説明

高原子価金属イオンの捕集・検出剤

【課題】本発明は、媒体中に含まれる原子価が3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に捕集し、かつ容易にその検出、濃度測定を行うことができる捕集・検出剤を提供することを目的とするものである。
【解決手段】ヒドロキサム酸基を有する化合物を担体に導入してなる、原子価3以上の金属イオンの捕集・検出剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高原子価金属イオンを捕集・検出する捕集、検出剤に関するものである。さらに詳しくは、ヒドロキサム酸基を担体に導入し、例えば、バナジウム、鉄、チタン等の高原子価金属イオンを高価な分析機器を使用することなく、容易に捕集・検出できる捕集・検出剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
河川や廃水等に含まれるカルシウム、マグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜鉛等の金属イオンの除去あるいは有益金属イオンの捕捉にはイオン交換樹脂が広く利用されているが、低濃度の金属イオンを選択的に吸着する効果は必ずしも満足し得るものとは言えない。
【0003】
一方、重金属イオンとの間で、キレートを形成してこれらを選択的に捕捉する性質を持ったキレート樹脂は、水処理分野での銅、亜鉛、ニッケル、コバルト、バナジウム等重金属イオンの除去や捕捉などに利用されている。その構造は、ジビニルベンゼン等の架橋剤によって形成された剛直な三次元構造の担体に、イミノジ酢酸、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン三酢酸、チオグリコール酸、チオリンゴ酸、リン酸等が導入されたものが一般的である。また、キレート樹脂に吸着された金属イオンの検出、濃度測定は、吸着金属を強酸、キレート剤、有機溶媒等で溶出し、その後、吸光光度計、蛍光分光器、原子吸光光度計などの高価な分析機器により行われることが多い。
【0004】
しかし、上記のイオン交換樹脂やキレート樹脂は、吸着対象となる金属イオンを含む試料溶液が弱酸性〜中性である場合において効率的に対象金属イオンを吸着するものであり、pH2以上の強酸下において、特に原子価が3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に吸着することは困難であった。
【0005】
また、従来のキレート樹脂の大半は、上記したようにジビニルベンゼン等の架橋剤によって形成された剛直な三次元構造の担体を有するビーズ状の樹脂であるため、疎水性が高く、樹脂内部への金属イオンや再生剤の拡散速度が遅く、処理効率に問題がある。
【0006】
更に、キレート樹脂に吸着された金属イオンの検出、濃度測定は、上記の通りであるため、コストや分析時間がかかる等の問題があった。
【特許文献1】特開2000−73043号公報
【特許文献2】特開平9−127092号公報
【特許文献3】特開平8−295966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、媒体中に含まれる原子価が3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に捕集し、かつ容易にその検出、濃度測定を行うことができる捕集・検出剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ヒドロキサム酸基を有する化合物を導入した担体を捕集・検出剤として用いることで、媒体中に含まれる高原子価金属イオンを容易に捕集・検出できることを見出し、本発明を為すに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、下記(1)〜(5)に記載の事項をその特徴とするものである。
【0010】
(1)ヒドロキサム酸基を有する化合物を担体に導入してなる原子価3以上の金属イオンの捕集・検出剤。
【0011】
(2)前記担体がセルロースである上記(1)記載の捕集・検出剤。
【0012】
(3)捕集・検出対象の金属イオンを含む溶液のpHが2以下である上記(1)または(2)記載の捕集・検出剤。
【0013】
(4)捕集・検出対象の金属イオンがバナジウムイオンである上記(1)〜(3)いずれかに記載の捕集・検出剤。
【0014】
(5)前記ヒドロキサム酸基を有する化合物がデスフェリオキサミンB(DFB)である上記(1)〜(4)いずれかに記載の捕集・検出剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、媒体中に含まれる原子価が3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に捕集し、かつ容易にその検出、濃度測定を行うことができる捕集・検出剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0017】
本発明の捕集・検出剤は、担体にヒドロキサム酸基を有する化合物を導入してなるものであることをその特徴とし、特に、チタン(IV)、バナジウム(V)、鉄(III)、モリブデン(VI)、ニオブ(V)、タンタル(V)、ジルコニウム(IV)等の原子価3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に捕集し、かつ容易にその検出、濃度測定を行うことができるものである。
【0018】
ヒドロキサム酸基は、高原子価金属イオンをシデロホア構造でとらえるため、pH2以下の強酸性下でも安定な巻きつき型の錯体を形成し、高原子価金属イオンを捕集できる。また、ヒドロキサム酸基は、高原子価金属イオンを捕集すると発色する特性を持っているので発色の強度により濃度が分かるという特長がある。ヒドロキサム酸基を有する化合物としては、アセトヒドロキサム酸、サリチルヒドロキサム酸、ベンゾヒドロキサム酸、アミノベンゾジヒドロキサム酸、デスフェリオキサミンB(DFB)等が挙げられる。シデロホア構造を取りやすくするために、1分子中に3個以上のヒドロキサム酸基を有するDFBが好ましく、担体への導入を容易にするために、末端にHを持つDFBがさらに好ましい。
【0019】
下記に好ましいDFBの構造を示す。
【化1】

【0020】
担体としては、例えば、スチレン−ジビニルベンゼン、アクリレート、メタクリレート、ポリビニルアルコール、セルロース等、試料溶媒に溶解しないものならいずれでもよく、またこれに限定するものではない。しかし、金属イオンは水溶液試料に溶解していることが多いので、好ましくは親水性のアクリレート、メタクリレート、ポリビニルアルコール、セルロース等が好ましい。綿状や粉末状の分離剤、ろ紙、メンブラン化、試験紙などの形状に加工しやすい点からセルロースが特に好ましい。
【0021】
次に、本発明の捕集・検出剤の作製方法を示す。ここでは、担体としてセルロースのろ紙を用い、ヒドロキサム酸基を有する化合物として上記DFBを用いた場合を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。また、セルロースに対する一般的な化学修飾は、反応性の容易さから、酢酸セルロースやニトロセルロースなどの反応性の高いセルロース誘導体が利用されるが、これらのセルロース誘導体は、純粋なセルロースと化学的・物理的な物性が全く異なるため、紙、試験紙、インディケーター紙としての役割を果たさない。そこで、ここでは特にセルロースの特性を保持したまま、上記DFBを結合させる合成法を示す。すなわち、セルロースの水酸基の一部をクロライド化し、そのハロゲン化された部分にのみにDFBを導入する方法である。
【0022】
まず、セルロースの水酸基の一部をクロライド化するために、ろ紙(セルロース)をバイアルに入れ、溶媒を加えて十分に浸した後、塩化チオニルを加えて反応させる。ろ紙(セルロース)と塩化チオニル量比は、セルロース1gに対し、塩化チオニル6.17×10−4mol(セルロース中のグルコースユニット量)であることが望ましく、それより多い場合も、少ない場合も高原子価金属イオンの捕集量、特にバナジウムの捕集量が減少する傾向にある。ろ紙を浸す溶媒は、特に限定しないが、セルロースになじんで、塩化チオニルをよく溶解することからジメチルホルムアミド(DMF)が望ましく、溶媒量は、20〜200mlの範囲であることが望ましい。また、クロライド化の反応条件は、80〜100℃で、1〜3時間反応させることが望ましい。反応温度が80℃未満であると、クロライド化が不十分となる恐れがあり、100℃を超えると副反応が起き易くなる。また、反応時間が1時間未満の場合は、クロライド化が不十分となる恐れがあり、一方、3時間を超えてもクロライドの導入量はあまり変化しない。
【0023】
上記のようにしてろ紙をクロライド化した後に、すぐDFBを反応させても良いが、その導入率を高くするには、予めヨウ化ナトリウムでクロルを置換しておくことが望ましい。この場合、上記で得たろ紙を取り出し、アセトンで十分に洗浄した後、これを、ヨウ化ナトリウム3.0×10−5〜3.0×10−3mol(/セルロース1g)がアセトンに溶解した溶液中に3時間以上浸し、置換反応を行う。アセトンの量は10〜100mlであることが望ましい。また、反応温度は、室温付近が良く、より高温条件ではアセトンが揮発してしまう恐れがある。
【0024】
一方、別バイアルに、DFBを溶媒に加えて加熱し、完全にDFBを溶解させる。ここで用いる溶媒はピリジン等の塩基性溶媒であることが望ましく、DMF、ジメチルスルホキシド(DMSO)では反応が進行しない。DFB濃度は6.17×10−4mol(/セルロース1g)以上必要で、6.17×10−4mol(/セルロース1g)に満たない場合は高原子価金属イオンの捕集量、特にバナジウムの捕集量が減少する傾向にある。
【0025】
ついで、上記DFB・ピリジン溶液に、ヨウ化ナトリウムで処理したろ紙を添加し、80〜100℃で、2.5〜12時間攪拌する。その後、DFBが導入されたセルロースろ紙をメタノールで十分に洗浄し、乾燥する。乾燥は、20〜40℃で8〜24時間行うことが望ましい。
【0026】
上記した方法に従えば、原子価が3以上の高原子価金属イオンを効率良く選択的に捕集し、容易に検出できる捕集・検出剤を作製することができ、特に、バナジウムをpH2以下の強酸性下においても捕集・検出できる捕集・検出剤を作製することができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明の捕集・検出剤とその使用方法について具体的に説明するが、当該実施例によって本発明が制限されるものではない。
【0028】
(実施例1)
<捕集・検出剤の作製>
ろ紙(セルロース)1gをバイアルに入れ、DMF50mlを加えて十分に浸し、塩化チオニル6.17×10−4molを加えて90℃で2時間反応させた。次に、クロライド化したろ紙を取り出し、アセトンで十分に洗浄した後、これを再びバイアルに入れて、ヨウ化ナトリウム1×10−4molが溶解したアセトン50mlに30℃で4時間浸した。一方、別バイアルにおいて、DFB6.17×10−4molをピリジン50mlに加えて完全にDFBを溶解させた。ついで、DFB・ピリジン溶液に、ヨウ化ナトリウムで処理したろ紙を添加し、90℃で3時間反応させた後、ろ紙を取り出し、メタノールで十分に洗浄し風乾することで、DFBが導入されたセルロースろ紙(捕集・検出剤)を作製した。
【0029】
<評価>
原子価が3以上の高原子価金属イオン(バナジウムイオン)を含むサンプル溶液として、市販されている飲料用ミネラルウォーターを使用した。
【0030】
まず、前処理として、サンプル溶液500mLに塩酸を数滴加えた後、蒸発により10mL以下まで濃縮し、さらにこの溶液に塩酸を加えて、塩酸濃度が0.1molL−1になるように調整し、全量を10mLとした(50倍濃縮、pH2)。ついで、この濃縮溶液に上記で作製したDFB−ろ紙(捕集・検出剤)を室温(25℃)で5分間浸した後、これを取り出し、DFB−ろ紙に捕集されたバナジウムイオン濃度を反射分光計を用いて測定した(測定波長:480nm、測定径:3×3mm、使用機器:日立製作所製200−20型)。その結果、捕集されたバナジウムの濃度は2.5ppmであった。また、同時に目視による比色測定でその濃度を評価したところ、2.5ppmとなり、反射分光計の測定値と一致した。なお、反射分光計による濃度測定では、バナジウムイオンの濃度が0、0.5、1、2.5、5、10ppmの溶液に浸漬して取り出した各DFB−ろ紙の吸光度を予め測定し作成した検量線と試料ろ紙の吸光度とからその濃度を算出した。また、比色測定では、上記と同様にして得た各DFB−ろ紙の色を基準とし、これと試料ろ紙の色を目視で比較し判定した。
【0031】
(比較例1)
イミノジ酢酸をアクリル樹脂に固定したカートリッジ(Inertsep ME1;ジーエルサイエンス社製)に、実施例1で用いたものと同じ濃縮溶液をカートリッジに通液後、超純水20mlで洗浄し、1N硝酸1ml(pH1以下)で溶出した。ついで、原子吸光光度法により溶出液中のバナジウムイオンの濃度を測定したところ、検出されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキサム酸基を有する化合物を担体に導入してなる原子価3以上の金属イオンの捕集・検出剤。
【請求項2】
前記担体がセルロースである請求項1記載の捕集・検出剤。
【請求項3】
捕集・検出対象の金属イオンを含む溶液のpHが2以下である請求項1または2記載の捕集・検出剤。
【請求項4】
捕集・検出対象の金属イオンがバナジウムイオンである請求項1〜3いずれか1項に記載の捕集・検出剤。
【請求項5】
前記ヒドロキサム酸基を有する化合物がデスフェリオキサミンB(DFB)である請求項1〜4いずれか1項に記載の捕集・検出剤。

【公開番号】特開2007−161967(P2007−161967A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−363924(P2005−363924)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(505089614)国立大学法人福島大学 (34)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】