発現産物が、天然DGATと同様のDGAT活性を有する蛋白質である場合は包含される。
【0010】
本発明におけるDGAT遺伝子の発現手法は、染色体外で複製するプラスミド等のベクター中に組み込んで行っても、染色体内に組み込まれるベクター中に組み込んで行ってもよい。リポソーム法などのDGAT遺伝子を直接導入する方法を用いることもできる。
また、DGA1遺伝子が挿入されたベクターを用いて、サッカロミセス・セレビシェを形質転換してDGA1遺伝子を発現させる場合、同時にLEU2遺伝子を発現していた方が脂質含量が高いことが知られているので(特願2006-31705)、LEU2遺伝子も同時に加えて形質転換を行うことが好ましい。
【0011】
本発明において発現される高い酵素活性をもったDGATは、発現された生物の破砕液そのもの(または、細胞培養液)でも容易に検出できるために、活性測定のためにさらに細胞分画を行って膜画分を調製したり、さらに界面活性剤による可溶化や精製を行わなくてもよい。そのため、さまざまな生物由来のDGATの酵素活性に対する影響を検討するような化合物のスクリーニングにおいては、手間をかけずにスクリーニングを確立できる。
本発明において発現される高い酵素活性をもった組換えDGATは、タグペプチドを付けて容易に精製できるようにしても、高い酵素活性を保持している。タグペプチドは、6xHis、GST(グルタチオンSトランスフェラーゼ)、FLAG、マルトース結合蛋白質などがあり、酵素活性に影響を与える位置に付与しないかぎりいずれも用いてもよい。タグペプチドの付いた組換えDGATは、界面活性剤による可溶化後、それぞれのタグペプチドを特異的に認識するアフィニティーカラムによって容易に均一に精製できる。したがって、得られた形質転換体を大量培養することで、容易に酵素活性の高い組換えDGATを、大量に精製された状態で得ることができる。このようなDGATの標品は、通常用いられる放射性同位元素を用いた感度の高い測定法でなく、分光学的な方法でも測定が可能であり、かつ夾雑物が少ないため非特異的な影響を最小限に排除できるため、DGAT活性を活性化あるいは阻害する物質のハイスループットスクリーニングにも使用可能である。
【0012】
そして、本発明において得られた組換えDGATは、公知のDGA1遺伝子の発現産物であることからアミノ酸配列レベルでは,天然の酵母DGATと同一であると考えられるが、従来DGAT活性として認識されていた活性値から予測できないほどのきわめて高い活性を呈していることからみて、発現後修飾を受けた新規な蛋白質である蓋然性が高い。すなわち、SNF2遺伝子破壊酵母という宿主細胞内での環境により、糖鎖付加、又はリン酸基付加などの何らかの修飾を受けあるいは修飾が解除され、新規で優れた酵素蛋白質を提供できたものであると考えられる。後述のように、少なくとも天然DGATとして認識されていた蛋白質とは区別される、新規な組換えDGATを提供したものであるか、または少なくとも、新規な組換えDGAT組成物を提供したものであるといえる。SNF2遺伝子のオルトログ遺伝子が破壊された他の微生物又は動植物細胞においても、同様の環境を提供できるといえるから、当該微生物又は動植物細胞の形質転換体で発現されたDGAT蛋白質も同様に酵素活性の高い改変体が得られる。
【0013】
本発明において、DGAT遺伝子を発現させた形質転換体を培養するためには通常の形質転換細胞用培養液又培地を用いることができる。たとえば、形質転換酵母の場合であれば、後述の実施例に挙げたようなSD培地(グルコースを炭素源とし、イーストナイトロジェンベースを窒素源とし、要求栄養素を加えた培地)を用いることができるが、培地の炭素源、窒素源の種類、培養温度、培養時間などについては、酵素活性が高い組換えDGATを大量に得るのに最適な条件を適宜選択することができる。これらの条件としては、培地の窒素源の量が重要で、微生物の生育可能な範囲で窒素源欠乏培地を使用すれば、微生物の脂質含量の増加とともに酵素活性の高い組換えDGATの発現量も大幅に増加させることができる。
以下に、本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0014】
[実施例1]
DGAT遺伝子を出芽酵母サッカロミセス・セレビシェSNF2遺伝子破壊株に発現させることによる酵素活性の高い組換えDGATの取得
出芽酵母サッカロミセス・セレビシェSNF2遺伝子の変異株(BY4741Δsnf2株)(Mat a leu2Δ0 his3Δ1 ura3Δ0 met15Δ0 SNF2::kanMX)(インビトロジェン社製)あるいは野生株(BY4741株)(Mat a leu2Δ0 his3Δ1 ura3Δ0 met15Δ0) (インビトロジェン社製)を宿主として用いた。発現させるDGAT遺伝子は、サッカロミセス・セレビシェ自身のDGAT遺伝子であるDGA1を用いた。DGA1は、サッカロミセス・セレビシェのゲノムDNAを鋳型とし、表1のDGA1用のプライマーを用いたPCRによって増幅して取得した。このプライマーは、既に決定されているゲノムDNA配列にもとづいて、遺伝子全長を増幅できるように設計され、その末端に制限酵素SacI認識部位とXbaI認識部位を含んでいる。この時のPCR増幅条件は、0.4 units KOD plus polymerase (Toyobo社製)、0.2 mM dNTP mixture、0.5 μM プライマー、10 ng サッカロミセス・セレビシェのゲノムDNAを、1 mM MgCl2を含む添付の緩衝液中で反応させた(全反応液 20 μl)。増幅条件は、94℃で2分間反応させた後、94℃(15秒間)/55℃(30秒間)/68℃(90秒間)を1サイクルとして25回くり返すことで行った。反応液は、0.7%アガロースゲル電気泳動にかけ、エチジウムブロマイド染色後、紫外線照射して、予期したサイズの単一バンドが得られたことを確認した。増幅したDGA1は、PCR purification kit (キアゲン社製)により、プライマーなどを除いて、精製した。FAA3についても同様にPCRによって増幅して取得した。ただし、1.2 mM MgCl2を用い、増幅サイクルは、94℃(15秒間)/60℃(30秒間)/68℃(120秒間)を用いた。
【表1】

【0015】
得られたDGA1遺伝子は、SacI、XbaI(ニッポンジーン社製)により制限酵素処理を行って、両端がSacI切断による粘着性末端及びXbaI切断による粘着性末端を作成する。ベクターとして、pL1091-5 (2μmを複製開始部位とするマルチコピーベクターで、インサート遺伝子の発現にグルコース培地で高発現のADH1プロモーターをもち、酵母での選択マーカーとしてURA3遺伝子を持ち、大腸菌での選択マーカーとしてアンピシリン耐性遺伝子をもつベクター)を用い、これらも同様にSacI、XbaIで切断した。
インサート、ベクターともにPCR purification kitにより、制限酵素で切断された低分子のオリゴヌクレオチドを除いた後、ライゲーションによりインサート遺伝子をベクターに組み込んだ。ライゲーションは、ベクター:インサート比が1/1〜1/10程度になるように混合し、Ligation high (Toyobo社製)を用いて16℃で1時間-3時間反応させて行った。
ライゲーションしたベクターの大腸菌への形質転換は、大腸菌JM109株コンピテントセル(ECOS、ニッポンジーン社製)を用いて行った。ライゲーション反応液をコンピテントセルに加え、氷中で5分間インキュベートした後、42℃45秒の熱ショックを加え、アンピシリンを含むLB寒天培地にまいて、37℃で1晩培養後のアンピシリン耐性のコロニーの有無を確認した。アンピシリンを含む培地で生育したコロニーは、アンピシリン耐性遺伝子のあるベクターで形質転換した大腸菌と考えられる。
得られたコロニーのうち、インサート遺伝子のはいったベクターを検出するために、コロニーPCRを行った。このPCRのプライマー(pVT100L-5’及びpVT100L-3’)は、ADH1プロモーターとターミネーターの配列から設計し(表1)、ADH1プロモーターとターミネーターの間のマルチクローニングサイトへのインサート遺伝子の挿入を、そのサイズに相当するバンドの増幅によって確認できる。この時のPCR溶液は、1 unit Ex Taq (Takara社製)、0.2 mM dNTP mixture、0.5μM プライマーを添付の緩衝液に懸濁したものに、コロニーを突き刺した竹串の先端をすすいで調製した(全反応液20μl)。増幅は、95℃で1分間反応させた後、95℃(30秒間)/48℃(30秒間)/72℃(2分間)を1サイクルとして25回くり返すことで行った。
インサート遺伝子のはいったベクターで形質転換されていた大腸菌は、シングルコロニーにした後、アンピシリンを添加したLB培地中で37℃で一晩培養した。得られた大腸菌に含まれるベクターを、プラスミド抽出キット(QIAprep Spin Miniprep Kit, キアゲン社製)を用いて精製した。精製したベクターは、各種の制限酵素によって処理を行い、目的のインサート遺伝子が正しい方向に挿入されていることを確認した。また、得られたプラスミドにDGA1遺伝子配列が正しく組み込まれてことは、インサート領域のDNA配列を決定して確認した。配列決定には、Thermo Sequenase Cy5.5 dye terminator cycle sequencing kit(ベリタス社製)を用いて蛍光ラベルを行い、Long-Read Tower DNAシークエンサー(ベリタス社製)を使用して塩基配列を決定した。
【0016】
DGA1遺伝子が挿入されたベクター(pL1091-5/DGA1)を用いて、サッカロミセス・セレビシェBY4741野生株及びΔsnf2株を形質転換した。その際、同時に脂質含量を高める作用のあるLEU2遺伝子(特願2006-31705)も加えて形質転換を行った。具体的には、pL1091-5の選択マーカーのURA3遺伝子をLEU2遺伝子に変化させたベクターであるpL1177-2を用いた。また、同様に、脂質含量を高める作用が見出されているFAA3遺伝子(アシルCoA合成酵素遺伝子の1種)(特願2006-31705)を挿入したベクター(pL1177-2/FAA3)もpL1177-2の代わりに形質転換に用いた。コントロールとして、DGA1遺伝子を含まないpL1091-5を用いた組み合わせも用いた。形質転換は、酵母形質転換キット(S.c. EasyComp Transformation Kit, インビトロジェン社製)を用いて行った。マーカー遺伝子により合成が可能になる栄養素(ウラシル及びロイシン)を含まないSD寒天培地(20 g/l グルコース、6.7 g/l yeast nitrogen base w/o amino acids、20 mg/lヒスチジン、20 mg/lメチオニン、20 g/l 寒天を加えた培地)で増殖してくるコロニーを取得し、シングルコロニーを形質転換株として用いた。
得られた形質転換株は、液体培地中で30℃、120rpmのロータリーシェーカーで培養した。培地は、SD窒素源欠乏培地(NLSD)(20 g/l グルコース、1.7 g/l yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate、1 g/l ammonium sulfate、20 mg/lヒスチジン、20 mg/lメチオニンを含む培地)を用いた。培養は、4日間、7日間行った。
培養後、菌体を遠心分離(3000rpm, 5分)によって沈降させ、4℃で菌体破砕用緩衝液(10 mM Tris-HCl (pH 7.4), 0.25M ショ糖, 0.15 M KCl, 1 mM EDTA)にて洗浄して遠心分離を行った後、菌体を破砕した。菌体の破砕は、ブラウン社製のMSKホモジナイザーを用い、ガラスビーズ(直径0.45-0.5 mm)を加えて炭酸ガスで冷却しながら30秒間運転して行った。菌体破砕後の溶液を遠心分離(3000rpm, 5分)し、その上清をホモジネート液として取得した。
【0017】
ホモジネート中のDGAT活性は、既に報告された方法に基づいて行った(Kamisaka, Y. et al. Lipids, 28, 583-587 (1993))。反応液として、10 mM リン酸緩衝液(pH 7.0), 0.15 M KCl, 3.4 μM (0.2 μCi/ml) [1-14C]oleoyl-CoA, 1 mM 1,2-diolein, 0.1% Triton X-100に適当量のホモジネートを加えて、液量を100 μlとし、30℃で5分間反応させた。反応後は、3 mlクロロホルム/メタノール(1:2)を加え、室温で1時間程度放置して脂質を抽出させた。その後、1 ml クロロホルムと1 ml 水を加えて、二相分配を行わせ、下層のクロロホルム層を分取して窒素ガスで濃縮した。この脂質抽出液をシリカゲル60TLCプレート(メルク社製)にアプライし、ヘキサン/ジエチルエーテル/酢酸(80:40:1)を展開溶媒として脂質の分離を行った。DGAT活性によって[1-14C]oleoyl-CoAが1,2-dioleoinに転移して合成される14C-trioleinのスポットをかきとって、シンチレーションカクテルを加え、シンチレーションカウンター(アロカ社製)にて放射活性を測定し、酵素活性を算出した。
その結果、表2のようにΔsnf2株にDGA1遺伝子を過剰発現することによって、野生株にDGA1遺伝子を過剰発現する場合の500〜700倍程度のDGAT活性の増加が見られた。この増加は、Δsnf2株にDGA1遺伝子を過剰発現することによる脂質含量の増加から予想されるよりもはるかに顕著なものであった。このDGAT活性の増加は、培養4日目、7日目のホモジネートでも大きな相違はなく、また形質転換に用いるベクターをpL1177-2の代わりにpL1177-2/FAA3にしても大きな相違はなかった。また、Δsnf2株をDGA1遺伝子を含まないコントロールベクターのみで形質転換した場合にも、形質転換しない場合に比べて若干のDGAT活性の増加はみられたが、この時の活性と比較しても、DGA1遺伝子の過剰発現によって200倍以上の活性の増加が見られた。また、検出されたDGAT活性は、ホモジネートを-80℃に保存しておくことによって、少なくとも6ヶ月間は大きな活性の低下がなく、また少なくとも3−4回の凍結融解によっては大きな活性の低下がないことから、非常に安定なものと考えられた。
以上の結果より、Δsnf2株にDGA1遺伝子を過剰発現することによって、その遺伝子産物であるDGAT活性が顕著に増加した菌株破砕液(ホモジネート)を得ることができた。
【表2】

【0018】
[実施例2]
タグペプチド付きで発現された酵素活性の高い組換えDGATの取得
DGA1遺伝子産物にタグペプチドを付与して、出芽酵母サッカロミセス・セレビシェのSNF2遺伝子破壊株に発現させた時に、高いDGAT活性を保持しているかどうかを検討した。蛋白質にタグペプチドが付与されていれば、タグペプチドを特異的に認識するカラムなどを用いて、容易にタグペプチド付与蛋白質を精製することができる。
本実験では、タグペプチドとして一般的なヒスチジンタグ(6xHis)を付与することとし、6xHisを有するベクターであるpYES2/NTC(インビトロジェン社製)に、DGA1遺伝子を組み込んでN末端側に6xHisが存在するような蛋白質を発現するDNAコンストラクトをクローニングした。この場合のDGA1遺伝子も出芽酵母のゲノムDNAよりPCRにより増幅して取得したが、実施例1の場合と異なり、DGA1p ORFの最初のメチオニンから始まるようなコンストラクトを作成する必要から(DGA1遺伝子の開始コドンのすぐ前にストップコドンがあり、実施例1のプライマーを用いたPCR産物では6xHisに続いてDGA1pが翻訳されない。)、別の組み合わせのプライマー(DGA1-3, DGA1-2)を用いた(表1)。これらのプライマーは、それぞれEcoRI認識部位とXbaI認識部位を有しており、このプライマーで増幅されたコンストラクトのDGA1遺伝子より3’末端側にEcoRI認識部位を含むため、このコンストラクトをEcoRIで処理すると両端にEcoRI切断による粘着性末端が作成された。
ベクターであるpYES2/NTCもEcoRIで処理して、両端にEcoRI切断による粘着性末端が作成し、アルカリフォスファターゼ(TSAP、プロメガ社製)で脱リン酸し、PCR purification kitにより、制限酵素で切断された低分子のオリゴヌクレオチドを除いた後、ライゲーションによりインサート遺伝子をベクターに組み込んだ。ライゲーションは、ベクター:インサート比が1/1〜1/10程度になるように混合し、Ligation high (Toyobo社製)を用いて16℃で1時間-3時間反応させて行った。ライゲーション後、実施例1で述べたような方法で大腸菌を形質転換し、6xHis付き DGA1を含むベクターをクローニングした。この場合には、DGA1の挿入の仕方は2通りあるが、6xHisにDGA1の5’領域が続くように挿入したベクターを制限酵素処理によって確認して取得した。また、この領域は塩基配列を決定して蛋白質への翻訳の読み枠が予定通りであることは確認した。
取得した6xHis付き DGA1を含むベクターは、HindIIIとNotIで酵素処理し、6xHis付き
DGA1の領域を切り出し、HindIIIとNotIで酵素処理したpL1091-5とライゲーションを行い、大腸菌を形質転換して、pL1091-5に6xHis付き DGA1が挿入されたベクターをクローニングした。精製したベクターは、各種の制限酵素によって処理を行い、6xHis付き DGA1が正しく挿入されていることを確認した。
6xHis付き DGA1が挿入されたベクター(pL1091-5/DGA1(6xHis))を用いた、サッカロミセス・セレビシェBY4741野生株及びΔsnf2株の形質転換は、実施例1でのpL1091-5/DGA1による形質転換と同様に行った。得られた形質転換株の培養、菌体の破砕、ホモジネートのDGAT活性の測定も実施例1と同様に行った。その結果、6xHis付き DGA1の過剰発現でも、6xHisがないDGA1の過剰発現の場合と同様に、野生株でのDGAT活性は低く、Δsnf2株でのDGAT活性は顕著に高いことが見い出された(表3)。ただし、培養4日目のホモジネートの活性は、6xHisがない場合より30-40%程度増加しているのに対し、培養7日目のホモジネートの活性は、6xHisがない場合の50-60%程度に減少した。6xHisが付与されたことによって、細胞内での代謝速度などが若干変化したものと思われるが、詳細は不明である。しかし、若干の活性の変動はあるが、6xHisの付与に関わらず、Δsnf2株にDGA1遺伝子を発現すれば、顕著に高いDGAT活性が検出されることが確認できた。
【表3】

【0019】
次に、6xHis付き DGA1を過剰発現した時の蛋白質としての発現量を、6xHisに対する抗体を用いて検討した。6xHis付き DGA1を過剰発現した野生株、Δsnf2株のホモジネートを、12.5% SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)にアプライし、200Vで40分程度泳動した。泳動後、ゲルをPVDF膜(Hybond-P, GEヘルスケア社製)にブロッティングし、10%スキンミルクで膜をブロッキングした後、マウス抗6xHis抗体(GEヘルスケア社製、1:2000希釈)を加えて1時間インキュベーションした。インキュベーション後、膜を3回洗浄し、ぺルオキシダーゼ標識ヒツジ抗マウス抗体(GEヘルスケア社製、1:2000希釈)で1時間インキュベーションした。インキュベーション後、膜を3回洗浄し、化学発光検出試薬(ECL、GEヘルスケア社製)を加えて、6xHis付与DGA1pに相当するバンドで生じた化学発光をイメージアナライザー(LAS1000plus、富士フィルム社製)で検出した。
その結果、野生株に発現した場合とΔsnf2株に発現した場合とで、細胞の全蛋白質あたりに発現されるDGA1蛋白質の量(50kDa付近のバンド)は基本的には同程度であることが見い出された(図1)。実際に、各バンドを定量してみると、Δsnf2株をpL1091-5/DGA1(6xHis) pL1177-2で形質転換した株の4日目のホモジネートが他の50%程度の量であるのと、Δsnf2株をpL1091-5/DGA1(6xHis) pL1177-2/FAA3で形質転換した株の7日目のホモジネートが他の2倍程度の量であるのを除けば、ほぼ同じであった。すなわち、野生株とΔsnf2株でのDGAT活性の100倍以上の相違は、蛋白質の発現量の2倍前後の相違では説明できない。明らかに得られた組換えDGAT自体の性質に基づくものであり、きわめて高い酵素活性を有する新規な組換えDGATが提供された可能性が高いものである。なお、細胞の全蛋白質あたりのDGA1蛋白質の量は野生株とΔsnf2株で上記のように同程度であるが、Δsnf2株では野生株に比べて増殖も高く、含まれる全蛋白質量も多いことから、同じ培養液あたりでのDGA1蛋白質の量は、DGA1を発現したΔsnf2株のほうが、DGA1を発現した野生株よりも数倍程度高かった。
【0020】
一方、分子量から予想される50kDa以外にもいくつかマイナーなバンドが認められたが、それらの出現パターンは野生株とΔsnf2株で異なっていた。例えば、野生株では20kDa付近のバンドが共通して検出されたが、Δsnf2株では認められなかった。逆に、Δsnf2株の4日目のホモジネートでは、25kDa付近に複数のバンドが検出されたが、野生株では認められなかった。このようなマイナーなバンドの存在が、酵素活性の顕著な相違に影響を与えている可能性も否定できないので、以下、以上の結果をもとに本願のきわめて高いDGAT活性の原因について考察する。
まず、最も高い可能性は、上述のごとくΔsnf2株で発現されたDGAT蛋白質の翻訳後修飾の程度が変化した可能性である。リン酸化、糖鎖付加、脂肪酸付加などの修飾によって、酵素活性が変化することもよく知られているので、このような特定の翻訳後修飾をうけた(あるいは修飾が解除された)蛋白質分子種であり、そのことで酵素活性が顕著に高まったと考えられる。その場合は、得られた発現産物は、天然のDGAT蛋白質とはアミノ酸配列は同一であっても当該アミノ酸配列の鎖を修飾する基が異なっているので、化学物質としては従来のものとは別異の物質であり、きわめて高い酵素活性を有する新規蛋白質を提供したことになる。
他の可能性としては、発現される蛋白質については修飾も含めて野生株とΔsnf2株で変化はなく蛋白質としては同一であるが、SNF2遺伝子を破壊したΔsnf2株内の環境下では、活性化因子が増加した、あるいは阻害因子が減少したという可能性が考えられる。上記図1によると、野生株で発現させた場合と、SNF2破壊株で発現させた場合とでは、マイナーバンドの位置が若干異なっているので、これらバンドが活性化作用または阻害作用を有するDGAT遺伝子産物の分解物やその再結合物に相当する可能性が考えられる。後者の場合は、上記図1で野生型には存在し、本願のDGAT蛋白質から消失したバンドが強力な阻害因子であり、従来当該阻害因子も含めてDGAT蛋白質と認識されていたのに対し、本発明ではその阻害因子の産生が抑えられた結果、本来のDGAT蛋白質の活性を示したという可能性である。しかし、従来膜表面などで確認された天然DGATの酵素活性が概ね低レベルであったこと、または安定して高活性を呈した例がないことからみて、天然DGATの発現環境でも同様なもしくは別異の阻害因子が存在していたことになるので、本発明でこれら阻害因子の産生が抑えられた結果、高活性組換えDGATが得られたのであれば、結局、従来阻害因子も含めて「DGAT」として認識されていた低活性の蛋白質とは、別異の「DGAT」蛋白質を提供できたことになり、新規蛋白質を提供したということができる。
なお、最後の可能性として、上記図1でΔsnf2株で新たに出現した25kDaのバンドが、組換えDGATの強力な活性化因子であったという可能性を考えることができる。しかしながら、図1によれば、この25kDaのバンドは、4日培養株で強く発現しており、7日培養株ではほとんど存在していない。そうであるにもかかわらず、4日培養株であっても7日培養株であっても、その組換えDGATの酵素活性の高さはほとんど変わらない。そうしてみると、当該25kDaのバンドが強力な活性化因子であるという可能性はないといえる。
したがって、いずれにしても、本願発明は、高い酵素活性を有する新規な組換えDGATを提供したものであり、同時に、発現産物として組換えDGATを含む培養液、微生物菌体ホモジネート,などのきわめて高い酵素活性を有する新規な蛋白質組成物を提供したものでもある。そして、精製したDGAT蛋白質組成物はもちろんのこと、微生物菌体ホモジネート又は培養液の状態であっても、安定して高い活性を有していることから、直接DGAT活性の阻害物質もしくは活性化物質のスクリーニング方法に用いることができる。
【0021】
[実施例3]
酵素活性の高い組換えDGATを用いたDGAT活性を阻害する化合物のスクリーニング
実施例1で取得した酵素活性の高い組換えDGATを含むホモジネートを用いて、活性を阻害する化合物のスクリーニング系を構築した。ホモジネートとしては、Δsnf2株をpL1091-5/DGA1と pL1177-2で形質転換した株を7日間培養した時のものを用い、実施例1で示したような[1-14C]oleoyl-CoAを用いた測定法でDGATの活性を測定した。化合物としては、スパイスに含まれるもので脂質蓄積性のリポミセス酵母の脂質蓄積とリピッドボディ形成を阻害することが見い出されたオイゲノールとピペリン(Kimura et al J. Agric. Food Chem. 54, 3529 (2006))を用いた。その結果、オイゲノールとピペリンともにホモジネートのDGAT活性を阻害することが見い出され(表4)、本発明で調製された酵素活性の高い組換えDGATを用いてDGAT活性を阻害する化合物がスクリーニングできることが確認された。
【表4】

【0022】
DGATは、主要な貯蔵脂質であるトリアシルグリセロールの主要な合成酵素であり、貯蔵脂質の蓄積が肥満や糖尿病などの疾患の病因の1つであることを勘案すると、DGATの阻害剤は、これらの疾患に対する創薬のためのターゲットとして有望である。本発明により使用可能になった高い酵素活性のDGAT蛋白質を用いることによって、これらの疾患の創薬となりうるDGATの阻害剤を、さまざまな生物由来のDGATを用いて迅速にスクリーニングできるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】6×His付与DGA1遺伝子を過剰発現させたBY4741形質転換株のホモジネートにおける組換えDGATの発現量。 BY4741野生株、Δsnf2株をpL1091-5/DGA1(6×His)とpL1177-2(図中の+DGA1)あるいはpL1091-5/DGA1(6×His)とpL1177-2/FAA3(図中の+DGA1, FAA3)で形質転換した株を4日、7日培養したときのホモジネート(2μg蛋白質)を電気泳動し、抗6×His抗体で6×His付与DGA1蛋白質を検出。50kDa付近のバンドが6×His付与DGA1蛋白質に相当。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SNF2遺伝子あるいはそのオルトログ遺伝子が破壊または機能低下している宿主細胞に、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子が導入され、取得された当該形質転換体を培養して得られる組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
【請求項2】
前記宿主細胞が、SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェであることを特徴とする、請求項1に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
【請求項3】
前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子が、サッカロミセス・セレビシェのDGA1遺伝子であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
【請求項4】
SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、DGA1遺伝子が導入された形質転換体が、さらに、LEU2遺伝子も導入されていることを特徴とする、請求項3に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
【請求項5】
前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子の産物がタグペプチドをもつように改変されており、形質転換体を培養して得られた発現産物から、導入されたタグペプチドの性質によって均一に精製されたものであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ。
【請求項6】
SNF2遺伝子あるいはそのオルトログ遺伝子が破壊または機能低下している宿主細胞に、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子を導入して形質転換し、当該形質転換体を培養して、得られた発現産物から組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼを取得することを特徴とする、組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
【請求項7】
SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、サッカロミセス・セレビシェ由来のDGA1遺伝子を導入して形質転換することを特徴とする、請求項6に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
【請求項8】
前記DGA1遺伝子を導入して形質転換する際に、さらにLEU2遺伝子も導入することを特徴とする、請求項7に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
【請求項9】
前記ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子の産物がタグペプチドをもつように改変されたものであり、形質転換体を培養して得られた発現産物から、導入されたタグペプチドの性質によって均一に精製する工程を含むことを特徴とする、請求項6〜8のいずれか1項に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
【請求項10】
前記形質転換体を培養する際に、窒素源欠乏培地で培養することを特徴とする、請求項6〜9のいずれか1項に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの製造方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の組換えジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼを用いることを特徴とする、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの酵素活性を活性化する物質、又は阻害する物質のスクリーニング方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−38991(P2009−38991A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−204775(P2007−204775)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】