説明

高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法

【課題】炭化水素系高分子電解質膜と、当該電解質膜に接合した電極層とを備える高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法であって、製造時における高分子電解質膜の寸法変化およびシワの発生が抑制されるとともに、高分子電解質膜と電極層との接合状態が良好であり、高い発電特性を示す膜電極接合体を提供する。
【解決手段】電極層の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布し、電極層における前記溶液の塗布面に、当該溶液が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる、あるいは転写基板の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布して塗布膜を形成し、電極層の表面に、前記塗布膜を、当該膜が完全に乾燥する前に転写し、電極層における前記塗布膜の転写面に、当該膜が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質型燃料電池(PEFC)用の膜電極接合体(MEA)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、次世代のエネルギー源として燃料電池が脚光を浴びている。特に、プロトン伝導性を有する高分子膜を電解質に用いたPEFCは、エネルギー密度が高く、家庭用コージェネレーションシステム、携帯機器用電源、自動車用電源などの幅広い分野での使用が期待される。
【0003】
電解質膜に用いる高分子として、パーフルオロカーボンスルホン酸(例えば、デュポン製「ナフィオン(登録商標)」)が一般的である。パーフルオロカーボンスルホン酸からなる膜は化学的な耐久性に優れるが、原料となるフッ素樹脂は汎用品ではなく、その合成過程も複雑であることから非常に高価である。電解質膜が高価であることは、PEFCの実用化に対する大きな障害となる。また、PEFCの一種に、メタノールを含む溶液を燃料に使用するダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)があるが、パーフルオロカーボンスルホン酸からなる電解質膜はメタノールを透過しやすく、DMFCへの使用では高い発電特性が得られないことが知られている。このような状況を背景に、現在、炭化水素系高分子電解質膜、例えばオレフィン樹脂の基体に、スチレンスルホン酸などのプロトン伝導性を有する側鎖をグラフト重合させたグラフト膜、あるいはプロトン伝導性基であるスルホン酸基を分子構造内に導入したポリイミド膜など、の開発が進められている。炭化水素系高分子電解質膜の使用により、低コストPEFCの実現ならびにDMFCにおける高い発電特性の実現が期待できる。
【0004】
ところで、燃料電池の発電要素は、一般に、高分子電解質膜と、当該膜を挟持するように配置された一対の電極層(アノード電極層およびカソード電極層)とが互いに接合した構造を有する。セパレータから供給された燃料および酸化剤は、拡散層を通してアノード電極層およびカソード電極層にそれぞれ供給され、高分子電解質膜によるプロトンの授受を伴った各電極層における電気化学反応の進行により、発電が行われる。この発電要素は、膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)と呼ばれ、高い発電特性を得るためには、MEAを構成する高分子電解質膜−電極層間の接合が良好であることが重要である。なお、拡散層は、電極層における電解質膜との接合面とは反対側の面に配置されるが、単に配置されているだけでも、電極層と接合されていてもよい。電極層と拡散層との接合体は、一般に拡散電極と呼ばれる。電解質膜と、当該膜を挟持するとともに電極層が当該膜に接するように配置された一対の拡散電極(アノード拡散電極およびカソード拡散電極)との接合体も、MEAに含まれる。
【0005】
MEAの製造方法として、例えば、以下の方法がある:(1)高分子電解質膜をそのガラス転移温度以上に加熱して膜表面を軟化させた状態で、別途形成した電極層または拡散電極を熱圧着させる方法(ホットプレス法);(2)電解質膜の表面に触媒インクを塗布または転写して電極層を形成する方法。
【0006】
方法(1)では、ホットプレス時における急激な温度変化によって、高分子電解質膜に寸法変化およびシワが生じやすい。高分子電解質膜は運転時の加湿により膨潤するため、このような寸法変化およびシワは、電解質膜と電極層との剥がれ、即ち両者の接合が悪くなることによる発電特性の低下につながる。また、炭化水素系高分子電解質膜は、一般に、パーフルオロカーボンスルホン酸膜に比べてガラス転移温度が高いために剛直であり、ホットプレスにはより高い温度が必要となる。即ち、炭化水素系高分子電解質膜では、MEA作製時のホットプレス条件が過酷となるために、このような問題が特に生じやすい。燃料が液体であるDMFCでは、過酷なホットプレス条件によって電極層における燃料のパスが閉塞し、発電特性が低下するという問題もある。
【0007】
一方、方法(2)では、電極層の組成や厚さが不均一となったり、インクに含まれる成分によって高分子電解質膜にシワが発生したりすることを防ぐために、高分子電解質膜の種類に応じて、インクに含まれる成分の調整やインクの塗布方法の選択を厳密に行う必要がある。しかし、炭化水素系高分子電解質膜の種類は多様であるため、これらの調整や選択が難しいことが多く、方法(2)は、炭化水素系電解質膜を備えるMEAの製造方法として必ずしも適していない。
【0008】
特開2004-186143号公報には、スルホン化ポリアリーレン系ポリマーからなる高分子電解質膜を備えるMEAの製造方法として、溶液から高分子電解質膜を形成するとともに、膜全体に含まれる溶媒を乾燥によって0.5重量%以下とした後に、電極層を熱圧着させる方法が開示されており、この方法により、熱圧着時における電解質膜の寸法変化を抑制できることが記載されている。
【0009】
特開2004-193109号公報には、スルホン化ポリアリーレン系ポリマーからなる高分子電解質膜を備えるMEAの製造方法として、支持体上への触媒ペーストの塗布によって電極層を形成するとともに、電極層全体に含まれる溶媒を乾燥によって20重量%以下とした後に、高分子電解質膜と熱圧着させる方法が開示されており、この方法により、熱圧着時のプレス圧を低下でき、ホットプレス条件を緩和できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004-186143号公報
【特許文献2】特開2004-193109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、炭化水素系高分子電解質膜と、当該電解質膜に接合した電極層とを備える高分子電解質型燃料電池(PEFC)用膜電極接合体(MEA)の製造方法であって、製造時における高分子電解質膜の寸法変化およびシワの発生が抑制されるとともに、高分子電解質膜と電極層との接合状態が良好であり、高い発電特性を示すPEFC用MEAの製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のPEFC用MEAの製造方法(第1の方法)は、炭化水素系高分子電解質膜と、前記電解質膜に接合した電極層とを備える、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法であって、電極層の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布し、前記電極層における前記溶液の塗布面に、当該溶液が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる方法である。
【0013】
本発明の製造方法では、バインダー樹脂を含む溶液を、電極層の表面に塗布するのではなく、一度転写基板の表面に塗布した後に、転写基板上に形成されたバインダー樹脂を含む塗布膜を、電極層の表面に転写してもよい。この側面から見た本発明のPEFC用MEAの製造方法(第2の方法)は、炭化水素系高分子電解質膜と、前記電解質膜に接合した電極層とを備える、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法であって、転写基板の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布して塗布膜を形成し、電極層の表面に前記塗布膜を、当該膜が完全に乾燥する前に転写し、前記電極層における前記塗布膜の転写面に、当該膜が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を電極層の表面に塗布するか、あるいは転写基板を用いて塗布膜として電極層の表面に転写した後、当該溶液(塗布膜)が完全に乾燥する前に、電極層と炭化水素系高分子電解質膜とを接合している。この方法では、電極層の表面に塗布した(塗布膜として転写した)バインダー樹脂が、電極層と電解質膜とを強く結合させ、両者の接合に大きく寄与する。このため、パーフルオロカーボンスルホン酸に比べてガラス転移温度が高く、剛直な炭化水素系高分子からなる電解質膜(炭化水素系高分子電解質膜)においても、電極層との接合温度をホットプレス法に比べて大きく低下でき、ホットプレス法で顕著であった電解質膜の寸法変化やシワの発生が抑制されるとともに、良好な高分子電解質膜−電極層間の接合状態が実現され、高い発電特性が得られる。
【0015】
なお、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液は、電極層の表面に塗布するか、あるいは転写基板を用いて塗布膜として電極層の表面に転写することが重要である。当該溶液を炭化水素系高分子電解質膜の表面に塗布したり、転写基板を用いて塗布膜として炭化水素系高分子電解質膜の表面に転写した場合、このような効果が得られない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の製造方法の一例を模式的に示す工程図である。
【図2】本発明の製造方法の別の一例を模式的に示す工程図である。
【図3】本発明の膜電極接合体を用いた高分子電解質型燃料電池の一例を模式的に示す断面図である。
【図4】実施例1、2および比較例1において作製した燃料電池セルの内部抵抗(iR)特性を示す図である。
【図5】実施例1、2および比較例1において作製した燃料電池セルの発電特性(I−V特性)を示す図である。
【図6】実施例3および比較例2、3において作製した燃料電池セルの発電特性(I−V特性)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1の製造方法)
第1の製造方法の一例を、図1を参照しながら説明する。
【0018】
最初に、アノード電極層(アノード触媒層)11aと拡散層12とが接合した構造を有するアノード拡散電極13aにおける電極層11aの表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂の溶液14を塗布する(図1(a))。これとは別に、カソード電極層(カソード触媒層)11cと拡散層12とが接合した構造を有するカソード拡散電極13cにおける電極層11cの表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂の溶液14を塗布すする(図1(b))。電極層11a、11cは、電子、プロトンならびに燃料ガスまたは酸化剤ガスを伝達する三相界面が形成された多孔質構造を有しており、塗布した溶液14は電極層11a、11cに染みこむ(図1(a)、(b)では、溶液14の電極層への染みこみは図示せず)。
【0019】
次に、塗布した溶液14が完全に乾燥する前に、電極層11a、11cにおける溶液14の塗布面に、炭化水素系高分子電解質膜15を接合させる(図1(c))。より具体的には、電解質膜15と、溶液14を塗布した後の一対の拡散電極13a、13cとを、拡散電極13a、13cが電解質膜15を挟持するとともに、拡散電極13a、13cにおける電極層11a、11cが電解質膜15に接するように、溶液14が完全に乾燥する前に接合させる。このようにして、本発明の膜電極接合体(MEA)1が作製される(図1(d))。
【0020】
図1に示す例では、拡散層12に接合した電極層11a、11c(拡散電極13a、13cの一部としての電極層11a、11c)の表面に溶液14を塗布し、その塗布面に電解質膜15を接合させているが、第1の製造方法では拡散層12は必ずしも必要なく、電極層11a、11cの状態は、その表面に溶液14を塗布でき、その後、溶液14が完全に乾燥する前の塗布面に電解質膜15を接合できる限り特に限定されない。例えば、支持基材上に形成された電極層11a、11cのそれぞれの表面に溶液14を塗布した後、溶液14が完全に乾燥する前に、電解質膜15と、溶液塗布後の電極層11a、11cとを、電極層11a、11cが電解質膜15を挟持するとともに、電極層11a、11cが電解質膜15に接するように接合させてもよい。この場合、拡散層を含まないMEAが作製される。支持基材は電極層11a、11cと電解質膜15との接合後、任意の時点で(例えばMEAをPEFCのセルに組み込む際に)除去すればよい。支持基材を除去した後、作製したMEAを挟持するように一対の拡散層をさらに接合させて、拡散層を有するMEAとしてもよい。拡散層を含まないMEAとした場合、当該MEAをPEFCのセルに組み込む際に、必要に応じて、セパレータとの間に拡散層を配置してもよい。
【0021】
図1に示す例では、電解質膜15と、溶液14を塗布した後の拡散電極13a、13cと(電極層11a、11cと)を同時に接合させているが、第1の製造方法では、電解質膜15と、溶液14を塗布した後の拡散電極13a、13cと(電極層11a、11cと)を、別々のタイミングで個別に接合してもよい。
【0022】
図1に示す例では、アノード電極層11aおよびカソード電極層11cの双方の電極層の表面に溶液14を塗布し、電解質膜15と接合させているが、第1の製造方法では、アノード電極層およびカソード電極層から選ばれる少なくとも一方の電極層の表面に溶液14を塗布し、電解質膜15と接合させればよい。この場合、溶液14を塗布しない電極層は、従来の方法を用いて電解質膜15と接合させることになる。電解質膜−電極層間の接合状態を良好に保ち、高い発電特性を確保するためには、図1に示す例のように、アノードおよびカソードの双方の電極層の表面に溶液14を塗布し、電解質膜15と接合させることが好ましい。
【0023】
アノード電極層11aおよびカソード電極層11cの構成は、一般的な高分子電解質型燃料電池(PEFC)に用いるアノード電極層およびカソード電極層と同様であればよい。各電極層11a、11cは、典型的には、カーボン粒子などの導電性粒子と、導電性粒子に担持された白金粒子または白金合金粒子などの触媒粒子と、プロトン伝導性を有するイオノマーとからなる多孔質構造を有する。電極層11a、11cの多孔質構造が具体的にどのようであるかは、発電による出力が得られる限り特に限定されず、電極層11a、11cは、必要に応じて、上記3つの材料以外の材料を含んでいてもよい。
【0024】
拡散層12の構成は、一般的なPEFCに用いる拡散層と同様であればよい。拡散層12は、典型的には、カーボン繊維などの導電性繊維の不織布(例えばカーボンペーパー)あるいは織布(例えばカーボンクロス)であり、この場合、良好な導電性および通気性が得られる。
【0025】
拡散電極13a、13bの構成は、一般的なPEFCに用いる拡散電極と同様であればよい。典型的には、拡散層における一方の主面に電極層が接合した構造を有する。このような拡散電極は、例えば、拡散層における一方の主面に、電極層を構成する材料と当該材料に流動性を与える媒体とからなる電極ペーストを塗布した後、乾燥などにより媒体を除去して形成できる。
【0026】
電極層11a、11cの表面に溶液14を塗布する方法は特に限定されない。ワイヤーバー、アプリケーターなどを用いて塗布すればよい。図1に示す例では、ダイ51を用いて溶液14を塗布している。
【0027】
溶液14は、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む。バインダー樹脂は、プロトン伝導性を有するとともに、溶液とするための適切な溶媒が存在し、水溶性ではなく(作製したMEAをDMFCに用いる場合には水溶性でないとともにメタノール溶解性ではなく)、さらに、溶液14の溶媒が蒸発などにより除去された後、電極層11a、11cと電解質膜5との間に残留して電極層11a、11cと電解質膜5とを結合可能な樹脂である限り、特に限定されない。バインダー樹脂は、典型的には、プロトン伝導性を有するとともに、当該樹脂を溶解する溶媒が存在する熱可塑性樹脂である。より具体的には、バインダー樹脂は、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂、ポリビニルアルコール、ポリエーテルケトンおよびポリビニルスルホン酸から選ばれる少なくとも1種である。パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂は、例えば、以下の式(1)に示されるポリマー構造を有する樹脂である。式(1)におけるm、nおよびxについて、例えばナフィオン(登録商標)では、m≧1、n=2、x=5−13.5であり、アシプレックス(登録商標)では、m=0,1、n=2−5、x=1.5−14であり、フレミオン(登録商標)では、m=0,1、n=1−5である。
【0028】
【化1】

【0029】
電極層11a、11cと電解質膜5との接合状態がより良好となることから、バインダー樹脂のガラス転移温度(Tg)が、電解質膜15を構成する炭化水素系高分子のTgよりも低いことが好ましい。
【0030】
バインダー樹脂のTgは、PEFCの運転温度以下であることが好ましく、PEFCの停止時の温度(PEFCが置かれる環境温度)以下であることがより好ましい。この場合、MEA製造時だけではなく、PEFCの運転時、運転後の停止時ならびに窒素などの不活性ガスによるパージ時など、MEAが置かれた環境中の湿度が大きく変化する際における電解質膜−電極層間の剥がれの発生を抑制できる。
【0031】
溶液14に用いる溶媒は、バインダー樹脂を溶解する限り特に限定されないが、電極層11a、11cの表面への塗布後および電解質膜15の接合後に蒸発することで、バインダー樹脂が電解質膜15と電極層11a、11cとの間に残留して、両者の接合に寄与できる溶媒を選択する必要がある。溶媒は、比較的低温(例えば100℃以下、好ましくは60℃以下)においてある程度の蒸発速度を有することが好ましく、室温(20〜25℃程度)以下においてもある程度の蒸発速度を有することが好ましい。この場合、ホットプレス法に比べて、電解質膜と電極層との接合温度をさらに低下させることができ、MEA作製時における電解質膜の寸法変化やシワの発生がより抑制される。特に、溶媒が室温以下においてもある程度の蒸発速度を有する場合、熱を加えることなく電解質膜と電極層との接合が可能となる。ただし、あまりにも蒸発速度が速いと、電解質膜11a、11cの表面への塗布後、電解質膜15を接合する前に、塗布した溶液14が完全に乾燥するため、本発明の効果が得られなくなる。
【0032】
溶液14は、バインダー樹脂の水性溶液であることが好ましい。水性溶液とは、水に対する溶解性を持つ溶媒(水を除く)を用いた溶液である。電極層11a、11cの表面に塗布された溶液14は、電極層11a、11cが多孔質構造を有することから、当該層の内部にその一部が染みこむ。高い発電特性を得るためには、電極層における良好な三相界面の実現が望まれ、そのためには電極層内に溶液14の溶媒が残留しないことが好ましい。溶液14がバインダー樹脂の水性溶液であれば、電極層内に溶液14の溶媒が残留した場合においても、運転時に生成される水によって当該溶媒が電極層から流出するため、溶媒の残留による発電特性への影響を抑えることができる。
【0033】
溶媒は、例えば、アルコール、水、ジメチルフォルムアミド(DMF)である。バインダー樹脂が、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂である場合、溶媒は、例えばイソプロパノールである。
【0034】
溶液14の濃度は、電極層11a、11cの表面に塗布可能な濃度であればよく、具体的には、用いるバインダー樹脂の種類によっても異なるが、例えば、3〜25重量%であり、5〜20重量%が好ましく、10〜20重量%がより好ましい。ただし、溶液14に用いる溶媒に電解質膜15が膨潤する場合、塗布可能な範囲において溶媒の量ができるだけ少ない、即ち、溶液14の濃度ができるだけ高いことが好ましい。
【0035】
溶液14は、本発明の効果が得られる限り、バインダー樹脂以外の材料を含んでいてもよい。
【0036】
電極層11a、11cと電解質膜15とを接合する方法は特に限定されない。例えば、電極層11a、11cの表面に塗布した溶液14が完全に乾燥する前に、電極層11a、11cにおける塗布面と電解質膜15とを圧着すればよい。必要に応じて圧着時に熱を加えてもよいが、この場合、電解質膜15の寸法変化やシワの発生を抑制するために、低温(例えば100℃以下)および短時間の熱を加えることが好ましい。熱を加えない場合、PEFCのセルを組み上げる際に、アノードセパレータ、拡散層および電極層11a(もしくは拡散電極13a)、電解質膜15、電極層11cおよび拡散層(もしくは拡散電極13c)ならびにカソードセパレータをこの順に積層し、積層方向に圧力を加えることで、電極層11a、11cと電解質膜15とを接合させてもよい。このとき溶液14がバインダー樹脂の水性溶液であれば、運転時に生成される水によって、電極層11a、11cに染みこんだ当該溶媒が流出するため、電極層11a、11cに溶媒が残留することによる発電特性への影響を抑制できる。なお、「完全に乾燥する前に接合」とは、バインダー樹脂が溶液14の溶媒によって膨潤し、変形性および接合性を有している状態で接合する、との趣旨に基づく。溶液14が完全に乾燥すると、バインダー樹脂の変形性および接合性が低下して、本発明の効果を得ることができない。
【0037】
電極層11a、11cと電解質膜15とを接合する際には、水による膨潤状態にある電解質膜15を接合させることが好ましい。PEFCの運転時、電解質膜15は水による膨潤状態にあるので、このように両者を接合させることによって、運転時における電解質膜15の寸法変化を抑制でき、電極層と電解質膜との剥がれを抑制できる。また、電極層11a、11cの表面に塗布した溶液14の溶媒に電解質膜15が膨潤する場合、予め電解質膜15を水で膨潤させておくことによって、接合時に当該溶媒によって電解質膜15が膨潤することを抑制できる。
【0038】
電解質膜15は、公知のPEFC用炭化水素系高分子電解質膜を使用できる。電解質膜15は、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)基材に、スルホン酸基などのプロトン伝導性基を有するグラフト鎖が結合したグラフト重合体、あるいはスルホン酸基などのプロトン伝導性基が分子構造内に導入されたポリイミド樹脂からなる。
【0039】
(第2の製造方法)
第2の製造方法の一例を、図2を参照しながら説明する。
【0040】
最初に、転写基板21の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂の溶液14を塗布して、バインダー樹脂の塗布膜22を形成する(図2(a))。次に、アノード電極層(アノード触媒層)11aと拡散層12とが接合した構造を有する拡散電極13aと、転写基板21および塗布膜22の積層体とを、電極層11aと塗布膜22とが接するように、塗布膜22が完全に乾燥する前に重ね合わせ、電極層11aの表面に塗布膜22を転写する(図2(b))。これとは別に、カソード電極層(カソード触媒層)11cと拡散層12とが接合した構造を有する拡散電極13cと、転写基板21および塗布膜22の積層体とを、電極層11cと塗布膜22とが接するように、塗布膜22が完全に乾燥する前に重ね合わせ、電極層11cの表面に塗布膜22を転写する(図2(c))。次に、各々の電極層11a、11cの表面に転写した塗布膜22が完全に乾燥する前に、電極層11a、11cにおける塗布膜22の転写面に、炭化水素系高分子電解質膜15を接合させる(図2(d))。より具体的には、電解質膜15と、塗布膜22を転写した後の一対の拡散電極13a、13cとを、塗布膜22が完全に乾燥する前に、拡散電極13a、13cが電解質膜15を挟持するとともに、拡散電極13a、13cにおける塗布膜22が電解質膜15に接するように接合させる。このようにして、本発明の膜電極接合体(MEA)2が作製される(図2(e))。転写基板21は、電極層11a、11cと電解質膜15とを接合させる前の任意の時点で除去すればよい。
【0041】
図2に示す例では、拡散層12に接合した電極層11a、11c(拡散電極13a、13cの一部としての電極層11a、11c)の表面にバインダー樹脂を含む塗布膜22を転写し、その転写面に電解質膜15を接合させているが、第2の製造方法では、拡散層12は必ずしも必要なく、電極層11a、11cの状態は、その表面に塗布膜22を転写でき、その後、塗布膜22が完全に乾燥する前に電解質膜15を接合できる限り特に限定されない。例えば、支持基材上に形成された電極層11a、11cのそれぞれの表面に塗布膜22を転写し、電解質膜15と、塗布膜転写後の電極層11a、11cとを、電極層11a、11cと塗布膜22との積層体が電解質膜15を挟持するとともに、塗布膜22が電解質膜15に接するように、当該膜が完全に乾燥する前に接合させてもよい。この場合、拡散層を含まないMEAが作製される。支持基材は接合後、任意の時点で(例えばMEAをPEFCのセルに組み込む際に)除去すればよい。支持基材を除去した後、作製したMEAを挟持するように一対の拡散層をさらに接合させて、拡散層を有するMEAとしてもよい。拡散層を含まないMEAとした場合、当該MEAをPEFCのセルに組み込む際に、必要に応じて、セパレータとの間に拡散層を配置してもよい。
【0042】
図2に示す例では、電解質膜15と、塗布膜22を転写した後の拡散電極13a、13cと(電極層11a、11cと)を同時に接合させているが、第2の製造方法では、電解質膜15と、塗布膜22を転写した後の拡散電極13a、13cと(電極層11a、11cと)を、別々のタイミングで個別に接合してもよい。
【0043】
図2に示す例では、アノード電極層11aおよびカソード電極層11cの双方の電極層の表面に塗布膜22を転写し、電解質膜15と接合させているが、第2の製造方法では、アノード電極層およびカソード電極層から選ばれる少なくとも一方の電極層の表面に塗布膜22を転写し、電解質膜15と接合させればよい。この場合、塗布膜22を転写しない電極層は、従来の方法を用いて電解質膜15と接合させることになる。電解質膜−電極層間の接合状態を良好に保ち、高い発電特性を確保するためには、図2に示す例のように、アノードおよびカソードの双方の電極層の表面に塗布膜22を転写し、電解質膜15と接合させることが好ましい。
【0044】
アノード電極層11a、カソード電極層11c、拡散層12および拡散電極13a、13bの構成は、第1の製造方法において説明したとおりである。
【0045】
転写基板21は、その表面にバインダー樹脂を含む塗布膜22を形成できるとともに、形成した塗布膜22を、当該膜が完全に乾燥する前に電極層11a、11cの表面に転写できる限り、特に限定されない。転写基板21は、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、延伸ポリプロピレン(OPP)などからなるシートまたはフィルムである。
【0046】
転写基板21の表面に溶液14を塗布する方法は特に限定されない。滴下、アプリケーター、刷毛塗りなどにより塗布すればよい。塗布後、溶液14に含まれる溶媒が蒸発することによって、転写基板21の表面に塗布膜22が形成される。
【0047】
溶液14は、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む。バインダー樹脂は、プロトン伝導性を有するとともに、溶液とするための適切な溶媒が存在し、水溶性ではなく、転写基板21の表面への塗布により塗布膜22が形成され、さらに、電極層11a、11cの表面に転写された塗布膜22に含まれる溶媒が蒸発などにより除去された後、電極層11a、11cと電解質膜5との間に残留して電極層11a、11cと電解質膜5とを結合可能な樹脂である限り、特に限定されない。具体的なバインダー樹脂およびバインダー樹脂の好ましいTgは、第1の製造方法において説明したとおりである。
【0048】
溶液14に用いる溶媒は、バインダー樹脂を溶解する限り特に限定されないが、(1)転写基板21の表面への塗布後に蒸発することで塗布膜22が形成され、(2)形成された塗布膜22が電極層11a、11cの表面に転写された後にさらに蒸発することで、バインダー樹脂が電解質膜15と電極層11a、11cとの間に残留して両者の接合に寄与できる、溶媒を選択する必要がある。溶媒は、比較的低温(例えば100℃以下、好ましくは60℃以下)においてある程度の蒸発速度を有することが好ましく、室温(20〜25℃程度)以下においてもある程度の蒸発速度を有することが好ましい。この場合、ホットプレス法に比べて、電解質膜と電極層との接合温度をさらに低下させることができ、MEA作製時における電解質膜の寸法変化やシワの発生がより抑制される。特に、溶媒が室温以下においてもある程度の蒸発速度を有する場合、熱を加えることなく電解質膜と電極層との接合が可能となる。ただし、あまりにも蒸発速度が速いと、転写基板21への塗布後あるいは電解質膜11a、11cの表面への塗布膜22の転写後、電解質膜15を接合する前に塗布膜22が完全に乾燥し、本発明の効果が得られなくなる。
【0049】
溶液14は、バインダー樹脂の水性溶液であることが好ましい。水性溶液とは、水に対する溶解性を持つ溶媒(水を除く)を使用した溶液である。溶液14の溶媒に電解質膜15が膨潤する場合、電解質膜15との接合後、塗布膜22に含まれる溶媒の一部は電解質膜15に吸収され電解質膜15を膨潤させる。溶液14がバインダー樹脂の水性溶液であれば、溶液14の溶媒によって電解質膜15が膨潤した場合においても、運転時に生成される水によって当該溶媒が電解質膜から流出するため、当該溶媒による発電特性への影響を抑えることができる。
【0050】
溶媒の具体例は、第1の製造方法において説明したとおりである。
【0051】
溶液14の濃度は、転写基板21の表面に塗布可能であるとともに、塗布後に塗布膜22が形成される濃度であればよく、具体的には、用いるバインダー樹脂の種類によっても異なるが、例えば、3〜25重量%であり、5〜20重量%が好ましく、10〜20重量%がより好ましい。ただし、溶液14に用いる溶媒に電解質膜15が膨潤する場合、塗布可能な範囲において溶媒の量ができるだけ少ない、即ち、溶液14の濃度ができるだけ高いことが好ましい。
【0052】
溶液14は、本発明の効果が得られる限り、バインダー樹脂以外の材料を含んでいてもよい。
【0053】
電極層11a、11cの表面への塗布膜22の転写方法は特に限定されない。転写後、転写基板21は、任意の時点で除去すればよい。必要に応じ、転写時に圧力および/または熱を加えることができる。熱を加える場合、塗布膜22の完全な乾燥を防ぐとともに、塗布膜22の寸法変化やシワの発生を抑制するために、低温(例えば100℃以下)および短時間の熱を加えることが好ましい。
【0054】
塗布膜22を転写した電極層11a、11cと、電解質膜15とを接合する方法は特に限定されない。例えば、電極層11a、11cの表面に転写した塗布膜22が完全に乾燥する前に、電極層11a、11cにおける転写面と電解質膜15とを圧着すればよい。転写膜22に含まれる溶媒の蒸発速度にもよるが、圧着することにより、転写膜22を介して電極層11a、11cと電解質膜15とが接合される。必要に応じて、圧着時に熱を加えてもよいが、この場合、電解質膜15の寸法変化やシワの発生を抑制するために、低温(例えば100℃以下)および短時間の熱を加えることが好ましい。熱を加えない場合は、PEFCのセルを組み上げる際に、アノードセパレータ、拡散層および電極層11a(もしくは拡散電極13a)、電解質膜15、電極層11cおよび拡散層(もしくは拡散電極13c)ならびにカソードセパレータをこの順に積層し、積層方向に圧力を加えることで、塗布膜22を介して電極層11a、11cと電解質膜15とを接合させてもよい。なお、「完全に乾燥する前に接合」とは、バインダー樹脂が溶液14の溶媒によって膨潤し、変形性および接合性を有している状態で接合する、との趣旨に基づく。塗布膜22が完全に乾燥すると、バインダー樹脂の変形性および接合性が低下して、本発明の効果を得ることができない。
【0055】
電極層11a、11cと電解質膜15とを接合する際には、水による膨潤状態にある電解質膜15を接合させることが好ましい。PEFCの運転時、電解質膜15は水による膨潤状態にあるので、このように両者を接合させることによって、運転時における電解質膜15の寸法変化を抑制でき、電極層と電解質膜との剥がれを抑制できる。また、塗布膜22に含まれる溶液14の溶媒に電解質膜15が膨潤する場合、予め電解質膜15を水で膨潤させておくことによって、接合時に当該溶媒によって電解質膜15が膨潤することを抑制できる。
【0056】
電解質膜15は、第1の製造方法において説明したとおりである。
【0057】
(高分子電解質型燃料電池)
本発明のMEA1、2は、高分子電解質型燃料電池(PEFC)に組み込んで使用される。本発明のMEAを組み込んだPEFCの一例を図3に示す。
【0058】
図3に示す燃料電池31は、MEA32と、MEA32を挟持するように配置された一対のセパレータ(アノードセパレータ33a、カソードセパレータ33c)とを備え、各部材は、当該部材の主面に垂直な方向に圧力が印加された状態で接合されている。ここでMEA32は、上述した本発明のMEA1またはMEA2であり、これにより発電特性が向上した燃料電池31となる。
【0059】
アノードセパレータ33aおよびカソードセパレータ33cの構成は、それぞれ、一般的なPEFCにおけるセパレータと同様であればよい。
【0060】
本発明の燃料電池は、必要に応じて、図3に示す部材以外の部材を備えてもよい。
【0061】
図3に示す燃料電池31はいわゆる単セルであるが、本発明の燃料電池は、このような単セルを複数積層したスタックであってもよい。
【0062】
燃料電池31は、公知の手法により形成できる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されない。
【0064】
(実施例1)
バインダー樹脂の溶液として、パーフルオロカーボンスルホン酸(デュポン製、ナフィオンDE520、EW[Equivalent Weight]=1100)のイソプロパノール溶液(濃度5重量%)を準備した。
【0065】
これとは別に、炭化水素系高分子電解質膜(スルホン化ポリイミド電解質膜)を以下のようにして作製した。最初に、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル11gを濃硫酸(濃度95重量%)20mLに0℃で溶解させ、これに4.2mLの発煙硫酸(SO3、濃度60重量%)を滴下した。発煙硫酸の滴下後、反応液を0℃で30分、続いて50℃で2時間攪拌した後、全体を冷却した。冷却後、反応液を氷温の蒸留水中に投入して白色の固体を得、続いて得られた白色固体を濾別した後、水酸化ナトリウム水溶液(濃度1モル%)に溶解させた。得られた溶液は濾過後、塩酸を用いて酸性とし、白色固体を再沈殿させた。沈殿物を水洗後、真空乾燥させ、14.7gの4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル−3,3’−ジスルホン酸を得た。次に、得られた4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル−3,3’−ジスルホン酸1.056g、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル0.368gおよびトリエチルアミン0.68mLを、m−クレゾール12mLに溶解させ、上記2種類のジアミンが完全に溶解した後、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸無水物0.804gおよび安息香酸0.51gを加えて、全体を80℃で4時間、後、180℃で20時間加熱撹拌して、ポリイミド樹脂を重合した。重合完了後、全体を室温まで冷却させた後、重合溶液を多量のアセトンに投入し、析出した固体を濾別、乾燥した。次に、乾燥後の固体をm−クレゾールに溶解させて得た溶液をガラス板に流涎し、120℃で10時間乾燥して、薄膜を形成した。次に、形成した薄膜を60℃に保持したメタノールに1時間浸漬させた後、濃度1Mの硫酸水溶液に5時間浸漬させ、その後、水洗し、150℃で10時間真空乾燥して、スルホン化ポリイミド樹脂からなる炭化水素系高分子電解質膜(厚さ40μm)を得た。
【0066】
これとは別に、拡散層であるカーボンペーパー(東レ製)の一方の主面に、カーボン粒子に白金触媒が担持された電極(田中貴金属製、TEC10E50E)とプロトン伝導性を有するイオノマー(デュポン製、ナフィオンDE520)のイソプロパノール溶液(濃度30重量%)とを混練して得た電極ペーストを塗布し、乾燥させて、拡散層の一方の主面に厚さ10μmの電極層が形成された拡散電極を作製した。この拡散電極は、アノードおよびカソードの双方に使用できる。
【0067】
次に、作製した拡散電極における電極層の表面に、バインダー樹脂の溶液をディッピングにより塗布した。塗布は、2枚の拡散電極のそれぞれに対して60℃で行い、溶液の塗布量は電極面積1cm2あたり1.5mgとした。次に、塗布した溶液が完全に乾燥する前に、この2枚の拡散電極を、上記作製した電解質膜を挟持するとともに、各々の電極層が電解質膜と接するように積層し、得られた積層体を一対のカーボン製セパレータで挟持して、I−Vテスト用セルを組み立てた。
【0068】
電極層表面への溶液の塗布以降、一連の作業は、全て室温で実施した。電極面積が5cm2となるようにセルを組み立てた。セルを組み立てる際には、セルを構成する各部材の主面に垂直な方向に20kgf/cm2の圧力を加えた。電解質膜は、水中に放置することで、水により十分に膨潤した状態のものを使用した(ただし、セルを組み立てる際に、表面に付着した水滴は拭き取った)。セル組み立て時における、電極層の表面に塗布した溶液の乾燥の程度は、当該溶液に含まれる溶媒の含有率にして15重量%程度であった。乾燥の程度は、重量の変化により評価した。
【0069】
次に、組み立てたセルを、セル温度70℃、燃料として無加湿の水素を100mL/分の流量(25℃換算)でアノードに供給、アノード圧100kPa(絶対圧)、酸化剤として無加湿の空気を250mL/分の流量(25℃換算)でカソードに供給、カソード圧100kPa(絶対圧)、の運転条件で運転し、セルのI−V特性および内部抵抗iRを評価した。これらの特性の評価は、市販の燃料電池評価システム(エヌエフ回路設計ブロック製、As−510−4)を用い、セル電圧が0.2Vになるまで電流密度を変化させて行った。iRの評価結果を図4に、I−V特性の評価結果を図5に示す。
【0070】
(実施例2)
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートからなる転写基板の表面に、実施例1で作製したバインダー樹脂の溶液を滴下後、アプリケーターにより塗布し、バインダー樹脂の塗布膜を形成した。塗布は80℃で行い、溶液の塗布量は転写基板の面積1cm2あたり1mgとした。次に、塗布膜が完全に乾燥する前に、実施例1で作製した2枚の拡散電極のそれぞれと、塗布膜が形成された転写基板とを、拡散電極における電極層と塗布膜とが接するように積層し、得られた積層体の主面に垂直な方向に圧力3.0kgf/cm2の力を均一に数秒間加えた。次に、得られた積層体から転写基板のみを剥がし、表面に塗布膜が転写された2枚の拡散電極を得た。次に、塗布膜が完全に乾燥する前に、この2枚の拡散電極を、実施例1で作製した電解質膜を挟持するとともに、各々の塗布膜が電解質膜と接するように積層し、得られた積層体を一対のカーボン製セパレータで挟持して、I−Vテスト用セルを組み立てた。
【0071】
転写基板表面への溶液の塗布以降、一連の作業は、全て室温で実施した。電極面積が5cm2となるようにセルを組み立てた。セルを組み立てる際には、セルを構成する各部材の主面に垂直な方向に20kgf/cm2の圧力を加えた。電解質膜は、水中に放置することで、水により十分に膨潤した状態のものを用いた(ただし、セルを組み立てる際に、表面に付着した水滴は拭き取った)。セル組み立て時における電極層の表面に転写された塗布膜の乾燥の程度は、当該膜に含まれる溶媒の含有率にして20重量%程度であった。
【0072】
次に、組み立てたセルを実施例1と同じ運転条件で運転し、セルのI−V特性およびiRを実施例1と同様に評価した。iRの評価結果を図4に、I−V特性の評価結果を図5に示す。
【0073】
(比較例1)
実施例1で作製した電解質膜を水中に放置し、水により十分に膨潤させた。次に、電解質膜の表面に付着した水滴を拭き取った後、当該膜の一方の表面に、実施例1で作製したバインダー樹脂の溶液を滴下により塗布した。塗布は40℃で行い、溶液の塗布量は電解質膜の面積1cm2あたり1mgとした。次に、塗布した溶液が完全に乾燥する前に、電解質膜における溶液の塗布面に、実施例1で作製した拡散電極を、電極層と電解質膜とが接するように積層し、得られた積層体の主面に垂直な方向に圧力3.0kgf/cm2の力を均一に数秒間加えて、両者を接合させた。続いて、電解質膜におけるもう一方の表面に対しても同様の工程を実施し、電解質膜を一対の拡散電極で挟持したMEAを得た。
【0074】
次に、得られたMEAを一対のカーボン製セパレータで挟持して、I−Vテスト用セルを組み立てた。電解質膜表面への溶液の塗布以降、一連の作業は、全て室温で実施した。電極面積が5cm2となるようにセルを組み立てた。セルを組み立てる際には、セルを構成する各部材の主面に垂直な方向に20kgf/cm2の圧力を加えた。
【0075】
次に、組み立てたセルを実施例1と同じ運転条件で運転し、セルのI−V特性およびiRを実施例1と同様に評価した。iRの評価結果を図4に、I−V特性の評価結果を図5に示す。
【0076】
図4および図5に示すように、バインダー樹脂の溶液を電解質膜に塗布した比較例1に比べて、バインダー樹脂の溶液を電極層に塗布した実施例1ならびにバインダー樹脂の塗布膜を電極層に転写した実施例2のI−V特性(発電特性)、特に実施例2のI−V特性が向上した。各セルのiR特性を見ると、比較例に比べて実施例1および実施例2、特に実施例2の内部抵抗が低下しており、この内部抵抗の変化が、実施例1、2において高いI−V特性が実現した理由であると考えられる。セルの内部抵抗の低下は、電解質膜と電極層との接合性向上に由来すると推定される。
【0077】
(実施例3)
実施例1で作製したセルを、セル温度70℃、燃料として濃度1Mのメタノールを1.5mL/分の流量で供給、酸化剤として無加湿の空気を100mL/分(25℃換算)でカソードに供給、カソード圧100kPa(絶対圧)、の運転条件で運転し、実施例1と同様に、セルのI−V特性を評価した。I−V特性の評価結果を図6に示す。
【0078】
(比較例2)
実施例2で作製したセルを、実施例3と同じ運転条件で運転し、セルのI−V特性を実施例1と同様に評価した。I−V特性の評価結果を図6に示す。
【0079】
(比較例3)
比較例1で作製したセルを、実施例3と同じ運転条件で運転し、セルのI−V特性を実施例1と同様に評価した。I−V特性の評価結果を図6に示す。
【0080】
図6に示すように、メタノールを含む溶液を燃料に用いた場合、バインダー樹脂の溶液を電解質膜に塗布した比較例3ならびにバインダー樹脂の塗布膜を電極層に転写した比較例2に比べて、バインダー樹脂の溶液を電極層に塗布した実施例3のI−V特性(発電特性)が向上した。メタノールを含む溶液を燃料に用いた場合、気体である水素を燃料に用いた場合に比べて、特に水が生成されるカソード側においてフラッディングが発生しやすく、このフラッディングを抑制する効果が実施例3および比較例2,3間で異なることが、図6に示す結果が得られた原因と推定される。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の製造方法により得たMEAを組み込んだPEFCは、高い発電特性を有し、家庭や工場などに配置される定置型、車両に搭載される移動型、電子機器に使用される携帯型を問わず、様々な用途に使用できる。
【符号の説明】
【0082】
1、2 膜電極接合体(MEA)
11a (アノード)電極層
11c (カソード)電極層
12 ガス拡散層
13a (アノード)ガス拡散電極
13c (カソード)ガス拡散電極
14 溶液
15 炭化水素系高分子電解質膜
21 転写基板
22 塗布膜
31 (高分子電解質型)燃料電池
32 膜電極接合体(MEA)
33a (アノード)セパレータ
33c (カソード)セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素系高分子電解質膜と、前記電解質膜に接合した電極層とを備える、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法であって、
電極層の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布し、
前記電極層における前記溶液の塗布面に、当該溶液が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法。
【請求項2】
炭化水素系高分子電解質膜と、前記電解質膜に接合した電極層とを備える、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法であって、
転写基板の表面に、プロトン伝導性を有するバインダー樹脂を含む溶液を塗布して塗布膜を形成し、
電極層の表面に、前記塗布膜を、当該膜が完全に乾燥する前に転写し、
前記電極層における前記塗布膜の転写面に、当該膜が完全に乾燥する前に電解質膜を接合させる、高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法。
【請求項3】
前記バインダー樹脂のガラス転移温度が、前記電解質膜を構成する炭化水素系樹脂のガラス転移温度よりも低い請求項1または2に記載の高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体。
【請求項4】
前記溶液が、前記バインダー樹脂の水性溶液である請求項1または2に記載の高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法。
【請求項5】
前記バインダー樹脂が、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂、ポリビニルアルコール、ポリエーテルケトンおよびポリビニルスルホン酸から選ばれる少なくとも1種である請求項1または2に記載の高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法。
【請求項6】
水による膨潤状態にある前記電解質膜を接合させる請求項1または2に記載の高分子電解質型燃料電池用膜電極接合体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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